31.笑芸大会、幕を閉じる
笑芸大会は十一組を終えて残り四組、その中には前回優勝の爆笑サーカス団、そして大トリにはビルムとミリアのうさぎドラゴンが控えている。
会場全体が、ここからが本番だと言わんばかりの熱気に包まれていた。
司会者が大きく息を吸い込む。
「さあーーーっ!! いよいよ大会も終盤戦!! 残るは四組のみ!!」
観客席から大歓声。
「ここから一気に優勝候補が続くぞ!」
「最後まで目が離せねぇ!」
特別席で静かに見つめるフロスティアも、内心では高揚を隠せなかった。
(……ここからが楽しみ。)
表情はいつも通り冷静。
しかし心の中では、期待で胸が弾んでいた。
司会者が次の組を紹介する。
「十二組目ーーーっ!!全国を笑いながら旅する自由人コンビ!!『風来ボケ旅団』ーーーっ!!」
ドォォォン!!
軽快な旅の音楽が流れ、二人組が大きく手を振りながら舞台へ飛び出してくる。
「旅の途中で財布なくしましたー!」
「それ旅じゃなくて事件や!」
開始一秒で笑いが起こる。
「宿代がないから大道芸しようと思ったら、お客さん全員同業者やった!」
「誰が誰を笑わせるねん!」
テンポのいい旅ネタに会場は終始笑顔。
世界各地を旅したという設定を生かし、各地の文化や珍事件を次々と笑いへ変えていく。
「雪国で『熱いですねぇ』って言ったら追い返された!」
「空気読めや!」
「砂漠で迷ったらラクダに道聞いた!」
「ラクダが知るか!
客席は爆笑の連続。
ガエンは腹を抱えて笑う。
「こいつらも面白ぇな!」
マイトも笑いながら拍手を送る。
「レベル高すぎるよ、この大会。」
ラーシャは口元を押さえながら肩を震わせ、ナラは空中をくるくる飛び回るほど笑っていた。
最後は二人が旅人らしく荷物を背負い直し、
「それじゃ次の町でも笑わせてきます!」
「ここが最後の町やけどな!」
という締めで大きな拍手を浴びながら舞台を後にした。
「ありがとうございましたーーーっ!! 風来ボケ旅団!!」
惜しみない拍手と歓声が会場を包む。
そして司会者は、ここで一度間を置いた。
照明がゆっくりと落ちる。
観客席がざわつき始めた。
「……来るぞ。」
「前回王者だ。」
「あの爆笑サーカス団がついに……!」
期待と緊張が入り混じる空気の中、司会者が声を張り上げる。
「さあ皆様、お待たせいたしました!! ここで登場するのは――前回大会優勝!! 圧倒的な完成度で王座を掴み取った笑いの王者!!」
会場のボルテージが一気に上がる。
「十三組目!!」
一拍置いて、
「『爆笑サーカス団』ーーーーーっ!!」
その名前が響いた瞬間、会場は今日一番とも言える歓声と拍手に包まれた。
舞台中央に、スポットライトが一斉に集まる。
ドォンッ!!
華やかなファンファーレと共に、色鮮やかな衣装をまとったピエロの姿の爆笑サーカス団の二人が、大きく前転しながら登場した。
「待たせたなぁぁぁぁっ!!」
「待ちすぎて客席が一歳くらい年取っとるわ!」
開幕から完璧な息。
客席は一瞬で笑いに包まれる。
「さすが王者だ……!」
「あのテンポ、全然衰えてない!」
二人は漫才だけでなく、曲芸やジャグリング、パントマイムまで笑いに変えていく。
ボールを五つ投げながら、
「俺、これ得意やねん!」
「その顔で言われても信用できへん!」
次の瞬間、一つ落とす。
「ほら失敗した!」
「今のは予定通りや!」
さらにもう一つ落とす。
「それも予定通り!」
「予定多すぎるわ!」
ドッ!!
