88.軍師王、報告を聞く 後編
その瞬間だった。
レムルスの瞳が、ほんの僅かに見開かれる。
玉座の間にいた近衛兵には気付けないほどの変化。
だが、長年レムルスに仕えてきた側近なら、「今、王が動揺した」と確信するほどの僅かな揺らぎだった。
「……竜王だと。」
低い声で確認する。
「はい。」
「見間違いではないな。」
「ありません。」
アッシュは即答した。
「佇まい、魔力、その存在感。間違いなく竜王でした。」
レムルスは無意識のうちに指を肘掛けへ添える。
その指先が、一度だけ止まった。
「……。」
沈黙。
そして静かに問い掛ける。
「敵対したか。」
「いいえ。」
「戦闘は。」
「ありません。」
「向こうから接触してきたのか。」
「はい。」
レムルスは視線を落とし、僅かに思考を巡らせる。
「……竜王自ら。」
その言葉には、先ほどまでの冷静な分析ではなく、純粋な驚きが滲んでいた。
竜王。
それは国家であろうと迂闊には関われない存在。
一国の王ですら、謁見できる保証などない。
そんな存在が、自ら姿を現したという。
レムルスは再びアッシュを見る。
その眼差しはすでに平静を取り戻していたが、先ほどの一瞬の動揺は確かに存在した。
「……詳しく話せ。」
「はい。」
「何故現れた。何を話した。ガエン達に対してどのような態度だった。」
質問は間髪入れず続く。
「一つも省略するな。」
「承知しております。」
アッシュは静かに頷いた。
「竜王はガエン殿を見るなり、『久しいな、ガエン』と声を掛けました。」
「……ほう。」
レムルスの眉が僅かに動く。
「初対面ではなかったのか。」
「はい。どうやら以前から面識があったようです。」
「その時点で、ガエンは驚いたか。」
「いいえ。旧友に会ったような自然な反応でした。」
レムルスは小さく息を吐く。
「オーガの財務担当が、竜王と旧知の仲……。」
誰に聞かせるでもなく呟く。
「本当に、あの一行は次から次へと常識を壊していく。」
その言葉には呆れではなく、知的好奇心すら混じっていた。
そしてレムルスは静かに口元へ手を添える。
「……面白い。」
先ほどと同じ言葉。
しかし今度は、その意味が違っていた。
「ガエン達の評価を、一段階引き上げる必要があるかもしれんな。」
その瞳には、これまで以上に強い興味が宿っていた。
レムルスは椅子の背にもたれ、静かに続けるよう促した。
「それで竜王とは、その後どう行動した。」
アッシュは記憶を辿るように目を伏せる。
「竜王は『せっかく再会したのだ。少し付き合え』と仰り、我々も同行しました。」
「……同行。」
「はい。」
「何をした。」
「まず、温泉へ向かいました。」
「温泉?」
さすがのレムルスも一瞬だけ言葉を失う。
「竜王と温泉に入ったのか。」
「はい。」
「ガエン殿と竜王は昔話を交えながら湯に浸かっておりました。私達も同席しましたが……。」
「緊張しただろう。」
「非常に。」
アッシュは苦笑する。
「ですが竜王は終始穏やかで、威圧するような振る舞いは一切ありませんでした。」
レムルスは腕を組む。
「……竜王が温泉で旧友と談笑か。」
予想外にも程がある。
「他には。」
「温泉街名物の間欠泉を見物しました。」
「間欠泉。」
「巨大な熱湯の柱が空高く噴き上がる様子を、皆で眺めました。」
「竜王の反応は。」
「『自然とは実に見事だ』と、感心されておりました。」
レムルスは眉を上げる。
「……竜王ほどの存在が自然現象に見入るとは。」
「ええ。意外ではありましたが、とても楽しそうでした。」
「続けろ。」
「その後、一行は山頂の展望台へ向かいました。」
「景色でも眺めたか。」
「はい。」
アッシュは頷く。
「山々や温泉街を一望できる絶景でした。」
「そこで何かあったのだな。」
レムルスは察したように言う。
