21.目玉焼き、獲得する
四人は城に案内された。
王都フィルドリア、王城。
馬車を降りた瞬間。
「ようこそフィルドリアへ!!」
パァンッ!!
クラッカーが鳴った。
ガエン達の頭上から紙吹雪が降る。
しかも全部、卵型だった。
ガエンが真顔で空を見上げる。
「もう帰りたい。」
王城前には赤絨毯。
左右には整列した使用人達。
そのさらに奥には巨大な横断幕。
『歓迎!!静寂の城御一行様!!
〜朝食は世界を救う〜』
ダグラスが低い声で呟く。
「思想が強い。」
ナラは逆にテンションが上がっていた。
「すごーい!!お祭りみたい!!」
ミリアが小声で言う。
「多分これ、国を挙げて本気なのよ。」
その時だった。
ゴォォォン!!
巨大な鐘が鳴る。
兵士が声を張り上げた。
「レイルド・ゴールファス陛下、ご到着!!」
城門がゆっくり開く。そこから現れたのは、
豪華な王衣。
金の刺繍。
威厳ある長身。
鋭い眼光。
そして。
なぜかエプロンを着けた王だった。
ガエンが確認する。
「……あれエプロンか?」
ダグラスが目を細める。
「エプロンだな。」
胸元には刺繍されている。
『BEST EGG MASTER』
ミリアが吹き出した。
「最高ね。」
王、レイルド・ゴールファスは、堂々と四人の前まで歩いてくる。
そして重厚な声で言った。
「歓迎しよう!!静寂の城の勇士達よ!!」
「……どうも。」
「遠路はるばる来てくれたこと、心より感謝する!!」
レイルド王はそこで一拍置き、急に真顔になった。
「さて。」
嫌な空気が流れる。
「諸君。」
王がゆっくり問いかける。
「黄身は、“いつ崩す”?」
沈黙。
ガエンが目を閉じた。
「始まった……。」
レイルド王の眼光が鋭くなる。
「最初に崩すか。」
「途中で崩すか。」
「最後まで崩さぬか。」
王城全体が静まり返る。
使用人達が固唾を飲む。
騎士達まで緊張していた。
ナラが小声で聞く。
「えっ、これ間違えたらどうなるの?」
近くのメイドが震える声で答えた。
「昔、一人だけ“全部混ぜる派”がいて……」
「いて?」
「地下送りになりました。」
「怖ぁ!!」
ガエンが即座に言った。
「冗談だよな!?」
メイドは目を逸らした。
「……多分。」
「多分!?」
レイルド王は腕を組み、四人を見渡す。
「さあ、答えよ。」
空気が重い。
最初に口を開いたのはミリアだった。
「私は途中派ね。」
王の眉が動く。
「理由は?」
「黄身の変化を楽しめるからよ。最初は白身を味わい、途中から黄身の濃厚さで流れを変える。目玉焼きは水面に映るお日様みたいなものよ。」
王がゆっくりうなずく。
「……理解している。」
周囲がざわつく。
「おお……」
「途中派だと……」
ガエンが思った。
(何この空気。)
次にダグラスが口を開く。
「最後まで崩さない。」
「ほう。」
「最後の一撃で全てを支配する。パンに乗せるのもまたよし。」
レイルド王の目が見開かれる。
「終盤支配型……!」
騎士達がざわつく。
「まさか実在したのか……!」
「伝説の……!」
「ラ、ラピュ....」
ガエンが頭を抱える。
「なんなんだよその二つ名。」
レイルド王は今度はナラを見る。
「そなたは。」
ナラがビシッと手を挙げた。
「最初に崩す派!!」
空気が凍る。
「なっ……!?」
「開幕黄身破壊だと!?」
「正気か!?」
ナラは慌てる。
「えっ!?ダメなの!?」
しかしレイルド王は笑った。
「フッ……。」
周囲がざわめく。
「陛下が笑った……!?」
王はナラを指差す。
「良い!!」
「えっ。」
「大胆!!実に大胆!!恐れず黄身へ突撃するその姿勢!!嫌いではない!!」
ナラがぽかんとする。
「せ、セーフ……?」
ガエンがぼそっと言う。
「ギリギリだった気がする。」
そして最後に。
全員の視線がガエンへ向いた。
レイルド王が重々しく問う。
「……そなたは。」
ガエンは深く息を吐いた。
そして静かに言う。
「ケースバイケースだ。」
沈黙。
次の瞬間。
「「「「おおおおおおお!!!」」」」
王城が揺れた。
騎士達が叫ぶ。
「究極回答!!」
「万能適応型だ!!」
「理論派だぞ!!」
ガエンが困惑する。
「なんで歓声上がってんだよ。」
レイルド王は感動したように目を閉じた。
「素晴らしい……。」
「卵と向き合っている者の答えだ……。」
ダグラスが小声で言う。
「卵と向き合うってなんだ。」
その時だった。
城の奥から元気な少女の声が響く。
「お父様ぁぁぁ!!」
バタバタバタッ!!
