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静寂の城〜魔王は世界征服をしたい〜  作者: 赤井六舷
魔族領氷雪都市、クリアフォル

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58.オーガ、昔話をする

ガエン達は馬車に揺られながら北へと向かっている。

まだ寒さはないものの、風が少しだけ冷たく感じられてきた。

ガエンが窓の外を見ると田園地帯が見えてきた。


「おお、この辺は農業が盛んみたいだな。」


ガエンが少し嬉しそうに窓の外を眺める。

広い畑。風に揺れる作物。遠くでは農民達が働いている姿も見えた。

マイトが不思議そうに首を傾げる。


「そういやガエンって妙に畑詳しいよな。」


「ああ。」


ガエンは頷いた。


「昔、小さい頃にな。人間の農家のおっさんに拾われたんだ。」


「え?」


ラーシャが目を丸くした。

ナラも興味津々で飛んでくる


「ガエンって農家だったの!?」


「元な。」


ガエンは懐かしそうに笑った。


「親もいなくて山をうろついてた頃に拾われた。最初は畑の野菜を勝手に食おうとして怒られたんだがな。」


「それは怒られる。」


マイトが即答した。


「その後、働けって言われて畑仕事を手伝わされた。」


「オーガの子供に!?」


「おう。」


ガエンは平然としている。


「最初は怖がられてたが、力仕事ができるから便利だったらしい。」


「便利だったらしいじゃなくて。」


マイトが苦笑した。

ガエンは続ける。


「そのおっさんから農業を教わった。種の植え方、水やり、雑草取り、収穫の時期、土作り。色々な。」


「へえ。」


マイトが感心した。


「だから詳しいのか。」


「詳しいというか好きなんだ。」


ガエンは窓の外を見ながら言った。


「作物は手をかけた分だけ応えてくれるからな。」


ナラが首を傾げる。


「その後は?」


「大人になって独立した。」


「独立?」


「一人で畑を作って暮らしてた。」


馬車の中が少し静かになる。

ラーシャが恐る恐る聞いた。


「その……農具とか使ってたのですか?」


「いや?」


ガエンはきょとんとした。


「全部素手だ。」


「全部!?」


三人の声が揃った。

ガエンは当たり前のように頷く。


「畑を耕すのも素手。」


「待って。」


「石をどけるのも素手。」


「待って。」


「切り株を抜くのも素手。」


「待てや。」


マイトが額を押さえた。

ラーシャも苦笑する。


「それ農業っていうかオーガだからできるやつじゃないですか?」


「そうなのか?」


「そうだよ。」


ナラまで断言した。

ガエンは少し考え込む。


「確かに鍬は持ってなかったな。」


「持て。」


「必要なかった。」


「だから持て。」


再び即答だった。

馬車の中に笑いが広がる。

しばらくしてマイトが思い出したように聞いた。


「そういや今は畑やってないのか?」


「ああ、やってるぞ。」


「え?」


「静寂の城の裏。」


三人が固まった。


「あるの!?」


「ある。」


「魔王城に!?」


「ある。」


ガエンは当然のように答える。


「城の裏手を少し開拓してな。」


「開拓したの?」


「した。」


「誰の許可で?」


「俺。」


「つまり勝手にやってるんですね……。」


ラーシャがため息をつく。

ガエンは続ける。


「今は野菜中心だな。じゃがいも、玉ねぎ、人参、豆類。」


「本格的!」


「たまに厨房にも持っていく。」


マイトが吹き出した。


「そういえば食堂でたまに『ガエン産』って言われてた野菜あったな!」


「あれだ。」


「本当に作ってたのか!」


ナラが楽しそうに笑う。


「魔王城の財務担当なのに農家でもあるんだ!」


「元農家だ。」


「現役農家だと思う。」


マイトが即座に訂正した。

ラーシャも頷く。


「むしろ財務担当の方が副業に見えてきました。」


「失礼だな。」


そう言いながらも、ガエンは少しだけ嬉しそうだった。

窓の外では広い畑がどこまでも続いている。

ガエンはそれを眺めながら小さく呟いた。


「久しぶりに土いじりしたくなってきたな。」


「今やってるじゃん。」


マイトが即座に突っ込んだ。


「旅の間はできんだろ。」


「ああ、そっちか。」


ナラがくすくす笑う。


「でもさー。」


ふとナラが首を傾げた。


「ガエンってなんで静寂の城にいるの?」


「ん?」


「だって元農家なんでしょ?」


ナラは不思議そうな顔をした。


「なんで今は財務担当なの?」


マイトも頷く。


「あー、確かに聞いたことないな。」


ラーシャも興味深そうに耳を傾ける。


「そういえば私も知りません。」


ガエンは少し考えた後、肩をすくめた。


「成り行きだな。」


「絶対成り行きじゃない。」


三人が同時に言った。

ガエンはため息をついた。


「若い頃の話だ。」


馬車はのんびり進み続ける。


