9.オーガ、世界旅行に出かける
財務担当オーガのガエンと死神ダグラス、ピクシーのナラ、ドワルゴ率いるドワーフ達と元盗賊達は魔王領の王都マグノリアに到着した。
マグノリアの市街地を一団は、石畳を踏みしめながら静寂の城へ向かっていた。
王都は相変わらず奇妙な活気に満ちている。
角のある商人が値切り交渉をし、スケルトンが屋台の呼び込みをし、インプの子供達が宙を飛び回りながら鬼ごっこをしている。
「これがマグノリアか。」
ドワーフの里の長ドワルゴが街を見渡しながら呟いた。
ガエンはドワルゴの方を向いた。
「ここに来るのは初めてか?」
「いつもはワシは里で指示を出しているだけだからな。」
何故か胸を張って言い切った。
しばらくして一団は静寂の城の城門...だった所にたどり着いた。
城門だった場所には瓦礫が並び直そうとしたと思われる板や釘や何かよく分からないものなどが散乱していた。
ダグラスはその様子を見てため息をついた。
「ミノか...」
「ミノだな...」
ガエンもため息をついてダグラスの言葉に同意した。
その時、高速で飛来した何かが城の塔に激突して穴を開ける。よく見ると城の塔には無数の穴が空いている。
「ルードか...」
「ルードだな...」
城の様子を見たドワーフ達が口々に好き放題言い出した。
「これは壊し甲斐があるな。」
「まずは破壊か?」
「壊して建て直す!」
「耐久性テストだな。」
ドワーフ達に向かって、ガエンが呆れて言った。
「なんで壊す前提なんだよ。それにメインは運動会の会場だぞ。」
「もちろん城の方は会場建設のついでだ。要塞並みに作ってやる。」
ドワルゴが満面の笑みでガエンに言った。
その言葉に、ガエンは頭を抱えた。
「ついでで要塞化するな。予算が死ぬ。」
「安心せい。」
ドワルゴはドン、と胸を叩いてドヤ顔で言う。
「ワシらドワーフはな、“無駄に頑丈”を誉め言葉として育っとる。」
「そこが怖いんだよ。」
ガエンが額を押さえたまま呟くと、ガエンの肩に乗っていたナラが小さく笑いながら耳元で言った。
「でもガエン、壊れない城って安心じゃない?」
ガエンは少し驚いてナラを見た。
「ナラ、いつからそこに?」
「ずっといたんですけど!」
ナラはガエンの首をペシペシ叩いた。
「まぁ、壊れないのはいいんだがな……“壊れないために予算が壊れる”んだよ。」
「うまいこと言ったつもり?」
「言ってねぇ。」
そんなやり取りをしていると、城門跡の瓦礫の向こうからドタドタと足音が響いてきた。
次の瞬間、瓦礫が吹き飛んだ。
「おおおおおおお!! 帰ってきたかガエン!!」
現れたのは巨大な牛頭の魔族、ミノタウロスのミノだった。
手にはなぜか城門だったと思われる柱が一本握られている。
「……お前、何してんだ。」
「修理だ!」
「破壊にしか見えねぇよ!!」
ミノは誇らしげに頷く。
「壊れてたから全部外した!」
「直す前に全部外すな!!」
ドワーフ達が目を輝かせた。
「いい判断だ。」
「分解から入るのは基本。」
「素材確認は大事。」
「お前らも乗るな!!」
ガエンの叫びが虚しく響いた。
ドワルゴが城を見上げ、腕を組む。
「ふむ……これはいい。」
「何がだよ。」
「欠陥が一目で分かる。」
ドワーフ達が一斉に頷く。
「実地試験済み。」
「衝突耐性ゼロ。」
「改善し放題だ。」
ガエンは遠い目になった。
「帰りたい……」
ナラが肩にちょこんと座りながら言った。
「まだ会場作ってないよ?」
「知ってるよ……」
ガエンが呆れているとダグラスがガエンの肩を叩いた。
「諦めろ。もっと大変になる。」
「それも知ってるよ.....」
ダグラスの言葉に、ガエンは深く、深くため息をついた。
その横で、ドワルゴはもうガエン達の会話を聞いていなかった。
城をじっと見上げ、壁、塔、地面、瓦礫の積み方、穴の位置、ひび割れの角度まで観察している。
職人の目だった。
「……」
数秒の沈黙の後、突然ドワルゴが振り返った。
「よし。」
「何がよしなんだ。」
