10.遠征隊、打ち合わせをする
財務担当オーガのガエン、死神のダグラス、ピクシーのナラ、ラミアのミリアの四人は地図を広げていた。
机いっぱいに広げられた世界地図の上で、ナラがふわふわと浮きながら指を差す。
「はい!最初のスポンサー候補!魔族領北方、氷雪都市クリアフォル!」
「一番寒そうな所から行くのやめんか?」
ガエンが即座に顔をしかめる。
ダグラスが腕を組んだ。
「合理的ではある。北方は資源国家だ。財力もある」
「つまり氷のお金持ちってこと?」
首を傾げながらナラが言った。
「雑すぎる理解だな……」
するとミリアが急に立ち上がった。
「つまりですね!」
三人が嫌な予感で同時に顔を上げる。
「寒い場所ならスポンサー料も冷えて固まってる可能性があります!」
「意味が分からん!!」
「経済理論を凍らすな!!」
ガエンとダグラスのツッコミが完璧に重なった。
ミリアは満足げに頷く。
「つまり掘り出せばいいんです。」
「埋蔵金扱いするな。」
ガエンは頭を抱えた。
ナラが地図を指でなぞる。
「でもクリアフォルって……氷の女王フロスティア様の国だよね?」
その名前が出た瞬間、空気が少し引き締まった。
ダグラスが低く言う。
「氷雪都市の統治者。冷酷無比と噂される女王。」
「外交失敗=即氷像コースらしいな……」
ガエンが胃を押さえる。
それを聞いてミリアが首をかしげた。
「でも面白い事が好きって聞きましたよ?」
三人が同時に止まる。
「……は?」
「お笑い番組大好きらしいです。」
一同は沈黙する。
ダグラスがゆっくり顔を上げた。
「情報源は?」
「酒場の噂です。」
「一番信用できないやつだ!!」
ガエンが叫ぶ。
ナラが考え込む。
「でも運動会スポンサーなら、“楽しいイベント”って方向で攻めるのはアリかも?」
ダグラスが頷く。
「その方向で攻めてみるか。それで、クリアフォルの次は?」
ガエンが深くため息をつき、地図の端を押さえた。
「……頼むから次は寒くない国にしてくれ。」
ナラは「えー」と言いながら地図をくるりと一周飛び回る。
そして、ぴたりと指を止めた。
「はい!次ここ!」
指先が示したのは、黒く塗られた大地。
山脈と砦の印がいくつも並ぶ地域だった。
ダグラスの眉がわずかに動く。
「……魔族領南東。軍事国家バルファードか。」
ガエンが固まる。
「待て待て待て待て!」
地図を覗き込み、額に青筋を浮かべた。
「なんで氷の女王の次が戦争国家なんだよ!!」
ナラは胸を張る。
「お金ありそうだから!」
「方向性が物騒すぎる!!」
ミリアが目を輝かせる。
「軍事国家……つまり筋肉とロマンの国ですね!」
「どんな認識だそれは。」
ダグラスが淡々と説明を始めた。
「バルファードは魔族最大級の軍備を持つ国家。常に戦備を整え、兵士の訓練と武装開発に国家予算の大半を使っている。」
「スポンサー文化とかあるのか……?」
ガエンが疑問顔になる。
ダグラスは少し考え、
「ある。軍事国家ほど宣伝を重視する。」
三人が同時に見る。
「士気向上、国威発揚、国民統合。イベントは好まれる。」
ナラがぱっと笑顔になる。
「じゃあ運動会ピッタリじゃん!」
ミリアが拳を握る。
「競技!団結!勝利!完全に軍事向けイベントです!」
ガエンが頭を抱える。
「運動会が軍事演習扱いされそうで怖いんだが……」
ダグラスが地図を指で叩いた。
「むしろそこを利用する。“戦わない競争”として売り込めば興味を引く可能性は高い。」
ナラがくるくる回る。
「平和的代理戦争イベント!」
「言い方!!」
ガエンが即ツッコミ。
