21.裁判長、別人になる
司法国家サイヴァーンでのスポンサー交渉は驚くほど順調に進んだ。
何故かリターシャ国王は運動会に乗り気で次々と契約が進む。
そしてガエンが遠い目をしている間にも話は進んでいた。
「スポンサー契約書は後日作成します。」
リターシャが言う。
「競技案も送付します。」
「四百八十七ページ全部か。」
「もちろんです。」
「やめろ。」
即答だった。
だがリターシャは気にしない。
「さて。」
全員を見る。
「せっかく来たのです。」
嫌な予感がした。
ガエンが眉をひそめる。
「何だ。」
「城を案内します。」
「何で。」
「スポンサー同士の親睦です。」
「そんな制度あったか?」
「今作りました。」
恐ろしい国王だった。
騎士団長ですら止めない。
止められない。
こうして何故かガエン達は司法国家サイヴァーン観光ツアーに参加する事になった。
◇
まず案内されたのは王城の中だった。
巨大だった。
無駄な装飾は少ない。
豪華というより機能美。
廊下も広く警備も厳重。
マイトが辺りを見回す。
「なんか真面目な城だな。」
「真面目です。」
リターシャが即答した。
「酒場とかないの?」
「ありません。」
「遊技場は?」
「ありません。」
「ゲーム部屋は?」
「ありません。」
「つまんな。」
騎士達の眉がピクッと動いた。
だがリターシャは平然としていた。
「代わりに書庫があります。」
「つまんな。」
即答だった。
ゼルなら喜びそうだった。
◇
次に案内されたのは裁判所。
巨大だった。
ガエンが呆れる。
「裁判所がデカすぎるだろ。」
「司法国家ですので。」
正論だった。
中では実際に裁判が行われていた。
静で厳粛だった。
マイトも流石に黙る。
裁判官達が書類を確認し、証人が証言し、弁護人が主張する。
全てが規律正しい。
ナラが感心する。
「徹底してるね。」
「法律は国の骨格です。」
リターシャはそう言った。
少しだけ、本当に少しだけ誇らしそうだった。
◇
その後。
一行は城の地下へ向かっていた。
マイトが首を傾げる。
「今度はどこだ?」
「牢獄です。」
全員が納得した。
牢獄は驚くほど清潔だった。
鉄格子。石壁。警備兵。全て整っている。
そして奥の牢。そこにゼルはいた。
床に座り。本を読んでいた。いつも通り、まるで自宅。
看守が頭を抱えている。
ゼルが顔を上げた。
「おや。」
平然としている。
「見学ですか。」
「違う。」
ガエンが即答した。
「様子を見に来た。」
「なるほど。」
ゼルは本を閉じる。
「快適ですよ。」
看守が叫んだ。
「快適じゃありません!」
全員が看守を見る。
看守は涙目だった。
「こいつ入ってからずっと法律書を読んでいるんです!」
「暇だったので。」
「しかも誤字を百二十七箇所指摘してきました!」
「仕事を手伝っただけですが。」
「手伝うな!」
看守の胃が限界だった。
リターシャが少し興味深そうに聞く。
「百二十七箇所ですか。」
「百三十一箇所です。」
ゼルが訂正した。
「追加で四箇所見つけました。」
文官長が青ざめた。
「後で報告書を。」
「提出済みです。」
「早い。」
誰よりも早かった。
マイトが牢の前にしゃがみ込む。
「元気そうだね。」
「牢獄ですから。」
「答えになってない気がする。」
ゼルは少し考える。
そして言った。
「本があるので。」
全員が納得した。
こいつ本さえあれば生きていける。
ガエンが腕を組む。
「暴れてないだろうな。」
「失礼ですね。」
ゼルが言う。
「勇者がいるのに暴れる馬鹿はいません。」
「自分で言うな。」
「事実です。」
ゼルは平然としていた。
全員が納得した。
その時だった。
リターシャがふと口を開く。
「そういえば。」
ゼルを見る。
「以前、我が国の中央図書館に来ていましたね。」
ゼルが珍しく少しだけ目を細めた。
