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静寂の城〜魔王は世界征服をしたい〜  作者: 赤井六舷
魔族領氷雪都市、クリアフォル

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67.笑芸大会、始まる

笑芸大会の会場は超満員で熱気に溢れていた。

観客は誰が優勝するのかの議論を交わし開会式を待っていた。


「今年もやっぱり爆笑サーカス団だろ! あの完成度は反則級だ!」

「いやいや、今年の台風の目は”うさぎドラゴン”だって! 予選の映像見たか? 腹よじれたぞ!」

「でも大トリって緊張するぞ? あの順番で笑いを取るのは簡単じゃねぇ。」

「あの白いモフモフ着たラミアのボケが最高なんだよ!」

「いや、ドラゴニュートのツッコミが鋭くて好きなんだ!」

「俺は昔から爆笑サーカス団一筋!」

「あー、開会式が待ちきれねぇ!」


会場中が笑い声と期待に包まれ、あちこちで好きな芸人や優勝候補の話題が飛び交う。


「私は『おしゃべり三兄弟』を応援してるの!」

「俺は『鉄板ブラザーズ』だな。」

「優勝はともかく、今年はどんな新ネタが出るか楽しみだ!」


売店では温かい飲み物を片手に談笑する者、記念旗を振る子供たち、芸人の名前を書いた応援うちわを掲げるファンまでいて、まるで祭りそのものだった。


そんな中、


「女王陛下、ご到着です!」


会場入口に響き渡る衛兵の声。

ざわめいていた観客が一斉に振り向く。

そこに現れたのは、氷雪都市クリアフォルを治める女王、フロスティア。

純白と水色を基調とした豪奢なドレスに、氷結晶を模した王冠。

歩くたびに裾から淡い氷の粒が舞い、まるで雪そのものが彼女を祝福しているかのようだった。

観客たちは慌てて道を開ける。


「女王陛下だ……。」

「お美しい……。」

「今日は直々に観戦されるのか。」


フロスティアは誰にも微笑まず、静かな足取りで歩く。

その青い瞳は冷え切った湖のように澄み、周囲を一瞥する視線もどこか冷たく見える。


「…………。」


威厳に満ちた無表情。

近寄りがたい空気に、誰も軽々しく声を掛けられない。

しかし。


(始まる……! いよいよ始まる!今年はどんな芸人が私を笑わせてくれるのかしら!爆笑サーカス団も楽しみだし、噂のうさぎドラゴンも気になる!今日は絶対に最後まで見る!ああっ、もう開会式が待ち遠しいっ!)


心の中では、子供のように飛び跳ねたいほど大興奮していた。

だが、そんな感情は表情に一切出さない。


「……。」


相変わらず氷のような無表情のまま、ゆっくりと特別席へ向かう。

側近たちはその姿を見て、


(今日も陛下は実に威厳がおありだ。)

(さすが氷の女王……。)


と感心していた。

もちろん、その胸の内で「早く始まってください!」と必死に叫んでいることなど、誰一人知る由もない。

フロスティアは特別席の玉座に静かに腰を下ろえる。

脚を優雅に組み、頬杖をつきながら舞台へ視線を向けた。

その姿はまさに冷厳なる氷の女王。

しかし心の中では


(お願いだから一組目から面白い人たちが来ますように……!今日はいっぱい笑いたい……!)


期待で胸を躍らせながら、開会式の始まりを今か今かと待ち続けていた。

しばらくして


ドォォォン!!


色とりどりの魔法花火が昼空へ打ち上がり、会場全体に祝福の光が降り注ぐ。

同時に、巨大な魔道拡声器から勢いよく声が響いた。


「レディース・アァァァンド・ジェントルメェェェン!! そして笑いを愛する全ての皆さぁぁぁん!!」


照明魔法が一斉にステージを照らし、一人の派手な燕尾服を着た司会者が飛び出してくる。


「ようこそお越しくださいましたぁぁ!! 年に一度! 笑いの頂点を決める祭典――『笑芸大会』開幕でぇぇぇぇす!!」


ワァァァァァァァァァァッ!!


