7.勇者、冒険に出る
時はニ週間ほど遡る。
魔族領の王都マグノリア。
魔王の居城、静寂の城。
「やった、やっと手に入れたぞ。これでしばらくは外に出なくてすむ。」
大切そうに紙袋を抱えて裏門をくぐり城の中に入っていく一人の人物がいた。
その足取りは軽くまるで戦勝報告でも終えた英雄のようだった。
急足で廊下を進む。
「誰にも見られてないな……よし。」
周囲を確認すると、その人物――マイトは素早く角を曲がり、自室へと滑り込んだ。
扉を閉め、鍵をかける。
さらに念のため結界まで張る。
「ふふふ……完璧だ。」
机の上に紙袋を置くと、震える手で中身を取り出す。
「バハムートクエストシリーズの最新作。バハムートクエスト3-地底帝国の秘宝-,ずっとやりたかったんだよなぁ....マグノリアじゃ売ってないし、バレないようにダイセンまで行ってみてよかった。」
港町ダイセンは人間領にある貿易の盛んな町だ。
食料品から生活用品、雑貨や娯楽品などなんでも手に入るので常に行商人で賑わっている。
マグノリアからは馬車で約一週間程の距離にある。
「結界も張ったし食料も確保した。よし、さっそくやるぞ。」
ゲームをセットして電源を入れる。
カチッ
モニターに荘厳な音楽と共にタイトルが表示される。
『バハムートクエストIII -地底帝国の秘宝-』
「うおおぉぉ!タイトルからすでに神作の予感がする!」
モニターの光が暗い部屋を照らす。
荘厳なファンファーレ。
重厚なロゴ。
ゆっくりと浮かび上がる「NEW GAME」。
マイトの目が輝いた。
「……来た。」
震える指で決定ボタンを押す。
画面は暗転し、物語の導入が始まる。
――かつて世界を支配した地底帝国。
――封印された竜王の秘宝。
――選ばれし勇者のみが辿り着ける運命。
「うわ……設定からもう面白いじゃん……。」
マイトは椅子に深く座り直し、完全に戦闘態勢――いや、引きこもり態勢に入った。
机の横にはすでに準備済みの物資。
・干し肉
・保存パン
・水筒三本
・体力回復ポーション(ゲーム用ではなく本物)
・眠気覚ましの激苦センブリ茶
「三日は外に出なくても問題なし。」
自分でうなずく。
完璧だった。
完全犯罪レベルの準備。
画面では勇者の名前の入力画面。
「勇者の名前か、もちろんマイトだ。」
---勇者の名前はマイトでよろしいですか?
→はい
いいえ
画面が切り替わり小さな家が映し出される。
勇者の旅立ちの日、母親が勇者の身支度を整える。
少し会話をした後、母親は名残惜しそうに勇者を送り出す。
いよいよ勇者の冒険が始まる....
数時間後。
「待って待って待って待って!!この中ボス強すぎだろ!?」
静寂の城、マイトの部屋。
結界の内側ではマイトが絶叫していた。
「毒!?麻痺!?全体攻撃!?序盤だよなこれ!?」
コントローラーを握る手が汗ばむ。
しかし顔は笑っている。
完全に楽しい時の顔だった。
「いいねぇ……最近のゲーム容赦ないな……!」
再挑戦。
敗北。
そして再挑戦。
また敗北。
さらに再々挑戦。
「……攻略法あるなこれ。」
マイトの目が鋭くなる。
「行動パターン固定か……回復温存して第二形態まで耐えるタイプだな。」
数分後。
勝利演出。
ド派手なエフェクト。
経験値大量獲得。
「よっしゃああああ!!」
マイトはガッツポーズをして喜ぶ。
その瞬間――
コンコン。
扉が叩かれた。
その音にマイトは硬直する。