「はい。」
アッシュの表情が少しだけ引き締まる。
「展望台から谷間を見下ろしていた際、竜王が盗賊を見つけました。『騒がしい者達がおるな』と。」
アッシュはその時の光景を思い返しながら続けた。
「展望台から少し下った場所に、野営している盗賊がおりました。」
「何人だ。」
「十二人です。」
「……十二人。」
レムルスは静かに頷く。
「それで、ガエン達はどう動いた。」
「隠れることはしませんでした。」
「ほう。」
「竜王が『行くぞ』とだけ仰り、全員で堂々と盗賊達の前まで歩いて行きました。」
レムルスは興味深そうに目を細める。
「普通なら、奇襲か包囲を考える場面だ。」
「ですが、誰一人そのような素振りはありませんでした。」
「続けろ。」
「盗賊達の前へ着くと、ガエン殿は近くにあった大きな岩へ腰を下ろしました。」
「戦う気配は。」
「ございません。」
「勇者マイト殿も『終わるまで待ってるよ』と言って、その隣へ座りました。」
レムルスの眉がぴくりと動く。
「勇者までか。」
「はい。」
「ダグラス殿は少し離れた木へ寄りかかり、腕を組んだまま見物しておりました。」
「ラーシャは。」
「『ちょうど薬草がありますね』と言い、周囲の薬草を摘み始めました。」
「……薬草を。」
「はい。」
玉座の間が静まり返る。
近衛兵達ですら、思わず耳を疑った。
レムルスは額へ指を当て、小さく息を吐く。
「つまり誰一人、盗賊を相手として見ていなかったと。」
「その通りです。」
アッシュは迷いなく答えた。
「盗賊達は当然激怒しました。」
「想像できる。」
「『なめやがって!』『全員まとめて殺せ!』と叫び、一斉に襲い掛かりました。そして。」
アッシュは静かに言った。
「竜王は、その場から一歩も動きませんでした。」
「……。」
「右手の人差し指を出しただけです。」
レムルスの視線が鋭くなる。
「魔法か。」
「いいえ。」
「では。」
「襲ってくる盗賊に向かって、指先をほんの僅かに動かしただけでした。」
「……。」
「その瞬間、盗賊が吹き飛び、続いて二人、三人と倒れていきました。」
アッシュは淡々と報告する。
「剣を振るう暇もありません。背後へ回ろうとした者は、気付けば地面へ転がっていました。最後まで立っていた頭目も、一歩踏み出した瞬間には吹き飛ばされておりました。」
レムルスは静かに尋ねる。
「所要時間は。」
「一分も掛かっておりません。」
「……。」
「竜王は終始、その場から一歩も動いておりません。」
玉座の間が完全な静寂に包まれる。
レムルスはゆっくりと目を閉じた。
「十二人を。」
「はい。」
「指一本で。」
「その通りです。」
「ガエン達は。」
「誰一人、驚いてはおりませんでした。」
「何?」
「ガエン殿は『相変わらずだな』と苦笑し、マイト殿は『やっぱり強いなぁ』と笑っておりました。ダグラス殿は『終わったか』と木から体を起こしただけ。ラーシャ殿は『薬草がたくさん採れました』と籠を見せていました。」
レムルスは思わず口元を押さえた。
「……その反応か。」
「はい。」
「彼らにとっては、竜王が盗賊十二人を瞬時に制圧することすら、日常の延長なのでしょう。」
レムルスは苦笑とも感嘆ともつかない表情を浮かべる。
「常識というものが、あの一行には存在しないらしいな。」
「私も同じ感想でした。」
アッシュは静かに頷いた。
「ですが、本当に驚いたのは、その後です。」
「まだ何かあったのか。」
「はい。」
「竜王は倒れた盗賊達を見下ろし、怒鳴ることも威圧することもなく、静かに語り始めました。」
レムルスは腕を組み直す。
「説教か。」
「はい。」
アッシュは頷いた。
