71.氷雪都市、祝福する
笑芸大会終了後。
夜のクリアフォルの街は、まだ興奮が冷めやらぬ様子だった。
「うさぎドラゴン優勝!」
「今年の大会最高だったな!」
あちこちの酒場や広場では、人々が今日の漫才の話で盛り上がっている。
その頃ガエンたちは、街でも評判の酒場へと集まっていた。
ビルムとミリアが木製の扉を開けると、中は陽気な音楽と笑い声で満ちている。
「おっ! 来た来た!」
ガエンが大きく手を振った。
「こっちだ!」
ビルムとミリアが席へ向かう。
店内の客も二人に気付き、ざわめいた。
「おい、優勝したコンビだ!」
「本物だ!」
自然と拍手が起こる。
パチパチパチ!!
ビルムは照れくさそうに笑った。
「いやぁ……恥ずかしいなぁ。」
ミリアは軽く手を振る。
「こんばんは。」
酒場の主人が豪快に笑った。
「今日は優勝祝いだ! 一杯目は店からのおごりだ!」
「おおーーーっ!!」
店中から歓声が上がる。
ガエンは大笑いしながら大ジョッキを掲げた。
「よぉーーし! それじゃあ始めるぞ!」
ダグラスもグラスを持ち上げる。
「最高だったな。」
マイトは嬉しそうに頷いた。
「あんなに笑ったのは久しぶりだよ!」
ラーシャは目を輝かせる。
「ビルムさんもミリアさんも、本当に最高でした!」
ナラも笑顔いっぱいだ。
「最後なんて涙が出るくらい笑っちゃったー!」
ビルムは少し照れながら頭をかいた。
「みんなのおかげや。応援してくれてありがとうな。」
ミリアは真顔のまま言う。
「八割くらい私。」
「二人で優勝したんやろ!」
ビルムが即座にツッコむ。
「そこ割合で言うな!」
一同は大笑いした。
「はっはっはっはっ!」
料理が次々と運ばれてくる。
こんがり焼かれた肉料理。
香辛料の効いたソーセージ。
山盛りの揚げ芋。
焼き魚にサラダ。
そして大きな樽から注がれる冷えた酒と果実ジュース。
ガエンは待ちきれずジョッキを高く掲げた。
「それじゃあ改めて!」
全員がグラスを持ち上げる。
「うさぎドラゴン優勝おめでとうーーーっ!!」
「乾杯ーーーーー!!」
カチーン!!
勢いよくグラスがぶつかり合う。
「ぷはぁーっ!」
ガエンは一気に飲み干した。
「うまい!」
ダグラスも穏やかに笑う。
「これだけ盛大な祝勝会になるのも納得だね。」
マイトは肉を頬張りながら感心する。
「それにしても、フロスティア様まで笑わせるなんて思いませんでした。」
ラーシャは思い出し笑いをする。
「『私までいじりましたが……』って言われた時、ボク、吹き出しそうになったよー。」
ナラも肩を震わせる。
「しかも陛下ご本人が笑っちゃうなんてねー!」
ビルムは苦笑いした。
「正直、あそこは寿命縮んだで……。」
ミリアは平然としていた。
「笑ったから成功。」
「結果論や!」
またしても絶妙な間でツッコミが決まり、テーブルは再び笑いに包まれた。
ガエンは腹を抱えながら机を叩く。
「いやぁ! 何度思い出しても笑えるな!」
ダグラスもグラスを傾けながら頷く。
「今年は本当に名勝負だった。どの組も個性的だったが、最後はうさぎドラゴンが全部持っていったな。」
マイトは指を折って数え始める。
「最初の『客席から登場』も驚いたし、クリアフォルいじりも面白かったし、最後の締めのツッコミも完璧だったね!」
「ビルムさんのツッコミ、どんどん勢いが増していってましたよね!」
ラーシャが興奮気味に言う。
ナラも大きく頷いた。
「ミリアが自由すぎるから、ツッコミが何倍も面白くなってた!」
ビルムは照れ笑いを浮かべる。
「まぁ、相方があれやからな……。」
「褒められた。」
「褒めてへん!」
即座のツッコミに、また一同は吹き出した。
「ははははは!」
