94.軍事国家、契約する
軍事国家バルファードの王の間、ガエン達はスポンサーの契約をするために訪れていた。
大きな円卓を囲み、契約書が並べられている。
レムルスは内容を一通り確認すると、羽根ペンを置いてガエンへ視線を向けた。
「契約内容に異論はない。」
「なら、最後だな。」
ガエンは笑いながら腕を組む。
「スポンサーになってくれるなら、スポンサー特典を決めないとな。」
「特典か。」
レムルスが首を傾げる。
「ああ。スポンサーになってくれた国には、それぞれ何かしら返礼をする予定だ。」
マイトも頷いた。
「クリアフォルはお笑いライブとか、サイヴァーンは囚人の参加とかね。」
「だからバルファードも何か希望があれば遠慮なく言ってくれ。」
ガエンの言葉に、王の間は静かになる。
レムルスは腕を組み、しばらく考え込んだ。
武器でも資金でもない。
この四人だからこそ頼めること。
そして、この国に最も価値のあるもの。
数十秒後、レムルスはゆっくりと口を開いた。
「……では、一つお願いがある。」
「おう。」
「我が国の兵士達を鍛えていただけないだろうか。」
その言葉に、ガエン達は一瞬だけ目を丸くした。
「訓練?」
「ああ。」
レムルスは真剣な表情で続ける。
「今日、君達の強さをこの目で見た。だが私が感心したのは力だけではない。仲間を守る判断力、連携、冷静さ、そして精神力。それらは報告書では決して学べない。」
兵士達も静かに頷いている。
レムルスは穏やかに笑った。
「もし可能なら、その経験を我が兵士達にも伝えてほしい。」
ガエンは困ったように頭を掻いた。
「いやぁ……俺、人に教えるの苦手なんだけど。」
レムルスが少し驚く。
「そうなのか?」
「教官みたいに細かく説明するのは向いてねぇ。」
ガエンは苦笑する。
「俺は見て覚えろってタイプだからな。」
その言葉にダグラスが静かに頷いた。
「俺も同じだ。理論より実践を重視する。」
ラーシャもおずおずと手を挙げる。
「わ、私も……上手に説明はできません……きっと実際にやって見せる方が得意です。」
三人が揃って「教えるのは苦手」と言ったことで、マイトは思わず吹き出した。
「魔王軍の教育担当、大丈夫かな。」
「笑うな。」
ガエンが軽く肘で小突く。
「事実なんだから仕方ねぇ。」
王の間には小さな笑いが広がった。
だがレムルスは真面目なまま首を横に振る。
「それで構わない。」
「え?」
「兵士に必要なのは、綺麗な講義ではない。」
レムルスはまっすぐ三人を見つめる。
「本物の強者が、どう考え、どう動くかを間近で見ること。それだけでも、何年分もの経験になる。」
ガエンは少し考え込む。
「……本当にいいのか?」
「ああ。」
「俺は多分、厳しいぞ?遠慮もしねぇ。泣くやつも出るかもしれねぇぞ。」
レムルスは即座に答えた。
「望むところだ。バルファードの兵士は、それくらいで折れはしない。」
その力強い言葉に、兵士達も胸を張る。
「陛下のお言葉通りです!」
「ぜひお願いします!」
「強くなりたい!」
熱意に満ちた声が王の間へ響く。
ガエンはその様子を見回し、大きく息を吐いた。
そして笑う。
「……わかった。俺なりのやり方でいいなら引き受ける。」
その瞬間、兵士達の表情が一気に明るくなった。
「ありがとうございます!」
「やった!」
ダグラスも静かに頷く。
「俺も協力しよう。」
ラーシャも少し緊張しながら微笑んだ。
「わ、私も頑張ります。」
マイトは笑顔で親指を立てる。
「俺も参加するよ。勇者流の稽古も見せてあげる。」
レムルスは四人へ深々と頭を下げた。
「感謝する。きっとこの経験は、バルファードをさらに強い国へ導いてくれるだろう。」
ガエンは照れくさそうに笑いながら答える。
「強くなるだけじゃねぇぞ。仲間を守れる兵士になってもらう。」