「竜王は『力とは奪うためにあるのではない』と切り出されました。『弱き者から金を奪い、旅人を脅し、自らを強者と思い込む。それは強さではない』『己より弱き者を守り、家族を守り、仲間を守り、己の誇りを守る』『働け。山には木がある。街には仕事がある。腕があるなら荷運びも出来る。鍛冶屋の手伝いも出来る。汗を流して得た銭は少なくとも胸を張って使える』」
アッシュは少しだけ表情を和らげる。
「盗賊達は誰一人反論できず、全員が頭を下げておりました。」
レムルスは静かに目を閉じる。
「……力で従わせたのではない。」
「はい。」
「力を見せた上で、生き方を諭したのです。」
玉座の間には、再び静かな沈黙が流れた。
やがてレムルスはゆっくりと口を開く。
「竜王とは、ただ強いだけの王ではないか。」
その呟きには、わずかな敬意が滲んでいた。
アッシュは静かに頷いた。
「はい。そして、その説教が終わると...」
「まだ続きがあるのか。」
「ございます。」
レムルスは僅かに身を乗り出す。
「話を聞き終えたラーシャ殿が、『皆さん、そのままでは傷口が化膿します』と仰り、所持していた乾燥薬草を取り出されました。」
「乾燥薬草。」
「はい。携帯用に乾燥させた薬草を小鍋で煎じ、軟膏のように練り上げられたのです。」
「その場で作ったのか。」
「ものの数分でした。」
レムルスは感心したように頷く。
「さすがは魔導士か。」
「魔法ではございません。薬学の知識です。」
「……ほう。」
アッシュは続ける。
「ラーシャ殿は盗賊達一人ひとりの傷を確認し、『少し沁みますよ』『こちらは骨に異常はありませんね』『安静にしてください』と声を掛けながら薬を塗っていかれました。」
「盗賊達は。」
「最初は怯えておりました。しかし、痛みが和らいでいくのが分かると、皆驚いておりました。」
「敵を治療したのか。」
「はい。」
レムルスは腕を組んだまま目を細める。
「普通なら、そのまま放置する。」
「ですが、ラーシャ殿は『怪我人を放っておく理由はありません』とだけ仰いました。」
玉座の間の空気が少しだけ和らぐ。
アッシュは苦笑を浮かべた。
「盗賊達の一人など、『こんな綺麗な人に手当てまでしてもらえるなんて……』と顔を赤くしておりました。」
「ほう。」
「別の者は『俺、真面目に働くから...』と言いかけまして。」
レムルスが思わず片眉を上げる。
「言いかけた?」
「ラーシャ殿は困ったように微笑みながら、静かに答えられました。」
アッシュはその場面を思い返しながら口にする。
「『私は魔王軍幹部の一人です』と。」
「……。」
「盗賊達は一瞬固まりました。」
「当然だな。」
「さらにガエン殿が『俺も魔王軍幹部だ。』と笑い、ダグラス殿は『俺も幹部だ』と淡々と告げました。」
レムルスは額へ手を当てる。
「三人とも自分から名乗ったのか。」
「はい。」
「盗賊達はまだ状況を理解しきれておりませんでした。」
アッシュは僅かに笑う。
「そこへマイト殿が『ちなみに僕は勇者だよ』と笑顔で続けられました。」
「……。」
「盗賊達は『え?』という顔になっておりました。」
「無理もない。」
「そして最後に。」
アッシュは静かに息を吐く。
「竜王が穏やかな笑みを浮かべながら、『我は竜王だ』と仰いました。」
その一言だけで十分だった。
玉座の間は静まり返る。
アッシュは淡々と続ける。
「盗賊達は互いの顔を見合わせ、次の瞬間には全員が地面へ額を擦り付けて平伏いたしました。」
「……そうなるか。」
「『も、申し訳ありませんでした!』『竜王様とは知らず!』『魔王軍幹部の皆様に刃を向けるなど……!』『勇者様まで……!』と、口々に謝罪しておりました。」
レムルスは思わず小さく笑う。
「惚れるどころではなかったな。」
「はい。」
アッシュも珍しく笑みを浮かべる。
「先ほどまでラーシャ殿へ見惚れていた男も、『とんでもない方だった……』と青ざめて震えておりました。」