ナラは満面の笑みで続けた。
「しかもね、バルファードの王様のレムルス王って、めちゃくちゃ頭いいらしいよ」
その一言で、空気が変わった。
ガエンの表情が一瞬で険しくなる。
「……それ、今一番聞きたくなかった情報だな。」
ダグラスが静かに目を細めた。
「魔族領随一の策士。戦場では一度も無駄な戦をしていない男だ。」
ミリアがきょとんとする。
「え、強いんですか?」
「強いというより....」
ダグラスは地図のバルファードを指でなぞる。
「勝てる戦しかやらない。」
沈黙が流れる。
ガエンが額を押さえた。
「……つまりだな。俺達が下手なこと言った瞬間、“利用価値なし”って判断される可能性があるってことだ。」
ナラが羽を止めた。
「スポンサー断られる?」
「それだけならまだいい。」
ダグラスが淡々と言う。
「交渉材料として運動会を乗っ取られる可能性がある。」
「えっ?」
「国家宣伝イベントとして再設計される。」
ガエンが顔を覆った。
「最悪だぁぁぁ……魔王様の運動会が軍事パレードになる未来が見える……」
ミリアがぽん、と手を叩く。
「じゃあ先に乗っ取ればいいんじゃないですか?」
「どういう理屈だ?」
「こちらから“利用してください”って言えば警戒されません!」
三人が止まる。
ダグラスがゆっくり頷いた。
「……一理ある。」
ガエンが驚く。
「あるのか!?」
「レムルスは合理主義者だ。利益が明確なら話は早い。」
ナラが地図の上を飛びながら考える。
「つまり、“運動会=軍事的メリットあり”って見せればいい?」
ダグラスは指を三本立てた。
「対策は三つだ。」
■対策一:軍事的価値を提示する
「競技を“兵士訓練に応用可能”と説明する。」
ミリアが目を輝かせる。
「障害物競走=戦場機動訓練!」
「玉入れ=投擲訓練!」
ナラも乗る。
「綱引き=部隊連携!」
ガエンが遠い目をした。
「どんどん軍事色が強くなってるな……」
■対策二:利益を数値で示す
ダグラスが続ける。
「レムルスは感情では動かない。数字だ。」
ガエンが顔を上げた。
「……それなら俺の出番だな。」
財務担当の目になる。
「観光収益、国威宣伝効果、同盟国への影響力。全部試算して持っていく。」
ナラが拍手。
「ガエンさんかっこいい!」
「今だけな。」
■対策三:読まれない役を用意する
ダグラスが最後に言った。
「策士相手に最も効くのは、予測不能要素だ。」
全員の視線がゆっくり動く。
そして。
ミリアへ集中した。
「え?」
ガエンが真顔で言う。
「お前だ。」
「私ですか!?」
「レムルスがどれだけ頭良くても、お前の発想は読めん。」
ダグラスも頷く。
「混乱担当だ。」
ナラが笑う。
「ミリアさん、切り札!」
ミリアは胸を張った。
「任せてください!意味不明発言なら自信あります!」
「誇るな!!」
ガエンが即座に叫ぶ。
しかし次の瞬間、四人は顔を見合わせた。
氷の女王。
そして軍事国家の策王。
相手はどちらも一筋縄ではいかない。
ガエンが諦め顔で遠くを見つめながら言った。
「で、その次は?」
ナラはにこにこと笑いながら、地図をくるりと回転させた。
「次?もちろん決めてあるよ!」
「嫌な予感しかしないんだが。」
ガエンが即座に警戒する。
ナラの指が海のど真ん中を指した。
「ここ!」
三人が覗き込む。
そこに描かれていたのは、巨大な渦潮の印。
ダグラスの目が細くなる。
「……海洋都市国家アトラマリス。」
ガエンが固まった。
「待て。」
一拍。
「今度は海か?」
ナラは満面の笑みで頷く。
「うん!」
