64.会場、建設が進む
一方、運動会会場建設現場では、ドワーフの石工頭のバルグラムが指揮を取っている。
バルグラムの元、ドワーフ達が広大な客席の土台を次々と組み上げていた。
「こっちの柱をもう一本!」
「石材運べー!」
「観客が何万人来ても大丈夫なように頑丈にな!」
石を削る音と槌の音が響き渡る。
そこへ
ズンズン……
やたらと威圧感のある足音が近づいてきた。
振り向くと、黒いマントをなびかせ、今日も相変わらず無駄に厨二全開の衣装を身にまとった魔王バラムが現れた。
「ご苦労。」
「お、魔王様。」
バルグラムが軽く頭を下げる。
バラムは建設中の客席を見回すと、満足そうに頷いた。
「順調のようだな。」
「ええ。あと数日もあれば客席は形になります。」
「うむ。」
そう言うとバラムは懐から青白く光る拳大の石を取り出した。
「これを渡しておく。」
バルグラムが受け取る。
「……これは?」
「拡声石だ。」
石を軽く叩くと、
『テスト、テスト。』
バラムの声が周囲に大きく響いた。
「おおー!」
ドワーフ達から感嘆の声が上がる。
「運動会の解説席で使う。」
バラムは腕を組み、当然のように宣言した。
「解説は我と勇者マイトが担当する。」
「勇者と魔王が解説!?」
現場がざわつく。
「豪華じゃな。」
「実況より解説が目玉になりそうじゃ。」
バラムは満足そうに頷いた。
「そこで一つ注文がある。」
「何でしょう?」
「解説席は完全防音で作れ。」
「……は?」
現場が静まり返る。
バルグラムは聞き間違いかと思った。
「防音……ですか?」
「うむ。」
「何でまた?」
バラムは至って真面目な顔で答えた。
「勇者マイトが休憩中にゲームをしたいらしい。」
「…………。」
数秒の沈黙。
そして、
「ゲーム!?」
工事現場が一斉に吹き出した。
「そんな理由かい!」
「もっと重大な事情かと思ったわ!」
「敵に作戦を聞かれんようにとかじゃないんか!」
バラムは咳払いを一つした。
「試合と試合の合間は待ち時間が長い。」
「まあ、そうですな。」
「その間にゲームをするそうだ。」
「勇者らしい理由じゃのう!」
また笑いが起こる。
バラムは少し困ったように肩をすくめた。
「本人いわく、『観客席がうるさいと足音が聞こえない』らしい。」
その瞬間、
「足音ぉ!?」
「対戦ゲームか!」
「真剣すぎるじゃろ!」
笑い声がさらに大きくなる。
バルグラムは腹を抱えながら涙を拭いた。
「勇者様、休憩中まで本気なんですな!」
「うむ。」
バラムは真顔のまま続ける。
「なので完全防音だ。」
「魔王様も一緒にゲームやるんですか?」
若いドワーフが何気なく聞く。
バラムは少しだけ目を逸らした。
「……我は見ているだけだ。」
「嘘じゃ!」
「絶対一緒にやる顔しとる!」
「この前も勇者様とゲームの話で盛り上がっとったじゃろ!」
総ツッコミが飛ぶ。
バラムは咳払いをして威厳を取り戻そうとする。
「べ、別に我が遊びたいわけではない。」
「はいはい。」
「勇者に付き合うだけだ。」
「はいはい。」
「通信対戦を頼まれたら仕方なく応じるだけだ。」
「もう完全に遊ぶ気満々じゃないですか!」
現場は再び大爆笑。
バルグラムは笑いながら拡声石を掲げた。
「了解しました! 解説席は完全防音で作ります!」
「頼んだ。」
「ただし……」
バルグラムはニヤリと笑う。
「ゲームに熱中しすぎて、出番を忘れないでくださいよ?」
一瞬だけバラムの表情が固まった。
「……。」
その沈黙だけで、全員が察した。
「危ないと思っとる!」
「絶対やる気じゃ!」
「試合始まっても『あと一戦!』とか言いそうじゃ!」
爆笑の渦の中、バラムはマントを翻しながら歩き出す。
「……その心配はない。」
そう言い残して去っていく魔王の背中を見送りながら、バルグラムは苦笑した。
「防音室というより、ゲーム部屋を作る気分になってきたわ。」
「机も広くしといた方がいいな!」
「充電用の魔導コンセントも要るんじゃないか?」
「椅子も長時間座って疲れんやつにしよう!」
「解説席なのかゲーム部屋なのか分からんな!」
こうして運動会会場には、本来は実況と解説のための場所であるはずなのに、「勇者が快適にゲームできる完全防音仕様の解説席」という、誰よりも勇者と魔王が満足する設備が、本気で建設されることになった。
