56.大臣、番組を観る
氷雪都市クリアフォルの城、その中にある一つの部屋。その部屋にはクリアフォルの大臣の一人、シャーレ・クリオールが難しい顔をして画面を見つめていた。手にはコントローラー、そう、ゲームをしている。青い髪に青い瞳、透き通るような白い肌。
シャーレ・クリオールは深いため息を吐いた。
「……よし。」
画面には「ゲームクリア」の文字。
思わずガッツポーズをする。
普段の彼女を知る者が見たら驚くだろう。
氷雪都市クリアフォルの大臣。
冷静沈着。
理知的。
仕事は完璧。
そんな評価を受けているシャーレだが、今日はオフだった。
「合計百二十時間……長かった。」
達成感に満ちた顔でコントローラーを机へ置く。
そして椅子に深く座り直した。
青い髪がさらりと揺れる。
その瞬間、ふわりと空気中に小さな水滴が現れた。
まるで喜びに反応するように。
それもそのはずだった、シャーレは元々、水の精霊だったのだから。
今では人の姿を取り、大臣として働いているが、本質は変わらない。感情が動けば、水もまた動く。
「少し休憩しましょう。」
指を鳴らす。
すると空中に水の膜が現れ、そのまま一枚の巨大な鏡のような画面へ変化した。
映像魔道具だ。
水の精霊だった頃から愛用している特製品である。
「何か面白い番組は……。」
番組表を流していく。
料理。旅番組。討論番組。歴史特集。そして、
『笑芸大会特集! 話題の新人コンビを紹介!』
「……笑芸大会。」
少し興味を持つ。
クリアフォルでも最近話題になっていた大会だ。
何となく再生してみた。
司会者が元気よく叫ぶ。
『今最も注目されている新人コンビの一組!うさぎドラゴンです!!』
映像が切り替わる。
そこに映ったのは。
ドラゴニュートのビルムとラミアのミリア。
シャーレは瞬きをした。
「……。」
しばらく無言。
映像の中ではインタビューが始まっていた。
『お二人のコンビ結成のきっかけは?』
ビルムが答える。
『知らん間に組まされてました。』
『なるほど!』
『なるほどちゃうねん。』
シャーレは少しだけ眉を動かした。
映像の中では司会者がミリアへ質問する。
『ミリアさんはどう思いますか?』
『うさぎがいたから。』
『え?』
『うさぎがいた。』
『それだけですか?』
『うん。』
『なるほど!』
『だからなるほどちゃうやろ!』
会場爆笑。
シャーレは無表情のまま映像を見ていた。
だがテーブルの上のコップの水面が微かに揺れる。
それは彼女が少し面白いと思っている証拠だった。
映像はさらに続く。
『お二人の将来の夢は?』
ビルムが言う。
『優勝です。』
『素晴らしい!』
ミリアも頷く。
『優勝。』
『やはり優勝ですか!』
『うん。』
『その後は?』
ミリアは少し考えた。
『雪うさぎ帝国建国。』
『何でやねん。』
大爆笑。
司会者も笑い転げる。
ビルムは頭を抱えている。
シャーレの肩がぴくりと動いた。
その瞬間、部屋の隅に置いてあった花瓶の水がぽこっと泡を立てる。
「……。」
数秒後。
「……ふっ。」
小さく笑った。
本人は気付いていない。
だが、元精霊の感情は隠せない。
部屋中の水がぷるぷる震えていた。
映像の中ではさらにミリアが真顔で語る。
『帝国にはうさぎ大臣が必要。』
『うさぎ大臣って何や。』
『うさぎ。』
『説明になってへん。』
『でも可愛い。』
『それはそう。』
会場大爆笑。
シャーレはとうとう口元を押さえた。
「……変な方々ですね。」
そう言いながらも番組を消そうとはしない。
むしろお茶を淹れ始める。
完全に続きを見る態勢だった。
そして本人は気付いていなかった。
部屋の中を漂う小さな水の精霊達が。
「主様笑ってる。」
「珍しい。」
「もっと見よう。」
「うさぎ帝国面白い。」
などとこそこそ話していることに。
そしてこの日を境に彼女は密かに『うさぎドラゴンのファン』になり始めていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
司法国家サイヴァーンを出発した財務担当オーガのガエン、勇者マイト、ダークエルフのラーシャ、ピクシーのナラの四人は山岳地帯の街道を馬車に揺られていた。
目的地は氷雪都市クリアフォル、まだまだ長い道のりだった。
馬車は山々の間を縫うように進んでいた。
空は青く風は心地良い。山岳地帯特有の涼しさはあるが、まだ寒いというほどではない。街道脇には黄色い花が咲き、草原では野うさぎが跳ねている。少し離れた岩場では山羊がのんびり草を食み、その上では大きな鷹が円を描いて飛んでいた。
実に平和な光景だった。
「のどかだなぁ。」
マイトが伸びをする。
「だな。」
ガエンも頷く。
「戦争の話も聞かないし、魔物も少ない。」
「平和っていいねぇ。」
ナラが空中でくるくる回る。
その横でラーシャは窓から外を見ていた。
「あの……あそこ……。」
指差す先。
岩の上で大きなトカゲが昼寝をしていた。
腹を太陽へ向けている。完全に無防備だった。
「寝てるねぇ。」
ナラが言う。