会場中が大爆笑。
そこから畳みかけるようにボケとツッコミが連発される。
巨大な一輪車に乗ろうとして転び、
「これは新しい乗り方です!」
「誰が認めるねん!」
ピエロらしいオーバーリアクション。
予想外の展開。絶妙な間。どれを取っても一級品だった。笑いが収まる暇すらない。
「ははははははは!!」
「腹痛ぇぇぇ!!」
「もう無理!」
今日一番と言っても過言ではない爆笑が会場全体を揺らした。
涙を流しながら笑う観客。椅子を叩く者。立ち上がって拍手する者。
まさに王者の貫禄だった。
特別席ではフロスティアは腕を組み、相変わらず冷たい表情で舞台を見つめている。
(…………。)
次の瞬間。
「……ふっ。」
ほんのわずかに口角が上がりかけた。
(……しまった。)
ハッとして、慌てて表情を引き締める。
(危ない危ない……。危うく笑うところだった。)
咳払いを一つ。
何事もなかったかのように再び氷の女王らしい無表情へ戻る。
しかし心の中では、
(……やはり前回王者。見事ね。)
と、素直に感心していた。
一方、観客席ではガエンが腕を組みながら唸る。
「……いやぁ、やっぱり強ぇな。」
マイトも苦笑いを浮かべる。
「これは優勝候補って言われるのも納得だよ。」
ラーシャも静かに頷く。
「あの完成度は圧巻ですね。」
ナラは羽を止めて、小さく息をのむ。
「ビルムたち……大丈夫かなぁ。」
ガエンは笑いながらも、少しだけ真面目な顔になる。
「正直、ちょっと心配になってきたな。」
マイトも視線を舞台袖へ向けた。
「大トリって、あの人たちの次の次なんだよね……。」
ラーシャは小さく微笑む。
「でも、ビルムさんとミリアさんなら、きっと何かやってくれる気もします。」
「確かに。」
ガエンは大きく頷いた。
「あいつらは実力でここまで来た。相手が王者だからって縮こまるような奴らじゃねぇ。」
ナラも元気よく羽ばたく。
「うん! きっと最後に、うさぎドラゴンらしい笑いを見せてくれるよ!」
その頃、舞台袖では。
爆笑サーカス団の歴代王者にふさわしい圧巻の舞台を見届けたビルムが、額にじんわりと汗を浮かべていた。
「……あかん。めっちゃおもろいやん。」
思わず本音が漏れる。
隣ではミリアが白いうさぎ耳を揺らしながら、いつもの涼しい顔で舞台を見つめていた。
「そうね。最高だったわ。」
そして、静かにビルムへ微笑む。
「でも、だからこそ燃えるでしょう?」
ビルムはその言葉を聞き、小さく息を吐くと、ゆっくり笑みを浮かべた。
「……せやな。大トリやからこそ、一番おもろい漫才やったる。」
爆笑サーカス団は鳴りやまない拍手の中、深々と一礼して舞台をあとにした。
「ありがとうございましたーーーーっ!!」
司会者も興奮を隠せない。
「いやぁぁぁぁ!! さすが前回王者!! 会場を笑いの渦に巻き込んでくださいましたーーーっ!!」
客席からは、
「優勝はやっぱり爆笑サーカス団だろ!」
「今年も決まりじゃないか?」
そんな声まで飛び交う。
しかし司会者はニヤリと笑った。
「ですが、まだ終わりではありません!! 残るはあと二組!!」
会場が少し落ち着きを取り戻した、その時だった。
「続いて十四組目ーーーっ!!『銀河コメット』ーーーーっ!!」
拍手の中、銀色と紺色の宇宙服風衣装を着た二人が軽快に登場する。
「どうもー! 宇宙から来ましたー!」
「来る途中、流れ星を追い越してきましたー!」
軽い導入。
……しかし。
「…………。」
客席は静かだった。
二人は一瞬だけ目を合わせる。
(あれ?)