「極寒→軍事国家→海難事故コースやめろ!!」
机を叩くガエン。
ミリアが目を輝かせた。
「海!ロマンですね!巨大タコとか出ます?」
「スポンサー探しだぞ冒険じゃない!」
ダグラスが静かに説明を始めた。
「アトラマリスは交易国家だ。世界中の商船が集まる中立都市。」
ナラがくるくる回る。
「つまりお金いっぱい!」
「今までで一番まともな理由だな……」
ガエンが少し安心した顔になる。
だがダグラスは続けた。
「ただし問題がある。」
「ほら来た。」
「支配者が存在しない。」
三人が止まる。
「え?」
「評議会制。商人ギルド、航海士組合、海賊上がりの護衛団、魔導商会、複数勢力の合議国家だ」
ガエンの顔が青くなる。
「……つまり交渉相手が一人じゃない?」
「全員だ。」
「終わったぁぁぁ!!」
ガエンが机に突っ伏した。
ナラは気楽に言う。
「でもスポンサーいっぱい取れるかも!」
ダグラスが頷く。
「分散投資型スポンサーだな。合理的だ。」
ミリアが手を挙げる。
「つまり全員に運動会出てもらえばいいんじゃ?」
その言葉に三人が静止した。
「……」
ダグラスがゆっくり言った。
「それは……悪くない。」
ガエンが顔を上げる。
「マジか?」
「競技参加権をスポンサー特典にする。」
ナラが跳ねた。
「企業対抗運動会!」
ミリアが興奮する。
「商人VS航海士VS護衛団!」
ガエンの目が財務担当モードになる。
「参加費……広告権……放映権……」
電卓を叩く幻が見える。
「……金の匂いがする。」
ナラが笑う。
「ガエンさん復活した!」
だが次の瞬間、ダグラスが低く言った。
「ただし最大の問題がある。」
全員が見る。
「アトラマリスは...裏切りと交渉の街だ。」
空気が少し冷える。
「契約は常に再交渉される。条件は毎日変わる。信用より利益。」
ガエンが遠い目。
「俺の胃がもたない国ランキング一位更新だな……」
ミリアが首をかしげる。
「じゃあ契約書いっぱい作ればいいんですね!」
「それを突破してくるのが商人だ。」
ダグラスが言った。
ナラがぽんと手を叩く。
「じゃあさ!」
全員を見る。
「運動会そのものを“交渉不可”にしちゃえば?」
「どういう意味だ?」
「ルールは絶対固定。変更不可。公平な競技のみ。」
ダグラスが静かに頷く。
「……面白い。」
ガエンも考える。
「つまり“利益で動く街”に、“利益で曲げられない祭り”を持ち込むのか。」
ミリアが笑顔。
「スポーツマンシップですね!」
「急に健全になったな。」
四人は地図を見下ろした。
北――氷の女王。
南東――軍事国家。
海――交易都市。
スポンサー遠征は、すでに普通ではなかった。
ガエンが深く息を吐く。
「……で?」
ナラがにっこり。
「まだあるよ?」
「あるのかよ!!」
ナラは地図の中央大陸を指した。
そこには金色の印。
人間領の巨大都市。
ダグラスがわずかに眉を上げる。
「……聖王国ルミナリア。」
ガエンの背筋が凍った。
「ちょっと待て。」
ガエンはゆっくりと顔を上げた。
指先が示す金色の国を、まるで危険物を見るような目で見つめる。
「……ルミナリアって...」
ダグラスが静かに頷く。
「光の女神ステラを信仰する聖王国。大陸最大の宗教国家だ。」
ナラが首をかしげる。
「え?でも人いっぱい集まる国だよね?スポンサー向きじゃない?」
ガエンは深く息を吸い、そして言った。
「……運動会に参加しないんじゃないか?」
三人が同時に止まった。
「は?」
ミリアがきょとんとする。
「なんでですか?」
ガエンは地図を指で叩く。
「聖教会が国の中心だぞ?
