60.勇者、語る
馬車の中が静かになる。
「俺のひい婆ちゃんは先代勇者だった。」
「え?」
ナラが目を丸くする。
「そうだったの?」
「ああ。名前はアイラ。」
ラーシャも驚きを隠せない。
「勇者の血筋だったんですね……。」
「まあな。でも俺は会ったことがない。」
マイトは静かに首を振った。
「俺が生まれるずっと前、先代魔王との戦いが終わったあと……ひい婆ちゃんは行方不明になった。」
誰も口を挟まない。
「勝ったのか負けたのかもはっきりしない。ただ、帰ってこなかった。」
馬車が小さく揺れる。
「そして俺が生まれた。」
マイトは淡々と続けた。
「父さんと母さんは普通に暮らしてた。でも俺が三歳の時だった。」
少しだけ表情が曇る。
「村が魔物に襲われた。」
ラーシャは息を飲んだ。
「父さんも母さんも、俺を逃がそうとして……そのまま。」
静かな空気が流れる。
「俺も食われると思った。」
マイトは苦笑した。
「でもその時助けてくれたのが剣聖スレイドだった。」
「剣聖スレイド……。」
ガエンがゆっくり頷く。
「名前くらいは知ってる。」
「めちゃくちゃ強かったぞ。」
マイトは懐かしそうに笑う。
「俺を助けたあと、そのまま育ててくれた。」
「優しい人だったんだね。」
ナラが呟く。
「ああ。」
マイトは頷いた。
「ぶっきらぼうだったけどね。朝から晩まで剣、剣、剣。」
「想像できます……。」
ラーシャが少し笑う。
「でも七歳の時だった。」
マイトは拳を軽く握る。
「勇者として覚醒した。」
「七歳!?」
ナラが思わず声を上げた。
「早っ!」
「スレイドも驚いてたよ。」
マイトは笑う。
「『まだ早すぎるだろ』って。」
「普通はもっと後だな。」
ガエンも腕を組む。
「俺もそう聞いている。」
「それからは本格的な修行だった。」
マイトは続ける。
「毎日毎日剣を振って、魔法を覚えて、旅をして、魔物を倒して。」
「勇者として育てられたんですね。」
ラーシャが静かに言う。
「ああ。」
マイトは頷いた。
「そして十五歳になった。」
その言葉で空気が少し変わる。
「その頃には現魔王バラムが世界中で噂になってた。」
ガエンが苦笑する。
「まあ、あの頃はかなり警戒されていたな。」
「俺も当然、倒す相手だと思ってた。」
マイトは窓の外を見た。
「だから静寂の城まで行った。」
ナラが身を乗り出す。
「いよいよ魔王戦!」
「……のはずだった。」
マイトは苦笑する。
「城に乗り込んで、玉座の間まで行って。」
「うんうん。」
「そこでバラムと初めて会った。」
少し間を置く。
「で、とりあえず話した。」
「……話した?」
ナラが首を傾げる。
「普通そこ戦うところじゃない?」
「俺もそう思ってた。」
マイトは笑う。
「でもバラムがいきなり言ったんだ。『遠くから来たんだろう。まず飯でも食うか。』って。」
ナラが吹き出した。
「えぇ!?」
ラーシャも思わず笑ってしまう。
「魔王様らしいですね……。」
「その時は『いや戦えよ』って思った。」
マイトは肩をすくめた。
「でも話してるうちに分かった。」
その笑顔が少し真面目になる。
「この人は倒すべき相手じゃない。」
ガエンは静かに頷く。
「……そう思ったか。」
「ああ。」
マイトは迷いなく答えた。
「人間も魔族も関係なく平和に暮らせる世界を本気で目指してた。だから剣を向けられなかった。」
ラーシャは優しく微笑む。
「勇者様らしい判断です。」
「いや、それだけじゃない。」
マイトは頭をかいた。
「普通に話してたらさ。」
ナラがニヤニヤし始める。
「うん。」
「ゲームの話で盛り上がって。」
「……はい?」
「料理の話でも盛り上がって。」
「はい?」
「筋トレの話でも盛り上がって。」
