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静寂の城〜魔王は世界征服をしたい〜  作者: 赤井六舷
魔族領軍事国家、バルファード

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75.諜報員、焦る

翌朝。

クリアフォルの街は朝日を浴び、爽やかな活気に包まれていた。

宿の一階では、七人が旅支度を終え、それぞれの荷物を背負って集まっている。

ガエンは大きく腕を組み、全員を見回した。


「よし、ここで一旦別行動だ。」


ダグラスが地図を広げながら確認する。


「俺たちは予定通り、馬車で軍事国家バルファードへ向かう。」


ラーシャも頷く。


「スポンサー交渉はこちらで進めますね。」


マイトはビルム達の方を向いて笑顔を見せた。


「そっちは芸人集め、頼んだよ!」


ビルムは親指を立てる。


「任せとけ! 笑いのことなら俺らの出番や!」


ナラも元気よく両手を上げた。


「いっぱい面白い人を連れてくるね!」


ミリアは静かに頷く。


「芸術は爆発。」


ビルムが即座に反応する。


「それ有名な人の言葉や! 今日はちゃんと意味通じてるやん!」


「奇跡。」


「自分で言うな!」


朝から軽快なツッコミが飛び、全員が笑う。

ガエンは豪快に笑いながらビルムの肩を叩いた。


「はっはっは! 頼りにしてるぞ!」


「もちろんや!」


ビルムは胸を張る。


「世界中から芸人も歌手も大道芸人も集めたる!」


ナラも目を輝かせる。


「ダンスが上手な人も呼びたい!」


ミリアは静かに付け加えた。


「腹話術。」


「ええやん!」


「影絵。」


「それもええ!」


「餅つき。」


「芸じゃないやろ!」


「早朝ラジオ体操。」


「誰が見に来んねん!」


ビルムの鋭いツッコミに、一同はまた笑い出した。

ガエンは笑いながら頷く。


「お前らなら賑やかな連中をいっぱい集められそうだ。」


「任せろ!」


ビルムは力強く答えた。


「運動会を世界一盛り上げるためや!」


ダグラスは静かに口を開く。


「それでは行こう。」


七人は宿を出ると、大通りまで歩いていく。

やがて大きな広場へ出ると、そこには各国へ向かう馬車が何台も並ぶ馬車乗り場があった。

御者たちが馬の手入れをし、旅人たちが荷物を積み込み、朝から慌ただしく動いている。

ガエン達四人は「バルファード行き」と書かれた馬車へ向かう。

一方、ビルム達三人は反対方向へ歩き始めた。


「ほな、行ってくるで!」


ビルムが大きく手を振る。


「また城で会おう!」


マイトも力いっぱい手を振り返す。


「そっちも気をつけてね!」


ナラはぴょんぴょん飛び跳ねながら笑顔を見せる。


「いっぱい友達作ってくるー!」


ミリアは振り返り、小さく手を挙げた。


「ラッコ。」


「最後までラッコなんかい!」


ビルムのツッコミが朝の広場に響き渡り、近くの旅人たちまで思わず吹き出した。

笑いながら手を振り合い、二つのグループはそれぞれ別々の道へ歩き始める。


ガエン、ダグラス、マイト、ラーシャは、軍事国家バルファードへ向かう馬車へ乗り込み、新たなスポンサーとの出会いを目指して旅立つ。


そしてビルム、ミリア、ナラは、まだクリアフォルに滞在している笑芸大会の出場者やアーティストたちを勧誘するため、再び街の中心部へと足を向けるのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


ガエンたち四人が馬車へ乗り込むと、中にはすでに数人の旅人が腰を下ろしていた。

商人らしき男、荷物を抱えた老夫婦、そして窓際に静かに座る、一人の男。

黒い外套を羽織り、口元から首元まで布で覆い、露出しているのは鋭い目元だけ。

その男は四人が乗り込むのを見ると、軽く会釈した。


「おや。皆さんもバルファードへ?」


穏やかな声だった。

ガエンは気さくに笑う。


「ああ、そうだ!俺はガエン。こっちは仲間のダグラス、マイト、ラーシャだ。」


覆面の男はゆっくり頷く。


「失礼しました。私はアッシュと申します。ただの旅人ですよ。」


マイトは人懐っこく笑顔を向けた。


「よろしく、アッシュさん!」


「よろしくお願いします。」


ラーシャも礼儀正しく頭を下げる。

ダグラスは一度だけアッシュへ視線を向けるが、それ以上は何も言わず席へ座った。

やがて御者の声が響く。


「出発するぞー!」


馬がゆっくり歩き始め、車輪が石畳を転がる音が街へ響いた。

クリアフォルの城壁が少しずつ遠ざかっていく。

その様子を眺めながら、アッシュは静かに目を細める。


(……ようやく接触できた。)