ガエンが嫌な予感しかしない顔で聞く。
ドワルゴは当然のように言った。
「現場を見る。」
「今見てるだろ。」
「違う。」
ドワルゴは地面を指差した。
「本当の現場だ。」
次の瞬間ドワルゴは大声で指示を出す。
「おい、測量班! 杭を打て!地盤確認!排水経路探せ!斜面角度出せ!」
ドワーフ達が一斉に動き出した。
その様子に元盗賊達がぽかんとする。
「え、もう?」
「打ち合わせとかは?」
ドワルゴは振り返りもせず歩き出す。
「現場を見ずに図面など引けるか。」
「いや待て待て待て!」
ガエンが慌てて腕を掴もうとするが、届かない。
ドワルゴはすでに瓦礫を軽快に登り、城の横を抜け、そのまま裏手へ向かっていた。
完全に勝手に移動している。
「おい! どこ行く!」
「運動会会場予定地じゃ!」
「誰も案内してねぇぞ!」
「だから見るんじゃ!」
正論だった。
ガエンが言葉に詰まる。
ダグラスが静かに頷く。
「止めても無駄だな。」
「止めろよ死神!!」
「無駄だ。もう職人の目になっている。」
ナラがひそひそ声で言った。
「ガエン、あれ止まらないタイプ。」
「知ってる!!」
その頃。
ドワルゴは城裏の丘へ一直線に進んでいた。
途中でミノを見つけると、
「おい牛頭。」
「お?」
「この辺り、重い物を置いたら沈むか?」
ミノは少し考えてから、地面を思い切り踏み抜いた。
ドゴン。
地面が少し沈んだ。
「柔らかいな!」
「参考になった!」
ドワルゴ満足。
ミノ満面の笑み。
「役に立ったか!」
「最高じゃ!」
何故か完全に意気投合していた。
少し遅れてガエン達が追いつく。
「勝手に調査始めるな!!」
ドワルゴは振り向きもしない。
地面を撫で、石を拾い、土を砕き、風向きを確かめる。
そして腕を組んだ。
「決めた。」
嫌な予感しかしない。
ガエンが顔をしかめる。
「……何を。」
ドワルゴは宣言した。
「会場はここだ。」
丘の向こうには広大な平地が広がっていた。
だが、そこには問題があった。
遠くで何か巨大な影が動いている。
ズシン。
ズシン。
ダグラスが目を細める。
「……あれは。」
ナラが震えた声で言う。
「巨大スライムの放牧地……」
ガエン、頭を抱える。
「なんで問題しかねぇ場所選ぶんだよ!!」
ドワルゴはニヤリと笑った。
「問題がある方が、いい物ができる。」
背後でドワーフ達が歓声を上げる。
「来たな現場!」
「燃える!」
「改造し放題!」
ガエンは空を仰いだ。
「……予算……」
ダグラスが肩を叩く。
「まだ始まったばかりだ。」
遠くで巨大スライムがのんびり跳ねた。
ズモン。
地面が揺れる。
ドワルゴは目を輝かせた。
「……観客席、耐震必須だな。」
「だから楽しそうに言うな!!」
巨大スライム達を指差したガエンの叫びが丘に響いた。
「あいつらはどうするんだよ!」
ドワルゴは腕を組んだまま、巨大スライム達をじっと見つめる。
ズモン。
ズモン。
のんびり跳ねるだけで地面が震える。
「……素晴らしい。」
「どこがだ!!」
「天然の振動試験機じゃ。」
ドワーフ達がざわめいた。
「確かに。」
「常時耐震テスト可能。」
「完成前から実戦運用。」
「運動会場を実験場にするな!!」
ガエンの叫びも虚しくドワーフ達は好き勝手に騒ぐ。
ダグラスがガエンの肩を叩いた。
「諦めろ、財務担当。」
「そもそもここを会場にしていいのかの許可も出てないだろ。」
ガエンのその言葉に、周囲の動きが一瞬止まった。
ドワーフ達も、ミノも、元盗賊達も、巨大スライムすらも、たまたま跳ねるのをやめた気がした。
「……確かに。許可は必要だな。」
ダグラスが静かに頷く。
ガエンは腕を組み、深く頷いた。
「そうだ。今回はちゃんと手順踏むぞ。
魔王様に正式許可を.....」
その時だった。
空気が、変わった。
ビリッ、と空間そのものが震える。
風が止まり、雲が裂け、圧倒的な魔力が上空から降りてくる。
ナラがガエンの肩で固まった。
「……来る。」
ダグラスが目を細める。
「遅かったな。」
ズドォォォォン!!!
