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静寂の城〜魔王は世界征服をしたい〜  作者: 赤井六舷


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23/38

23.氷雪都市、盛り上がる

死神ダグラス、ラミアのミリア、ドラゴニュートのビルムの三人が乗っている馬車は北へ進み続けた。

途中小さな宿場町で一泊をした翌日、旅人達は最初に窓の外を見て固まった。


「雪だ。」


誰かが呟く。

窓の外。街道の脇。森。山肌。

全てが白かった。

昨夜のうちに雪が降ったらしい。

旅人達は再び馬車に乗り込み北を目指す。


「おお……。」


ビルムが窓に張り付く。


「ほんまに雪国や。」


「まだ入口だ。」


ダグラスは静かに言った。

御者も頷く。


「昼には見えるぞ。」


「何が?」


「クリアフォルだ。」


その一言で馬車内が少しざわついた。

北方最大の都市。


氷雪都市クリアフォル。


魔族領に存在する巨大都市。

雪と氷の都。

多くの商人や冒険者が一度は訪れる場所だった。

ミリアは少し身を乗り出す。


「楽しみね。」


「お前は観光気分やな。」


「だって初めてだもの。」


「俺も初めてやけど。」


ダグラスがビルムを見る。


「お前は食べ物のことしか考えてないだろ。」


「失礼な。」


ビルムは胸を張った。


「名物料理も文化の一つや。」


「まあそれはそうだな。」


珍しくダグラスも否定しなかった。


そして昼前。

御者が前方を指差した。


「見えたぞ。」


全員が窓へ集まる。

そして。


「おお……。」


誰からともなく声が漏れた。

白銀の世界の先。

巨大な城壁が見えていた。

雪に覆われた石壁。青白く輝く塔。無数の煙突から立ち上る煙。

そして街の中央。空へ突き刺さるような巨大な氷の塔が陽光を受けて輝いている。

まるで宝石だった。


「綺麗……。」


ミリアが思わず呟く。

ビルムも珍しく黙る。


「想像より凄いな。」


ダグラスは目を細めた。

確かに美しい。

だが、どこか異様だった。

都市全体から感じる圧力。静かな威圧感。

何百年も雪と共に生きてきた歴史の重み。

それが遠目からでも伝わってくる。

馬車はゆっくり進み、やがて城門前へ到着した。

門は巨大だった。

その前には重装備の兵士達。

黒と白を基調とした防寒鎧。頭部には獣の毛皮。手には長槍。

旅人達が列を作る。

入国審査らしい。


「結構厳しそうやな。」


ビルムが小声で言う。


「国境に近いからな。」


ダグラスも周囲を観察していた。

魔族領の北方。しかも大都市。

警備が厳しいのは当然だった。

しばらくして三人の番が来る。

兵士は書類を確認した。


「名前。」


「ダグラス。」


「ビルム。」


「ミリア。」


兵士は頷く。

そしてミリアを見た。

数秒。

さらに見た。

もう数秒。

ミリアが首を傾げる。


「?」


兵士が真顔で言った。


「雪うさぎ。」


沈黙。


「……は?」


ビルムが固まる。

周囲の兵士達も見ている。一人が頷いた。


「雪うさぎだな。」


「間違いない。」


「今年一番の雪うさぎかもしれん。」


「完成度が高い。」


「帽子が良い。」


ミリアが輝いた。


「分かる?」


「分かる。」


兵士達は真顔だった。

ビルムは頭を抱えた。


「なんでやねん!」


ダグラスは空を見上げた。

もう止める気はなかった。

ミリアは満面の笑みになる。


「やっぱり雪うさぎよね。」


「認定する。」


兵士が真面目な顔で頷いた。


「認定すな!」


門前に笑い声が広がる。

しかし次の瞬間、門がゆっくりと開いた。

重厚な音。雪煙。冷たい風。

その向こうに氷雪都市クリアフォルが姿を現した。

白銀の街。氷の灯り。雪に包まれた大通り。

行き交う獣人や魔族達。そして空高くそびえる氷の塔。

三人は自然と息を呑んだ。


クリアフォルの街へ足を踏み入れた瞬間。


「……なんやこれ。」


ビルムが呆然と呟いた。

想像していた雪国とは全く違った。

まず目に入ったのは雪像だった。

街角。

広場。

店の前。

至る所に雪像が置かれている。