祭事も行事も全部“信仰”基準だ。」
ダグラスが補足する。
「ルミナリアの公式行事は基本的に宗教儀式と結びついている。娯楽イベントは慎重に扱われる。」
ナラの羽が止まった。
「……つまり?」
ガエンが言いづらそうに言う。
「魔王主催の運動会とか、異端認定される可能性ある。」
一同は沈黙する。
ミリアがゆっくりと顔を向けて小声で言った。
「……入国した瞬間、浄化されます?」
「それはないと思いたいが!!」
ガエンが即ツッコミ。
ダグラスが腕を組む。
「聖教会は“秩序”を重んじる。問題は二つだ。」
指を一本立てる。
■問題一:魔族イメージ
「魔王領主催という時点で警戒される。」
ナラが「あー」と声を漏らす。
「光の国と魔族って相性悪そう…」
「歴史的に何度も衝突している。」
ガエンが顔を覆う。
「スポンサーどころか説教されそうだな……」
■問題二:競技の意味
ダグラスが続ける。
「彼らにとって“競争”は神への奉仕であるべきだ。」
ミリアが考え込む。
「じゃあ運動会って……」
「ただ遊ぶだけの祭りに見える可能性がある。」
空気が重くなる。
ナラが小さく言った。
「……ダメじゃない?」
ガエンが頷く。
「だから言ったんだ。参加しないんじゃないかって。」
机の上に沈黙が落ちる。
しばらくしてミリアが、ぽん、と手を叩いた。
「じゃあ神様に参加してもらえばいいんですね!」
「飛躍がすごい!!」
ガエン絶叫。
ダグラスが目を細める。
「……待て。」
全員が見る。
「発想としては間違っていない。」
「えっ」
ナラが身を乗り出す。
ダグラスは静かに説明した。
「運動会を“娯楽”ではなく、神への感謝祭として提示する。」
ガエンがゆっくり顔を上げる。
「……宗教行事に寄せる?」
「そうだ。」
ダグラスは指を立てる。
■対策一:信仰的意味を与える
「競技=努力、勝利=祝福、協力=徳。」
ミリアが目を輝かせる。
「リレー=絆!」
ナラも乗る。
「応援=祈り!」
ガエンが呟く。
「……なんか急に神聖になってきたな。」
■対策二:光の女神への献納
ダグラス。
「優勝国が“光の女神への感謝金”を寄進する形式にする。」
ナラが跳ねる。
「チャリティ運動会!」
ガエンの目が財務担当モードになる。
「寄進名義なら聖教会も反対しづらい……」
■対策三:魔族色を薄める
ダグラスが続ける。
「“世界共同祭典”として打ち出す。主催は魔王領ではない。」
ガエンが顔を上げる。
「共催にするのか?」
「各国連合イベント。」
ミリアが笑顔。
「みんなでやる運動会ですね!」
「一番平和な言い方だな……」
ガエンが少し安心した顔になる。
だが次の瞬間。
ナラがぽつりと言った。
「でもさ...」
全員がナラを見る。
「聖教会の偉い人、説得できる?」
静寂。
ガエンが遠い目をした。
「……絶対理屈詰めタイプだろ。」
ダグラスが頷く。
「高位司祭は論理と教義の塊だ。」
ミリアが首をかしげる。
「じゃあ理屈で勝てばいいんですね?」
三人が同時に言った。
「それが一番難しいんだ!!」
机を叩くガエン。
ナラがにやっと笑う。
「でもさ、逆に考えて?」
「嫌な前振りだな。」
「もし聖教会がスポンサーになったら?」
全員が止まる。
ナラの目が輝く。
「“光の女神公認運動会”だよ?」
沈黙。
ガエンの目が見開かれる。
「……世界的信用が爆上がりする。」
ダグラスが静かに頷いた。
「政治的中立性も得られる。軍事国家も商業都市も参加しやすくなる。」
ミリアが両手を上げた。
「最強スポンサーじゃないですか!」
ガエンがゆっくり立ち上がる。
「……危険度SSだが、成功したら最大利益。」
ダグラス。
