3.死神、講習を受ける
講習室。
長机が並び、十数人の新人冒険者が座っている。
・緊張した少年
・夢見がちな魔法使い志望
・明らかに元盗賊
・武器だけ立派な初心者
そして――
黒衣の死神。
全員が距離を空けて座っていた。
「席が広いな。」
「お前が原因だ。」
ガエンは壁際で見学している。
「保護者か?」
「違う。ただ面白そうだから残った。」
新人冒険者達の前に立ったのは筋骨隆々の女性講師だった。
「新人講習担当、Aクラス冒険者のマルダだ!」
机を叩く。
ドン!!
「ここでは三つ教える!」
指を立てる。
「死ぬな!」
「借金するな!」
「依頼主を殴るな!」
ダグラスが手を挙げた。
「質問。」
「早いな死神。」
「依頼主が先に殴ってきた場合は?」
マルダは即答した。
「証人を作ってから殴れ!」
「合理的だ。」
周囲の新人がざわつく。
(会話が成立している……)
■新人講習①:危険生物の見分け方
黒板に絵が描かれる。
「これはゴブリン!」
新人たちが頷く。
「これはスライム!」
頷く。
「じゃあ問題!これは?」
ぐちゃっとした謎の影。
新人たち沈黙。
ダグラスが即答した。
「死因未確定の集合怨念体。」
教室が静まる。
マルダが腕を組む。
「……正解だが言い方が怖い。」
■新人講習②:パーティーの役割
「前衛!後衛!支援!」
マルダが指差す。
「お前、死神。役割は?」
ダグラスは考えた。
「最後尾。」
「理由は?」
「最後に立っている者が死を看取る。」
新人たちが震えた。
マルダが頭を抱える。
「精神的後衛タイプか……」
ガエンが遠くで笑っている。
■新人講習③:応急処置
包帯が配られる。
「怪我人を見たらまず止血!」
新人同士で練習開始。
ダグラスの前に少年が座る。
「よ、よろしくお願いします……」
ダグラスは包帯を見る。
「これは生者を延命する布か。」
「た、ただの包帯です!」
ダグラス、ものすごく丁寧に巻く。
完璧。
芸術的。
医療神殿レベル。
マルダが覗き込む。
「……なんでこんなに上手い?」
「死ぬ直前の処置は重要だからな。」
全員黙った。
■新人講習④:よくある死亡例
黒板に書かれる。
・単独行動
・無計画突撃
・宝箱を即開け
マルダが叫ぶ。
「宝箱は罠を疑え!」
ダグラスが挙手。
「中身が魂だった場合は?」
「そんな宝箱ねぇよ!」
「残念だ。」
■休憩時間
新人たちがひそひそ話す。
「なぁ……死神って何する職業?」
「Cランクって嘘だろ……」
「でもめちゃくちゃ礼儀正しいぞ」
ガエンと共に見学していたゲイツが誇らしげに言う。
「あの人、めちゃくちゃいい人ですよ!」
ダグラスは壁際で立っていた。
「……妙だ。」
ガエンが近づく。
「何がだ?」
「死なないための知識がこれほど体系化されているとは。」
「人間は死にたくない生き物だからな。」
ダグラスは少し考えた。
「合理的な種族だ。」
「しかし死神が死なないための知識を学ぶとか、面白い物を見れたな。」
「うるさい財務担当。お前は金の数え方でも学んでこい。」
新人達はオーガと死神の会話を興味深そうに聞いていた。
■最後の試験:模擬依頼
マルダが宣言する。
「最後は模擬依頼だ!」
鉄製のゴブリン人形が数体運ばれる。
「人形だから動きはしない。連携して討伐しろ!」
新人たちが何人かに分かれて突撃を開始する。
大混乱。
転ぶ。
ぶつかる。
魔法暴発。
マルダが叫ぶ。
「連携しろ連携!」
一人が剣で斬りかかるが踏み込みが浅く弾かれる。
一人が魔法を放つが集中が出来ていないため当たる前に消える。
他の者が放った魔法が味方に当たる。
中には連携を意識した者たちが前衛と後衛に分かれ攻撃をするが軽く傷をつける程度だった。
新人冒険者達が悪戦苦闘をしている中、ダグラスは一歩前へ。
静かに歩き――
人形の背後に回る。
トン。
軽く触れた。
ゴブリン人形が砕けた。
終了。
全員沈黙。
マルダ。
「……今何した?」
「死ぬ未来を確定させただけだ。」
「人形を未来確定させるなあああああぁぁぁぁ!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
講習終了。
修了証が配られる。
受付嬢が微笑む。
「これで正式な新人冒険者です。」
ダグラスは紙を見る。
「……修了。」
少し間。
「不思議だ。」
ガエンが聞く。
「何が?」
「死を扱う者が、“生き延びる方法”を学んだ。」
ガエンは笑った。
「それが冒険者ってもんだ。」
ゲイツが拳を握る。
「俺、頑張ります!」
ダグラスは頷いた。
「共に生き延びよう。」
そう言ってからダグラスは依頼掲示板を眺める。
掲示板には様々な依頼が並んでいる。
薬草採取、護衛依頼、討伐依頼からペット探しまで多種多様な依頼がある。
「なるほど、冒険者のランクによって受けられる依頼は変わるのか。」
「そりゃそうだ。駆け出しの新人がいきなりドラゴンの討伐に行っても全滅するだけだからな。」
ダグラスは掲示板のFの欄を見る。
依頼内容はペット探しや薬草採取ばかりだ。
Eの欄では簡単な護衛や警備が増えてくる。
Dの欄になるとようやく討伐依頼。ただし弱い魔物ばかりだった。