「ああ。」
看守が驚く。
「知り合いだったんですか?」
「顔だけは。」
リターシャが答える。
「十年ほど前です。」
ゼルが本を閉じる。
「研究資料を探していました。」
「覚えています。」
リターシャは頷いた。
「当時から変人でした。」
「光栄です。」
「褒めていません。」
即答だった。
マイトが興味津々で聞く。
「何やってたの?」
「古代魔術文明の文献調査です。」
「へぇ。」
「三ヶ月ほど滞在しました。」
ナラが驚く。
「三ヶ月?」
「図書館に。」
「宿じゃなくて?」
「図書館に。」
全員が納得した。
ゼルならやる。
リターシャが続ける。
「閉館時間になっても帰らないので司書達が困っていました。」
「まだ読んでいる途中でした。」
「夜中に勝手に論文を書いて置いていきました。」
「参考になったでしょう。」
「参考になりました。」
認めた。
認めるんだ。
「現在も保管されています。」
「そうですか。」
ゼルは少しだけ嬉しそうだった。本当に少しだけ。
ガエンが呆れる。
「牢屋で昔話するな。」
「では研究の話を。」
「するな。」
即座に止めた。
◇
しばらくして。
一行は牢獄を後にした。
出口へ向かう途中リターシャが振り返る。
「では次です。」
ガエンが嫌な予感を覚える。
「まだあるのか。」
「街を案内します。」
「まだやるのか。」
「もちろんです。」
目が輝いていた。
なぜか楽しそうだった。
◇
そして三十分後。
城の正門前。
ガエン達は固まっていた。
理由は単純だった。
目の前にいる人物が誰だか分からなかったからだ。
「・・・・・・。」
全員沈黙。
そこにいたのは。
白いシャツ。黒いベスト。動きやすそうなズボン。
長い髪を後ろで軽く束ねた女性。国王の威厳など欠片もない、休日のお姉さんだった。
マイトが指差す。
「誰?」
女性が首を傾げる。
「私だけど。」
「だから誰?」
「リターシャだってば。」
全員が固まった。
ガエンが二度見した。
ナラも二度見した。
ラーシャは三度見した。
騎士団長は遠い目をした。慣れているらしい。
リターシャが不思議そうに首を傾げる。
「どうしたの?」
「いや。」
ガエンが言う。
「誰だお前。」
「だからリターシャだってば。」
「国王はどこ行った。」
「ここにいるけど。」
マイトが爆笑した。
「全然違うじゃん!」
「城の外だからね。」
リターシャは平然としていた。
「公務じゃないし。」
「だからって変わりすぎだろ。」
「むしろあれが公務用。」
さらに衝撃だった。
リターシャは肩を竦める。
「ずっとあの話し方だと疲れるし。」
「え。」
「疲れるよ?」
国王が言った。
全員が沈黙した。
国王が疲れると言った。
しかも当たり前のように。
「え?疲れるよ?」
リターシャは不思議そうだった。
「一日中あの喋り方してたら喉が死ぬ。」
「国王が言う台詞かそれ。」
ガエンが呆れる。
「国王も人間だからね。」
「司法国家の威厳は。」
「城の中に置いてきた。」
さらっと言った。
マイトが腹を抱えて笑う。
「面白いなあんた!」
「ありがとう。」
「褒めてない。」
「知ってる。」
返しまで軽かった。
騎士団長が遠い目をしている。
「あれが本来の陛下です。」
「止めないのか。」
ガエンが聞く。
「昔は止めました。」
「今は。」
「諦めました。」
全員が納得した。
こうして始まったサイヴァーン市街観光。
城下町は驚くほど整備されていた。
道は綺麗。
建物も統一感がある。
露店も多いが騒がしくない。
ナラが周囲を見回す。
「犯罪が少ないのかな。」
「少ないよ。」
リターシャが答える。
「犯罪者はどうなるんだ?」
マイトが聞く。
「捕まる。」
「知ってる。」
「裁かれる。」
「知ってる。」
「有罪になる。」
「知ってる。」
「牢屋に入る。」
