91.オーガ、回想をする 後編
ガエンは大きく息を吐く。
「スポンサーの話も片付いたし、ゼルの引き渡しも終わった。だから次の目的地を決めたんだ。」
レムルスが視線を向ける。
「どこへ向かった。」
ガエンは力強く答えた。
「魔族領北部、氷雪都市クリアフォルだ。」
ラーシャは微笑む。
「氷雪女王フロスティア様にお会いするためです。」
レムルスは一つ頷いた。
「なるほど。では次は、氷雪都市クリアフォルでの話を聞かせてもらおう。」
ガエンは頷き、懐かしそうに笑った。
「クリアフォルは年中雪が降ってる寒い町なんだが、俺達が着いた日は妙に賑やかでな。」
レムルスが首を傾げる。
「何か祭りでもあったのか。」
「祭りみたいなもんだ。」
ガエンは肩をすくめた。
「町中に人だかりができてて、『笑芸大会開催中!』って旗があちこちに立ってた。」
兵士達がざわつく。
「笑芸大会?」
「漫才やコント、一発芸なんかを競う大会らしい。」
ラーシャも苦笑する。
「私達も到着して驚きました。」
マイトが思い出して笑う。
「もっと驚いたのは、その参加者だよ。」
レムルスが眉を上げる。
「参加者?」
ガエンは苦笑混じりに頷く。
「俺達より先にクリアフォルへ向かってたダグラス、ビルム、ミリアがいたんだが……。」
兵士達が耳を傾ける。
「ダグラスは見学だった。」
ダグラスは淡々と頷く。
「私は興味本位で観戦していただけだ。」
ガエンは吹き出しそうになりながら続けた。
「問題は残り二人だ。」
レムルスが嫌な予感でもしたような表情になる。
「……まさか。」
「ビルムとミリアが『うさぎドラゴン』ってコンビ名で出場してた。」
謁見の間が一瞬静まり返る。
そして。
「…………は?」
兵士達から間の抜けた声が漏れた。
レムルスも目を瞬かせる。
「ドラゴニュートとラミアが……笑芸大会に?」
「そうだ。」
ガエンは真顔で頷いた。
「しかもネタが始まると、ミリアが天然全開でな。」
マイトは笑いを堪えながら肩を震わせる。
「ミリアが、クリアフォルやフロスティアまで天然でいじり始めちゃって。」
兵士達が青ざめる。
「お、おい!」
「王をいじったのか!?」
「命知らずだ!」
ガエンは苦笑した。
「俺も『終わったな』って思った。」
レムルスも呆れたように額を押さえる。
「普通なら不敬罪だ。」
ダグラスが静かに続ける。
「だが、その度にビルムが見事な勢いで突っ込んだ。」
「ネタの内容までは言わねぇ。」
ガエンは笑う。
「だが、会場は大爆笑だった。」
ラーシャもくすりと笑う。
「最後には……。」
マイトが思わず吹き出す。
「フロスティアご本人が、一番大きな声で笑ってた。」
「なに?」
レムルスが思わず身を乗り出す。
ガエンは頷く。
「あの氷の女王が腹を抱えて笑ってた。」
兵士達は信じられないという顔で互いを見る。
「まさか……。」
「そんなことが。」
ダグラスが静かに締めくくる。
「結果、『うさぎドラゴン』が優勝した。」
謁見の間にどよめきが広がった。
レムルスはしばらく黙っていたが、やがて耐え切れずに笑った。
「はっ……ははは!」
兵士達もつられて笑い始める。
「まさか優勝とは!」
「誰も予想できません!」
ガエンは肩をすくめる。
「優勝した直後に、王宮から呼び出しが来た。」
レムルスが笑みを浮かべたまま聞く。
「怒られた……わけではないようだな。」
「逆だ。」
ガエンは笑った。
「フロスティアは『久しぶりに心の底から笑いました』って大喜びだった。」
ラーシャも頷く。
「そして、その流れで謁見となりました。」
