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静寂の城〜魔王は世界征服をしたい〜  作者: 赤井六舷
魔王バラム、世界征服のために大運動会の開催を宣言

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7.遺跡、終わって始まる

翌朝。

まだ朝霧の残るガナーノ西門。

ガエンとダグラスは荷を背負い、門前に立っていた。


「こういう依頼、久しぶりだな。」


ダグラスが背中に背負った大きな鎌を叩く。


「戻ってこない、って時点で普通じゃない。」


「だが報酬は金貨十枚だ。」


「結局そこか。」


二人は笑い合い、森へと足を踏み入れた。


森は異様なほど静かだった。

風は吹いているのに、葉擦れの音が小さい。

鳥の鳴き声もない。


「……静かすぎる。」


ダグラスが周囲を警戒する。


「魔物の気配は?」


「薄い。だが――」


ガエンは地面を指差した。

落ち葉の上に残る、かすかな足跡。


「冒険者のものだ。」


「三組目の連中か?」


「いや……複数ある。時間もバラバラだ。」


しばらく進むと、森の奥に石造りの建造物が見えてきた。

崩れかけた柱。

半分土に埋まった門。

蔦に覆われた巨大な遺跡。

灰森の遺跡だった。


だが、入口の前で、ダグラスが足を止める。


「……なぁガエン。」


「気づいたか。」


「足跡が……」


遺跡へ向かう足跡はある。

だが。

外へ出た足跡が、一つもない。

沈黙が落ちた。

ガエンが少し考えながら呟く。


「入った奴は......全員戻ってないってことか。」


「それに、魔力の反応もある。薄く結界のようなものが張ってあるな。」


ダグラスが微かな魔力を感じて言った。

だが二人は言葉では言い現せられない異様な雰囲気の遺跡に違和感を感じていた。


「ま、何か出てきたらぶちのめすだけだ。行くか。」


「相変わらず脳筋だな。財務担当。」


二人は遺跡の中へと足を踏み入れた。

遺跡の中は戦闘の跡や血痕などはなく静かだった。

そればかりか古い遺跡のはずなのに埃や汚れもない。

ガエンが眉をひそめる。


「妙だな...」


「ああ、それに妙な結界も気になる。結界内のはずなのに薄い魔力反応以外は何も感じない。」


ダグラスは謎の結界の正体が気になっていた。


「だがこの結界の感じ、思い出せないがどこかで感じた事がある。」


「いつ感じたとかは覚えているか?」


「割と最近だ。どこでかは忘れたが。」


「とにかく奥に行ってみるか。」


二人は警戒しながら奥に進んでいく。

やはり戦闘の跡や埃もなく、冒険者達の足跡も見当たらない。

罠の気配もなく遺跡の中は安全そのものだった。


「どう言う事だ?もう俺にはもう意味がわからん。」


ガエンが頭を抱えた。


「魔力反応も特に濃くなったりはしていない。だが冒険者達がこの遺跡で行方不明になっているのは事実だ。」


やがて二人は大きな扉にたどり着いた。

重厚そうな扉の横には何かスイッチのようなものが付いている。

扉の奥からは微かに話し声や物音が聞こえる。

ガエンが警戒を強める。


「この奥か。いるな。」


「話し声って事は人か魔族か。しかも複数だ。何かの組織かもしれん。」


「どうする?突っ込むか?」


「いや、もしかしたら行方不明の冒険者達かもしれん。そうだとしたら慎重にいった方がいいだろう。」


「そうだな。このスイッチを押せば扉が開くのか?」


ガエンがスイッチを指差した。


「罠かもしれん。押してみないとわからないが、嫌な魔力反応はない。」


「なら押してみるか。」


二人は警戒を強める。ダグラスは鎌を構えて待機した。

ガエンが慎重にスイッチに近づいて、押した。


ピンポ〜ン


不意な大きな音に二人は体をこわばらせた直後。


「は〜い!今開けま〜す!」


と扉の奥から声が聞こえた。

ゆっくりと扉が開いていく。

扉が開いていくと共に、中からスープのいい香りが漂ってきた。

扉が開くと、中から美しい一人のエルフが現れた。


「あらぁ...また冒険者さんですかぁ?最近多いですねぇ。」


エルフは優しい微笑みを浮かべながらのんびりとした口調で言った。


「いらっしゃいませぇ。疲れたでしょう?どうぞ中へ〜。」


「……」


「……」


ガエンとダグラスは無言で顔を見合わせた。

遺跡の奥。

行方不明者は多数。

