65.氷雪都市、盛り上がる
氷雪都市クリアフォルを目指して馬車の旅を続けるオーガのガエン、勇者マイト、ダークエルフのラーシャ、ピクシーのナラの四人はクリアフォルまであと少しというところまで来ていた。
雪うさぎの着ぐるみ姿のナラが馬車の中を飛び回っている。
ナラは窓の外を見て、ぱっと目を輝かせた。
「わぁっ! あれ見て! あれ!」
小さな指が遥か彼方を指差す。
真っ白な雪原の向こう。
巨大な氷の城壁と、青白く輝く無数の尖塔。
雪と氷で築かれた幻想的な都市、氷雪都市クリアフォルが、陽の光を受けて宝石のように輝いていた。
「着いたぁーっ!」
ナラは馬車の中をくるくる回りながら喜ぶ。
「まだ少し距離はあるけどね!」
ガエンも目を細める。
「……すげぇな。」
ラーシャもうなずいた。
「話には聞いていたけど、本当に全部が氷でできてるみたいですね。」
マイトも景色に見入る。
「さすが氷雪都市だね。」
クリアフォルが近付くにつれ、街道は急に賑やかになってきた。
前からも後ろからも馬車が次々と行き交い、人の流れが絶えない。
商人。旅芸人。冒険者。吟遊詩人。大道芸人。仮装した芸人まで歩いている。
どう見ても笑芸大会を目指している一団ばかりだった。
追い越していく馬車から楽しそうな会話が聞こえてくる。
「今年はどこが優勝すると思う?」
「去年の王者『爆笑サーカス団』は今年も強いだろ。」
「いやいや、今年は新顔がすごいらしいぞ!」
「聞いた聞いた! あの『うさぎドラゴン』だろ!」
その名前に、ナラの長いうさ耳がぴくっと動いた。
「うさぎドラゴン?」
別の馬車でも同じ話題になっていた。
「今年の台風の目だって噂だぞ。」
「なんでも正体不明らしい。」
「ドラゴンなのに、うさぎみたいに可愛いらしいぞ?」
「いや、逆だって聞いたぞ。うさぎなのにドラゴン並みに暴れるらしい。」
「どっちなんだよ!」
馬車の中は笑いに包まれる。
さらに少し進むと、今度は商人同士が話していた。
「スポンサーも結構付いたらしい。」
「まだ無名なのにな。」
「予選で審査員全員を笑わせたとか。」
「会場が笑いすぎて一回中断したって話まであるぞ。」
「噂がどんどん盛られてないか?」
「あははは!」
街道のあちこちで聞こえてくる話題は、どれも同じだった。
「今年はうさぎドラゴンが来る。」
「今年の主役はうさぎドラゴン。」
「優勝候補筆頭だ。」
「台風の目だ。」
ナラは首をかしげる。
「うさぎドラゴンて、どんなコンビなんだろうね?」
ガエンは腕を組みながら苦笑した。
「ここまで来る途中だけでも、もう何回その名前を聞いたかわからねぇな。」
ラーシャも頷く。
「最初はただの噂だと思っていましたけど……ここまで皆さんが話題にしているとなると、本当に注目されているんですね。」
マイトは前を走る馬車へ目を向けた。
その荷台では旅人たちが身振り手振りを交えて盛り上がっていた。
「俺、絶対見に行く!」
「俺も!」
「本当にそんなに面白いのか?」
「面白いなんてもんじゃないらしいぞ!」
「笑いすぎて立てなくなるって聞いた!」
さらに街道脇では、屋台を引く老人が客へ呼び込みをしながら笑っている。
「温かいスープどうだい! 笑芸大会を見る前に腹ごしらえだよ!」
すると客の一人が尋ねた。
「じいさん、うさぎドラゴンって見たことあるのか?」
老人は胸を張った。
「いや、ない!」
「ないのかよ!」
周囲から一斉に笑いが起きる。
「でも今年一番見たい芸人だってことだけは間違いない!」
その言葉に、その場にいた誰もが大きく頷いた。
「予選の話を聞いただけで気になっちまってなぁ。」
「どんな芸をするんだ?」
「片方がドラゴンなんだろ?」
「いや、二人とも着ぐるみらしいぞ。」
「いやいや、本物だって聞いた!」
「情報が全部バラバラじゃねぇか!」
再び爆笑が起こる。
街道を歩く者も、馬車に乗る者も、商人も旅芸人も、子どもたちまで。
誰も彼もが、まだ姿も見ぬ「うさぎドラゴン」に胸を躍らせていた。
「早く見てみたい!」
「どんな奴らなんだろう!」
「今年一番のお楽しみだ!」
そんな期待の声が、雪原の冷たい空気の中を次々と飛び交っていく。
その様子を見て、ナラは不思議そうに小首を傾げた。
「すごい人気なんだねぇ。」
マイトは笑いながら肩をすくめる。
「ここまで期待されると、どんなコンビなのか本当に気になるね。」
ガエンも大きく頷いた。
「ああ。一回くらいは舞台を見てみたいもんだ。」
ラーシャも微笑む。