「当然の反応だ。」
「ですが。」
アッシュは静かに言葉を続ける。
「ラーシャ殿は、その盗賊へ薬を塗り終えると、『身分は関係ありません。もう悪事はなさらないでくださいね』と微笑まれました。」
「……。」
「その男は涙を流しながら、『はい……必ず真面目に働きます』と何度も頭を下げておりました。」
レムルスは静かに目を閉じる。
「竜王は道を示し、ラーシャは傷を癒やす。」
ゆっくりと目を開く。
「そして、ガエン、ダグラス、勇者マイトも、それを当たり前のこととして受け入れている。」
アッシュは深く頷いた。
「はい。あの一行にとって、強さとは恐れさせるためのものではなく、人を救うためのものなのだと感じました。」
レムルスは玉座にもたれ、小さく息を吐く。
「……実に興味深い者達だ。」
その瞳には、警戒だけではなく、確かな関心が宿っていた。
アッシュは一礼すると、その後の出来事を続けた。
「その日は盗賊達と別れた後、私達は温泉街の宿へ戻りました。」
「ふむ。」
「夕食を共にし、竜王とも他愛ない話を交わしました。盗賊の件などまるで何事もなかったかのように、穏やかな時間が流れておりました。」
レムルスは静かに聞いている。
「翌朝、出発前に竜王とは宿の前で別れました。」
「竜王はどこへ向かった。」
「詳しい目的地は聞いておりません。ただ、『縁があればまた会おう』とだけ仰り、護衛も付けず、一人で歩いて行かれました。」
「……王が単独行動か。」
「はい。しかし、あのお方を護衛できる者など、おそらく存在しないでしょう。」
レムルスは苦笑した。
「確かにな。」
アッシュも僅かに口元を緩める。
「その後、私はガエン殿、ダグラス殿、ラーシャ殿、そして勇者マイト殿と共に馬車へ乗り込み、バルファードへ向かいました。」
「道中はどうだった。」
「非常に賑やかでした。」
「賑やか?」
「ガエン殿は畑の話を始め、ラーシャ殿は道端の薬草を見つけるたびに馬車を止めたがり、マイト殿は窓から景色を眺めて『次はあの町にも行きたいな』と終始楽しそうでした。」
「ダグラスは。」
「相変わらず寡黙でしたが、時折ガエン殿へ短く相槌を打っておりました。」
レムルスは少しだけ笑う。
「なるほど。本当に気を許しているのだな。」
「はい。魔王軍幹部と勇者が同じ馬車で談笑している光景は、初めて見る者なら目を疑うでしょう。」
「……常識では考えられん。」
「ですが、あの者達にとっては、それがごく自然な日常なのです。」
レムルスは肘掛けに頬杖をつき、しばらく黙り込んだ。
やがて、小さく呟く。
「竜王。」
その名を反芻するように口にすると、静かに続けた。
「一度、会ってみたいものだ。」
アッシュは顔を上げる。
「陛下。」
「話を聞けば聞くほど興味が尽きん。武だけではない。知もあり、徳もある。」
レムルスの瞳が鋭く光る。
「そのような王が本当に存在するのであれば、この目で確かめたい。」
そして、アッシュへ真っ直ぐ視線を向けた。
「ガエン達は、今どこにいる。」
「現在は城下町を見て回っております。」
「そうか。」
レムルスは迷いなく命じた。
「明日、謁見の間へ連れて参れ。」
アッシュは一瞬だけ目を見開いた。
「ガエン殿達を、ですか。」
「そうだ。」
「……承知いたしました。」
レムルスはゆっくりと立ち上がる。
「軍事国家バルファードの王としてではない。」
その口元に、珍しく薄い笑みが浮かぶ。
「一人の人間として、あの者達と話をしてみたい。」
玉座の間にいた家臣達は、その言葉に静かに息を呑んだ。
慎重で疑り深く、憶測では決して人を評価しない軍師王レムルス。
そんな彼が、自ら「会いたい」と口にしたのは、極めて異例のことであった。
アッシュは深く頭を下げる。
