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静寂の城〜魔王は世界征服をしたい〜  作者: 赤井六舷


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32.氷の女王、話を聞く

笑芸大会終了後。

夜のクリアフォルの街は、まだ興奮が冷めやらぬ様子だった。


「うさぎドラゴン優勝!」

「今年の大会最高だったな!」


あちこちの酒場や広場では、人々が今日の漫才の話で盛り上がっている。


その頃ガエンたちは、街でも評判の酒場へと集まっていた。

ビルムとミリアが木製の扉を開けると、中は陽気な音楽と笑い声で満ちている。


「おっ! 来た来た!」


ガエンが大きく手を振った。


「こっちだ!」


ビルムとミリアが席へ向かう。

店内の客も二人に気付き、ざわめいた。


「おい、優勝したコンビだ!」

「本物だ!」


自然と拍手が起こる。


パチパチパチ!!


ビルムは照れくさそうに笑った。


「いやぁ……恥ずかしいなぁ。」


ミリアは軽く手を振る。


「こんばんは。」


酒場の主人が豪快に笑った。


「今日は優勝祝いだ! 一杯目は店からのおごりだ!」


「おおーーーっ!!」


店中から歓声が上がる。

ガエンは大笑いしながら大ジョッキを掲げた。


「よぉーーし! それじゃあ始めるぞ!」


ダグラスもグラスを持ち上げる。


「最高だったな。」


マイトは嬉しそうに頷いた。


「あんなに笑ったのは久しぶりだよ!」


ラーシャは目を輝かせる。


「ビルムさんもミリアさんも、本当に最高でした!」


ナラも笑顔いっぱいだ。


「最後なんて涙が出るくらい笑っちゃったー!」


ビルムは少し照れながら頭をかいた。


「みんなのおかげや。応援してくれてありがとうな。」


ミリアは真顔のまま言う。


「八割くらい私。」


「二人で優勝したんやろ!」


ビルムが即座にツッコむ。


「そこ割合で言うな!」


一同は大笑いした。


「はっはっはっはっ!」


料理が次々と運ばれてくる。

こんがり焼かれた肉料理。

香辛料の効いたソーセージ。

山盛りの揚げ芋。

焼き魚にサラダ。

そして大きな樽から注がれる冷えた酒と果実ジュース。

ガエンは待ちきれずジョッキを高く掲げた。


「それじゃあ改めて!」


全員がグラスを持ち上げる。


「うさぎドラゴン優勝おめでとうーーーっ!!」


「乾杯ーーーーー!!」


カチーン!!


