48.契約、成立する
リターシャは記録官へ視線を向ける。
「次の案件までどのくらいですか。」
「三十分後です。」
「その次は。」
「次の裁判の一時間後になります。」
リターシャは頷いた。
「では休憩にしましょう。」
「休憩?」
ナラが首を傾げる。
「はい。次の二件は少々時間がかかります。」
嫌な予感しかしない。
ガエンが聞いた。
「ちなみに何の裁判なんだ。」
「一件は商会同士の契約問題。」
「おう。」
「もう一件は相続問題です。」
「長そうだな。」
「長いです。」
即答だった。
「ですので皆さんは休憩してください。」
そう言ってリターシャは書類の束を抱えた。
「私は準備がありますので。」
「休憩じゃないのか。」
「裁判官に休憩はありません。」
真顔だった。
騎士団長が頷く。
「本当にありません。」
「大変だな。」
「大変です。」
そしてリターシャはそのまま控室へ消えていった。
扉が閉まる。
ぱたん。
数秒後ナラが言った。
「変な国王だよね。」
全員が頷いた。
「変だな。」
「変ですね。」
「変人だ。」
満場一致だった。
しかし、しばらくしてマイトが腕を組む。
「でもすげえな。」
「ん?」
「さっきの裁判。」
ガエンも思い出す。
確かにあれだけ馬鹿馬鹿しい案件だったのに。
最後は誰も文句を言わなかった。
「言われてみれば。」
「普通なら罰金払わせて終わりだろ。」
マイトが言う。
「なのにちゃんと仲直りまでさせた。」
ラーシャも小さく頷く。
「しかも双方とも納得していました。」
「ああ。」
ガエンも同意した。
あの二人、退廷する頃には喧嘩した時より大人しくなっていた。
ナラが机の上に座り込む。
「でもさ。」
「ん?」
「怖かった。」
全員が頷いた。
「あれは怖い。」
「怖かったですね。」
「怖かったな。」
再び満場一致だった。
マイトは両手を広げる。
「怒鳴らないじゃん。」
「そうだな。」
「なのにめちゃくちゃ怖い。」
「そうだな。」
「『幼稚です』の破壊力がすごかった。」
「あれは効く。」
ガエンが即答した。
ラーシャも真面目な顔で頷く。
「私なら立ち直れません。」
「分かる。」
「分かる。」
全員が頷いた。
そしてガエンがぼそりと言う。
「俺だったら『何をしているのですか案件』で死ぬ。」
「俺も死ぬ。」
「私も死にます。」
「ボクは妖精だから大丈夫。」
「何でだよ。」
ナラが胸を張る。
「妖精は元々幼稚だから。」
「威張るな。」
即座に突っ込まれた。
しばらく笑いが起きる。
しかし笑いが落ち着くとガエンはふと窓の外を見た。
「なあ。」
「ん?」
「リターシャってさ。」
皆が振り向く。
ガエンは少し考えてから言った。
「変人だし。」
「うん。」
「失礼だし。」
「うん。」
「趣味も妙だし。」
「うん。」
「休日は別人だし。」
「うん。」
「国王っぽくない時もある。」
「それはある。」
全員が頷く。
そしてガエンは続けた。
「でも裁判になると別格だな。」
静かになった。
誰も反論しなかった。
ラーシャがぽつりと言う。
「法廷に入った瞬間だけ。」
「ああ。」
「まるで別人でした。」
ナラも珍しく真面目な顔になる。
「うん。」
そして小さく呟いた。
「なんていうか。」
「ん?」
「国王って感じだった。」
その言葉に。
全員が自然と頷いた。
司法国家サイヴァーン。
その頂点にいる理由が。
少しだけ分かった気がした。
そしてその頃、控室の中では。大量の書類に埋もれたリターシャが無表情で呟いていた。
「契約書が三百二十七ページ。」
ぺらり。
「添付資料百九十四ページ。」
ぺらり。
「証言記録八十六ページ。」
ぺらり。
沈黙。
数秒後。
「……喧嘩の裁判の方が楽でしたね。」
騎士団長が横で頷いた。
「でしょうね。」
司法国家最強の裁判官は。
次の敵である書類の山と戦っていた。
それから数時間後。
ガエン達は来賓用の控室でのんびりしていた。
ナラは昼寝。マイトは剣の手入れ。ラーシャは本を読んでいる。
ガエンは窓の外を眺めながらぼんやりしていた。
「まだ終わらねえのかな。」
「契約問題と相続問題ですからね。」