黒い魔力の柱が丘の中央に落ちた。
土煙が吹き上がり、
巨大スライム達が一斉に逃げ出す。
そして煙の中から、ゆっくりと歩み出てきた影。
威厳。
圧力。
絶対的存在感。
魔王領の支配者、魔王バラムだった。
マントを翻し、堂々と腕を広げる。
「ハハハハハ!!
視察に来てやったぞ!!」
ガエンが頭を抱えた。
「最悪のタイミングで来た……」
ドワーフ達は目を輝かせた。
「本物だ。」
「魔力量が異常。」
「素材として最高。」
「素材って言うな!!」
バラムは満足げに頷く。
「うむ! 活気があるな!
で、何をしておる?」
全員がガエンを見る。完全に説明役。
ガエンは観念して前に出た。
「えー……運動会会場の候補地なんですが、巨大スライム放牧地でして、城も壊れてて、ドワーフが要塞化しようとしてて、予算的に非常に危険で....」
途中からバラムはもう聞いていなかった。
丘。
平地。
スライム。
走り回るドワーフ。
測量杭。
壊れた城。
目をキラキラさせる。
「なるほど!!」
もはや嫌な予感しかしない。
ダグラスが小さく呟いた。
「終わったな。」
バラムは高らかに宣言した。
「全部やれ!!」
一瞬、時が止まった気がした。
ガエンがゆっくり顔を上げる。
「……は?」
バラムは満面の笑み。
「城も直せ!会場も作れ!スライムも活用せよ!面白そうだから全部許可!!」
ドワーフ達、大歓声。
「魔王最高!!」
「話が早い!!」
「全部いけるぞ!!」
ナラが小声で言った。
「ガエン……顔色が灰色。」
ガエンの魂が抜けかけていた。
「……予算審査……ゼロ……」
ダグラスが肩を叩く。
「魔王の決裁は絶対だ。」
バラムはさらに調子に乗った。
「あと観客席三倍!屋台も出せ!花火もやろう!ついでに祭りにするぞ!!」
「増やすなぁぁぁぁ!!」
ガエンの絶叫が丘に響く。
しかしもう遅い。
ドワルゴが静かに魔王へ歩み寄った。
「魔王殿。」
「うむ!」
「城は要塞級で?」
バラム、即答。
「よい!!」
「地下施設追加は?」
「よい!!」
「耐震・耐魔・耐竜仕様で?」
「全部よい!!」
ガエン崩れ落ちる。
「誰か止めろよぉぉ……」
ナラがぽつり。
「考えずに許可出してる。」
ダグラスが頷く。
「いつものことだ。」
バラムは満足げに腕を組む。
「我は細かいことは気にせん!結果が楽しければよいのだ!」
ドワーフ達、完全覚醒。
「総員作業開始!!」
杭が打たれ、地面が掘られ、巨大スライムがなぜか誘導され、元盗賊達が巻き込まれ、城の方向から爆音が響いた。
ドゴォォン!!
ガエンが震える声で呟く。
「……まだ見積もりも出てないんだぞ……」
ダグラスが静かに答えた。
「安心しろ。」
「何が。」
「どうせ想定の十倍になる。」
ガエンは空を仰いだ。
その上で、魔王バラムが満足そうに笑っていた。
「ハハハハハ!!
