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静寂の城〜魔王は世界征服をしたい〜  作者: 赤井六舷
魔王バラム、世界征服のために大運動会の開催を宣言

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6.死神、依頼を受ける

ミノ騒動から二週間。


ミノは腹いっぱい食べ、子供達と全力で遊び尽くし、満足そうな顔で静寂の城へ帰っていった。


その後――。

ガエンとダグラスは、驚くほど順調に依頼をこなしていた。

ダグラスも功績を認められて、ガエンと同じAランク冒険者になっていた。


ガナーノ近郊の森。

倒れた巨大な魔獣を前に、冒険者達が呆然と立ち尽くしていた。


「……終わった?」


若い冒険者が恐る恐る尋ねる。

ガエンは振り返って拳に付いた血を払いながら言った。


「終わりだな。」


その一言で周囲がざわつく。

討伐対象――暴走フォレストベア。

森に生息する熊型の魔獣で普段は大人しいが暴走をはじめると中堅パーティーでも苦戦する相手だった。


だが、戦闘時間はわずか三十秒。

原因は明白だった。

少し離れた場所で、ダグラスが静かに鎌を戻す。


「魂の流れが乱れていた。長く生きられぬ個体だったな。」


「つまり?」


「お前が殴らなくても、あと三日はもたなかった。」


「俺の一撃、いらなかったのか?」


「いや、苦しまずに済んだ。」


ガエンは少し考えてから自分を納得させるように頷いた。


「それなら、まあいいか。」


その様子を見ながら、周囲の冒険者達が小声でささやく。


「今の見たか?」

「見た。」

「Aランク二人組ってあれか……」

「いや、あの死神マジで怖い」


ダグラスは冒険者達に視線だけ向ける。

冒険者達は全員、即座に目を逸らした。


⸻


数日後。


冒険者ギルド。

受付前に山のような報告書が積まれている。

その報告書を見ながら受付嬢が感心したように言った。


「本当に安定してますね、お二人。失敗ゼロですよ。」


ガエンは腕を組む。


「危ない依頼は受けてないからな。」


「いや十分危ないです。」


ガエンの言葉にダグラスが淡々と補足する。


「危険度ではなく、因果を選んでいる。」


受付嬢が首をかしげる。


「……いんが?」


「死ぬべきではない者が死なぬ依頼を選んでいる。」


受付嬢は考え込むように少し静かになる。

その姿を見てガエンが笑う。


「つまり、後味悪くない仕事ってことだ。」


受付嬢は少しだけ安心したように微笑んだ。


後日、ガナーノの南の街道では、盗賊団が荷馬車を囲んでいた。


「死にたくなければ荷物を置いていけ!」


威勢よく叫ぶ盗賊。

次の瞬間、盗賊達を覆うように影が伸びた。

そして気づいた時には、盗賊達の武器が全て地面に落ちていた。

ガエンが首を鳴らす。


「なあダグラス。」


「なんだ。」


「最近、盗賊弱くないか?」


ダグラスは倒れた盗賊達を見下ろす。


「弱いのではない。お前が強いんだ。財務担当。」


「そうか?」


「盗賊はあと少しで絶滅危惧職だ。」


盗賊達が震え上がる。


「やめろその言い方!」


ガエンは苦笑し、縄を投げた。


「ほら、縛っとけ。更生コースだ。」


夕暮れ。

街へ戻る二人。

依頼達成証がまた一枚増える。


「平和だな。」


ガエンが空を見る。

ダグラスも同じ方向を見た。


「嵐の前は、いつも静かだ。」


「縁起でもないこと言うな。」


「経験則だ。」


少しの沈黙。

風が吹く。

遠く、西の空に黒い雲がゆっくりと集まり始めていた。

ダグラスが小さく呟く。


「……何かが動き始めたな。」


ガエンは笑った。


「なら仕事が増えるな。」


二人は歩みを止めない。

順調な日々。

だが確実に次の騒動は、近づいていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


