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静寂の城〜魔王は世界征服をしたい〜  作者: 赤井六舷


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8/8

8.ドラゴン、温泉に入る

大騒ぎの解説予行演習の後、


「ほんでな、そこでワイがやってやったんよ。こうしたらええんじゃー!って言ってな。」


マイトは馬車に乗って拡声石を手に入れるため、


「そしたらなんや間違えたみたいで、壊れよってな。」


ドラゴンの谷に向かっていた。


「仕方なしに謝ったんやけど、なんや許してもらえんくてな。」


馬揺られながらマイトは馬車の手綱を握る男に目を向けた。

肌の一部が鱗に覆われていて頭には短い角、背中には大きな羽を持ち鱗に覆われた尻尾があり、ずっと喋っている。彼はドラゴニュートで名前をビルムという。


「ほんでな、って聞いてます?」


「耳には届いてる。」


静寂の城を出て二時間程、ずっとこの調子で喋り続けている。

マイトは最初の頃こそ相槌を打っていたものの、面倒くさくなって景色を眺めていたのだった。


「感想ゼロやん!」


「情報量が多いよ。」


ビルムは「せやろ?」と満足そうに頷いた。

マイトはため息をついてから聞いた。


「……で、なんでお前が一緒なの?」


「いや魔王様がな?『ドラゴン関係ならドラゴニュートやろ』って軽いノリで。」


マイトは呆れたように言う。


「軽いんだよなぁ。」


「ワイも軽い気持ちで『任せとき!』言うてもうてな。」


ビルムは胸を張った。

その瞬間、馬車が段差で大きく跳ねた。


バサッ!!


ビルムの翼が反射的に広がる。が、バランスを崩し、見事に御者台から転げ落ちた。


「うおおおお!?!?!」


ドサッ!!


馬が驚いて止まる。

マイトは無言で振り返った。

地面にうつ伏せのドラゴニュート。

翼だけがぴくぴく動いている。


「……もしかして飛べない?」


「飛べるわ!!」


即答だった。

ビルムは立ち上がり、砂を払いながら咳払いする。


「ちょっとな、離陸と着陸が苦手なだけで。」


「一番大事なところじゃん!」


「空中は得意やねん!」


マイトは思わずツッコむ。


「空中まで行けないじゃん!」


ビルムはしばらく黙り、遠くを見た。


「……ドラゴニュート界ではな。」


「うん。」


「ワイ、“低空のビルム”って呼ばれてんねん。」


「悪口だよね。」


「違うねん!!親しみや!!」


強めに否定しながらビルムは再び手綱を握り直した。

馬車はゆっくり動き出し再び街道を進み始めた。

森が徐々に深くなり、木々の影が長く伸びる。

風の音に混じって、何かが擦れるような気配がした。

マイトがふと眉をひそめる。


「……静かすぎるな。」


「せやな。さっきまで鳥おったのに。」


ガサガサッ!!


左右の茂みが同時に揺れた。

次の瞬間。


ドンッ!!


巨大な影が街道へ飛び出してきた。

牙を剥いた狼型の魔物。それがさらに後方から四体。

計五体。

馬が怯えていななき、馬車が大きく揺れる。


「おお、来たな。」


マイトは面倒そうに立ち上がった。


「いや“来たな”ちゃうて!普通もっと焦らん!?」


ビルムが慌てて翼を広げる。

魔物達は低く唸り、包囲するように距離を詰めてくる。

そして一体が跳んだ。

その瞬間。


シュッ。


マイトの姿が消えた。

次の瞬間には魔物の懐にいた。


ドゴッ!!


拳一発。

狼型魔物が横に吹き飛び、木に叩きつけられる。


「……まず一体。」


振り向きもせず数える。

マイトの背後から魔物が二体同時に襲いかかる。

だけどマイトは剣を抜かない。

鋭く踏み込んで回転しながら肘打ち、そして蹴り。


ドンッ!ドゴォ!!


二体が同時に地面へ沈んだ。


「三体。」


残る二体が怯みながらもマイトに突撃する。

マイトはようやく剣を抜いた。


一閃。


風が裂ける音。

魔物の動きが止まり、ゆっくりと倒れる。


「終わり。」


そう言うとマイトは剣を鞘に戻す。

戦闘時間はわずか十数秒だった。

辺りに静寂が戻った。

ビルムはポカンと口を開けたまま。


「……いや待って???勇者ってそんな感じ???」


「普通だよ。」


「普通ちゃうやろ!!実況できへん速さや!!」


その時、上空から影が飛んできた。


ギャアアア!!


