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静寂の城〜魔王は世界征服をしたい〜  作者: 赤井六舷
魔族領氷雪都市、クリアフォル

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51.うさぎドラゴン、始まる

「なるほど、確かに前にミリアが言っていたように、クリアフォルはお笑い文化みたいだな。」


ダグラスが腕を組んだ。

ビルムは周囲を見回した。


雪像。

芸人。

笑い声。

そして屋台。


何かに気付いたように目を輝かせる。


「なあ。」


「ん?」


ミリアが振り返る。

ビルムは真剣な顔だった。


「この街、もしかして……。」


「もしかして?」


「お笑いの大会とかあるんちゃうか?」


ダグラスが嫌な顔をした。


「その発想に至ると思った。」


店主が笑う。


「あるぞ。」


ビルムが固まった。


「あるんか!?」


「冬祭り名物だ。」


「ほほう!」


目が輝いた。

店主は続ける。


「全国から芸人が集まる。」


「おお。」


「優勝者には賞金。」


「おおお。」


「あと黄金の雪うさぎ像。」


「欲しい!」


即答だった。

ダグラスが額を押さえた。


「何を目指しているんだお前は。」


「いやでも考えてみいや。」


ビルムは真面目な顔で言う。


「俺とミリアならいけるんちゃうか?」


「何が?」


「漫才。」


ミリアが反応した。


「やる?」


やる気だった。

ダグラスは即答する。


「やらない。」


「なんでや。」


「なんででもだ。」


しかしビルムはもう聞いていなかった。

中央広場では別の芸人が舞台に上がっている。


「次の方どうぞー!」


観客の飛び入り参加企画らしい。

何人かが上がってはネタを披露している。

ビルムの瞳が輝いた。

嫌な予感がする。とても嫌な予感がする。

ミリアも気付いた。


「あ。」


「気付くな。」


ダグラスが言う。

だが遅かった。

ビルムは拳を握り締めた。


「ミリア。」


「うん。」


「行くか。」


「行くわ。」


「行くな。」


二人は聞いていなかった。

ずんずん舞台へ向かう。

観客も気付く。


「あ。」

「雪うさぎだ。」

「さっきの雪うさぎだ。」

「隣はドラゴニュートや。」


ざわざわし始める。

司会の芸人も目を丸くした。


「おっ! 飛び入り参加か!」


ビルムが胸を張る。


「せや!」


ミリアも元気よく手を挙げた。


「頑張ります!」


観客から歓声が上がる。

ダグラスは少し離れた場所で空を見上げた。


「帰りたい。」


誰にも聞こえなかった。

その頃、舞台袖では参加者用の紙が渡されていた。

ビルムは名前を書く。

司会が読み上げる。


「次の挑戦者はー!」


観客が盛り上がる。


「ドラゴニュートのビルムさんと!」


「おー!」


「ラミアのミリアさん!」


「雪うさぎー!」


大歓声。

そして。司会が紙を見て首を傾げた。


「コンビ名は……。」


ビルムがニヤリと笑う。

ミリアも満面の笑みだった。

司会が大声で読み上げる。


「うさぎドラゴン!」


会場が爆発した。

ダグラスは静かに顔を覆った。


「うさぎドラゴン!」

「語呂が強い!」

「なんやそのコンビ名!」

「雪うさぎとドラゴンやからそのままや!」


拍手。歓声。

ビルムは満足そうだった。


「わかりやすいやろ。」


「わかりやすい。」


ミリアも頷く。

司会が笑いながら聞く。


「ちなみに結成何年目で?」


ビルムとミリアは顔を見合わせた。


「5分くらい?」


「そんなものね。」


観客が爆笑した。


「短っ!」

「即席やんけ!」


司会も腹を抱えている。


「それでは準備できたらどうぞ!」


二人は中央へ出た。

スポットライト。

観客の視線。

そして沈黙。

ビルムが一歩前に出る。


「どうもー!」


「どうもー!」


拍手。


まずは普通だ。

ダグラスは少し安心した。

だが甘かった。

ビルムが言う。


「今日は皆さんに聞いてほしいことがあるんや。」


「何?」


「実はな。」


真面目な顔。


「ミリアが雪うさぎ扱いされるんや。」


会場が爆笑した。

もう前提を共有している。

ミリアも頷く。


「される。」


「なんでやと思う?」


「白いから?」


「それだけちゃう。」


「じゃあ何?」


ビルムは観客を指差した。


「この街がおかしいからや。」


大爆笑。

司会が膝を叩いた。


「たしかに言った!」

「言うたぞ!」


ミリアも続く。


「私、昨日も言われた。」


「どこでや。」


「宿。」


「宿の人もか!」


「朝ご飯運んできた人も。」


「増えとるやないか!」


笑いが起きる。

ダグラスが少し目を細めた。


(あれ。)