「…………。」
再びノック。
控えめで遠慮がちな音。
「……マイト様……?」
小さな声。
ダークエルフの少女、ラーシャだった。
「ま、魔王様が……その……お呼びで……」
マイトはゆっくり天井を見上げた。
そして。
静かに息を吐く。
「……聞こえない。」
結界を指でトン、と叩く。
結界に防音強化を付与する。
完了。
「……あれ……?」
ラーシャは首をかしげる。
もう一度ノックする。
「マイト様……?」
扉の向こうは反応がなく沈黙している。
ラーシャの肩が少し落ちた。
「……やっぱり……私なんかじゃ……」
自己肯定感が一瞬で地底へ沈む。
その頃、部屋の中では、
「よし次のダンジョン行くか。」
完全無視。
もはやマイトにはモニターの画面しか見えていなかった。
部屋の外ではラーシャがへたり込んでいる。
「魔王様に勇者を呼んでこいと言われたのに....」
----
勇者マイト、彼は人間の勇者でありながら静寂の城に居候している。
人の期待に応え、街を訪れると持て囃され讃えられる。
いつしか彼は安息の地を求めて旅をするようになり、たどり着いた静寂の城で魔王バラムと意気投合して居候する事になった。
そして彼の求める場所、持て囃されず静かに自由に過ごせる居場所を手に入れた。
「よし!レベル上がった!」
画面の中の勇者は敵を倒し装備を整え成長していく。
新しいイベントが発生しては情報を集め、レベルを上げダンジョンを探索し、ボスと戦う。
そんなゲームの世界にマイトは没頭していた。
ラーシャはしばらく扉の前で立ち尽くしていた。
「……マイト様……?」
もう一度、遠慮がちに声をかける。
コンコン。
弱いノック。
部屋の中では、
「うわ待て待て罠!?絶対罠だろこれ!!」
マイトは完全にダンジョン探索中だった。
画面に表示された宝箱を前に真剣な顔。
「こういう時はな……一回離れるんだよ。」
セーブ。
確認。
そして深呼吸をする。
完全に外界の存在が消えている。
結界は防音・遮断・干渉防止。
勇者仕様。
完璧すぎる引きこもり要塞だった。
「……聞こえて……ない……?」
ラーシャの手が扉から離れる。
耳を澄ます。
反応はなく沈黙している。
「……やっぱり……」
ラーシャの視線が床へ落ちる。
「私の声……小さいし……暗いし……頼りないし……」
肩が震える。
「魔王様はちゃんとお仕事任せてくれたのに……」
ぎゅっと自分の腕を掴む。
「呼んでこいって言われたのに……」
しばしの沈黙。
そして。
ぽつりと呟いた。
「……私じゃ……ダメなんだ……」
その瞬間だった。
ラーシャの中で、何かがぷつりと切れた。
「……もう……いい……」
俯いたまま呟く。
「どうせ……私なんて……」
空気が、揺れた。
足元から黒い霧のような魔力が滲み出す。
ダークエルフ特有の高密度魔力。
抑えていたものが、外れた。
「……嫌われてるんだ……誰にも必要とされてないんだ……」
魔力が膨張する。
廊下の燭台が揺れる。
石壁が軋む。
ラーシャ本人は気づいていない。
ただ落ち込んでいるだけ。
だが――
魔族領でも上位に入る魔力量が、感情に引きずられて解放され始めていた。
ゴォッ……
廊下に黒い風が吹き荒れる。
そして。
バキッ。
見えない何かが割れる音。
マイトの部屋の中。
「……ん?」
マイトの指が止まった。
ピシッ。
空間に亀裂。
「……は?」
次の瞬間。
バリンッ!!