凄い勢いで一人の少女が走ってきた。
金髪。
青いドレス。
大きな瞳。
そして片手には。
甘い卵焼きを持っていた。
「ミル姫だ。」
「姫様!」
少女、ミル・ゴールファスは四人を見るなり目を輝かせる。
「甘い卵焼き派の人っている!?」
ナラがビクッと肩を震わせた。
「き、来たぁぁぁ!!」
ミル姫は一直線にナラへ駆け寄る。
「あなた!?あなたなの!?甘い卵焼きを理解してくれる旅人さん!!」
「えっ、いや、ボク別に代表とかじゃ...」
「同志!!」
「重い重い重い!!」
ミル姫はナラの体をがっしり掴んだ。
目がキラキラしている。
「ねえ聞いて!?甘い卵焼きって“おやつ”じゃなくて“朝の幸福”だと思わない!?」
「え、えーっと……」
ナラが助けを求めるようにガエンを見る。
ガエンは即座に視線を逸らした。
「自分でなんとかしろ。」
「薄情!!」
するとミリアがくすりと笑った。
「私は好きよ、甘い卵焼き。」
ミル姫の顔がぱあっと輝く。
「本当!?」
「ええ。塩気のある料理と合わせると、意外とバランスがいいもの。」
「わかる!!」
ミル姫は勢いよくうなずいた。
「甘い卵焼きのあとにお味噌汁飲むと幸せなの!!」
ダグラスがぼそっと言う。
「急に解像度が高い。」
レイルド王は腕を組み、満足げにうなずいていた。
「うむ。やはり卵は世界を繋ぐ。」
「そのスローガン本当にやめろ。」
ガエンが疲れた顔で言う。
するとレイルド王が大きく手を広げた。
「よし!!議論は朝食の席で続けようではないか!!」
「まだやるのか……」
「当然!!」
王は堂々と言い切った。
「食べずに語る卵など存在せん!!」
騎士達が一斉に敬礼した。
「「はい陛下!!」」
ガエンが頭を抱える。
「統率力を変な方向に使うなぁ……」
そして、四人は巨大な朝食会場へ案内された。
長いテーブル。
湯気の立つ料理。
焼きたてのパンの香り。
そして。
「卵多っ!!」
ガエンが叫んだ。
目玉焼き。
卵焼き。
オムレツ。
スクランブルエッグ。
エッグサンド。
茶碗蒸しっぽい何か。
卵スープ。
さらには卵型のデザートまで並んでいる。
ナラが目を輝かせた。
「うわぁぁぁ!!すごい!!」
ミル姫が胸を張る。
「フィルドリア王城、最高朝食フルコースだよ!」
ダグラスが真顔で呟く。
「“最高朝食”って単語を初めて聞いた。」
レイルド王はエプロン姿のまま席についた。
「さあ!!好きに食べるがよい!!」
使用人達が一斉に料理を配り始める。
ミリアは甘い卵焼きを一口食べ、目を細めた。
「……美味しい。」
ミル姫が嬉しそうに身を乗り出す。
「でしょ!?」
一方ガエンは塩気の効いた半熟目玉焼きをパンに乗せていた。
「こっちもかなり美味いな。」
ダグラスは静かに両面焼きを切り分ける。
「カリカリベーコンとの相性がいい。」
ナラは両方を交互に食べていた。
「甘いのも美味しいし、甘くないのも美味しい!!」
その言葉で、ふと場が静かになる。
レイルド王が腕を組んだ。
「……なるほど。」
ミル姫もぱちぱち瞬きする。
ガエンが肩をすくめた。
「結局、食う側が美味しく食べられればそれでいいんじゃねぇの?」
ミリアがうなずく。
「料理は争うものじゃなくて楽しむものだもの。」
ダグラスも珍しく否定しなかった。
「好みが違うから面白い。」
ナラは元気よくフォークを掲げる。
「つまり!!」
全員が見る。
「甘いのも甘くないのも、どっちも美味しい!!」
沈黙、そして次の瞬間レイルド王が豪快に笑い出した。
「ハーッハッハッハッ!!」
ミル姫も笑う。
騎士達も。
メイド達も。
料理人達まで笑っていた。
レイルド王は満足そうに言った。
「うむ!!実に良い朝食会談だった!!」
ガエンが呆れた顔でパンをかじる。
「会談っていうか、ただの朝飯だろ……」
すると近くの料理人が感動したように涙ぐんでいた。
「甘味派と塩味派が同じ卓を囲んでいる……」
