1.魔王、世界征服を企む
静寂の城――旧名デスパレス。
かつて世界を震え上がらせた魔王城は、今では妙に生活感に満ちていた。
廊下の壁には修復跡。
床には謎の焦げ跡。
天井には、なぜか刺さったフォーク。
「……またか」
魔王軍幹部、オーガの男――ガエンは額を押さえた。
原因は考えるまでもない。
ドゴォン!!
遠くで爆音。
続いて。
「す、すまん!!直そうとしたら増えた!!」
ミノタウロスのミノの声だ。
ガエンはため息をついた。
「増えるってなんだよ……」
歩きながら帳簿をめくる。
今日のミノの行動による修繕費。
・壁修理
・床張替え
・食堂テーブル全損(3回目)
財務担当になって三ヶ月。
戦場より過酷だった。
角を曲がると、長い尾が通路を塞いでいる。
美しいラミアの女性、ミリアが窓際で寝転がっていた。
「ねえガエン。人生って溶けかけのプリンみたいだと思わない?」
「朝から何言ってんだ」
「形はあるのに、もう戻らない感じ」
「……なるほどそうか。」
ガエンは納得して頷いた。
理解はしていない。
ミリアの独特のワードセンスを理解するのはいつになるのだろうか。
そのまま進む。
次の瞬間。
ゴッ!!
何かが高速で横切り、壁に突き刺さった。
見るとホークマンのルードが壁から生えている。
背中から生えた二つの翼は飛ぶスピードが早くなる事はあっても減速する事はない。
ブレーキという言葉は彼の辞書には載っていない。
ゆえに毎回とんでもないスピードで飛んでは壁に突き刺さる日々を送っている。
「また道に迷ったのか。」
「方向は合ってたんだ!!壁が悪い!!」
「壁に動いてもらおうとするな。」
ルードを引き抜く。
その背後で、低い声が響く。
「今日も平和だな」
黒い外套の男――死神ダグラス。
鎌を肩に掛け、呆れ顔で立っていた。
「これを平和って言うのか?」
「死人が出てない時点で奇跡だ」
正論だった。
その時。
足元で小さな声。
「……おはよ」
ガエンは一瞬気づかなかった。
五センチほどの少女。
ピクシーのナラが浮かんでいた。
「おう」
さらに巨体のボアマン、デルストが通り過ぎる。
「ヴァズグルラドバババ!!!」
絶望的な滑舌の悪さにガエンとダグラスが同時に止まる。
「……今なんて言ったんだ?」
ナラが答える。
「今日はいい日だねって」
「なんで分かるんだ」
ナラは首を傾げた。
「普通に言ってるよ?」
普通ではない。
その時、城内に魔力放送が響いた。
低く威厳ある声。
『魔王軍幹部よ。玉座の間へ集え』
ガエンとダグラスは顔を見合わせる。
「嫌な予感しかしないな」
「間違いなく仕事が増える」
二人は歩き出した。
玉座の間。
巨大な扉が開く。
そこにいたのは――
紅い肌。
立派な二本の角。
そしてなぜか厨二病全開の黒いゲームキャラのような衣装。
現魔王、バラム。
マントを翻し、ゆっくり立ち上がる。
「よく集まった、我が幹部たちよ」
全員整列。
ミノタウロスのミノは壁を壊さないよう縮こまり、
ハイオークのマルドはキメ顔、
ドラゴニュートのビルムは羽を整え、
ダークエルフのラーシャは既に落ち込み気味。
ダグラスが小声で言う。
「絶対ろくでもない」
ガエンも同意した。
魔王は重々しく口を開く。
「余は……考えた」
沈黙。
「世界征服についてである」
ガエンの胃が痛くなる。
魔王は腕を広げた。
「人間界との――」
誰もがその後に続く言葉を想像し、怯え、怯み、あるいは不安にかられ、一瞬の静寂に息を呑む。
「大運動会を開催する!!」
その場に訪れたのは沈黙。
完全な沈黙。
ダグラスが目を閉じた。
「やっぱりな」
ラーシャが小声で呟く。
「終わりましたね、世界……」
ミノが手を挙げる。
「綱引きとかやるのか?」
「もちろんだ!」
魔王は誇らしげだった。
「競い合い、理解し合い、友情を育む!」
「それ世界征服なのか?」
ガエンが思わず言った。
魔王は真剣な顔で頷く。
「争わずに支配する。これぞ新時代!」
誰も反論できなかった。
いや、できた。
ダグラスはどこから突っ込んでいいのか迷うほどの問題の中から一番重要な問題を一つだけ選ぶ事にした。
「で、予算は?」
魔王の動きが止まる。
静寂。
ゆっくり視線がガエンへ向く。
嫌な予感。
「ガエン」
「……はい」
「金はない」
知ってた。
魔王は堂々と言った。
