63.城、改装が進む
魔族領王都マグノリアにある魔王の居城、静寂の城。
現在、ドワーフ達が盛大に建て替えをしている。
城の中庭では、石材が運ばれ、鉄骨が組まれ、あちこちから金槌の音が響いていた。
「そこ! 梁をもう少し右じゃ!」
「了解!」
「滑車引けー!」
ドワーフ達は息の合った動きで作業を進めていく。
そこへ、大きな丸太を肩に担いだ二つの影が現れた。
「運んできたぞ!」
ミノタウロスのミノが、丸太を何本も軽々と担いで歩いてくる。
その後ろでは、同じくらい巨大な石材を抱えたボアマンのデルストも歩いていた。
「べぶぶぁ! ごばべっ!」
デルストが元気よく何かを叫ぶ。
ドワーフ達は一瞬だけ動きを止める。
「……。」
「……。」
「今、何て言った?」
「わからん。」
「ナラ殿がおらんから通訳できん……。」
唯一デルストの言葉を理解できるピクシーのナラは、現在ガエン達とスポンサー集めの旅に出ており不在だった。
つまり誰一人、デルストの言葉が理解できない。
「べぼっ! ばぶべべ!」
デルストは石材を指差しながら熱心に説明する。
ドワーフ達は真剣な顔になる。
「……たぶん。」
「『これどこに置けばいい?』じゃな。」
「そんな気がする。」
「うむ、雰囲気がそんな感じじゃ。」
全員が頷いた。
「じゃああっちじゃ!」
「べっ!」
デルストは満足そうに頷き、石材を指定された場所へ運んでいく。
するとミノが笑った。
「たぶん合ってるよ。」
「おお、本当か!」
「いや、俺もわからないけど。」
「わからんのかい!」
ドワーフ達が一斉に突っ込む。
ミノは頭を掻いた。
「長い付き合いだから。なんとなく雰囲気でわかる時もあるよ。」
「時もある?」
「半分くらい。」
「半分か……。」
その時。
デルストが再び戻ってきた。
「べばぁっ!」
ドワルゴを呼んでいるようだ。
「なんじゃ?」
「べべぶ! ごばっ! ばぶぶ!」
デルストは身振り手振りを交えて必死に説明する。
腕を大きく広げたり、地面を指差したり、最後にはガッツポーズまでしていた。
全員が考え込む。
「……。」
「……。」
「……。」
沈黙。
一人の若いドワーフが恐る恐る言う。
「……穴掘ればいいんですかい?」
デルストは首を横に振る。
「違うか。」
別のドワーフ。
「柱立てる?」
首を横に振る。
「違う。」
「壁?」
違う。
「昼飯?」
デルストは激しく首を縦に振った。
「べっ!!」
「昼飯だったのか!!」
周囲が大爆笑になる。
ドワルゴは腹を抱えた。
「そんな重要そうな顔で『腹減った』と言うな!」
ミノも苦笑する。
「朝からずっと働いてるから。腹減ったんだね。」
デルストは何度も頷いている。
「べっ! べっ!」
「それだけは伝わるんじゃな……。」
ドワルゴは笑いながら手を叩いた。
「よし! 一旦休憩じゃ! 飯にするぞー!」
「おおーーっ!!」
ドワーフ達が歓声を上げる。
デルストも満足そうに拳を突き上げた。
「べぇぇぇっ!」
その勢いで近くに積まれていた木箱へ肘が当たり――
ゴトッ。
木箱が倒れそうになる。
「あっ。」
ミノが片手で木箱を受け止める。
「危ない危ない。」
しかし受け止めた瞬間。
バキッ。
木箱がミノの握力で粉々になった。
「あ。」
場が静まり返る。
ミノは苦笑いしながら頭を掻いた。
「……ごめん。力加減間違えた。」
ドワルゴは額を押さえながらため息をつく。
「デルストは何を言っとるかわからんし、ミノは何でも壊すし……。」
するとデルストがミノの肩を叩き、
「べぶっ!」
と慰めるように声を掛けた。
ミノは笑って頷く。
「ありがとう。たぶん『気にするな』って言ってるんだよね?」
デルストは満面の笑みで親指を立てた。
周囲のドワーフ達も笑い出す。
「今のは確かに『気にするな』に見えた!」
「結局、デルスト殿は雰囲気で何とかなるんじゃな!」
「いや、ならん時の方が多いぞ!」
建て替え工事の現場は、今日も笑い声に包まれながら賑やかに進んでいくのだった。
昼休憩になると、中庭の一角には長机が並べられ、大鍋いっぱいに煮込まれたシチューや焼きたてのパン、山盛りの肉料理が次々と運ばれてきた。
「おおっ! 今日もうまそうじゃ!」