もちろん、その表情は覆面の奥に隠されている。

彼の正体は旅人ではない。

軍事国家バルファード直属の諜報部隊、影働きの一員だった。

今回の任務はただ一つ、静寂の城からの使者として世界各国を巡っているガエン一行の調査。

彼らは各国を回り、魔王バラムが計画する世界規模の運動会のスポンサーを募っている。

しかし、それだけが目的なのか。

軍師王レムルスは慎重な人物だった。

どんな相手であっても、実際に会い、自ら確かめる。

そのためアッシュは身分を隠し、この馬車へ乗り込んでいた。


(オーガのガエン……。勇者マイト。ダークエルフのラーシャ。そして寡黙な死神ダグラス。リターシャ国王やフロスティア女王が高く評価した一団……。実際はどんな人物なのか。)


彼は何気ない視線で四人を観察する。

ガエンは窓の外を眺めながら鼻歌を歌い、マイトは初めて見る景色にはしゃぎ、ラーシャは地図を広げ、ダグラスは静かに荷物の固定を確認している。

想像していた「静寂の城の使者」とは、ずいぶん雰囲気が違う。


(もっと威圧的な連中かと思っていたが……。ずいぶんと自然体だ。)


そんなことを考えていると、ガエンが突然こちらを向いた。


「なあアッシュ!」


「はい?」


「バルファードってどんな国か知ってるか?」


アッシュは一瞬だけ驚いたものの、すぐ穏やかに答える。


「そうですね……。」


「規律を何より重んじる国です。兵士たちは皆よく鍛えられ、町も整然としています。」


「なるほど!」


ガエンは豪快に頷く。


「楽しみだ!」


マイトも身を乗り出す。


「美味しいものってあるの?食堂とか!」


アッシュは少し考えてから答える。


「豪快な肉料理が有名ですね。兵士向けなので量も多いですよ。」


「本当!?」


マイトの目が輝く。


「絶対食べたい!」


ガエンも豪快に笑った。


「気が合うな!」


その様子を見ていたアッシュは、内心で小さく息をつく。


(……こんな他愛もない会話になるとは。だが、こういう何気ない時間ほど本性は見える。)


彼は表情を崩さないまま、静かに四人との会話を続ける。

任務は始まったばかり。

この陽気な一行が、本当に世界を動かすだけの器を持つ者たちなのか。

それとも軍師王レムルスが警戒するべき存在なのか。

その答えを探るため、覆面の諜報員アッシュは、旅人を装ったままガエンたちとの長い馬車の旅を共にするのだった。


馬車は雪の積もる街道を、一定のリズムで進み続けていた。

窓の外には一面の銀世界。

針葉樹には雪が積もり、遠くには白く染まった山々が見える。

車内は暖炉代わりの小さな火鉢のおかげで思ったより暖かく、旅人たちは思い思いにくつろいでいた。


「しかし雪ってのは綺麗だなぁ!」


ガエンが窓の外を眺めながら感心する。


「マグノリアじゃこんな景色、めったに見られねぇ。」


マイトも窓へ顔を近づけた。


「雪合戦したくなるよね!」


ラーシャが苦笑する。


「今やったら馬車が止まってしまいますよ。」


「それもそうか!」


マイトは照れ笑いを浮かべた。

その何気ないやり取りに、車内の空気は自然と和む。

アッシュも穏やかに笑みを浮かべながら会話へ加わった。


「皆さんは世界中を旅しているそうですが、一番印象に残った国はどちらですか?」


質問は自然だった。

だが、その意図は違う。


(旅の思い出を聞けば、人柄が見える。誰が主導し、誰が判断し、何を大切にしているのか……。)


