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静寂の城〜魔王は世界征服をしたい〜  作者: 赤井六舷
魔族領軍事国家、バルファード

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89.オーガ、回想をする 前編

翌朝、宿の食堂には、焼きたてのパンの香りと温かなスープの湯気が漂っていた。

ガエンは大きな皿に盛られたベーコンと卵を頬張りながら満足そうに頷く。


「この国は肉料理だけじゃねぇな。朝飯も美味ぇ。」


「パンも香ばしいですね。」


ラーシャは小さく微笑みながらスープを口に運ぶ。

ダグラスは無言で食事を進めている。

一方のマイトはというと、


「すみませーん! パンおかわりお願いします!」


既に三度目のおかわりを頼んでいた。

給仕係は思わず目を丸くする。


「まだ召し上がるんですか?」


「今日はなんか腹減ってる!」


「昨日あれだけ食べたのに……。」


苦笑しながらも焼きたてのパンを運んでくる。

ガエンは呆れ半分、感心半分で笑った。


「若いってすげぇな。」


「ガエンだって結構食べてるじゃん。」


「俺は畑仕事で腹減る体質なんだ。」


「今日は畑仕事してないよね?」


「……気分だ。」


「それ昨日の俺と同じじゃん。」


食堂に小さな笑いが起こる。

その時だった。

宿の入口が静かに開き、一人の男が姿を現した。


「失礼いたします。」


聞き慣れた声に四人が振り向く。


「おう、アッシュ。」


ガエンが手を挙げる。

アッシュは歩み寄ると、四人へ丁寧に一礼した。


「朝早くから失礼いたします。」


「朝飯食べるか?」


「お気遣いありがとうございます。しかし、本日は陛下の命を受けて参りましたので。」


ガエンは手を止める。


「レムルス王から?」


「はい。」


アッシュは姿勢を正した。


「本日、レムルス陛下が皆様との謁見をご希望されています。」


マイトはパンを咥えたまま目を丸くする。


「いきなり?」


「ええ。陛下は既に皆様をお迎えする準備を整えております。」


ラーシャが静かに尋ねる。


「私達全員、ですか?」


「はい。ガエンさん、ダグラスさん、ラーシャさん、そしてマイトさん。皆様にお会いしたいとのことです。」


ダグラスが短く口を開く。


「理由は。」


アッシュは少しだけ微笑んだ。


「皆様と話をしてみたい、と。」


「話?」


「陛下は昨日の私の報告をお聞きになり、皆様に大変興味を持たれました。」


ガエンは腕を組む。


「軍事国家の王様って聞いてたから、もっと堅苦しい人かと思ってたけど。」


「普段の陛下は慎重なお方です。」


アッシュは静かに続ける。


「ですが、一度『自分の目で確かめたい』と判断されたことは、必ず実行されます。」


ラーシャは納得したように頷いた。


「ご自身で会って判断される方なのですね。」


「はい。憶測や噂だけで人を評価されることは決してありません。」


ガエンは感心したように笑う。


「そりゃ立派な王様だ。」


マイトは最後のパンを口へ放り込み、勢いよく立ち上がった。


「よし! 行こう!」


「……まだスープ残ってるぞ。」


「あとで飲む!」


「冷めるぞ。」


「うっ。」


ガエンの一言でマイトは渋々席へ戻り、急いでスープを飲み始めた。

その様子を見たアッシュは思わず笑みを漏らす。


「相変わらずですね。」


「いつもこんな感じだ。」


ガエンは肩を竦める。


「騒がしいが、悪い奴じゃねぇ。」


マイトは空になった皿を重ねると、満足そうに息をついた。


「ごちそうさま!」


「では。」


アッシュが改めて一礼する。


「馬車を宿の前に用意しております。城までは私がご案内いたします。」


四人は頷き、それぞれ荷物を整える。

やがて宿を出ると、朝日に照らされた軍事国家バルファードの城が、街の中心で堂々とその威容を見せていた。

その城の最上階では、軍師王レムルスが静かに窓の外を眺めている。


「……間もなく、か。」


噂でも報告書でもない。

自らの目で見て、自らの耳で聞き、自ら判断する。

それが軍師王レムルスという男だった。

そして今、魔王軍幹部三人と勇者一人が、その王との初めての対面へと向かおうとしていた。


馬車は石畳の大通りを進み、やがて王城の正門へと到着した。

巨大な鉄門の前には、槍を持った兵士達が左右に整列している。


「アッシュ殿、お帰りなさい。」


門番が敬礼すると、アッシュも軽く頷いた。


「陛下のご命令により、お客様をお連れしました。」


「確認いたしました。どうぞ、お通りください。」


重厚な門がゆっくりと開かれる。

ガエン達は馬車を降り、アッシュの案内で城内へ足を踏み入れた。

城の中は外観と同じく無駄な装飾が少なく、磨き上げられた石床と頑丈な柱が並んでいる。


「飾りより実用って感じだな。」


ガエンが周囲を見渡しながら呟く。


「軍事国家らしいですね。」


ラーシャも静かに辺りを眺める。

廊下を進んでいくと、開けた中庭へ出た。

そこからは兵士達の訓練場が一望できる。


「はぁっ!」

「まだ甘い! もう一度!」


木剣が激しく打ち合わされる乾いた音が響き渡る。