突然結界が砕け散った。
「えっ!?!?!?」
驚いて椅子から飛び上がるマイト。
「なに!?侵入!?襲撃!?魔王軍クーデター!?」
慌てて周囲を見回す。
結界の残滓が光の粒になって消えていく。
「俺の結界が……外から破られた!?」
勇者級防御結界。
普通の魔族では絶対に壊せない代物。
マイトの顔色が変わる。
「やばい奴来た!?」
即座に戦闘態勢。
剣を掴み慌てて扉へ向かう。
そして勢いよくドアを開け放つ。
そこには、
廊下の中央。
黒い魔力を垂れ流しながら、どんよりしたオーラを放つラーシャが立っていた。
「……私なんて……どうせ……」
ブツブツ。
闇属性の魔力がラーシャの周りに渦を巻いている。
マイトはそれを見て硬直する。
「……ラーシャ?」
魔力反応確認。
敵意なし。
ただの自己嫌悪暴走。
理解するまで三秒。
「えっ待ってちょっと待って!?!?」
マイトは困惑しながらも状況を確認する。
「それ君!?原因君!?!?」
ラーシャは顔を上げる。
目がうるんでいる。
「……あ……マイト様……やっぱり……私……迷惑で……」
ゴォォォォ……
さらに魔力増大。
廊下の窓がビリビリと震える。
「増やさないで!?メンタル落ちるほど出力上がるタイプなの!?」
マイトは慌てて手を振った。
「違う違う無視してない!聞こえてなかっただけ!結界ガチガチにしてたから!!」
「……本当……ですか……?」
魔力、少し弱まる。
「本当本当!!俺の結界割れるとか魔王クラスだから!!自己嫌悪で城壊さないで!?」
ラーシャ、停止。
「……私……そんなに……?」
「めちゃくちゃ強いからね!?」
沈黙。
魔力がすーっと収まっていく。
静寂が戻る。
そしてラーシャは――
「……すみません……」
その場でぺこりと頭を下げた。
マイトは崩れた結界の残骸を見てため息をつく。
「……いやもういいけど……ていうか何か用事なんだよね?」
ラーシャ、小さく頷く。
「……はい……魔王様が....用があるって....」
マイト、振り返って部屋を見る。
モニターには『バハムートクエストIII』。
数秒の葛藤。
勇者の顔。
ゲーマーの顔。
居候の立場。
全てが混ざる。
「……すぐ行く。」
ラーシャは少しだけ――ほんの少しだけ笑った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
静寂の城、謁見の間にマイトは面倒くさそうに立っている。
その前には赤い肌に二本の角、よくわからない黒い服を着た魔王バラムがいた。
「勇者よ、我は決めたのだ。世界征服のために....」
しばし沈黙。
「大運動会を開催する!」
「うん、何言ってるかわからないね....」
マイトは呆れた顔で魔王を見る。
「全種族参加型の大運動会だぞ!」
バラムは両腕を広げ、まるで世界の理を語る賢者のような顔をした。
「うむ!名付けて――魔族領大交流大運動会計画!」
「長いし不穏なんだよなぁ……」
マイトは即座にツッコんだ。
「いや待て勇者よ、これは極めて合理的な政策なのだ。」
バラムは謎に得意げだった。
「魔族、人間、亜人、魔物……争いばかりでは未来はない。競い合うなら――」
指を天へ突き上げる。
「健全に走れ!!」
「方向性が体育教師なんだよ魔王。」
ラーシャが後ろで小さく拍手している。
内容はよく分かっていないが、雰囲気で「良いこと」と判断している顔だった。
「で?それで俺を呼び出した理由は?」
マイトが腕を組む。
するとバラムはゆっくり振り返り、真剣な顔になる。
「……運動会には“顔”が必要だ。」
マイトが首を傾げる。
「顔?」
「そうだ。」
バラムはズイッと距離を詰めた。
「盛り上がるかどうかは――解説者にかかっている。」
「解説?」
マイトの嫌な予感メーターが振り切れる。
バラムはドンッと机を叩く。
「魔王と勇者が並んで実況解説をすれば盛り上がるに決まっておろう!!!」
謁見の間に力説が響いた。
マイトはゆっくり顔を覆った。
「……やりたくない。」
「なぜだ!?」
「目立つじゃん。」
「当たり前だろう!」
「それが嫌なんだよ!!」
バラムは理解できない顔をする。
「勇者とは人前に立つ存在ではないのか?」
「それ昔の話だから。今は静かにゲームする勇者の時代だから。」
「そんな時代聞いたことないぞ!?」
ラーシャが小声で補足する。
「……でも……魔王様と勇者様が一緒にいると……みんな安心すると思います……」
二人が同時にラーシャを見る。
ラーシャはビクッとなる。
「す、すみません……余計なことを……」
「いや待て。」
バラムが顎に手を当てた。
