5.ピクシー、縫われる
「財務担当、資金はどうだ?」
「これだけあれば十分だろう。どうせ城も壊れているだろうしな、修繕費も含めて賄えるはずだ。」
「そうか、長かったな。」
ダグラスは硬貨をしまっているガエンを見た。
「ギルドに挨拶をしてから、城に戻るか。」
「いや、城に戻る前にドワーフの里に行く。」
「ドワーフの里?なるほど、会場の建設か。」
「それもあるが城の補修や補強もしないとだからな。どうせ壊れてる。下手したら半壊してるんじゃないか?」
「下手しなくても半壊してるだろ。」
二人は苦笑いをしながら宿を出た。
朝のガナーノはすでに活気に満ちていた。荷馬車が石畳を鳴らし、露店からは焼きたてのパンの匂いが漂う。行き交う冒険者達も、どこか慌ただしい。
「……最初にここへ来た時を思い出すな。」
ダグラスが街並みを眺めながら言った。
「ああ。死神を仮装だと思われてたな。」
「苦い思い出だ。」
「また金に困った時は来るか。安心して稼げる。」
「そうだな。うるさいやつらも.....そんなにいないしな。」
ダグラスがそう言った瞬間だった。
「おーい!ガエンさん!」
通りの向こうから、パン籠を抱えた女将が大きく手を振った。
「今日も依頼帰りかい?」
「いや、今日は——」
ガエンが答えかけて、わずかに言葉を止める。
まだ誰にも言っていない。
今日、この街を発つことを。
「まあ、そんなところだ。」
曖昧に返すと、女将は満足そうに笑った。
「相変わらず稼いでるねぇ。あんた達が来てから街の依頼が片付くの早いんだよ。」
「偶然だ。」
ダグラスが淡々と答える。
「偶然で大型討伐が三回も成功するかい!」
女将は豪快に笑い、焼きたてのパンを二つ押し付けた。
「持ってきな。常連サービスだ。」
「……財務担当、受け取っていいか?」
「無料なら問題ない。」
ガエンは真顔で頷いた。
「そこは遠慮しな!」
女将の笑い声を背に、二人は歩き出す。
少し進むと、今度は武具屋の前から声が飛んだ。
「おっ、静寂の城コンビ!」
若い鍛冶師が手を拭きながら駆け寄ってくる。
「次の遠征いつだ? 新しい鎌、試作品できたぞ!」
「しばらく遠征になる。」
ダグラスが短く答える。
嘘ではない。
だが、本当の意味も言っていない。
「そっかそっか。戻ったら寄ってくれよ!」
「ああ。」
軽く手を上げる。
そのやり取りを見ながら、ガエンが小さく呟いた。
「……妙だな。」
「何がだ。」
「思ったより顔を覚えられている。」
「静寂の城の名は有名だからな。」
ダグラスは周囲を見渡した。
露店の商人。
子供達。
冒険者。
皆、二人を見ると自然に視線を向ける。
恐れでも警戒でもない。
知人を見る目だった。
「死神としては複雑だ。」
「オーガも似たようなものだ。」
その時、小さな子供が駆け寄ってきてダグラスに話しかける。
「ねえ!また魔物倒したの!?」
「倒した。」
「すげー!」
子供は目を輝かせる。
「今度はいつ出発するの?」
ダグラスは一瞬だけ答えに迷った。
ほんのわずかな沈黙。
「……近いうちだ。」
「じゃあまた帰ってくるよね!」
無邪気な問い。
ガエンが先に答えた。
「ああ。仕事があればな。」
子供は満足して走り去っていった。
二人はしばらく無言で歩いた。
石畳を踏む音だけが続く。
やがてダグラスが言った。
「……言わなくてよかったのか。」
「何を。」
「今日帰ることだ。」
ガエンは前を見たまま答える。
「別れの挨拶は面倒だ。」
「合理的だな。」
「財務的にも時間的にも非効率だ。」
少し間があってダグラスが小さく笑った。
「本音は?」
ガエンは少しだけ考え、
そして短く言った。
「……悪くない街だった。」
ダグラスは頷いた。
「同意する。」
朝のガナーノの喧騒が、二人の背中を押すように流れていく。
ギルドの看板が、通りの先に見えてきた。
二人はギルドの扉を押し開けた。
中では受付嬢アリサが書類の山と格闘していたが、顔を上げた瞬間、ぱっと表情が明るくなる。