鳥型の魔物が二人に向かって急降下してきた。

ビルムの目が光る。


「来た!!空中戦!!ワイの出番や!!」


ビルムは翼を大きく広げて、


バサァッ!!


勢いよく飛び上がる。

珍しく綺麗な離陸。


「見たかマイト!!これがドラゴニュートの....」


ドン。


木の枝に盛大に激突した。


「ぐえっ!!」


バランスが崩壊して空中でぐるぐる回転する。


「待って待って待って待って!!」


鳥型魔物も巻き込まれてパニック状態。

ビルムは制御不能のまま魔物と共に落下していく。


「着地ィィィィ!!」


ズドォォン!!!


地面へ豪快に激突し、土煙が舞い上がる。

しばらく沈黙があり、やがて煙が晴れるとビルムが大の字で倒れていた。

そのすぐ横では鳥型魔物が首をねじ曲げて倒れている。

どう見てもただの巻き添え。

マイトがビルムに歩み寄る。


「……倒してるじゃん。」


ビルムは親指を立てて笑顔を見せた。


「計算通りや。」


「絶対違う。」


「不規則軌道戦術や。」


「事故だよね。」


ビルムはゆっくり起き上がり、腰を押さえた。


「……着陸だけ世界がワイを拒否すんねん。」


「重力の問題じゃない?」


マイトは小さく笑い、馬車へ戻る。


「まあいいや。先急ごう。」


ビルムがマイトを指差して言った。


「次はちゃんと空中戦見せたるからな!」


マイトは呆れた顔で言う。


「まず無事に着地して。」


「そこが一番難しいねん!!」


二人は再び馬車に乗って森の中を進み始めた。

馬車は再び動き出した。

戦闘の余韻がまだ空気に残っている。

だが何故か森は妙に静かだった。

さっきまでの魔物の気配すら、まるで最初から存在しなかったかのように消えている。

車輪が土を踏む音だけが響く。

ビルムは手綱を握りながら、さっきまでの軽口が少し減っていた。


「……なあマイト。」


「ん?」


「もうすぐやで。ドラゴンの谷。」


前方の森が途切れ始める。

木々の背が低くなり、岩肌が増えていく。

遠くに巨大な断崖。

その奥から、熱を帯びた風が吹いてきた。

硫黄の匂いと焼けた石の匂い。

そして空は、雲が不自然に裂けている。

ビルムの尻尾がわずかに揺れた。


「……久しぶりやな、この空気。」


いつもの関西弁の調子だが、声が少し硬い。

マイトは横目でビルムを見る。


「緊張してる?」


「してへん。」


ビルムは即答したが翼の付け根がピクッと震えていた。


「……ドラゴンの縄張りってな、理屈ちゃうねん。」


ビルムは前を見たまま続ける。


「近づくだけで“格”を測られる感じするんや。」


「へえ。」


「強いやつほど分かる。弱いやつは気づかん。」


少しの間があってビルムが小さく笑った。


「つまりワイはめっちゃ分かる。」


「それ自慢なの?」


「怖いって意味や!!」


その時、マイトの表情が変わった。

視線が谷ではなく周囲へ向く。

森。

岩場。

空。

何かを探すように。


「……ビルム。」


「ん?」


「何かがおかしい。」


馬車がゆっくり止まる。

風だけが通り過ぎて行く。

谷は目の前なのに。


「ドラゴンの谷って、こんなに静かなの?」


ビルムも眉をひそめた。


「……いや。」


周囲を見渡す。


「普通はな、もっとおる。」


「何が?」


ビルムが真剣な顔で答える。


「視線や。」


ビルムの声が低くなる。


「ドラゴンってな、縄張りに入った瞬間から見とるもんや。」


確かに何もいない。

影もない、羽音もない、空を舞う巨大な影も。

マイトはゆっくりと立ち上がった。


「歓迎されてない、って感じじゃないな。」


「ほな何や?」


マイトは少し考え、短く言った。


「……留守みたいだ。」


ビルムが固まる。


「は?」


その瞬間。


ゴォォォォォ……


谷の奥から、低い振動音が響いた。