「歴史的瞬間だ……」
ダグラスが真顔で言う。
「だからなんなんだこの国。」
その時ミル姫が身を乗り出した。
「ねえねえ、運動会やるんでしょ?ガナーノのギルドマスターさんが言ってたよ!楽しそう!」
ガエン達の動きが、一瞬だけ止まった。
ナラがぴくっと反応する。
「……ギルドマスター?」
ミル姫は無邪気にうなずく。
「うん!静寂の城で世界を巻き込む運動会をやるみたいだ!って!」
ガエンが天井を見上げた。
「情報回るの早ぇなぁ……」
ダグラスがぼそっと言う。
「そういえばスポンサー集めの予定だったな。」
レイルド王は興味深そうに顎に手を当てた。
「ほう?スポンサーとな?」
ナラの目が、キランと光った。
その瞬間、ガエンが嫌な予感で顔をしかめる。
「おい待てナラ、その顔やめろ。」
「えへへ。」
「絶対ろくでもない。」
ナラは机の上に立ち上がった。
「ではここで!!静寂の城プレゼンタイムを始めます!!」
「始めるな。」
しかしもう遅かった。
ナラはどこからともなく紙束を取り出す。
「まず今回の運動会は、種族・国家・文化を越えた超大型交流イベントです!!」
ミル姫が目を輝かせる。
「わぁ!」
「現在宣伝で回る予定なのは、氷雪都市クリアフォル、軍事国家バルファード、海洋都市アトラマリス、聖王国ルミナリア、司法国家サイヴァーン――」
レイルド王の眉がぴくりと動く。
「……かなり大規模ではないか。」
ガエンが小声で呟く。
「気付かれ始めたな。」
ナラは勢いを止めない。
「さらに!!各国から観光客、商人、冒険者、料理人が集まる予定!!つまり!!」
ビシィッ!!
ナラがレイルド王を指差した。
「フィルドリアの名物を世界に売り込む大チャンス!!」
空気が変わった。
レイルド王の目がギラリと光る。
「……続けよ。」
ガエンが頭を抱える。
「食いついた。」
ナラは机に飛び乗った。
「例えば!!“フィルドリア名物・幸福の甘い卵焼き”!!」
料理人達がざわつく。
「幸福の……!」
「なんという良い響き……!」
ナラはさらに畳み掛ける。
「限定屋台!卵料理対決!王都直伝朝食セット!さらにミル姫監修スイーツコーナー!!」
ミル姫が立ち上がる。
「やりたい!!」
「早い。」
ダグラスが即座に突っ込む。
レイルド王は真剣な顔で腕を組んでいた。
「ふむ……フィルドリアの卵文化を世界へ……」
「卵文化ってなんだよ。」
ガエンが呻く。
だがナラは止まらない。
「しかもスポンサーになれば!!会場パンフレットに国名掲載!!特設ステージで紹介!!各国要人との交流枠!!」
ミリアが静かに補足する。
「商人達への宣伝効果も高いでしょうね。王都フィルドリアのブランド力なら、かなり話題になるわ。」
レイルド王の後ろで、大臣らしき男達が急に計算を始めた。
「経済効果は……」
「観光収入も見込めます……!」
「卵関連市場が……!」
ダグラスが真顔になる。
「本当に卵で国が動いてる。」
するとミル姫が、ぐいっとレイルド王の袖を引っ張った。
「お父様!」
「うむ?」
「スポンサーになろう!!」
王は娘を見る。
ミル姫は満面の笑みだった。
「だって絶対楽しそうだもん!!」
数秒の沈黙。
そして、レイルド王は勢いよく立ち上がった。
「よし!!全面協力だァ!!」
城中に響くレベルの大声だった。
騎士達が即座に敬礼する。
「「はい陛下!!」」
料理人達も拳を突き上げる。
「卵を世界へ!!」
「だからなんなんだそのスローガン!!」
ガエンのツッコミが、朝食会場に綺麗に響き渡った。
ナラは机の上で勝利ポーズを決めた。
「やったぁぁぁ!!スポンサー獲得ぅぅぅ!!」
ガエンが深くため息を吐く。
「……本当に決まっちまった。」
ダグラスが紅茶を飲みながら呟く。
「開始十分で国家予算を動かしたピクシーを初めて見た。」
ミリアは優雅にティーカップを傾ける。
「しかも卵料理経由でね。」