それでも気を取り直して続ける。
「宇宙人って地球に来たらまず何すると思います?」
「知らん!」
「コンビニで肉まん買います!」
「なんでやねん!」
……
シーン。
「……。」
笑いが起きない。
片方の額に汗がにじむ。
(や、やばい……。)
焦った二人はテンポを上げる。
「ブラックホールに財布落としたんですよ!」
「もう返ってこんわ!」
……
シーン。
客席からは、
「ん?」
「さっきの爆笑サーカス団が凄すぎたかな……。」
という小さなざわめきが聞こえる。
銀河コメットも必死だった。
「宇宙船の燃費が悪くてですね!」
「どんな燃料や!」
「笑顔です!」
「エコやな!」
……
シーン。
空気はますます重くなる。
ボケが空を切り、ツッコミも決まらない。
焦れば焦るほど間が崩れ、言葉が噛み合わなくなっていく。
一人が勢いよく転んで笑いを取りにいく。
「いたたたた!」
「大丈夫か!」
……
パチ……。
どこからか励ますような拍手が数回鳴るだけだった。
「…………。」
舞台袖では、その様子を見ていたビルムの顔色がみるみる青くなる。
「う、うわぁ……。」
ごくり、と唾を飲み込む。
「爆笑サーカス団の直後って……こんな空気になるんか……。」
額から一筋、冷や汗が流れた。
「これ……めちゃくちゃ怖いやん……。」
ビルムは自分の出番を思い浮かべ、思わず頭を抱える。
「十四組目が滑ったせいで、次の空気を変えなあかんやん……!」
震えた声でそう漏らす。
「しかも、その役が……俺らや。」
両手で頬を叩きながら、
「うわぁぁぁぁ! プレッシャー倍増してもうたぁぁぁ!!」
と小さく叫んだ。
そんなビルムを見て、ミリアは相変わらず落ち着いた表情のまま首をかしげる。
「ビルム。」
「……な、なんや?」
「今のを見て思ったことがあるわ。」
「なんや?」
ミリアは真顔で言った。
「つまり私たちは、宇宙に行かなければいいのね。」
「そこちゃうわ!!」
ビルムは思わず全力でツッコんだ。
その一発で、張りつめていた自分自身の緊張が少しだけほどけるのだった。
舞台の空気は、依然として重かった。
銀河コメットは必死にネタを続ける。
「最後のネタいきます!」
「宇宙一おいしいラーメン屋見つけたんですよ!」
「どこにあるねん!」
「月の裏です!」
「営業時間どうなっとんねん!」
……
シーン。
一瞬の沈黙。
どこかで小さく笑う声が聞こえたものの、それは会場全体へは広がらない。
二人は最後まで諦めずに走り切った。
「ありがとうございました!!」
深々と頭を下げる。
客席から送られたのは、温かい励ましの拍手。
だが、それは爆笑ではなかった。
「…………。」
銀河コメットは顔を上げる。
悔しさを押し隠すように笑顔を作り、手を振りながら舞台袖へと戻っていく。
その背中は、どこか小さく見えた。
会場には、妙に冷えた空気だけが残る。
司会者もその雰囲気を感じ取ったのか、一瞬だけ言葉に詰まる。
「え、えー……! 銀河コメットのお二人、ありがとうございましたー!」
パチパチパチ……。
拍手は鳴る。
しかし先ほどまでの熱狂は、まるで夢だったかのように消えていた。
特別席のフロスティアは舞台を静かに見つめていた。
その氷のような美しい顔には、先ほどまでのわずかな余裕すらない。
眉がほんの少しだけ寄る。
(……これは。)
静かな胸中で呟く。
(爆笑サーカス団の後では、誰であっても苦しい……。)
その鋭い視線は、自然と舞台袖へ向いた。
(そして、この空気のまま最後を任されるのが――うさぎドラゴン。)