「賭ける価値はある。」
ナラが笑顔で地図を見下ろす。
北に氷の女王。
南東に策王。
海に商人国家。
そして光の聖国。
スポンサー遠征は、もはや外交冒険だった。
ガエンが深く息を吐く。
「……俺達、本当に運動会のスポンサー集めしてるんだよな?」
ダグラス。
「建前上はな。」
ミリア。
「世界平和ミッションですね!」
ナラが元気よく宣言した。
「次の目的地!聖王国ルミナリア!」
ガエンが小さく呟く。
「……頼むから浄化だけはされませんように。」
四人は同時に地図を見下ろした。
ミリアが小声で続けた。
ナラが満足げにうなずき、地図をくるりと回す。
「じゃあ次!」
「まだあるのかよ!!」
ナラの指が止まったのは、中央大陸最大の王都だった。
金色の城壁。
交易路の交差点。
王冠の紋章。
ダグラスの目がわずかに細くなる。
「……王都フィルドリア。」
ガエンの顔が変わった。
「人間領最大の王国か。」
ナラが笑う。
「ここね、めちゃくちゃお金あるよ!」
ミリアが首をかしげる。
「平和そうですね?」
ダグラスが静かに言った。
「表向きはな。」
三人が見る。
「フィルドリアは外交国家だ。戦争より婚姻、同盟、貿易で勢力を広げた国。」
ガエンがうなずく。
「つまりスポンサー向きだな。」
ナラが得意げに言う。
「しかも王様、娘さん大好きらしいよ!」
空気が止まった。
「……は?」
「レイルド・ゴールファス王!」
ナラは地図を指で叩いた。
「一人娘のミル・ゴールファス姫を超溺愛してるって有名!」
ガエンが嫌な予感を浮かべる。
「その情報、交渉にどう関係ある?」
ナラ、満面の笑み。
「子供向けイベントに弱い王様ってこと!」
ダグラスの目がわずかに光った。
「……なるほど。」
ミリアが身を乗り出す。
「姫様に運動会を気に入ってもらえばいいんですね!」
ガエンがゆっくり顔を覆う。
「また王族攻略ルートか……」
ダグラスが分析を始めた。
「レイルド王は娘中心の政治判断をするという噂がある。姫の興味=国家の関心になり得る。」
ナラが跳ねる。
「つまり最大スポンサー候補じゃん!」
ガエンも計算顔になる。
「王都開催権……王家後援……国家広告……」
目が光る。
「これはデカい!」
だがダグラスが低く言った。
「ただし問題がある。」
「絶対あると思った。」
「溺愛王は警戒心が異常に高い。」
ミリアが首をかしげる。
「どういうことです?」
「姫に近づく者は全員審査対象だ。」
ガエンが青ざめる。
「俺達、魔族側の使者だぞ?」
「門前払いの可能性が高い。」
ナラの羽が止まる。
「じゃあどうするの?」
ダグラスは一言。
「姫本人に興味を持たせる。」
沈黙。
三人の視線がゆっくりミリアへ向く。
「……え?」
ガエンが指差した。
「またお前だ。」
「私ですか!?」
「子供受け担当。」
ナラも頷く。
「ミリアさん、なんか親しみやすいし!」
ダグラスも静かに同意した。
「王族は計算された外交より、自然な交流に弱い。」
ミリアは胸を張る。
「任せてください!子供好きです!」
「姫様は子供じゃねぇぞ王族だぞ。」
「じゃあお姫様ごっこしましょう!」
「絶対違う!!」
ガエンのツッコミが部屋に響いた。
しかし次の瞬間。
四人は地図を見下ろした。
氷雪都市クリアフォル。
軍事国家バルファード。
海洋都市アトラマリス。
聖王国ルミナリア。
そして王都フィルドリア。
世界の中心へ、少しずつ近づいている。
ガエンが小さく呟く。
「……なあ。」
三人を見る。
「まさかここも行くとか言わないよな?」
ガエンは世界地図の最南端の島、人間領の監獄島と呼ばれている国、司法国家サイヴァーンを指差した。
ナラの笑顔が止まった。