運動会、楽しみになってきたな!!」
「予算が死ぬ。ダグラスと稼いできたのを合わせても絶対に足りねぇ...」
頭を抱えるガエンの背中をドワルゴが叩く。
「安心せい、後払いで構わん。こんな面白そうな仕事、やらない方が損だ。」
「それなら助かる。」
ドワルゴは笑いながら予定地をみた。
その時、城の方からドワーフの石工頭バルグラムが歩いてきた。どうやら城の状況を確認してきたらしい。
「城の方は全て建て替えだな。あれじゃいつ倒壊してもおかしくない。」
「ま、そうだろうな....」
ガエンは再び天を仰いだ。
その時、ドワルゴがゆっくりと手を上げる。
「全員、止まれ。」
ピタッ。
信じられないほど一瞬でドワーフ達が動きを止めた。
さっきまで暴走機関車だった連中が、まるで軍隊のように整列する。
ガエンが小声で呟く。
「……統率力だけは異常に高いな。」
ダグラスが頷く。
「職人は現場長には絶対服従って事か。」
ドワルゴは地面に膝をつき、土を指でなぞった。
風。
傾斜。
日差し。
スライムの移動経路。
すべてを見ている。
そして低く言った。
「図面を引く。」
その一言で空気が変わった。
ドワーフ達の目が、完全に職人の目になる。
「製図板出せ!」
「炭筆!墨!水平器!」
「測量結果まとめろ!」
荷車が開かれ、中から次々と巨大な筒が取り出される。
バサァッ!!
広げられたのは、真っ白な巨大羊皮紙。
それを見た元盗賊達が目を丸くした。
「もう描くのか!?」
「会議とかないの!?」
ドワルゴは鼻で笑う。
「会議は終わっとる。」
「いつ!?」
「さっき現場でな。」
ガエンが遠い目になる。
「怖ぇよドワーフ文化……」
ドワルゴは炭筆を持つ。
だがまだ描かない。
まず巨大スライムを見る。
ズモン。
ズモン。
揺れる地面。
ニヤリ。
「よし。」
サラサラサラッ!!
一筆目を描いたその瞬間、周囲のドワーフ達がざわめいた。
「来たぞ……」
「長の線だ……!」
紙の上に現れたのは
・巨大円形競技場
・傾斜付き観客席
・地下排水路
・スライム回避導線
・緊急避難トンネル
一切迷いなし。
ガエンが覗き込む。
「早すぎるだろ!?」
ドワルゴは当然の顔。
「頭の中ではもう完成しとる。」
別のドワーフが横で叫ぶ。
「城班も描くぞ!」
城側でも羊皮紙が広げられた。
壊れた塔を見上げながら、
「ここ補強梁。」
「いや全部組み直し。」
「門は二重化。」
「跳ね返し魔法刻印追加。」
カリカリカリカリ!!