ほんのわずかに目を細める。
(試されるわね。)
一方、観客席。
ガエンは腕を組んだまま低く唸った。
「……やべぇ空気だな。」
ダグラスも珍しく笑顔を消している。
「これはきついな……。」
マイトは不安そうに舞台袖を見た。
「笑いって、一回流れが止まると戻すのが本当に難しいんだよね……。」
ラーシャも静かに息をつく。
「銀河コメットさんも実力はあったはずです……。ただ、順番があまりにも厳しかったですね。」
ナラは羽を小さく震わせた。
「ビルムたち……大丈夫かなぁ。」
ガエンはゆっくりとうなずく。
「今までで一番の試練かもしれねぇ。」
誰も軽口を叩かなかった。
客席のあちこちからも、小さな声が漏れる。
「さっきまであんなに笑ってたのにな……。」
「空気が変わっちゃった。」
「最後のコンビ、大丈夫かな……。」
「このまま終わるのは嫌だけど……。」
そのざわめきは、会場全体にじわじわと広がっていく。
舞台袖。
銀河コメットの二人が肩を落としながら戻ってくる。
ビルムは何も言えなかった。ただ、小さく頭を下げる。
銀河コメットの一人は苦笑しながら言った。
「……頼んだよ。」
もう一人も無理に笑顔を作る。
「最後、会場を笑わせてくれ。」
そう言い残し、二人は静かに去っていった。
その言葉が、ビルムの胸にずしりと響く。
「……。」
ミリアは隣で静かに尻尾を揺らしながら、舞台を見つめている。
ビルムは大きく息を吸い、何度も自分に言い聞かせる。
(……怖い。でも。)
銀河コメットの二人の言葉が頭をよぎる。
『最後、会場を笑わせてくれ。』
ビルムはゆっくりとうなずいた。
「……よし。」
その瞬間、司会者が自分の頬をパンッと両手で叩く。
「さぁ皆さん!!」
マイクを握り直し、無理やりと言っていいほどテンションを引き上げた。
「笑芸大会も、いよいよ最後の一組です!!」
客席から拍手が起こる。
「最後を飾るのは、このコンビ!!
最初は飛び入り参加!いつの間にか人気芸人の仲間入り!そして大トリを引き当てた奇跡の新人!!」
少しずつ司会者の熱も戻っていく。
「皆さん!!どうか盛大な拍手でお迎えください!!」
大きく手を掲げ、
「大トリ!!『うさぎドラゴン』ーーーーーッ!!」
パチパチパチ!!
観客は空気を変えたいという思いもあって、先ほどより力強く拍手を送る。
舞台袖。
「……行くで。」
ビルムは拳を握りしめ、一歩踏み出した。
スポットライトが彼を照らす。
「どうもーーー!!」
勢いよく舞台へ飛び出す。
「うさぎドラゴンでー……」
そこで言葉が止まった。
「……あれ?」
隣にいるはずの相方がいない。
「…………。」
会場も静まり返る。
ビルムは袖の方を振り返った。
「ちょっ、ミリア!? 何してんねん!」
返事がない。
「おーい!! 本番始まってるで!!」
やはり返事はない。
ビルムは頭を抱える。
「なんでやねん!! 一人漫才ちゃうねんぞ!!」
客席からクスッと笑いが漏れる。
「こんな大事なときに寝坊したんか!? いや、さっきまで横におったやろ!!」
ビルムが慌てて会場中を見回す。
「どこ行ったーーー!!」
その時だった。
最前列付近から、のんびりした声が聞こえる。
「ビルム。」
「……ん?」
声のした方を見る。
そこには普通に客席へ座り、周りの観客と一緒に拍手しているミリアの姿があった。
「…………。」
ビルムは数秒固まる。
そして全身を使って叫んだ。
「なんで客席おんねーーーーーーん!!」
ドッ!!