「はい?」
「気付いたら夕方になってた。」
ナラは腹を抱えて笑い始めた。
「戦えよ!」
ラーシャまで肩を震わせている。
ガエンは呆れたようにため息をついた。
「その話は初めて聞いたな……。」
「俺も『あれ?』ってなった。」
マイトは笑う。
「帰ろうとしたらバラムが言ったんだ。『部屋余ってるぞ。』って。」
「断ったの?」
ナラが聞く。
「一応な。」
「一応?」
「『いや勇者だし』って。」
「それで?」
「『勇者だから何だ?』って返された。」
ガエンは思わず額を押さえる。
「……バラムらしい。」
「そのあとも色々話して。」
マイトは懐かしそうに笑った。
「結局、この人となら世界を変えられるかもしれないって思った。だから。」
マイトはあっさりと言った。
「静寂の城に住むことにした。」
馬車の中は数秒静まり返る。
そして。
「いや、そこ普通そうならないよ!」
ナラが勢いよくツッコミを入れた。
「やっぱり勇者様も魔王様も、どこか感覚がおかしいです……。」
ラーシャは苦笑しながら呟く。
ガエンだけは静かに頷いた。
「だが、お前らしい決断だった。」
マイトは照れくさそうに笑った。
「そうかな。」
「そうだ。」
ガエンは短く答える。
「だから今の静寂の城がある。」
ナラは笑いながら手を挙げた。
「じゃあ次、ボク!」
「お。」
マイトが笑う。
「そういやナラも詳しく聞いたことなかったな。」
「ガエンは知ってるよね?」
「ああ。だが本人から話した方が早い。」
ナラは胸を張る。
「ボクね、最初は静寂の城に住む気なんて全然なかったの!」
「じゃあ何しに行ったんですか?」
ラーシャが首を傾げる。
ナラは悪戯っぽく笑った。
「もちろん諜報!」
「諜報?」
マイトが聞き返す。
「当時は『新しい魔王が現れた』『静寂の城は危険だ』って噂ばっかりだったからね。諜報員として潜入して情報を集める依頼を受けたの。」
「なるほど。」
ガエンが腕を組む。
「最初は完全に敵地だったわけだ。」
「そうそう。」
ナラはうんうん頷く。
「夜にこっそり城へ忍び込んでさ。」
「見つからなかったのか?」
「見つかった。」
「早い!」
マイトが思わず吹き出した。
「窓から入った瞬間、魔王に『お、ピクシーか。迷ったのか?』って。」
「侵入者だろ!」
「そうなの!」
ナラも笑う。
「なのに全然警戒されなくてさ。」
「それで?」
ラーシャが興味深そうに聞く。
「とりあえず情報だけ集めようと思って、数日こっそり観察してたの。」
「ほう。」
「そしたら毎日なんか楽しそうなの!」
ナラは両手を広げる。
「ガエンは畑耕してるし!」
「耕していたな。」
「魔王は料理作ってるし!」
「作ってたな。」
「幹部同士でボードゲーム大会始まるし!」
マイトは笑いを堪えきれない。
「戦争会議じゃなくて?」
「ボードゲーム大会。」
「……。」
「しかも負けた人が皿洗い。」
馬車の中に笑いが広がる。
ナラは続けた。
「そのうちボクも普通に混ざってた。」
「潜入任務は?」
マイトが聞く。
「忘れた!」
「忘れるな!」
「だって楽しそうだったんだもん!」
ナラはけろりと言う。
「で、帰ろうかなーって思ってたらバラムが『部屋空いてるぞ』って。」
マイトは吹き出した。
「俺と同じ流れじゃん。」
「そう!」
ナラは指をさした。
「それで『住んでもいい?』って聞いたら。」
ガエンが続きを口にする。
「『好きにしろ。』だったな。」
「そういうこと!」
ナラは満面の笑みを浮かべた。
「気付いたらそのまま住んでた!」
マイトは笑いながら首を振る。
「自由すぎるだろ。」
ナラが胸を張る。
「諜報員失格だね!」
「自分で言うな。」
また笑い声が響く。
少し笑いが落ち着くと、全員の視線が自然とラーシャへ向いた。