その一言に、レムルスは静かに微笑んだ。
(やはり、この者達の強さの本質は力ではない。守るために戦う、その心こそが、誰よりも強いのだ。)
こうしてスポンサー契約は無事に締結されると同時に、魔王軍幹部によるバルファード兵士への特別訓練も正式に決定した。
スポンサー契約の締結を終え、王の間の空気が少し和らぐ。
レムルスは改めてガエンへ視線を向けた。
「ところで、その訓練はいつ頃お願いできるだろうか。」
ガエンは腕を組み、少し考える。
「運動会の合間でもいいし、なんなら今からでもいいぞ。」
その返答に、レムルスは少し目を瞬かせた。
「今から……か。」
「おう。」
ガエンは肩をすくめる。
「別に急ぎの用があるわけじゃねぇしな。」
レムルスは確認するように尋ねた。
「旅を急いでいるのではないのか?」
ガエンは首を横に振る。
「いや。運動会の開催まではまだまだ時間がある。」
ダグラスも静かに補足する。
「各国への挨拶や準備は残っているが、日程には十分余裕を持っている。」
マイトも笑顔で頷いた。
「慌てて回る必要はないよ。今はスポンサー集めが順調だからね。」
ラーシャも小さく微笑む。
「ですから……少しくらい滞在しても、大丈夫です。」
四人の言葉を聞いたレムルスは、しばらく黙って考え込んだ。
そして決意したように口を開く。
「……ならば。」
「うん?」
「ぜひ、今からお願いしたい。」
兵士達が一斉に顔を上げる。
「本当ですか、陛下!」
「今から訓練を!」
レムルスは頷いた。
「これほどの機会を先延ばしにする理由はない。」
そしてガエンへ向き直る。
「ただ、一つ聞かせてほしい。」
「なんだ?」
「どれくらいの期間、バルファードに滞在していただける?」
ガエンは少しだけ考え、指を一本立てた。
「そうだな……一月くらいなら問題ねぇ。」
「一月……。」
レムルスはその長さに目を見開いた。
「そこまで時間を割いていただけるのか。」
ガエンは笑って頷く。
「中途半端に数日教えて終わりじゃ意味がねぇからな。基礎を覚えて、体に染み込ませて、実戦形式までやるなら、それくらいは欲しい。」
ダグラスも腕を組む。
「一月あれば、兵士の癖や弱点も見えてくる。そこから改善していけば、国全体の戦力は確実に上がるだろう。」
マイトも続ける。
「毎日同じことをやるわけじゃないよ。剣術だけじゃなくて、連携や判断力、心構えなんかも教えたいしね。」
ラーシャも少し恥ずかしそうに頷く。
「わ、私も……魔力の扱い方や、恐怖に負けないための訓練なら、お手伝いできます……。」
レムルスは四人を見渡し、深く息をついた。
(一月……それだけの期間、この四人がこの国に滞在する。それは兵士達にとって、何物にも代え難い財産になるだろう。)
やがてレムルスは穏やかに笑みを浮かべた。
「では、その一月。バルファードは全力で君達を迎えよう。兵士達も、その期待に応えられるよう死力を尽くして鍛錬に励ませる。」
ガエンは満足そうに笑った。
「よし、決まりだ。じゃあ明日……いや。」
そう言って立ち上がると、兵士達を見渡してニヤリと笑う。
「今日から始めるか。」
その場の空気が、一気に張り詰める。
「おおっ!」
歓声を上げる兵士。
「ま、待て……今日から!?」
思わず青ざめる兵士。
「一月も……しかも今日から……。」
呆然と立ち尽くす兵士。
「夢じゃないよな……。」
嬉しさと緊張が入り混じり、落ち着かず周囲を見回す者。
「本物の英雄達に教われる……!」
拳を強く握り締め、瞳を輝かせる若い兵士。
「……生きて帰れるかな。」
隣の兵士が肩を震わせると、もう一人が苦笑する。
「始まる前から負けるな。」
王の間には様々な反応が広がっていた。
その様子を見たガエンは豪快に笑う。