「だから知ってるって。」
リターシャは少し考えた。
「あと私が怒る。」
「最後が一番怖い。」
ガエンが即答した。
しばらく歩く。
すると大きな広場に出た。
噴水があり、人々が談笑している。
そして広場の中央に巨大な銅像が立っていた。
マイトが固まる。
「・・・・・・。」
嫌な予感がした。
ガエン達も見た。
見てしまった。
銅像の勇者マイト。
しかも以前見た物より大きい。
二十メートル近い。
「増えてる!!」
マイトが叫んだ。
リターシャが頷く。
「増築した。」
「増築って言うな!」
「人気だったから。」
「やめろ!」
台座には文字。
『世界平和に貢献した偉大なる勇者』
その下に。
『スポンサー募集中』
「なんでだよ!」
全員が吹き出した。
リターシャは真顔だった。
「広告スペース。」
「勇者像で商売するな!」
「維持費がかかる。」
「知らん!」
国民達が楽しそうに写真を撮っている。
マイトは頭を抱えた。
さらに歩く。
今度は商業区だった。
武器屋。服屋。雑貨屋。本屋。
そしてゲームショップ。
マイトの動きが止まった。
「・・・・・・。」
目が輝く。子供だった。
「おい。」
ガエンが声を掛ける。
返事がない。
マイトはショーウィンドウに張り付いていた。
「新作出てる。」
「聞け。」
「限定版だ。」
「聞け。」
「予約特典付きだ。」
「聞け。」
完全に駄目だった。
リターシャが横から覗く。
「あ、それ面白いよ。」
マイトが振り返る。
「やったの!?」
「徹夜した。」
「国王が!?」
「休日だったし。」
「自由だなこの国王!」
二人はそのままゲーム談義を始めた。
ガエン達は遠い目をした。
ナラがぽつりと呟く。
「意外と気が合うんだね。」
「どっちも変人だからな。」
ガエンが言った。
すると。
「いやいや。」
リターシャが即座に否定した。
「私は変人じゃない。」
「徹夜でゲームやる国王が何言ってる。」
マイトが真顔で突っ込む。
「休日だから。」
「免罪符みたいに使うな。」
「だって休日だし。」
「強いなその理論。」
リターシャは腕を組んだ。
「ちなみに何やってるの?」
「色々。」
マイトも食いつく。
「RPGは?」
「好き。」
「アクションは?」
「好き。」
「シミュレーションは?」
「好き。」
「何でもやるじゃん。」
「何でもやるよ。」
リターシャは即答だった。
そして。
「特にバハムートクエストシリーズが好き。」
マイトが反応した。
「おおっ!」
一瞬で距離が縮まった。
「Ⅱやった?」
「裏ダンジョンまで。」
「マジで!?」
「黒竜皇も倒した。」
「マジかよ!」
完全に意気投合していた。
ガエン達は置いていかれていた。
ナラが呟く。
「楽しそうだね。」
「楽しそうだな。」
ラーシャも頷く。
その時だった、リターシャが何気なく言う。
「Ⅲも面白かったよね。」
マイトの動きが止まった。
ぴたりと。
空気が変わる。
ガエンが嫌な予感を覚えた。
リターシャは気付いていない。
「私、あれ三周した。」
「・・・・・・。」
「勇者ルートも魔王ルートも隠しルートも。」
「・・・・・・。」
「レベル九十九まで上げたし。」
「・・・・・・。」
マイトが黙っていた。
リターシャが首を傾げる。
「どうしたの?」
マイトが遠くを見る。とても遠くを。
魂がどこかへ旅立ったような目だった。
「俺。」
「うん。」
「レベル六十二だったんだ。」
リターシャの表情が少し変わった。
何かを察した。
「まさか。」
「バハムートクエストⅢ。」
「うん。」
「レベル六十二。」
「うん。」
「天空神殿クリア直前。」
「うん。」
「伝説装備全部回収済み。」
「うん。」
「百時間以上。」
「うん。」
リターシャが静かに目を閉じた。
嫌な予感しかしない。
マイトが語り始める。
「俺がな。」
「うん。」