会場のあちこちから笑いが弾ける。
ミリアは首をかしげた。
「お客さんの気持ちになって見てた。」
「開演してからなるな!!」
「参考になるかなと思って。」
「もう始まっとるわ!!」
「なるほど。」
「なるほどちゃうねん!! はよ舞台来い!!」
「うん。」
ミリアは立ち上がる。
しかし慌てる様子は一切ない。
「失礼します。ごめんね。」
観客一人ひとりにぺこり、ぺこりと頭を下げながら通路を歩き始める。
「律儀に全員へ挨拶せんでええねん!! 急げ!!」
そのたびに客席から笑いが広がる。
ようやく舞台へ続く階段にたどり着くと、ミリアは一段一段、落ち着いた動きで上がっていく。
「ゆっくり過ぎるわ!! その階段、百段あるんか!」
「転ぶと危ないから。」
「そこだけ安全運転せんでええ!」
客席からさらに大きな笑い声。
「アハハハハハ!」
「なんだこの子!」
「面白い!」
さっきまで会場を覆っていた重苦しい空気は、少しずつ、しかし確実にほぐれ始めていた。
ようやく舞台へたどり着いたミリアは、何事もなかったかのようにビルムの隣へ立つ。
そして真顔で一礼した。
「お待たせしました。」
ビルムは肩を落とし、大きくため息をつく。
「……いや、お待たせしすぎや。」
その一言に、会場からまた笑いが起きる。
「アハハハハ!」
「最初から飛ばすなぁ!」
「このコンビ、やっぱり何か違う!」
ビルムは頭を押さえながらミリアを見る。
「ほんま……心臓止まるか思たわ。」
ミリアは不思議そうに首をかしげる。
「でもビルム。」
「なんや。」
「さっきまで、すごく緊張してた。」
「そらするやろ!」
「肩も震えてた。」
「震えるわ!」
「顔も青かった。」
「ほっとけ!」
「耳も少し垂れてた。」
「そこまで観察せんでええねん!」
ミリアは小さくうなずく。
「だから安心した。」
「……何がや。」
「ちゃんと生きてた。」
「そこ心配してたん!?」
ドッ!
会場から笑い声が上がる。
ビルムは苦笑しながら肩をすくめる。
「緊張してただけや! 死にかけてへん!」
「でも。」
ミリアは真顔のまま続ける。
「舞台袖でビルムが深呼吸してたから。」
「うん。」
「私は横で酸素を応援してた。」
「酸素を応援って何やねん!」
「頑張れって。」
「酸素は頑張らへん!」
「いっぱい入ってねって。」
「意思ないねん!」
会場からまた笑いが広がる。
「この子、発想がすごい!」
「天然すぎる!」
ビルムは笑いをこらえながら言う。
「お前、相変わらず意味分からんこと言うなぁ。」
ミリアは腕を組み、少し考える。
「あとね。」
「まだあるんか。」
「緊張には勝つ方法を考えてきた。」
「おっ、それは聞きたいわ。」
「みんなで緊張すれば、一人だけ緊張してる感じが消える。」
「……ほう?」
ミリアは客席へ向き直り、真顔で両手を広げた。
「それでは皆さん。」
客席が静かになる。
「今から一斉に緊張してください。」
一瞬の静寂。
そして、
「そんな無茶苦茶あるかーーーい!」
ビルムの渾身のツッコミが会場中に響いた。
ドォッ!!
今までで一番大きな笑いが客席を包む。
「アハハハハハハ!」
「腹痛い!」
「なんだこのコンビ!」
「最初の空気どこ行った!」
ミリアは満足そうにうなずいた。
「成功。」
「成功ちゃうわ! なんでお客さんに緊張させようとしてんねん!」
「みんな仲間。」
「道連れにするな!」
さらに爆笑。
舞台袖で見守っていた司会者は、思わず胸をなで下ろす。
「……戻った。」
フロスティアも、ほんのわずかに口元を緩める。
(見事ね。)
ガエンは豪快に笑った。
「ははははっ! やりやがった!」
ダグラスも膝を叩く。
「空気をひっくり返したな。」
マイトは目を丸くした。
「ネタが始まる前なのに、もうこんなに笑ってる!」
ラーシャは感心したように微笑む。
「さすがミリアさんとビルムさん……。」
ナラも羽をぱたぱたさせながら笑う。
「ビルムもミリアも最高だよ!」
そしてビルムは客席をぐるりと見渡し、ようやく安心したように笑みを浮かべた。
「よっしゃ。」
隣ではミリアが静かにうなずく。
「会場の空気、あったかくなった。」
「せやな。」
ビルムはマイクを握り直し、笑顔で叫ぶ。
「ほな改めまして!うさぎドラゴンでーす!!」
客席から大きな拍手と歓声が巻き起こり、本当の意味で二人の漫才が幕を開けた。
ビルムは大きく息を吸い、ようやく本題へ入ろうとする。
「さて今日は、この国クリアフォルに来て色々思ったことがあってな。」
「うん。」
「街はきれいやし、人も親切やし、城なんかほんま見事や。」
観客もうんうんとうなずく。
「せやけど、うちの相方がな。」
ビルムは隣を見る。
「来て早々、とんでもないこと言い出したんや。」
「言った。」
「覚えてるんかい!」
ミリアは真顔で頷く。
「クリアフォルって。」
「うん。」
「寒すぎて、住んでる人のギャグまで冷やしてるのかなって。」
「そんな国ちゃうわ!」
ドッ!
