43.司法国家、乗り気になる
使者に案内され、一行はサイヴァーンの中心へ向かう。
巨大な白亜の城。
司法国家サイヴァーンの象徴。
高い塔と無数の尖塔が空へ伸びている。
美しさよりも威圧感が先に来る城だった。
マイトが見上げる。
「なんか裁判しそうな城だな。」
「裁判する城だからな。」
ガエンが答えた。
「確かに。」
「納得するな。」
そんな会話をしながら門をくぐる。
城内へ入ると空気が変わった。
静かだ。
兵士も文官も全員が無駄口を叩かない。
規律が徹底されている。
ゼルが周囲を見回す。
「なるほど。」
「何だ。」
ガエンが聞く。
「犯罪者が嫌がる国だというのは理解できます。」
「褒めてるのか?」
「事実を述べただけです。」
全く信用できなかった。
やがて一行は地下へ案内される。
重い鉄扉。魔法陣。結界。監視用の水晶。
普通の牢獄ではない。
ナラが引いた。
「うわ。」
ラーシャも頷く。
「凄い。」
使者が説明する。
「ここは王城内特別監獄です。」
「特別?」
ガエンが聞く。
「国家転覆級の犯罪者や危険人物を収容します。」
全員の視線がゼルへ向く。
ゼルは少しだけ感心していた。
「良い設備ですね。」
「褒められても嬉しくありません。」
使者が真顔で返す。
牢の前へ到着する。
厚さ数十センチはありそうな扉だった。
使者が振り返る。
「ゼル。」
「はい。」
「ここから先は正式な身柄拘束となります。」
ゼルは頷いた。
抵抗する様子はない。
むしろ本を閉じると素直に立ち上がる。
「構いません。」
「・・・。」
兵士達が警戒している。
ゼルは少し首を傾げた。
「何ですか?」
「いや。」
兵士の一人が言う。
「抵抗しないのか。」
「何故です?」
「え?」
「勇者がいますよ。」
ゼルは当然のように答えた。
「逃げられる訳がないでしょう。」
全員がマイトを見る。
マイトは親指を立てた。
「信頼されてる。」
「違う。」
ガエンが即答した。
ゼルが入ると牢の扉が閉まる。
重い音が地下へ響いた。
ガシャン。
結界が発動する。
青い光が走る。
これでようやくサイヴァーン側も少し安心したらしかった。
使者が深々と頭を下げる。
「護送に感謝します。」
「仕事だからな。」
ガエンが答える。
「それでは陛下がお待ちです。」
一行は再び地上へ戻った。
そして巨大な扉の前で足を止める。
玉座の間。
使者がゆっくり扉を開いた。
重厚な音が響く。
その先には赤い絨毯が真っ直ぐ伸びていた。
左右には文官と騎士が数十人はいる。
全員が静まり返っている。
そして最奥。
高い玉座に一人の女性が座っていた。
長い栗色の髪、透き通るような白い肌、鋭い蒼い瞳。
豪華な王衣を纏いながらも装飾に頼らない圧倒的な存在感。
真顔。、一切の隙がない。
そこに座るだけで法そのものが人の姿を取ったようだった。
サイヴァーン国王、そして最高裁判長。
リターシャ・カイゼルン。
誰も口を開かない。
自然と空気が張り詰める。
だがマイトだけは違った。
「おお。」
全員が嫌な予感を覚える。
「女王様だ。」
ガエンが頭を抱えた。
ナラが顔を覆った。
ラーシャは天井を見た。
使者は遠い目になった。
リターシャは無表情のまま言う。
「勇者マイト。」
「はーい。」
「噂通りですね。」
「よく言われる。」
「褒めていません。」
「だよねー。」
マイトは頷いた。
玉座の間に小さな笑いが漏れる。
だがリターシャの表情は変わらない。
彼女はゆっくりと視線を動かした。
ガエン。
ラーシャ。
ナラ。
そして最後に地下に収監されたゼルの報告書へ目を落とす。
「死霊使いゼルの収監は完了したそうですね。」
「はい。」
使者が答える。
「結界も正常です。」
「よろしい。」
短い一言。
それだけで全員が姿勢を正した。
絶対的な威厳だった。
リターシャは書類を閉じる。
そして静かに言った。
「では本題に入りましょう。」
嫌な予感がした。
ガエン達全員が察した。
リターシャは真顔のまま尋ねる。
「魔王主催運動会について詳しく説明してください。」
やっぱりそれだった。
「まず。」
リターシャは真剣だった。
国政会議より真剣だった。
「開催日はいつですか。」
「え。」
マイトが固まる。
「競技種目は。」
「え。」
「玉入れはありますか。」
「なんでそんな玉入れ好きなの?」
「重要です。」
即答だった。
誰も意味が分からなかった。
リターシャはさらに続ける。
「騎馬戦。」
「あると思う。」
「参加人数制限は。」
「知らない。」