ガエンは腕を組む。
「せっかくだから、俺はいつものように運動会のスポンサーの話も切り出した。」
レムルスが興味深そうに聞く。
「反応は。」
「最初からかなり乗り気だった。」
ガエンは笑う。
「笑芸大会であれだけ笑った直後だったからな。」
ダグラスが補足する。
「だが、一つ条件が提示された。」
「条件?」
レムルスが尋ねる。
ガエンは頷いた。
「『運動会の競技の合間に、お笑いライブや演芸を開催してください』ってな。」
兵士達が感心したように頷く。
「なるほど。」
ラーシャも微笑む。
「『競技だけではなく、笑顔で国同士が交流できる時間も作りたい』というのが、フロスティア様のお考えでした。」
マイトも笑顔で続ける。
「観客も選手も一緒になって笑える時間があれば、もっと思い出に残る運動会になるって。」
ガエンは大きく頷く。
「俺達も大賛成だった。」
ダグラスが静かに告げる。
「その場でスポンサー契約は成立した。」
謁見の間から再び感嘆の声が上がる。
「氷雪都市クリアフォルまで。」
「これでまた一国、賛同国が増えたのか。」
レムルスは満足そうに微笑み、深く頷いた。
「競い合うだけではなく、人々を笑顔で結び付ける催しまで取り入れるとは……。実にお前達らしい運動会だ。」
ガエンは照れくさそうに鼻をかいた。
「気付けば、運動会そのものが世界中の祭りみたいになってきてたんだよ。」
レムルスは静かに頷き、椅子の背にもたれた。
「つまり。」
その鋭い眼差しがガエンへ向けられる。
「人間領王都フィルドリア、司法国家サイヴァーン、魔族領氷雪都市クリアフォル……すでに三国がお前達の運動会を支援すると決めたわけだな。」
「ああ。」
ガエンは力強く頷く。
「そして今現在に至る。」
謁見の間をゆっくり見渡す。
「人間領の王都フィルドリア。司法国家サイヴァーン。魔族領の氷雪都市クリアフォル。この三国と正式にスポンサー契約を結んだ。」
兵士達がどよめく。
「三国も……。」
「本当にそこまで話が進んでいたのか。」
ガエンは続けた。
「そして軍事国家バルファード。俺達は、そのスポンサー契約をお願いするために、この国へ来た。」
謁見の間は静まり返った。
兵士達も固唾を飲んでレムルスを見る。
レムルスはしばらく何も言わず、腕を組んで考え込む。
やがて、ゆっくりと口を開いた。
「……なるほど。」
その声には威厳があった。
「話の全てに筋は通っている。人間と魔族が同じ競技で競い、同じ飯を食い、同じ場所で笑い合う。そこへ司法国家が更生の場として協力し、氷雪都市は文化交流を担う。まるで各国の特色を一つの祭典へ集約したような計画だ。」
ガエンは黙って頷く。
レムルスは小さく笑った。
「正直、最初は荒唐無稽な夢物語だと思っていた。だが、お前達は口先だけではなかった。実際に国を回り、一つずつ信頼を勝ち取り、三国もの賛同を得てここまで来た。」
兵士達も真剣な表情になる。
「ここまで行動してきたのか……。」
「簡単にできることじゃない。」
レムルスは玉座から立ち上がった。
「ガエン。一つだけ確認する。この運動会。お前は何のために開催する。」
謁見の間の視線が一斉にガエンへ集まった。
ガエンは少しだけ考え、静かに息を吸った。
そして、真っ直ぐレムルスを見据える。
「……魔王バラムの言葉を借りるなら。」
謁見の間は静まり返る。
ガエンは穏やかな口調で続けた。
「世界を征服するためだ。」
その瞬間。
「なっ……!」
「せ、征服だと!?」
兵士達が一斉にざわめき、何人かは思わず武器に手を掛ける。
レムルスも表情を変えずにガエンを見つめていた。