巨大なドラゴン。勇者と魔王の像。可愛らしい動物。

そしてなぜか鍋。


「なんで鍋やねん。」


「知らん。」


ダグラスも分からなかった。

近くを歩いていた獣人の老人が聞こえたらしい。


「今年の鍋雪像大会の優勝作品じゃ。」


「大会あるん!?」


「あるぞ。」


当たり前のように言われた。

さらに進むと今度は広場が見えた。

大勢の人が集まっている。

歓声。拍手。笑い声。

中央には簡易舞台。

その上で二人組の芸人が漫才らしきものをやっていた。


「だから言っただろ!」


「言ってない!」


「言った!」


「いつだよ!」


「昨日!」


「昨日会ってないだろ!」


「じゃあ一昨日!」


「もっと会ってないわ!」


観客が大爆笑した。


「おおー。」


ミリアが目を輝かせる。


「路上ライブ?」


「みたいやな。」


芸人はさらに続ける。


「雪だるま作ったんだよ。」


「うん。」


「朝起きたら増えてた。」


「怖いよ!」


「しかも家賃払えって言ってきた。」


「もっと怖い!」


再び大爆笑。

観客の中には腹を抱えている者までいる。

ビルムが感心した。


「人気なんやな。」


すると近くの露店の店主が話しかけてきた。


「今やってるのは結構有名だぞ。」


「へえ。」


「冬祭り近いから芸人が集まってるんだ。」


「芸人が?」


「クリアフォル名物だ。」


三人は顔を見合わせた。

雪国。氷の都。厳格な北方都市。

そんなイメージだった。

実際は雪像だらけ、路上芸人だらけ、笑い声だらけ。

予想と違いすぎた。

その時だった。

別の場所から歓声が上がる。

振り返ると今度は一人の芸人が雪だるまの格好で舞台に立っていた。


「皆さんこんにちはー!」


観客が手を振る。


「今日は雪だるまと雪うさぎの違いについて解説します!」


ミリアが反応した。


「雪うさぎ!」


嫌な予感しかしない。

芸人は続けた。


「雪うさぎとは!」


勢いよく指差した。


「白くて可愛くて冬にいる生き物です!」


「おおー!」


観客が頷く。

その瞬間、芸人の視線がミリアに止まった。

沈黙。芸人が固まる。観客もつられて見る。

ミリアも首を傾げる。


「?」


芸人が震える声で言った。


「本物だ。」


観客がざわついた。


「本物や。」

「本物だな。」

「雪うさぎだ。」

「雪うさぎじゃん。」


連鎖して一気に広がる。

ミリアが嬉しそうに笑う。


「また言われた。」


「喜ぶな。」


ダグラスが即座に突っ込む。

しかし遅かった。芸人が叫ぶ。


「皆さん拍手!」


なぜか大拍手が起きた。


「クリアフォル名誉雪うさぎのご来場です!」


拍手喝采。

歓声。

口笛。

ミリアは照れながら手を振った。


「どうもー。」


「どうもやない!」


ビルムのツッコミが響く。

周囲はさらに笑った。

そして三人は理解した。

クリアフォルはただの雪国ではない。

寒く厳しい。そして歴史も深い。

だが同時に、とんでもなく陽気な街だった。


「なるほど、確かに前にミリアが言っていたように、クリアフォルはお笑い文化みたいだな。」


ダグラスが腕を組んだ。

ビルムは周囲を見回した。


雪像。

芸人。

笑い声。

そして屋台。


何かに気付いたように目を輝かせる。


「なあ。」


「ん?」


ミリアが振り返る。

ビルムは真剣な顔だった。


「この街、もしかして……。」


「もしかして?」


「お笑いの大会とかあるんちゃうか?」


ダグラスが嫌な顔をした。


「その発想に至ると思った。」


店主が笑う。


「あるぞ。」


ビルムが固まった。


「あるんか!?」


「冬祭り名物だ。」


「ほほう!」


目が輝いた。

店主は続ける。


「全国から芸人が集まる。」


「おお。」


「優勝者には賞金。」


「おおお。」


「あと黄金の雪うさぎ像。」


「欲しい!」


即答だった。

ダグラスが額を押さえた。


「何を目指しているんだお前は。」


「いやでも考えてみいや。」


ビルムは真面目な顔で言う。


「俺とミリアならいけるんちゃうか?」


「何が?」


「漫才。」


ミリアが反応した。


「やる?」


やる気だった。

ダグラスは即答する。


「やらない。」


「なんでや。」