観客席が揺れるほどの歓声。

司会者は両腕を大きく広げ、さらにテンションを上げる。


「今年も全国各地から腕自慢、いや! 笑わせ自慢の芸人たちが集結しました!! 本日の出場者は総勢十五組!! 栄えある優勝を勝ち取るのは一体どのコンビ、どの団体なのかぁぁぁ!!」


「うおおおおお!!」

「待ってましたー!!」

「優勝しろ、うさぎドラゴン!」

「爆笑サーカス団ー!!」


あちこちから応援が飛び交う。

司会者はニヤリと笑い、一本の巻物を広げた。


「それでは皆様!! 本日の出演順をご紹介いたしましょう!!」


巨大な魔法スクリーンにも名前が映し出される。


「トップバッター! 一組目!!

『おしゃべり三兄弟』!!」


歓声と拍手。


「二組目!!

『鉄板ブラザーズ』!!」


「おおー!」


「三組目!!

『ドタバタ商会』!!」


「四組目!!

『月夜のピエロ団』!!」


「五組目!!

『笑門一座』!!」


「六組目!!

『激辛トーク』!!」


「七組目!!

『ぺんぎん急便』!!」


「八組目!!

『爆走コロッケ隊』!!」


「九組目!!

『七色ステージ』!!」


「十組目!!

『腹筋クラッシャーズ』!!」


会場は紹介のたびに拍手と歓声に包まれる。

フロスティアも表情は変えないまま、


(腹筋クラッシャーズ……名前からして期待できる。)


と、ひそかにメモするような気持ちで聞いていた。

司会者はさらに声を張る。


「十一組目!!

『笑神見習い』!!」


「十二組目!!

『風来ボケ旅団』!!」


「十三組目!!

昨年度王者!!

『爆笑サーカス団』!!」


ドォォォォォン!!


紹介と同時に金色の花火が舞い上がる。


「待ってましたぁぁ!!」

「今年も優勝だぁぁ!」

「王者ーー!!」


圧倒的な歓声。

司会者はその熱気をさらに煽る。


「そして十四組目!!

『銀河コメット』!!」


再び大きな拍手。

そして会場が少し静まったところで、司会者はわざと間を作る。


「さぁ……そして……。」


照明が少し落ちる。

観客全員が息を呑んだ。


「本大会、大トリを務める十五組目は――」


ドンッ!!


巨大スクリーンいっぱいに、一匹の白いうさぎと一頭のドラゴンを描いた可愛らしいロゴが映し出される。


「今大会最大の話題!!

予選で観客を笑いの渦に巻き込み、一躍優勝候補へ名乗りを上げた新星!!『うさぎドラゴン』ーーーッ!!」


その瞬間、


ウォオオオオオオオオオオオオッ!!


本日一番と言っていいほどの歓声が会場を包み込んだ。


「ビルムー!!」

「ミリアちゃーーん!!」

「優勝してくれーー!!」

「大トリ頼んだぞーー!!」


期待の声が四方八方から飛び交う。

玉座に座るフロスティアも、相変わらず涼しい顔のままだったが、


(きゃあああ! 本当に最後なのね! ますます楽しみ! 噂のうさぎドラゴン……一体どんな漫才を見せてくれるのかしら!)