「ほら見ろ。現場の声だ。」
「現場.....」
バラムはさらに畳みかける。
「想像してみろ勇者よ!」
大仰なジェスチャー。
「スタジアム!歓声!種族を超えた熱狂!」
「うん。」
「第一競技、百メートル大爆走!」
「うん。」
「そこで我が言うのだ――」
バラムは声色を変え、実況風に叫ぶ。
「『おおっとここで第一コースの選手加速!!これは速い!!』」
次にマイトの肩を掴む。
「そこで勇者、お前が言う!」
勝手に役割が決められる。
「『いやあ今のは脚力強化魔法を温存してましたね』」
バラムは満足そうに頷いた。
「完璧ではないか。」
マイト、真顔。
「……ちょっと楽しそうなのやめて。」
「今心が揺れたな?」
「揺れてない。」
「揺れた。」
ラーシャが控えめに言う。
「……私……見たいです……」
「ラーシャまで!?」
「……魔王様と勇者様が……仲良く解説してるところ……」
その言葉に、マイトは一瞬黙る。
バラムは勝利を確信した顔になった。
「ほら見ろ!需要がある!」
「いやでもさ、絶対変なノリになるじゃん。」
「それが良いのだ!」
バラムは力強く宣言する。
「歴史上初!魔王と勇者の共同実況!!」
腕を広げる。
「これはもはや――平和の象徴!!」
謁見の間に沈黙が落ちた。
マイトは天井を見上げる。
脳裏に浮かぶ。
・歓声
・観客席
・マイク
・注目の視線
そして――
部屋で待つ『バハムートクエストIII』。
長い葛藤の後、ようやくマイトは口を開いた。
「……条件付き。」
バラムの目が輝いた。
「言ってみよ!」
マイトは指を一本立てる。
「実況席は一番よく見える場所で。」
「うむ。」
「休憩時間はちゃんと確保。」
「……ふむ。」
「あと実況席、防音結界付き。」
「なぜだ。」
「休憩中ゲームするから。」
バラム、大笑い。
「ハッハッハ!!良かろう!!快適な実況席を用意してやる!」
ラーシャが小さく拍手する。
「……決まりですね……」
こうして――
魔族領史上最大イベント。
全種族参加型 大運動会。
そして。
誰も予想していなかった目玉企画。
魔王バラム&勇者マイト実況解説が誕生することになった。
その頃。
マイトの部屋では――
未セーブ状態のゲーム画面が静かに待ち続けていた。
「……帰ったらまずセーブだな。」
マイトがそう呟くと魔王バラムが楽しそうに立ち上がった。
「よし勇者よ!さっそく実況の予行演習といこうじゃないか!」
「やだよ。」
即答だった。
嫌な予感がしてマイトは一歩下がる。
逃走態勢だ。
しかし――
「却下だ。」
魔王バラム、即座に却下。
「拒否権ないの!?」
「ない。」
「横暴!!」
バラムは腕を組み、王としての威厳を出そうとしていたが、目が妙にキラキラしている。
完全にやりたい人の顔だった。
「実況は実戦で磨かれるのだ。」
「運動会だよね!?戦いじゃないよね!?」
「ゆえに――」
バラムは高らかに宣言した。
「森へ行くぞ!」
「なんで!?」
マイトのツッコミが虚しく響いた。
◇◇◇
数十分後。
静寂の城近郊の森。
魔族領の自然は基本的に物騒である。
木は巨大。
霧は濃い。
普通に魔物が出る。
マイトは立ち止まり、冷静に言った。
「帰ろう。」
「もう着いたぞ。」
「帰ろう。」
バラムがマイトの言葉を無視してラーシャの方を向く。
「ラーシャ、準備は?」
「……はい……魔物誘導完了です……」
「準備良すぎない!?」
ラーシャの後ろでは、
縄で区切られた簡易フィールドが作られていた。
なぜか観戦用の岩席まである。
「実況席も用意したぞ。」
バラムが指差す。
丸太二本。
机代わりの石。
そして、マイクっぽい魔導具。
「本格的に始める気だこの魔王。」
バラムは満足げに頷いた。
「では予行演習第一項目。」
指をビシッと前へ突き出す。
「魔物戦実況!!」
「運動会関係なくなった!!」
その瞬間。
ガサガサッ。
森の奥から大型ウルフ型魔物が現れた。
「いや普通に危ないやつ!」
マイトがツッコむ。
だがバラム当然のように言う。
「ではラーシャ。」
ラーシャ、きょとん。
「……はい?」
「戦え。」
「え?」
ラーシャが固まる。
マイトが固まる。
ウルフが唸る。
マイトが慌てた。
「なんで!?」
「実況対象が必要だからだ。」
「理由がテレビ制作側なんだよ!」
ラーシャはおろおろしている。
「わ、私が……?」
「安心せよ。」
バラムは胸を張った。
「勇者と魔王が実況する。」
「安心材料そこじゃない。」
マイトが思わずツッコミを入れた時、魔物がラーシャに飛びかかった。
「ひゃっ!?」
反射的にラーシャが手を振る。
ドゴォォォン!!