「朝から働いた後の飯は格別だ!」
ドワーフ達は一斉に席へ着く。
ミノは巨大な皿を片手で持ち上げ、豪快に肉を頬張る。
「うまい!」
デルストも、
「べっ! べべべっ!」
と満面の笑みでパンを口いっぱいに頬張っていた。
「何言っとるかわからんが、うまいってことだけは伝わるな。」
「それは百発百中じゃ。」
ドワルゴも笑いながらシチューをすすった。
「しかし、今回の城は頑丈にせんといかんな。」
若いドワーフが首を傾げる。
「何かあるんですかい?」
ドワルゴはミノをちらりと見る。
「あるも何も……。」
ミノは気付かず骨付き肉をかじっている。
「このミノの怪力でも壊れんように作らんといけん。」
「確かに。」
「この前も階段の手すりを掴んだだけで……。」
「取れた。」
「ドアノブも。」
「回しただけで抜けた。」
「椅子も。」
「座っただけで脚が折れた。」
ミノは苦笑いする。
「全部わざとじゃないんだけどさ……。」
「わかっとる。」
ドワルゴは苦笑して頷いた。
「じゃからこそ厄介なんじゃ。」
デルストがミノの肩をぽんぽん叩く。
「べぶっ。」
「慰めてくれてるんだよね?」
「べっ!」
「多分そうじゃ。」
皆が笑った、その時だった。
「やあ、諸君。」
聞き慣れた、妙に爽やかな声が響く。
全員が振り向く。
陽の光を背に受け、髪をさらりとかき上げながら歩いてくる一人の男。
ハイオークのマルドだった。
「今日もこの城には、僕という美しい風が吹いているようだね。」
そう言って白い歯をキラリと光らせる。
「…………。」
工事現場が一瞬だけ静まり返る。
ドワーフ達は顔を見合わせた。
「来たぞ……。」
「無駄に爽やかな奴が。」
「今日も絶好調じゃな……。」
マルドはそんな空気など気にも留めず、長机の前まで歩いてくる。
「昼食とは実に素晴らしい時間だ。仲間と食事を囲む姿は、まるで一枚の絵画のようだね。そして、その絵画に僕が加わることで芸術は完成する。」
そう言って再び髪をかき上げる。
キラーン。
「……誰か鏡持ってきてやれ。」
「いや、持っとるぞ。」
見るとマルドは腰から小さな手鏡を取り出し、自分の笑顔を確認して満足そうに頷いていた。
「今日の僕も完璧だ。」
「確認せんでも毎日言っとるじゃろ。」
ドワルゴが呆れ顔で言う。
するとミノが笑いながら席をずらした。
「ほら、座りなよ。」
「ありがとう、ミノ。君の優しさは実に美しい。」
「いや、飯冷めるよ。」
「そうだね。」
マルドは優雅な動作で椅子に腰掛けようとし、
パキッ。
「……。」
椅子の脚が一本だけ折れた。
「おや?」
マルドは姿勢を崩しながらも華麗に着地する。
ドワーフ達が一斉に椅子を見る。
「……今のは。」
「ミノじゃない。」
「マルドでもない。」
ドワルゴは椅子を持ち上げ、折れた脚を眺める。
「……老朽化じゃな。」
するとミノが申し訳なさそうに手を挙げた。
「それ、多分昨日俺が少し掴んだ椅子だ。」
「原因お前かい!!」
工事現場は爆笑に包まれた。
「昨日のダメージが今日になって出たんか!」
「時限式破壊じゃないか!」
ミノは耳をかきながら苦笑する。
「こめんごめん。」
マルドは服についた埃を軽く払うと、髪を整えて微笑んだ。
「椅子ですら、僕という存在の重みに耐えられなかったようだね。」
「違うわ!」
ドワーフ達の見事な一斉ツッコミが響いた。
その後は他愛ない話をしながら昼食が進む。
「ナラ達は今頃どこまで行っとるかのう。」
「スポンサー集めって大変そうだよな。」
「ガエン達なら何とかするじゃろ。」
「べべっ!」
デルストも何かを言いながらシチューをおかわりする。
「今のは絶対『もう一杯くれ』じゃ。」
「いや『肉追加』かもしれん。」
「どっちでも食うことしか考えとらんのう。」
笑い声が絶えない昼食だった。
やがて全員が食べ終え、食器を片付ける。
ドワルゴが立ち上がった。
「よーし! 休憩終わりじゃ! 仕事に戻るぞー!」
「おおーーっ!」
ドワーフ達が持ち場へ散っていく。
ミノは丸太を担ぎ、デルストは石材を抱え、
マルドはどこから取り出したのか鏡を見て前髪を整えてから工具を持った。
その時だった。
ヒュゴォォォォォォォッ!!
