66.オーガ、叫ぶ
「おおおおおぉぉぉぉい!!」
周囲がびくっと振り向くほどの大声で叫んだ。
「ビルムとミリアじゃねぇかぁぁぁぁぁっ!!」
通行人まで驚いてこちらを見る。
「知り合いだったのか!?」
「えぇぇぇ!?」
ガエンは頭を抱えた。
「うさぎドラゴンって名前だけ聞いて、もっとこう……うさぎとドラゴンが合体した魔物とか、そういうの想像してたわ!!」
マイトが苦笑する。
「それってどんなキメラ....」
ラーシャはくすっと笑った。
「まさかビルムさんたちだったなんて。」
ナラは映像を指差して目を輝かせる。
「しかもすっごく人気者!」
ダグラスは真顔で言った。
「色々と成り行きでな。」
画面の中では、なおもミリアが真顔で言い放つ。
「私は昨日、寝ながら起きていたの。」
「それは夢の中やろ!!」
ビルムの豪快なツッコミが響き渡り、広場は再び大爆笑に包まれた。
ガエンは笑いながら大きくため息をつく。
「はぁ……合流するはずの仲間が、まさか優勝候補として街中の大画面に映ってるとは……。」
ダグラスは肩をすくめた。
「しかもいつの間にか大人気だからな。」
「いや、お前知ってたなら教えてくれよ!」
ガエンが思わず突っ込む。
「話そうとはした。」
ダグラスは淡々と言う。
「だが、来直接見た方が早いと思ってな。」
「確かにそのサプライズはすごかったけどさ!」
マイトは苦笑しながら頭をかく。
「でも、あの二人なら納得だね。」
ラーシャも映像を見上げる。
「これだけ人気が出るのも分かります。」
ナラはまだ笑いが収まらない。
「『雪は魚よ。』って、どうしたらそんな発想になるのかなぁ!」
その時、巨大映像では司会者が締めくくっていた。
『以上、優勝候補紹介でした! 明日の笑芸大会、開会式は朝八時! 皆さん、防寒対策を忘れずにお越しください!』
映像が終わると、広場から一斉に拍手が起こる。
「明日が待ちきれねぇ!」
「朝五時には並ぶぞ!」
「絶対いい席取る!」
人々は興奮した様子で散っていき、それでも笑顔は誰一人消えていなかった。
ダグラスは人混みが落ち着いたのを見計らって言う。
「……さて。」
四人へ視線を向ける。
「宿へ案内する。」
「俺達の部屋も取ってあるの?」
マイトが尋ねる。
ダグラスは静かに頷いた。
「ビルムが確保していた。」
「ビルムが?」
ナラがぱっと笑顔になる。
「笑芸大会前日だもんね! 今から探したら大変そう!」
「その通りだ。」
ダグラスは短く答え、歩き始めた。
「この時期のクリアフォルは、一年で一番宿が埋まる。」
ガエンは感心したように腕を組む。
「ビルム、そこまで考えてたのか。」
「本人は『早よ取っとかな埋まるで!』と言っていただけだがな。」
ダグラスの言葉に一同は思わず笑った。
雪を踏みしめながら、一行は大通りを離れて少し静かな通りへ入っていく。
先ほどまでの歓声は少し遠ざかったが、あちこちの宿からは楽しそうな笑い声が漏れていた。
窓越しに芸人たちがネタ合わせをしている姿が見えたり、食堂では旅人同士が明日の優勝予想で盛り上がっていたりと、街全体が大会前夜の熱気に包まれている。
「本当にお祭りみたいですね。」
ラーシャがしみじみと言う。
「違う。」
ダグラスがぽつりと返した。
「クリアフォルでは、笑芸大会は祭り以上だ。」
「以上?」
ガエンが首をかしげる。
「一年で一番、人が笑う日だからな。」
その一言に、四人は思わず顔を見合わせた。
しばらく歩くと、大通りから少し離れた場所に、氷で縁取られた三階建ての大きな宿が見えてきた。
入口には雪の結晶を模した青いランタンが揺れ、暖かな灯りが外まで漏れている。
ダグラスはその宿を指差した。
「着いたぞ。ここが俺たちの宿だ。」
その瞬間、中から聞き覚えのある大きな関西弁の笑い声が外まで響いてきた。
「せやからそれはボケちゃうって! 天然や天然!」
続いて、どこかのんびりとしたミリアの声。
「天然は木から採れるの。」
「採れへんわぁぁぁぁ!!」