「なんででもだ。」


しかしビルムはもう聞いていなかった。

中央広場では別の芸人が舞台に上がっている。


「次の方どうぞー!」


観客の飛び入り参加企画らしい。

何人かが上がってはネタを披露している。

ビルムの瞳が輝いた。

嫌な予感がする。とても嫌な予感がする。

ミリアも気付いた。


「あ。」


「気付くな。」


ダグラスが言う。

だが遅かった。

ビルムは拳を握り締めた。


「ミリア。」


「うん。」


「行くか。」


「行くわ。」


「行くな。」


二人は聞いていなかった。

ずんずん舞台へ向かう。

観客も気付く。


「あ。」

「雪うさぎだ。」

「さっきの雪うさぎだ。」

「隣はドラゴニュートや。」


ざわざわし始める。

司会の芸人も目を丸くした。


「おっ! 飛び入り参加か!」


ビルムが胸を張る。


「せや!」


ミリアも元気よく手を挙げた。


「頑張ります!」


観客から歓声が上がる。

ダグラスは少し離れた場所で空を見上げた。


「帰りたい。」


誰にも聞こえなかった。

その頃、舞台袖では参加者用の紙が渡されていた。

ビルムは名前を書く。

司会が読み上げる。


「次の挑戦者はー!」


観客が盛り上がる。


「ドラゴニュートのビルムさんと!」


「おー!」


「ラミアのミリアさん!」


「雪うさぎー!」


大歓声。

そして。司会が紙を見て首を傾げた。


「コンビ名は……。」


ビルムがニヤリと笑う。

ミリアも満面の笑みだった。

司会が大声で読み上げる。


「うさぎドラゴン!」


会場が爆発した。

ダグラスは静かに顔を覆った。


「うさぎドラゴン!」

「語呂が強い!」

「なんやそのコンビ名!」

「雪うさぎとドラゴンやからそのままや!」


拍手。歓声。

ビルムは満足そうだった。


「わかりやすいやろ。」


「わかりやすい。」


ミリアも頷く。

司会が笑いながら聞く。


「ちなみに結成何年目で?」


ビルムとミリアは顔を見合わせた。


「5分くらい?」


「そんなものね。」


観客が爆笑した。


「短っ!」

「即席やんけ!」


司会も腹を抱えている。


「それでは準備できたらどうぞ!」


二人は中央へ出た。

スポットライト。

観客の視線。

そして沈黙。

ビルムが一歩前に出る。


「どうもー!」


「どうもー!」


拍手。


まずは普通だ。

ダグラスは少し安心した。

だが甘かった。

ビルムが言う。


「今日は皆さんに聞いてほしいことがあるんや。」


「何?」


「実はな。」


真面目な顔。


「ミリアが雪うさぎ扱いされるんや。」


会場が爆笑した。

もう前提を共有している。

ミリアも頷く。


「される。」


「なんでやと思う?」


「白いから?」


「それだけちゃう。」


「じゃあ何?」


ビルムは観客を指差した。


「この街がおかしいからや。」


大爆笑。

司会が膝を叩いた。


「たしかに言った!」

「言うたぞ!」


ミリアも続く。


「私、昨日も言われた。」


「どこでや。」


「宿。」


「宿の人もか!」


「朝ご飯運んできた人も。」


「増えとるやないか!」


笑いが起きる。

ダグラスが少し目を細めた。


(あれ。)


ちゃんと漫才になっている。

ビルムが続ける。


「でもな、雪うさぎなら雪うさぎらしくせなあかんと思うんや。」


「そうかな?」


「そうや。」


「何するの?」


ビルムは胸を張った。


「まず跳ねる。」


「蛇よ。」


即答。

会場が揺れた。


「せやった!」


「忘れないで。」


「じゃあ耳つける。」


「蛇よ。」


「せやった!」


「二回目よ。」


笑い声。拍手。

予想以上に受けていた。

司会も吹き出している。

ビルムは勢いづく。


「ほな雪うさぎとして何ができるんや!」


「知らない。」


「特技は!」


「毒。」


静寂。

そして。

爆発。


「毒かい!」

「物騒や!」

「うさぎ関係ない!」


ビルムは頭を抱えた。


「雪うさぎ要素どこや!」


「白い。」


「それだけか!」


「あと可愛い。」


「それ自分で言うな!」


観客はもう笑いっぱなしだった。

ダグラスは腕を組む。


(……思ったより上手いな。)