料理もどんどん減っていく。
焼きたての肉を頬張るガエンは、満足そうに何度も頷いた。
「しかしよぉ、今年の笑芸大会は歴代でもトップクラスだったんじゃねぇか?」
「そうかもな。」
ダグラスが静かに同意する。
「観客の熱気もすごかったし、優勝が決まった瞬間の歓声は鳥肌が立った。」
「爆笑サーカス団もさすがだったね。」
マイトが感心する。
「去年の王者の貫禄があった。」
ビルムも真剣な表情で頷いた。
「ほんまや。あの人らがいたから、こっちも全力を出せた。」
ミリアは果実ジュースを一口飲み、
「強い相手がいると、おもしろい。」
と短く呟く。
ラーシャは笑顔で言った。
「来年は連覇を狙うんですか?」
ビルムは苦笑する。
「いやいや、まずは今日くらい優勝の余韻に浸らせてぇな。」
「賛成。」
ミリアも珍しく素直に同意した。
「今日は食べる日。」
「その通りだ!」
ガエンが豪快に笑いながら大皿の肉を二人の前へ押し出す。
「優勝者は遠慮なく食え!」
「いただきます。」
ミリアは迷いなく肉を取る。
「遠慮なさすぎや!」
また笑いが起こる。
酒場には相変わらず陽気な笑い声が響き、祝勝会は和やかに続いていった。
やがて料理も食べ進み、酒場の喧騒にも少し慣れてきた頃だった。
ガエンは空になったジョッキをテーブルへ置くと、「さて」と大きく息をついた。
「……そういや、すっかり忘れてたな。」
ダグラスが首をかしげる。
「何をだ?」
ガエンは頭をかきながら苦笑した。
「俺たち、そもそもクリアフォルに来た本来の目的って、笑芸大会を見ることじゃなかったよな。」
マイトが「あっ」と声を上げる。
「そうだ! 運動会のスポンサー探し!」
ラーシャも目を丸くした。
「完全に優勝祝いモードになってました……。」
ナラは苦笑いする。
「毎日いろんなことがありすぎて、すっかり忘れてたね。」
ガエンは腕を組み、気を引き締めるように頷いた。
「祝勝会も大事だが、本来の目的は運動会のスポンサー獲得だ。明日からは、その話を進めねぇとな。」
その時だった、酒場の扉が静かに開く。
カラン、と澄んだ鈴の音が鳴り、店内に涼やかな空気が流れ込んだ。
「あら、ここにいらしたのですね。」
透き通るような水色の長髪を揺らし、一人の女性が穏やかな笑みを浮かべて歩いてくる。
その姿を見た店主が慌てて頭を下げた。
「シャーレ大臣!」
店内の客たちもざわめく。
「クリアフォルの大臣だ。」
「元水の精霊のシャーレ様だ。」
しかしシャーレ・クリオールは堅苦しい様子はなく、軽く手を振って店主に微笑む。
「今日は公務ではありませんから、お気になさらず。」
そのままガエンたちの席まで歩いてくると、上品に一礼した。
「皆様、初めまして。私はクリアフォル大臣、シャーレ・クリオールです。」
ガエンたちも立ち上がる。
「おう、どうも。」
シャーレは優しい笑みを浮かべた。
「実は皆様のお話は以前から伺っております。」
「俺たちを?」
マイトが首をかしげる。
シャーレはくすりと笑う。
「はい。司法国家サイヴァーン国王、リターシャ陛下とはゲーム友達でして。」
その一言でガエンは「ああ!」と声を上げた。
「思い出した! リターシャが言ってたな! 『クリアフォルにはゲーム仲間の大臣がいる』って!」
シャーレは楽しそうに頷く。
「ええ。時間が合えば一緒にゲームで遊んでおります。」
ラーシャが思わず笑う。
「国王様と大臣がゲーム友達なんて、不思議なご縁ですね。」
「ふふ。それがご縁で、皆様のお話もよく聞いていました。」
シャーレは一人ひとりを見渡した。
「皆様が各地で活躍されていることも、楽しく聞かせていただいております。」
そして視線はビルムとミリアへ向く。
「それから……。」