謎の結界。


――なのに。


目の前にはエプロン姿のエルフ。

しかも背後からは、


「おかわりくださーい!」

「お風呂、次ぞうぞー!」


という、あまりにも平和な声が聞こえてくる。


「……なぁガエン。」


「言うな。俺も同じこと考えてる。」


ダグラスが小声で囁く。


「ここ……遺跡じゃなくて宿屋じゃないか?」


「失礼ですねぇ〜。」


エルフがにこやかに割り込んだ。


「ちゃんと遺跡ですよ?ただちょっと、居心地を良くしただけです。」


「ちょっとの範囲を超えてる気がするんだが。」


中を覗いた瞬間、二人は絶句した。

広間だったはずの場所には――


テーブル。

暖炉。

洗濯物。

フカフカのベッド。

くつろぐ冒険者たち。

しかも全員、完全に生活している。


「おお!新入りか!」

「疲れただろ?スープ飲め!」

「パンもあるよ!」

「いや.....」


ガエンが困惑する。


「ネット環境も充実してるよ。」

「wifiも完備だぞ。」


「まさか結界の正体って....」


ダグラスが頭を抱える。


「風呂も広くて快適なの!」

「ベッドも柔らかくてよく寝れるし!」

「料理も美味くてな!昨日は寿司と茶碗蒸しだったんだぜ!」


「だからちょっと待てー!!」


ダグラスが思わず叫んだ。


「お前ら失踪扱いなんだぞ!?」


すると一人の冒険者が首をかしげる。


「え?失踪?」


「ここ天国みたいなんだぞ?」


「飯うまいし」

「怪我治るし」

「寝放題だし」

「wifi完備だし」


全員が心底幸せそうな顔をしていた。


「結界の正体はwifiか...」


ダグラスが呆れたように呟く。

ガエンの視線がゆっくりエルフへ向く。


「……説明してもらおうか。」


エルフは嬉しそうに手を合わせた。


「はいっ♪私はこの遺跡の管理者、エルフのリシェルと言います。」


ぺこり、と優雅に頭を下げる。


「最近の冒険者さん達、みんな疲れてるじゃないですかぁ。」


「だから?」


「癒してあげてるんです。」


満面の笑み。

リシェルは胸の前で手を組み、満足そうに微笑んだ。


「皆さん、最初は調査に来るんですけどぉ……」


くるりと振り返る。

広間では冒険者達が完全にダメになっていた。

暖炉前で寝転がる者。

風呂上がりで牛乳を飲む者。

マッサージ椅子で魂が抜けている者。


「少し休んでいってくださいね〜って言うと、みんな安心して……」


「帰らなくなる、と。」


ガエンが静かに言った。


「はい♪」


悪びれゼロだった。

ダグラスが額を押さえる。


「……つまり誘拐じゃなくて自主的に堕落してるのか。」


リシェルがむっとする。


「ちゃんと回復してますよ?怪我も疲労も全部取ってますし、精神安定効果付きのベッドもあるんです!」


「それが問題なんだ。」


ガエンはため息をついた。


「外では行方不明扱いだ。家族もギルドも心配している。」


その言葉に、広間の空気がわずかに揺れた。

寝転がっていた冒険者の一人が顔を上げる。


「……外、そんなことになってんの?」


「三組連続失踪だ。呪いだの魔物だの噂が広まってる。」


ざわ…っと空気が変わる。

だが次の瞬間。


「でもここ居心地いいしなぁ……」

「あと三日だけ…」

「いや一週間…」


再び堕落の気配。

ダグラスがガエンを見る。


「どうする?」


ガエンは無言で拳を鳴らした。

そして――


「強制撤収だ。」


「えぇぇぇぇぇ!?」


広間が悲鳴に包まれた。


「帰りたくない!」

「ここ天国なんだぞ!?」

「外出たらまた依頼だぞ!?」


ガエンは容赦なく言う。


「だから帰るんだ。」


ダグラスがニヤリと笑った。


「よし、起立。荷物まとめろ。五分以内。」


「鬼だ!!」


「死神だ!!」


「正解だ。」


ダグラスが鎌を肩に担ぐ。


リシェルが慌てて二人の前に立つ。


「待ってください〜!まだ皆さん回復途中なんですよぉ!」


「もう十分回復してる。」


リシェルは食い下がる。


「精神的に!」


「それも十分回復してる。


「でも...」


「でもじゃない!」


ガエンは諭すようにリシェル言った


「いいか?こいつらは冒険者だ。家族も友達もいる。やるべき事も夢もあるはずだ。だから帰らないといけないんだ。リシェルは善意のつもりでやってるのもしれないが、俺から見ればただの自己満足だ。」


