2.死神、冒険者になる
静寂の城を出発したガエンとダグラスは一番近い人間領の街、ガナーノに向かった。
ガナーノは商業が盛んで魔族領との貿易の拠点になっている街である。
ガナーノまでの道のりは街道が整備されていて多くの魔族や人間が馬車や徒歩で行き交っている。
「ダグラスはガナーノに行った事はあるのか?」
「行った事はあるがギルドに行くのは初めてだ。」
「なら冒険者ギルドに登録をしないとだな。」
「登録?」
「ああ、冒険者登録をしないと依頼を受けられないからな。」
そう言うとガエンは冒険者カードを取り出してダグラスに見せた。
名前:ガエン
種族:オーガ
性別:男
年齢:31歳
職業:農家
冒険者クラス:A
「農家?」
「あー、登録する時に職業を決めるんだ。職業って言われても何て書けばいいのかわからなかったから農家にした。」
「ガエンなら戦士とかじゃないのか?」
「戦いよりも作物を作っている方が好きだからな。ダグラスは職業何にするんだ?死神か?」
「死神は種族だ。職業は考えておかないとな。」
「そもそも死神って何なんだ?死を司る神なのか?」
「死神は死神だ。神じゃない。お前はフライパンが空を飛ぶパンだとでも思っているのか?」
「なるほど、エゴノネコアシみたいなものか。あれもエゴノキに猫の足が生えているわけじゃないしな。」
「みたいなものかと言われてもそれがわからん。」
ダグラスは心の中で、
(後でググるか....)
と呟いた。
そんな他愛もない会話を交わしながら街道を進むにつれ、遠くに石造りの城壁が見えてきた。
荷馬車の列、行商人の呼び声、旅人の笑い声。
静寂の城では決して聞くことのない「生活の音」が風に乗って流れてくる。
「……賑やかだな」
ダグラスが呟いた。
「ガナーノは人間領でも特に人の出入りが多い街だからな。魔族も珍しくない。」
「視線は集まっているがな。」
確かに、行き交う人々の何人かが二人を見ていた。
巨大なオーガと、黒い外套を纏った死神。目立たないはずがない。
「気にするな。あいつらは怖がってるんじゃない。『どこの商隊の護衛だ?』って顔だ。」
「そういうものか。」
「そういうものだ。」
やがて城門へ辿り着く。
門番の人間兵が槍を構えた。
「止まれ。身分証を。」
ガエンは慣れた手つきで冒険者カードを差し出す。
兵士はそのカードを見て眉を上げた。
「……Aランク?農家?」
「農家だ。」
「……そうか。」
兵士は深く考えるのをやめた顔で頷いた。
続いてダグラスを見る。
「そちらは?」
「まだ未登録だ。これからギルドへ行く。」
「種族は?」
「死神。」
兵士の動きが止まった。
隣の兵士も止まった。
その場の空気が止まった。
「……冗談はやめろ。」
「冗談ではない。」
「仮装か?」
「素顔だ。」
誰しもが言葉を失って沈黙が広がる。
ガエンが肩をすくめながら言った。
「危険な奴じゃない。むしろ礼儀正しいぞ。」
「礼儀正しい死神って何だ……」
門番は頭を抱えた後、深くため息をついた。
「……問題を起こすなよ。」
「起こさない。」
「起こさせない。」
二人は同時に答えた。
こうして、ガエンとダグラスは人間領最大級の交易都市ガナーノへ足を踏み入れた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
石畳の通りには屋台が並び、香ばしい肉の匂いが漂う。
楽師が笛を吹き、子供たちが走り回り、商人が値段を叫ぶ。
ダグラスは立ち止まった。
「……この場所は生きているな。死者の気配が薄い。」
「当たり前だ。街だからな。」
ダグラスは少しだけ首を傾げた。
「だが、嫌いではない。」
ガエンは笑った。
「だろ?平和ってのはこういうもんだ。」
その時。
――ガシャーン!!