その時だった。

ミリアがふと真顔になる。


「でも。」


「ん?」


「本当は。」


「なんや。」


ミリアは少し考えて。

そして言った。


「ビルムの方が雪うさぎっぽい。」


会場が静かになる。

ビルムも固まった。


「……は?」


「ふわふわしてる。」


「してへん。」


「よく跳ねる。」


「跳ねへん。」


「楽しそう。」


「それは否定できん。」


笑いが起きる。

ミリアは続けた。


「あと可愛い。」


会場は沈黙。

ビルム。硬直。

観客がざわつく。


「言われた。」

「可愛い言われた。」

「ドラゴニュートが。」


ビルムの顔がみるみる赤くなる。


「お、おい。」


「うん。」


「それ漫才で言うことちゃうやろ。」


「本音。」


会場大爆発。

司会が膝から崩れ落ちた。


「強い!」

「雪うさぎ強い!」

「天然や!」


ビルムは完全にペースを奪われていた。


「待て待て待て!」


「なに?」


「今俺がツッコミやろ!」


「そうなの?」


「そうや!」


「ごめん。」


「謝るな!」


笑いが止まらない。

そして離れた場所で見ていたダグラスは静かに顔を覆った。


「……終わったな。」


彼には分かった。

もう駄目だこの二人。

思った以上にクリアフォルのお笑い文化に適応していた。

ビルムは頭を抱えたまま天を仰いだ。


「なんでやねん……。」


「ごめん。」


「謝るな言うたやろ!」


「ごめん。」


「増やすな!」


会場はまた笑いに包まれる。

司会も涙を拭きながら叫んだ。


「いやー! 即席コンビとは思えませんねぇ!」


拍手。歓声。口笛。

ビルムは肩で息をしながらミリアを見る。


「なあ。」


「なに?」


「俺ら結成五分やったよな。」


「うん。」


「なんでこんな受けてるんや。」


ミリアは少し考えた。

そして当然のように答える。


「この街がおかしいから。」


大爆笑。

ビルムもつい吹き出した。


「結局そこかい!」


「そこ。」


「全部それで説明する気か!」


「だいたい説明できる。」


観客が頷いている。


「納得した。」

「確かに。」

「説明つくな。」


ビルムが客席を見渡した。

全員頷いていた。


「お前らも頷くな!」


また笑いが起きる。

そしてビルムは諦めたように肩を落とした。


「もうええわ。」


ミリアも小さく頷く。


「うん。」


ビルムが最後に観客へ向かって手を上げた。


「というわけで!」


「もし次に会った時。」


ミリアも前へ出る。


「私を雪うさぎって呼ぶなら。」


「呼ぶなら?」


ミリアはにこりと笑った。


「隣の雪うさぎも忘れないで。」


そしてビルムを指差した。

一瞬の静寂。

ビルムの顔が引きつる。


「誰が雪うさぎやねん!」


会場大爆発。

拍手。歓声。

足を踏み鳴らす音。

司会が笑いながら手を上げた。


「ありがとうございましたー!」


二人が礼をする。

観客は総立ちだった。

ダグラスは遠くからその様子を見つめる。


「……。」


少しだけ考える。本当に少しだけ。

そして静かに呟いた。


「次から宿代が足りなくなったら、こいつら舞台に立たせるか。」


その瞬間ミリアが客席越しに聞き取った。


「いい案。」


ダグラスは即座に首を振った。


「冗談だ。」


「残念。」


「残念がるな。」


ビルムも慌てて舞台を降りてきた。


「待て待て! 本気で話進めるな!」


観客から笑いが起きる。


「次も見たいぞー!」

「うさぎドラゴンー!」

「また来てくれー!」


ビルムが両手を振る。


「もうやらんわ!」


「たぶん。」


ミリアがわざとらしい口調で付け加えた。


「たぶん言うな!」


最後まで笑いに包まれながら三人は会場を後にした。


外へ出ると冷たい風が吹いていた。

雪がゆっくり舞っている。

クリアフォルの街は相変わらず賑やかだった。

雪像。

屋台。

大道芸人。

あちこちから笑い声が聞こえる。


「終わった終わった。」


ビルムは大きく伸びをした。


「緊張したわ。」


「してたの?」


「してたわ!」


「そう見えなかった。」


「見えへんだけや!」


ダグラスは呆れたように言う。


「お前は途中から完全に楽しんでいただろう。」


「……否定できん。」


「うん。」