「ゆえに――」
魔王はガエンを指差し、そして一言放った。
「人間界で働いてこい」
(なんで俺が財務担当なんだ……)
誰にも届かない声を心の中で呟く。
ガエンは諦めたように天井を見上げた。
そこにはいつもと何も変わらない静寂の城の天井が続いているだけだった。
だが誰も気づかなかった。
玉座の間の高い窓。
光の中。
誰にも見えない女性が静かに立っていた。
優しく微笑む。
世界を見守る者。
光の女神、世界を見守る存在、ステラ。
彼女は小さく呟く。
「また、面白い選択をしましたね」
そして光は消えた。
誰も知らない。
世界の命運を決める物語が――
今、ただの運動会から始まったことを。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
数時間後、ガエンは倉庫で人間領に行くための準備をしていた。
持っていく荷物を確認しながら整理していると、
コンコン
ノックする音が聞こえたので、ドアを開けると死神ダグラスがいた。
「俺も行こう。二人の方が効率がいいだろ。」
「ああ、助かる。」
「ギルドに行くつもりだろ?」
ガエンの用意している荷物を見てダグラスも準備を始める。
「そういえばガエンは昔、人間領にいたんだったよな?」
「ああ、小さい頃に人間に拾われて農作業を手伝っていた。」
ガエンは懐かしむように荷造りの手を止めて目を細めた。
「大人になって独り立ちした時に、自分の畑が欲しくてな。誰もいなそうな土地を畑にしようと整地していた。」
「勝手にか?」
「勝手にだ。」
「道具はどうしてた?もらったのか?」
「いや、素手だ。」
「素手......」
「その時に魔王に声をかけられたんだ。」
ダグラスは少し思い出したような表情になる。
「だから城の庭に畑があるのか。ただの趣味かと思っていた。」
「ああ、せっかく身につけた技術を忘れたくはないからな。」
そう言って笑うと、ガエンは荷物の準備を終わらせた。
「じゃあ行くか。」
ダグラスも準備を終わらせガエンに頷く。
「そうだな。」
ガエンは自分とダグラスの荷物を持ち立ち上がると、ダグラスと二人で静寂の城を後にした。
少し歩いた所で城から何か音が聞こえたが、二人は聞こえないふりをして歩いていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
この世界には人間領と魔族領がある。
人間領と魔族領の間には関所や門や街などがあり、警備兵がいるが基本的には自由に行き来が出来る。
魔王の城『静寂の城』は魔族領の王都マグノリアの中心部にある。
先代魔王の頃は『デスパレス』と呼ばれていたが、現魔王バラムが
「なんか『静寂の城』って名前の方がカッコよくね?」
と言って一方的に変えてしまった。
300年前は人間と魔族は争っていたが今は和平条約によって争いはなくなっていた。
先代魔王は当時の勇者に討伐されたとも、どこかに封印されたとも、実はまだ生きているとも言われていて真相を知っている者は誰もいない。
人間領では光の女神ステラを信仰する者が多く光の教団があるが、特にステラからの信託や教えがあるわけではなく、ステラの姿を見た者もいないため信仰する者が勝手に神格化している。
人間領にも魔族領にも魔物や魔獣は存在しているため生活を脅かす場合は討伐をする。
人間領では冒険者ギルドがあり討伐の他にも採取や調査など色々な依頼がある。
今回ガエンとダグラスは冒険者ギルドの依頼を受けるために人間領に向かうのだった。
登場人物
ガエン・・・オーガの男性、筋肉隆々の巨漢。財務担当。
ダグラス・・・死神、冷静で慎重、常識人。
バラム・・・魔王、赤い肌に二本の立派な角を持つ。威厳に満ちた声。
ミノ・・・ミノタウロスの男性、力加減が下手ですぐに物を壊す。
マルド・・・ハイオークの男性、自信過剰でナルシスト。
ビルム・・・ドラゴニュートの男性、立派の羽を持っているがうまく飛べない。
ミリア・・・ラミアの女性、美しい容姿だが言葉選びが独特。
デルスト・・・ボアマンの男性、滑舌が絶望的に悪く何を言っているかわからない。
ラーシャ・・・ダークエルフの女性、美しいが自分に自信がなくすぐに落ち込む。
ナラ・・・ピクシーの女性、体長が5cmで声も小さいため気づかれない事が多い。




