52.女王、期待する
氷雪都市クリアフォルの中心。
巨大な氷城の最上階。
氷の女王フロスティアは玉座に座っていた。
白銀の長髪。氷のように透き通る肌。冷気すら従わせる絶対的な威圧感。
誰が見ても思う。
怖い。冷たい。近寄りがたい。
そんな女王だった。
そして今。
玉座の正面には巨大な魔導映像装置。
クリアフォル笑芸放送局特別番組。
『新人発掘!路上笑芸スペシャル』
が映っていた。
フロスティアは頬杖をつきながら冷たい目で画面を見ている。
周囲の側近達もいる。誰一人喋らない。
静寂。
画面ではちょうどビルムが叫んでいた。
『誰が雪うさぎやねん!』
観客大爆笑。拍手喝采。会場が揺れる。
しかしフロスティアの表情は一切変わらない。
冷たい、恐ろしいほど冷たい。
側近達は緊張していた。
(女王陛下は不機嫌なのだろうか。)
(この番組は打ち切りかもしれん。)
(また笑芸局長が泣くぞ……。)
そんな事を考えている。
だが実際は違った。
フロスティアの脳内。
(ふっ……。今の返し上手いわね。雪うさぎからの雪うさぎ返し。しかも最後に本人が否定して落とす。綺麗。すごく綺麗。)
必死だった。
笑いを堪えるのに。
そして口元が僅かに動き側近達が凍り付く。
(まずい。)
(怒る前兆だ。)
(誰か謝罪の準備を!)
しかし違う。
フロスティアは必死に戦っていた。
もちろん自分自身と。
(駄目よフロスティア。女王が笑っては威厳がなくなる。冷たく。もっと冷たく。氷の女王らしく。)
画面。
『この街がおかしいから。』
『その通り。』
『間違いない。』
『説得力ある。』
『もう嫌やこの街。』
観客大爆笑。
その瞬間フロスティアの肩がぴくりと震えた。
側近達。
(怒った!?)
(何がまずかった!?)
(街がおかしい発言か!?)
全員青ざめる。
だが実際は。
(だめ、今のはだめ。面白い。反則。)
フロスティアは必死に耐えていた。
机の下では拳を握り締めてぷるぷる震えている。
完全に笑いを堪えていた。
その時、側近の一人が恐る恐る聞く。
「陛下。」
「何かしら。」
冷たい声。
完璧だった。
「番組はいかがでしょうか。」
沈黙。
フロスティアは画面を見つめたまま言う。
「……普通ね。」
側近達は安堵した。
普通。
つまり問題ない。
良かった。
しかしフロスティアの心の中。
(録画しておいてほしい。あと十回見たい。いえ、むしろ保存版。)
完全にファンだった。
さらに別の側近が言う。
「一ヶ月後の大笑芸大会にも出場するそうです。」
ぴく。
フロスティアの眉が僅かに動く。
側近達。
(興味を持たれた!?)
(これは重要案件だ!)
フロスティアは静かに尋ねた。
「そう。」
「はい。」
「出場者名は。」
「うさぎドラゴンだそうです。」
数秒の沈黙。
そして。
「……変な名前ね。」
「そうですね。」
側近達が頷く。
だがフロスティアの脳内。
(最高じゃない。何その名前。見たい。絶対見たい!最前列で見たい!)