ラーシャは「えっ」と小さく声を漏らす。
「つ、次は私ですか?」
「うん。」
ナラが優しく微笑む。
「ラーシャは聞いたことない。」
マイトも静かに頷いた。
「無理にとは言わないけど。」
ラーシャは少しだけ俯いた。
「……大丈夫です。」
膝の上で手を重ね、小さく息を吐く。
「私は……昔から一人でした。」
誰も口を挟まない。
「ダークエルフというだけで怖がられて、村にも入れてもらえなくて……。」
マイトの表情が少し曇る。
「森を転々として、一人で生きていました。」
馬車の揺れる音だけが聞こえる。
「でも、ずっと一人でいると……だんだん不安になってきて。」
ラーシャは震える声で続けた。
「誰とも話せなくて、眠れなくて、自分が生きている意味も分からなくなって……。」
ナラはいつもの笑顔を消し、静かに聞いている。
「そしてある日。」
ラーシャはぎゅっと拳を握った。
「魔力が暴走しました。」
ガエンが静かに目を閉じる。
「周りの木々は倒れて、地面は抉れて……私は止められなくなっていました。」
「……。」
「このまま全部壊してしまうんだと思いました。」
ラーシャは目を閉じる。
「その時です。」
少しだけ表情が和らぐ。
「魔王様が来てくださいました。」
「助けてくれたんだな。」
マイトが静かに言う。
「はい。」
ラーシャは微笑んだ。
「私は暴走していたので、『近寄らないでください!』って叫んだんです。」
「うん。」
「でも魔王様は笑って。」
ラーシャはその時の口調を真似する。
「『そんなに慌てるな。深呼吸してみろ。』って。」
マイトは思わず笑う。
「緊張感ないなぁ。」
「本当に。」
ラーシャも少し笑った。
「でも、不思議でした。」
彼女は胸に手を当てる。
「その声を聞いたら、少しずつ落ち着いて……暴走していた魔力も収まったんです。」
ナラは優しく頷く。
「よかった……。」
「そのあと私は謝りました。」
ラーシャは苦笑する。
「『森を壊してしまいました』って。」
「そしたら?」
マイトが聞く。
ラーシャは困ったように笑う。
「魔王様は森を見回して一言だけ。『まあ、また生えるだろ。』って。」
一瞬の静寂。
そして。
「大雑把!」
ナラが吹き出した。
マイトも笑いをこらえきれない。
「バラムらしい!」
ガエンも苦笑した。
「実にあいつらしい。」
ラーシャも穏やかに笑う。
「それから『行く場所はあるのか』と聞かれて……私はありませんと答えました。」
「うん。」
「すると魔王様は少し考えてから。」
ラーシャは懐かしそうに笑った。
「『じゃあ城に来い。お前はなんだか面白そうだ。』と。」
マイトは額を押さえた。
「理由が俺やナラと同じくらい適当だ。」
「はい。」
ラーシャはくすっと笑う。
「でも、その『面白そうだ』という言葉に、嫌な感じはしませんでした。」
少しだけ目を潤ませながら続ける。
「初めて……私を恐れずに、普通に受け入れてくれた人でしたから。」
馬車の中は静かになった。
ナラはふわりと飛んでラーシャの肩にちょこんと座る。
「今はもう一人じゃないよ。」
ラーシャは小さく頷いた。
「……はい。」
ガエンも静かに口を開く。
「結局、静寂の城にいる理由は皆ばらばらだな。」
「農家を引き抜かれたオーガ。」
マイトが指を折る。
「潜入してそのまま住み着いた諜報員。」
ナラが手を挙げる。
「面白そうだから拾われたダークエルフ。」
ラーシャは照れくさそうに笑う。
「そして魔王と雑談して住み始めた勇者。」
全員の視線がマイトに集まる。
「……あれ?」
マイトは首を傾げた。
「俺が一番変じゃない?」
「今さら気付いたの?」
ナラの一言に、馬車の中は再び大きな笑いに包まれた。




