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静寂の城〜魔王は世界征服をしたい〜  作者: 赤井六舷


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24.うさぎドラゴン、くじ引きをする

笑芸大会参加者説明会に参加したドラゴニュートのビルム、ラミアのミリア、暇つぶしの付き添いできた死神のダグラスは、笑芸大会に視察でクリアフォル女王フロスティアが来るという衝撃の知らせを聞いた。場が少し落ち着いてきて大会の説明が始まる。

場が落ち着くのを待ってから司会者が咳払いをした。


「それでは説明会を再開します。」


参加者達も姿勢を正す。


「大会は三週間後。出場は全十五組です。」


壁に貼られた一覧表が示された。


ベテラン芸人。

若手芸人。

即席コンビ。

地方から来た芸人。


様々な名前が並んでいる。

その中に。


『うさぎドラゴン』


のコンビ名もあった。

ビルムがそれ見て。


「まだ慣れへんなその名前。」


「私は慣れた。」


「早ない?」


「もう一週間くらい呼ばれてる。」


「確かに。」


周囲の芸人も頷いた。


「雪うさぎと保護者。」

「いやうさぎドラゴンの方がマシ。」

「保護者は漫才師の名前ちゃう。」


会場が少し笑う。

司会者も苦笑した。


「続いて出演順ですが、公平を期すため当日に行う予定でしたが、準備の都合上、本日くじ引きで決定します。」


ざわっ。


芸人達が一斉に反応した。


「一番手だけは嫌や。」

「トリもプレッシャーやぞ。」

「真ん中がええな。」


司会者が箱を持ち上げる。


「順番に引いてください。」


くじ引き開始。

芸人達が次々と引いていく。


「7番!」

「12番!」

「3番かー!」


歓声や悲鳴が飛ぶ。

そして。


「次、うさぎドラゴン。」


ビルム達が呼ばれた。

ビルムが立ち上がる。


「お、俺らや。」


ミリアは頷いた。


「行ってらっしゃい。」


「なんで保護者みたいな送り出し方なん。」


「保護者だから。」


「違う。」


ダグラスが後ろから。


「事実だな。」


「死神まで言うな。」


会場が笑った。

ビルムは箱の前へ進むと司会者が箱を差し出す。


「どうぞ。」


「頼むで……。」


ビルムは真剣な顔で手を入れた。

芸人達もなんとなく見ている。

ビルムがくじを掴む。引く。開く。


数秒沈黙。


司会者が覗き込んだ。


「何番ですか?」


ビルムが紙を見る。


「……。」


「?」


「……。」


「どうしました?」


ビルムはゆっくり顔を上げた。

嫌な予感がした。

ミリアも首を傾げる。


「何番?」


ビルムは震える声で答えた。


「十五。」


会場静止。

次の瞬間。


「トリやーーー!!」


大爆笑。


「最後やんけ!」

「一番プレッシャーあるとこ!」

「女王陛下の前で締め担当や!」


芸人達が大騒ぎになる。

ビルムは頭を抱えた。


「なんでやねん!!」


司会者も笑いながら頷く。


「うさぎドラゴン、十五番。大会最終組です。」


拍手。歓声。

ミリアは無表情で言った。


「最後なら帰る人がいない。」


「前向きやな。」


「全員が私を見てくれる。」


「そこなんや。」


「雪うさぎとして。」


「やめろ。」


会場がまた笑う。

ミリアは真面目な顔だった。


「大丈夫。」


「何が?」


「もし滑っても。」


「おう。」


「その後に出る人はいない。」


ビルムが数秒固まる。

周囲の芸人達も固まる。

そして。


「それ全然大丈夫ちゃうやろ!!」


会場全体が爆笑した。

司会者は涙を拭きながら言った。


