90.オーガ、回想をする 中編
レムルスは静かに頷き、続きを促した。
「始まりは、魔族領王都マグノリアにある魔王城『静寂の城』だ。」
その言葉に、謁見の間の兵士達も自然と耳を傾ける。
「ある日、魔王バラムが突然こう言い出したんだ。」
ガエンは当時を思い出し、苦笑する。
「『大運動会を開催する!』ってな。」
「……運動会?」
レムルスが僅かに眉を上げる。
「そうだ。」
ガエンは苦笑いのまま続けた。
「最初は城のみんなで体を動かす程度の催しだと思ってた。ところが話を聞けば、人間も魔族も関係なく参加できる大規模な交流大会を開きたいって話でな。」
「種族を超えた交流か。」
レムルスは興味深そうに呟く。
「しかも競技場まで新しく造るって言い出した。」
ガエンは肩を竦めた。
「当然、俺は財務担当だから真っ先に計算したさ。で、結論は……金が全然足りねぇ。」
マイトが横から口を挟む。
「ガエン、その時すごい顔してたよな。」
「うるせぇ。」
即座に返すガエンに、謁見の間の空気が少しだけ和らぐ。
「とにかくだ。まずは資金を集めるしかないってことで、俺とダグラスで城を出た。」
「資金稼ぎか。」
レムルスは腕を組む。
「冒険者として依頼を受けたり、魔物討伐をしたり、色々やった。」
ガエンは淡々と語る。
「その後、競技場を造れる職人を探してドワーフの里へ向かった。」
ダグラスが静かに言葉を継ぐ。
「技術力は申し分なかった。あれほどの建築技術を持つ者達は他にいない。」
「だから協力を頼んだ。」
ガエンは頷く。
「ドワーフ達も話に乗ってくれてな。一緒に静寂の城へ戻ったんだ。」
レムルスは静かに聞き続ける。
ガエンは少し苦い笑みを浮かべた。
「だがそこで現実を思い知らされた。」
「ほう。」
「ドワーフ達が本格的に設計を始めて、必要な資材や設備、人員まで全部計算した結果……」
ガエンはゆっくり息を吐く。
「俺が見積もってた予算の、何倍もの金が必要だって判明した。」
謁見の間に小さなどよめきが走る。
「予算不足か。」
レムルスは静かに呟いた。
「そういうことだ。」
ガエンは頷く。
「節約だけじゃどうにもならねぇ額だった。」
ラーシャが穏やかに補足する。
「競技場だけではなく、参加者の宿泊施設や安全設備、観客席なども必要でしたから。」
「手を抜けば事故にも繋がる。」
ダグラスも短く付け加える。
レムルスは小さく目を閉じる。
「……なるほど。」
それは決して甘い見積もりではなく、現実を直視した結果だったと理解したのだ。
ガエンは続ける。
「だから俺達は方針を変えた。金を稼ぐだけじゃ間に合わねぇ。なら、協力者を集めようってな。」
ガエンの瞳に力が宿る。
「それで俺達は、各国を回ってスポンサーを募る旅に出た。」
そう言って一度言葉を切る。
「ここから先が、あんたの国に来るまでの話だ。」
レムルスは静かに頷いた。
「……続きを聞こう。」
ガエンは腕を組み、当時を思い返すように天井を見上げる。
「スポンサー集めを始めようって話になった時、最初は『どこの国へ行くか』を決めようとしてたんだ。」
「順当に考えれば、国力のある国家から回るべきだろうな。」
レムルスが言う。
「俺達もそう思って地図を広げて相談してた。」
ガエンは苦笑した。
「ところが、その時だった。」
ダグラスが静かに言葉を継ぐ。
「人間領王都フィルドリアから、使者が来た。」
謁見の間の兵士達が少しざわめく。
「向こうから?」
レムルスが眉を上げる。
「ああ。」
ガエンは頷いた。
「『話を聞きたい』って正式な連絡だった。」
「なぜだ?」
「噂だよ。」
ガエンは肩を竦める。
「運動会を開こうとしてるって話が、人づてにフィルドリアまで届いてたらしい。」
ラーシャが微笑みながら補足する。
「その話を耳にしたフィルドリアのミル姫様が、大変興味を持たれたそうです。面白い催しを計画している魔族がいる、と。」
レムルスは納得したように頷く。
「そういうことだ。」
ガエンは続ける。
「向こうから呼ばれたなら断る理由はない。最初の訪問国はフィルドリアに決まった。」
「同行したのは?」
レムルスが尋ねる。
「俺、ダグラス、それからピクシーのナラと、ラミアのミリア。ラーシャとマイトはその時は城で留守番だった。」