地面がわずかに震え、岩が転がり落ちる。

だが、それは咆哮ではない。

もっと機械的で、規則的な音。

マイトの目が細くなる。


「……ドラゴンじゃない。」


ビルムの背中の翼がバサッと開いた。


「待て待て待て。」


額に汗。


「ドラゴンの谷でドラゴンおらんって、一番アカン状況やぞ。」


「同感。」


マイトは剣の柄に手を置いた。

谷の奥からは黒い煙がゆっくりと立ち上っている。

自然じゃない。

誰かが何かをしている。

マイトが呟く。


「……先客がいるな。」


ビルムが乾いた声で言う。


「しかもな。」


ゴクリと唾を飲む。


「ワイ、嫌な予感しかしないねん。」


その時、谷の奥から、空気を切り裂くような衝撃波。


ドンッ!!


遅れて轟音が響いた。

マイトは静かに笑う。


「行くしかないか。」


ビルムは空を見上げ、震える声で言った。


「……今回はちゃんと飛ばなアカン気がする。」


「着地できる?」


「そこが問題やねん!!」


二人は警戒しながら、ドラゴンの谷へと馬車を進めた。

マイトは少し不機嫌になりながら呟く。


「なんだよ、拡声石を取ってくるだけの簡単なおつかいじゃないじゃん。早く帰ってゲームやり.....ああああああ!」


突然のマイトの絶叫にビルムが驚く。


「な、なんや?どうしたん?」


マイトは絶望の表情を浮かべる。


「セーブしてない...」


「......はい?」


マイトは泣きそうな顔でビルムを見た。


「バハムートクエストIII、セーブしてない!」


「.....いや、え?ゲーム?」


その時再び


ゴォォォォン……


地面の奥から響くような音が鳴った。

さっきの衝撃音とは違う。

規則的で、重く、何かを叩きつけるような音。

マイトとビルムは同時に顔を上げた。


「……またや。」


ビルムの尻尾がぴたりと止まる。


「ドラゴンの咆哮ちゃう。」


マイトも頷く。


「戦闘音でもないな。」


ゴンッ!!

ゴォン!!

ザザザザッ……


土が崩れるような音まで混じる。

マイトは静かに馬車を止めた。


「降りよう。」


「せやな。」


二人は武器を持ち、慎重に馬車を降りる。

足音を殺しながら岩陰を進む。

谷の奥へ向かうほど熱気が強くなる。

硫黄の匂い。

湯気。

そして――


ゴォン!!


「近いな……」


ビルムが小声で言う。

二人は岩壁に身を寄せ、そっと顔だけ出した。

そして。

二人の動きが同時に止まった。


「……は?」


マイトが間の抜けた声を漏らす。

目の前に広がっていたのは巨大なドラゴン達。

十体以上。


だが、戦っていない、暴れてもいない。

めちゃくちゃ真面目に地面を掘っていた。


ドゴォン!!


赤い巨大ドラゴンが前脚で岩盤を砕く。


ザバーーーッ!!


別の青いドラゴンが大量の水を吐き込む。

さらに隣では緑のドラゴンが翼で風を送り温度調整している。

その横では金色の老ドラゴンが腕を組み、


「そこ、角度が甘い。」


とでも言いそうな威厳で監督していた。

辺りに湯気が立ち上る。


ゴボゴボ……


地面から温泉が湧き出した。

ドラゴン達がざわつく。


グォオオオオ!!


歓声だった。

ビルムが震える声で言う。


「……温泉、掘っとる。」


マイト。


「温泉、掘ってるね。」


しばしの沈黙の後、もう一度見る。

やっぱり掘ってる。

巨大生物による本気の土木作業。

一体のドラゴンが岩を運び、別のドラゴンが湯温を確認し、さらに別のドラゴンが石を並べて露天風呂の縁を整えている。

完全に温泉開発現場だった。


ビルムが頭を抱えた。


「いや待て待て待て!!」


小声で大混乱。


「ドラゴンの谷って縄張り争いとか威嚇とか神秘とかそういう場所やろ!?」


マイトも困惑している。


「なんでリゾート開発してるの?」


その時。


ザバァァァン!!