ラーシャが本から目を離さず答える。
「長いでしょうね。」
「裁判官って大変だな。」
「大変ですね。」
その時だった。
こんこん。
扉が叩かれる。
騎士が入ってきた。
「皆様。」
「おう。」
「陛下がお呼びです。」
ガエンは嫌な予感を覚えた。
「何の話だ。」
騎士は真顔で答える。
「運動会です。」
「やっぱりか。」
即答だった。
ナラが飛び起きる。
「運動会の話!?」
「はい。」
「まだやるの!?」
「陛下はやる気です。」
「それは知ってる。」
全員が知っていた。
むしろ知りたくなかった。
そして一行は王の間へ向かった。
巨大な扉が開く。
王の間の玉座。
その上にはリターシャが座っていた。
朝の裁判の時と同じ完全な国王モードである。
しかし机の横には積み上がった書類。さらに積み上がった書類。そしてまだ積み上がった書類。
ガエンは思わず聞いた。
「終わったのか。」
「終わりました。」
「全部?」
「本日分は。」
「本日分はって。」
リターシャは静かに紅茶を飲んだ。
「明日分があります。」
「聞かなかったことにする。」
賢明な判断だった。
リターシャは書類を置く。
そして真面目な顔になる。
「さて。」
嫌な予感がした。
「運動会の件です。」
やっぱりだった。
ナラが机に乗り出す。
「競技案増えた?」
「増えました。」
「増えたの!?」
「現在五百二十一案です。」
「すげー増えてるじゃねえか!」
ガエンの叫びが王の間に響いた。
しかしリターシャは気にしない。
書類を一枚取り出す。
「ですが今日は別件があります。」
「別件?」
「参加者についてです。」
参加者。
ガエンは首を傾げた。
「冒険者とか商会とかじゃなくてか。」
「はい。」
リターシャは頷く。
そして静かな声で言った。
「囚人達も参加させたいのです。」
王の間が静まった。
数秒。
誰も反応できなかった。
最初に口を開いたのはマイトだった。
「囚人?」
「はい。」
「牢屋の?」
「はい。」
「犯罪者の?」
「はい。」
即答だった。
ガエンが思わず聞く。
「いや待て。」
「はい。」
「大丈夫なのか。」
「大丈夫です。」
「本当に?」
「本当に。」
妙に自信満々だった。
リターシャは続ける。
「もちろん全員ではありません。」
「だろうな。」
「対象は軽犯罪者と更生中の者です。」
ガエン達は黙る。
リターシャはさらに説明した。
「サイヴァーンでは刑罰は目的ではありません。」
その言葉に今日の裁判で聞いた言葉を思い出す。
被害を回復し、再発を防ぎ、社会を維持する。
リターシャは静かに言った。
「更生した者を社会へ戻す。」
「……。」
「それも司法の仕事です。」
王の間は静かだった。
リターシャは書類をめくる。
「実際、出所後の再犯率は社会との接点がある者の方が低いという統計もあります。」
「へえ。」
「ですので。」
ぱたり。
書類が閉じられる。
「運動会に参加させます。」
「決定事項かよ。」
「決定事項です。」
即答だった。
ガエンは頭を抱えた。
「お前なあ。」
「何でしょう。」
「普通の国王はそんな事考えねえぞ。」
「そうですか?」
「そうだ。」
「残念です。」
何が残念なのか分からない。
ナラが首を傾げる。
「でも楽しそう。」
全員が振り向いた。
ナラはにやにやしている。
「だってさ。」
「うん。」
「元盗賊チーム対騎士団とか面白そうじゃない?」
リターシャが言った。
「採用。」
「採用するな。」
ガエンが即座に突っ込んだ。
しかしリターシャは既にメモしている。
恐ろしい速度だった。
「元盗賊チーム対騎士団。」
さらさら。
「障害物競走。」
さらさら。
「綱引き。」
さらさら。
「借り物競走。」
さらさら。
ガエンが叫ぶ。
「増やすな!」
「増えていません。」
「増えてるだろ!」
「分類しただけです。」
「それを増えたって言うんだよ!」
王の間に笑いが起きた。
だが笑いながらもガエン達は気付いていた。
リターシャは本気なのだ。
囚人を甘やかすためではない。
罰を軽くするためでもない。
社会に戻すため、そして更生させるため。そのための運動会。
司法国家らしい発想だった。