ちゃんと漫才になっている。

ビルムが続ける。


「でもな、雪うさぎなら雪うさぎらしくせなあかんと思うんや。」


「そうかな?」


「そうや。」


「何するの?」


ビルムは胸を張った。


「まず跳ねる。」


「蛇よ。」


即答。

会場が揺れた。


「せやった!」


「忘れないで。」


「じゃあ耳つける。」


「蛇よ。」


「せやった!」


「二回目よ。」


笑い声。拍手。

予想以上に受けていた。

司会も吹き出している。

ビルムは勢いづく。


「ほな雪うさぎとして何ができるんや!」


「知らない。」


「特技は!」


「毒。」


静寂。

そして。

爆発。


「毒かい!」

「物騒や!」

「うさぎ関係ない!」


ビルムは頭を抱えた。


「雪うさぎ要素どこや!」


「白い。」


「それだけか!」


「あと可愛い。」


「それ自分で言うな!」


観客はもう笑いっぱなしだった。

ダグラスは腕を組む。


(……思ったより上手いな。)


その時だった。

ミリアがふと真顔になる。


「でも。」


「ん?」


「本当は。」


「なんや。」


ミリアは少し考えて。

そして言った。


「ビルムの方が雪うさぎっぽい。」


会場が静かになる。

ビルムも固まった。


「……は?」


「ふわふわしてる。」


「してへん。」


「よく跳ねる。」


「跳ねへん。」


「楽しそう。」


「それは否定できん。」


笑いが起きる。

ミリアは続けた。


「あと可愛い。」


会場は沈黙。

ビルム。硬直。

観客がざわつく。


「言われた。」

「可愛い言われた。」

「ドラゴニュートが。」


ビルムの顔がみるみる赤くなる。


「お、おい。」


「うん。」


「それ漫才で言うことちゃうやろ。」


「本音。」


会場大爆発。

司会が膝から崩れ落ちた。


「強い!」

「雪うさぎ強い!」

「天然や!」


ビルムは完全にペースを奪われていた。


「待て待て待て!」


「なに?」


「今俺がツッコミやろ!」


「そうなの?」


「そうや!」


「ごめん。」


「謝るな!」


笑いが止まらない。

そして離れた場所で見ていたダグラスは静かに顔を覆った。


「……終わったな。」


彼には分かった。

もう駄目だこの二人。

思った以上にクリアフォルのお笑い文化に適応していた。

ビルムは頭を抱えたまま天を仰いだ。


「なんでやねん……。」


「ごめん。」


「謝るな言うたやろ!」


「ごめん。」


「増やすな!」


会場はまた笑いに包まれる。

司会も涙を拭きながら叫んだ。


「いやー! 即席コンビとは思えませんねぇ!」


拍手。歓声。口笛。

ビルムは肩で息をしながらミリアを見る。


「なあ。」


「なに?」


「俺ら結成五分やったよな。」


「うん。」


「なんでこんな受けてるんや。」


ミリアは少し考えた。

そして当然のように答える。


「この街がおかしいから。」


大爆笑。

ビルムもつい吹き出した。


「結局そこかい!」


「そこ。」


「全部それで説明する気か!」


「だいたい説明できる。」


観客が頷いている。


「納得した。」

「確かに。」

「説明つくな。」


ビルムが客席を見渡した。

全員頷いていた。


「お前らも頷くな!」


また笑いが起きる。

そしてビルムは諦めたように肩を落とした。


「もうええわ。」


ミリアも小さく頷く。


「うん。」


ビルムが最後に観客へ向かって手を上げた。


「というわけで!」


「もし次に会った時。」


ミリアも前へ出る。


「私を雪うさぎって呼ぶなら。」


「呼ぶなら?」


ミリアはにこりと笑った。


「隣の雪うさぎも忘れないで。」


そしてビルムを指差した。

一瞬の静寂。

ビルムの顔が引きつる。


「誰が雪うさぎやねん!」


会場大爆発。

拍手。歓声。

足を踏み鳴らす音。

司会が笑いながら手を上げた。


「ありがとうございましたー!」


二人が礼をする。

観客は総立ちだった。

ダグラスは遠くからその様子を見つめる。


「……。」


少しだけ考える。本当に少しだけ。

そして静かに呟いた。


「次から宿代が足りなくなったら、こいつら舞台に立たせるか。」


その瞬間ミリアが客席越しに聞き取った。


「いい案。」


ダグラスは即座に首を振った。


「冗談だ。」


「残念。」


「残念がるな。」


ビルムも慌てて舞台を降りてきた。


「待て待て! 本気で話進めるな!」


観客から笑いが起きる。


「次も見たいぞー!」

「うさぎドラゴンー!」

「また来てくれー!」


ビルムが両手を振る。


「もうやらんわ!」


「たぶん。」


ミリアがわざとらしい口調で付け加えた。


「たぶん言うな!」