朝、ガエンとダグラスはいつものようにガナーノの街をギルドに向かって歩いていた。

街に活気の気配が立ち上がる時間。

商人たちが欠伸をし、露店の布が一枚ずつ開かれていく。

パン屋から漂う焼きたての匂いに、ガエンの鼻がぴくりと動いた。


「……いい匂いだな。」


「三日前も同じことを言っていたぞ財務担当。」


「覚えているのか。」


「死神は記憶力がいい。」


ダグラスは淡々と言った。

ガエンは店先をちらりと見ながら言った。


「朝飯、食っていくか?」


「昨日『依頼が終わったら節約する』と言ったのは誰だ。」


「俺だな。」


「五分後には肉串を三本食べていたのは誰だ?」


「……あれは必要経費だ。」


「何の?」


「精神の安定。」


ダグラスは少し考えた。


「否定はしないでおく。財務担当。」


二人は並んで歩く。

通りでは商人が荷を降ろし、子どもが眠そうな顔で水桶を運んでいる。

平和な朝だった。

ガエンがふと口を開く。


「最近、依頼が楽すぎないか?」


「楽というより普通だ。」


「前はもっとこう……爆発とか、巨大な何かとか。」


「基準がおかしい。それにあれは例外だ。」


そのとき、通りの端から慌てた冒険者が走り抜けていった。

さらにもう一人。

そしてもう一人。

全員、ギルドの方向へ向かっている。

ガエンが眉を上げる。


「……あれ、嫌な予感がする流れじゃないか?」


「同感だ。」


ダグラスは小さく息を吐いた。


「平和な朝ほど、事件は起きる。」


「言うな。帰りたくなる。」


だが二人の足は止まらない。

角を曲がると、ギルド前にすでに人だかりができていた。

扉は開きっぱなし。

中から怒号と紙の音が飛び出してくる。


ガエンが苦い顔をする。


「……朝飯、後回しだな。」


「生き延びれば昼がある。」


「死神の励まし方じゃねえなそれ。」


二人は顔を見合わせ、同時にため息をついた。

そして――いつも通りの顔で、騒がしいギルドへ歩いていった。


ギルドの扉を開けて中に入ると、いつもとは違う異様な雰囲気だった。


「これで三組目だってよ...」

「呪われてでもいるのか...?」

「死体もあがらないらしい...」

「化け物でもいるのか...?」


受付に進む途中にそんな会話が聞こえてきた。


「あ、ガエンさん、ダグラスさん。ギルマスから二人が来たら部屋まで来てほしいと言われてます。案内しますね。」


受付に近づくと受付嬢が二人にそう言って手招きした。

受付嬢に連れられギルドの奥まで行くと、大きな扉の前で止まった。


「ここがギルドマスターのホクト・ノエリングのお部屋です。」


「ホクトのエリンギ?」


「ホクト・ノエリングです。中へどうぞ。」


そう言って受付嬢は扉をノックしてから開けた。

ガエンとダグラスが中に入るとギルドマスター、ホクトは顔を上げた。


「わざわざ呼び出してすまない。」


ホクトは威厳のある声で続ける。


「ガナーノの西にある森の奥に遺跡があるんだが、遺跡の調査依頼に行った冒険者達が帰って来ない。今回で三組目だ。ギルド内でよくない噂も広まっている。」


ホクトは立ち上がり二人を見た。


「そこで二人の実力を見込んで頼みたい。その遺跡の調査をしてくれないか?報酬は金貨10枚出す。」


ガエンとダグラスは顔を見合わせてしばし沈黙した。


「わかった。その依頼、引き受けよう。」


一呼吸おいてガエンが言うとホクトは頷いた。


「よろしく頼む。場所や詳細は受付嬢のアリサに伝えてある。」


そう言うとホクトは軽く頭を下げた。


二人はホクトの部屋を出ると受付に向かった。

受付ではアリサが二人を待っていた。


「詳細をお伝えしますね。場所はここより西の森の奥、距離はおよそ20km。古くからある遺跡でたまに魔物が住み着いたりはあったのですが比較的危険は少ない遺跡でした。ですが……」