ミリアも頷いた。


「楽しそうだった。」


「お前もな。」


「楽しかった。」


珍しく即答だった。

三人は再び街の散策を始める。

すると。


「おおおおおおっ!」


突然誰かの叫び声が聞こえた。

三人が振り向く。

中年の男が全力でこちらへ走ってきていた。

派手なコート。

首から下げた札。

手には大量の紙束。

息を切らしながら止まる。


「見つけた!」


「誰?」


ミリアが首を傾げた。

男は興奮した顔で言った。


「わたくし! クリアフォル笑芸放送局の番組プロデューサーでして!」


沈黙。

ビルムが嫌な予感を覚える。


「……何?」


プロデューサーはビシッと指を向けた。


「ぜひ!」


「嫌や。」


即答だった。


「まだ何も言ってない!」


「言わなくても分かる。」


プロデューサーは負けない。


「一ヶ月後に開催されるクリアフォル冬季大笑芸大会に!」


「嫌や。」


「出場していただけませんか!」


「聞けや!」


周囲の通行人まで笑い始めた。

ミリアが尋ねる。


「何それ。」


プロデューサーの目が輝く。


「この街最大級のお笑い大会です!」


「ほう。」


「優勝すれば賞金もあります!」


「へえ。」


「放送もされます!」


「へえ。」


「人気も出ます!」


「へえ。」


ビルムは腕を組んだ。


「出ん。」


「なぜです!?」


「俺ら冒険者や!結成今日や!漫才師ちゃう!」


プロデューサーは食い下がる。


「しかし会場は総立ちでした!」


「街がおかしいんや!」


「そのネタ最高でした!」


「そこ褒めるな!」


また周囲から笑い声。

ダグラスは少し離れた位置で眺めている。

完全に他人事だった。


「ダグラス!」


「なんだ。」


「助けろ!」


「自分で何とかしろ。」


「薄情!」


プロデューサーは今度はミリアを見る。


「雪うさぎさん!」


「ミリア。」


「ミリアさん!」


「なに。」


「出ませんか!」


ミリアは少し考えた。


「別に。」


「別に?」


「どっちでもいい。」


非常にミリアらしい返答だった。

ビルムが頭を抱える。


「やめろ! その返事は危険や!」


プロデューサーは今度はダグラスへ。


「保護者の方!」


「違う。」


「出場許可を!」


「本人達に聞け。」


「ですよね!」


まったく進展しない。

しばらく押し問答が続いた。

十分ほど経った頃。

プロデューサーが最後の一枚を取り出す。


「ちなみに大会は一ヶ月後です。」


「一ヶ月後?」


ビルムが反応した。


「はい!」


「その頃にはガエン達も来るか。」


ダグラスが呟く。

ビルムも考える。

確かに今は待ち時間みたいなものだ。

クリアフォルで合流する予定。

特に急ぎの仕事もない、暇と言えば暇だった。

ミリアも言う。


「一ヶ月あるわ。」


「あるな。」


「暇。」


「暇やな。」


「暇。」


「分かったから。」


ビルムは空を見上げた。

雪が降っている。街からは相変わらず笑い声。

目の前ではプロデューサーが祈るような顔。

ミリアは無表情。

ダグラスは完全に興味なさそう。


「……。」


数秒考えて。


「一ヶ月暇やしな。」


プロデューサーの目が見開かれる。


「え。」


「出てもええで。」


「本当ですか!?」


「暇つぶしやぞ。」


「構いません!」


「優勝とか狙わんぞ。」


「構いません!」


「練習もそんなせんぞ。」


「構いません!」


プロデューサーは飛び上がった。


「やったぁぁぁぁぁ!!」


周囲の通行人まで歓声を上げる。


「うさぎドラゴン出るぞー!」

「大会面白くなるぞ!」


ビルムはげんなりした。


「なんでこんな騒ぎになるんや……。」


ミリアは小さく頷く。


「この街がおかしいから。」


近くにいた人々が大きく頷いた。


「その通り。」

「間違いない。」

「説得力ある。」


ビルムは天を仰いだ。


「もう嫌やこの街。」


だがその顔は、どこか少しだけ楽しそうだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


その頃、氷雪都市クリアフォルの中心。

巨大な氷城の最上階。

氷の女王フロスティアは玉座に座っていた。