勢いよくグラスがぶつかり合う。


「ぷはぁーっ!」


ガエンは一気に飲み干した。


「うまい!」


ダグラスも穏やかに笑う。


「これだけ盛大な祝勝会になるのも納得だね。」


マイトは肉を頬張りながら感心する。


「それにしても、フロスティア様まで笑わせるなんて思いませんでした。」


ラーシャは思い出し笑いをする。


「『私までいじりましたが……』って言われた時、ボク、吹き出しそうになったよー。」


ナラも肩を震わせる。


「しかも陛下ご本人が笑っちゃうなんてねー!」


ビルムは苦笑いした。


「正直、あそこは寿命縮んだで……。」


ミリアは平然としていた。


「笑ったから成功。」


「結果論や!」


またしても絶妙な間でツッコミが決まり、テーブルは再び笑いに包まれた。

ガエンは腹を抱えながら机を叩く。


「いやぁ! 何度思い出しても笑えるな!」


ダグラスもグラスを傾けながら頷く。


「今年は本当に名勝負だった。どの組も個性的だったが、最後はうさぎドラゴンが全部持っていったな。」


マイトは指を折って数え始める。


「最初の『客席から登場』も驚いたし、クリアフォルいじりも面白かったし、最後の締めのツッコミも完璧だったね!」


「ビルムさんのツッコミ、どんどん勢いが増していってましたよね!」


ラーシャが興奮気味に言う。

ナラも大きく頷いた。


「ミリアが自由すぎるから、ツッコミが何倍も面白くなってた!」


ビルムは照れ笑いを浮かべる。


「まぁ、相方があれやからな……。」


「褒められた。」


「褒めてへん!」


即座のツッコミに、また一同は吹き出した。


「ははははは!」


料理もどんどん減っていく。

焼きたての肉を頬張るガエンは、満足そうに何度も頷いた。


「しかしよぉ、今年の笑芸大会は歴代でもトップクラスだったんじゃねぇか?」


「そうかもな。」


ダグラスが静かに同意する。


「観客の熱気もすごかったし、優勝が決まった瞬間の歓声は鳥肌が立った。」


「爆笑サーカス団もさすがだったね。」


マイトが感心する。


「去年の王者の貫禄があった。」


ビルムも真剣な表情で頷いた。


「ほんまや。あの人らがいたから、こっちも全力を出せた。」


ミリアは果実ジュースを一口飲み、


「強い相手がいると、おもしろい。」


と短く呟く。

ラーシャは笑顔で言った。


「来年は連覇を狙うんですか?」


ビルムは苦笑する。


「いやいや、まずは今日くらい優勝の余韻に浸らせてぇな。」


「賛成。」


ミリアも珍しく素直に同意した。


「今日は食べる日。」


「その通りだ!」


ガエンが豪快に笑いながら大皿の肉を二人の前へ押し出す。


「優勝者は遠慮なく食え!」


「いただきます。」


ミリアは迷いなく肉を取る。


「遠慮なさすぎや!」


また笑いが起こる。

酒場には相変わらず陽気な笑い声が響き、祝勝会は和やかに続いていった。

やがて料理も食べ進み、酒場の喧騒にも少し慣れてきた頃だった。

ガエンは空になったジョッキをテーブルへ置くと、「さて」と大きく息をついた。


「……そういや、すっかり忘れてたな。」


ダグラスが首をかしげる。


「何をだ?」


ガエンは頭をかきながら苦笑した。


「俺たち、そもそもクリアフォルに来た本来の目的って、笑芸大会を見ることじゃなかったよな。」


マイトが「あっ」と声を上げる。


「そうだ! 運動会のスポンサー探し!」


ラーシャも目を丸くした。


「完全に優勝祝いモードになってました……。」


ナラは苦笑いする。


「毎日いろんなことがありすぎて、すっかり忘れてたね。」


ガエンは腕を組み、気を引き締めるように頷いた。


「祝勝会も大事だが、本来の目的は運動会のスポンサー獲得だ。明日からは、その話を進めねぇとな。」


その時だった、酒場の扉が静かに開く。

カラン、と澄んだ鈴の音が鳴り、店内に涼やかな空気が流れ込んだ。


「あら、ここにいらしたのですね。」


透き通るような水色の長髪を揺らし、一人の女性が穏やかな笑みを浮かべて歩いてくる。

その姿を見た店主が慌てて頭を下げた。


「シャーレ大臣!」


店内の客たちもざわめく。