「これだけ皆さんが楽しみにしているなら、きっと本当に実力のあるコンビなのでしょうね。」
ガエンは地図を広げ、クリアフォルの城壁を見上げた。
「さて、本来の目的を忘れるわけにはいかねぇな。」
マイトも頷く。
「笑芸大会も気になるけど、まずはスポンサー交渉だね。」
ラーシャが指先で地図の一角を示す。
「交渉相手は、氷雪都市を治める氷の女王フロスティア様。まずは謁見の手続きを取らないといけませんね。」
ナラはくるりと宙返りした。
「でもその前に、ダグラスたちと合流だよね!」
「ああ。」
ガエンは力強く答えた。
「ダグラス、ビルム、ミリアの三人は、一か月くらい前にはクリアフォルへ着いてるはずだ。」
マイトが笑う。
「ずいぶん早く出発してたもんね。」
「サイヴァーンに行かない分、先にクリアフォルに向かうって話だったしな。」
ラーシャも安心したように微笑んだ。
「ダグラスさんが一緒なら心配はありませんね。」
ガエンは苦笑する。
「心配なのは別の二人だ。」
「ビルムさんとミリアさん?」
「そうだ。」
ドラゴニュートのビルム。
西の訛りでまくしたてるお笑いが好きな男。
そしてラミアのミリア。
冷静そうに見えて、いつの間にか変な方向へ話が転がっていく。
マイトが苦笑した。
「二人とも目立つからねぇ……。」
「まさか騒ぎなんか起こしてねぇだろうな。」
「……その『まさか』がありそうだから困るんですけど。」
ラーシャの一言に、全員が苦笑した。
ナラだけは元気いっぱいだ。
「でもビルムたちなら、きっと美味しいお店とかいっぱい見つけてそう!」
「そっちか。」
ガエンは思わず吹き出した。
「確かに、ビルムは食べ歩き好きだからな。」
四人は笑いながら馬車を進める。
その頃、街道脇では、旅人たちがまた盛り上がっていた。
「聞いたか? 昨日もうさぎドラゴンが広場で即興芸をやったらしいぞ!」
「見た見た! 腹がよじれるかと思った!」
「ドラゴンの兄ちゃんのツッコミがすげぇんだよ!」
「隣の雪うさぎのお姉さんのボケが半端ない!」
「息ぴったりだったな!」
「本選が楽しみだ!」
その会話は、ちょうどガエンたちの馬車の横を通り過ぎていった。
ナラは耳をぴこぴこ動かす。
「また、うさぎドラゴン!」
マイトは笑う。
「本当にどこへ行ってもその話題だね。」
ガエンも頷く。
「ますます気になるな。」
ラーシャは少し考え込む。
「『ドラゴンの兄ちゃん』と『雪うさぎのお姉さん』……。」
「うん?」
「いえ、ドラゴンという言葉が少し引っかかっただけです。」
「この大会じゃドラゴンの芸人なんて珍しくねぇだろ。」
ガエンがそう言うと、ラーシャも納得して頷いた。
「そうですね。考えすぎでした。」
やがて巨大な城壁が目前まで迫ってきた。
近くで見るクリアフォルは、遠くから眺めていた以上の迫力だった。
透き通るような青い城壁は太陽の光を反射し、まるで一枚の巨大な宝石のように輝いている。
門の前には長い列ができていた。
旅人、商人、芸人、貴族らしき一団まで、皆が順番を待っている。
門番たちは厚手の白い防寒鎧を身にまとい、慣れた様子で次々と入国手続きを進めていた。
「次の方。」
ガエンたちも馬車を止める。
ガエンが代表して身分証を差し出した。
「魔族領マグノリアから来た。氷の女王フロスティア様への謁見と、仲間との合流が目的だ。」
門番は書類へ目を通す。
「四名……ガエン、マイト、ラーシャ、ナラ……。」
一人ずつ顔を確認すると頷いた。
「問題ありません。滞在証をどうぞ。笑芸大会期間中は非常に混雑しておりますので、貴重品にはお気を付けください。」
「ありがとう。」
門がゆっくりと開く。
ギギギギ……。
厚い氷でできた巨大な門扉が左右へ開き、幻想的な街並みが姿を現した。
「わぁぁぁ……!」
ナラは思わず声を上げる。
「すごーい!」
四人は馬車を降りて、荷物を背負って徒歩で街へ入った。
街中は雪が丁寧に踏み固められ、歩きやすく整備されている。建物は白い石と青い氷で造られ、屋根には雪が美しく積もっていた。
通りのあちこちには巨大な氷像や雪像が並んでいる。
氷の白熊。
氷のフェンリル。
雪で作られた巨大な鍋。
笑顔の雪だるまが何体も並び、その横には子どもたちが小さな雪像を作って遊んでいた。
「見て見て!」
ナラは大はしゃぎで飛び回る。
「この雪うさぎ、かわいい!」
小さな雪像を撫でると、職人らしき老人が笑った。
「ありがとうよ。今年の笑芸大会に合わせて作ったんだ。」
「大会の飾り?」
マイトが尋ねる。
「ああ。今年は例年以上に人が集まるからな。」