白銀の長髪。氷のように透き通る肌。冷気すら従わせる絶対的な威圧感。

誰が見ても思う。

怖い。冷たい。近寄りがたい。

そんな女王だった。


そして今。

玉座の正面には巨大な魔導映像装置。

クリアフォル笑芸放送局特別番組。


『新人発掘!路上笑芸スペシャル』


が映っていた。

フロスティアは頬杖をつきながら冷たい目で画面を見ている。

周囲の側近達もいる。誰一人喋らない。


静寂。


画面ではちょうどビルムが叫んでいた。


『誰が雪うさぎやねん!』


観客大爆笑。拍手喝采。会場が揺れる。

しかしフロスティアの表情は一切変わらない。

冷たい、恐ろしいほど冷たい。

側近達は緊張していた。


(女王陛下は不機嫌なのだろうか。)

(この番組は打ち切りかもしれん。)

(また笑芸局長が泣くぞ……。)


そんな事を考えている。

だが実際は違った。

フロスティアの脳内。


(ふっ……。今の返し上手いわね。雪うさぎからの雪うさぎ返し。しかも最後に本人が否定して落とす。綺麗。すごく綺麗。)


必死だった。

笑いを堪えるのに。

そして口元が僅かに動き側近達が凍り付く。


(まずい。)

(怒る前兆だ。)

(誰か謝罪の準備を!)


しかし違う。

フロスティアは必死に戦っていた。

もちろん自分自身と。


(駄目よフロスティア。女王が笑っては威厳がなくなる。冷たく。もっと冷たく。氷の女王らしく。)


画面。


『この街がおかしいから。』


『その通り。』


『間違いない。』


『説得力ある。』


『もう嫌やこの街。』


観客大爆笑。

その瞬間フロスティアの肩がぴくりと震えた。

側近達。


(怒った!?)

(何がまずかった!?)

(街がおかしい発言か!?)


全員青ざめる。

だが実際は。


(だめ、今のはだめ。面白い。反則。)


フロスティアは必死に耐えていた。

机の下では拳を握り締めてぷるぷる震えている。

完全に笑いを堪えていた。

その時、側近の一人が恐る恐る聞く。


「陛下。」


「何かしら。」


冷たい声。

完璧だった。


「番組はいかがでしょうか。」


沈黙。


フロスティアは画面を見つめたまま言う。


「……普通ね。」


側近達は安堵した。


普通。


つまり問題ない。

良かった。

しかしフロスティアの心の中。


(録画しておいてほしい。あと十回見たい。いえ、むしろ保存版。)


完全にファンだった。

さらに別の側近が言う。


「一ヶ月後の大笑芸大会にも出場するそうです。」


ぴく。


フロスティアの眉が僅かに動く。

側近達。


(興味を持たれた!?)

(これは重要案件だ!)


フロスティアは静かに尋ねた。


「そう。」


「はい。」


「出場者名は。」


「うさぎドラゴンだそうです。」


数秒の沈黙。


そして。


「……変な名前ね。」


「そうですね。」


側近達が頷く。

だがフロスティアの脳内。


(最高じゃない。何その名前。見たい。絶対見たい!最前列で見たい!)


必死だった。

本当に必死だった。

しばらくしてフロスティアは何事もないように言う。


「大会当日の予定は。」


側近が書類を見る。


「特にございません。」


「そう。」


冷静。

完璧に冷静。


そして。


「視察に行くわ。」


側近達が固まった。


「し、視察ですか?」


「ええ。」


「笑芸大会を?」


「市民文化の調査よ。」


真顔、氷のような真顔。

誰も反論できない。

だが全員思った。


(絶対見たいだけだ。)


その頃、遠く街中では。


「なんか寒気した。」


ビルムが首を擦った。

ミリアが言う。


「雪うさぎレーダー?」


「そんなもんあるか。」


ダグラスは空を見上げる。


「いや。」


「ん?」


「何かに目を付けられた気がする。」


三人は知らなかった。

クリアフォル最強の氷の女王フロスティアが、すでにうさぎドラゴンの大ファンになりかけていることを。

ビルムが呟く。


「なんやファンができた気がする。」


ダグラスは即答した。


「気のせいだ。」


「せやな。」


ミリアも頷く。


「気のせい。」


三人とも全く信じなかった。


その頃、氷城最上階ではフロスティアは静かに立ち上がった。


「視察の準備を。」


「はっ!」


側近達が慌ただしく動く。

フロスティアは窓の外の雪景色を眺める。


(うさぎドラゴン……。)