「ガエンさん、ダグラスさん! ちょうど良かったです。次の依頼――」
「今日は依頼じゃない。」
ガエンは軽く手を振った。
「挨拶に来ただけだ。しばらく街を離れる。」
「……え?」
ギルド内の視線が一斉に集まる。
常連冒険者達が椅子を軋ませて立ち上がった。
「まさか引退か?」
「家出?」
「もしかして結婚?」
「自分探しの旅か?」
「違う。」
ダグラスが笑う。
「帰省みたいなものだ。」
「静寂の城へ戻る。」
その言葉に、何人かの冒険者が微妙な顔をした。
クセの強い魔族ばかりいる城。
そんな認識がこの街では定着している。
「城……まだ残ってるんですか?」
新人冒険者が恐る恐る聞く。
「多分な。」
「残ってなかったら建て直す。」
「軽く言うな。」
ダグラスが肩をすくめた。
アリサは少し寂しそうに笑った。
「また来てくれますよね?」
「大運動会を開く。」
一瞬、ギルド内の時が止まる。
「……はい?」
「何言ってんだ?」
「頭でも打った?」
「開催する時は招待する。」
ギルドが静まり返る。
「城で?」
「城でだ。」
「運動会を?」
「全種族参加型だ。」
沈黙の後――
「……絶対行きます!」
なぜか拍手が起きた。
ガエンは少しだけ困った顔をしながら頷く。
「世話になった。ガナーノは良い街だった。」
「こちらこそです!」
アリサが勢いよく頭を下げた。
その動きにつられるように、周囲の冒険者たちも次々と声を上げる。
「いやマジで助かったんだぞ! 南の湿地のワニ魔物!」
「報酬横取りしないしな!」
「静寂の城組、仕事が堅実すぎるんだよ!」
「褒め言葉として受け取っておく。」
ダグラスが椅子に軽く腰掛けながら答える。
すると、奥のテーブルから大柄な槍使いが立ち上がった。
「最初来た時さ、正直びびったんだよ。」
他の冒険者が続けて言う。
「死神とオーガだぞ?」
「そりゃ怖いだろ。」
別の冒険者が笑う。
「でもよ、依頼終わった後に必ずギルド報告して、被害額まで計算してくる冒険者初めて見た。」
全員の視線がガエンに集まる。
ガエンは真顔で答えた。
「損益管理は基本だ。」
「冒険者が言う言葉じゃねぇ!」
ギルド内に笑いが起きる。
アリサもくすっと笑いながら、カウンター越しに二人を見る。
「……少し寂しくなりますね。」
「静かになる。」
ダグラスが言う。
「それはそれで困ります!」
アリサが即座に否定した。
「大型依頼の成功率、明らかに下がりますから!」
「合理的な理由だな。」
ガエンが頷く。
すると新人冒険者の一人が恐る恐る近づいてきた。
「あ、あの……」
二人が視線を向けると、彼は背筋を伸ばした。
「俺、最初の講習の時、ダグラスさんに助言もらったんです。」
「……覚えていない。」
「ですよね!」
新人は苦笑した。
「でもあの後、生き残れました。だから……ありがとうございました。」
ほんの一瞬だけ、ダグラスが言葉に詰まる。
そして小さく頷いた。
「生き延びたなら、それでいい。」
それだけだった。
だが新人は嬉しそうに頭を下げる。
それを横で見ていた古参冒険者が腕を組む。
「こういうのが増えたんだよなぁ。」
「何がだ。」
「お前ら見て、無茶しなくなった若いやつ。」
「無茶は非効率だ。」
ガエンが即答する。
「冒険者としてどうなんだそれ。」
再び笑いが起きた。
アリサが書類をまとめながら言う。
「……でも、静寂の城ってどんな所なんですか?」
ギルド中が静かになる。
ガエンとダグラスは一瞬顔を見合わせた。
「凄くうるさい。」
ダグラスが言うと、
「壊れている。」
とガエンが続ける。
「あと魔族が自由すぎる。」
「不安しかない!」
誰かが叫び、また笑いが広がる。
ダグラスが立ち上がった。
「そろそろ行く。」
ガエンも頷く。
「ドワーフを捕まえねばならん。」
「捕まえるって言い方やめてください!」
アリサが慌てる。
二人が出口へ向かうと、自然と道が開いた。
