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静寂の城〜魔王は世界征服をしたい〜  作者: 赤井六舷
魔王バラム、世界征服のために大運動会の開催を宣言

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5.ギルド、注意書きを増やす

夕暮れ。


ガナーノの広場には即席の炊き出し場が作られていた。

巨大な鉄鍋。

ドワーフ製らしい頑丈な台の周りに薪が山のように積まれている。


そして中央にはミノが正座で行儀よく待機している。


「まだ?」


「まだだ。」


「あとどれくらい?」


「煮えるまでだ。」


「煮えるまでってどれくらい?」


「いいから黙って待て。」


ガエンの即答。

ミノは「うん……」と頷き、再び行儀よく座った。

その周囲では子供たちが走り回り、冒険者たちが笑いながら準備を進めている。

さっきまで緊急事態だったとは思えない光景だった。


新人冒険者たちは少し離れた場所で固まっていた。


「……俺たち、何を見せられたんだ?」


「上位魔物って聞いたぞ?」


「討伐依頼だったよな?」


ゲイツが腕を組みながら唸る。


「理屈が追いつかない……」


そこへダグラスが静かに歩いてきた。


「慣れろ。」


「慣れられます!?」


「無理でも慣れる。」


ダグラスの淡々とした声。

新人たちは思わず姿勢を正した。

ダグラスは広場を見渡す。


笑う人々。

走る子供。

巨大なミノタウロス。

鍋をかき混ぜる料理人。


見渡しながら小さく呟いた。


「……街というのは面白い。」


ゲイツが聞き返す。


「どういう意味です?」


ダグラスは少し考えた。


「本来、恐怖は排除される。」


視線は行儀よく正座して待機しているミノへ向く。


「強大な存在は討伐される。危険だからだ。」


新人たちが頷く。

それは常識だった。


「だがここでは違う。受け入れられた。」


子供がミノの腕にぶら下がり、それをミノが慌てて支える。

ミノの周りにいる人達は誰も怯えていない。


「力そのものではなく、どう在るかで判断している。」


ダグラスは目を細めた。


「……人間らしい。」


ガエンが後ろから笑う。


「今さら気づいたのか?死神は社会観察が遅い。」


「財務担当オーガ、うるさい。」


ガエンは焚き火の前に腰を下ろして新人冒険者たちの方を向いた。


「昔はな、あいつも普通に討伐対象だった。」


ガエンの言葉に新人たちが驚く。


「え!?」


「暴れて、腹減って、城壊してな。」


「今と変わらなくないですか!?」


「変わったさ。」


ガエンはミノを見る。


「止まる場所ができた。」


その言葉に、少しだけ新人たちの空気が静まる。

ダグラスが続ける。


「帰る場所がある存在は、暴走しにくい。」


新人たちは黙った。

遠くでミノが子供に花を渡されている。

不器用に。

嬉しそうに。


その時。

ぐつぐつと音を立てている鍋の前で料理人が叫ぶ。


「できたぞー!!」


その場にいる人達の歓声と共にミノは即起立をする。

地面が揺れる。


「走るな!!」


ガエンの制止。

ミノはピタッと止まり、ゆっくり歩き出した。

完璧な我慢。


「えらい。」

「成長してる。」

「前は突撃して鍋ひっくり返したからな。」


街人の評価が妙に具体的だった。

そんなミノに大椀が差し出されるとミノは両手で受け取る。

震えるほど真剣な表情で。


一口。


もぐ。


全員が見守る。

ミノの目がゆっくり開く。


「……おいしい。」


ミノの一言になぜか盛大に拍手がおきる。


ミノは感極まって目に涙を溜める。


「煮物って……こんなに……」


「大げさだ。」


ガエンが笑う。

鍋の湯気が夕焼けに溶けていく。

広場には温かい匂いと笑い声が満ちていた。

ミノは巨大な椀を大事そうに抱えながら、幸せそうに頬を緩めている。


「……染みる……」


「戦場帰りの兵士みたいな感想言うな。」


ガエンが呆れながら肉を取り分ける。

ダグラスは無言で隣に座り、静かにスープを啜った。


「……うまいな。」


「死神も食うのか。」


「食える時は食う主義だ。」


新人冒険者たちはその光景をぽかんと見ていた。


巨大ミノタウロス。