「うさぎドラゴン、相変わらず説明会でも漫才してますね。」


「してへん!」


「してる。」


「お前が言うな!」


三週間後の女王フロスティアも見守る笑芸大会。

うさぎドラゴンは全十五組の最後。

大会のトリを務めることになったのだった。


そして説明会が終わると、参加者達はそれぞれ仲間と話しながら帰っていった。


「じゃあまた大会でな!」

「トリ頑張れよ!」

「女王陛下笑わせろよー!」


好き勝手言われながら。

ビルムはげんなりしていた。


「なんで皆そんな気軽に言うねん……。」


「人気者。」


「絶対違う。」


「雪うさぎ人気。」


「やめろ。」


ダグラスは無言で歩いている。

いつもの無表情。

三人は宿へ戻った。

部屋に戻るとテーブルの上には紙、ペン、飲み物を用意する。

そしてビルムは腕を組んだ。


「よし。」


ミリアを見る。


「ネタ作るで。」


「作る。」


「今から三週間ある。」


「長い。」


「せやけどトリや。」


ビルムは真面目な顔になる。


「ちゃんと考えなあかん。」


「わかった。」


ミリアも頷く。

珍しく協力的だった。

ビルムは少し安心する。


「まず導入や。」


紙に書く。


『どうもー、うさぎドラゴンです』


「こんな感じで始める。」


「わかった。」


「そんで話題やな。」


「うん。」


「最近あった出来事とか。」


「うん。」


「旅の話とか。」


「うん。」


「何かあるか?」


ミリアは少し考えた。

そして。


「昨日。」


「おう。」


「枕が私を見ていた。」


ビルムが止まった。


「何?」


「枕。」


「枕。」


「見ていた。」


沈黙。


「却下。」


「なんで?」


「枕は見ぃひん。」


「でも見ていた。」


「見てへん。」


「たぶん片思い。」


「枕に感情持たせるな。」


ミリアは不満そうだった。

ビルムは額を押さえる。


「もっと普通の話。」


「普通。」


「せや。」


「わかった。」


今度こそ大丈夫だろう。

そう思った。

ミリアは頷いた。


「この前。」


「おう。」


「廊下を歩いていたら。」


「うん。」


「壁と仲良くなった。」


「どういうこと。」


「壁だった。」


「知ってる。」


「でも仲良くなった。」


「説明になってへん。」


「壁は無口だった。」


「当たり前や。」


「だから私も無口だった。」


「会話成立してへんやろ。」


「心で会話した。」


「怖いわ。」


紙は真っ白のままだった。


十分後。


「空を飛ぶ魚がいて。」


「おらん。」


「私に税金を請求した。」


「なんの話や。」


「断った。」


「そら断る。」


「魚は泣いた。」


「泣くな。」


「最後は和解した。」


「知らんがな。」


二十分後。


「靴が四匹いた。」


「増えるな。」


「そのうち二匹が独立した。」


「靴を生き物扱いするな。」


「立派になってほしい。」


「親目線やめろ。」


三十分後。

ビルムは机に突っ伏した。

紙は真っ白で一文字も進んでいない。


「なんやこれ……。」


ミリアは首を傾げる。


「順調。」


「どこがや。」


「いっぱい話した。」


「全部意味不明や。」


「個性的。」


「意味不明や!」


部屋に叫びが響いた。

ミリアは少し考えてから。


「じゃあ雪うさぎの話する?」


「もっとあかん。」


「人気。」


「お前だけや。」


その様子を少し離れた椅子で見ていたダグラスが口を開いた。


「別に。」


二人が振り向く。


「ん?」


「何。」


ダグラスは淡々と言った。


「それでいいのではないか。」