心の中では今にも拍手を送りたい衝動を必死に抑えていた。

司会者は会場を見渡し、大きくうなずく。


「以上、栄光を懸けて戦う十五組です!! 本日は果たして、誰が会場中を爆笑の渦へと巻き込み、笑芸大会の頂点へ立つのか!!」


その言葉に、観客席の熱気はさらに高まり、いよいよ笑芸大会本番の幕が上がろうとしていた。


舞台袖。

出場者たちはそれぞれ最後の準備を整えていた。

深呼吸を繰り返す者。

相方と小声で最終確認をする者。

一人で目を閉じ、精神を集中させる者。

誰もが、この大舞台に懸ける思いを胸に秘めている。

その一角では、


「……あかん。」


ドラゴニュートのビルムが額にうっすら汗を浮かべながら呟いた。


「思っとった以上に人おるやん……。」


舞台袖の隙間から客席を覗く。

ぎっしり埋まった観客席。

二階席も三階席も立ち見席まで満員。

さらに特別席には、氷の女王フロスティアが静かに座っている姿まで見える。


「こんなん……緊張せぇへん方がおかしいやろ……。」


尻尾が落ち着きなく左右に揺れる。


「大トリやぞ……。しかも優勝候補とか言われとるし……。もしスベったら、どうしよ……。」


珍しく弱気な声だった。

そんなビルムの隣では白いふわふわの防寒装備を着たラミアのミリアが、いつも通りの涼しい顔で温かいお茶を飲んでいた。


「ずずっ……。」


一口飲む。


「……美味しい。」


「そこちゃうやろ!」


ビルムが思わずツッコむ。


「なんでそんな落ち着いとるねん!」


「え?」


ミリアは首を傾げた。


「緊張しても、お客さんが増えるわけでも減るわけでもないし。」


「いや、そういう問題ちゃうねん!」


「それに。」


ミリアはにこりと微笑んだ。


「ビルムとなら大丈夫。」


「……。」


「いつも通りやれば、きっとみんな笑ってくれる。」


その一言だけだった。

だが、不思議とビルムの肩から少しだけ力が抜ける。


「……ほんま、お前は。」


苦笑しながら頭をかく。


「肝据わっとるなぁ。」


「うん。」


ミリアは小さく頷く。


「もし失敗しても。」


「うん?」


「その時は二人で一緒に謝ろ。」


「最初から失敗前提やないか!」


バシッ!


軽快なツッコミが入り、近くにいた芸人たちから小さな笑いが漏れた。


「ははは。」

「本番前でもあの調子か。」

「なるほど、あれがうさぎドラゴンか。」


その空気に、ビルムも少しだけ表情を和らげる。


「……せやな。」


大きく息を吸う。


「いつも通りや。」


一方その頃、観客席ではガエンたち五人も、その圧倒的な熱気に目を丸くしていた。

オーガのガエンは腕を組みながら感心したように唸る。


「すげぇな……。」


勇者マイトも客席を見渡しながら口笛を吹く。


「ここまで人が集まる大会とは思わなかった。」


ダークエルフのラーシャは舞台を見つめながら微笑む。


「みんな本当に笑芸大会を楽しみにしていたのですね。」


ピクシーのナラは空中をふわふわ飛び回りながら目を輝かせる。


「わぁーっ! すっごーい! 人、人、人だよー!こんなに大勢が一緒に笑うなんて、きっとすごく楽しいんだろうなぁ!」


ガエンは客席のあちこちから聞こえてくる歓声に耳を傾ける。


「爆笑サーカス団ー!」

「うさぎドラゴンー!」


応援の声は途切れることがない。

ガエンは思わず笑みを浮かべた。


「ビルムたち……いつの間にこんな人気者になったんだ。」


マイトも肩をすくめる。


「一か月前に別れた時は、まさか漫才師になってるなんて夢にも思わなかったけどね。」


ダグラスが軽く溜息を吐く。


「しかも優勝候補とか。」


ナラは両手をぎゅっと握りしめた。


「ビルムー! ミリアー! 頑張ってー!」


その声は舞台袖までは届かなかったが、五人の期待と応援の気持ちは、会場の熱気とともに確かに大きく膨らんでいくのだった。


司会者が高らかに宣言する。


「それでは皆様、お待たせいたしましたぁぁぁ!! 今年の笑芸大会!!開幕ですッ!!」


ドォォォォン!!