老人は誇らしげに頷いた。
「この街が一番賑やかになる季節さ。」
通りには屋台がずらりと並び、湯気の立つシチューや焼き魚、温かい飲み物の香りが漂ってくる。
楽器を演奏する吟遊詩人。
大道芸を披露する芸人。
笑い声が絶えない。
どこを歩いても耳に入る話題は、やはり笑芸大会だった。
「明日の開会式、朝一番から場所取りしないとな!」
「今年は満員になるぞ!」
「優勝候補は爆笑サーカス団か、それとも、うさぎドラゴンか!」
「どっちが勝つと思う?」
「俺はうさぎドラゴンに一票!」
別の屋台では店主が客へ呼びかけている。
「温かいホットミルクだよ! 明日の大会を見るなら今日のうちに体を温めときな!」
すると客が笑いながら答えた。
「今日は早く宿へ行かないとな! 明日は朝から笑いっぱなしになるんだから!」
「あははは!」
また別の場所では子どもたちまで盛り上がっていた。
「ぼく、うさぎドラゴン応援する!」
「ぼくは爆笑サーカス団!」
「どっちも頑張れー!」
街全体が、まるでお祭り前日の高揚感に包まれていた。
ナラはくるくると空中で一回転する。
「聞いた? 明日なんだって!」
マイトも嬉しそうに笑う。
「いよいよ明日か。こんなに街中が楽しみにしてると、こっちまでわくわくしてくるね。」
ラーシャも辺りを見渡しながら微笑んだ。
「本当に街全体が笑芸大会一色ですね。」
ガエンも思わず口元を緩める。
「スポンサー交渉で来たはずなんだが……。俺まで大会が楽しみになってきた。まずはダグラスたちと合流して、それから宿を取ろう。」
マイトが頷く。
「そうだね。みんななら、この賑わいのどこかにいるかもしれない。」
四人は雪と氷に彩られた大通りを歩き始める。
大通りを歩いていると、ひときわ大きな人だかりができている場所があった。
「なんだろ?」
ナラが少し高い位置まで飛ぶ。
人々の視線の先には、広場に設置された巨大な街頭映像投影魔道具があった。
青白い魔法陣がゆっくりと回転し、その上空へ巨大な映像が映し出されている。
「笑芸大会直前特集ーーーっ!」
派手な効果音とともに司会者の声が響いた。
『いよいよ明日開催! 世界中から実力派芸人たちが集結する笑芸大会! 本日は優勝候補を一挙紹介します!』
映像の前では、大人も子どもも夢中になって見上げている。
「おおー!」
「始まったぞ!」
「うさぎドラゴン出るかな!」
ガエンたちも人混みに混ざった。
すると、その中に見覚えのある黒いローブ姿を見つける。
「お!」
ガエンが目を丸くした。
「ダグラス!」
声を掛けると、フードを被った死神が振り返る。
「……おお。」
ダグラスはガエン達を見た。
「やっと到着したか。」
「探したよ!」
マイトが駆け寄る。
「今から面白いものが見れるぞ……。」
ダグラスは苦笑して巨大映像を指差した。
「明日の笑芸大会の特集だ。」
ラーシャが笑う。
「確かに気になりますものね。」
映像では出場者達が次々と紹介されていく。
そして司会者のテンションが一気に上がる。
『さぁ続いては! 今年最大の注目株! 彗星のごとく現れた超新星コンビーーー!!』
ドンッ!!
画面いっぱいに派手な文字が躍る。
『うさぎドラゴン!!』
観客が歓声を上げた。
「きたぁぁ!」
「待ってました!」
映像が切り替わる。
そこに映ったのは...
ドラゴニュートの青年。
「どーもー!! 今日は気合い入っとるでー!!」
関西弁で元気いっぱいに手を振るビルム。
その隣には。真っ白でもこもこの防寒装備に身を包み、ラミアの長い蛇の下半身を器用にくねらせるミリア。
「雪は食べると雲になるの。」
真顔で言った。
司会者が一瞬固まる。
『……えーっと。』
ミリアはさらに続ける。
「だから空は冬になると、お腹いっぱいね。」
ビルムが慌てて横から叫ぶ。
「意味がわからんわ!!」
見事なツッコミが炸裂した。
会場は爆笑。
「わはははは!!」
「この間が最高!」
「ビルムのツッコミ速ぇ!」
映像の中ではミリアが首を傾げる。
「違う?」
「全部違うわ!」
「では雪は魚よ。」
「もっと違うわぁ!!」
さらに大爆笑。
「あはははは!」
「すごい息ぴったりだ!」
「これが噂の……。」
司会者が興奮気味に紹介する。
『天然すぎるラミア・ミリアと、関西弁で鋭く切り返すドラゴニュート・ビルム! 誰にも予測できない会話劇で観客を笑いの渦へ巻き込む期待の新星コンビ!その名も!うさぎドラゴン!!』
その瞬間ガエンは画面と、隣にいるダグラスを何度も見比べた。