「優勝賞品は。」
「知らない。」
「お弁当は出ますか。」
「知らない!」
マイトが叫んだ。
玉座の間に沈黙が落ちる。
リターシャは少しだけ眉をひそめた。
「スポンサー獲得のため来たのに。」
「まだ詳細知らないんだよ!」
ガエンが深いため息を吐いた。
「だから説明に来たんだ。」
玉座の間の全員が静かになる。
リターシャは背筋を伸ばしたまま言う。
「聞きましょう。」
その瞬間。
文官達が一斉に羽ペンを構えた。
ガエンが少し引いた。
「何で記録取る気満々なんだ。」
「国家運営に必要な情報です。」
リターシャが真顔で答える。
「運動会だよね?」
ナラが確認した。
「はい。」
即答だった。
全然即答する内容ではなかった。
ガエンは諦めた。
「開催はおよそ一年後だ。」
羽ペンが走る。
カリカリカリカリ。
異様な速度だった。
「場所は魔族領王都マグノリア。」
さらに記録。
「現在、会場はドワーフ達が建設を始めている。」
カリカリカリカリ。
「だが資金が足りない。」
リターシャの目が少しだけ鋭くなる。
「なるほど。」
「だからスポンサー獲得が最優先だ。」
「合理的ですね。」
「競技内容はまだ決まってない。」
羽ペンが止まった。
全員が顔を上げる。
「決まってない?」
リターシャが聞く。
「決まってない。」
「何も?」
「何も。」
「玉入れも?」
「決まってない。」
玉座の間がざわついた。
文官の一人が思わず口を開く。
「競技がない運動会とは。」
隣の文官が肘で黙らせた。
すぐ静かになる。
規律が凄かった。
リターシャは少し考える。
「つまり今なら要望が通る可能性があると。」
「多分な。」
「なるほど。」
彼女は頷いた。
そして横を見る。
「文官長。」
「は。」
「希望競技案を提出してください。」
「承知しました。」
「待て。」
ガエンが止めた。
「何でそんな乗り気なんだ。」
リターシャは真顔だった。
「国際交流です。」
絶対違う。
誰も信じなかった。
ガエンは続ける。
「ちなみに人間領王都フィルドリアはスポンサーになった。」
その瞬間。
玉座の間の空気が変わった。
文官達の目が少しだけ見開かれる。
騎士達も反応した。
リターシャも僅かに目を細める。
「フィルドリアが。」
「そうだ。」
「正式に?」
「正式にな。」
沈黙して数秒後。
リターシャが聞く。
「金額は。」
「公表は出来ない。」
「契約内容は。」
「それも公表出来ない。」
「スポンサー特典は。」
「卵焼き屋台や国名の表記等。」
リターシャは静かに考え込む。
そして結論を出した。
「参加しない理由がありませんね。」
全員が思った。
早い。判断が早すぎる。
騎士団長が一歩前に出る。
「陛下。」
「何でしょう。」
「本気ですか。」
「もちろんです。」
真顔だった。
一切冗談に見えない。
「フィルドリアが参加し、魔族領が主催し、ドワーフが建設を担当する。」
リターシャは指を組む。
「これほど大規模な国際行事は珍しい。」
確かにその通りだった。
「加えて。」
リターシャが続ける。
「平和的交流。」
「はい。」
「経済効果。」
「はい。」
「外交強化。」
「はい。」
「玉入れ。」
「最後いらない。」
ガエンが即答した。
リターシャは無表情のまま続ける。
「我が国もスポンサーになります。」
玉座の間が静まり返った。
マイトが目を丸くする。
「おお。」
ナラも驚いた。
「即決?」
ラーシャも頷く。
「早いです。」
ガエンも少し驚いていた。
リターシャは淡々と言う。
「ただし条件があります。」
「何だ。」
「競技案提出権。」
「何それ。」
「スポンサーとして当然です。」
全然当然じゃなかった。
リターシャは横を見る。
「文官長。」
「は。」
「司法国家サイヴァーン代表案を。」
文官長は待ってましたと言わんばかりに分厚い書類を取り出した。
ドサッ。
全員が固まる。
「何だそれ。」
マイトが聞く。
文官長は答えた。
「以前から考案していた競技案です。」
「以前から?」
「運動会開催を知る前からです。」
意味が分からなかった。
書類の表紙には大きく書かれていた。
『第一回サイヴァーン国内運動会企画書 全四百八十七ページ』
ガエンが頭を抱えた。
ラーシャも頭を抱えた。
ナラは笑う。
マイトは目を輝かせる。
「面白そう!」
リターシャは静かに頷いた。
「採用を希望します。」
ガエンは遠い目になった。
バラム、お前が言い始めた運動会。どうやら想像以上の怪物になり始めているぞ。