「魔王のおつかいでドラゴンの谷に行ってた時だ。」
ガエン達も聞いたことがある話だった。
あの悲劇。マイトの黒歴史。
「その頃、静寂の城は改装工事してた。」
「うん。」
「俺は知らなかった。」
「うん。」
「帰ってきた。」
「うん。」
「ゲームしようと思った。」
「うん。」
「電源入れた。」
「うん。」
マイトが空を見上げた。
「データが消えてた。」
沈黙。リターシャが顔を覆った。
「ああ……。」
理解した。
これは重傷だった。
マイトは淡々と続ける。
「工事中に停電。」
「うん……。」
「セーブデータ破損。」
「うん……。」
「全部消えた。」
「うん……。」
「全部。」
「うん……。」
「全部だ。」
「分かったから。」
リターシャが肩を叩いた。
優しかった。とても優しかった。
「辛かったね。」
「泣いた。」
「うん。」
「本気で泣いた。」
「うん。」
「しばらく立ち直れなかった。」
「うん。」
ガエンが横で頷く。
事実だった。
「俺のレベル六十二が。」
「うん。」
「俺の数十時間が。」
「うん。」
「俺の伝説装備が。」
「うん。」
「大事だったんだぞ。」
「そうだね。」
少しだけ目が潤んでいた。
経験者だった。
リターシャも理解していた。
セーブデータ消失の恐怖を。
「ちなみに。」
リターシャが恐る恐る聞く。
「バックアップは?」
「なかった。」
「予備セーブは?」
「一個だった。」
リターシャが天を仰いだ。
「フルコンボだね。」
「フルコンボだどん。」
二人は深く頷き合った。
ゲーム好きにしか分からない悲しみだった。
その時。後ろから騎士団長がぽつりと言った。
「ちなみに陛下。」
「ん?」
「陛下も昔、バハムートクエストⅢのデータが消えた時に三日ほど執務を拒否しました。」
全員が固まった。
リターシャも固まった。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「騎士団長。」
「はい。」
「それは言わなくて良かった。」
「事実です。」
マイトが爆笑した。
「お前もじゃねえか!!」
「違う!」
「同類じゃねえか!」
「違う!」
「何レベルだった!」
「八十七!」
「俺より酷い!!」
広場中に笑い声が響いた。
その後、リターシャがふと時計を見た。
「もう夕方か。」
空は茜色に染まり始めていた。
街を行き交う人々も帰路につき始めている。
リターシャは立ち上がった。
「よし。」
「ん?」
「夕飯にしよう。」
マイトが首を傾げる。
「城じゃなくて?」
「たまには外で食べたい。」
「国王が?」
「国王だって外食する。」
即答だった。
騎士団長が慣れた様子で頷く。
「陛下の行きつけですね。」
「うん。」
ガエンが眉をひそめた。
「行きつけなんてあるのか。」
「ある。」
「国王なのに?」
「国王だから。」
意味が分からなかった。
そして十分後。
一行は城下町の一角へやって来た。
石造りの二階建て。
派手さは無い。
だが賑やかな笑い声が聞こえる。
看板には。
『赤狼亭』
と書かれていた。
扉を開ける。
カラン。
店内は一気に静かになった。
客達が振り返る。
そして。
「あ。」
「陛下だ。」
「また来た。」
「今日は早いな。」
「いつもの席空いてるぞ。」
反応が軽かった。
ガエン達が固まる。
マイトが呟く。
「慣れてる。」
「慣れてるな。」
リターシャは当然のように手を振った。
「こんばんは。」
「こんばんは陛下。」
「いつもの。」
「了解。」
本当に行きつけだった。
店主が笑う。
「今日は友達連れか?」
「うん。」
「珍しいな。」
「ゲーム仲間。」
マイトが吹いた。
「ゲーム仲間扱い!?」
「違うの?」
「違わねえけど!」
店内が笑いに包まれる。
案内された席は大きな円卓だった。
全員が座る。