バラムの姿が見えなくなると、現場にはまだ笑いの余韻が残っていた。
「さて……。」
バルグラムは手に持っていた設計図をじっと見つめる。
「このままじゃ駄目じゃな。」
「ですよね。」
若いドワーフが苦笑する。
「完全防音なんて最初から設計に入っとらんですし。」
「実況席は屋根付きで十分って予定でしたからな。」
「よし。」
バルグラムは設計図を丸めると、パンッと机の上に広げた。
「設計班、集合!」
「「おう!」」
数人の設計担当ドワーフが慌てて駆け寄る。
「魔王様から追加注文じゃ。」
「何です?」
「実況兼解説席を全面設計変更する。」
設計担当が炭筆を構えた。
「まず壁。」
「はい。」
「二重構造。」
「二重……。」
「その間に吸音用の魔綿をぎっしり詰める。」
「ほうほう。」
「天井も同じじゃ。」
「窓は?」
「防音結界付きの魔導ガラス。」
「本気ですね……。」
「本気らしいからの。」
全員が納得したように頷く。
別のドワーフが設計図を見ながら首を傾げた。
「入口は?」
「二重扉。」
「ほう。」
「一枚開けても外の音が入らんように、前室を作る。」
「なるほど!」
「さすが石工頭!」
炭筆がカリカリと音を立て、新しい線が次々と描き加えられていく。
「それと机。」
「普通ので?」
「いや。」
バルグラムは少し考え込んでから言った。
「勇者殿はゲームするんじゃろ?」
「そうですね。」
「なら広め。」
「広め。」
「拡声石を置いても余裕があって、その横にゲーム機も置ける大きさ。」
設計担当は思わず吹き出した。
「完全にそこ前提なんですね!」
「もう前提で考えた方が早い。」
「違いない!」
また笑いが起こる。
そこへ年配のドワーフが口を開いた。
「椅子も変えんとな。」
「おっ。」
「長時間座って腰が痛くならんやつ。」
「それ採用!」
「肘掛け付き!」
「背もたれも高く!」
「いや待て。」
バルグラムが苦笑する。
「快適すぎると今度は寝るぞ。」
「「確かに!」」
全員が腹を抱えて笑った。
設計担当は図面の端に大きく書き込む。
『長時間座れても寝落ちしにくい椅子』
「そんな条件あるか!」
「職人泣かせじゃ!」
さらに別のドワーフが真面目な顔で言う。
「照明はどうします?」
「手元だけ明るく、外には漏れんように。」
「換気は?」
「静音魔導換気。」
「飲み物置き場。」
「必要。」
「軽食置き場。」
「……まあ必要じゃろう。」
「魔導コンセント四つ。」
「四つも?」
「勇者様のゲーム機、魔王様のゲーム機、充電予備、拡声石。」
「魔王様のも数えとる!」
「見てるだけじゃなかったんか!」
現場はまたしても爆笑に包まれる。
バルグラムは笑いながら頭をかいた。
「どう考えても二人で遊ぶ準備じゃな。」
「しかも休憩時間になると、『あと一戦だけ!』って聞こえてきそうじゃ。」
「完全防音だから聞こえませんよ!」
「それもそうじゃ!」
一同は再び大笑いした。
やがて設計担当が、新しく描き直した図面を机いっぱいに広げる。
「できました!」
最初の簡素な実況席とはまるで別物だった。
厚い防音壁、二重扉、防音ガラス、広い机、快適な椅子、静音換気、魔導コンセントまで備えた豪華な実況兼解説室。
それを見たバルグラムは腕を組み、満足そうに頷いた。
「よし。」
そして図面の右上に、大きく書き加えた。
『運動会実況・解説席(※ゲーム環境完備)』
その文字を見たドワーフ達は一瞬静まり返り――
「もう隠す気ないじゃないか!」
「正式名称がおかしい!」
「勇者様が見たら真っ先に喜びそうじゃ!」
工事現場には、石を削る音よりも大きな笑い声がいつまでも響き渡っていた。
そして運動会のメイン競技場予定地の広大な敷地では、数体の巨大スライム達が、
「ぶもんっ!」
「ぶもんっ!」
と気持ちの良いリズムで跳ね回っていた。
一回跳ねるたびに、その巨体が地面を均等に押し固めていく。
「ぶもーん。」
「ぶもんっ!」
まるで巨大な生きた転圧機だ。
周囲ではドワーフ達が腕を組んで感心していた。
「便利じゃのう。」
「石を敷く前の整地があっという間じゃ。」
「しかも土を均等に押し固めるから職人泣かせの精度じゃ。」
巨大スライム達は楽しそうに跳ね続ける。
ぶもんっ!