闇魔法が炸裂。
魔物が地面に叩きつけられる。
マイト、即座に魔導マイク(っぽいもの)を掴む。
「えーっと!!始まりました!!第一回実況予行演習!!」
バラムはノリノリ。
「おおっと開始早々強烈な一撃だァ!!」
ラーシャ「え、え、え?」
完全に状況を理解していない。
魔物が立ち上がる。
そして再び突進する。
ラーシャ、焦る。
「ど、どうしたら……」
マイト(実況声)
「落ち着いてくださいラーシャ選手!!距離管理が重要です!!」
バラムが続けて、
「今のは良い牽制!!だが魔物まだ動けるぞ!!」
ラーシャは混乱する。
(私……戦ってる……?)
(実況されてる……?)
(見られてる……?)
魔物が咆哮。
ラーシャが咄嗟に魔力を放つ。
ドンッ!!
ドンッ!!
ドンッ!!
連続魔法によって地面がえぐれる。
マイト、実況テンション上昇。
「おおっと連射!!これは高火力!!」
バラムが畳み掛ける。
「しかし魔力制御が荒い!!精神状態が戦闘に影響しているぞ!!」
その言葉でラーシャの動きが止まった。
「……精神状態……」
ポツリ。
「……私……ダメ……?」
魔力が揺れる。
マイト「え?」
ラーシャの視線が落ちる。
「……やっぱり……雑で…………迷惑かけて…………実況も止めちゃって……」
空気が冷える。
マイトは察する。
「あっこれまずい流れ。」
黒い魔力が滲み出す。
バラムが小声で言う。
「勇者よ。」
「うん。」
「自己嫌悪モードだ。」
「見れば分かる!!」
ラーシャの周囲に闇が渦巻く。
「……私なんて…………戦い方も下手で…………役にも立たなくて……」
ゴォォォォォ……
森が揺れる。
木の葉が舞い上がる。
魔物が怯えて後退する。
マイト、実況どころではない。
「ラーシャ!?落ち着いて!?今めちゃくちゃ強くなってるから!!」
「……強いのに……役に立たないなら……意味ない……」
魔力がさらに増幅する。
地面にヒビが走り遠くの鳥が一斉に逃げる。
バラムが小声で言う。
「出力が城破壊級になった。」
「なんで予行演習で災害起きるの!?」
ラーシャの目に涙。
「……私……必要ないですよね……」
ドォン!!