しばらくすると料理が運ばれてくる。
焼いた肉。ソーセージ。煮込み料理。サラダ。パン。
そして酒。
見るからに美味そうだった。
マイトの目が輝く。
「うまそう。」
「ここの肉は美味しい。」
リターシャが断言する。
「裁判終わりによく来る。」
「裁判終わりに酒飲むのか。」
「飲む。」
「国王が?」
「もちろん飲む。」
即答だった。
ナラが苦笑した。
「なんかイメージ違うね。」
「よく言われる。」
リターシャはジョッキを持ち上げた。
「それでは。」
全員、酒やジュースを持つ。
「スポンサー交渉成立に。運動会成功に。そして。」
リターシャがマイトを見る。
「消えたセーブデータ達に。」
マイトが噴き出した。
「やめろ!」
「献杯。」
「献杯するな!」
しかし全員がジョッキを掲げた。
「献杯。」
「献杯。」
「献杯。」
「おい!」
大笑いの中。
カチン。
ジョッキが鳴る。
そして食事が始まった。
肉は驚くほど美味かった。
ガエンが黙々と食べる。
ラーシャも珍しく夢中だった。
ナラは煮込み料理を気に入ったらしい。
マイトはソーセージを追加注文していた。
そして酒が進み会話も進む。
リターシャが少し頬を赤くしながら言った。
「そういえば。」
「ん?」
リターシャはジョッキを机に置いた。
「君達、改めて見ると変な集まりだね。」
全員が手を止めた。
嫌な予感がした。
「変か?」
ガエンが聞く。
リターシャは指を一本立てた。
「まずガエン。」
「おう。」
「見た目は完全に山賊の親玉。」
「おい。」
「でも中身は苦労人。」
「おい。」
「しかも保護者。」
「おい。」
「オーガなのに。」
「オーガ関係ないだろ!」
店内から笑いが漏れた。
リターシャは真顔だった。
「私の中のオーガ像が崩壊した。」
「知らん。」
「もっとこう。」
リターシャが腕を組む。
「『ガハハ!力こそ全て!』みたいな。」
「誰だそれ。」
「君じゃなかった。」
「当たり前だ。」
ナラが肩の上で笑う。
「確かにガエンってお父さんっぽいよねー。」
「やめろ。」
「お母さんかも。」
「やめろ。」
ラーシャまで小さく頷いた。
「確かに……。」
「お前までか。」
ガエンが遠い目になった。
リターシャは次にラーシャを見た。
「そしてラーシャ。」
「ひゃい!?」
突然話を振られて変な声が出た。
「君。」
「は、はい。」
「自己評価低すぎない?」
ラーシャが固まる。
「そ、そんな事ないです……。」
「ある。すごくある。びっくりするくらいある。」
即答。
ラーシャが小さくなった。
「ご、ごめんなさい……。」
「ほら。」
リターシャが指差した。
「今の。」
「え?」
「何で謝ったの。」
「え?」
「何も悪い事してないよね。」
「え?こ、怖い....」
「えぇ……。」
店内の客まで頷いていた。
騎士団長も頷いていた。
ガエンも頷いていた。
マイトも頷いていた。
ナラも頷いていた。
全員だった。
ラーシャが泣きそうになる。
「みんなして……。」
リターシャは少し笑った。
「もっと自信持ちなよ。」
「む、無理です……。」
「そこそこ可愛いし。」
ラーシャが固まった。
「へ?」
「優しいし。真面目だし。少なくとも私よりまとも。」
「それは確かにそう。」
騎士団長が即答した。
「騎士団長?」
「事実です。」
リターシャは無視した。
ラーシャは顔を真っ赤にしていた。
処理が追いついていない。
そしてリターシャの視線がナラへ向く。
「ナラ。」
「なーに?」
「自由すぎる。」
「えへへ。」
褒められたと思ったらしい。
「褒めてない。」
「えー。」
「ピクシーってみんな自由なの?」
「たぶん。」
「たぶんで生きてるの?」
「うん。」
リターシャが頭を抱えた。
「凄いな。」
「よく言われる。」
「昨日何してた?」
「忘れた。」
「昨日だよ?」
「忘れた。」