別の場所では槍兵が一糸乱れぬ動きで突きを繰り返し、さらに奥では弓兵達が次々と的の中心を射抜いていた。

その隣では、重い鎧を着込んだ兵士達が巨大な丸太を担ぎ、息を乱すことなく走り続けている。


「すげぇ……。」


マイトは思わず足を止めた。


「みんな本気だ。」


ガエンも腕を組みながら感心する。


「これだけ鍛えてる兵士が揃ってりゃ、軍事国家って呼ばれるのも納得だ。」


ダグラスは訓練の様子を静かに見つめる。


「動きに無駄がない。日頃の鍛錬が徹底されている。」


ラーシャも小さく頷いた。


「兵士の方々だけでなく、指導する教官の指示も的確ですね。一人一人の癖まで把握しているようです。」


アッシュは少し誇らしげな表情を浮かべた。

「バルファードでは、戦場で生き残るためには日々の鍛錬こそが最も重要だと考えられています。」


「なるほどな。」


ガエンは笑みを浮かべる。


「畑も剣も、毎日の積み重ねってわけか。」


「その通りです。」


アッシュは頷き、再び歩き始めた。

訓練場を後にし、さらに奥へ進む。

廊下は次第に静けさを増し、壁には歴代の王や名将達の肖像画、そして数々の戦で掲げられた軍旗が飾られていた。

やがて、一行の前に人の背丈を優に超える巨大な両開きの扉が姿を現す。

黒鉄で補強された重厚な扉には、剣と盾を組み合わせたバルファード王家の紋章が力強く刻まれていた。

扉の両脇には、微動だにしない近衛兵が二人、直立不動で立っている。

アッシュは一歩前へ出ると、四人を振り返った。


「この先が、謁見の間です。」


その言葉とともに、近衛兵が静かに扉へ手を掛けた。


重厚な扉が、低く響く音を立てながらゆっくりと開かれていく。

その先には、広々とした謁見の間が広がっていた。

磨き上げられた石床の中央には深紅の絨毯が一直線に玉座へと続き、左右には鎧をまとった近衛兵達が一切身じろぎすることなく並んでいる。

その最奥。

一段高く設けられた玉座に、一人の男が静かに腰掛けていた。

短く切り揃えられた金髪。額から伸びる二本の短い角。黒を基調とした威厳ある王衣。

そして何より、全てを見透かすような鋭い眼差し。

軍事国家バルファードの軍師王レムルス。


「ご案内いたしました。」


アッシュが深く一礼する。


「ガエン殿、ダグラス殿、ラーシャ殿、そして勇者マイト殿です。」


レムルスは小さく頷くだけだった。


「ご苦労。」


短い一言。

しかし、その視線は既に四人へ向けられている。

謁見の間に静寂が満ちた。

レムルスはまず先頭に立つガエンを見る。

大柄な体格。節くれだった手。

そして立ち姿に滲む、飾らぬ堂々とした気配。


「……。」


次に視線はダグラスへ。

黒衣を纏う死神は、王の視線を受けても微動だにしない。その静けさと隙のなさを、レムルスは一瞬で見抜いていた。

さらにラーシャへ。

穏やかな笑みを浮かべながらも、周囲全体へ気を配る瞳。知性と冷静さ、そして芯の強さを感じさせる佇まいだった。

最後にマイト。まだ若さの残る表情。落ち着きなく辺りを見回しかけるが、ガエンに軽く肘でつつかれると慌てて姿勢を正す。

その様子に、近衛兵の何人かが僅かに表情を動かしたが、レムルスだけは変わらなかった。

四人全員を見終えるまで、一言も発しない。

ただ静かに観察する。

視線の動き。呼吸。立ち方。わずかな表情の変化。

その全てを、まるで報告書と照らし合わせるように確認していく。


やがて数秒、いや、本人達には数分にも感じられる沈黙の後。

レムルスは肘掛けに軽く指を置き、静かに口を開いた。


「なるほど。」


低く落ち着いた声が、謁見の間へ響く。


「アッシュの報告書に誇張は一切ないようだ。」


その言葉にアッシュは胸を撫で下ろすことなく、ただ静かに頭を垂れた。

レムルスの視線は再び四人へ向けられる。


「ようこそ、軍事国家バルファードへ。」


その声音に敵意はない。

だが歓迎一色というわけでもない。

王として相手を見極めようとする、冷静な響きだった。


「まず最初に言っておこう。」


レムルスはゆっくりと立ち上がる。


「私は噂を信じない。肩書きも信じない。」


一歩、玉座の前へ歩み出る。


「魔王軍幹部であろうと、勇者であろうと、それだけで評価を下すことはない。」


鋭い眼差しが四人を射抜く。


「私が信じるのは、自らの目で見たもの、自らの耳で聞いたもの、そして自ら考えた結論だけだ。」


謁見の間の空気が、さらに張り詰めた。

そしてレムルスは、わずかに口元を緩める。


「……さて。まずは堅苦しい話は抜きにしよう。ガエン殿。君達の旅の話を、私自身の耳で聞かせてもらいたい。」


ガエンは頭を掻きながら、困ったように息を吐いた。


「そう言われてもなぁ……長くなるぞ?」


「構わん。」


レムルスは即答する。


「旅の経緯こそ、人となりを知る最良の材料だ。」


その一言に、ガエンはダグラス達へ視線を向ける。

ダグラスは腕を組んだまま小さく頷き、ラーシャは微笑み、マイトは「頑張れ」というように親指を立てた。


「……わかったよ。」


ガエンは観念したように頷く。


「全部話すと何日もかかるから、要点だけ話す。」

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