「クリアフォルの大臣だ。」

「元水の精霊のシャーレ様だ。」


しかしシャーレ・クリオールは堅苦しい様子はなく、軽く手を振って店主に微笑む。


「今日は公務ではありませんから、お気になさらず。」


そのままガエンたちの席まで歩いてくると、上品に一礼した。


「皆様、初めまして。私はクリアフォル大臣、シャーレ・クリオールです。」


ガエンたちも立ち上がる。


「おう、どうも。」


シャーレは優しい笑みを浮かべた。


「実は皆様のお話は以前から伺っております。」


「俺たちを?」


マイトが首をかしげる。

シャーレはくすりと笑う。


「はい。司法国家サイヴァーン国王、リターシャ陛下とはゲーム友達でして。」


その一言でガエンは「ああ!」と声を上げた。


「思い出した! リターシャが言ってたな! 『クリアフォルにはゲーム仲間の大臣がいる』って!」


シャーレは楽しそうに頷く。


「ええ。時間が合えば一緒にゲームで遊んでおります。」


ラーシャが思わず笑う。


「国王様と大臣がゲーム友達なんて、不思議なご縁ですね。」


「ふふ。それがご縁で、皆様のお話もよく聞いていました。」


シャーレは一人ひとりを見渡した。


「皆様が各地で活躍されていることも、楽しく聞かせていただいております。」


そして視線はビルムとミリアへ向く。


「それから……。」


二人に向かって軽く頭を下げた。


「笑芸大会優勝、おめでとうございます。」


ビルムは照れたように頭をかく。


「ありがとうございます。」


ミリアも短く答える。


「ありがとう。」


「お二人の舞台、とても素晴らしかったです。会場中が笑顔になっていました。」


「そこまで言われると照れるわぁ。」


ビルムは苦笑しながら肩をすくめる。


「笑ったなら、成功。」


ミリアはいつもの調子で静かに頷いた。

シャーレは満足そうに微笑むと、その視線が一人の青年で止まった。


「……失礼ですが、こちらの方だけは存じ上げませんね。」


皆の視線が青年へ集まる。

ダグラスは静かに立ち上がると、胸に手を当てて丁寧に一礼した。


「どうも。」


落ち着いた声が響く。


「俺は死神のダグラス、ガエン達の仲間だ。」


シャーレは少し目を丸くしたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。


「死神の方でしたか。これは失礼いたしました。」


ダグラスは穏やかに首を振る。


「気にするな。」


「それでは、改めまして。」


シャーレは全員を見渡しながら微笑んだ。


「ようこそ、クリアフォルへ。そして皆様とお会いできたことを、とても嬉しく思います。」


シャーレはガエン達を見渡し、穏やかな笑みを浮かべた。


「皆さんに、一つお伝えしたいことがあります。」


その場の空気が少しだけ引き締まる。

ガエンはジョッキを机に置いた。


「なんだ?」


シャーレは丁寧に一礼した。


「女王フロスティア様が、皆さんと直接お話ししたいそうです。」


「女王が?」


マイトが目を丸くする。


「はい。明日、お時間がありましたら、皆さんでお城へお越しいただけませんか、と。」


ラーシャは少し驚いたように目を細めた。


「私たち全員をですか?」


「ええ。」


シャーレは優しく頷く。


「本日の笑芸大会をご覧になったこともありますが、それだけではありません。皆さんのお話を直接聞いてみたい、とおっしゃっていました。」


ナラが羽をぱたぱたさせる。


「わぁ! 女王様からお呼ばれなんてすごーい!」


マイトも苦笑しながら頷く。


「普通じゃ絶対ないよね。」


ガエンは腕を組み、大きく笑った。


「はっはっは! ちょうどよかった!」


全員がガエンを見る。


「実は俺たちも、明日女王に会いに行こうと思ってたんだ。」


「え?」


シャーレが少し首を傾げる。

ガエンはニヤリと笑う。


「本来の目的を忘れかけてたがな。俺たちは笑芸大会を見に来ただけじゃねぇ。」


ダグラスも頷く。


「運動会のスポンサー探しだな。」


「そういうことだ。」


ガエンは力強く頷いた。


「女王にスポンサーをお願いするつもりだったんだ。向こうから呼んでくれるなら話が早ぇ。」