何かが物凄い速度で城の上空を飛んできた。
「……。」
ドワーフ達はその風切り音を聞いた瞬間、全員が空を見上げる。
「……来た。」
一人が呟く。
「またか。」
別の一人も肩をすくめる。
ミノは慣れた様子で丸太を地面へ置いた。
「三、二、一……。」
ズガァァァァン!!
次の瞬間。
建設中の壁へ何かが一直線に突き刺さった。
石壁には人型の穴。粉塵が舞い上がる。
「……。」
誰一人驚かない。
ドワルゴは額に手を当てた。
「今日は東側の壁か。」
煙の中から翼がぴくぴくと動く。
やがて、壁に半分埋まったままの男が顔を上げた。
大きな翼を持つホークマンのルードだった。
「……いたた。」
ルードは壁に埋まったまま不満そうな顔をする。
「また壁が勝手に出てきた。」
工事現場が静まり返る。
数秒後。
「違うわぁぁぁ!!」
全員が総ツッコミした。
「壁は最初からそこにある!」
「お前が飛び込んできたんじゃ!」
「勝手に動く壁なんかあるか!」
ルードは首を傾げる。
「でもさっきまで見えてなかった。」
ドワルゴは呆れ返る。
「お前が方向音痴なだけじゃ!」
ルードは壁から抜け出そうともがく。
「ちょっと引っ張ってくれ。」
ミノが近付き、両脇を持って、
「せーの。」
ズボッ。
勢いよく引き抜いた。
ルードは一回転して綺麗に着地する。
「ありがとう!」
「今度はちゃんと着地してよ。」
「ちゃんと着地するつもりだったんだけどなぁ。」
「結果が壁なんじゃ!」
ドワーフ達はまた笑い出した。
ルードは壊れた壁を見て苦笑いする。
「ごめん。」
ドワルゴはため息をつきながら崩れた石を拾い上げる。
「もう慣れたわ。」
若いドワーフが苦笑する。
「ルード殿専用の着陸場でも作りますか?」
ルードは目を輝かせた。
「いいね!」
しかしドワルゴは首を横に振る。
「いや……。」
腕を組み、真剣な顔で建設中の城を見上げる。
「どうせ着陸場を作っても外す。」
「確かに。」
「方向音痴じゃし。」
「百発百中で違う場所へ行きそう。」
全員が納得して頷く。
ドワルゴはニヤリと笑った。
「なら逆じゃ。」
「逆?」
「ルードが突き刺さらないように、壁を作らないといけんな。」
「壁をなくすんじゃなくて、ルード対応の壁を作るのか!」
「そうじゃ!」
ドワルゴは図面を広げながら続ける。
「突っ込んでも壊れん壁! そしてルードも無事な壁じゃ!」
「なんだその仕様!」
ミノは腹を抱えて笑い、
マルドは髪をかき上げながら微笑む。
「彼専用設計とは、実に贅沢だね。」
ルードだけは嬉しそうに頷いた。
「さすがドワルゴ! 話が早い!」
こうして静寂の城には、「ミノでも壊れず、ルードが突き刺さっても平気な壁」という、誰が得をするのか分からない新たな建築目標が、半ば本気で追加されるのだった。