魔力爆発。
森の一部が吹き飛んだ。
さらに実況席の丸太が転がる。
マイト絶叫。
「実況対象が天災になった!!」
バラム、なぜか興奮してマイクを握る。
「おおっと!!これは想定外!!選手、自己嫌悪による第二形態へ移行だァ!!」
「実況やめろおおお!!」
ラーシャの魔力が暴走し始める。
黒いオーラが巨大化する。
完全にボス戦演出だ。
マイトは必死に前へ出る。
「ラーシャ!!聞いて!!」
ラーシャ、震える声。
「……どうせ……私は……」
マイト、即答。
「めちゃくちゃ必要!!」
ピタッ。
魔力停止。
全員静止。
マイトが続ける。
「城の仕事回してるの誰?魔王の無茶止めてるの誰?俺呼びに来てくれたの誰?」
ラーシャ、目を見開く。
「……私……?」
「そう!!あと今めちゃくちゃ強かった!!実況的にも最高だった!!」
バラム頷く。
「視聴率取れる。」
「その評価やめて。」
ラーシャの魔力がゆっくり収まる。
風が止み森に静寂が戻る。
そして。
ぽつりと嬉しそうに、
「……褒められ……ました……」
少しだけ笑った。
マイトは心底安堵する。
「危なかった……」
バラムは満足げに頷く。
「うむ。」
「何がうむだよ。」
魔王は堂々と言った。
「予行演習、大成功だな。」
「成功判定ゆるすぎない!?」
魔王バラムが満足そうな顔で頷いた。
「よし。」
嫌な予感がしてマイトが一歩下がる。
「その顔やめて。」
魔王は腕を組み、いかにも重大発表という雰囲気を出した。
「実況にはマイクが必要だ。」
「うん、さっきから持ってるこれ何?」
マイトが手にしている魔導マイク(っぽいもの)を振る。
バラムは真顔で言った。
「それは試作品だ。」
「嫌な言葉出た。」
「真の実況用魔導マイクを作る。」
「やっぱり。」
バラムはゆっくり空を指差した。
「そのために必要なのが、」
バラムが勿体ぶって間をためる。
「拡声石。」
ラーシャが首を傾げる。
「……拡声石?」
マイトは頭を抱えた。
「名前からして面倒。」
バラムは説明を始める。
「古代魔導文明の遺物。声を何倍にも増幅し、遠くまで響かせる伝説の鉱石だ。」
「うん。」
「それがな、ドラゴンの住む谷にある。」
「解散。」
マイトは即答して踵を返す。
しかし。
ガシッ。
バラムに肩を掴まれる。
「待て勇者。」
「絶対嫌。」
「まだ何も言っておらぬ。」
「言う前から分かる。」
バラムは咳払いした。
そして、王としての威厳を最大限に出す。
「勇者よ。」
「嫌。」
「頼みがある。」
「嫌。」
「行って取ってきてくれ。」
「ほらーーー!!」
森に響くツッコミ。
ラーシャが慌てる。
「ド、ドラゴン……!?」
バラムはうんうん頷く。
「大丈夫だ。友好的なはずだ。たぶん。」
「“たぶん”をつけるな!!」
マイトが抗議する。
「なんで俺なの!?魔王が行けばいいでしょ!?」
バラムは真顔で答える。
「我は忙しい。」
「絶対嘘。」
「運動会準備で忙しい。」
「絶対実況席の設計してるだけだろ。」
バラムは視線を逸らした。
図星だった。
マイトは腕を組む。
「無理無理。ドラゴンとかイベントボスじゃん。」
すると、バラムがニヤリと笑った。
「……ちなみにだが。」
「嫌な前置き。」
「拡声石があれば....実況席に超高性能防音結界を常設できる。」
マイトは停止して魔王を見る。
「……ほう?」
「外部遮断。」
「ほう。」
「誰にも邪魔されず。」
「……ほう。」
「ゲーム可能。」
完全に止まる勇者。
ラーシャが小声で言う。
「……マイト様……揺れてます……」
「揺れてない。」
即答したがしばし考え込む。
数秒後。
「……ドラゴン強い?」
「まあまあ。」
「谷遠い?」
「馬車で行けば一日で着く。」
「帰り寄り道できる?」
「できる。」
マイトは深いため息の後、バラムを見た。
「……安全第一だからな。」
バラム、勝利の笑み。
「交渉成立だ。」
「押し付けられただけなんだよなぁ。」
バラムはドラゴンの谷の方をビシッと指を向けた。
「さあ行け!勇者よ!世界のために旅立つのだ!」
「それ、魔王のセリフじゃないからね!」
こうして。
運動会実況マイク制作計画のその第一工程、勇者、ドラゴンの谷へ派遣決定。
そして魔王バラムは満足そうに呟いた。
「いやぁ、良い部下を持ったものだ。」
「部下じゃないからね!?」
森に響く勇者の叫び。
その頃。
静寂の城のマイトの部屋では、未セーブの『バハムートクエストIII』が、静かに待ち続けていた。
登場人物
マイト・・・人間の勇者、能力はかなり高く戦闘においては右に出るものがいない。現在は静寂の城で引きこもり中。