マイトは笑いながら肩をすくめる。


「こんなに都合よく話が進むとは思わなかったね。」


ラーシャも静かに微笑んだ。


「偶然とは思えない流れですね。」


ナラは空中でくるりと一回転する。


「やったー! これで運動会も前進だね!」


シャーレは皆の様子を見て、安心したように微笑む。


「それでは明日の午前、お城でお待ちしております。」


「わかった。」


ガエンは親指を立てる。


「女王様にもよろしく伝えといてくれ。明日、みんなで会いに行くってな。」


「かしこまりました。」


シャーレは上品に一礼すると、柔らかな笑顔のまま酒場を後にした。

その姿を見送りながら、ガエンはジョッキを持ち上げる。


「さて、明日は女王との大事な話だ。笑芸大会の余韻もいいが、気合い入れていくぞ!」


ガエンの力強い言葉に、全員が大きく頷いた。


「おーっ!」


酒場の店主も笑顔で声を掛ける。


「みんななら、きっと上手くいくさ!」


ビルムがジョッキを掲げる。


「ほな、明日に備えて最後の一杯や!」


「乾杯ー!」


カチン、と七つのジョッキが軽やかな音を立てる。

笑芸大会優勝を祝い、そして翌日の新たな挑戦を誓う乾杯だった。

しばらく談笑を楽しんだ後、ガエンが立ち上がる。


「よし、今日はもう休むぞ。」


ダグラスも静かに頷く。


「女王を待たせるわけにはいかないからな。」


マイトは大きく伸びをした。


「今日はいっぱい笑ったし、ぐっすり眠れそう。」


ラーシャは微笑む。


「明日は気持ちを切り替えましょう。」


ナラは羽をぱたぱたさせながら元気よく言う。


「朝寝坊禁止だよ!」


ミリアはこくりと頷いた。


「起こす。」


「いや、それ言われると逆に怖いんやけど。」


ビルムが苦笑すると、一同から笑いが起こった。

店主に礼を言って酒場を後にした七人は、夜風を浴びながら石畳の道を歩く。

笑芸大会で賑わっていた街も、少しずつ静けさを取り戻していた。

宿へ戻ると、それぞれ明日の支度を整え、部屋へ入る。


「じゃあ、おやすみ。」


「おやすみなさい。」


「また明日。」


旅の疲れもあったのか、七人はほどなくして深い眠りについた。


そして翌朝。

窓から差し込む柔らかな朝日が部屋を照らす。

小鳥のさえずりと、街の人々が活動を始める音が聞こえてきた。

ガエンは勢いよく起き上がる。


「よし! 朝だ!」


その声に、隣の部屋からも次々と仲間たちが起きてくる。

マイトは眠そうに目をこすりながら笑う。


「今日はいよいよ女王との面会だね。」


ダグラスは身支度を整えながら静かに言う。


「運動会の未来が決まるかもしれない大事な話だ。」


ラーシャは髪を整え、上品に微笑む。


「失礼のないよう、きちんと準備をしましょう。」


ナラは元気いっぱいに宙を飛び回る。


「今日は気合い十分!」


ビルムは服の乱れを整えながら深呼吸する。


「漫才より緊張するかもしれへんなぁ。」


ミリアはいつもの無表情のまま、小さく頷いた。


「大丈夫。」


ガエンは仲間たちを見渡し、満足そうに笑う。


「よし、全員準備を済ませたらクリアフォル城へ向かうぞ。」


七人は荷物を整え、身だしなみを確認すると、宿の主人に挨拶をして外へ出た。

朝のクリアフォルの街は、昨日の笑芸大会の余韻を残しながらも、普段通りの穏やかな活気に包まれていた。

市場では店が次々と開き、焼きたてのパンの香りが漂う。


「あっ、昨日の優勝コンビだ!」

「うさぎドラゴンのお二人、おめでとうございます!」


街の人々がビルムとミリアに声を掛ける。


「ありがとう!」


ビルムは照れくさそうに頭を下げ、ミリアは小さく会釈した。

ガエンは豪快に笑う。


「人気者になったもんだな!」


「昨日の漫才、本当に面白かったよ!」


そんな声に見送られながら、一行は街の中央にそびえるクリアフォル城へと歩いていく。

やがて、白く輝く石造りの城門が見えてきた。

高くそびえる塔、透き通るような青い旗、そして整然と並ぶ近衛兵たち。


「何度見ても立派なお城だなぁ。」


マイトが感心したように見上げる。


「さすが雪と氷の国の王城ですね。」