リシェルは俯いて悲しそうな表情になる。

何も言い返せなかった。

長い耳がわずかに垂れ、握った手が震える。


「……私、ただ……」


小さな声が落ちる。


「みんな、本当に疲れていたんです。」


広間の喧騒が少しだけ静まった。


「ここに来た人達、最初は皆ボロボロで……怪我だけじゃなくて、心も限界で……」


リシェルはゆっくり振り返る。

暖炉の前でくつろぐ冒険者たち。

笑っている人、眠っている人、そして安心しきった顔。


「だから……少し休める場所を作ったら、笑ってくれたんです。」


その声には、誇りと――寂しさが混じっていた。


「帰りたくないって言われると……嬉しくて。」


しばしの沈黙の後、ダグラスが腕を組んだまま、ふっと息を吐く。


「……悪いことしてるつもりはなかったんだな。」


「はい……」


ガエンはしばらく何も言わなかった。

そして静かに口を開く。


「リシェル。」


彼の声はさっきより柔らかかった。


「お前のやってることは間違いじゃない。」


リシェルが顔を上げる。


「冒険者に休息は必要だ。命を預ける仕事だからな。」


「……じゃあ……」


期待するような目。

だがガエンは首を横に振った。


「でも、“止める場所”になっちゃいけない。」


その言葉は優しかったが、はっきりしていた。


「ここは癒しの場所だ。でも――出口がない。」


リシェルの瞳が揺れる。


「休ませるのと、現実から逃がすのは違う。」


広間の冒険者たちも、いつの間にか黙って聞いていた。


「こいつらはな、危険でも外に戻る理由があるんだ。」


ガエンは周囲を見渡す。


「守りたい奴がいる。借金がある。夢がある。約束がある。」


ダグラスがニヤッと笑う。


「あと酒場のツケもな。」


少しだけ笑いが起きた。

ガエンは続ける。


「だから――帰れる場所を作るのはいい。でも“帰らなくていい場所”にしたら駄目だ。」


静かに。

確実に。

言葉が届いていく。

リシェルの目に涙がにじんだ。


「……私……怖かったんです。」


ぽつりと言った。


「外に出たら、またみなさんが傷つくじゃないですか……」


誰も笑わなかった。

その気持ちは、ここにいる全員が知っていたからだ。

ガエンは少し考え、そして言った。


「なら条件を変えろ。」


「……条件?」


リシェルが顔を上げた。


「ここを“冒険者専用休憩所”にしろ。」


ダグラスが目を丸くする。


「お?」


「滞在は三日まで。必ず帰還させる。ギルドと正式に提携すれば問題も起きない。」


リシェルが瞬きをする。


「……帰らせる、場所?」


「そうだ。」


ガエンは頷いた。


「休ませて、送り出す。それがお前にできる一番の癒しだ。」


長い沈黙。

そして――リシェルは涙を拭き、深く頭を下げた。


「……わかりました。」


顔を上げた時、彼女は少し大人びた笑顔になっていた。

そして冒険者達の方に振り返る。


「皆さん、今日でチェックアウトです♪」


「えええええええええ!?」


広間大混乱。


「裏切ったなリシェルさん!!」

「俺あと二週間いけたのに!!」

「風呂が!!風呂が恋しい!!」


ダグラスが鎌を肩に担ぎ、満面の笑み。


「撤収開始だ。泣くな男だろ。」


ガエンが指を鳴らす。


「五分経過。動かない奴から運ぶぞ。」


「暴力反対!!」

「労働基準法!!」


最初の犠牲者がガエンに担がれる。


「ぎゃああああ帰りたくなーーーい!!」


次々と引きずられていく冒険者達。

ベッドにしがみつく者。

柱を抱く者。

毛布を巻いて抵抗する者。

だが――

どこか全員、笑っていた。

リシェルは入口で見送る。


「また来てくださいね〜。今度はちゃんと帰る前提で♪」


「絶対戻ってくる!!」

「三日制限撤廃して!!」


森の外へ続く行列。

ガエンとダグラスは先頭を歩く。

遺跡を振り返ると、リシェルが深くお辞儀していた。

ダグラスが小さく呟く。


「……いい場所だったな。」


「ああ。」


ガエンも頷く。


「今度は“帰れる場所”になる。」


背後では――


「やだああああああ!!」

「俺の安眠があああ!!」


強制帰還される冒険者達の悲鳴が森に響いていた。


そしてその日。

ガナーノのギルドに失踪していた三組の冒険者が、全員無事に帰還した。


ただし。

全員が口を揃えて言ったという。


「……また行きたい。」


――灰森の遺跡は後に、

“帰ってこれる天国” と呼ばれるようになるのだった。

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