ビルムが固まる。


「何がや。」


「今のだ。」


「今の?」


「お前が必死に話をまとめようとして。」


ミリアを見る。


「こいつが意味不明なことを言う。」


「意味はあるわ。」


「ない。」


ダグラスは続ける。


「だが説明会でもそうだった。」


ビルムは少し考える。

確かに。


雪うさぎ。

保護者。

滑った後に出る人がいない。


全部その場の会話だった。


「お前達は作った漫才より。」


ダグラスは言う。


「普通に喋っている時の方が面白い。」


沈黙。

ビルムが瞬きをする。


「……。」


ミリアも頷いた。


「知ってた。」


「知ってたんかい。」


「だから頑張ってた。」


「何を。」


「意味不明を。」


「頑張るな。」


ダグラスが珍しく少しだけ笑った。


「大会も同じだろう。」


「同じ?」


「お前が振り回され。」


「うん。」


「ミリアが好き勝手言う。」


「うん。」


「そしてお前が叫ぶ。」


「うん。」


「それで客は笑う。」


ビルムは黙った。

思い返すと街でも説明会でも道中でも、確かにそうだった。

ミリアが変なことを言う。自分が突っ込む。周りが笑う。

その繰り返し。


「……。」


しばらく考えた後。

ビルムはペンを持って紙に書く。


『基本方針 ミリアを止めない』


「大丈夫?」


ミリアが聞く。


「大丈夫ちゃう。」


「じゃあ消す?」


「消さん。」


「大丈夫じゃないのに?」


「もうなるようになれや!」


ミリアが頷く。


「わかった。」


「おう。」


「じゃあ本番はもっと頑張る。」


ビルムの動きが止まった。


「何を。」


「意味不明。」


「やめて。」


ダグラスが軽く吹き出した。

死神が笑った。

それだけで二人とも少し驚いた。


「お前笑うんやな。」


ビルムが言う。


「たまには。」


「珍しい。」


「そうか。」


相変わらず無表情だった。

ビルムが椅子にもたれかかった。


「まあええ。」


ペンを回す。


「とりあえず試しにやってみるか。」


ミリアが頷く。


「漫才。」


「そう。」


「練習。」


「せっかくやしな。」


ビルムが立ち上がる。

部屋の端へ移動。


「俺が客役も兼ねる。」


「器用。」


「兼ねてへんけどな。」


ミリアも立ち上がった。

ダグラスは椅子で見学。


「始めるぞ。」


「うん。」


ビルムが咳払いした。


「どうもー。」


「うさぎドラゴンです。」


「よろしくお願いします。」


ミリアも頭を下げる。

ここまでは普通だった。

ビルムは安心した。


「最近な。」


「うん。」


「大会の話題ばっかりやけど。」


「そう。」


「他にも何か面白い話ないんか?」


ミリアは少し考えた。

そして。


「クリアフォルの話。」


ビルムが頷く。


「おう。」


クリアフォルには何日も滞在していた。

話題としては自然だ。


「ええやん。」


「この前。」


「うん。」


「クリアフォルを歩いていた。」


「うん。」


「雪が降っていた。」


「せやな。」


「綺麗だった。」


「おう。」


普通だった。あまりにも普通だった。

ビルムが少し警戒する。

ミリアは続けた。


「そこで私は考えた。」


「何を。」


「クリアフォルはどこまでがクリアフォルなんだろう。」


「急に哲学始まった。」


「街の入口?」


「まあ。」


「城壁?」


「まあ。」


「女王?」


「女王は場所ちゃうやろ。」


「でも女王が歩けばクリアフォルも移動するかもしれない。」


「移動せぇへん。」


「本当に?」


「せぇへん。」


ミリアは腕を組む。