ラーシャも静かに頷いた。

門の前まで来ると、槍を持った門番が一歩前へ出る。


「お止まりください。本日のご用件をお聞かせ願います。」


ガエンが一歩前へ出て、堂々と答えた。


「昨日、クリアフォル大臣シャーレ殿からお招きを受けた。女王フロスティア陛下との謁見のために参った。」


門番は表情を引き締めたまま頷く。


「お話は伺っております。ガエン様御一行ですね。」


名簿を確認すると、すぐに顔を上げて敬礼した。


「お待ちしておりました。どうぞ、お入りください。」


重厚な城門がゆっくりと開いていく。


ギギギ……。


七人は門番へ軽く礼をしながら城内へ足を踏み入れた。

城内には美しく整えられた庭園が広がり、噴水からは透き通った水が陽光を受けてきらめいている。


「すごーい!」


ナラは目を輝かせながら辺りを飛び回ろうとするが、


「ナラさん。」


ラーシャが優しく声を掛ける。


「今日はお客様です。少しだけ我慢してくださいね。」


「はーい。」


ナラは慌ててガエンの肩へ戻った。

その時だった。


「皆様、お待たせいたしました。」


澄んだ女性の声が聞こえる。

振り向くと、水色の長い髪を揺らしながら、一人の女性が優雅な足取りで歩いてきた。

元水の精霊であり、クリアフォル王国の大臣、シャーレ・クリオールだった。


「ようこそ、クリアフォル城へ。」


シャーレは柔らかく微笑み、一人ひとりに目を向ける。


「昨夜は急なお呼び立てにもかかわらず、お越しいただきありがとうございます。」


ガエンが笑顔で応える。


「こちらこそ、案内してもらえるなら助かる。」


「ありがとうございます。それでは、女王陛下がお待ちです。」


シャーレは優雅に身を翻し、城内の奥へ歩き始めた。


「こちらへどうぞ。」


七人はシャーレの後に続く。

広い廊下には美しい氷の彫刻や歴代の女王の肖像画が並び、窓から差し込む光が床の大理石に幻想的な模様を映し出していた。

ナラは思わず小声でつぶやく。


「なんだか緊張してきた……。」


ビルムも苦笑する。


「昨日は何千人の前で漫才したのになぁ。」


「種類の違う緊張だな。」


ダグラスが静かに言うと、ガエンは頼もしそうに笑った。


「気負う必要はねぇ。俺たちは俺たちらしく話せばいい。」


その言葉に仲間たちは頷き、自然と表情が和らぐ。

やがてシャーレが大きく豪華な両開きの扉の前で足を止めた。

金と青で装飾されたその扉の向こうが、女王フロスティアの待つ謁見の間だった。

シャーレは振り返り、穏やかに微笑む。


「皆様、こちらが謁見の間です。女王フロスティア陛下がお待ちになっております。」


そう言うと、控えていた近衛兵たちが静かに扉へ手を掛けた。

近衛兵たちが息を合わせ、重厚な両開きの扉をゆっくりと押し開く。


ギィィィ――――。


静寂に包まれた謁見の間が姿を現した。

真っ直ぐ伸びる赤い絨毯。

左右には整列する近衛兵や文官たち。

その最奥、高く設けられた玉座には、雪と氷の国クリアフォルを統べる女王、フロスティアが静かに腰掛けていた。

銀色の髪は朝の光を受けて淡く輝き、透き通るような青い瞳が、ゆっくりとガエンたちへ向けられる。

その視線は冷たく、凛としている。


「……。」


謁見の間の空気が一瞬で張り詰めた。

マイトは思わず背筋を伸ばす。


(うわぁ……昨日笑ってた人と同じ人とは思えない……。)


ナラもガエンの肩の上で小さく身を縮めた。


「ひゃあ……。」


ダグラスは無言で一礼し、ラーシャも優雅に頭を下げる。

ビルムはごくりと唾を飲み込んだ。


(さ、さすが女王様……めちゃくちゃ威厳あるやん……。)


ミリアもいつもの無表情ながら、静かに玉座を見つめていた。

一方、玉座に座るフロスティアの表情はまったく変わらない。凛然とした女王そのもの。

しかし、その胸の内では。


(いる……。本当にいるわ……。昨日、私を笑わせた”うさぎドラゴン”が、今、目の前に……!)


心臓が少しだけ高鳴る。


(ビルムさん……。そして、ミリアさん……。昨日の「女王いじり」を思い出すだけで……。)


一瞬だけ口元が緩みそうになり、


(だ、駄目よフロスティア!)