誰かが手を振る。
別の誰かが杯を掲げる。
「また来いよ!」
「運動会ほんとに呼べよ!」
「優勝商品あるのか!?」
「検討する。」
ガエンが答える。
扉の前で、アリサがもう一度声をかけた。
「ガエンさん、ダグラスさん!」
二人が振り返る。
「……お気をつけて。」
ほんの少しの沈黙の後、ダグラスが静かに言った。
「ありがとう。」
ガエンも短く頷く。
「世話になった。」
ギルドの扉が開く。
朝の光と街の喧騒が流れ込んだ。
背後ではまだ冒険者たちの声が続いている。
二人は振り返らない。
石畳を踏みしめ、
静寂の城へ戻るための最初の一歩を進んだ。
――だが。
数歩歩いたところでダグラスが呟く。
「……財務担当。」
「なんだ。」
「運動会、本当にやるのか?」
少し間がありガエンは真顔で答えた。
「魔王がやるって言ってるんだ。やるしかないだろ。」
ダグラスは小さく笑った。
ガナーノの朝は変わらず賑やかで、
しかしどこか、少しだけ名残惜しかった。
「さて....」
ダグラスが背伸びする。
「帰るか、我らが静寂の城へ。」
「その前にドワーフの里だ。」
ガエンは街の西門へ視線を向けた。
「ドワーフ達を説得できれば、大運動会は成功する」
「競技場建設、城補修、防衛設備……全部まとめて頼む気だな?」
「どうせなら要塞級にする。」
「運動会の規模じゃないぞそれ。」
二人は笑いながら歩き出す。
門を抜けると、山岳地帯へ続く街道が広がっていた。
ドワーフの里――
鍛冶と石工の民が暮らす、頑固で誇り高い職人達の国。
「問題は。」
ダグラスが言う。
「素直に協力してくれるかだな。」
「酒を持っていく。」
「勝ったな。」
「勝ったな。」
二人は同時に頷いた。
こうして――
静寂の城・大運動会計画は、次の段階へ進む。
まずはドワーフの里。
城を直す者達に会いに行くために。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
山岳地帯の街道を進んで行くと景色が少しずつ変わってくる。
街道の脇には作りかけの石像や家具、折れた武器や防具などか点々と落ちている。
ダグラスが周囲を見渡す。
「……散らかってるな。」
「散らかってるんじゃない。」
ガエンは落ちていた剣を拾い上げた。
刃は完璧に研がれ、柄の装飾も精巧だ。
ダグラスも近くにあった斧を拾い上げた。
「これは?」
「失敗作だな。」
「これで?」
「ドワーフだからな。」
ダグラスは無言で斧を元の場所に戻した。
「怖いな職人国家。」
さらに進むと、岩山の側面に巨大な裂け目のような入口が見えてきた。
門らしい門はない。
ただ――岩壁に無数の打刻跡。
そして入口の前に座り込んでいるドワーフが一人。
髭はボサボサ。
手にはノミ。
足元には砕けた石材の山。
「……入っていいのか?」
ダグラスが小声で聞く。
ドワーフは顔も上げずに言った。
「ダメじゃ。」
「理由は?」
「今、機嫌が悪い。」
「正直だな。」
ガエンが一歩前に出る。
「静寂の城から来た。鍛冶師長に用がある。」
ノミの音が止まった。
カン、と乾いた音が山に響く。
ドワーフはゆっくり顔を上げる。
「……城?」
「恐らく半壊している。」
「ふむ。」
「直してほしい。」
ドワーフは二人をじっと見た。そして。
「なんでワシらが直す?」
ダグラスが口を開く。
「金がある。」
「金は皆言う。」
「酒もある。」
ドワーフの眉がわずかに動いた。
「それも皆言う。」
ガエンが続ける。
「運動会を開く。競技場の建設を依頼したい。それと共に城の修復もだ。」
沈黙。
風の音だけが通り抜ける。
ドワーフが首を傾げた。
「……運動会?」
「全種族参加型だ。」
「城で?」
「城でだ。」
ドワーフはしばらく考え――
突然立ち上がった。
「ちょっと待っとれ。」
ドワーフは中に入っていくと大きな声で言った。
「変な客が来たぞー!!」
坑道の奥から――
ドドドドドドドッ!!