「じゃあフロスティアが隣の国に行ったら。」


「うん。」


「その場所はクリアフォルになる?」


「ならへん。」


「でも女王がいる。」


「ならへん。」


「でも女王。」


「押すな。」


ダグラスが少し肩を震わせた。

ミリアは続ける。


「つまり。」


「うん。」


「クリアフォルとは何か。」


「知らん。」


「土地なのか。」


「うん。」


「人なのか。」


「うん。」


「概念なのか。」


「急に重い。」


「雪なのか。」


「範囲広がったな。」


「あるいは。」


ミリアは真顔で言った。


「フロスティアそのものがクリアフォル。」


ビルムが固まる。


「女王陛下を国扱いするな。」


「国王だから。」


「国王ちゃう。女王や。」


「女王だから。」


「そこやない。」


ミリアは真剣だった。


「もしそうなら。」


「何。」


「クリアフォルに入国するには。」


「うん。」


「フロスティアに許可をもらう必要がある。」


「違う。」


「大変。」


「大変やろな!」


「毎日何万人も。」


「絶対無理や。」


「おはようございます。」


「言わん。」


「入国します。」


「言わん。」


「失礼します。」


「どこに入る気や!」


ダグラスが吹き出した。

完全に笑っている。

ビルムが指差した。


「見ろ!」


「?」


「ダグラス笑っとる!」


ミリアが振り向く。

ダグラスは咳払いした。


「続けろ。」


「誤魔化した。」


「続けろ。」


ミリアは頷いた。


「あと。」


「まだあるんか。」


「クリアフォルには雪うさぎがいる。」


「またそれか。」


「人気。」


「お前だけや。」


「だから私は考えた。」


「嫌な予感する。」


「もし雪うさぎが増えたら。」


「うん。」


「クリアフォルの人口統計に載るのか。」


「役所が困るわ!」


「種族欄。」


「うん。」


「雪うさぎ。」


「載らん。」


「残念。」


「なんで残念そうやねん。」


「夢がある。」


「どこにや。」


「住民票。」


「夢小さっ!」


部屋に笑い声が響く。

ミリアは満足そうだった。

ビルムはツッコミ疲れで椅子に座り込む。


「はぁ……。」


「どうだった?」


「どうだったやろな……。」


ダグラスが静かに言った。


「面白かった。」


「え。」


「少なくとも。」


ダグラスは少し考えて。


「枕に片思いされる話よりは。」


「比較対象が終わってる。」


ミリアは頷いた。


「じゃあ次はクリアフォルの税制度について話す。」


ビルムの顔色が変わる。


「なんでや。」


「たぶん深い。」


「絶対深くない。」


「女王が雪に税金をかけたら。」


「かけへん。」


「雪だるまは納税義務があるのか。」


「ない。」


「でも住民。」


「ちゃう。」


「でも雪うさぎは。」


「やめろ。」


ミリアは真顔だった。

ビルムは天井を見上げた。

三週間後。

女王フロスティア本人が見ている前で本当にこれをやるのかもしれない。そんな嫌な予感がした。


翌日、ネタ作りは一旦諦めた。


「煮詰まった。」


ビルムが言う。


「真っ白。」


「昨日も真っ白だった。」


「昨日は希望があった。」


「今日は?」


「ない。」


ミリアは頷いた。


「じゃあ散歩。」


「現実逃避とも言う。」


そんなわけで三人はクリアフォルの街へ出た。

雪が静かに降っている。

相変わらず人は多い。

今日は広場でストリート芸人の催しがあるらしかった。


「お。」


ビルムが足を止める。


「芸人や。」


広場の中央では大道芸人が火のついた棒を回していた。観客もそこそこ集まっている。