「先週は?」
「忘れた。」
「人生楽しそう。」
「楽しいよー。」
ナラは満面の笑みだった。
リターシャは敗北した顔になった。
そして最後にマイトを見る。
「で。」
「おう。」
「勇者。」
「おう。」
「君が一番変。」
マイトが吹いた。
「なんでだよ!」
「だって勇者だよ?」
「そうだが。」
「勇者なのに魔王の城に住んでる。」
「まあ。」
「勇者なのに魔王のおつかいしてる。」
「まあ。」
「勇者なのにスポンサー営業してる。」
「まあ。」
「勇者なのにセーブデータ消失で泣いてる。」
「そこは関係ねえだろ!」
店内が爆笑した。
リターシャはさらに続ける。
「私の知ってる勇者は。」
「うん。」
「もっとこう。」
「うん。」
「伝説の剣を持って。」
「うん。」
「世界を救って。」
「うん。」
「英雄として語り継がれる。」
「うん。」
「ゲームデータで号泣しない。」
「そこ強調するな!」
また笑いが起きた。
しかしリターシャは少しだけ真面目な顔になった。
ジョッキを手に取る。
「でも。」
全員が見る。
「そういう変な連中だから。一緒にいて面白い。」
静かだった。
ガエンが苦笑する。
「それ褒めてるのか?」
「褒めてる。」
「本当か?」
「たぶん。」
今度はリターシャが言った。
ナラが爆笑する。
「たぶんだって!」
「ナラに影響された。」
「やったー!」
誰も喜ぶところではなかった。
しかし不思議と嫌な空気ではない。
笑いながら酒を飲み。
美味い飯を食べ。
どうでもいい話で盛り上がる。
そんな時間がしばらく続いた。
そして気付けば皿は空になり。
ジョッキもほとんど空になっていた。
店主が近付いてくる。
「そろそろ閉めるぞ。」
「うん。」
リターシャが頷く。
「長居したね。」
「今日は珍しくずっと笑ってたな。」
「そう?」
「そうだ。」
店主は笑った。
「また来い。」
「来る。」
即答だった。
会計を済ませ。
一行は酒場を出る。
夜のサイヴァーンは静かだった。
石畳の道。
整然と並ぶ街灯。
遠くを巡回する騎士達。
司法国家らしい落ち着いた夜だった。
ナラがふわふわ飛びながら言う。
「さてー。宿だー。」
「今日は疲れたな。」
ガエンが肩を回す。
「ゼルを引き渡して、スポンサー交渉して。裁判所見て。」
マイトが指を折る。
ガエンが続ける。
「ゲームの話して。」
ナラが笑う。
「セーブデータの墓参りして。」
「してねえ。」
マイトが即座に否定した。
そんなやり取りをしながら歩き出そうとした瞬間。
「違うよ。」
リターシャが言った。
全員が振り返る。
「ん?」
「宿はそっちじゃない。」
「え?」
ガエンが首を傾げた。
「いや、俺達が取った宿なら――」
「キャンセルした。」
「は?」
全員が止まった。
リターシャは平然としている。
「キャンセルした。」
「二回言うな。」
「大事な事だから。」
「大事じゃねえ!」
マイトが叫んだ。
「なんで勝手に!?」
「来賓だから。」
「来賓?」
「うん、来賓。」
リターシャは当然のように言う。
「スポンサーになった国の重要人物。」
「誰が。」
「君達が。」
「いやいやいや。」
ガエンが慌てる。
「そんな扱い受けるほどじゃ――」
「受ける。」
即答だった。
「受けるの。」
押し切られた。
リターシャはそのまま歩き出す。
「来て。」
「待て。」
「嫌。」
「国王が嫌って言うな。」
「言った。」
「知ってる。」
ガエンが頭を抱えた。
騎士団長が横でため息をつく。
「諦めてください。」
「騎士団長。」
「陛下は一度決めると変わりません。」
「止めろよ。」
「無理です。」
「お前騎士団長だろ。」
「長年戦いました。」
「結果は。」
「全敗です。」
ガエンは空を見上げた。
終わっていた。
そして結局。一行はリターシャについて行くことになった。