必死だった。
本当に必死だった。
しばらくしてフロスティアは何事もないように言う。
「大会当日の予定は。」
側近が書類を見る。
「特にございません。」
「そう。」
冷静。
完璧に冷静。
そして。
「視察に行くわ。」
側近達が固まった。
「し、視察ですか?」
「ええ。」
「笑芸大会を?」
「市民文化の調査よ。」
真顔、氷のような真顔。
誰も反論できない。
だが全員思った。
(絶対見たいだけだ。)
その頃、遠く街中では。
「なんか寒気した。」
ビルムが首を擦った。
ミリアが言う。
「雪うさぎレーダー?」
「そんなもんあるか。」
ダグラスは空を見上げる。
「いや。」
「ん?」
「何かに目を付けられた気がする。」
三人は知らなかった。
クリアフォル最強の氷の女王フロスティアが、すでにうさぎドラゴンの大ファンになりかけていることを。
ビルムが呟く。
「なんやファンができた気がする。」
ダグラスは即答した。
「気のせいだ。」
「せやな。」
ミリアも頷く。
「気のせい。」
三人とも全く信じなかった。
その頃、氷城最上階ではフロスティアは静かに立ち上がった。
「視察の準備を。」
「はっ!」
側近達が慌ただしく動く。
フロスティアは窓の外の雪景色を眺める。
(うさぎドラゴン……。)
脳内再生。
『誰が雪うさぎやねん!』
(ふふっ。)
危なかった。
あと少しで笑うところだった。
側近達はその横顔を見て緊張する。
(何か重大な国家案件だ。)
(間違いない。)
(最近の魔王領情勢かもしれん。)
実際は。
(どんな新ネタを用意するのかしら。)
完全にお笑い大会の事だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
一方その頃、クリアフォル笑芸大会運営本部では、プロデューサーが机を叩いて叫んでいた。
「速報です!!」
スタッフ達が振り向く。
「うさぎドラゴン参戦決定!!」
歓声。拍手。誰かがクラッカーを鳴らした。
「やったー!!」
「視聴率だぁ!!」
「今年は勝った!!」
大会責任者が涙ぐむ。
「長年この仕事をしてきたが……ついに本物を呼べた……。」
「何が本物なんですか。」
「知らん。」
知らなかった。
だが全員テンションは高い。
そこへ一人の職員が駆け込んできた。
「大変です!」
「何だ!」
「女王陛下が大会を視察されるそうです!」
全員。
「「「え?」」」
沈黙。
そして数秒後。
大パニックになった。
「何で!?」
「視察!?」
「笑芸大会を!?」
「俺ら何かやらかした!?」
「税金!?」
「違法なボケでもあった!?」
責任者が青ざめる。
「まずい。」
「何がです!?」
「もし大会がつまらなかったら。」
全員がごくりと唾を飲む。
責任者が震える声で言う。
「女王陛下の前で滑ることになる。」
会議室の空気が凍った。
比喩ではない。
本当に温度が下がった気がした。
「嫌だぁぁぁ!!」
スタッフ達が頭を抱える。
クリアフォル最強の存在。
氷の女王フロスティア。
彼女の前で滑る。
それは死刑より恐ろしいと一部芸人達の間では言われていた。
本人はそんな事一言も言っていないのに。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
数日後。
大会参加者説明会。
会場には数十組の芸人達が集まっていた。
そこへ。
ガチャ。
扉が開く。
ビルム、ミリア、ダグラスが入った瞬間、全員が振り向いた。
「来た。」
「本物だ。」
「雪うさぎだ。」
「ドラゴンだ。」
ミリアが首を傾げる。
「?」
ビルムはもう諦めた顔だった。
「もうええわ……。」
その時、司会者がマイクを持つ。
「皆様に重大発表があります!」
会場が静まる。
司会者は緊張した顔で言った。
「今年の大会ですが――」
ごくり。
「女王陛下がご観覧されます。」
会場は大絶叫。
「えええええええええ!!?」
芸人達が崩れ落ちた。
「終わった!!」
「緊張で死ぬ!!」
「ネタ飛ぶ!!」
ビルムも目を丸くする。
「女王来るんか。」
ミリアは頷く。
「クリアフォルの女王。」
ダグラスが腕を組む。
「確かかなり有名だったな。」
その瞬間、近くの芸人が震えながら言った。
「笑うところを見た者はいないらしい……。」
別の芸人。
「氷より冷たい目で見られるらしい……。」
さらに別の芸人。
「去年の歌大会で失敗した歌手が三日寝込んだらしい……。」
完全に都市伝説になっていた。
ビルム。
「怖っ。」
ミリア。
「氷漬けね。」
ダグラス。
「盛ってるだろ。」
その頃。
氷城ではフロスティアは秘書から報告を受けていた。
「陛下。芸人達の間で陛下が恐れられております。」
「そう。」
「笑わない女王だと。」
フロスティアは少し考えた。
そして。
「別に笑うわよ。」
秘書は固まった。
初めて聞いた。女王本人の口からそんな言葉。
フロスティアは窓の外を見ながら呟く。
「面白ければ。」
脳内。
『誰が雪うさぎやねん!』
(あれは面白かった。)
秘書は知らない。
この国で一番大会を楽しみにしているのが。
たぶん女王本人であることを。