ダグラスのフードの奥で、わずかに影が揺れる。
ミリアだけが首をかしげた。
「さい……ばーん?」
ガエンが低く言う。
「司法国家サイヴァーン。別名、世界最大の監獄国家。」
空気が一段冷えた。
ナラが小さく手を挙げる。
「えっと……そこってさ……」
ダグラスが淡々と答える。
「犯罪者、戦争捕虜、政治犯、密輸商、暗殺者。
世界各国が“処理できない問題”を送り込む場所だ。」
ミリアの顔が引きつる。
「え、観光地じゃないんですか?」
「真逆だ。」
ガエンが地図を指で叩く。
「島全体が巨大監獄。国家そのものが裁判所。国民の半分が看守、もう半分が囚人。」
ナラの羽がぺたんと落ちた。
「スポンサーどころじゃなくない?」
ダグラスが静かに言った。
「いや……むしろ逆だ。」
三人が見る。
「サイヴァーンは法と秩序を何より重視する。
つまり...」
ガエンが気づく。
「公式行事には異常に価値を置く国か。」
「その通り。」
ダグラスは続けた。
「彼らは“更生”を国家理念にしている。運動会は象徴になり得る。」
ミリアの目が輝く。
「スポーツで心を健やかに!」
ナラも跳ねた。
「更生プログラム!社会復帰イベント!」
ガエンが腕を組む。
「……囚人参加型運動会か?」
全員、想像した。
鉄格子。
囚人服。
大玉転がし。
そして沈黙が流れる。
「絵面やべぇな。」
「絶対ニュースになるよ!」
ダグラスが頷く。
「世界中の司法国家が注目する。スポンサー額は王国級になる可能性がある。」
ガエンの財務脳が覚醒した。
「司法連盟……監察機関……法学院……全部巻き込める……」
目が金貨の形になる。
だが、ダグラスが一言落とした。
「ただし。」
三人同時。
「絶対あると思った。」
「サイヴァーン入国は全員、犯罪履歴審査がある。」
静止。
ナラがそっと聞く。
「……引っかかる人いる?」
沈黙。
そしてゆっくりお全員の視線がミリアへ。
「なんで私!?」
ガエンが指を折り始める。
「元盗賊団所属。」
「更生済みです!」
ダグラス。
「密輸船同行歴。」
「知らなかったんです!」
三人同時。
「アウトでは?」
「アウトじゃないです!!」
ミリアが机を叩いた。
だがダグラスが冷静に続ける。
「問題はミリアだけではない。」
そう言ってダグラスはガエンを見る。
ガエンが固まる。
「……俺?」
「魔王領財務官。国際的に見れば敵性国家高官だ。」
ナラが震える。
「ボ、ボクも妖精族密航歴あるかも……」
全員の視線が最後にダグラスへ。
死神は静かに言った。
「私は存在自体がグレーだ。」
「一番ダメじゃねぇか!!」
ガエンが叫んだ。
部屋に沈黙が落ちる。
そしてナラが、にやりと笑った。
「じゃあさ。」
三人を見る。
「合法的に行けばいいんだよ。」
「どういう意味だ?」
ナラは地図の横に小さく書かれた紋章を指差した。
天秤と剣の印。
「サイヴァーンってね。外部監察団とか、更生視察団は歓迎されるんだって。」
ダグラスの目が細くなる。
「……公式使節として入る?」
「そう!」
ナラが羽を広げた。
「運動会=更生支援国際プロジェクト!」
ガエンがゆっくり笑った。
「スポンサー交渉じゃない……」
ミリアが拳を握る。
「社会貢献活動ですね!」
ダグラスが頷く。
「名目は完璧だ。」
四人の視線が地図へ落ちる。
氷の国。
軍事国家。
海洋都市。
聖王国。
王都フィルドリア。
そして司法国家サイヴァーン。
世界はもう、半分以上巻き込まれている。
ガエンが苦笑した。
「……なあ。」
「なんです?」
「これ、ただのスポンサー集めだったよな?」
ナラが満面の笑みで答える。
「うん!」
しばしの間。