Cの欄では少し強い魔物の討伐依頼や遠方への護衛、盗賊討伐などがある。
「俺はこのCの依頼を受けられるのか。ブラッドウルフやアイアンアント?なんだ?簡単な魔物しかいないじゃないか。」
「依頼は一つ上のランクも受ける事も出来るぞ。それにギルドに認められればランクも上がる。ランクってのは冒険者の安全を守るためにあるんだ。普通はFランクから少しずつ経験を積んでランクを上げていく。」
ダグラスはガエンの言葉を聞いて納得した表情になった。
「なるほどな、段階的に“死なない技術”を学ばせる仕組みか。」
ダグラスは静かに頷いた。
掲示板を眺める目は冷静そのものだが、どこか楽しげでもあった。
「合理的だ。無謀を防ぎ、生存率を上げる。実に良い制度だな。」
「お前みたいな奴が言うと説得力あるな……」
ガエンは腕を組んで苦笑する
「まあな。冒険者ってのは強さより“帰ってくる率”が大事だ。」
「帰還率。」
「そう。強くても死んだら意味がない。」
ダグラスは小さく頷いた。
「合理的だ。」
しばらく二人は依頼掲示板の前に立ったまま会話を続けた。
周囲では冒険者たちが紙を剥がし、仲間を呼び、酒場側では笑い声が響いている。
ギルドという生き物が呼吸しているようだった。
ゲイツが遠慮がちに口を開く。
「えっと……先輩たちはどんな依頼受けるんですか?」
「先輩ではない。」
「もうCランクですよ!十分先輩です!」
ガエンが笑う。
「まあ初仕事は軽いのでいいだろうな。」
ダグラスは依頼を見ながら呟いた。
「興味深い。」
「何がだ?」
「依頼の難易度ではない。“内容”だ。」
ダグラスは掲示板を指差した。
「魔物討伐。護衛。採取。探索。紛失物捜索。」
「普通だろ?」
「共通点がある。」
ガエンは少し考えたがわからない顔をした。
「なんだ?」
ダグラスは静かに言った。
「――すべて、“死を遠ざける仕事”だ。」
少し間。
ゲイツが首を傾げる。
「え?」
「魔物討伐は被害を未然に防ぐ。」
「護衛は危険から守る。」
「採取は生活を支える。」
「探索は未知による事故を減らす。」
「紛失物捜索は人の心を救う。」
黒い外套が揺れる。
「冒険者とは死と戦う職業ではない。」
ダグラスは結論を出した。
「死を遅らせる者たちだ。」
ガエンが感心したように息を吐く。
「……そんな考え方したことなかったな。」
「死神の視点だ。」
「なるほどな。」
ダグラスはさらに掲示板を観察し続けた。
視線は依頼ではなく――人へ向いていた。
酔って笑う者。
地図を広げて議論する者。
傷だらけで帰還する者。
新人に助言するベテラン。
しばらく沈黙。
やがてダグラスがぽつりと言った。
「もう一つわかった。」
「今度は何だ?」
「この場所が騒がしい理由だ。」
ガエンがニヤリとする。
「酒場だからじゃないのか?」
「違う。」
ダグラスはゆっくりギルド全体を見渡した。
「ここには“明日も生きている前提”がある。」
ゲイツが目を瞬かせる。
「……明日?」
「死を知る場所ほど静かになる。」
「だがここは違う。」
ダグラスの声は穏やかだった。
「誰もが次の依頼を考えている。」
「つまり――未来を信じている。」
ガエンは少しだけ驚いた顔をした。
そして笑う。
「お前、冒険者向いてるな。」
「そうだろうか。」
「少なくとも死神よりはな。」
「私は死神だ。」
「知ってる。」
三人は少し笑った。
その時。
近くで依頼を剥がそうとしていた新人が背伸びして届かず苦戦していた。
ダグラスが無言で紙を取って渡す。
「……ありがとうございます!」
新人は慌てて走っていった。
それを見送って、ダグラスが言う。
「もう一つ考察がある。」
「まだあるのか。」
「冒険者ランク制度。」
ガエンが頷く。
「聞こうじゃないか学者先生。」
ダグラスはカードを取り出した。
Cランクの金属カードが光を反射する。
「強さの序列ではない。」
「ほう?」
「信頼の階段だ。」
ガエンの笑みが消え、少し真面目な顔になる。
「説明してみろ。」
「高ランクほど危険な依頼を任される。」
「それは力だけでは成立しない。」
ダグラスはカードを指でなぞる。
「依頼主が“生きて帰ると信じられる者”にのみ仕事が集まる。」
ゲイツが小さく呟く。
「……信用。」
「そうだ。」
ダグラスは続けた。
「冒険者ランクとは、生存記録の積み重ね。言い換えれば――」
少しだけ間を置き。
「死に損なった回数の証明だ。」
ギルドの喧騒が遠く聞こえる。
ガエンが大きく笑った。
「ははは!それは冒険者全員怒るぞ!」
「事実だ。」
「否定できないのが悔しいな。」
ゲイツは拳を握る。
「俺も……死に損なえるようになります!」
「言い方。」
ガエンがツッコむ。
ダグラスは静かに頷いた。
「それでいい。」
その時――
ギルド掲示板で鐘が鳴った。
カーン!!
緊急依頼。
ざわめく冒険者たち。
受付嬢の声が響く。
「新人でも参加可能な討伐依頼です!」
ガエンがニヤリと笑う。
「……さて、初仕事だな。」
ダグラスは外套を翻した。
「講習の成果を試す時か。」
死神の新人冒険者生活はまだ始まったばかりだった。