「勉強になるかもしれん。」


「なるほど。」


「プロは何が違うんか見てみようや。」


ミリアも頷く。

ダグラスは興味なさそうについていく。

三人は観客の後ろに立った。

大道芸人が棒を空へ放り投げる。

歓声。拍手。


「すごい。」


ミリアが言った。


「せやな。」


「もし落としたらどうなるんだろう。」


「危ないやろな。」


「頭に刺さる?」


「刺さらんように練習しとるんや。」


「でも刺さる可能性はある。」


「ゼロではない。」


ミリアは真顔。


「つまり観客は命を賭けて見ている。」


「大げさや。」


「芸術とは命。」


「重いな。」


近くにいた観客が少し笑った。

ビルムは気付かない。

大道芸人が今度は五本同時に回し始める。

歓声が上がる。


「すごいな。」


「すごい。」


「俺には無理や。」


「私も無理。」


「そもそも手が二本しかないし。」


「私も。」


「そこは同じやな。」


ミリアは少し考えた。


「でも。」


「うん。」


「蛇形態ならいけるかもしれない。」


「何がや。」


「五本。」


「大道芸?」


「尻尾で。」


「やめろ。」


「七本いける。」


「増えた。」


「頑張れば十本。」


「世界記録狙うな。」


前にいた子供が吹き出した。

母親も笑いを堪えている。

ビルムはまだ気付かない。

大道芸人が決めポーズを取る。

拍手と共に観客が盛り上がる。

そのタイミングでミリアが呟いた。


「でも。」


「何。」


「火って熱い。」


「当たり前や。」


「なのに投げる。」


「うん。」


「火に嫌われている可能性がある。」


「なんでや。」


「近くにいたくないから飛んでいく。」


「物理現象や。」


「寂しい。」


「火の気持ち考えるな。」


後ろで誰かが笑った。

さらに別の方向でも笑い声。

ビルムがようやく振り返る。


「ん?」


いつの間にか周囲の人間がこっちを見ていた。

十人くらい。


「なんや。」


「続けて。」


知らないおじさんが言った。

ビルムが固まる。


「は?」


「面白い。」


「いやいや。」


ミリアが首を傾げる。


「私達に?」


「そう。」


観客達が頷く。

その間も大道芸人は向こうで芸を続けている。

だが、なぜかこちらにも人が集まり始めていた。

ビルムの顔が引きつる。


「待て待て。」


「何。」


「なんか人増えてへん?」


「増えた。」


「なんでや。」


「人気。」


「お前のその自信どっから来るねん。」


笑い声。

さらに人が増える。

十五人。

二十人。

大道芸人の方を見ると向こうの観客が少し減っていた。


「あかん。」


ビルムが焦る。


「あっちが本物や。」


ミリアも見る。


「本当。」


「俺ら違う。」


「偽物。」


「もっと違う。」


するとミリアが真顔で言った。


「じゃあ応援しよう。」


「おう。」


「皆さん。」


周囲の観客を見る。


「向こうが本物です。」


「営業妨害みたいな言い方するな。」


笑い声。

すると向こうの大道芸人がこちらを見た。

目が合った。

気まずい。ものすごく気まずい。

大道芸人は少し考えた後、大声で叫んだ。


「そこの二人!」


ビルムがびくっとする。


「はい!?」


「お前ら芸人か!?」


「違います!」


「違うのか!?」


「多分!」


「多分って何だ!」


観客大爆笑。

大道芸人まで笑っていた。

ミリアが手を挙げる。


「まだ見習い。」


「認めた!」


「認めるな!」


笑い声が広場に響く。

大道芸人は腹を抱えて笑った後。

指を差した。


「大会出るなら頑張れよ!」


