55.氷の女王、危なくなる
クリアフォル城。
巨大な氷の窓の向こうでは雪が静かに降っている。
玉座に座る女王フロスティアは、いつものように冷たい表情で前を見つめていた。
誰が見ても「氷の女王」そのものだった。
だが目の前の魔法映像に映っているのは政治会議でも軍事報告でもない。
人気お笑い番組である。
映像の中では有名お笑いコンビが漫才をしていた。
「昨日な。」
「うん。」
「雪だるま作ったんや。」
「ほう。」
「朝起きたら家賃払ってた。」
「自立しすぎやろ。」
観客大爆笑。
フロスティアは無表情。完全に無表情。
だが心の中では。
(ふっ。)
笑っていた。
(雪だるまが家賃を払うなんてありえない。だけど発想としては悪くない。ふふ。)
口元は一ミリも動かない。
隣に控える侍女は安心していた。
今日も女王様は冷静だ。威厳に満ちている。
しかしフロスティアの脳内では。
(自立しすぎやろ、か。確かに自立しすぎている。くっ……。)
かなり楽しんでいた。
映像は続く。
「うちの犬がな。」
「うん。」
「最近スマホ触るねん。」
「賢いな。」
「勝手に通販した。」
「賢すぎるわ!」
ドォッ!!
会場が揺れる。
フロスティアは相変わらず無表情。
しかし玉座の肘掛けを持つ指に少しだけ力が入った。
(犬が通販。しかも勝手に。ふっ。面白い。)
侍女は気付かない。
だが近くにいた老執事だけは気付いていた。
女王の右手が微妙に震えている。笑いを堪えている時の癖だ。何百年も仕えているので分かる。
執事は心の中で思った。
(本日も楽しんでおられますな。)
映像が切り替わる。
次は街角で話題になっているストリート芸人特集だった。
司会者が言う。
「最近クリアフォルで大人気の二人組です!」
フロスティアの目が少しだけ動いた。
映像に映ったのはビルムとミリア。
「……。」
フロスティアは無言。
だが内心は。
(あ。)
だった。
先日の映像で見た二人だ。
映像ではちょうど。
「雨は空気が読めない。」
「なんでや。」
「運動会に来る。」
の場面だった。
観客が大爆笑している。
フロスティアは数秒固まった。
(…………なるほど、これは面白い。かなり面白い。くっ。)
肩が一瞬だけ震えた。
侍女が驚く。
「女王様?」
「何?」
「今、お寒いのですか?」
「寒くないわ。」
「そうですか。」
寒いわけがない。
この城で一番寒さに強いのはフロスティアだ。
今震えた理由は別である。完全に笑いを堪えていた。
映像では続けて。
「原因判明。」
ドォォォォッ!!