客席から笑いが起こる。
ミリアは首をかしげる。
「でも。」
「まだあるんか。」
「みんな厚着だから。」
「寒いからな。」
「笑うと湯気が出る。」
「まあ出る人もおるやろ。」
「だから拍手すると。」
ぱちぱち、と手を叩く真似をする。
「会場全体が加湿器になる。」
「ならへんわ!」
ドッ!!
客席の笑いがさらに大きくなる。
「それに。」
「まだ言う!?」
「お城が全部氷だから。」
「うん。」
「夏になると女王様が毎日ドキドキしてる。」
「魔法で溶けへんようになっとるわ!」
「もし溶けたら。」
ミリアは真顔のまま続ける。
「『本日の玉座、少しぬるめです。』」
「温泉ちゃうねん!」
ドォッ!!
その瞬間、客席のあちこちから歓声が飛んだ。
「いけーっ!」
「もっとやれー!」
「クリアフォルいじりだー!」
笑いだけでなく、拍手まで起こる。
パチパチパチ!!
「アハハハハ!」
「その発想はなかった!」
「女王様、ごめんなさーい!」
特別席ではフロスティアが腕を組んだまま目を閉じる。
(……国をいじられているのに、不思議と腹が立たないわね。)
むしろ口元は、ほんの少しだけ緩んでいた。
ビルムは歓声に驚いて目を丸くする。
「なんやこの反応! みんな自分の国いじられて喜んどる!」
ミリアは客席を見回し、こくりとうなずく。
「クリアフォルの人は。」
「うん。」
「心はあったかい。」
会場から「おおーっ」という温かい声が上がる。
ビルムも笑顔になった。
「きれいにまとめるな!」
そのツッコミと同時に、再び大きな拍手と歓声が会場いっぱいに響き渡った。
その拍手が少し落ち着いた頃。
ミリアは何気ない調子で、特別席の方へ視線を向けた。
「あとね。」
ビルムが嫌な予感を覚える。
「……その『あとね』が一番怖いねん。」
ミリアは真顔のまま続けた。
「この国の女王様。」
ビルムの目が見開く。
「ちょっ……!」
客席も一瞬ざわつく。
「えっ。」
「まさか……。」
「女王様いじるの?」
ミリアはお構いなしだった。
「すごくきれい。」
ビルムは胸をなで下ろす。
「なんや、褒めるんか。」
「でも。」
「その『でも』やめろーーー!」
ドッ!
笑いが起きる。
ミリアは特別席を見ながら首をかしげた。
「ずっと真面目な顔をしてる。」
「女王様やからな!」
「たぶん。」
「たぶん?」
「笑う練習を忘れた。」
「忘れてへんわ!」
客席から「危ない危ない!」という笑いが漏れる。
ミリアは続ける。
「朝起きて。」
「うん。」
「鏡を見て。」
真顔のまま自分の頬を指で押す。
「『今日はここまで。』」
「笑顔一ミリだけなんか!」
ドッ!!
会場は大笑い。
しかしビルムは顔を真っ青にしていた。
「ミリア! 相手は女王様やぞ!」
「うん。」
「『うん。』ちゃうねん!」
ミリアは真剣な顔で考え込む。
「じゃあ。」
「まだあるんか!」
「月に一回だけ笑っていい日があるのかもしれない。」
「そんなレアキャラちゃうわ!」
「笑った後には。」
「うん。」
「『今年の笑顔は終了しました。』」
「年間一回なん!?」
ドォッ!!