完成した温泉に一体のドラゴンが飛び込んだ。

巨大な湯しぶきが上がる。


「グォォォォ……」


極楽そうな声。

別のドラゴンも次々入り完全に満喫している。

ビルムが呆然。


「……留守やなくて、休暇中やった。」


マイトは腕を組んだ。


「なるほど。だから静かだったのか。」


「いや納得すな。」


その時。


ズシン。


二人の背後に巨大な影が落ちた。

ゆっくり振り返ると、そこには銀色の巨大ドラゴンがいつの間にか背後に立っていた。

二人は凍りつき固まる。

ビルムの翼が硬直した。


「……あ、あの。」


ドラゴンが低く喋る。


『見学か?』


「す、すんません!!勝手に入って!!」


ビルムは素早く頭を下げて即謝罪する。

ドラゴンは首を傾げた。


『別にいい。今、温泉週間だからな。』


「温泉週間???」


マイトが思わず聞き返す。


『百年に一度、全ドラゴンで温泉を作る行事だ。』


ビルムが小声で呟く。


「聞いたことない。」


『今年から始めた。』


「新イベントやった。」


ドラゴンはマイトを見た。


『で、人間。何しに来た。』


マイトは少し考え、答えた。


「拡声石を取りに。」


ドラゴンが「ああ」と頷く。


『資材置き場にあるぞ。温泉受付の横だ。』


そう言って受付を指差す。


「受付あるんだ。」


『先に入浴していけ。掘削協力者は無料だ。』


ビルムの目が輝いた。


「無料!?」


マイトを見る。


「……入る?」


マイトは少し考えた後、


「セーブしてないけど、まあいいか。」


「ゲーム基準やめや!」


その瞬間。


ドンッ!!


遠くで別のドラゴンが岩盤を砕き、さらに新しい湯気が上がったりドラゴン達の歓声が響く。

そして湯煙に包まれる谷。

かくして勇者と低空ドラゴニュートは。

ドラゴン温泉開発現場に参加することになった。


銀色のドラゴンに案内され、マイトとビルムは谷の中央へ連れて行かれた。

そこには「温泉開発本部」と彫られた巨大な岩看板が立っていた。


「本部あるんや……」


「本気だな。」


周囲ではドラゴン達が忙しく動き回っている。


・岩盤粉砕班

・湯量調整班

・露天景観設計班

・くつろぎ評価班


完全に組織化されていた。

ビルムが震える声で言う。


「ドラゴンってもっとこう……孤高とか神秘とかちゃうん?」


近くを巨大な黒竜がメット代わりの石を被って通り過ぎる。


『新人か?安全第一な。』


「労災概念あるんや!!」


銀色のドラゴンが二人を見下ろした。


『掘削が遅れている。人手が足りん。』


そしてマイトをじっと見る。


『勇者だろう?』


マイトは少し嫌な予感がした。


「……まあ。」


ドラゴンの目が光る。


『勇者の力、見せてもらおう。』


周囲のドラゴン達が一斉に振り向いた。

ざわざわざわ……


『勇者来たぞ。』

『人間の英雄だ。』

『伝説級掘削力あるらしい。』


「期待の方向おかしくない?」


マイトが小声で言う。

ビルムはもうノリノリだった。


「行けマイト!!勇者ドリル見せたれ!!」


「そんな技ない。」


案内されたのは巨大な岩盤。

普通のドラゴンでも時間がかかるらしい。

老ドラゴン監督が腕を組む。


『ここを割れれば、極上泉脈に届く。』


マイトは岩を見る。

確かに硬い。

普通なら数日作業。

マイトは肩を回した。


「……まあ、早く帰りたいし。」


マイトが剣を抜くと空気が変わった。

ドラゴン達が静まり返る。

ビルムが息を呑む。


「お、来るで……」


マイトは剣を地面に突き立て小さく呟いた。


「勇者スキル。《地脈感応》」


ズン……


地面の振動がマイトに流れ込む。

水の流れ。

岩の層。

温度。

圧力。

全部が“見えた”。


「……そこか。」


マイトは剣を引き抜き、拳を握る。

そして。


トン。


軽く地面を叩いた。

一瞬、何も起きない。

が、次の瞬間。


ドゴォォォォォォン!!!!


岩盤が内部から爆ぜた。

一直線に亀裂が走り、地面が隆起し、巨大な岩が浮き上がる。


そして、


ゴボボボボボボ!!!!