音が止まらない。
ミノが感動した顔で言う。
その時、ナラがふわっと飛び、図面の上に降りた。
「ねぇねぇ、運動会って楽しい場所でしょ?」
ドワルゴの手が止まる。
「……ほう?」
「子供も来るし、怖い城じゃなくて、ワクワクする感じがいいと思う。」
静かになる現場。
ドワルゴは少し考えた。
そして線を一本、追加する。
円形競技場の中央に広場。
噴水。
屋台区画。
休憩庭園。
「祭り導線追加。」
ドワーフ達が一斉に頷く。
「いい。」
「流れが生まれた。」
「滞留しない。」
ナラが嬉しそうに笑った。
「わぁ!」
ガエンが驚く。
「……採用された。」
一方その頃。
魔王バラムは完全に飽きていた。
「我も描きたい。」
「嫌な予感しかしない。」
ガエン即答。
しかし遅かった。
バラムが炭筆を奪い取る。
「ここに巨大魔王像!!」
ドワルゴは無言になり他のドワーフは全員、息を止める。
ガエンは絶望の表情になる。
「終わった……」
だがドワルゴは静かに図面を見て少し考え、一本線を引いた。
「……象徴塔として再設計。」
「まさかの採用!?」
ガエン叫ぶ。
ドワーフ達ざわめく。
「視認性向上。」
「集合地点になる。」
「迷子防止。」
意外と合理的だった。
バラムは大満足で頷く。
「我、天才!」
ダグラスが呟く。
「偶然役に立ったな。」
そして。
夕日が丘を赤く染める頃。
巨大な羊皮紙が何枚も並んでいた。
城図面。
会場図面。
地下構造。
防衛機構。
祭り配置。
ドワルゴが腕を組む。
「第一案、完成。」
静寂が当たりを包む。
そして次の瞬間。
ドワーフ達が歓声を上げた。
「できたぞ!!」
「史上最大の現場だ!!」
ドワルゴはガエンの前に図面を差し出した。
「財務担当。」
ガエン、震える手で受け取る。
恐る恐る見る。
……そして固まった。
「……これ……」
完璧だった。
無駄がない。
導線合理。
安全性高。
拡張可能。
そして、予算欄。
そこには....
「段階建設方式」
と書かれていた。
ガエンの目が見開く。
「……一気に作らない?」
ドワルゴはニヤリと笑った。
「財務が死んだら現場も死ぬ。」
ガエンは涙目になった。
「お前……いいドワーフじゃねぇか……」
ダグラスが肩を叩く。
「生き延びたな。」
ナラがくすっと笑う。
ドワルゴが満面の笑みで言った。
「完成はおよそ一年後、それまでに順次準備をしておけ。ワシらは明日から会場の整地を始める。」
「一年だと?長い!!」
その時、魔王バラムの即答が丘に響いた。
「長すぎる! 我は来月には運動会をしたい!」
ドワーフ達がざわめく。
「無茶言うな。」
「基礎だけで季節変わる。」
「一年でも早い方だぞ。」
ガエンが両手を広げた。
「ほら見ろ!! 現実的な話になっただろ!!」
しかしバラムは納得していない。
「一年など待てん! 三日だ!」
「無理だ!!」
今度はドワルゴが即答した。
魔王とドワーフの長が真正面から睨み合う。
空気がピリつく。
ナラが小声で震える。
「け、ケンカ?」
ダグラスが静かに首を振った。
「いや……これは交渉だ。」
ドワルゴは腕を組み、低く言った。
「魔王殿。城と会場は“飾り”ではない。」
地面を指差す。
「基礎が八割じゃ。見えぬ所を疎かにすれば...」
ドワーフ達が一斉に続けた。
「崩れる。」
「歪む。」
「百年持たん。」
ドワルゴが頷く。
「一年で“百年使える物”を作る。
三日で作るなら“一日で壊れる物”になる。」
バラムが腕を組んだまま黙る。
ガエンがすかさず前に出た。
「魔王、これは金の話でもある。」
全員が振り向く。
財務担当の目だった。
「急いで作るほど費用は跳ね上がる。
人員倍増、資材緊急調達、魔法加速施工……」
指を折る。
「予算は軽く見積もっても五倍だ。」
バラムの眉がピクリと動いた。
ガエンは畳みかける。
「しかも壊れやすい。つまり修理費が永遠に発生する。」
静寂が辺りを包む中、ドワーフ達がうんうん頷く。
「それは最悪。」
「職人としても嫌だ。」
「直し続けるのは敗北。」
バラムの視線が揺らぐ。
そこへダグラスが静かに歩み出た。
死神は淡々と告げる。
「魔王よ。」
「……なんだ。」
「急ぐ王は、短命な国を作る。」
風が止まる。
「時間をかけた建造物は、民の安心になる。
一年は長いようで、王の治世では一瞬だ。」
バラムは黙った。
遠くで巨大スライムが跳ねる。
ズモン。
まるで考える時間を与えるように。
しばらくしてから魔王はふっと笑った。
「……ふむ。」
腕を組み直す。
「つまり一年待てば、“最高にすごい運動会”になるのだな?」
ドワルゴがニヤリと笑う。
「保証する。」
ガエンも頷いた。
「予算内で。」
ダグラスも静かに言う。
「後世に残る。」
バラムは数秒考えてから、突然指を立てた。
「ではこうしよう!」
全員が身構える。
「一年待つ!」
ガエンが安堵しかけた瞬間。
「だが!!」
嫌な予感、再来。
「完成までの間、毎月“進捗イベント”を開催せよ!」
「は?」
全員同時に驚く。
バラムは目を輝かせていた。
「建設途中見学会! 仮設運動会! 職人祭り!