「安心しろ。死ぬような訓練はしねぇ。」
兵士達の表情が少しだけ緩む。
だが次の瞬間。
「……死にたくなるくらいキツいだけだ。」
「…………。」
再び静まり返る王の間。
マイトが思わず額を押さえた。
「ガエン、それ全然安心できてないから。」
「そうか?」
本人は首を傾げる。
ダグラスが静かに口を開く。
「多少誇張している。」
兵士達がほっと息をついた、その直後。
「だが、逃げ出したくなる程度には厳しい。」
「変わらないじゃないですか!」
思わず兵士の一人が叫び、王の間に笑いが広がった。
ラーシャも小さく笑いながら口元を押さえる。
「ふふ……。」
レムルスも珍しく笑みを浮かべた後、すぐに王としての表情へ戻る。
「よし。」
その一言で、場の空気が再び引き締まる。
「全兵士、整列。」
「はっ!」
一斉に返事が響き、兵士達は迷いなく隊列を整えていく。
その様子を見たレムルスは四人へ向き直った。
「訓練をお願いする以上、兵士の選定はこちらで行おう。」
ガエンは頷く。
「任せる。」
レムルスは兵士達を見渡しながら考え始める。
(ガエン殿は圧倒的な膂力と実戦経験、正面突破を得意とする戦士。ダグラス殿は冷静な判断力と、一切無駄のない戦闘技術。ラーシャ殿は魔力制御と精神面の克服。そして恐怖を乗り越える強さ。マイト殿は剣術だけではなく、仲間との連携や状況判断に優れている。)
軍師王として培った洞察力が、一瞬で兵士達を分析していく。
「第一隊。」
「はっ!」
「前衛を志す者、腕力に自信がある者はこちらへ。」
屈強な兵士達が前へ進み出る。
レムルスはその隊をガエンへ向けた。
「ガエン殿、この者達を。」
「おう。」
ガエンは兵士達を見回し、満足そうに頷く。
「面白そうなのが揃ってるな。」
続いてレムルスは第二隊を見る。
「剣技と技術を磨きたい者。」
鋭い眼差しを持つ兵士達が整列する。
「ダグラス殿、お願いしたい。」
「承知した。」
ダグラスは静かに一礼した。
さらに第三隊。
「魔法兵、魔力操作に不安のある者。」
男女問わず魔法兵達が集まる。
ラーシャは少し緊張しながらも微笑んだ。
「よ、よろしくお願いします……。」
魔法兵達も優しく頭を下げる。
「よろしくお願いいたします!」
そして最後。
「第四隊。」
若手兵士や将来の小隊長候補達が前へ出る。
レムルスはマイトへ視線を送った。
「マイト殿には、この者達へ。」
マイトは笑顔で頷く。
「任せて。強い兵士じゃなく、頼られる兵士に育ててみせるよ。」
兵士達の目がさらに輝く。
すべての振り分けを終えたレムルスは満足そうに頷いた。
「これで良い。」
そして四人へ一礼する。
「皆、それぞれ違う才能を持っている。ならば兵士達も、それぞれ最も学ぶべき師のもとで鍛えるのが最善だ。」
ガエンは感心したように笑う。
「さすが軍師王だ。振り分けが早ぇな。」
レムルスは微笑み返す。
「兵の資質を見極めるのも王の務めだからな。」
そうして王の間を後にした一行は、城の奥へと歩き始める。
先ほどラーシャの実力を測った演習場ではなく、さらに広大な敷地を持つ本訓練所へ。
そこには剣術場、槍術場、格闘場、魔法演習区画、障害走路、模擬戦用の広場まで備えられ、バルファード軍の精鋭が日々鍛錬を積むための施設が広がっていた。
ガエンはその光景を見渡し、口元を吊り上げる。
「へぇ……いい訓練場じゃねぇか。」
ダグラスも静かに辺りを見回す。
「設備は申し分ない。」
マイトは楽しそうに笑い、
「これなら一か月、かなり濃い訓練ができそうだね。」
ラーシャも少しだけ緊張を和らげながら、小さく頷いた。
「み、皆さんと頑張ります……。」
こうして軍事国家バルファード史上初となる、魔王軍幹部と勇者による特別訓練が、今まさに幕を開けようとしていた。