近くの露店が派手に倒れた。
怒鳴り声が響く。
「金がねぇなら最初から食うんじゃねぇ!」
「だから後で払うって言ってるじゃないか!」
見ると、若い冒険者風の少年が店主に胸ぐらを掴まれていた。
周囲の人々は距離を取っている。
「……あれはよくあるのか?」
「新人冒険者あるあるだな。依頼失敗して無一文。」
ガエンは腕を組んだ。
「放っておくか?」
ダグラスは少し考えた。
そして静かに言った。
「――放っておけない。」
黒い外套が揺く。
死神が一歩前へ出る。
その瞬間、周囲の空気がわずかに冷えた。
ガエンは苦笑する。
「……冒険者初日から事件か。先が思いやられるな。」
ダグラスは答えた。
「冒険とは、こういうものなのだろう?」
「まあな。」
ガエンは拳を鳴らした。
「よし、未来の同業者を助けに行くか。」
二人は騒ぎの中心へ歩き出した――。
騒ぎの中心に近づくにつれ、人垣が静かに割れていった。
理由は単純だった。
巨大なオーガと死神が歩いてくるからだ。
「……なんか道が空くな。」
「威圧感というやつだ。」
「お前のせいだと思うぞ。」
「否定はしない。」
店主はまだ少年の胸ぐらを掴んでいた。
「払えねぇなら冒険者なんかやめちまえ!」
「依頼主が逃げたんだってば!」
少年は必死に叫ぶが、空腹と疲労で足が震えている。
革鎧は擦り切れ、剣も安物。
いかにも登録したばかりの新人だった。
ダグラスが静かに口を開く。
「いくらだ。」
店主が振り向く。
そして――凍りついた。
「……っ」
死神と目が合った。
「……代金だ。いくら支払えば解決する。」
「え、いや……その……」
店主は一瞬言葉を失ったあと、慌てて答える。
「肉串三本とパンで……銅貨十二枚だ。」
ガエンが即座に財布を出した。
「ほい。」
チャリン、と音が鳴る。
「これでいいか?」
店主は何度も頷いた。
「あ、ああ!問題ねぇ!」
掴まれていた少年が解放され、その場にへたり込む。
「た、助かった……」
ダグラスは少年を見下ろした。
「名前は。」
「ゲイツ……です。冒険者になったばっかで……」
「依頼失敗か。」
「はい……護衛依頼だったんですけど、依頼主が途中で逃げちゃって……報酬ゼロで……」
ガエンが苦笑する。
「新人洗礼だな。」
「洗礼?」
「冒険者ギルドは依頼主も冒険者も玉石混交だ。外れを引くこともある。」
ゲイツは俯いた。
「……俺、向いてないのかも。」
その瞬間。
ダグラスがしゃがみ、ゲイツと目線を合わせた。
その様子に周囲がまた静まる。
死神が新人に話しかけているという奇妙な光景だった。
「お前に問う。」
低く、しかし穏やかな声。
「依頼から逃げたか。」
ゲイツは先程の安堵の表情から少しばかり緊張した面持ちで答える。
「……逃げてません。」
「依頼を恐れたか。」
先程より緊張した、しかし迷いのない目で答える。
「……怖かったです。でも最後まで護衛しました。」
「なら問題ない。」
ゲイツが顔を上げる。
ダグラスは淡々と言った。
「逃げなかった者は、まだ終わっていない。」
その言葉には妙な重みがあった。
まるで何百年も死と向き合ってきた者の言葉のように。
ガエンが腕を組む。
「いいこと言うじゃないか死神。」
「事実を述べただけだ。」
ゲイツは目を潤ませた。
「……ありがとうございます。」
ゲイツは何度も頭を下げた。
「本当にありがとうございました……!」
「礼は不要だ。」
ダグラスは立ち上がる。
「次は食う前に財布を確認しろ。」
「はい!」
ガエンが笑う。
「お、ちゃんと先輩っぽいこと言ってるじゃないか。」
「先輩ではない。まだ未登録だ。」
「そうだったな。」
ガエンは街の奥を指差した。
「じゃあ本来の目的だ。冒険者ギルドへ行くぞ。」
ゲイツが目を丸くした。
「ギルドに行くんですか?俺も戻るところなんで案内します!」
「助かる。」
オーガと死神と少年の三人は並んで石畳を歩き出した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
やがて、大通りの先に巨大な建物が見えてきた。
石造り二階建て。
入口の上には剣と盾の紋章。
酒場のような賑わいと、武装した者たちの気配。
扉が開くたびに――
笑い声。
怒鳴り声。
依頼内容を読む声。
武器のぶつかる音が聞こえる。
「……ここか。」