宿の中から響く見事なツッコミに、ガエンたちは思わず吹き出した。
「……間違いないな。」
ガエンは笑いながら宿の扉を見上げる。
「ビルムとミリア、もう絶好調じゃねぇか。」
ガエンは笑いながら木の扉を押し開けた。
カラン、と入口の鐘が軽やかに鳴る。
暖炉の暖かな空気が一気に流れ込み、凍えていた身体がほっと緩んだ。
食堂では旅人や芸人たちが酒や料理を囲み、あちこちで笑い声が飛び交っている。
その一角、テーブルの上には空になった皿が山積みになり、その真ん中でビルムが身振り手振りを交えながら話していた。
向かいには、白いうさぎのようなふわふわ防寒装備を着たミリアが、もぐもぐとデザートを食べている。
ガエンはにやりと笑い、大きな声で呼びかけた。
「よう、うさぎドラゴン。」
ビルムはスプーンを持ったまま固まった。
「……ん?」
ゆっくり振り向く。
「……ガエン!?」
「おう。」
「マイトまでおるやん!」
「久しぶり。」
「ラーシャもナラも!」
四人の姿を見た瞬間、ビルムは勢いよく立ち上がった。
「うおおおっ! よう来たなぁ!!」
ミリアもぱっと顔を上げる。
「あ、みんな。」
相変わらずのんびりした口調で手を振った。
「久しぶり。」
ナラは笑顔で飛んでいく。
「ミリアー!」
ナラはミリアの顔に貼り付く。
ガエンは腕を組みながらニヤニヤしている。
「いやぁ、まさか会ったら人気芸人になってるとは思わなかったぞ。」
ビルムは頭をぽりぽりとかいた。
「いやぁ……それがな。」
苦笑いしながら椅子へ座る。
「最初はほんま偶然やってん。」
「偶然?」
マイトが首をかしげる。
ビルムは苦笑しながら話し始めた。
「クリアフォル着いて暇やったからな、街ぶらぶらしとったらストリート芸人がおって。」
「へぇ。」
「そしたら司会のおっちゃんが『飛び入り参加募集しまーす!』言うてな。」
ガエンは嫌な予感しかしなかった。
「……それで?」
「暇つぶしや。」
ビルムはあっさり答えた。
「『ミリア、一回やってみるか』って。」
ミリアはこくりと頷く。
「暇だったから。」
「ほんで適当に漫才やったら……。」
ビルムは遠い目になる。
「めっちゃウケてもうて。」
ダグラスが静かに補足する。
「街中が笑っていた。」
「そこから『笑芸大会出ませんか!』って大会の偉い人に言われて。」
ビルムは肩をすくめた。
「最初は断ったんやけどしつこかったから『ええで』言うたら、そのまま出場決定や。」
ラーシャが思わず笑う。
「そんな軽い理由だったんですか……。」
「俺らもびっくりや。」
ビルムは苦笑した。
「ほんで抽選会が始まってな。」
マイトが嫌な予感を覚える。
「まさか……。」
「くじを引いたら....」
ビルムは自分を指差した。
「十五番目!大トリです!って。」
シーン。
食堂が一瞬静まり返る。
「…………。」
ガエンが口を開く。
「お前、大トリなのか?」
「せや。」
「くじ引きで?」
「せや。」
「完全に運だけ?」
「せや。」
ガエンは天井を仰いだ。
「なんなんだお前らは!」
食堂中がどっと笑う。
ビルムも腹を抱えて笑った。
「いや俺も『なんでやねん!』思うたわ!」
ミリアは真顔で言う。
「私はくじに好かれている。」
「そんな能力あらへん!」
ビルムが即座にツッコむ。
「紙に恋愛感情はないねん!」
「あるかもしれない。」
「ないないない!」
再び店中が爆笑した。
宿の主人は笑いながら皿を拭く。
「ははは! やっぱりあんたらが話してるだけで店が明るくなるねぇ!」
常連客も笑いながら声を上げる。
「明日の優勝、期待してるぞー!」
「大トリ頼んだ!」
「うさぎドラゴンー!」
あちこちから声援が飛ぶ。
ビルムは照れくさそうに頭をかきながら笑った。
「いやぁ、優勝できるかは分からへんけど……。」
そう言って隣のミリアを見る。
ミリアはのんびりとプリンを一口食べると、真顔のまま言った。
「楽しませる。」
その短い一言だった。
だが、その言葉には不思議な説得力があった。
