74.大臣、盛り上がる
その日の夜、宿の部屋で旅支度を始めていると、廊下から聞き慣れた声がした。
「失礼します。皆さん、いらっしゃいますか?」
コンコン、と軽いノック。
「おう! 開いてるぞ!」
ガエンが返事をすると、扉が開き、淡い水色の髪を揺らしたシャーレ・クリオールが姿を見せた。
「こんばんは。」
「シャーレ!」
マイトが笑顔で迎える。
シャーレは微笑みながら部屋を見回した。
「スポンサー契約、本当におめでとうございます。女王陛下も皆さんの熱意を高く評価されていました。」
ガエンは照れくさそうに頭をかく。
「ありがとな。あとは運動会を成功させるだけだ。」
シャーレは椅子に腰掛けると、テーブルの地図に目を向けた。
「もう次の目的地も決められたのですね。」
「ああ。」
ガエンは地図の南東を指差す。
「次は軍事国家バルファードだ。」
「やはり。」
シャーレは納得したように頷いた。
「軍師王レムルス様なら、きっと興味を持たれるでしょう。」
ラーシャが尋ねる。
「シャーレさんは、レムルス王をご存じなんですか?」
「何度か外交の席でお会いしています。」
シャーレは静かに答えた。
「非常に頭の切れる方です。一見穏やかですが、会話をしているだけで、自分が何手も先まで読まれているような感覚になります。」
ダグラスが腕を組む。
「噂どおりか。」
「ええ。ですが、合理的な方でもあります。」
シャーレは微笑んだ。
「利益があると判断すれば、立場に関係なく手を組んでくださるでしょう。」
ガエンは力強く笑う。
「だったら俺たちは、運動会の価値をしっかり伝えるだけだな!」
「その意気です。」
シャーレも穏やかに笑った。
しばらくは、バルファードの気候や文化、レムルスの性格、入国時の注意点など、真面目な話が続く。
マイトも熱心に耳を傾けていた。
しかし、ふとシャーレが何気なく言った。
「そういえば、リターシャから聞きましたよ。」
「ん?」
「マイトさん、『レジェンドハンターⅩ』はもう遊ばれました?」
その瞬間マイトの目がキラッと輝いた。
「えっ!? シャーレもやってるの!?」
「もちろんです。」
「うわぁーーっ! あのラスボス前の隠しダンジョン見つけた!?」
「見つけました。あそこ、最初の村の井戸が伏線なんですよね。」
「そうそうそう!!」
ガタン!
マイトが勢いよく立ち上がる。
「誰も信じてくれなかったんだよ! 絶対あの井戸怪しいって最初から思ってたんだ!」
「私もです。」
シャーレは嬉しそうに頷く。
「しかも二周目でしか仲間にならない隠しキャラクターまでいますし。」
「わかる!! あれ最高だった!」
二人は一気に意気投合した。
「武器は何使ってるの?」
「私は魔導杖ですね。」
「えー! 俺は双剣派!」
「双剣も強いですよね。」
「あとさあとさ! 闘技場のランキングイベントやった!?」
「もちろん参加しました。」
「何位!?」
「世界四十八位でした。」
「えぇぇぇぇっ!?」
マイトは思わず叫ぶ。
「すごっ!! 俺、百三十位だったよ!」
「十分すごいですよ。」
「いやいや! 四十八位はプロじゃん!」
そこからはもう止まらなかった。
「あのボスの第二形態がさ!」
「属性耐性を積むと楽になりますよ。」
「マジで!?」
「あと隠し装備が――」
「え、それ知らない!」
次々とゲーム用語が飛び交う。
部屋の空気は、いつの間にか完全にゲーム談義一色になっていた。
ガエンは腕を組みながら苦笑する。
「……おい。」
反応なし。
「おーい。」
二人は夢中で話し続ける。
ビルムが小声で呟く。
「もう俺らおらんでもええんちゃうか。」
ナラが笑う。
「すっごく楽しそう。」
ラーシャも苦笑した。
「ここまで話が合うとは思いませんでした。」
ダグラスは静かに頷く。
「戦略ゲームの話になったら、朝まで終わらんな。」
その時だった。
マイトが興奮したままシャーレへ身を乗り出す。