客席は腹を抱えて笑っている。
だが、その笑いの中には、どこか緊張も混じっていた。
観客たちは何度も特別席へ視線を送る。
「だ、大丈夫かな……。」
「女王様、怒らないよね……。」
ビルムも慌てて特別席へ向かって頭を下げる。
「す、すみません女王様! 全部こいつが勝手に....」
その時だった。
静まり返った会場に。
「……ふっ。」
小さな笑い声が響いた。
誰もが息を止める。
フロスティアだった。
最初は口元を押さえ、小さく肩を震わせているだけだった。
しかし。
「……っ、ふふ……。」
ついに我慢の限界が来た。
「あははっ……!」
笑った。しかも。
「ふふっ……あははははっ!」
あの氷の女王フロスティアが、声を上げて笑ったのだ。
一瞬。会場中の時間が止まる。
「…………。」
誰も信じられないという顔で特別席を見つめる。
ビルムも口をぽかんと開けた。
「……え?」
ガエンも目を丸くする。
「お、おい……。」
ダグラスが思わず立ち上がる。
「笑った……?」
マイトは信じられないというように何度も瞬きをする。
「本当に……笑ってる。」
ラーシャは嬉しそうに微笑み。
「素敵な笑顔……。」
ナラは羽をばたつかせながら叫ぶ。
「女王様が笑ったー!」
その瞬間だった。
会場全体が爆発した。
「うおおおおおおおおお!!」
「やったぁぁぁぁ!!」
「女王様が笑ったーーー!!」
「すげぇぇぇぇ!!」
割れんばかりの拍手と歓声。
パチパチパチパチパチ!!
スタンディングオベーションが次々と広がっていく。
司会者は目を潤ませながら叫んだ。
「歴史的瞬間だーーーっ!!」
フロスティアは笑いをようやく落ち着かせると、小さく咳払いをした。
「…ん…失礼。」
そう言って姿勢を正そうとする。
しかしミリアと目が合った瞬間。
ミリアがぺこりと頭を下げた。
「今年の笑顔は終了しました。」
その一言で。
「あっ……ふふっ。」
フロスティアはまた吹き出してしまう。
「あははははっ!」
再び会場は大爆笑。
ビルムは頭を抱えながら叫んだ。
「なんで追撃するねーーーーーん!!」
ドォォォッ!!
笑いと拍手が何重にも重なり、会場はこの日最大の熱気に包まれた。
誰もが確信していた。さっきまで重苦しい空気に包まれていた笑芸大会は今、うさぎドラゴンの二人によって、最高の空気へと生まれ変わったのだった。
その爆笑は、なかなか収まらなかった。
ビルムは頭を抱えたまま天を仰ぐ。
「もうええわ!」
ぴしゃりとツッコミを入れる。
「女王様の笑顔、今年どころか来年の分まで引き出してもうたわーーーっ!!」
ドォォォォォッ!!
会場が揺れるほどの大爆笑。
パチパチパチパチ!!
観客全員が立ち上がり、惜しみない拍手を送る。
「最高ーーー!!」
「うさぎドラゴン!!」
「優勝だー!!」
「歴代最高だった!」
ビルムは照れくさそうに頭を下げる。
「ありがとうございましたー!」
ミリアもぺこりと一礼した。
「また笑ってね。」
二人が手を振りながら舞台を降りると、拍手はしばらく鳴り止まなかった。
舞台袖。
ビルムはようやく大きく息を吐く。
「……終わったぁ。」
その場にへたり込む。
「寿命縮んだわ……。」
ミリアは隣で首をかしげる。
「伸びたかもしれない。」
「なんでやねん。」
そのやり取りに、スタッフたちまで吹き出した。
一方、客席では興奮が収まらない。
ガエンは豪快に腕を組む。
「文句なしだ!」
ダグラスも笑う。
「あれ以上は誰にもできんな。」
マイトは何度もうなずいた。
「漫才であそこまで会場を一つにするなんて……。」
ラーシャは優しく微笑む。
「みんな本当に幸せそう。」
ナラは羽をばたばたさせながら飛び跳ねる。
「絶対優勝だよ!」
やがて司会者が中央へ歩み出る。
「皆様! これにて全十五組の演目が終了いたしました!」
大きな拍手。
「それでは……審査結果を発表いたします!」
会場が静まり返る。
出場者たちも舞台へ勢ぞろいする。
緊張した空気が流れる。
司会者は一枚の封筒を高く掲げた。
「優勝は!!」
一拍置く。
「『うさぎドラゴン』ーーーーーッ!!」
その瞬間。
ドォォォォォン!!