諜報員として染み付いた癖だった。

ガエンは腕を組んで考える。


「どこも良かったが……俺はフィルドリアかな。朝食文化が強烈だった。」


マイトも口を開く。


「俺はサイヴァーン!国王がゲーム好きで盛り上がったからね。」


ラーシャは少し微笑む。


「私はクリアフォルですね。皆さん温かい方ばかりでした。」


アッシュは一人一人の答えを頭の中で整理していく。


(国の豊かさではなく、人との出会いを語る……。)


続いて彼は何気なく尋ねた。


「皆さんは旅の途中で意見が対立することはありませんか?」


ガエンは豪快に笑う。


「毎日だ!」


「えっ。」


アッシュが思わず目を瞬かせる。

マイトが笑いながら指を折る。


「昼ご飯!」


ラーシャ。


「宿。」


ガエン。


「風呂。」


三人は同時に笑った。


「それくらいですね。」


「……。」


アッシュは少し拍子抜けする。


(もっと作戦や方針で衝突するものだと思っていたが……。)


そこへガエンが肩をすくめる。


「でも最終的には話し合えば何とかなる。誰か一人で決める旅じゃねぇからな。」


その一言を聞き、アッシュは静かに目を細めた。


(なるほど……。)


彼は頭の中で小さく書き留める。


『主従ではない。互いを尊重する集団。』


その時だった。


カタン。


馬車が小さく揺れる。

積み荷がわずかに傾き、荷台の木箱が音を立てた。

ダグラスは何も言わず立ち上がり、素早く木箱を押さえて固定し直す。


「これで大丈夫だ。」


御者が外から声を掛ける。


「悪いね! 雪で道が少し荒れてる!」


「気にするな。」


ダグラスは短く返事をすると、元の席へ戻った。

その一連の動きを、アッシュは逃さなかった。


(無駄がない……。)


まるで長年訓練を積んだ兵士のような動きだった。


(あの男……ただの護衛ではない。)


その時だった。

ダグラスが静かに顔を上げる。


じっ――。


鋭い視線が、真正面からアッシュへ向けられる。

車内の賑やかな空気とは対照的に、その一瞬だけ時間が止まったようだった。


(……気付かれたか。)


アッシュは表情一つ変えない。

諜報員として培った平静さを保ち、自然に微笑み返す。


「どうかしましたか?」


ダグラスは数秒間、何も答えない。

ただ、その灰色の瞳はアッシュの目を真っ直ぐ見据えていた。

やがて静かに口を開く。


「いや。」


それだけだった。

再び視線を外し、腕を組んで目を閉じる。

しかしアッシュは確信する。


(今の目……。人を見る目じゃない。敵か味方かを測る目だった。)


諜報員だからこそ分かる。

あの一瞬で、自分は観察されていた。

まるで鏡を見るように。


(……面白い。)


覆面の奥で、アッシュはわずかに口元を緩めた。


(こちらが観察しているつもりだったが、向こうも私を見ている。)