心の中で必死に自分へ言い聞かせる。


(ここは謁見の間。私は女王。冷静に……威厳を保ちなさい。)


それでも視界の端にミリアが映るたび、


(あっ……無表情で立ってる……。昨日と同じ……。なんだかもう、それだけで少し面白い……。)


笑いそうになるのを必死に堪え、ほんのわずかに視線を逸らした。

その様子をすぐ隣で見ていたシャーレだけは、小さく肩を震わせる。


(陛下……。心の中では完全にファンになっていますね。)


もちろん、誰にも気づかれることはない。

フロスティアは何事もなかったかのように静かに口を開いた。


「……面を上げなさい。」


澄み切った声が謁見の間に響く。

ガエンたちはゆっくりと顔を上げる。

フロスティアは一人ひとりを見渡し、威厳に満ちた表情のまま言葉を続けた。


「オーガのガエン、勇者マイト、ダークエルフのラーシャ、死神のダグラス、ピクシーのナラ……。」


そして、ほんの一瞬だけ間を置き、


「そして笑芸大会優勝者、『うさぎドラゴン』のビルム、ミリア。」


名前を呼ばれた二人は同時に一礼する。


「ありがとうございます。」


「……。」


フロスティアは静かに頷く。

表情は依然として冷静そのもの。

しかし心の中では、


(優勝、本当におめでとうございます……!昨日は最高でした……!)