黄金色の湯が噴き上がった。

超巨大間欠泉。

湯煙が空へ柱のように立ち上る。

数秒の沈黙があり、


『グォォォォォォォォ!!!!!』


ドラゴン達、大歓声。


『勇者すげぇ!!』

『一撃掘削!?』

『効率二百年分短縮したぞ!!』


ビルムが飛び跳ねる。


「マイトォォォ!!現場の救世主や!!」


老ドラゴン監督が震えていた。


『……理想角度……完璧な泉脈直撃……』


完全に職人の顔。

さらに盛り上がるドラゴン達。


『次こっちも頼む!』

『露天拡張したい!』

『サウナ用蒸気ほしい!』


マイトが頭を抱えた。


「仕事増えてる。」


「人気者やん!!」


マイトが次の岩を軽く蹴る。


ドゴン!!


温泉増設。さらに一撃。


ドン!!


寝湯完成。

もう完全に勇者ではなく、

温泉開発エース社員だった。

ドラゴン達が肩を叩く。


『勇者、名誉ドラゴン認定だ。』


「昇格した。」


「種族変わりかけとる!!」


その時。

巨大赤竜が叫ぶ。


『完成だァァ!!』


谷の中央に、史上最大級の温泉が完成した。


段々露天。

滝湯。

岩風呂。

寝湯。

蒸気サウナ。


完全に高級温泉リゾート。

ドラゴン達が次々飛び込む。


ザバァァァン!!


大地が揺れる。


『極楽ゥ……』


「スケールがでかい。」


銀竜がマイト達を見た。


『掘削協力者。特別待遇だ。』


岩の台座に置かれる巨大な拡声石。


「目的達成じゃん。」


ビルムが感動する。


「温泉掘って報酬もろた勇者初めて見たわ……」


マイトは石を持ち上げながら言った。


「じゃ、帰る前に。」


ドラゴン達を見る。


湯気。

笑い声。

百年に一度の祭り。

少し笑って。


「……せっかくだし、入っていくか。」


ビルムの目が一瞬で輝いた。


「待ってましたァァァ!!」


マイトが迷惑そうに耳を塞ぐ。


「声でかい。」


「温泉やぞ!?ドラゴン温泉やぞ!?人生イベントや!!」


ビルムは翼をばさばささせながら即座に服を脱ぎ始める。


「はよ!勇者もはよ!」


「落ち着けって。」


マイトは苦笑しながら剣と拡声石を岩棚に置いた。

周囲では巨大ドラゴン達が思い思いに湯を楽しんでいる。

金竜は肩まで浸かり瞑想中。

青竜は水流を調整して打たせ湯を作っている。

黒竜は石を積み替えて「景観が大事」と真剣に語っていた。

完全に温泉好きの集まりだった。


ザブン。


マイトが湯に入る。


「……あ。」


思わず声が漏れる。


「……これ、めちゃくちゃいいな。」


『当然だ。百年分の地熱を調整している。』


隣にいた銀竜が誇らしげに言った。


「温泉ガチ勢だ。」


一方。


バシャァァァ!!