オーガ。

死神。

そして街の人々が同じ鍋を囲んでいる。

どう考えても教本に載っていない光景だった。


子供たちはすでにミノの周りに集合している。


「牛さんもうおかわりした?」

「いっぱい食べてね!」

「これぼくのパン!」


ミノはその一つ一つを丁寧に受け取る。


ぺこり。

ぺこり。


礼儀正しすぎる。


「……あの」


新人冒険者の一人が恐る恐る近づいた。


「触っても……大丈夫ですか?」


ミノが固まりゆっくりガエンを見る。

ガエンが肩をすくめる。


「好きにしろ。」


新人が震える手で腕に触れる。

ふか。


「……あったかい」


その一言で緊張がほどけた。

別の新人も近づく。

さらに一人、そしてまた一人。

気づけば新人冒険者たちも輪の中に入っていた。


「毛並みいいな……」

「手入れしてる?」

「たまに川で洗う。」


「会話成立してる!!」


横で見ていたゲイツが頭を抱える。

広場の端では街の老人たちがのんびり酒を飲んでいた。


「昔は大騒ぎだったなぁ。」

「初めて来た時は街の壁が半分なくなった。」

「今回は森だけか。」

「成長したな。」


評価基準が独特だった。

ミノは三杯目を食べ終え、満足そうに息を吐いた。


「……幸せ」


どすん、とその場に座り込み地面が揺れる。

子供がすぐ膝に寄りかかる。

もう完全に巨大なクッション扱いだった。

それを見てダグラスが小さく言う。


「満腹になると静かだな。」


「だから先に飯食わせろって言ってるだろ。」


ガエンが焚き火に薪をくべる。

火がぱちぱちと弾けた。

夜がゆっくり降りてくる。


新人冒険者の一人がぽつりと呟いた。


「……なんか、思ってた冒険者と違いますね。」


ガエンが笑う。


「どんなの想像してた?」


「常に戦って、危険で、強くて……」


新人冒険者は少し考えて続ける。


「でも、こういうのも……いいですね。」


ダグラスが頷く。


「守るというのは、戦うだけじゃない。」


視線は広場へ向けられる。

笑う街。

眠そうな子供。

満腹で動かなくなったミノ。


「こういう時間を残すことだ。」


その時、ぐらりとミノの体が傾く。


「……ん?」


次の瞬間。


ズシィィン。


砂煙を上げてその場で横になった。


「寝たな。」


ダグラスが即答する。

ミノは爆睡していた。


満腹。

安心。

完全停止。


寝息が風みたいに響く。

その様子に子供たちが歓声を上げた。


「ベッドだ!」

「ふかふか!」

「登れー!」


巨大ミノタウロス、即席遊具(夜仕様)となっている。

楽しそうな子供達を見てガエンが笑う。


「まあいいか。」


ゲイツが恐る恐る聞く。


「……このあとどうするんです?」


「朝まで寝る。」


「え?」


「満腹で寝ると動かない。安全だ。」


「生態情報が具体的すぎる!!」


夜。


焚き火の明かり。

星空。

穏やかな空気。

ガエンとダグラスは焚き火の前に並んで座っていた。


少しの沈黙。


「……平和だな。」


「ああ。」


ミノの寝息。

子供の笑い声。

鍋の残り香。

ダグラスが静かに言う。


「こういう日があるから、みんなまた歩ける。」


ガエンは頷いた。


「違いない。」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


翌朝。

朝日が広場を照らす。


ミノがゆっくり目を開ける。

背中には子供が三人、腕に一人。

角にリボン。

完全に宿泊施設になっている。


ミノが小声で言う。


「……動いたら起きちゃう」


そのまま硬直してミノは静かにしている。

そんなミノを見てガエンが吹き出した。


「そのまま待て。」


ダグラスが記録するように呟く。


「大型魔物、子供を起こさないため自主拘束中。」


新人冒険者たちは笑いながらその光景を見ていた。

昨日までの恐怖はもうなかった。


それは少し不思議で、少し優しくて、とても平和な朝だった。


そして後日。

ギルド掲示板に新しい注意書きが貼られる。


【注意】


北方から地響きが聞こえた場合、

慌てずミノさんか確認してください。

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