完成まで楽しめば一年など短い!」
ドワーフ達が一瞬沈黙し、そして爆発した。
「面白い!!」
「公開施工だ!!」
「観客席テストできる!!」
ドワルゴ大笑い。
「魔王殿、分かっておるな!」
ガエンが崩れ落ちる。
「仕事……増えた……」
ナラが肩でぽつり。
「でも楽しそう。」
ダグラスが静かに言った。
「いい落とし所だ。」
バラムは満足げに空を見上げた。
「一年後!史上最大の運動会だ!」
丘の上で歓声が上がる。
杭が打たれ、
設計が始まり、
城では早くも改修の音が鳴り響く。
ドゴォン!!
ガエンは遠い目で呟いた。
「……絶対、金が足りねぇ……」
ガエンの声は風に消えた。
丘の上ではすでにドワーフ達が測量を終え、巨大スライムを“自然振動試験装置”として登録し、ミノが何故か重機扱いになり、元盗賊達は作業員として配置され始めていた。
完全に計画が動き出している。
ダグラスが静かに周囲を見渡した。
「規模が……想定の三倍はあるな。」
「三倍どころじゃねぇよ……」
ガエンは頭を抱えたまましゃがみ込む。
「城要塞化、巨大運動会、祭り化、屋台、花火、耐震観客席……どう考えても国家事業だろこれ……」
ナラがふわりと宙に浮いた。
「でも魔王様、すごく楽しそうだったよ?」
「楽しそうだから危険なんだよ!!」
その時。
ドワルゴが静かに近づいてきた。
珍しく真顔だった。
「ガエン。」
「……なんだ。」
「金は足りん。」
「知ってる!!」
即答だった。
ドワルゴは腕を組む。
「ワシらドワーフでも資材を全部持ち出すのは無理じゃ。鉄も石も人手も足りん。」
ダグラスが続ける。
「魔王領単独では賄えない規模だ。」
ナラが首を傾げた。
「じゃあどうするの?」
その瞬間、全員の視線が同時にガエンへ向いた。
ガエンは嫌な予感がした。
「……おい。」
ダグラスが静かに言う。
「外部資金だな。」
「言うと思ったよ!!」
ドワルゴが頷く。
「スポンサーを募る。」
ナラが目を輝かせた。
「世界規模の運動会だもんね!」
ガエンは地面に倒れ込んだ。
「営業かよぉぉぉ!!」
その時だった。
後ろから豪快な声が響く。
「ほう!! スポンサーとな!!」
振り返ると、魔王バラムがいつの間にか背後に立っていた。
聞いていたらしい。
「それはよい!!」
嫌な確信。
バラムは勢いよく指を突き上げた。
「世界中を回れ!!」
ガエン嫌な確信は的中した。
「やっぱりぃぃぃ!!」
バラムは完全に乗っていた。
「各国に宣伝し、出資させよ!参加国を増やせば盛り上がる!!我は天才だな!!」
ナラが拍手。
「わぁ、外交イベント!」
ダグラス、小さく頷く。
「理にかなっている。」
「お前も乗るな死神!!」
ドワルゴが腕を組み考える。
「確かに他国の技術者が来れば面白い。
競技施設も進化する。」
ガエン、完全包囲。
「待て待て待て!!誰が行くんだよ!!」
沈黙。
全員、ゆっくり視線を逸らす。
そして同時にガエンを見る。
「やめろ。」
ダグラス。
「財務担当。」
ナラ。
「交渉できる人。」
ドワルゴ。
「金の話が分かる者。」
ガエン。
「……俺か。」
バラム、満面の笑み。
「決まりだな!!」
パンッ!!