レムルスは二人へ視線を移す。
「なるほど。」
ガエンは少し笑みを浮かべた。
「で、フィルドリアに着いて姫様と会ったんだが……。」
「何か問題でもあったのか?」
「問題というか。」
ガエンは頭を掻く。
「なぜか最初の話題が目玉焼きだった。」
「…………。」
謁見の間が静まり返る。
レムルスも数秒沈黙した後、真顔のまま口を開く。
「……目玉焼き?」
「目玉焼き。」
ガエンは真剣な顔で頷く。
「塩派か醤油派かソース派か、いやケチャップも捨て難いだの何だのでな。」
ガエンが少し笑を浮かべて言った。
「俺は食べられれば何でもいいと言った。そしたら全員から『究極形だ』って言われてたな。」
ガエンが笑うと、謁見の間にも笑いが広がった。
普段厳格な兵士達まで肩を震わせている。
レムルスも小さく息を漏らす。
「……国の未来を左右する話し合いの前に、目玉焼き論争とは。」
「俺達もそう思った。」
ガエンは笑った。
「でも、そのおかげでお互い肩の力が抜けたんだ。」
ガエンは真面目な表情へ戻る。
「その後、改めて運動会の目的を説明した。人間も魔族も種族を問わず競い、笑い合える祭典にしたいこと。安全面への配慮。競技場や宿泊施設の計画。スポンサーになってもらう代わりに、各国の名も広く紹介すること。全部包み隠さず話した。」
レムルスは静かに聞いている。
「……それで?」
ガエンは口元を緩めた。
「『お父様、参加しましょう』ってな。」
「即決だったのか。」
「多少質問はあったが、最後は快く契約してくれた。」
ダグラスも短く頷く。
「こちらが想像していた以上に理解が早かった。」
「こうして俺達は、初めて正式なスポンサー契約を結ぶことができた。」
ガエンは懐かしそうに息を吐く。
「最初の一歩だったよ。」
レムルスは腕を組み、ゆっくりと頷く。
「……なるほど。最初の協力国がフィルドリアか。」
その瞳には、単なる興味ではなく、一つの計画を着実に形にしていったガエン達への評価が浮かんでいた。
ガエンはゆっくりと頷いた。
「フィルドリアを出た後、次は氷雪都市クリアフォルへ向かうことにした。」
レムルスが口を開く。
「氷雪都市か。確かに、あの土地へ向かうには十分な準備が必要だな。」
「ああ。」
ガエンは苦笑する。
「一年中雪が降ってるような場所だからな。防寒装備を揃えないと話にならねぇ。」
ダグラスも静かに続ける。
「しかし、資金を計算した結果、装備一式を揃えると旅の資金が底をつくことが判明した。」
「そこで俺達は考えた。」
ガエンは肩をすくめる。
「スポンサー契約が決まったとはいえ、まだ金は入ってねぇ。だから、防寒装備代を稼ぐために近くの冒険者ギルドで依頼を受けることにしたんだ。」
レムルスは頷く。
「依頼内容は?」
「魔眼熊の討伐だ。」
その名に、謁見の間の兵士達が僅かにざわめく。
「魔眼熊……。」
レムルスが目を細める。
「魔力を帯びた視線で相手の動きを鈍らせる危険な魔物だな。」
「そうだ。」
ガエンは頷く。
「俺達なら十分倒せると思って向かった。」
「しかし。」
ダグラスの声が低くなる。
「現地には、依頼書には書かれていない者がいた。」
レムルスの視線が鋭くなる。
「……何者だ。」
ガエンが答える。
「死霊使い、ゼル・グラード。」
謁見の間の空気が一気に張り詰めた。
「死霊使いだと。」
「遺跡中に死霊を徘徊させてやがった。」
ガエンは当時を思い出すように眉をひそめる。
「魔眼熊だけでも厄介なのに、その上から大量の死霊だ。」
ダグラスが静かに言う。
「しかもゼル本人も相当な実力者でした。」
ラーシャも小さく頷く。
「ガエン様とダグラス様だけでは、非常に厳しい戦況だったと聞いております。」
レムルスはガエンを見る。
「危険だったのか。」
「ああ。」
ガエンは素直に認めた。
「正直、あと少し遅かったら危なかった。」
謁見の間が静まり返る。
ガエンは笑みを浮かべる。
「だが、その時だった。騒がしいやつらが現れた。」
兵士達が顔を上げる。
「静寂の城から援軍が来たんだ。勇者マイト。ラーシャ。そしてドラゴニュートのビルム。」
レムルスが興味深そうに眉を上げる。
「ドラゴニュートもいたのか。」
ガエンは苦笑する。
「これで形勢逆転だと思った。」