しばらく歩く。夜の王城は昼とは違う威圧感があった。
巨大な門。
白い石壁。
静かな中庭。
衛兵達が敬礼する。
「陛下。お帰りなさいませ。」
「ただいま。」
返事が軽い。
本当に国王なのか少し怪しくなってきた。
城の中へ入る。
そして階段を上り、廊下を進みさらに奥へ。
やがてリターシャが大きな扉を開いた。
「ここ。」
扉の向こうを見て。
全員が固まった。
広かった。とにかく広かった。
高級そうな絨毯、大きな暖炉、ふかふかそうなソファ。豪華な寝室がいくつも並んでいる。
ナラが目を丸くする。
「でっか。」
ラーシャも呆然とした。
「すごい……。」
ガエンが部屋を見回す。
「王族が泊まるやつじゃねえか?」
「王族も泊まるよ。」
リターシャが頷く。
「外国の王とか。」
「俺達一般人だぞ。」
「勇者。」
マイトを指差す。
「魔王軍幹部。」
ガエンを指差す。
「ダークエルフ。」
ラーシャを指差す。
「ピクシー。」
ナラを指差す。
「十分一般人じゃない。」
誰も反論できなかった。
確かにそうだった。
リターシャは満足そうに頷く。
「よし。」
「よしじゃねえ。」
「今日はここで泊まってよ。」
「いや悪いだろ。」
「悪くない。」
「遠慮する。」
「却下。」
「却下するな。」
リターシャは少しだけ笑った。
酒のせいか。
いつもより表情が柔らかい。
「せっかく友達が来たんだから。」
その一言で全員が少し黙った。
リターシャ自身も言った後に気付いたらしい。
一瞬だけ目を逸らす。
「……まあ。」
咳払い。
「来賓だから。」
誤魔化したが全然誤魔化せていなかった。
ナラがにやにやする。
「友達だってー。」
「うるさい。」
「騎士団長。」
「はい。」
「捕まえて。」
「承知しました。」
「裏切った!」
ナラが確保された。
大騒ぎになる。
その様子を見ながらガエンは苦笑した。
最初に会った時は冷徹で近寄り難い国王だと思った。
だが実際は少し不器用で真面目でゲーム好きで。
案外寂しがり屋なのかもしれない。
そんな事を思った時リターシャがこちらを見る。
「何?」
「いや。」
ガエンは笑った。
「いい城だな。」
リターシャは少しだけ目を丸くし。
そしてほんの少しだけ嬉しそうに笑った。
「そうでしょ。」
その笑顔は昼間に玉座で見せていた威厳ある国王の顔ではなく、ただのゲーム好きな友人の顔だった。
その後ナラは無事に解放された。
ただし騎士団長に脇へ抱えられたまましばらく運ばれていた。
「離してー。」
「反省してください。」
「してるー。」
「絶対してませんね。」
「してない。」
「正直。」
誰も止めなかった。
しばらく談笑し。
ゲームの話をし。
運動会の話をし。
気付けばかなり遅い時間になっていた。
リターシャが立ち上がる。
「じゃあ私は戻るね。」
「仕事か?」
ガエンが聞く。
「少しだけ。」
「国王って大変だな。」
「うん。」
リターシャは素直に頷いた。
「でも嫌いじゃない。」
少しだけ誇らしそうだった。
「じゃあおやすみ。」
「おう。」
「おやすみー。」
「おやすみなさい。」
「また明日。」
リターシャは軽く手を振る。
そして部屋を出る直前。
「朝ご飯は七時半ね。」
「早いな。」
「寝坊したら起こす。」
最後まで変わらなかった。
扉が閉まる。
マイトがソファに沈んだ。
「なんだろうなあ。」
「何がだ。」
「最初会った時はもっと怖い人だと思ってた。」
ラーシャも頷く。
「私もです……。」
ナラは笑う。
「ゲームの話してる時ただのオタクだったもんね。」
「聞こえてたら捕まるぞ。」
「もう寝る。」
即答だった。
そして全員それぞれ部屋へ向かう。
長い一日だった。
スポンサー交渉。
裁判所見学。
ゼルの引き渡し。
ゲーム談義。
酒場。
そして国王との妙な友情。
色々ありすぎた。