そんな言葉が、今にも飛び出しそうになっていた。

そしてフロスティアはゆっくりとガエンへ視線を向けた。


「シャーレから話は聞いています。あなた方には、私に話したいことがあるそうですね。」


謁見の間は静まり返り、全員の視線がガエンへ集まる。

ガエンは一歩前へ進み、胸に手を当てて力強く頭を下げた。


「はい、フロスティア陛下。本日はお時間をいただき、ありがとうございます。」


そして顔を上げ、堂々と語り始める。


「俺たちは今、王都マグノリアで開かれる、とある大きな催しのために世界中を旅しています。」


フロスティアは静かに耳を傾ける。


「……続けなさい。」


「その催しを企画しているのは、魔王バラムです。」


その名が告げられると、文官たちの間にわずかなざわめきが走る。


「魔王……。」

「魔族の王が催しを……?」


しかしフロスティアは表情一つ変えず、静かにガエンを見つめていた。


「魔王バラムは、種族や国の垣根を越え、誰もが笑顔になれる祭典を開きたいと考えています。」


ガエンは力強く続ける。


「その祭典こそ、『世界大運動会』です。」


その言葉に、今度は謁見の間全体が少しだけどよめいた。


「世界……大運動会?」

「各国が参加するということか……?」


シャーレも興味深そうに目を細める。

ガエンは頷いた。


「はい。人間も、魔族も、獣人も、エルフも、ドワーフも……立場や種族を問わず、一緒に競い合い、応援し、交流できる大会です。」


ダグラスも一歩前へ出る。


「勝ち負けだけじゃない。いろいろな国の人たちが出会って、お互いを知るきっかけにもなるはず。」


ラーシャも穏やかに続ける。


「私たちは、その理念に強く共感しました。」


ダグラスは腕を組みながら静かに頷く。


「争いではなく、競技で互いを認め合う。そのような催しには、大きな価値があると考えている。」


ナラは元気よく羽をぱたぱたさせた。


「絶対に楽しい運動会になるよ!」


マイトも口を開く。


「俺と魔王で実況解説もするし。」


ビルムも笑顔で口を開く。


「俺らも、楽しい大会にしたい。」


ミリアは短く言った。


「笑顔。」


その一言に、ガエンは豪快に笑う。


「そういうことだ。」


そして再びフロスティアへ向き直り、真剣な眼差しになる。


「その運動会を成功させるため、俺たちは世界各国を巡り、協力してくださる国やスポンサーを募っています。」


謁見の間は再び静まり返る。

ガエンは力強く言葉を続けた。


「クリアフォルは平和で、人々が笑顔にあふれる素晴らしい国です。だからこそ、ぜひこの運動会に力を貸していただきたい。」


深く一礼する。


「氷雪都市クリアフォルに、世界大運動会のスポンサーになっていただけないでしょうか。」


その言葉が広い謁見の間に響き渡った。

フロスティアは静かに目を閉じ、しばらく考えるように沈黙する。

誰も口を開かない。

張り詰めた空気の中、女王はゆっくりと瞳を開き、ガエンたちをまっすぐ見据えた。

フロスティアは静かに口を開いた。


「……世界中の者たちが集い、競い、笑い合う祭典。」


その声は落ち着いていたが、どこか興味を帯びている。


「理念は素晴らしいと思います。」


その一言に、ガエンたちの表情が少し明るくなる。

しかし次の瞬間、フロスティアは女王らしい厳かな口調で続けた。


「ですが、国として支援する以上、ただ資金を出すだけというわけにはいきません。」


ガエンは真剣に頷く。


「もちろんです。」


「私にも、一つ条件があります。」


謁見の間の空気が再び引き締まる。

マイトが小さく息をのむ。


「条件……?」


ラーシャも静かに女王を見つめた。

フロスティアはゆっくりと七人を見渡し、最後にビルムとミリアへ視線を向ける。

その瞬間、


(言うのよ、フロスティア……! 落ち着いて……! あくまで国のための条件として……!)


心の中では必死だった。


(決して「もう一回漫才が見たいです!」なんて言ってはいけないわ!)


隣のシャーレは、女王の微かな変化を察し、


(陛下……今すごく我慢していますね。)


と心の中で苦笑する。

フロスティアは咳払いを一つしてから、堂々と言った。


「世界大運動会では、多くの競技が行われるのでしょう。」


「はい。」


「競技と競技の合間には、選手も観客も休憩する時間があるはずです。」


ガエンは頷く。


「その通りです。」


「ならば、その時間を退屈なものにしてはなりません。」


一同は首をかしげる。

フロスティアは静かに告げた。


「その休憩時間に、お笑いライブを開催しなさい。」


「…………え?」


ガエンたち全員が目を丸くした。

文官たちも思わず顔を見合わせる。


「お、お笑いライブ?」


マイトが聞き返す。

フロスティアは真剣そのものの表情で頷く。


「競技だけでは、人は疲れます。笑いは、人の心を癒やし、国や種族の壁を越える力があります。」


その言葉には、昨日の笑芸大会を見たからこその実感が込められていた。


「世界中から集まる人々が、一緒に笑う。それもまた、この運動会の理念にふさわしいのではありませんか。」


ガエンは思わず豪快に笑った。


「はっはっはっ! なるほど! 確かにそうだ!」


ダグラスも腕を組みながら頷く。


「競技だけではなく、笑いでも交流を深める……悪くない。」


ラーシャは微笑んだ。


「とてもクリアフォルらしい条件ですね。」


ナラは空中でくるくる回る。


「楽しそうー!」


マイトも拳を握る。


「実況の合間に漫才が見られるなんて最高じゃん!」


ビルムは少し驚いた表情を浮かべながらも、にっと笑った。


「つまり俺らの出番ってことやな。」


ミリアはこくりと頷く。


「笑わせる。」


その一言だけで十分だった。

フロスティアは平静を装ったまま続ける。


「もちろん、『うさぎドラゴン』だけに任せる必要はありません。各国のお笑い芸人や大道芸人、音楽家などが出演できれば、より多くの文化交流にもなるでしょう。」


ガエンは深く頷く。


「それは面白い!世界中の芸人が集まる運動会か!」


ビルムも目を輝かせる。


「世界の笑い比べか……燃えてきたで!」


ミリアも短く言う。


「楽しみ。」


フロスティアは静かに頷いた。


「この条件を受け入れるのであれば....」


一拍置いて、威厳ある声で宣言する。


「氷雪都市クリアフォルは、世界大運動会のスポンサーとなりましょう。」


その瞬間。


「おおーーーっ!!」


ガエンたちから歓声が上がり、シャーレも嬉しそうに拍手を送る。

一方、フロスティアは表情を崩さないままだったが、心の中では、


(やった……! これで運動会でも、また『うさぎドラゴン』の漫才が見られるわ……!)