地鳴りのような足音が響いた。
「嫌な予感しかしないな。」
ダグラスが小声で言う。
「歓迎されている可能性もある。」
「この音量で?」
次の瞬間、岩の入口から十数人のドワーフが雪崩のように現れた。
全員クセが強かった。
片目に巨大な拡大鏡を付けた者。
背中に炉を背負っている者。
なぜか全身に鎖を巻いた者。
筋肉だけ異様に発達している小柄な老人。
そして全員、二人を無言で見つめている。
「……品評会か?」
「素材を見る目だな。」
ガエンが冷静に呟いた。
最初に出てきた門番ドワーフが腕を組む。
「ほれ、言ってみい。運動会とは何じゃ?」
ダグラスが前に出た。
「城を修復してな、全種族で競技を――」
「競技?」
鎖ドワーフが食いつく。
「走るのか?」
「投げるのか?」
「壊していいのか?」
質問が一斉に飛ぶ。
「壊す競技はない。」
「つまらん。」
数人が露骨に興味を失った。
ガエンが静かに言う。
「だが、競技場は新設する。」
全員の目の色が変わった。
「石造か?」
「耐震は?」
「観客席は何段じゃ?」
「地下構造は作るか?」
「酒場は併設か?」
「鍛冶場もいるな?」
質問が洪水のように押し寄せる。
ダグラスが小声で。
「もう半分仕事受けてるぞこいつら。」
「まだ本題に入ってない。」
ガエンは袋を開いた。
中から現れたのは重そうな酒樽。
ドワーフ達の呼吸が止まる。
「山岳蒸留酒だ。」
「……ほう。」
「三十年物。」
「…………」
「交渉用だ。」
次の瞬間。
ドワーフ達が整列した。
さっきまでの騒がしさが嘘のように、完璧な直立不動。
一番年長らしき白髭のドワーフが前に出る。
「ようこそ客人。ワシは石工頭バルグラムじゃ。」
「切り替え早いな。」
ダグラスが感心した。
「職人は合理的なんじゃ。」
バルグラムは腕を組み、ガエンを見る。
「で、城はどれくらい壊れとる?」
「確認はしてないがほぼ半壊だろう。下手をすれば全壊に近いかもしれん。」
「最高じゃな。」
後ろで歓声が上がった。
「やることがある!」
「久々の大仕事じゃ!」
「塔直したい!」
「いや壊して建て直す!」
「壊すな!」
もう収拾がつかない。
ガエンは淡々と言う。
「条件がある。」
ピタッと静まった。
「大運動会にドワーフも参加すること。」
数秒の沈黙。
そして――
「競技は?」
「力比べ。」
「投擲。」
「飲酒耐久。」
「それは公式競技にしない。」
「なぜじゃ!!」
大ブーイングが起きた。
ダグラスが笑いを堪えながら言う。
「観客席でなら無制限だ。」
「採用!!」
満場一致だった。
バルグラムが豪快に笑う。
「よし決まりじゃ!静寂の城、ワシらが直す!」
歓声が坑道に反響する。
「まず現地視察じゃ!」
「図面持て!」
「爆薬もいるな!」
「補強じゃ補強!」
「だから壊すな!!」
ドワーフ達はすでに遠足前の子供のようなテンションだった。
ダグラスが呟く。
「……想像より十倍騒がしいな。」
「これでも抑えている方だろう。」
ガエンが答える。
その時。
坑道のさらに奥から、低く重い声が響いた。
「……誰がワシの里を勝手に盛り上げとる?」
空気が変わる。
ドワーフ達が一斉に姿勢を正した。
奥から現れたのは――
巨大なハンマーを肩に担いだ老ドワーフ。
片目に古傷。
全身に鍛冶火傷。
ただ立っているだけで圧がある。
バルグラムが頭を下げる。
「鍛冶師長!」
ダグラスが小声で。
「……本命来たな。」
老ドワーフはガエンとダグラスを見下ろした。
「静寂の城の者か?」
「そうだ。」
「運動会をやると言ったな?」
「やる。」
しばしの沈黙。
そして。
鍛冶師長はニヤリと笑った。
「面白い。――ワシも出る!」
「競技にか?」
「当然じゃ!」
周囲のドワーフ達がざわめく。
「師長が!?」
「百年ぶりじゃぞ!」
「死人出るぞ!」
ダグラスが吹き出した。
「……これは盛り上がるな。」
こうして――
静寂の城・大運動会計画。