「なんで知っとるんですか!?」


「クリアフォルで噂になってる!」


ビルムの顔色が変わる。


「え。」


「え。」


ミリアも固まる。

大道芸人はニヤリと笑った。


「うさぎドラゴンだろ?」


ビルム、ミリア、ダグラス。三人とも固まった。

周囲の観客がざわつく。


「え?」

「本人?」

「うさぎドラゴン?」


ビルムはゆっくりダグラスを見た。


「……。」


ダグラスは無表情。


「有名になったな。」


「嫌や。」


ミリアは少し考えてから言った。


「つまり。」


「何。」


「ストリート芸人を見に来たら。」


「うん。」


「ストリート芸人になった。」


「なってへん。」


「自然。」


「全然自然ちゃう。」


その瞬間、周囲から拍手が起きた。

拍手はどんどん大きくなっていく。


「やめて。」


ビルムが言う。


「拍手される理由が分からん。」


「人気者。」


ミリアが言う。


「違う。」


「じゃあ有名人。」


「もっと違う。」


「雪うさぎの飼育員。」


「誰がや。」


観客が笑う。

大道芸人まで肩を震わせていた。


「お前ら本当に面白いな!」


「狙ってないんや!」


「それが一番怖い!」


大爆笑。

ビルムは頭を抱えた。


「なんでや……。」


「才能。」


「嫌な才能や。」


するとミリアが広場の端を見た。

屋台が並んでいる。

焼き菓子。

温かい飲み物。

雪まつり用の飾り。

その中に氷細工の店があった。

氷で作られた鳥や花が並んでいる。

ミリアはしばらく見つめた。


「綺麗。」


「せやな。」


「氷なのに温かい感じがする。」


「ええ表現やな。」


「職人の気持ちが入ってる。」


「なるほど。」


ミリアは少し考え、そして真顔で言った。


「つまり。」


「うん。」


「氷にも心がある。」


「また始まった。」


観客がクスクス笑う。

ミリアは続ける。


「だから氷の女王様が作る氷が冷たいのは。」


「うん。」


「氷が女王様に気を遣っている。」


「どういうことや。」


「女王様が冷たいキャラだから。」


「キャラ言うな。」


「本当は温かい氷になりたい。」


「氷に願望持たせるな。」


笑いが起きる。

ミリアは真顔のまま。


「でも頑張って冷たくしてる。」


「なんでや。」


「職場の空気。」


「氷だけにな。」


ビルムが反射的に言った。

一瞬の沈黙。

そして。


ドッ!!!


観客が爆発した。


「うまっ!!」


「今の上手い!」


「確かに!」


「あはははは!」


広場中に笑い声が広がる。

ビルム自身が一番驚いていた。


「え。」


ミリアも少し目を丸くした。


「ビルム。」


「何。」


「今の上手かった。」


「たまたまや。」


「偶然の天才。」


「褒めてるようで褒めてへん。」


観客はまだ笑っている。

するとミリアが少しだけ考え込み。

珍しく、本当に珍しく自分から言った。


「でも。」


「何。」


「職場の空気って大事。」


「まあな。」


「空気が悪いと居づらい。」


「せやな。」


「だから氷も空気を読む。」


「読まへん。」


「読まないと溶ける。」


「意味分からん。」


ミリアは静かに頷いた。

そして空を見上げる。

雪が降っている。


「だから雪はすごい。」


「なんで。」


「空気を読んで。」


「うん。」


「冬だけ来る。」


一瞬ビルムが何か言おうとして止まる。

確かにそうだった。

ちょっとだけ納得しそうになった。

その隙を見逃さずミリアが続けた。


「でも雨は空気が読めない。」


「なんでや。」


「運動会に来る。」


ドォォッ!!