「世界事業になってきたね!」
ガエンは天井を見上げた。
「魔王、絶対そこまで考えてねぇ……」
その時。
――コンコン。
部屋の扉がノックされた。
全員が振り向く。
衛兵が一通の封書を差し出す。
「王都フィルドリアより急使です!」
四人の空気が変わった。
封蝋には王冠の紋章。
ガエンがゆっくり封を切る。
中の文面を読んだ瞬間、彼の表情が固まった。
「……おい。」
声が震える。
「向こうから来たぞ。」
「え?」
ガエンが読み上げる。
「『ミル・ゴールファス姫、運動会に強い関心を示す。至急、王都フィルドリアへ来訪されたし』」
沈黙が場を支配する。
そしてナラが跳ねた。
「攻略前にイベント発生した!!」
ダグラスが小さく呟く。
「……予想より早い。」
ミリア、目を輝かせる。
「お姫様と友達になれるかも!」
ガエンは頭を抱えた。
「次の目的地、決定だな……」
彼は地図の中央、王都フィルドリアに指を置いた。
「...王族イベント、開幕だ」
ガエンの指が地図を叩いた瞬間、空気が完全に切り替わった。
国家間イベント対応モードだった。
「……で?」
ダグラスが腕を組む。
「準備は?」
ナラがビシッと手を挙げた。
「はい!遠征チェック開始しまーす!」
「学級委員みたいなテンションやめろ。」
ガエンが即座にツッコむ、しかしナラは気にしない。
ふわりと宙に浮かびながら指を折る。
「まず王都訪問だからね!礼装!贈答品!外交用資料!」
「運動会の資料も必要だな。」
ダグラスが冷静に補足する。
「競技一覧、参加国、スポンサー枠、収益見込み。」
「うわぁ……現実……」
ナラが少し引いた。
ガエンは山のような帳簿を抱える。
「スポンサーの一覧更新……フィルドリア用提案書……王族対応版……」
「財務担当って大変だねぇ。」
ナラが他人事の顔。
「誰のせいだと思ってんだ」
その横でダグラスは静かに装備を整える。
黒衣の留め具を締め直し、鎌を布で包む。
「王都だ。威圧は最小限にする。」
「死神がいる時点で最大なんだよ。」
ガエンがツッコむ。
ミリアはというと、鏡の前でくるくる回っていた。
「王都ってドレス着る?ドレス必要?」
「戦闘になる可能性もある。」
ダグラスが答える。
「じゃあ戦えるドレス!」
「あるのかそんなドレス!?」
ガエンが再びツッコむ。
そしてナラは箱を抱えて戻ってくる。
「はいこれ!」
机に置かれたのは巨大な木箱。
「……何だ?」
「運動会スターターセット!」
蓋が開く。
旗。
パンフレット。
応援用魔導花火。
記念タオル。
ガエンが遠い目になった。
「もう後戻りできねぇな……」
そして準備は夕刻まで続いた。やがて、荷馬車が城門前に並ぶ。
魔王領の旗が揺れる。
遠征隊専用馬車。補給箱。
完全に公式使節団だった。
ガエンが呟く。
「最初は営業だったのにな……」
ダグラスが答える。
「気付けば外交だ。」
ナラが胸を張る。
「世界平和イベントだから!」
ガエンが頭を抱えた。
そして城門がゆっくり開く。
重い音。
外には広大な街道。
王都フィルドリアへ続く道。
兵士たちが敬礼した。
「スポンサー獲得遠征隊、出発準備完了!」
ミリアが嬉しそうに手を振る。
「いってきまーす!」
ガエンは最後に振り返った。
魔王城。そしてため息。
「……絶対あとで請求書送ってやる。」
そして前を見る。
地図の中心。
世界最大の王都。
王に溺愛される姫。
そして未知の交渉。
「よし。」
彼は荷台に乗り込んだ。
「王都フィルドリア、行くぞ!」
ナラが空へ舞い上がる。
「王族イベント!スタート!!」
馬車が動き出す。
車輪が石畳を離れ、四人は城を出た。
王都フィルドリアへ向けて。