脳内再生。


『誰が雪うさぎやねん!』


(ふふっ。)


危なかった。

あと少しで笑うところだった。

側近達はその横顔を見て緊張する。


(何か重大な国家案件だ。)

(間違いない。)

(最近の魔王領情勢かもしれん。)


実際は。


(どんな新ネタを用意するのかしら。)


完全にお笑い大会の事だった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


一方その頃、クリアフォル笑芸大会運営本部では、プロデューサーが机を叩いて叫んでいた。


「速報です!!」


スタッフ達が振り向く。


「うさぎドラゴン参戦決定!!」


歓声。拍手。誰かがクラッカーを鳴らした。


「やったー!!」

「視聴率だぁ!!」

「今年は勝った!!」


大会責任者が涙ぐむ。


「長年この仕事をしてきたが……ついに本物を呼べた……。」


「何が本物なんですか。」


「知らん。」


知らなかった。

だが全員テンションは高い。

そこへ一人の職員が駆け込んできた。


「大変です!」


「何だ!」


「女王陛下が大会を視察されるそうです!」


全員。


「「「え?」」」


沈黙。

そして数秒後。

大パニックになった。


「何で!?」

「視察!?」

「笑芸大会を!?」

「俺ら何かやらかした!?」

「税金!?」

「違法なボケでもあった!?」


責任者が青ざめる。


「まずい。」


「何がです!?」


「もし大会がつまらなかったら。」


全員がごくりと唾を飲む。

責任者が震える声で言う。


「女王陛下の前で滑ることになる。」


会議室の空気が凍った。

比喩ではない。

本当に温度が下がった気がした。


「嫌だぁぁぁ!!」


スタッフ達が頭を抱える。

クリアフォル最強の存在。

氷の女王フロスティア。

彼女の前で滑る。

それは死刑より恐ろしいと一部芸人達の間では言われていた。

本人はそんな事一言も言っていないのに。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


数日後。


大会参加者説明会。

会場には数十組の芸人達が集まっていた。

そこへ。


ガチャ。


扉が開く。


ビルム、ミリア、ダグラスが入った瞬間、全員が振り向いた。


「来た。」

「本物だ。」

「雪うさぎだ。」

「ドラゴンだ。」


ミリアが首を傾げる。


「?」


ビルムはもう諦めた顔だった。


「もうええわ……。」


その時、司会者がマイクを持つ。


「皆様に重大発表があります!」


会場が静まる。

司会者は緊張した顔で言った。


「今年の大会ですが――」


ごくり。


「女王陛下がご観覧されます。」


会場は大絶叫。


「えええええええええ!!?」


芸人達が崩れ落ちた。


「終わった!!」

「緊張で死ぬ!!」

「ネタ飛ぶ!!」


ビルムも目を丸くする。


「女王来るんか。」


ミリアは頷く。


「クリアフォルの女王。」


ダグラスが腕を組む。


「確かかなり有名だったな。」


その瞬間、近くの芸人が震えながら言った。


「笑うところを見た者はいないらしい……。」


別の芸人。


「氷より冷たい目で見られるらしい……。」


さらに別の芸人。


「去年の歌大会で失敗した歌手が三日寝込んだらしい……。」


完全に都市伝説になっていた。


ビルム。


「怖っ。」


ミリア。


「氷漬けね。」


ダグラス。


「盛ってるだろ。」


その頃。


氷城ではフロスティアは秘書から報告を受けていた。


「陛下。芸人達の間で陛下が恐れられております。」


「そう。」


「笑わない女王だと。」


フロスティアは少し考えた。

そして。


「別に笑うわよ。」


秘書は固まった。

初めて聞いた。女王本人の口からそんな言葉。

フロスティアは窓の外を見ながら呟く。


「面白ければ。」


脳内。


『誰が雪うさぎやねん!』


(あれは面白かった。)


秘書は知らない。

この国で一番大会を楽しみにしているのが。

たぶん女王本人であることを。

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