49.裁判長、止まらない
リターシャは最後に言った。
「ちなみに優勝チームには景品があります。」
「何だ。」
「特製記念メダルです。」
「普通だな。」
「あと参加した囚人には。」
一拍。
「刑務作業一日免除。」
王の間がざわついた。
騎士達まで反応した。
リターシャは満足そうに頷く。
「これで皆やる気になるでしょう。」
ガエンは天井を見上げた。
もう止められない。
この国王は裁判でも政治でも運動会でも、一度決めたら止まらないのだ。
そしてリターシャは新しい書類を取り出した。
表紙には大きく書かれている。
『更生促進運動会計画書 第一巻』
ガエンは固まった。
「……第一巻?」
リターシャは微笑んだ。
「現在第七巻まであります。」
「誰か止めろ!!」
しかし王の間で一番偉いのは。
その第七巻を書いた本人だった。
ガエンの叫びは虚しく王の間に響いた。
「では本日の議題は以上です。」
リターシャがそう言った瞬間だった。
全員がほっとした。
終わった。やっと終わった。
ガエンは心の底からそう思った。
「帰れる……。」
「帰れますね。」
ラーシャも安心した顔をしている。
「長かった……。」
「今日は裁判も見たしな。」
マイトも肩を回した。
ナラは元気だった。
「お腹空いた!」
「お前は元気だな。」
「元気!」
するとリターシャが不思議そうな顔をした。
「そういえば。」
嫌な予感がした。
ガエンは反射的に身構える。
「何だ。」
「夕食がまだでした。」
「……そうだな。」
ガエンは気付いた。
裁判。
運動会。
囚人参加。
第七巻。
情報量が多すぎて忘れていた。
まだ夕方だった。
リターシャは立ち上がる。
「では行きましょう。」
「どこへ。」
「酒場です。」
ガエンは頭を抱えた。
「またか。」
「またです。」
「国王がそんな頻繁に酒場行くな。」
「大丈夫です。」
「何が。」
「常連です。」
「駄目な方向に安心感あるな。」
騎士達が目を逸らした。
「お前ら止めろよ。」
「無理です。」
騎士が即答した。
「もう慣れました。」
「慣れるな。」
「十年以上続いておりますので。」
「長えよ!」
リターシャは既に出口へ向かっている。
「早くしないと席が埋まります。」
「本当に常連じゃねえか!」
王の間にいた文官達が苦笑していた。
どうやら日常らしい。
こうしてガエン達は再び城を出た。
夕暮れのサイヴァーンは昼とは違う顔を見せていた。
街灯が灯り始める。
商店街には人が溢れている。
仕事帰りの職人、買い物帰りの主婦、訓練帰りの騎士達。
そして。
「あ。」
「陛下だ。」
「こんばんはー。」
「今日も赤狼亭ですか。」
「そうだよー。」
リターシャが普通に返事をした。
「フランクすぎるだろ!」
ガエンが突っ込む。
街の人達が笑った。完全に馴染んでいる。
国王なのに。
いや、国王だからこそなのかもしれない。
しばらく歩く。
すると見覚えのある看板が見えた。
昨日も来た酒場だった。
店の扉が開く。
カラン。
鈴の音。
そして店主が顔を上げた。
「あ。」
数秒。
「陛下。」
「こんばんは。」
「また来た。」
「来たよー。」
店主が笑う。客達も笑う。
ガエンはもう何も言わなかった。
諦めである。
店内の奥の席に案内される。
昨日と同じ席だった。
「いつもの。」
リターシャが言う。
「いつものって何だ。」
「いつものです。」
「説明になってねえ。」
店主は慣れた様子で頷いた。
「はいはい。」
もう誰も止めない。
止められない。
しばらくして料理と酒が運ばれてくる。
焼き肉。煮込み料理。魚の香草焼き。パン。スープ。
そして酒。
「乾杯。」
リターシャが杯を掲げた。
「乾杯!」
ナラが元気よく続く。
「乾杯。」
「乾杯だ。」
「乾杯。」
杯がぶつかる。
しばらくは普通の夕食だった。
裁判の話。運動会の話。街の話。
ようやく落ち着いた空気になる。
リターシャも珍しく肩の力を抜いていた。
「それで。」
不意にリターシャが聞いた。
「次はどこへ行くの?」
ガエンは肉を飲み込んで答える。
「クリアフォル。」
「氷雪都市?」
「そうだ。」
リターシャが少し目を丸くした。
「随分遠いね。」
「元々の予定だ。」
マイトも頷く。
「本当はフィルドリアの次に行くはずだったんだ。」
「へえ。」
ラーシャも話に加わる。
「防寒装備も全部揃えていました。」
「なるほど。」
ガエンは苦笑した。
「ところが急にゼルの移送任務が入った。」
「あー。」
リターシャは納得した顔になった。
「それでサイヴァーンへ。」
「そういうことだ。」
結果として裁判。運動会の囚人参加。
予想外の出来事ばかりだった。
マイトが酒を飲む。
「予定なんて狂う時は狂うし。」
「お前はいつも狂ってるだろ。」
「ひどくない?」
「事実だ。」
ナラが笑った。
「確かに!」
「味方がいねえ!」
店内からも笑い声が上がる。
リターシャは少し考えた後、尋ねた。
「クリアフォルには知り合いでもいるの?」
「いる。」
ガエンは頷いた。
「仲間が先に向かってる。」
「仲間?」
ラーシャが説明する。
「死神とラミアとドラゴニュートです。」
リターシャの手が止まった。
「……随分濃いね。」
「言われ慣れた。」
ガエンは即答した。
マイトも苦笑する。
「俺達の仲間だからな。」
「名前は?」
リターシャが興味深そうに聞く。
「死神のダグラス、ラミアのミリア、ドラゴニュートのビルム。」
リターシャは静かに頷く。
「なるほど。」
そして。
「会ってみたい。」
ガエン達は顔を見合わせた。
嫌な予感がした。とても嫌な予感がした。
「何だその顔。」
リターシャが言う。
「いや。」
ガエンは真顔だった。
「お前、まさか来ないよな?」
「行かないよ?」
全員が安心した。
次の瞬間。
「仕事があるし。」
安心した。本当に安心した。
だがリターシャは続けた。
「ただ。」
嫌な予感が復活した。
「ただ?」
「クリアフォルには知り合いがいるよ。」
「いるのか。」
「うん。」
リターシャは平然と言った。
「昔一緒にゲームした。」
全員が固まった。
「ゲーム?」
「うん。」
「氷雪都市に?」
「うん。」
「国王が?」
「うん。」
ガエンは頭を抱えた。
もう驚かないと思っていた。
だが甘かった。
リターシャという女は定期的に常識を破壊してくる。
「どんな知り合いだ。」
するとリターシャは少しだけ考え、
「たぶん今はクリアフォルの大臣。」
酒場が静かになった。
ガエンは天井を見上げた。
やっぱりこの世界の偉い奴らは駄目だ。
そんな確信だけが深まっていった。
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