軍師王レムルスの警戒は、決して杞憂ではないのかもしれない。


夕暮れが近づく頃。

馬車は雪深い街道を抜け、小さな宿場町へと到着した。

木造の家々からは夕餉の煙が立ち上り、旅人や商人たちが宿へと足を運んでいる。


「今日はここで一泊だな!」


ガエンが大きく伸びをする。


「腹減ったぁ!」


マイトは待ちきれない様子で宿へ駆け込み、ラーシャが苦笑しながらその後を追う。

ダグラスは荷物を担ぎ上げ、最後にアッシュへ目を向けた。


「行くぞ。」


「ええ。」


アッシュも自然に頷き、一行と共に宿へ入った。

宿の一階にある酒場は、旅人たちの笑い声で賑わっていた。

暖炉の火が赤々と燃え、肉の焼ける香ばしい匂いが漂う。

ガエンたちが空いている大きな席へ腰を下ろそうとした時、アッシュが遠慮がちに口を開いた。


「……もしご迷惑でなければ、ご一緒してもよろしいですか?」


「おう!」


ガエンは即答だった。


「ここまで一緒に旅した仲だ! 遠慮なんかするな!」


「ありがとうございます。」


アッシュも席へ着く。

料理と酒が運ばれてくると、アッシュはゆっくりと口元を覆っていた布へ手を掛けた。

するり、と布が外れる。

その瞬間、マイトが目を丸くする。


「……!」


ラーシャも一瞬だけ視線を止めた。

アッシュの左頬には、耳元から口元近くまで走る大きな傷跡。

そして口を開けば、人より鋭く伸びた牙が覗く。

獣人とも魔族とも違う、どこか猛獣を思わせる牙だった。


「傷……。」


マイトが思わず呟く。

アッシュは少しだけ笑う。


「昔の怪我ですよ。」


それ以上は語らない。

ガエンも深くは聞かなかった。


「そうか。」


ただそれだけ言って、豪快に肉へかぶりつく。

その反応に、アッシュは少しだけ意外そうな顔をした。


(聞かないのか……。)


普通なら「なんの傷だ」と興味を示す。

だが誰一人として踏み込まない。

それが、この一行らしかった。

やがて夕食も進み、酒場はさらに賑やかになっていく。

旅の話、各国の料理の話、マイトが昼間転びそうになった話まで飛び出し、笑い声が絶えない。

そんな中。

ガエンがジョッキを置き、ふとアッシュへ視線を向けた。


「で。」


アッシュは肉を口へ運ぶ手を止める。


「俺達の印象はどうだった?」


「…………え?」


空気が一瞬だけ止まる。

アッシュの脳裏に警鐘が鳴った。


(何だ、その質問は。)


ガエンは笑っている。

だが目だけは笑っていない。


「色々見て回ってただろ。話もよく聞いてた。だからさ。」


ガエンは酒を一口飲み、豪快に笑った。


「観察した結果を聞かせてくれよ。」


その一言で。

アッシュの心臓が一拍だけ強く脈打った。


(――いつ気付かれた。)


表情は崩さない。

だが頭の中では高速で記憶を遡る。


(馬車か?ダグラスに見られた時か。それとも質問が多すぎたか。いや……。最初から?)


沈黙はほんの数秒。

しかし諜報員にとっては永遠にも感じられる時間だった。

マイトは首を傾げる。


「え? 観察って?」


ラーシャも静かにガエンを見る。

ガエンは肩を竦めて笑った。


「いやな。アッシュって、人を見る癖があるんだよ。料理が来てもまず周りを見る。話す時も全員の反応を順番に見てる。質問も自然だけど、全部『相手を知るため』って感じだった。」


ガエンは指を立てる。


「だから思ったんだ。この人、旅人っていうより……。」


そこで言葉を切る。

アッシュは思わず息を呑んだ。


(言うな……。)


「人間観察が趣味なんだなって。」


「…………。」


一拍。

そしてマイトが吹き出した。


「なんだそれ!」


ラーシャも小さく笑う。


「言われてみれば、そんな気もします。」


酒場には再び笑い声が戻る。

だがアッシュだけは、胸の内で静かに息を吐いていた。


(……違う。そこまでは見抜かれていない。)


そう思った矢先。

ダグラスが黙って酒を飲みながら、低い声でぽつりと言った。


「趣味だけじゃない。」


その一言に、アッシュの肩がわずかに止まる。

ダグラスは杯を置き、真っ直ぐアッシュを見た。


「お前、人に見られることにも慣れてるな。」


静かな言葉。

だが、その眼差しは昼間の馬車と同じだった。

敵か、味方か。相手の本質を測る視線。

アッシュは微笑みを崩さないまま答える。


「旅をしていると、自然とそうなりますよ。」


「……そうか。」


ダグラスはそれ以上追及せず、再び酒を口へ運んだ。

しかしアッシュは確信していた。


(この男だけは……まだ疑っている。)


そして同時に、ガエンたちへの評価を心の中で一つ書き改める。


『想像以上に鋭い。特にダグラスは危険。ガエンも勘が異様に良い。今後は不用意な観察を控える必要あり。』


諜報任務は続く。

だが今夜、アッシュは初めて、自分が「観察する側」だけではなく、「観察される側」でもあることを強く意識するのだった。

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