広場全体が笑いに包まれる。
フロスティアも。
(原因判明……本人が原因なのか……ふふっ......ふふふっ。)
かなり危険だった。
あと少しで負ける。あと少しで吹き出す。
執事は心配になった。
これは限界が近い。
すると司会者が言った。
「現在、この二人には笑芸大会優勝候補という声も上がっています!」
フロスティアの目が細くなる。
(なるほど、優勝候補。面白い。)
映像ではミリアが真顔で首を傾げている。
ビルムが頭を抱えている。
その姿を見ながら。
フロスティアはゆっくり頷いた。
(確かに面白い、特にあのラミア。天然なのか計算なのか全く分からない。実に厄介。)
そして、ほんの少しだけ。本当にほんの少しだけ口元が上がった。
執事だけが見た。侍女は見逃した。歴戦の将軍たちでも気付けなかった。
だが執事だけは見た。
(おお……。)
執事は感動した。
(一瞬笑われた。今年三度目だ。)
そしてフロスティアはすぐに表情を戻す。
完全無表情。
氷の女王。威厳の化身。
だが心の中では。
(大会が少し楽しみ。)
そう思っていた。
そしてその夜、誰もいなくなった自室でフロスティアは昼間の映像を思い出し。
小さく、本当に小さく。
「原因判明。」
と呟いた。その直後、一人で吹き出した。
「ふふっ……!」
フロスティアが吹き出した、その瞬間。
コンコン。
自室の扉がノックされた。
「……。」
フロスティアは一瞬で真顔に戻る。
「入りなさい。」
入ってきたのは老執事だった。
「失礼いたします。」
「何かしら。」
「明日の公務の確認を」
そこで執事は止まった。
フロスティアの前に置かれている魔法映像。
停止している画面。
そこには。
『原因判明。』
と言った直後のミリアの顔が映っていた。
「……。」
「……。」
沈黙。
執事は理解した。
(また見ておられた。)
フロスティアは何事もなかったように言う。
「続けなさい。」
「かしこまりました。」
執事も何も言わない。
何百年も仕えているので分かっている。
言ったら負けだ。
説明を始める。
「明日は午前に議会。」
「ええ。」
「午後は笑芸大会会場の視察。」
「ええ。」
そこまで言って。
執事は少しだけ付け加えた。
「最近話題のうさぎドラゴンが街にいるかもしれないとのことです。」
ピクリ。
本当に僅かだった。
だが執事は見逃さない。
「そう。」
「ご興味は?」
「別に。」
即答だった。
「そうですか。」
「ただ。」
「はい。」
「大会の質を確認する必要はあるわ。」
「もちろんでございます。」
執事は心の中で思った。
(ものすごく見たいだけですな。)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌日。
クリアフォルの街。
ビルムとミリアは相変わらず広場にいた。
「なんで毎日人増えるんや。」
ビルムが言う。
最初は十人だった。今は百人を超えている、通路まで埋まっている。
ミリアは首を傾げた。
「観光名所。」
「違う。」
「人気者。」
「それも違う。」
「じゃあ何。」
ビルムは周囲を見る。
みんな笑顔で待機している。
まだ何もしていないのに期待の目を向けられている。
「知らん。」
「原因判明。」
「それ禁止。」
観客大爆笑。
「なんでや!」
さらに笑いが起きる。
ビルムは頭を抱えた。
「もう会話するだけで笑われるやんけ。」
「才能。」
「嫌やそんな才能。」
その時だった。
人混みの後方がざわつき道が開く。
そして兵士達が整列する。
周囲の空気が変わった。
ビルムが振り返る。
「ん?」
ミリアも見る。
そして。
真っ白なドレス、銀色の髪、氷のような美貌。
クリアフォル女王フロスティアがいた。
広場が静まり返り誰もが頭を下げる。
兵士達も緊張している。
女王の突然の来訪など滅多にない。
ビルムも慌てて頭を下げた。
「じょ、女王陛下!?」
ミリアも下げる。
「こんにちは。」
「もっとあるやろ。」
フロスティアは二人を見る。
無表情、完璧な無表情。
だが内心は。
(本物のうさぎドラゴン!)
だった。
思った以上に本物だった。
特にミリア、映像のままである。
そしてミリアが真顔で言った。
「女王様もストリート芸人見に来たの?」
ビルムが凍り付く。観客も凍り付く。兵士も凍り付く。
執事だけが顔を覆った。
(終わった。)
しかしフロスティアは少し考え、そして静かに答えた。
「ええ。」
全員。
「「「え?」」」
フロスティアは続けた。
「最近話題だと聞いたから。」
ミリアは納得したように頷く。
「なるほど。」
そして。
「じゃあ最前列どうぞ。」
兵士達が吹き出しそうになった。
ビルムは頭を抱える。
「女王様に最前列勧める芸人初めて見たわ!」
ドッ!!
広場が爆笑に包まれた。
そしてその中心でフロスティアは一瞬だけ、本当に一瞬だけ口元を押さえた。
(危ない。)
笑いそうになっていた。