「かしこまりました。明日、ガエン殿、ダグラス殿、ラーシャ殿、そして勇者マイト殿をお連れいたします。」
レムルスは静かに頷いた。
「楽しみにしている。」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
一方その頃バルファード城下町。
夕暮れを迎えた酒場は、兵士や冒険者達で賑わい、豪快な笑い声と酒杯のぶつかる音が絶え間なく響いていた。
その一角では、ガエン達がいつの間にか兵士達の輪の中心にいた。
「ガハハハハ! だから言っただろ! 腕相撲なら俺達の隊長が一番強いって!」
「いやいや、ガエンさんの方が強いって!」
兵士達が口々に騒ぐ。
ガエンは困ったように頭を掻いた。
「だから俺は農家なんだって。腕相撲で勝負するために鍛えてるわけじゃねぇよ。」
「畑仕事でその腕になるのかよ!」
「毎日畑を耕して、石を運んで、木を切ってればこうなる。」
「農家ってそんな重労働なのか……。」
兵士達が本気で驚いている。
その横では、
「おかわり!」
「勇者さん、まだ食べるんですか!?」
マイトが豪快に肉料理を平らげていた。
皿は既に十枚近い。
「いやー、運動した後って腹減るんだよな!」
「運動って……今日は馬車に乗ってただけですよね?」
「気分的に!」
「気分かい!」
酒場中から笑いが起こった。
一方、ラーシャは女性店員達と談笑していた。
「その髪、とても綺麗ですね。」
「ありがとうございます。」
「どうやって手入れされているんですか?」
「森で採れる薬草から作った油を使っています。」
「薬草で!?」
店員達は興味津々で身を乗り出す。
ラーシャは微笑みながら、一つ一つ丁寧に薬草の効能を説明していた。
「乾燥にはこの葉が良いですよ。」
「へぇー!」
「今度試してみます!」
女性達はすっかり夢中である。
そして少し離れた席ではダグラスが静かに酒を飲んでいた。
相変わらず無口だったが、その隣にはなぜか兵士が数人座っている。
「ダグラスさん。」
「……。」
「死神って、本当に魂が見えるんですか?」
「見える。」
「へぇ……。」
「怖くないんですか?」
「普通だ。」
短い返答。
それだけなのだが。
「渋い……。」
「格好いいな……。」
兵士達は妙に感心していた。
ダグラスは何も気にせず、静かに酒を口へ運ぶ。
その時、酒場の店主が大きな樽を抱えて現れた。
「今日は遠方から来てくれた客人に一杯サービスだ!」
「おおーっ!」
歓声が上がる。
店主は笑顔で酒を注ぎ始めた。
「軍人も冒険者も関係ねぇ! 今日は飲め飲め!」
兵士達が一斉に杯を掲げる。
「乾杯!」
「乾杯!」
ガエンも木製の杯を掲げる。
「バルファードの酒、美味いな。」
「だろ!」
「うちの国の自慢だからな!」
兵士達は誇らしげに胸を張る。
一人の若い兵士が恐る恐る尋ねた。
「ガエンさん。」
「ん?」
「魔王軍って……もっと怖い人達ばかりだと思ってました。」
ガエンは少し考え、笑って答える。
「怖い奴もいるかもしれねぇ。でも、人間だって怖い奴はいるだろ?」
「……確かに。」
「結局は種族じゃなくて、その人次第なんだよ。」
兵士達は静かに頷いた。
「俺達も、最初はオーガって聞いて身構えてました。」
「悪かった。」
「いや……今はもう、そんなこと思ってません。」
兵士は笑顔で杯を差し出した。
「またバルファードに来てください。」
ガエンも笑って杯を合わせる。
「ああ。その時は畑で採れた野菜でも持ってくるよ。」
「楽しみにしてます!」
酒場には再び笑い声が響き渡る。
敵国も、魔王軍も、勇者も。
そんな肩書きを忘れ、一人の旅人として語り合う穏やかな夜。
明日には、軍師王レムルスとの謁見が待っている。
その出会いが、バルファードの未来にどのような変化をもたらすのか、まだ誰も知る由はなかった。