最後まで笑いに包まれながら三人は会場を後にした。


外へ出ると冷たい風が吹いていた。

雪がゆっくり舞っている。

クリアフォルの街は相変わらず賑やかだった。

雪像。

屋台。

大道芸人。

あちこちから笑い声が聞こえる。


「終わった終わった。」


ビルムは大きく伸びをした。


「緊張したわ。」


「してたの?」


「してたわ!」


「そう見えなかった。」


「見えへんだけや!」


ダグラスは呆れたように言う。


「お前は途中から完全に楽しんでいただろう。」


「……否定できん。」


「うん。」


ミリアも頷いた。


「楽しそうだった。」


「お前もな。」


「楽しかった。」


珍しく即答だった。

三人は再び街の散策を始める。

すると。


「おおおおおおっ!」


突然誰かの叫び声が聞こえた。

三人が振り向く。

中年の男が全力でこちらへ走ってきていた。

派手なコート。

首から下げた札。

手には大量の紙束。

息を切らしながら止まる。


「見つけた!」


「誰?」


ミリアが首を傾げた。

男は興奮した顔で言った。


「わたくし! クリアフォル笑芸放送局の番組プロデューサーでして!」


沈黙。

ビルムが嫌な予感を覚える。


「……何?」


プロデューサーはビシッと指を向けた。


「ぜひ!」


「嫌や。」


即答だった。


「まだ何も言ってない!」


「言わなくても分かる。」


プロデューサーは負けない。


「一ヶ月後に開催されるクリアフォル冬季大笑芸大会に!」


「嫌や。」


「出場していただけませんか!」


「聞けや!」


周囲の通行人まで笑い始めた。

ミリアが尋ねる。


「何それ。」


プロデューサーの目が輝く。


「この街最大級のお笑い大会です!」


「ほう。」


「優勝すれば賞金もあります!」


「へえ。」


「放送もされます!」


「へえ。」


「人気も出ます!」


「へえ。」


ビルムは腕を組んだ。


「出ん。」


「なぜです!?」


「俺ら冒険者や!結成今日や!漫才師ちゃう!」


プロデューサーは食い下がる。


「しかし会場は総立ちでした!」


「街がおかしいんや!」


「そのネタ最高でした!」


「そこ褒めるな!」


また周囲から笑い声。

ダグラスは少し離れた位置で眺めている。

完全に他人事だった。


「ダグラス!」


「なんだ。」


「助けろ!」


「自分で何とかしろ。」


「薄情!」


プロデューサーは今度はミリアを見る。


「雪うさぎさん!」


「ミリア。」


「ミリアさん!」


「なに。」


「出ませんか!」


ミリアは少し考えた。


「別に。」


「別に?」


「どっちでもいい。」


非常にミリアらしい返答だった。

ビルムが頭を抱える。


「やめろ! その返事は危険や!」


プロデューサーは今度はダグラスへ。


「保護者の方!」


「違う。」


「出場許可を!」


「本人達に聞け。」


「ですよね!」


まったく進展しない。

しばらく押し問答が続いた。

十分ほど経った頃。

プロデューサーが最後の一枚を取り出す。


「ちなみに大会は一ヶ月後です。」


「一ヶ月後?」


ビルムが反応した。


「はい!」


「その頃にはガエン達も来るか。」


ダグラスが呟く。

ビルムも考える。

確かに今は待ち時間みたいなものだ。

クリアフォルで合流する予定。

特に急ぎの仕事もない、暇と言えば暇だった。

ミリアも言う。


「一ヶ月あるわ。」


「あるな。」


「暇。」


「暇やな。」


「暇。」


「分かったから。」


ビルムは空を見上げた。

雪が降っている。街からは相変わらず笑い声。

目の前ではプロデューサーが祈るような顔。

ミリアは無表情。

ダグラスは完全に興味なさそう。


「……。」


数秒考えて。


「一ヶ月暇やしな。」


プロデューサーの目が見開かれる。


「え。」


「出てもええで。」


「本当ですか!?」


「暇つぶしやぞ。」


「構いません!」


「優勝とか狙わんぞ。」


「構いません!」


「練習もそんなせんぞ。」


「構いません!」


プロデューサーは飛び上がった。


「やったぁぁぁぁぁ!!」


周囲の通行人まで歓声を上げる。


「うさぎドラゴン出るぞー!」

「大会面白くなるぞ!」


ビルムはげんなりした。


「なんでこんな騒ぎになるんや……。」


ミリアは小さく頷く。


「この街がおかしいから。」


近くにいた人々が大きく頷いた。


「その通り。」

「間違いない。」

「説得力ある。」


ビルムは天を仰いだ。


「もう嫌やこの街。」


だがその顔は、どこか少しだけ楽しそうだった。

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