しかし、ガエンは慌てる様子もなく苦笑した。
「最後まで聞いてくれ。」
兵士達は動きを止める。
ガエンはゆっくりと言葉を紡いだ。
「魔王バラムは言ったんだ。『力で支配する征服など、長くは続かん。本当に征服するなら、人の心を笑顔で満たせ』ってな。」
その言葉に、兵士達の表情から警戒が少しずつ消えていく。
ガエンは続けた。
「だから俺達の目指す征服は、城を落とすことでも、国旗を奪うことでもない。運動会で競って。飯を食って。笑って。また会おうって握手して帰る。その輪が世界中に広がれば、争う理由なんて少しずつなくなっていく。」
一度言葉を切り、笑った。
「要約すると。」
ガエンは照れくさそうに頭をかいた。
「楽しく手を取り合う世界を作るためだ。」
その一言は、静かな謁見の間によく響いた。
誰もすぐには言葉を返せない。
やがて、一人の兵士が小さく呟く。
「……それが、世界征服。」
別の兵士も苦笑する。
「なんて紛らわしい言い方をするんだ。」
「だが……。」
「嫌いじゃない。」
謁見の間には、どこか柔らかな空気が流れ始めていた。
レムルスは静かに目を閉じる。
そして数秒後、ゆっくりと目を開いた。
「なるほど。」
その口元には、わずかな笑みが浮かんでいた。
「力で屈服させる征服ではない。笑顔と信頼で世界を一つにする征服、か。」
ガエンは力強く頷く。
「ああ。それが魔王バラムの理想であり、俺達魔王軍の目標だ。」
レムルスは玉座の前まで歩み寄る。
「面白い。」
その一言に、兵士達が息を呑む。
「軍事国家バルファードは、これまで武力によって国を守り、国民を導いてきた。だが、お前達は武器ではなく祭りで世界を変えようとしている。」
レムルスはガエンの目を真っ直ぐ見据えた。
「そんな前代未聞の世界征服を、本気で成し遂げるというのだな。」
ガエンは迷いなく答えた。
「もちろんだ。簡単な道じゃない。でも、一国ずつ仲間を増やしてきたように、一人ずつ笑顔を増やしていけば、いつか必ず届く。だから俺達は歩き続ける。魔王軍として。世界中のみんなと、手を取り合うために。」
ガエンの言葉が、謁見の間の隅々まで静かに染み渡っていく。
誰一人として口を開かなかった。
先ほどまで武器に手を掛けていた兵士達も、今はその手を静かに下ろし、ただ玉座の前に立つオーガの青年を見つめている。
レムルスはしばらくガエンを見つめたまま、何も言わなかった。
やがて踵を返し、ゆっくりと玉座へ戻る。
重厚な足音だけが、広い謁見の間に響いた。
玉座の前まで来ると、レムルスは静かに腰を下ろす。
肘掛けに腕を置き、指を組む。
そして、ゆっくりと目を閉じた。
謁見の間は、水を打ったような静けさに包まれる。
誰もその沈黙を破ろうとはしない。
兵士達も、大臣達も、アッシュも。
そしてガエン達もまた、レムルスの答えを急かすことなく、ただ静かに待っていた。
ダグラスは腕を組んだまま微動だにせず、マイトも真っ直ぐな姿勢で立ち続ける。ラーシャはそっと息を整える。
誰もが理解していた。
ここで焦って言葉を重ねるよりも、レムルス自身が答えを出す時間こそが大切なのだと。
静寂が流れる。
数秒。いや、実際にはそれほど長くはなかったのかもしれない。
しかし、その場にいる全員にとっては、とても長い時間に感じられた。
レムルスは閉じた瞼のまま、小さく息を吐く。
その表情からは、軍事国家の王として国を背負う責任と、一人の人間として新たな可能性を見極めようとする思索の両方がうかがえた。
そして、レムルスは静かに目を開いた。