魔法花火が天井いっぱいに咲き誇る。
「うおおおおおおお!!」
「やっぱりーーー!!」
「おめでとう!!」
割れんばかりの歓声と拍手。
ビルムは目を見開いた。
「……え?」
ミリアはいつも通り落ち着いた表情で拍手している。
「ビルム。」
「……うん?」
「呼ばれた。」
「ほんまやーーーっ!!」
ビルムはようやく実感し、飛び上がった。
「優勝やぁぁぁぁ!!」
ミリアも小さく拳を上げる。
「やった。」
ガエンたちは満面の笑みで拍手を送る。
「すげぇぞ!」
「本当に優勝しちゃた!」
「おめでとうございます!」
銀河コメットや爆笑サーカス団をはじめ、他の芸人たちも悔しそうに笑いながら祝福した。
「完敗だ!」
「あんな漫才見せられたら納得だ!」
司会者が優勝トロフィーを手渡す。
ビルムは震える手で受け取り、思わず目に涙を浮かべた。
「……夢みたいや。」
ミリアはトロフィーを見つめる。
「これ、城に飾ろう。」
「もちろんや!」
会場は再び温かな拍手に包まれた。
そして司会者は特別席へ向かって一礼する。
「それでは最後に、クリアフォル女王陛下、フロスティア様より総評をいただきます。」
静寂が訪く。
フロスティアはゆっくりと立ち上がり、舞台中央へ歩み出た。
その凛とした姿に、自然と背筋が伸びる。
彼女は会場全体を見渡し、静かに語り始めた。
「本日出場された十五組の皆さん、本当に見事でした。」
大きな拍手。
「笑いには、人を元気づける力があります。悲しみを忘れさせる力も、初めて会った人同士を笑顔で結びつける力もある。」
会場は静かに耳を傾ける。
「今日、この会場では何度もその力を目にしました。」
フロスティアは優勝した二人を見る。
「そして、うさぎドラゴン。」
ビルムとミリアは姿勢を正した。
「あなたたちは、ただ面白かっただけではありません。大会終盤に漂っていた重い空気を、一瞬で笑顔へ変えました。」
「国をいじり、私までいじりましたが……。」
会場からくすりと笑いが漏れる。
フロスティアも、少しだけ口元を緩めた。
「不思議と不快ではありませんでした。そこには、この国への温かな眼差しと、人を笑顔にしたいという純粋な思いがあったからでしょう。」
ビルムは照れくさそうに頭をかく。
ミリアは小さくうなずいた。
「だから私は、心から笑いました。」
その言葉だけで、会場から大きな拍手が湧き起こる。
「そして今日、改めて実感しました。」
フロスティアは穏やかに微笑んだ。
「笑顔とは、作るものではなく、誰かからもらうものなのですね。」
場内は感動と拍手に包まれる。
「出場者の皆さん、素晴らしい時間をありがとうございました。そして優勝者、うさぎドラゴン。優勝、おめでとうございます。」
パチパチパチパチパチ!!
万雷の拍手が響き渡る。
ビルムは深く頭を下げた。
「ありがとうございます!」
ミリアもぺこりと頭を下げる。
「自慢する。」
その一言に会場は再び笑いに包まれ、笑芸大会は笑顔と祝福、そして誰もが幸せな気持ちに包まれながら、大成功のうちに幕を閉じた。