「寝てるね。」
マイトも言う。
「気持ち良さそう。」
「私より幸せそうです……。」
ラーシャがぼそりと言った。
「何で比較対象がトカゲなんだ。」
ガエンが突っ込む。
「だって幸せそうで……。」
「トカゲと幸せ勝負するな。」
「勝負してません。」
そんな会話をしていると御者が笑った。
「この辺りは平和だからな。」
年配の御者は手綱を握りながら続ける。
「動物も警戒心が薄い。」
「確かに。」
「まだ暖かい地域だからな。冬が近いって感じもしねぇだろ?」
四人は頷いた。
実際その通りだった。
クリアフォルへ向かっているとは思えないほど暖かい。
御者は前方を見ながら言う。
「まあ、それもあと十日くらいだ。」
「十日?」
マイトが首を傾げる。
「十日ほど進めば寒冷地帯に入る。」
「そんな急に変わるの?」
ナラが聞く。
「変わるとも。」
御者は笑った。
「山を一つ越えるとな。景色が別世界になる。」
「別世界……。」
ラーシャが少し不安そうに呟く。
「雪ですか?」
「雪だな。」
「今の時期でも?」
「積もってる。」
「えぇ……。」
ラーシャの顔が青くなる。
ガエンは腕を組んだ。
「なるほど。」
「クリアフォル周辺は一年中雪がある場所も多い。」
「暖房費が気になるな。」
「ガエンはどこでも仕事だね。」
マイトが呆れる。
ガエンは真顔だった。
「重要だぞ。」
「そうか。」
「雪国の予算管理は大変だ。」
「そうか。」
「燃料費。」
「分かった。」
ナラが笑う。
「ガエンらしい。」
馬車はさらに進む。
途中、小川の近くを通った。透き通った水が陽光を反射して輝いている。鹿の親子が水を飲んでいた。警戒する様子もない。平和そのものだった。
ラーシャはその光景を見て少し微笑んだ。
「綺麗ですね。」
「そうだね。」
マイトも頷く。
「旅ってこういう景色を見るのも楽しい。」
「うん。」
ナラが同意する。
すると御者がふと思い出したように言った。
「そういや。」
「ん?」
「クリアフォルでは最近、笑芸大会が盛り上がってるらしいぞ。」
マイトが反応した。
「笑芸大会?」
「各地から芸人が集まる大会だ。」
「へぇ。」
「優勝候補の新人が話題らしい。」
「どんな人達?」
ナラが聞くと御者は首を傾げた。
「名前は忘れたな。」
「忘れたのかぁ。」
「確かうさぎがどうとか。」
「うさぎ?」
ナラが首を傾げた。
「うさぎ大臣とか何とか。」
「何だその役職。」
ガエンが真顔で言う。
「知らん。」
御者も真顔だった。
「知らんのか。」
「噂で聞いただけだからな。」
マイトが吹き出す。
「何だそれ。」
「でも結構人気らしいぞ。」
「へぇ。」
ラーシャは少し考えた。
「可愛いんでしょうか……うさぎ大臣。」
「まず存在するのかが問題だ。」
ガエンが言う。
「確かに。」
ナラも頷いた。
その後もしばらく笑芸大会の話題で盛り上がる。
優勝賞金はいくらなのか、芸人だけが出場するのか、審査基準は何なのか。
そんな話をしているうちに、自然と先にクリアフォルへ向かっている仲間達の話になった。
「そういえば。」
マイトが言う。
「ダグラス達はもう着いてるんだよな?」
「そのはずだ。」
ガエンが頷く。
「だいぶ前に出発したからな。」
ナラはくすりと笑った。
「今頃何してるんだろうね。」
「ダグラスさんは色々と疲れてそうです。」
ラーシャが即答した。
全員納得した。
「それはある。」
「あるな。」
「絶対ある。」
満場一致だった。
しばらく沈黙。
そしてマイトが言う。
「ビルムとミリアは?」
今度は全員少し考えた。
ガエンが口を開く。
「問題を起こしている。」
「断言した。」
ナラが笑う。
「でも何か分かる気がします。」
「いや、悪気はないんだ。」
ガエンは言った。
「だから余計に危険なんだ。」
「それも分かります。」
ラーシャまで頷いた。
マイトは苦笑した。
「ミリアは普通に話してるつもりなのに周りがおかしくなるからなぁ。」
「確かにこの前もそうだったね。」
ナラが思い出したように言う。
「パンを買いに行っただけなのに、いつの間にか店主さんと一緒に胡麻豆腐の話をしてた。」
「何でだ。」
「分かんない。」
「本人に聞いても分からんだろうな。」
ガエンがため息を吐く。
ラーシャは少し微笑んだ。
「でも楽しそうでした。」
「それはそう。」
マイトも笑う。
「ビルムも何だかんだで付き合うしな。」
「突っ込みながらな。」
「毎回な。」
想像できる。あまりにも簡単に想像できる。
「今頃また振り回されてるんだろうなぁ。」
マイトが苦笑する。
「お気の毒です。」
ラーシャが言う。
「でもビルム、何だかんだ楽しそうだよねー。」
ナラが笑う。
「否定できんな。」
ガエンも頷いた。
そんな話をしているうちに時間は過ぎていった。
山々の間を縫う街道はゆるやかに下り始める。
やがて前方の景色が少し開けた。
御者が顎で前を示す。
「ほら見えてきたぞ。」
四人は窓の外を見る。
街道の先には小さな盆地のような場所に町が広がっていた。