今度はさっき以上の大爆笑。

子供が腹を抱え。

大人まで吹き出している。

大道芸人は膝を叩いて笑っていた。


「それだ!!」


「何がですか!?」


「今のだよ!」


大道芸人が叫ぶ。


「今の流れ!」


「今の?」


「お前がツッコんで!」


「うん。」


「そいつが変なこと言って!」


「うん。」


「最後に妙に納得できること言う!」


観客が頷く。


「確かに!」


「分かる!」


「それ面白い!」


ビルムは周囲を見回した。

全員笑っている。

ミリアは首を傾げる。


「私、何か面白いこと言った?」


観客がさらに笑う。

ビルムは天を仰いだ。


「なんで本人だけ分かってへんねん……。」


するとミリアは少し考え。

ぽつりと言った。


「もしかして。」


「何。」


「ネタ完成した?」


「してたまるか。」


「じゃあ何で皆笑ってるの?」


ビルムは数秒考えた。

そして諦めたように言う。


「知らんけど。」


観客を見回す。

全員まだ笑顔だった。


「多分。」


「うん。」


「お前がおかしいからや。」


ミリアは静かに頷いた。


「なるほど。」


そして真顔で。


「原因判明。」


その一言で、広場はまた大爆笑に包まれた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


その頃。


クリアフォル城。

巨大な氷の窓の向こうでは雪が静かに降っている。

玉座に座る女王フロスティアは、いつものように冷たい表情で前を見つめていた。

誰が見ても「氷の女王」そのものだった。

だが目の前の魔法映像に映っているのは政治会議でも軍事報告でもない。

人気お笑い番組である。

映像の中では有名お笑いコンビが漫才をしていた。


「昨日な。」


「うん。」


「雪だるま作ったんや。」


「ほう。」


「朝起きたら家賃払ってた。」


「自立しすぎやろ。」


観客大爆笑。

フロスティアは無表情。完全に無表情。

だが心の中では。


(ふっ。)


笑っていた。


(雪だるまが家賃を払うなんてありえない。だけど発想としては悪くない。ふふ。)


口元は一ミリも動かない。

隣に控える侍女は安心していた。

今日も女王様は冷静だ。威厳に満ちている。

しかしフロスティアの脳内では。


(自立しすぎやろ、か。確かに自立しすぎている。くっ……。)


かなり楽しんでいた。

映像は続く。


「うちの犬がな。」


「うん。」


「最近スマホ触るねん。」


「賢いな。」


「勝手に通販した。」


「賢すぎるわ!」


ドォッ!!


会場が揺れる。

フロスティアは相変わらず無表情。

しかし玉座の肘掛けを持つ指に少しだけ力が入った。


(犬が通販。しかも勝手に。ふっ。面白い。)


侍女は気付かない。

だが近くにいた老執事だけは気付いていた。

女王の右手が微妙に震えている。笑いを堪えている時の癖だ。何百年も仕えているので分かる。

執事は心の中で思った。


(本日も楽しんでおられますな。)


映像が切り替わる。

次は街角で話題になっているストリート芸人特集だった。

司会者が言う。


「最近クリアフォルで大人気の二人組です!」


フロスティアの目が少しだけ動いた。

映像に映ったのはビルムとミリア。


「……。」


フロスティアは無言。

だが内心は。


(あ。)


だった。

先日の映像で見た二人だ。

映像ではちょうど。


「雨は空気が読めない。」


「なんでや。」


「運動会に来る。」


の場面だった。

観客が大爆笑している。

フロスティアは数秒固まった。


(…………なるほど、これは面白い。かなり面白い。くっ。)


肩が一瞬だけ震えた。

侍女が驚く。


「女王様?」


「何?」


「今、お寒いのですか?」


「寒くないわ。」


「そうですか。」


寒いわけがない。

この城で一番寒さに強いのはフロスティアだ。

今震えた理由は別である。完全に笑いを堪えていた。

映像では続けて。


「原因判明。」


ドォォォォッ!!


広場全体が笑いに包まれる。

フロスティアも。


(原因判明……本人が原因なのか……ふふっ......ふふふっ。)


かなり危険だった。

あと少しで負ける。あと少しで吹き出す。

執事は心配になった。

これは限界が近い。

すると司会者が言った。


「現在、この二人には笑芸大会優勝候補という声も上がっています!」


フロスティアの目が細くなる。


(なるほど、優勝候補。面白い。)


映像ではミリアが真顔で首を傾げている。

ビルムが頭を抱えている。

その姿を見ながら。

フロスティアはゆっくり頷いた。


(確かに面白い、特にあのラミア。天然なのか計算なのか全く分からない。実に厄介。)


そして、ほんの少しだけ。本当にほんの少しだけ口元が上がった。

執事だけが見た。侍女は見逃した。歴戦の将軍たちでも気付けなかった。

だが執事だけは見た。


(おお……。)


執事は感動した。


(一瞬笑われた。今年三度目だ。)


そしてフロスティアはすぐに表情を戻す。

完全無表情。

氷の女王。威厳の化身。

だが心の中では。


(大会が少し楽しみ。)