「……思った?」
レムルスが聞き返す。
ガエンは肩を竦めた。
「ところがな。マイトが『ここは任せて』って前に出た。」
ラーシャは少し照れたように微笑む。
「私は治療と後方支援を担当しようと思っていたのですが……。」
ダグラスが淡々と言う。
「必要なかったな。」
「……ほう。」
「マイトは一人で突撃した。」
ガエンは苦笑混じりに続ける。
「聖剣を振るう度に死霊が次々と浄化されていく。囲まれても止まらねぇ。そして最後にはゼル本人の懐へ一気に踏み込んだ。」
ガエンは笑った。
「ゼルが魔法を撃つより早く、そのまま拘束。」
兵士達から思わず感嘆の声が漏れる。
「……勇者とは聞いていたが。」
レムルスも僅かに目を見開いた。
ダグラスが静かに補足する。
「戦闘時間は非常に短時間。死霊の群れもほぼマイト一人で殲滅。ゼル・グラード本人も生け捕り。」
レムルスは腕を組み、感心したように息を吐く。
「見事だ。」
その言葉に、マイトは少し困ったように頭を掻いた。
「最後に美味しいところをもらっただけだよ。」
ガエンは思わず吹き出す。
「いやいや、最後って言うには派手すぎるだろ。」
謁見の間に笑いが広がる。
ラーシャもくすりと笑った。
「その後、ゼル・グラードは拘束しました。」
ガエンが続ける。
「そこでフィルドリアから司法国家サイヴァーンへ移送してくれと頼まれた。」
ダグラスが頷く。
「司法国家なら適切な裁きを下せるからな。」
「だからゼル・グラードは俺たちがサイヴァーンへ移送することになった。」
レムルスはゆっくりと頷く。
「犯罪者を私刑ではなく司法へ委ねたか。」
「当然だ。」
ガエンは真っ直ぐ答える。
「俺達の目的は世界を良くすることだ。倒すことが目的じゃねぇ。裁くべき者は、正しい手続きで裁かれるべきだ。」
その言葉に、謁見の間は静まり返った。
レムルスはしばらくガエンを見つめると、小さく笑みを浮かべる。
「……その考え方だからこそ、各国が貴様らを信用するのだろうな。」
レムルスの言葉に、ガエンは少し照れくさそうに頭を掻いた。
「信用してもらえるなら、それが一番だからな。」
ダグラスも静かに頷く。
「ゼル・グラードを護送するため、司法国家サイヴァーンへ向かった。」
レムルスが興味深そうに問いかける。
「リターシャ・カイゼルンと会ったのか。」
「ああ。」
ガエンは笑みを浮かべる。
「裁判の手続きや囚人の引き渡しが終わった後、せっかくだから運動会のスポンサーの話もしてみた。」
「ほう。」
レムルスは腕を組む。
「反応はどうだった。」
ガエンは当時を思い出しながら語る。
「最初は『運動会で世界交流ですか』って半信半疑だったな。」
ラーシャが続ける。
「ですが、これまで各国で行ってきた活動や、スポンサーになってくださった国々のお話をすると、とても興味を持ってくださいました。」
ダグラスも補足する。
「そしてリターシャ国王は一つ条件を提示した。」
レムルスの眉が僅かに動く。
「条件?」
「『更生の意思がある囚人達も運動会に参加させてほしい』」
ガエンが答えた。
「競技を通じて協力すること、人と接することを学ばせたいってな。」
謁見の間の兵士達が顔を見合わせる。
「囚人を……運動会に。面白い発想だ。」
レムルスが静かに呟く。
ダグラスが頷く。
「もちろん、重犯罪者じゃなく、更生の見込みがあり、模範囚として認められた者だけ。」
ラーシャも微笑む。
「監視役の司法官も同行されるとのことでした。」
ガエンは腕を組みながら笑う。
「俺は悪くねぇ話だと思った。失敗した者でも、やり直せる機会は必要だからな。」
マイトも頷く。
「競争だけじゃなくて、協力する競技もたくさんあるしね。」
レムルスは静かに目を閉じ、しばらく考える。
「……実にサイヴァーンらしい条件だ。」
そして小さく笑った。
「罪を裁くだけでなく、更生まで見据える国らしい。」
ガエンも笑みを返す。
「だからその条件を受け入れた。」
ダグラスが淡々と言う。
「その場でスポンサー契約も成立した。」
兵士達から感嘆の声が漏れる。
「また一国増えたのか……。これで各地からかなりの支援が集まりそうだ。」
レムルスも満足そうに頷いた。
「着実に世界を巻き込んでいるな。」