二人に向かって軽く頭を下げた。
「笑芸大会優勝、おめでとうございます。」
ビルムは照れたように頭をかく。
「ありがとうございます。」
ミリアも短く答える。
「ありがとう。」
「お二人の舞台、とても素晴らしかったです。会場中が笑顔になっていました。」
「そこまで言われると照れるわぁ。」
ビルムは苦笑しながら肩をすくめる。
「笑ったなら、成功。」
ミリアはいつもの調子で静かに頷いた。
シャーレは満足そうに微笑むと、その視線が一人の青年で止まった。
「……失礼ですが、こちらの方だけは存じ上げませんね。」
皆の視線が青年へ集まる。
ダグラスは静かに立ち上がると、胸に手を当てて丁寧に一礼した。
「どうも。」
落ち着いた声が響く。
「俺は死神のダグラス、ガエン達の仲間だ。」
シャーレは少し目を丸くしたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。
「死神の方でしたか。これは失礼いたしました。」
ダグラスは穏やかに首を振る。
「気にするな。」
「それでは、改めまして。」
シャーレは全員を見渡しながら微笑んだ。
「ようこそ、クリアフォルへ。そして皆様とお会いできたことを、とても嬉しく思います。」
シャーレはガエン達を見渡し、穏やかな笑みを浮かべた。
「皆さんに、一つお伝えしたいことがあります。」
その場の空気が少しだけ引き締まる。
ガエンはジョッキを机に置いた。
「なんだ?」
シャーレは丁寧に一礼した。
「女王フロスティア様が、皆さんと直接お話ししたいそうです。」
「女王が?」
マイトが目を丸くする。
「はい。明日、お時間がありましたら、皆さんでお城へお越しいただけませんか、と。」
ラーシャは少し驚いたように目を細めた。
「私たち全員をですか?」
「ええ。」
シャーレは優しく頷く。
「本日の笑芸大会をご覧になったこともありますが、それだけではありません。皆さんのお話を直接聞いてみたい、とおっしゃっていました。」
ナラが羽をぱたぱたさせる。
「わぁ! 女王様からお呼ばれなんてすごーい!」
マイトも苦笑しながら頷く。
「普通じゃ絶対ないよね。」
ガエンは腕を組み、大きく笑った。
「はっはっは! ちょうどよかった!」
全員がガエンを見る。
「実は俺たちも、明日女王に会いに行こうと思ってたんだ。」
「え?」
シャーレが少し首を傾げる。
ガエンはニヤリと笑う。
「本来の目的を忘れかけてたがな。俺たちは笑芸大会を見に来ただけじゃねぇ。」
ダグラスも頷く。
「運動会のスポンサー探しだな。」
「そういうことだ。」
ガエンは力強く頷いた。
「女王にスポンサーをお願いするつもりだったんだ。向こうから呼んでくれるなら話が早ぇ。」
マイトは笑いながら肩をすくめる。
「こんなに都合よく話が進むとは思わなかったね。」
ラーシャも静かに微笑んだ。
「偶然とは思えない流れですね。」
ナラは空中でくるりと一回転する。
「やったー! これで運動会も前進だね!」
シャーレは皆の様子を見て、安心したように微笑む。
「それでは明日の午前、お城でお待ちしております。」
「わかった。」
ガエンは親指を立てる。
「女王様にもよろしく伝えといてくれ。明日、みんなで会いに行くってな。」
「かしこまりました。」
シャーレは上品に一礼すると、柔らかな笑顔のまま酒場を後にした。
その姿を見送りながら、ガエンはジョッキを持ち上げる。
「さて、明日は女王との大事な話だ。笑芸大会の余韻もいいが、気合い入れていくぞ!」
ガエンの力強い言葉に、全員が大きく頷いた。
「おーっ!」
酒場の店主も笑顔で声を掛ける。
「みんななら、きっと上手くいくさ!」
ビルムがジョッキを掲げる。