「そうだ! 今度オンラインで一緒にやろうよ!」
シャーレは優雅に微笑んだ。
「ぜひ。ですが、その前に運動会を成功させないといけませんね。」
「あっ。」
ようやくマイトは我に返る。
部屋中から笑いが起きた。
ガエンは豪快に笑いながら立ち上がる。
「よし! ゲームの続きは運動会が終わってからだ!」
「そうだね!」
「すみません、少し盛り上がりすぎました。」
マイトとシャーレは照れ笑いを浮かべ、再び部屋は和やかな笑いに包まれる。
すると静かに準備をしていたミリアがふと顔を上げた。
「ゲームは砂漠に住むラッコみたいなものね。」
一瞬、部屋が静まり返る。
「……は?」
真っ先に反応したのはビルムだった。
「いや、待て待て待て。」
すかさずミリアへ向き直る。
「ゲームと砂漠とラッコ、どこでつながったんや!」
ミリアはいつもの無表情のまま、こくりと頷く。
「説明する。」
「お、おう。頼むわ。」
全員が興味半分、不安半分で耳を傾ける。
ミリアは人差し指を一本立てた。
「ゲームはオアシス。」
「うん?」
「ラッコは貝を割る。」
「うん?」
「砂漠には海がない。」
「……うん?」
「つまり、海がない場所で貝を割ろうとしても割れない。」
ビルムは眉をひそめる。
「いや、割れるやろ。」
ミリアは首を横に振った。
「だからゲーム。」
「だからゲーム!?」
さらに続ける。
「運動会が終わるまでオンラインは我慢。」
「そこだけ急に話戻ってきた!」
ビルムのツッコミが部屋中に響く。
しかしミリアは平然としていた。
「つまり砂漠のラッコ。」
「つまりちゃうねん!」
「ゲーム。」
「戻ったぁ!」
「オアシス。」
「戻るな!」
「貝。」
「増やすな!」
「運動会。」
「ようやく本題や!」
「成功。」
「そこだけは正しい!」
ビルムの怒涛のツッコミに、とうとう全員が吹き出した。
「ははははは!」
「もうダメ……!」
ナラはお腹を抱えて笑い転げ、マイトは涙を拭きながら机を叩く。
「ミリアらしいなぁ!」
ラーシャも口元を押さえて肩を震わせる。
「結局、何一つ意味は分かりませんでしたね。」
ダグラスも珍しく声を出して笑った。
「……だが、不思議と納得しそうになる。」
ガエンは豪快に腹を抱える。
「はっはっはっ! これだからミリアは面白ぇ!」
シャーレも最初は首をかしげていたが、最後には堪えきれず上品に笑い出した。
「ふふっ……本当に皆さんといると退屈しませんね。」
笑いがひとしきり落ち着くと、シャーレはゆっくりと立ち上がる。
「それでは私はそろそろ失礼します。」
ガエンも立ち上がり、大きく頷いた。
「今日はわざわざありがとな。」
「いえ。皆さんのお役に立てたなら何よりです。」
シャーレは一人ひとりを見渡し、穏やかに微笑む。
「皆さんなら、きっとバルファードでも良い結果を得られるでしょう。」
そして最後にマイトへ視線を向けた。
「ゲームの続きは、運動会が終わってから。」
マイトは照れくさそうに笑う。
「約束!」
「ええ、約束です。」
軽く一礼すると、シャーレは静かに部屋を後にした。
扉が閉まり、部屋には穏やかな静けさが戻る。
ガエンは大きく伸びをした。
「さて、俺たちも今日はもう寝るぞ。」
「明日はいよいよ出発だ。」
ダグラスが荷物を確認しながら言う。
ラーシャも旅支度を整え、頷いた。
「早めに休んで体力を万全にしておきましょう。」
ナラは大きなあくびをする。
「いっぱい笑ったら眠くなっちゃった。」
ビルムも苦笑しながら荷物をまとめる。
「今日はツッコミすぎて疲れたわ……。」
ミリアは布団に入るなり一言だけ呟いた。
「ラッコ。」
「もうええわ!」
最後の最後まで響いたビルムのツッコミに、再び部屋には小さな笑いが広がる。
そんな和やかな空気の中、それぞれが布団へ潜り込み、明日から始まる新たな旅に思いを馳せながら、静かに目を閉じた。