ガエンは大きく笑い、拳を握る。
「それで十分だ!」
「明日は俺たちも最前列で応援してやる!」
「もちろん。」
マイトも笑顔で頷く。
「これは絶対に見逃せないね。」
笑芸大会前夜。
宿の食堂は、仲間たちの再会と笑い声で、外の雪も溶けそうなほど賑やかな夜となった。
食堂の笑いもひと段落し、料理が運ばれてくる。
焼き魚、温かいシチュー、焼きたてのパン。
湯気の立つ料理を囲みながら、七人は久しぶりの再会を楽しんでいた。
そんな中、ビルムがスプーンを持つ手を止め、小さくため息をつく。
「……しかしなぁ。」
ガエンが首をかしげる。
「どうした?」
ビルムは少し困ったように笑った。
「実はちょっと緊張してきてもうて。」
「お前が?」
ガエンが目を丸くする。
「珍しいな。」
ビルムは苦笑いした。
「そらそうやろ。」
指を一本立てる。
「明日はクリアフォルの女王、フロスティア様も見に来るらしいねん。」
その場が少し静かになる。
「女王様も?」
ラーシャが驚く。
ダグラスが頷いた。
「ああ。今年はわざわざ予定を空けて見に来るらしいな。」
「うわぁ……。」
ビルムは頭を抱えた。
「そんな偉い人の前で漫才とか、胃が痛なってきたわ……。」
ガエンが豪快に笑う。
「今さらだろ!」
「今さらやけど緊張するもんはするねん!」
マイトも苦笑する。
「確かに王族の前で何かをするのは緊張するよね。」
ナラもこくこく頷いた。
「失敗したらどうしようって思っちゃうもん。」
すると、ずっと黙ってスープを飲んでいたミリアが顔を上げた。
「大丈夫。」
全員がミリアを見る。
「女王も人。」
「……うん。」
ビルムも頷く。
ミリアは続けた。
「もし笑わなかったら。」
少し考えてから真顔で言う。
「女王を笑わせるまで帰さない。」
一瞬、沈黙。
「帰してあげぇぇぇぇぇ!!」
ビルムの渾身のツッコミが食堂中に響き渡る。
「監禁事件になってまうやろ!」
「笑うまで終わらない。」
「エンドレス漫才やないか!」
「永久公演。」
「永久ちゃうねん!」
「王宮に住む。」
「住まへん!」
食堂中からまた大きな笑いが巻き起こる。
宿の主人は腹を抱えて笑った。
「はははは! 本番前なのにもう優勝だよ!」
客たちも手を叩いて笑っている。
「明日が楽しみだ!」
「うさぎドラゴン最高!」
「その調子で女王様も笑わせてくれ!」
ビルムは照れ笑いしながら頭をかいた。
「いやぁ……ほんま、本番までには胃薬ほしいわ。」
「胃薬よりツッコミ薬。」
「そんな薬あるか!」
また一笑い起きたところで、ダグラスが静かに立ち上がる。
「さて。」
皆の視線が集まる。
「明日は朝早い。今日はもう休もう。」
ガエンも大きく伸びをした。
「そうだな。笑いすぎて腹減ったし、腹いっぱい食ったら眠くなってきた。」
「明日は最高の舞台だ。」
マイトが穏やかに微笑む。
「今日はしっかり休もう。」
全員が頷き、それぞれ料理を平らげると席を立った。
宿の主人に挨拶を済ませ、それぞれの部屋へ向かう。
廊下には暖炉の温かな空気が流れ、窓の外では静かに雪が降り続けていた。
ビルムは部屋へ入る前、廊下で仲間たちを振り返る。
「ほな、おやすみ!」
「おやすみー。」
「明日は頑張れ。」
「応援してるよ。」
「頑張ってください。」
「絶対笑わせてこい!」
「うん。」
それぞれ笑顔で手を振り合い、自分の部屋へ戻っていく。
ベッドへ潜り込むと、今日一日の疲れがどっと押し寄せた。
外では雪がしんしんと降り積もり、街全体が静かな眠りに包まれていく。
そして翌朝。
カーテンの隙間から差し込む眩しい朝日が、真っ白な雪景色を照らしていた。
宿の外からは、朝早くにもかかわらず大勢の人々の話し声が聞こえてくる。
「急げ急げ! 開会式が始まるぞ!」
「今年は満員になるらしい!」
「大トリのうさぎドラゴンを見逃すな!」
街中が、笑芸大会当日の熱気に包まれていた。
いよいよクリアフォル最大のお笑いの祭典、笑芸大会の幕が上がろうとしていた。