魔王が手を叩いた瞬間、空間に魔法陣が展開された。
「スポンサー獲得遠征隊を編成する!!」
空から書類が降ってくる。
任命状だった。
ガエンが震える手で読む。
『世界巡回・運動会スポンサー募集大使』
「勝手に役職作るなぁぁぁ!!」
バラムは指を差した。
「メンバーは――」
ビシッ。
「ガエン!!」
「やっぱり!!」
「ダグラス!!」
死神、静かに一礼。
「ナラ!!」
「旅行だー!」
「そして――」
バラムはドワーフ達を見渡す。
ドワーフ達、全員目を逸らす。
「ドワーフ達は一人でも多くほしいところだからな、仕方ない、城から誰か出すか。」
ドワーフ達がホッと胸を撫で下ろす。
バラムは少し考えた後、ニヤリと笑った。
「よし、ミリアだ。ガエン達にミリアを同行させる。」
ガエンは頭を抱えた。ラミアのミリア、彼女は美しい見た目とは裏腹によく言えば独特な言い回し、悪く言えば何を言っているかわからない。
ガエン達は沈黙し、それと同時に嫌な未来を想像した。
ガエンがゆっくり顔を上げる。
「……あの、魔王様?」
「なんだ?」
「スポンサー交渉だよな?」
「そうだが?」
「言葉、通じないと困るよな?」
バラムは腕を組み、堂々と言い放った。
「問題ない。ミリアは知性派だ。」
その時、背後の柱の影から、ぬるり、と長い影が伸びた。石床を滑る音。
シュル……。
現れたのは、上半身は絶世の美女、下半身は蛇のラミア、ミリアだった。
「呼ばれましたわね……世界の潮流が、わたくしを北東へ誘う声がいたしますわ……」
ガエン、即座に崩れ落ちる。
「もうダメだこの遠征……」
ナラが目を輝かせる。
「綺麗なお姉さん増えたー!」
ダグラスは静かに目を閉じた。
「前途多難だな。」
ミリアは優雅に髪を払う。
「言葉とは本来、意味を縛る檻……。スポンサーとはつまり魂の共鳴……」
「交渉の話をしろ!!」
バラムは満足そうに頷いた。
「よし、これで完璧だな。」
「どこが!?」
ガエンのツッコミが虚しく響いた。
かくして、
・財務担当オーガ ガエン
・死神外交官 ダグラス
・自由すぎるピクシー ナラ
・交渉担当ラミア ミリア
四人による魔王領公式スポンサー獲得世界遠征が決定してしまった。
ガエンは遠く工事が始まる丘を見た。
爆音。
歓声。
跳ねる巨大スライム。
城から煙。
「……逃げたかった……」
ダグラスが隣に立つ。
「もう遅い。」
ナラが肩に座る。
「世界旅行だよ!」
ミリアが微笑む。
「旅とは運命の蛇行……出会いはすべて必然。スポンサーとは、魂が財布を開く瞬間……」
「財布って言ったな!? 今財布って言ったよな!? そこだけ急に現実!!」
ガエンが食いつく。
ミリアは優雅に頷いた。
「ええ。資金とは文明の血液。わたくし、流れを読むのは得意ですの。」
ダグラスが静かに腕を組む。
「……つまり、金の匂いを嗅ぎ分ける能力はある、と。」
「言い方。」
ナラがくるくる宙を回る。
「すごーい!じゃあお金いっぱい集まる?」
ミリアは目を細めた。
「黄金は人を狂わせますが、わたくしは狂気と友達ですわ。」
「安心材料ゼロ!!」
ガエンが叫ぶ。
その時。
魔王バラムが高らかに宣言した。
「出発は明日だ!!」
全員。
「早ぇぇぇぇぇ!!」
夕焼けのマグノリアに、絶叫が響いた。
そして翌日。
魔王領初の“営業遠征”が、世界へ向けて動き出すことになる。