最強の建築集団を巻き込み、
予想以上に規模を拡大しながら進み始めた。
ドワーフ達は大きな紙を床に置き図面を描いていく。
酒を飲みながら意見を言う者、細かい部分を大きな手で器用に描く者、自分のこだわりを主張する者、それぞれが一流の職人であるため、次々と図面が出来上がっていく。
ガエンとダグラスがその様子を見ていると、鍛治師長が近づいてきた。
「おう、改めて自己紹介だ。ワシはこの里の長、鍛治師長のドワルゴだ。図面が完成するまではまだ時間がかかる。暇だろうから里を見て回っててもいいぞ。」
「いいのか?部外者立ち入り禁止区画とかあるだろ?」
ガエンが少し驚いて聞くと、
「そんな場所はない。好きに見ていい。それにワシら自慢の作品もあちこちにあるから暇潰しになる。」
「ならお言葉に甘えよう。」
ガエンとダグラスはドワルゴに軽く頭を下げて里の中を歩き始めた。
大きな焼き釜の横には壺や皿などの生活用品が並んでいる。あの大きな手で豪快なドワーフが作ったとは思えないくらい精巧で綺麗な出来栄えだった。
ダグラスはその一つを手に取った。
「改めて見ると凄いな。」
「器用そうに見えないのにな。」
その先には木彫りや彫刻や裁縫などで作られた数々の作品が並んでいる。可愛らしいぬいぐるみから手のひらサイズのリアルな動物、街の模型や超合金のロボットまである。
「子供達が作ってるドワーフ達を見たらどう思うんだろうな。」
そう言ってガエンがぬいぐるみを持つと、妙な感覚があった。ぬいぐるみが震えているように感じ、不思議に思いながらよく見てみると、確かに微かに動いている。さらに確かめようとぬいぐるみに顔を近づけると、
「た...けて.....だ....て....」
と微かに声が聞こえた。
「ダグラス、このぬいぐるみ生きてる。」
「そんな訳あるか。」
「中から声が聞こえるぞ。開けてみるか。」
ガエンは手に持ったぬいぐるみを優しい引きちぎっていくと、
「うわー!やっと出られた!」
中から何かが飛び出してきた。
「ナラ!」
「え?あ!ガエン!ダグラス!助かったー。」
ガエンとダグラスはぬいぐるみの中から知っているピクシーが出てきた事に驚く。ナラはガエンの肩に乗ってホッとした表情を見せた。
「ナラ、こんな所で何をしてるんだ?」
「えっと、ガエン達がアルバイトに向かった後に運動会の会場をどうするかの話し合いになったんだけど、誰もまともな意見を言わないからボクがドワーフさん達に相談しようと思って来たんだ。」
ダグラスが首を傾げる。
「それでなんでぬいぐるみの中にいたんだ?」
「ドワーフさん達にいくら話しかけても誰も気づいてくれなくて、疲れたからちょっと休もうと思ったら綿のいっぱい入った箱があって、そこで休もうと思ってたらいつの間にか寝ちゃってて....」
「それで気がついたらぬいぐるみになってたって事か。」
ナラは恥ずかしそうに頷く。
「……つまり。」
ダグラスが腕を組む。
「お前、ドワーフの作業場のど真ん中で寝て、そのまま縫われたのか?」
「うん。」
「よく無事だったな。」
「途中で針刺さった気もする……。」
「それは普通に危ない。」
ガエンはため息をついたが、どこか安心したようにナラを見た。
「怪我はないか?」
「大丈夫! ちょっと綿まみれになっただけ!」
ナラは胸を張る。
確かに少し綿くずが髪に付いていた。
ちょうどその時、近くをドワーフの職人が通り過ぎた。
巨大な布袋を抱え、二人の横を普通に歩いていく。
ナラはガエンの肩の上で手を振った。
「こんにちはー!」
ドワーフは完全に無反応。
通り過ぎた。
三人は同時に沈黙した。
「……すごいな。」
「すごいな。」
「ひどくない?」
ナラだけが不満そうだった。
「ボク、ちゃんと話しかけてるのに誰も返事してくれないんだよ! 三日くらい!」
「三日もいたのか。」
「途中で会議にも参加したよ?」
「参加できてない。」
ガエンが即答した。