「独立して畑をやってた頃だな。畑を荒らす魔物が出るようになった。」


「あー。」


マイトが納得する。


「田舎あるあるだね。」


「あるあるなの?」


「知らない。」


「知らないのか。」


ナラが笑った。

ガエンは続ける。


「その日も畑を荒らした大猪みたいな魔物を追いかけてた。」


「強そう。」


「強かったな。」


ガエンは頷く。


「畑の芋を全部食われそうだったからな。」


「理由が農家。」


マイトが呟く。


「そいつを捕まえてぶん投げてたらな。」


「ぶん投げたんだ。」


「そこをたまたま通りかかったのがバラムだった。」


三人が顔を見合わせた。


「魔王様?」


「ああ。」


ガエンは頷く。


「突然後ろから声をかけられた。」


――お前、面白いな。


「第一声がそれだった。」


「何それ。」


ナラが吹き出す。


「畑を守るために魔物を投げてるオーガなんて初めて見た、と。」


「まあ確かに。」


ラーシャが苦笑した。


「珍しいですね。」


「その後しばらく話した。」


ガエンは当時を思い出すように遠くを見る。


「畑の話をしたり農業の話をしたりな。」


「魔王と?」


「魔王と。」


「平和だな。」


マイトが言った。


「で、その時に言われた。」


ガエンは少し低い声で真似をする。


『俺のところで働かないか?』


ナラが笑う。


「スカウトだ!」


「もちろん断った。」


「だろうな。」


「畑があるし。」


「だろうな。」


ガエンは頷く。


「だから断った。」


「うん。」


「次の日また来た。」


「来たのですか!?」


「来た。」


「魔王様が!?」


「来た。」


三人が固まる。

ガエンは平然としていた。


「で、また断った。」


「うん。」


「次の週も来た。」


「しつこい!」


ナラが爆笑した。


「しかも畑仕事手伝って帰った。」


「何してるんですか魔王様。」


ラーシャが思わず額を押さえる。

ガエンはさらに続ける。


「その次は肥料の話をして帰った。」


「何してるんだよ魔王。」


今度はマイトが言った。


「その次は収穫を手伝った。」


「ホント何してるの魔王様。」


今度はナラだった。

ガエンは真顔で言う。


「暇だったんじゃないか?」


「魔王がそんなわけないだろ。」


三人が即答した。

しばらく笑いが続く。

ガエンも少し笑った。


「で、気づいたら半年くらい経ってた。」


「長い。」


「長いですね。」


「長いー。」


三人が呆れる。


「その頃にはもう毎週来てた。」


「完全に常連。」


マイトが言った。


「そしてある日言われた。」


ガエンは再びバラムの真似をする。


『お前、来週から城な。』


「断れよ。」


「断った。」


「うん。」


「断ったんだが。」


ガエンは遠い目をした。


「バラムの中ではもう決まってた。」


「終わってる。」


マイトが即答する。


「その時には部屋も用意されてた。」


「早い。」


「机もあった。」


「早い。」


「仕事も決まってた。」


「早い。」


「城の連中も『お待ちしてました』って言った。」


「逃げ道がないですね。」


ラーシャが苦笑した。

ガエンは肩をすくめる。


「そんな感じで気づいたら静寂の城にいた。」


「誘拐じゃん。」


ナラが言った。


「誘拐だな。」


マイトも頷く。


「いや。」


ガエンは首を振った。


「ちゃんと本人の意思は確認された。」


「断ったんだよな?」


「断った。」


「じゃあ誘拐じゃん。」


「誘拐ですね。」


「誘拐だー。」


三人が満場一致である。

ガエンは少し考えた。


「まあ。」


「まあ?」


「今は感謝してる。」


馬車の中が少し静かになる。

ガエンは窓の外の畑を見ながら続けた。


「バラムがいなかったら、一生あの畑で暮らしてただろうしな。」


「嫌だったのか?」


マイトが聞く。

ガエンは首を横に振った。


「いや。」


少し笑う。


「むしろ好きだった。」


「じゃあなんで?」


「世界が広がった。」


その言葉に三人は黙った。


「静寂の城に行って、色んな奴に会った。仕事も覚えた。仲間もできた。」


ガエンはマイト達を見る。


「お前らにもな。」


マイトが照れ臭そうに笑う。

ラーシャも少しだけ微笑んだ。

ナラは嬉しそうにくるくる飛び回る。


「だからまあ。」


ガエンは腕を組んだ。


「畑から引っ張り出されたのは悪くなかった。」


「でも。」


マイトがニヤリと笑う。


「今でも城の裏で畑やってるんだよな。」


「やってる。」


「結局農家じゃん。」


「農家ですね。」


「農家だー。」


三人の声が重なる。

ガエンは少し考えてから頷いた。


「……否定はできんな。」


馬車の中に再び笑い声が響いた。

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