4.ミノタウロス、懐かれる
緊急依頼、ギルド内に緊張が走る。
「依頼内容は北方より周囲を破壊しながら近づく物体があり、調査と場合によっては破壊もしくは討伐をお願いします!低ランク冒険者の方は街の防衛と避難の誘導を!」
受付嬢の切迫した声を聞いてガエンが呟いた。
「北方、いやまさかな。嫌な予感がするのは気のせいか?」
「.......」
ダグラスは無言で軽く頭を抱える。
二人の様子を見てゲイツが口を開いた。
「何か心当たりがあるんですか?北方といえば確か魔族領のマグノリアの方角ですよね?」
「気のせいだ。」
「お二人はマグノリアから来たんじゃ...?」
「気のせいにしたい。」
ガエンの言葉を聞いてゲイツが苦笑いする。
ダグラスが諦めた表情になる。
「これは俺たちが行くしかないだろうな。」
「ま、どうしてもそうなるよな。きっとあいつだしな。」
ガエンとダグラスの脳裏には城を一番破壊しているミノタウロスの姿が浮かんでいた。
ガエンとダグラスは受付嬢の元に行く。
「とりあえず俺とダグラスで調査に行く。」
「街までは来させないが一応防衛はさせておいてくれ。せっかく生きている街だからな。」
「わかりました。報酬は金貨一枚になります。よろしいですか?」
「問題ない。」
ガエンは頷くとダグラスと共にギルドを出ていった。
北門を抜けると、街道はすでに騒然としていた。
避難する商人の馬車。
武器を手にした冒険者たち。
そして遥か北の空に立ち上る巨大な土煙。
ドォン。
ドォン。
一定のリズムで大地が揺れる。
ダグラスが目を細めた。
「……この歩幅、覚えがあるな。」
ガエンは嫌そうに顔をしかめる。
「俺もだ。できれば外れていてほしい予感ランキング一位だ。」
さらに進む。
森の木々が次々となぎ倒されていく。
岩が転がり、地面に巨大な足跡が刻まれていた。
ガエンがため息を吐く。
「北方から近づいているのはミノ……」
次の瞬間。
森が弾けた。
現れたのは巨大な影。
黒鉄のような筋肉。
折れかけた戦斧。
空を突き刺す二本の角。
巨大な――
ミノタウロス。
「うわああああぁぁぁぁぁ!!」
ミノタウロスが叫んだ。
衝撃波。
地面が割れる。
遠巻きに見ていた新人冒険者たちが悲鳴を上げた。
「上位種だ!!」
「撤退準備!!」
だが慌てる新人冒険者をよそにベテランの冒険者や街の人達はミノタウロスを見て緊張を解いていた。
ガエンは手を振った。
「おーい、ミノ!」
ミノタウロスがピタッと停止する。
ゆっくりこちらを向き――
ドドドドドドド!!
全力で駆け寄ってきた。
新人冒険者たちが絶望の顔になる。
「死んだ!!」
だが。
ズゥン。
ガエンの前で正座。
完璧な正座。
土煙が舞う。
ダグラスが呟く。
「……やっぱりお前か」
「……」
ミノはしょんぼりしていた。
角に枝。
背中に藁。
なぜか鍋が引っかかっている。
ガエンが額を押さえる。
「何をしてるんだ?」
「お腹が減ったから、魔物を狩って食べようとしたんだけど...」
グゥゥゥゥゥゥゥ
ミノのお腹が鳴る。
「外に出てブラックスネークを狩った所まではよかったんだよ。でも食べたらなくなっちゃって....」
「食べたら無くなるのは当たり前だ!!」
「でも足りなかったからジャイアントベアを狩って、せっかくだから煮て食べようと思ったんだけど持ってきた鍋が小さくて……」
しょんぼりしながら鍋を見せてくる。
「大きい鍋を買わなきゃって思ってガナーノに向かって歩き出したんだけど...」
そこでミノが悲しそうな表情になる。
「途中でせっかく狩ったジャイアントベアを忘れてきた事に気づいて、きっと今頃他の魔物に食われてるんだろうなって思ったら悲しくなってきて...」
「で、叫びながら走ってたのか?」
「このままガナーノで何か買って食べようと思ってここまで来たんだけど、やっぱりなんだか悔しくて...」
「あのな、お前が暴れると色々と壊れるんだからもっと自重しろよ。」
ガエンの言葉にミノがしょんぼりとする。
遠くの新人冒険者たちがざわつく。
「調査対象、怒られてない?」
街の人が新人冒険者に話しかける。
「あれはミノさんだよ。たまにこの街に来て子供達と遊んでいくんだ。」
「え!?本当に!?」
新人たちが困惑する。
ダグラスは腕を組んだ。
「で、何か買って食べるのはいいが金は持ってきたのか?」
ミノはハッとした顔になるとまた落ち込んだ。
「……やっぱりか。」
ダグラスの言葉にミノは静かに頷く。
ガエンが深いため息。
「お前が暴れたせいで緊急依頼扱いされてたんだぞ。」
「いやぁ、それほどでも……」
「褒めてねぇ!」
その時。
「……あれ?」
小さな声。
街道の脇にいつの間にか少女が一人立っていた。
「あ!おっきい牛さんだ!」
沈黙。
ガエンとダグラスが同時に顔を覆う。
「……来たな」
「来たな」
少女がとことこと歩き出す。
新人冒険者たちが緊張しながら見守る。
ミノが少女に気づいた。
巨大な体がぴくりと止まる。
ゆっくり。
本当にゆっくりと膝を折る。
ドスン。
地面が揺れるが、驚くほど静かな動きだった。
そして――
そっと顔を近づける。