ガエンはベッドへ倒れ込む。
ふかふかだった。
「すげえな。」
思わず呟く。
そして数分後には眠っていた。
翌朝。
ガエンが目を覚ました時には既に朝日が差し込んでいた。
「ん……。」
ふかふかのベッドから起き上がる。
静かだ。
城の来賓室だけあって快適すぎる。
着替えを済ませて食堂へ向かうと、既に全員集まっていた。
ナラ以外は。
「ナラは?」
ガエンが聞く。
ラーシャが遠い目をした。
「寝坊です。」
「ああ。」
納得した。
その瞬間、食堂の扉が開く。
全員が反射的に振り返った。
そして固まった。
入ってきたのはリターシャだった。
昨日まで見慣れたラフな服装ではない。
純白の王衣、栗色の髪は整えられ背筋は真っ直ぐ。
周囲には近衛騎士までいる。
完全に国王だった。
そしてリターシャは玉座の間で会った時と同じ無表情で言った。
「おはようございます。」
全員が顔を見合わせる。
あれ。
なんか違う。
リターシャはそのまま席へ座る。
「昨夜はよく眠れましたか。」
「お、おう。」
ガエンが答える。
リターシャは静かに頷く。
「それは何よりです。」
妙な沈黙が流れる。
マイトがそっと手を挙げた。
「リターシャ?」
「何でしょう。」
「どうした?」
「何がでしょう。」
全員がさらに困惑した。
ラーシャが小声で言う。
「戻ってますね……。」
「戻ってるな……。」
完全に戻っている。
昨日までの。
『そうでしょ。』
『じゃあ私は戻るね。』
『ゲームやろう。』
の人がいない。
代わりにいるのは。
『司法国家サイヴァーン国王兼最高裁判長』であるリターシャ・カイゼルンだ。
ガエンが恐る恐る聞く。
「いや、お前昨日までの喋り方は。」
「昨日まで?」
リターシャが首を傾げる。
「私はいつも通りですが。」
全員。
「「「嘘だろ。」」」
即答だった。
リターシャが少しだけ眉をひそめる。
「失礼ですね。」
「いや失礼とかじゃなくて。」
マイトが突っ込む。
「昨日ゲームの話してた時と別人なんだが。」
「そうでしょうか。」
「そうだよ!」
「そうですね!」
珍しくラーシャまで乗った。
リターシャはしばらく考える。
そして。
「……ああ。」
何かに気付いた。
「たぶんオフモードですね。」
「オフモード。」
「はい。」
あっさり認めた。
「友人と話す時と公務中は切り替えていますので。」
「切り替わりすぎだろ。」
「そうですか?」
「そうだよ。」
リターシャ本人は全く自覚がなかった。
そこへ食堂の外から騒ぎ声が聞こえた。
「待ってー!」
全員が察した。
「あ。」
「ナラだ。」
扉が勢いよく開く。
ナラが飛び込んできた。
その直後、騎士団長が入ってくる。
「確保しました。」
「確保されたー!」
「朝食会開始十分前に城内を飛び回っていました。」
「だって起きたら七時二十九分だったんだもん!」
「一分前ですね。」
「だから急いだ!」
「反省してください。」
「してる!」
「してませんね。」
「してない!」
「正直。」
昨日と全く同じ流れだった。
ガエン達が吹き出す。
リターシャも口元を押さえる。
しかし次の瞬間には真顔に戻った。
「では朝食にしましょう。」
「今笑ったよな。」
ガエンが言う。
「笑っていません。」
「笑った。」
「笑いました。」
ラーシャまで言った。
リターシャは静かに紅茶を飲む。
そして。
「証拠はありますか。」
全員。
「うわぁ。」
国王だった。完全に国王だった。
だがその時ナラがにやにやしながら言った。
「昨日は『そうでしょ』って笑ってたのに。」
ぴたり。
リターシャの動きが止まる。
騎士団長が天井を見た。
近衛騎士達も視線を逸らした。
数秒後。リターシャは静かに言う。
「……朝食が冷めます。」
話題を変えた。
全員が爆笑した。
そして食堂には、朝から賑やかな笑い声が響き渡った。