そう思っていた。

そしてその夜、誰もいなくなった自室でフロスティアは昼間の映像を思い出し。

小さく、本当に小さく。


「原因判明。」


と呟いた。その直後、一人で吹き出した。


「ふふっ……!」


フロスティアが吹き出した、その瞬間。


コンコン。


自室の扉がノックされた。


「……。」


フロスティアは一瞬で真顔に戻る。


「入りなさい。」


入ってきたのは老執事だった。


「失礼いたします。」


「何かしら。」


「明日の公務の確認を」


そこで執事は止まった。

フロスティアの前に置かれている魔法映像。

停止している画面。

そこには。


『原因判明。』


と言った直後のミリアの顔が映っていた。


「……。」


「……。」


沈黙。

執事は理解した。


(また見ておられた。)


フロスティアは何事もなかったように言う。


「続けなさい。」


「かしこまりました。」


執事も何も言わない。

何百年も仕えているので分かっている。

言ったら負けだ。

説明を始める。


「明日は午前に議会。」


「ええ。」


「午後は笑芸大会会場の視察。」


「ええ。」


そこまで言って。

執事は少しだけ付け加えた。


「最近話題のうさぎドラゴンが街にいるかもしれないとのことです。」


ピクリ。


本当に僅かだった。

だが執事は見逃さない。


「そう。」


「ご興味は?」


「別に。」


即答だった。


「そうですか。」


「ただ。」


「はい。」


「大会の質を確認する必要はあるわ。」


「もちろんでございます。」


執事は心の中で思った。


(ものすごく見たいだけですな。)


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


翌日。

クリアフォルの街。

ビルムとミリアは相変わらず広場にいた。


「なんで毎日人増えるんや。」


ビルムが言う。

最初は十人だった。今は百人を超えている、通路まで埋まっている。

ミリアは首を傾げた。


「観光名所。」


「違う。」


「人気者。」


「それも違う。」


「じゃあ何。」


ビルムは周囲を見る。

みんな笑顔で待機している。

まだ何もしていないのに期待の目を向けられている。


「知らん。」


「原因判明。」


「それ禁止。」


観客大爆笑。


「なんでや!」


さらに笑いが起きる。

ビルムは頭を抱えた。


「もう会話するだけで笑われるやんけ。」


「才能。」


「嫌やそんな才能。」


その時だった。

人混みの後方がざわつき道が開く。

そして兵士達が整列する。

周囲の空気が変わった。

ビルムが振り返る。


「ん?」


ミリアも見る。

そして。

真っ白なドレス、銀色の髪、氷のような美貌。

クリアフォル女王フロスティアがいた。

広場が静まり返り誰もが頭を下げる。

兵士達も緊張している。

女王の突然の来訪など滅多にない。

ビルムも慌てて頭を下げた。


「じょ、女王陛下!?」


ミリアも下げる。


「こんにちは。」


「もっとあるやろ。」


フロスティアは二人を見る。

無表情、完璧な無表情。

だが内心は。


(本物のうさぎドラゴン!)


だった。

思った以上に本物だった。

特にミリア、映像のままである。

そしてミリアが真顔で言った。


「女王様もストリート芸人見に来たの?」


ビルムが凍り付く。観客も凍り付く。兵士も凍り付く。

執事だけが顔を覆った。


(終わった。)


しかしフロスティアは少し考え、そして静かに答えた。


「ええ。」


全員。


「「「え?」」」


フロスティアは続けた。


「最近話題だと聞いたから。」


ミリアは納得したように頷く。


「なるほど。」


そして。


「じゃあ最前列どうぞ。」


兵士達が吹き出しそうになった。

ビルムは頭を抱える。


「女王様に最前列勧める芸人初めて見たわ!」


ドッ!!


広場が爆笑に包まれた。

そしてその中心でフロスティアは一瞬だけ、本当に一瞬だけ口元を押さえた。


(危ない。)


笑いそうになっていた。

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