ぶもんっ!
ぶもーーーーんっ!
地面はみるみる平らになっていく。
「いやぁ、あいつら楽しそうじゃ。」
「遊んどるようにしか見えんのに仕事は完璧じゃ。」
「さすがスライムじゃな。」
その時だった。
ヒュオオオオオオオオッ!!
空の彼方から何かが猛烈な速度で迫ってくる。
「……ん?」
一人のドワーフが空を見上げる。
「何か飛んどるぞ。」
別のドワーフも目を細めた。
「鳥か?」
「いや……速すぎんか?」
音は一瞬で大きくなる。
ヒュオオオオオオオオオオッ!!
その場にいた巨大スライム達も、
「ぶも?」
と一斉に空を見上げた。
そして
ズドォォォォォォォォォォン!!
凄まじい轟音とともに、何かが地面へ一直線に突き刺さった。土煙が高く舞い上がる。
「ぶもーーーっ!?」
スライム達が驚いて一斉に跳ねる。
ぶもんっ!
ぶもんっ!
ぶもんっ!
ドワーフ達も慌てて駆け寄った。
「落石か!?」
「隕石か!?」
「敵襲か!?」
土煙がゆっくり晴れていく。
そこには地面に頭から綺麗に突き刺さり、両足だけがぴーんと空へ伸びている一人のホークマンがいた。
「あ。」
「……。」
「またルードじゃ。」
誰かが呆れたように呟く。
「今日も綺麗に刺さっとる。」
「芸術点高いな。」
「今回は壁じゃなくて地面か。」
一人の若いドワーフが足をつつく。
「生きとるかー?」
すると土の中から、くぐもった声が聞こえてきた。
「だ、大丈夫だー!」
「生きとるな。」
「いつも通りじゃ。」
数人が足を掴んで引っ張る。
「せーの!」
ズボォッ!!
勢いよく引き抜かれたルードは、そのまま地面をごろごろ転がった。
「いっててて……。」
頭から土をぱらぱら落としながら立ち上がる。
「ここは……。」
辺りを見回したルードは胸を張った。
「予定通り到着だ!」
シーン……
誰も何も言わない。
やがて年配のドワーフが静かに尋ねた。
「予定地に、予定外の角度でな。」
「……。」
ルードは少しだけ視線を逸らした。
「着地には多少の誤差がある。」
「多少?」
皆が周囲を見る。
突き刺さった場所には、大人がすっぽり入るほどの深い穴が開いていた。
「多少で済む穴じゃないぞ。」
「競技場の真ん中に新しい競技作る気か。」
「『ホークマン落下跡見学』じゃな。」
現場は笑いに包まれる。
その時、一体の巨大スライムが穴の前までぴょんぴょんと近づいてきた。
「ぶも。」
穴を覗き込み、
「ぶもん。」
と首らしきものを傾げた。
さらに穴へ向かって、
ぴょーん!
と飛び込み、
ぶもぉぉぉぉんっ!
着地した瞬間、柔らかな体が広がって穴の隅々まで土を押し固める。
ぽこん。
一回跳ねて出てきた時には、さっきまでの大穴は跡形もなく綺麗な平地へ戻っていた。
「おおーーー!」
ドワーフ達から歓声が上がる。
「埋めるの早っ!」
「整地班、仕事が速すぎる!」
「ルードが穴を開けても五秒で元通りじゃ!」
ルードは目を丸くした。
「すごいな……。」
すると巨大スライムは得意げに胸らしき部分をぷるんと震わせ、
「ぶもん!」
と元気よく鳴いた。
その様子を見て、ドワーフ達は腹を抱えて笑う。
「これならルードが何回刺さっても安心じゃ!」
「安心するところがおかしい!」
「競技場完成までに何回刺さるか賭けるか?」
「十回!」
「いや十五回!」
「完成前に二十回じゃ!」
「おいおい!」
ルードは慌てて翼を広げる。
「そんなに刺さらないぞ!」
その瞬間、勢いよく羽ばたいた反動で足元の小石を踏み、バランスを崩す。
「あっ。」
ズベッ!
そのまま前のめりに倒れ、
ズボッ。
今度は浅く頭だけ地面に突き刺さった。
一瞬の静寂。
そして、
「「「二回目ぇぇぇ!!」」」
競技場予定地には、巨大スライム達の
「ぶもーーーん!」
という楽しそうな鳴き声と、ドワーフ達の爆笑がいつまでも響き渡っていた。