アリサは言葉を選ぶように一度視線を落とした。


「今回行方不明になった三組、全員が中級以上の冒険者なんです。戦闘経験も十分で、撤退判断もできる方達でした。それなのに.....誰一人、戻ってきていません。」


ダグラスが腕を組む。


「戦闘の痕跡は?」


「それが……ないんです。遺跡入口付近に争った形跡は一切ありません。荷物も、血痕も、足跡も途中で消えているそうです。」


「消えた、か。」


ガエンが小さく呟いた。

アリサは地図を広げ、指で場所を示す。


「ここです。『灰森の遺跡』と呼ばれています。森自体は静かですが、最近は近づく動物も減ったと報告があります。」


「……嫌な予感しかしないな。」


ダグラスが苦笑した。


「出発は明日でいいか?」


「はい。準備を整えていただければ。食料や簡易テントはギルドから支給します。」


アリサが書類をまとめながら顔を上げた。


「……正直に言いますね。無理はしないでください。」


その声音は受付としての定型ではなく、個人的な心配が混じっていた。

ガエンは肩をすくめる。


「無理しない冒険者って存在するのか?」


「します。帰ってくる冒険者です。」


即答だった。

ダグラスが小さく頷く。


「合理的だ。」


アリサは少しだけ笑ったが、すぐに真顔に戻った。


「三組とも、出発するとき同じことを言ったんです。“すぐ戻る”って。」


受付の周囲が少し静かになる。

近くにいた冒険者たちも、さりげなく耳を傾けていた。

そのとき――


「おい、本当に行くのか?」


声をかけてきたのは、大盾を背負った大柄な男だった。


「俺の知り合いが一組目なんだ。腕は確かだった。」


隣では弓を背負った女冒険者が腕を組む。


「逃げる余裕もなかったってことよね。それ。」


ガエンが二人を見る。


「何か聞いてるのか?」


男は少し迷ってから口を開いた。


「森の手前までは普通らしい。魔物も弱い。……でもな、遺跡の中は何も残っていないらしい。足跡もな。」


ガエンは訝しげな表情になった。


「足跡も?」


男が頷く。


「ああ、争った形跡はもちろん、足跡もだ。」


女が続ける。


「帰ってきた斥候が一人だけいるの。入口まで行って、怖くなって引き返した子。」


ダグラスの視線がわずかに鋭くなる。


「恐怖の原因は?」


「わからない。“雰囲気が異様だ”って。」


ガエンが腕を組む。


「雰囲気が異様、か……」


その横で、別の若い冒険者が思わず口を挟んだ。


「呪いじゃないですか!? 遺跡ってだいたい呪われてるし!」


すぐにベテランの男が後頭部を軽く叩く。


「だいたいってなんだ。だいたいって。」


ギルドに小さな笑いが広がった。

重かった空気が少しだけ和らぐ。

アリサが書類を差し出す。


「こちら、依頼正式受理です。あと――」


彼女は少し声を落とした。


「もし違和感を感じたら、調査より帰還を優先してください。」


ガエンは紙を受け取りながら笑った。


「心配性だな。」


「受付嬢は全員心配性なんです。」


即答だった。

ダグラスが小さく言う。


「良い資質だ。」


アリサは少し照れたように視線を逸らした。

そのとき、カウンター奥から別の冒険者が声を上げる。


「おいガエン! 帰ってきたら酒奢れよ!」


「成功前提か?」


「失敗前提で話すやつはいねぇよ!」


別の席からも声が飛ぶ。


「死神さんもちゃんと帰ってきてくださいよー!」


ダグラスはわずかに首を傾げた。


「私は基本的に“帰る側”ではないのだが。」


「縁起でもねぇこと言うな!」


再び笑いが起きる。

ガエンが息を吐いた。


「……なんだかんだ、いいギルドだな。」


「共同体として機能している。」


ダグラスが淡々と分析する。

アリサがふっと微笑んだ。


「だから皆、帰ってきてほしいんです。」


少しの沈黙の後、ガエンは拳を握って前に突き出した。


「任せろ。朝飯食い損ねたまま死ぬ気はない。」


「重要な動機だ。」


ダグラスが頷く。

その様子を見て男が笑う。


「よし、それなら大丈夫だな。」


女も肩をすくめた。


「帰ってきたら遺跡の話、聞かせなさいよ。」


ガエンは振り返り、片手を上げた。


「生還報告付きでな。」


二人はギルドの扉へ向かう。

背後ではアリサが静かに頭を下げていた。


「いってらっしゃい。」


朝の光が差し込み、

騒がしいギルドの空気が背中を押す。

二人は翌日の準備に向かった。

そして平和な朝は終わり、次の依頼が、静かに始まろうとしていた。

登場人物


ホクト・ノエリング・・・ガナーノの冒険者ギルドのギルドマスター、壮年の元冒険者。


アリサ・・・ガナーノの冒険者ギルドの受付嬢の一人。


リシェル・・・世話好きのエルフ、銀髪の長い髪で優しい微笑みを絶やさない。

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