ダグラスが呟く。
「冒険者ギルド・ガナーノ支部だ。」
ガエンは慣れた様子で扉を押し開けた。
中に入った瞬間。
ギルドが静まった。
視線が一斉にガエン達に集まる。
オーガはまだいい。
だが――
黒衣の死神。
多くの人がその姿を見る事なく一生を終える。
誰しもが黒衣を見に纏う男が何者なのかはわからなくとも、その男が異形であると一瞬で理解した。
酒を飲んでいた冒険者が固まり、受付嬢が羽ペンを落とし、奥で腕相撲していた男たちが手を止めた。
「……また視線だな。」
「今回は完全にお前だ。」
「理解している。」
ゲイツが小声で言う。
「だ、大丈夫です!ギルドは種族差別禁止なんで!」
「それは助かる。」
受付カウンターへ向かう。
受付にいた女性が、ぎこちない笑顔を浮かべた。
「よ、ようこそ冒険者ギルドへ……ご用件は?」
ガエンが親指でダグラスを指す。
「新規登録だ。」
受付嬢の視線がゆっくり死神のダグラスへ。
「……種族を、確認しても?」
「死神。」
ペンが止まった。
「……もう一度。」
「死神。」
「……冗談ではなく?」
「事実だ。」
しばしの沈黙。
周囲の冒険者たちが耳をそばだてている。
受付嬢は深呼吸した。
さすがプロだった。
「……わかりました。規定により、危険種族でも登録可能です。」
ざわ……と周囲が揺れる。
「では登録用紙をどうぞ。」
羊皮紙が差し出される。
名前:ダグラス
種族:____
性別:____
年齢:____
職業:____
ダグラスは固まった。
「……職業。」
ガエンがニヤつく。
「死神農家にするか?」
「ならない。」
「じゃあ死神見習い?」
「見習っていない。」
その様子を見てゲイツが小声で言う。
「戦士とか、剣士とかが無難ですよ。」
ダグラスは少し考えた。
長い沈黙。
やがてペンが動く。
職業:旅人
受付嬢が読み上げた。
「……旅人、ですか?」
「今はそれが最も近い。」
ガエンが頷く。
「いいじゃないか。冒険者っぽい。」
「冒険とは旅だろう。」
「確かにな。」
受付嬢は微笑み、書類を回収した。
「では、能力測定を行います。」
奥の水晶台へ案内される。
透明な巨大水晶。
新人冒険者が必ず通る儀式だった。
「手をかざしてください。」
ダグラスが黒い手袋を外す。
その瞬間。
空気が冷える。
水晶がカタカタと震えた。
ピキ……。
「え?」
ピキピキピキ――
バキン!!
水晶にヒビが走った。
ギルド全体が凍りつく。
受付嬢が青ざめる。
「す、水晶が耐久限界を……」
ガエンが頭を抱える。
「初日から設備破壊か……」
ダグラスは困惑していた。
「……触れただけだ。」
その時、奥からギルドマスターらしき壮年の男が現れる。筋肉質な体に無数の傷跡、元々冒険者だった事を伺わせる鋭い目つき。
その男が腕を組み、ダグラスをじっと見る。
「面白い。」
低い声。
「測定不能判定だな。」
ギルド内にざわめきが広がる。
「規定により――」
ギルドマスターは笑った。
「ランクCからスタートとする。」
受付嬢が慌ててカードを刻印する。
光が走り、一枚の金属カードが完成した。
ダグラスへ差し出される。
⸻
名前:ダグラス
種族:死神
性別 : 男
年齢 : 110歳
職業:旅人
冒険者クラス:C
⸻
ダグラスはカードを静かに受け取った。
しばらく見つめる。
「……これで冒険者か。」
ガエンが肩を叩いた。
「ようこそ、同業者。」
ゲイツが目を輝かせる。
「先輩だ……!」
ダグラスは小さく頷いた。
「まだ始まったばかりだ。」
ギルドの喧騒が戻る。
酒の音。
依頼の声。
笑い声。
死神はカードを外套の内側へしまった。
その仕草は――
どこか少しだけ、嬉しそうだった。
ギルドカードを受け取った直後受付嬢がにこやかに言った。
「それではダグラスさん、新人冒険者講習にご参加ください。」
ダグラスが止まる。
「……講習?」
ガエンが吹き出した。
「あーあるある。登録したら強制だ。」
「強制?」
「新人が死なないための授業だな。」
ダグラスは静かに頷いた。
「死なない方法を学ぶ講習か。」
受付嬢が微妙な顔をした。
「ええと……主に“迷惑をかけない方法”です。」
登場人物
ゲイツ・・・若い人間の新人冒険者、ランクF。
マルダ・・・ベテラン女性冒険者、ギルドの新人講習担当、ランクA。