「ほな、明日に備えて最後の一杯や!」
「乾杯ー!」
カチン、と七つのジョッキが軽やかな音を立てる。
笑芸大会優勝を祝い、そして翌日の新たな挑戦を誓う乾杯だった。
しばらく談笑を楽しんだ後、ガエンが立ち上がる。
「よし、今日はもう休むぞ。」
ダグラスも静かに頷く。
「女王を待たせるわけにはいかないからな。」
マイトは大きく伸びをした。
「今日はいっぱい笑ったし、ぐっすり眠れそう。」
ラーシャは微笑む。
「明日は気持ちを切り替えましょう。」
ナラは羽をぱたぱたさせながら元気よく言う。
「朝寝坊禁止だよ!」
ミリアはこくりと頷いた。
「起こす。」
「いや、それ言われると逆に怖いんやけど。」
ビルムが苦笑すると、一同から笑いが起こった。
店主に礼を言って酒場を後にした七人は、夜風を浴びながら石畳の道を歩く。
笑芸大会で賑わっていた街も、少しずつ静けさを取り戻していた。
宿へ戻ると、それぞれ明日の支度を整え、部屋へ入る。
「じゃあ、おやすみ。」
「おやすみなさい。」
「また明日。」
旅の疲れもあったのか、七人はほどなくして深い眠りについた。
そして翌朝。
窓から差し込む柔らかな朝日が部屋を照らす。
小鳥のさえずりと、街の人々が活動を始める音が聞こえてきた。
ガエンは勢いよく起き上がる。
「よし! 朝だ!」
その声に、隣の部屋からも次々と仲間たちが起きてくる。
マイトは眠そうに目をこすりながら笑う。
「今日はいよいよ女王との面会だね。」
ダグラスは身支度を整えながら静かに言う。
「運動会の未来が決まるかもしれない大事な話だ。」
ラーシャは髪を整え、上品に微笑む。
「失礼のないよう、きちんと準備をしましょう。」
ナラは元気いっぱいに宙を飛び回る。
「今日は気合い十分!」
ビルムは服の乱れを整えながら深呼吸する。
「漫才より緊張するかもしれへんなぁ。」
ミリアはいつもの無表情のまま、小さく頷いた。
「大丈夫。」
ガエンは仲間たちを見渡し、満足そうに笑う。
「よし、全員準備を済ませたらクリアフォル城へ向かうぞ。」
七人は荷物を整え、身だしなみを確認すると、宿の主人に挨拶をして外へ出た。
朝のクリアフォルの街は、昨日の笑芸大会の余韻を残しながらも、普段通りの穏やかな活気に包まれていた。
市場では店が次々と開き、焼きたてのパンの香りが漂う。
「あっ、昨日の優勝コンビだ!」
「うさぎドラゴンのお二人、おめでとうございます!」
街の人々がビルムとミリアに声を掛ける。
「ありがとう!」
ビルムは照れくさそうに頭を下げ、ミリアは小さく会釈した。
ガエンは豪快に笑う。
「人気者になったもんだな!」
「昨日の漫才、本当に面白かったよ!」
そんな声に見送られながら、一行は街の中央にそびえるクリアフォル城へと歩いていく。
やがて、白く輝く石造りの城門が見えてきた。
高くそびえる塔、透き通るような青い旗、そして整然と並ぶ近衛兵たち。
「何度見ても立派なお城だなぁ。」
マイトが感心したように見上げる。
「さすが雪と氷の国の王城ですね。」
ラーシャも静かに頷いた。
門の前まで来ると、槍を持った門番が一歩前へ出る。
「お止まりください。本日のご用件をお聞かせ願います。」
ガエンが一歩前へ出て、堂々と答えた。
「昨日、クリアフォル大臣シャーレ殿からお招きを受けた。女王フロスティア陛下との謁見のために参った。」
門番は表情を引き締めたまま頷く。
「お話は伺っております。ガエン様御一行ですね。」
名簿を確認すると、すぐに顔を上げて敬礼した。
「お待ちしておりました。どうぞ、お入りください。」
重厚な城門がゆっくりと開いていく。
ギギギ……。
七人は門番へ軽く礼をしながら城内へ足を踏み入れた。