ナラは頬を膨らませる。
「ちゃんと図面にも意見言ったのに。」
「聞こえてないからな。」
その時――
坑道の奥から怒号が響いた。
「柱の荷重計算が甘いわい!」
「いやこっちの方が見栄えがいい!」
「見栄えで城は支えられん!!」
三人が戻ると、巨大な石板の上に図面が何十枚も広げられていた。
ドワーフ達は完全に作業モードに入っている。
炭で線を引き、
石板に数式を書き、模型を削り、酒を飲み、また修正する。
炭の粉が宙を舞い、石板の上では次々と新しい線が生まれていた。
巨大な競技場。
再建される静寂の城。
地下倉庫、観客席、鍛冶場、食堂、浴場――。
「……もう運動会の規模じゃないな。」
ダグラスが呟く。
「最初からそうだ。」
ガエンは淡々と答えた。
ナラは図面の上をふわふわ飛びながら目を輝かせている。
ダグラスが感心して言った。
「凄いな、二倍くらいになってる。」
「三倍じゃな。」
いつの間にか背後に立っていたドワルゴが腕を組む。
「どうせ直すなら、百年使える城にする。ドワーフの仕事とはそういうもんじゃ。」
図面を囲んでいた職人達が一斉に頷いた。
やがて――
石板の中央に置かれた最後の一枚に、バルグラムが重々しく線を引いた。
カッ。
炭が止まる。
「……よし。」
静寂が落ちた。
「基本設計、完成じゃ。」
周囲から低い歓声が上がる。
酒杯が掲げられ、肩を叩き合い、誰かがもう次の改造案を語り始める。
だがドワルゴは図面をじっと見つめたまま言った。
「――だがな。」
全員が止まった。
「図面はあくまで理想じゃ。」
ゆっくり顔を上げる。
「仕上げは現地を見ねばならん。」
その一言で空気が変わった。
職人達の目が、一斉に獲物を見つけた獣のようになる。
「現地視察じゃ!」
「本物を見るぞ!」
「基礎沈下してるかもしれん!」
「壁叩きたい!」
「壊して確認じゃ!」
「壊すな。」
ガエンが即座に釘を刺した。
ドワルゴが豪快に笑う。
「安心せい。必要な所しか壊さん。」
「それが一番怖い。」
ダグラスが小声で言った。
バルグラムが図面を丸め、大きな革筒に収める。
「総員準備! 工具持て! 測量具もじゃ!」
ドワーフ達が一斉に動き出した。
巨大ハンマー。
石工ノミ。
折り畳み式足場。
なぜか爆薬。
なぜか巨大鍋。
「……遠征隊だなもう。」
「里ごと来る気だ。」
ガエンは苦笑する。
ナラがくるりと回った。
「ねえねえ!楽しみだね!」
「誰にも気づかれていないけどな。」
「悲しい!」
その時、さっきの門番ドワーフが駆け込んできた。
「荷車準備できたぞー!」
坑道の外からゴゴゴゴ……と車輪の音が響く。
外へ出ると――
そこにはドワーフ製の巨大装甲荷車が並んでいた。
岩を削って作ったような頑丈さ。
車輪には鉄帯。
側面には工具ラック。
完全に工事遠征仕様だった。
「……戦争始めるのか?」
「城を直すだけじゃ。」
ドワルゴが当然の顔で言う。
職人達が次々と乗り込み始める。
「酒積んだか!?」
「積んだ!」
「測量具!」
「三式持った!」
「非常食!」
「肉だ!」
「全部肉じゃないか。」
ダグラスが呆れる。
ドワルゴはガエンの前に立った。
「案内せい、オーガ!死神!」
ガエンは小さく頷いた。
「……静寂の城へ向かう。」
その言葉に、ドワーフ達が一斉に雄叫びを上げる。
「出発じゃぁぁ!!」
車輪が回る。
鉄が鳴る。
山に反響する大音声。
こうして――
図面は完成し、
だが本当の仕事はこれから。
ドワーフ建築団、総出動。
静寂の城は今、
史上最大規模の「修復」という名の大騒動を迎えようとしていた。
そして。
ガエン達の知らないところで――
ナラは相変わらず、
出発準備で大忙しのドワーフ達に向かって手を振っていた。
「よろしくお願いしまーす!」
誰一人気づかなかった。
登場人物
バルグラム・・・ドワーフの石工頭、割と話が通じる。
ドワルゴ・・・ドワーフの里の長、鍛治師長。