ビルムが豪快に飛び込む。


「極楽やァァァァ!!」


盛大な水しぶきが上がり、近くの小型ドラゴンにかかる。


『新人、静かに入れ。』


「すんません!!」


即謝罪した。


マイトは肩まで浸かりながら空を見上げた。

湯煙の向こうに広がる夕焼け。

ドラゴンの巨大な翼がゆっくり羽ばたき、温泉の蒸気が金色に染まる。


「……なんかさ。」


「ん?」


ビルムが隣に寄ってくる。


「ドラゴンってもっと怖い存在だと思ってた。」


ビルムは湯をすくいながら笑った。


「まあ普段はな。縄張り入ったら普通死ぬで。」


「だよね。」


「でもな。」


ビルムは周囲のドラゴン達を見る。


「温泉入っとる時だけは、みんなただの生き物や。」


その時、赤竜が声をかけてきた。


『人間の勇者。掘削、見事だった。』


「どうも。」


『礼に一つ教えよう。』


赤竜は湯に鼻先を沈めながら言う。


『強い者ほど、休み方を知っている。』


マイトは少し驚いた顔をした。


『戦い続けるだけでは、長く生きられん。』


静かな言葉だった。

ビルムが頷く。


「せやなぁ……ワイも着陸失敗ばっかりやし休憩大事や。」


「例えがおかしい。」


ドラゴン達の笑い声が湯気に混じる。

別のドラゴンがマイトに湯桶を差し出した。


『肩こりには温泉が効く。』


「ありがとう。」


勇者、普通に温泉アドバイスを受ける。

しばらくして。

温泉の縁でドラゴン達と雑談が始まった。


『人間界は今どうだ?』

『最近の勇者は剣を振るだけか?』

『サウナ文化は広まっているか?』


質問の方向が妙に生活寄りだった。

マイトも笑いながら答える。


「最近はゲームの方が忙しいかな。」


『ゲームとは?』


「戦わなくても冒険できるやつ。」


ドラゴン達がざわつく。


『それは良い文明だ。』

『我らも導入したい。』


ビルムが誇らしげに言う。


「なんならワイ実況できるで!」


『実況とは?』


「横でずっと喋る役や!」


ドラゴン達が一斉に頷いた。


『必要だな。』

『温泉実況、確かに欲しい。』


ビルム、ドラゴン社会で需要発生。

その流れで、なぜか、


「ただいま百年に一度の温泉週間!!」

「こちら露天風呂、湯加減最高となっております!!」


ビルムの実況が始まった。

ドラゴン達、大ウケ。


『良い声だ。』

『採用しよう。』


「内定もろた!!」


マイトは笑いながら湯に沈む。

戦いでも使命でもない時間。

ただ温泉に入り、くだらない話をするだけ。

それが妙に心地よかった。


しばらくして。

銀竜が静かに言った。


『また来い、勇者。』


「もし拡声石壊したら?」


『その時は二倍働いてもらう。』


「ブラックだ。」


ドラゴン達が笑う。

ビルムが湯から立ち上がる。


「よっしゃ!次来る時はワイ、完璧な着地見せたる!」


『それは楽しみだ。』


ドラゴン達まで期待し始めた。

そして夜。

星空の下。

湯煙に包まれたドラゴンの谷。

勇者マイトとビルムは、

ドラゴン達と肩を並べて温泉に浸かりながら、完全に仲良くなっていた。

マイトがぽつりと呟く。


「……これ、帰りたくなくなるな。」


ビルムが笑う。


「せやな。」


遠くでドラゴン達の笑い声が響く。

百年に一度の温泉週間。

その夜、種族も立場も関係なく、

ただ同じ湯に浸かる仲間として、勇者とドラゴン達は語り続けた。


そして夜更け。

二人は岩場に敷かれた寝床へ案内された。

空には星空、立ち登る湯気。遠くでまだドラゴン達の笑い声が聞こえる。

ビルムが寝転がる。


「……なあマイト。」


「ん?」


マイトがビルムを見る。


「今日、めっちゃ平和やったな。」


「うん。帰ったらまた面倒事だろうけど。」


「せやな。」


ビルムが小さく笑う。


「でもな。」


翼を畳みながら言う。


「こういう寄り道が一番覚えとる気するわ。」


マイトも目を閉じた。


「……確かに。」


静かな夜。

温泉の湧く音が響く。

そして、


グォォォ……(ドラゴンのいびき)


地面が揺れる。


「寝れない。」


「無理やな。」


二人は同時にため息をついた。


翌朝。

谷は爽やかな蒸気に包まれていた。

ドラゴン達が朝風呂中。


『帰るのか?』


銀竜が聞く。

マイトは拡声石を背負って言う。


「目的達成したしね。」


ビルムも手綱を握る。


「また来てええ?」


『いつでも来い。掘削歓迎だ。』


「仕事増えるやん。」


二人に向かってドラゴン達が手を振る。

巨大な生物の見送りだ。


グォォォォ!!


完全に社員送別会だった。

馬車が動き出す。

谷を離れると、あの独特の威圧感が消えていく。

ビルムが振り返る。


「……ええ場所やったな。」


「うん。」


少し沈黙してからマイトが言う。


「帰ったらまずセーブする。」


「まだ言うてる!!」


二人の笑い声を乗せて、

馬車は街道へ戻っていった。

こうして。

勇者マイトとビルムは、

ドラゴンの温泉で一泊した後、

無事に拡声石を持って帰路につくのだった。

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