少女は迷いなく角に触れた。
「ふわふわ!」
ミノ、硬直。
次の瞬間。
尻尾高速振動。
ドドドドドド。
「尻尾を振るなっ!!」
ガエンのツッコミが飛ぶ。
少女は笑いながらミノの鼻を撫でた。
「いいこだねー」
ミノ、完全に陥落。
巨体が嬉しそうに丸まり、まるで巨大な犬のように伏せた。
新人冒険者たちは絶句する。
「……上位魔物だよな?」
「俺の知ってるミノタウロスと違う。」
さらに別の子供たちが街から顔を出す。
「あ!牛さん!」
「乗れる!?」
「角つよそう!」
ガエンが止める間もなく――
子供達は次から次へと増殖。
気づけばミノの周りは子供だらけになっていた。
角に花。
背中によじ登る少年。
尻尾にぶら下がる幼児。
ミノ、完全に遊具。
ダグラスが静かに呟く。
「……平和だな。」
「ああ、平和だ。」
子供たちの笑い声が街道に広がっている。
警戒していた新人冒険者たちも、恐る恐る近づいてくる。
一人が言った。
「……あれ、本当に危険じゃないのか?」
ガエンは頭を掻いた。
「危険なのは建物だけだな」
「建物だけ!?」
ミノは子供に頭を撫でられながら、満足そうに「ふふっ…」と笑った。
その時、街の見回りに行っていたゲイツがガエン達の元に来た。
「討伐は!?街は無事ですか!?」
ガエンが親指で後ろを指す。
「見ての通りだ」
ゲイツは固まって信じられない物を見たという表情になった。
そこには巨大ミノタウロスが子供にリボンを結ばれている。
「……え?」
ダグラスが淡々と説明する。
「現在、地域交流中だ」
「地域交流!?」
ゲイツの叫びに、周囲の新人冒険者たちも一斉に頷いた。
「そうですよ!!」
「討伐対象ですよね!?」
「上位魔物ですよねあれ!!」
指差す先。
巨大ミノタウロス。
現在――
子供におやつを食べさせてもらっている。
ポリ…ポリ…。
干し果物を指先でつまみ、丁寧に食べる巨体。
新人冒険者たちの世界観が崩壊していた。
「……え?」
「なんで餌付けされてるんですか?」
ガエンは腕を組みながら答える。
「餌付けじゃない。差し入れだ。」
「違いがわかりません!!」
ダグラスが淡々と補足する。
「ちなみにあいつは子供から食べ物をもらうと三日くらい機嫌がいい。」
「情報が生活感ありすぎません!?」
ミノは照れたように角をかく。
「牛さん、おなかすいてたの?」
ミノ「うん……」
「かわいそう!」
少女が手に持っていたパンを差し出す。
ミノはパンを両手で受け取るると静かにお辞儀をする。
ぺこり。
めちゃくちゃ礼儀が正しい巨大なミノタウロスを見て新人冒険者達は完全に沈黙した。
そして一人が震え声で言った。
「……俺、さっき撤退準備してました」
「正しい判断だ。」
ガエンが即答した。
「ただ相手が悪かっただけだ。」
その時――
グゥゥゥゥゥゥゥ
ミノの腹がまた鳴る。
全員の視線がミノに集まる。
ミノは気まずそうに頭を掻いた。
「……まだ足りない」
ガエンは呆れたように天を仰ぐ。
「ジャイアントベアを焼いて食えばよかっただろ。」
「だって……たまには煮たの食べたかったんだもん……」
「何壊した?」
「森。」
「範囲は?」
「ちょっと。」
ダグラスが新人に向き直る。
「ちなみにアイツの言う“ちょっと”は半径三百メートルだ。」
「ちょっとじゃない!!」
その瞬間。
ギルドから追加の冒険者部隊が到着した。
盾役。
魔術師。
弓兵。
完全武装。
「対象確認!討――」
言葉が止まる。
視界に入ったのは。
巨大ミノタウロス。
子供に花冠を載せられている。
「……」
「……」
部隊長がゆっくり兜を外した。
「……ミノさん?」
ミノが手を振る。
「やあ。」
緊張はそこで終了。
冒険者部隊は武器を次々収納する。
新人冒険者は完全に置いていかれる。
「え!?知り合い!?」
街のベテラン冒険者が笑った。
「新人か?知らないのも無理ないな。」
「この街じゃ有名人だよ。」
「春と秋に遊びに来る。」
「季節イベントみたいに言わないでください!」
ゲイツがまだ混乱している。
「でも緊急依頼ですよ!?報告どうするんですか!」
ガエンは少し考え――
ニヤッと笑った。
「簡単だ。」
こちらに向かって歩いてきた受付嬢に向かって手を振る。
「調査完了!原因判明!討伐不要!代わりに――」
ミノの肩を叩く。
「食料支援依頼に変更だ。」
しばしの沈黙。
そして。
街の人々が一斉に笑い出した。
「またか!」
「食堂呼べ!」
「今日は大鍋だ!」
ミノの目が輝く。
「……いいの?」
子供たちが叫ぶ。
「いいよー!!」
ミノの尻尾が再び高速振動を始める。
その振動で地面が小刻みに揺れる。
ガエンが慌てて止める。
「だから尻尾を振るなっての!!」
新人冒険者の一人がぽつりと呟いた。
「……俺、冒険者って命がけだと思ってた」
ダグラスが新人冒険者の肩を叩く。
「間違ってない。」
少し間を置いて続ける。
「ただ、この街では――」
ミノが子供を肩に乗せて歩き出す。
笑い声。
夕焼け。
巨大な影。
「たまにこういう日もある。」
新人冒険者たちは、その光景を呆然と見守った。