と、小さくガッツポーズを決めていた。

その隣でシャーレは、


(結局、一番の目的はそこでしたね、陛下。)


と、心の中で静かに笑っていた。

謁見の間には喜びの空気が広がる。

ガエンは一歩前へ進み、胸に手を当てて深く頭を下げた。


「ありがとうございます、フロスティア陛下!」


ダグラスたちも一斉に頭を下げる。

フロスティアは静かに立ち上がった。

玉座の前に置かれた氷の杖を手に取り、その先端を床へ軽く打ち鳴らす。


――コンッ。


澄んだ音が謁見の間いっぱいに響き渡った。

その瞬間、文官たちが一斉に姿勢を正す。

シャーレも一歩前へ出て、厳かな声で告げる。


「これより、スポンサー契約の締結を執り行います。」


侍女が純白の布に包まれた一冊の契約書を運んできた。

それは氷雪都市クリアフォル王家の紋章が刻まれた、正式な国家契約書だった。

文官が内容を読み上げる。


「一、氷雪都市クリアフォルは世界大運動会を正式に支援すること。」

「一、運営資金ならびに必要な物資の提供を行うこと。」

「一、競技の合間に文化交流を目的としたお笑いライブを開催すること。」


その一文が読まれた瞬間ビルムが思わず小声で呟く。


「ほんまに書かれとる……。」


ミリアも契約書を見つめながら小さく頷く。


「公式。」


ナラはくすっと笑った。


「世界初じゃない? 契約書に『お笑いライブ』って書いてあるの。」


ダグラスも苦笑する。


「歴史書に残る契約かもしれんな。」


フロスティアは咳払いを一つした。


「……必要な事項です。」


「「はい。」」


誰も逆らえなかった。

もっとも、女王の表情はどこまでも真剣である。

しかし心の中では、


(ふふ……国家公認のお笑いライブ……完璧ね。これなら誰にも趣味だとは思われないわ。)


シャーレだけは横で、


(思われています、陛下。皆さん気付いています。)


と心の中で優しくツッコミを入れていた。

文官が羽ペンを差し出すとフロスティアは迷いなく署名を書き入れた。

美しく流れる文字で、その名が記される。


『フロスティア・クリアフォル』


そして署名を終えると、契約書を静かに閉じ、堂々と宣言した。


「女王フロスティア・クリアフォルの名において。」


謁見の間が静まり返る。


「世界大運動会へのスポンサー契約を正式に締結します。」


再び氷の杖が床を鳴らす。


コンッ!


その音を合図に、文官たちが一斉に拍手を送った。


「スポンサー契約、成立!」

「おめでとうございます!」

「クリアフォルが世界大運動会を支援いたします!」


歓声が謁見の間を包み込む。

ガエンは力強く拳を握った。


「よっしゃあああっ!! 三国目スポンサー獲得だ!」


マイトも笑顔を見せる。


「順調だね。」


ラーシャは穏やかに微笑む。


「また一歩近づきましたね。」


ダグラスは腕を組みながら満足そうに頷いた。


「ああ、運動会の実現に大きく近づいた。」


ナラは空中で何度も宙返りをする。


「次の国も頑張ろうー!」


ビルムは契約書を見ながら笑う。


「世界規模のイベントで漫才できるなんて、夢にも思わんかったわ。」


ミリアはいつもの無表情のまま、小さく一言。


「笑わせる。」


その短い言葉に、フロスティアはかすかに目を細める。


(楽しみにしています、うさぎドラゴン。)


もちろん、その想いは胸の内だけにしまったまま。

女王としての威厳を崩すことなく、フロスティアは七人へ向けて静かに告げた。


「ガエン、そして皆さん。世界大運動会が、人々の笑顔と平和をつなぐ祭典となることを願っています。」


ガエンは力強く頷き、右手を胸に当てた。


「必ず成功させます。」


こうして、氷雪都市クリアフォルは世界大運動会のスポンサー国となった。

その契約は、競技だけでなく「笑い」もまた世界をつなぐ力であることを証明する、新たな始まりとなったのであった。

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