天井近くで色鮮やかな祝砲の魔法花火が弾け、無数の光が雪の結晶のように舞い散る。

観客席からは割れんばかりの拍手が巻き起こった。


「うおおおおお!!」

「始まるぞー!!」

「笑う準備はできてるぞー!」


会場全体が期待と興奮に包まれる。

司会者は舞台中央へ進み、勢いよく腕を振り上げた。


「まず最初に舞台へ上がるのは―!」


一拍置く。


「トップバッター! 『おしゃべり三兄弟』ーッ!!」


大きな拍手。

舞台袖では、三人組の芸人が顔を見合わせた。


「……来たな。」


長男役の男が小さく呟く。


「一番手かぁ……。」


次男役が乾いた笑みを浮かべる。


「トップバッターは空気を作る役目だ。プレッシャー半端ないぞ。」


三男役は両手をぎゅっと握り締めた。


「……でも。」


三人は同時に頷く。


「ここまで来たんだ。」

「やるしかない。」

「行こう。」


深呼吸、胸いっぱいに空気を吸い込み、ゆっくり吐き出す。

張り詰めた緊張を押し殺すように、三人は笑顔を作った。


「よし!」


舞台へ飛び出す。

スポットライトが三人を照らした。


「どうもーーーっ!!」


元気よく頭を下げると、客席から温かい拍手が送られる。


「頑張れー!」

「トップバッターだー!」

「笑わせてくれー!」


三人は顔を見合わせ、小さくうなずいた。

長男役が一歩前へ出る。


「今日は笑芸大会ということで、朝から気合い入れて来たんですよ!」


次男役がすかさず聞き返す。


「へぇ、どんな気合い?」


長男は胸を張る。


「朝五時に起きて、鏡に向かって百回『今日はウケる』って言いました!」


「自己暗示か!」


客席からクスッと笑いが漏れる。

三男役が腕を組みながら言う。


「でも結果は?」


長男は真顔で答えた。


「家族しか笑わなかった。」


「家族優しいな!!」


パシン!


軽快なツッコミが響き、今度は笑い声が少し大きくなる。


「はははは!」

「いいぞー!」

「その調子!」


三人はその反応に少しだけ肩の力が抜けた。


(よし……。)

(笑ってくれた。)

(ここからだ。)


トップバッターの重圧はまだ消えてはいない。

それでも三人は顔を上げ、会場中の期待を受け止めながら、さらにテンポよく漫才を続けていくのだった。

三人の勢いはそこからさらに増していった。

長男が勢いよく叫ぶ。


「俺、この前占い師に『あなたには王の器があります』って言われたんだ!」


次男が目を丸くする。


「おお! すごいじゃないか!」


長男は照れくさそうに頭をかく。


「でも、そのあと『チェスの駒だけど』って言われた。」


「キングじゃなくてポーンかい!」


「器ちっちゃ!!」


三男の鋭いツッコミに、客席から大きな笑いが巻き起こる。


「はははははっ!!」

「うまい!」

「それ好きだ!」


三人は息の合った掛け合いを続け、次々と笑いを重ねていく。

言葉のテンポ。

絶妙な間。

息ぴったりのツッコミ。

序盤こそ様子をうかがっていた観客たちも、気づけば腹を抱えて笑っていた。


「もうだめ!」

「最初から飛ばすなぁ!」

「最高だ!」


舞台袖で見守る他の出場者たちも思わず感心する。


「……やっぱりトップバッターを務めるだけあるな。」

「会場の空気を完全に温めた。」

「これなら後の組もやりやすい。」


そして、


「ありがとうございましたーーーっ!!」


三人は深々と頭を下げる。

その瞬間。


ドォォォォォッ!!


会場中を包み込むような拍手と歓声が響き渡った。


「面白かったー!」

「最高ー!」

「いいスタートだ!」

「ナイストップバッター!」


三人は顔を見合わせ、安堵の笑みを浮かべる。


(……やった。)

(ちゃんと笑ってもらえた。)

(この大会の幕開けを飾れた。)


胸をなで下ろしながら、三人は大きな拍手に送られて舞台袖へと戻っていった。

その頃、特別席。

氷雪都市クリアフォルの女王、フロスティアは相変わらず背筋をぴんと伸ばし、氷像のように美しい無表情で舞台を見つめていた。

周囲の貴族や護衛たちは、その冷静な横顔を見て、


(さすが女王陛下……。)

(まったく表情を崩されない。)


と感心している。だが、その胸の内では、


(ふふっ……面白かったわ。最初からちゃんと笑わせてくれるじゃない。今年も期待できそうね。)


心の中では満足そうに小さく拍手を送っていた。


(トップバッターがこれだけ会場を温めてくれたなら、この先はもっと盛り上がるはず。さて……次はどんな芸を見せてくれるのかしら。)


表情だけは氷のように凛としているものの、その心は子どものような期待で満たされていた。

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