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静寂の城〜魔王は世界征服をしたい〜  作者: 赤井六舷


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21/38

21.裁判長、別人になる

司法国家サイヴァーンでのスポンサー交渉は驚くほど順調に進んだ。

何故かリターシャ国王は運動会に乗り気で次々と契約が進む。

そしてガエンが遠い目をしている間にも話は進んでいた。


「スポンサー契約書は後日作成します。」


リターシャが言う。


「競技案も送付します。」


「四百八十七ページ全部か。」


「もちろんです。」


「やめろ。」


即答だった。

だがリターシャは気にしない。


「さて。」


全員を見る。


「せっかく来たのです。」


嫌な予感がした。

ガエンが眉をひそめる。


「何だ。」


「城を案内します。」


「何で。」


「スポンサー同士の親睦です。」


「そんな制度あったか?」


「今作りました。」


恐ろしい国王だった。

騎士団長ですら止めない。

止められない。


こうして何故かガエン達は司法国家サイヴァーン観光ツアーに参加する事になった。



まず案内されたのは王城の中だった。

巨大だった。

無駄な装飾は少ない。

豪華というより機能美。

廊下も広く警備も厳重。

マイトが辺りを見回す。


「なんか真面目な城だな。」


「真面目です。」


リターシャが即答した。


「酒場とかないの?」


「ありません。」


「遊技場は?」


「ありません。」


「ゲーム部屋は?」


「ありません。」


「つまんな。」


騎士達の眉がピクッと動いた。

だがリターシャは平然としていた。


「代わりに書庫があります。」


「つまんな。」


即答だった。

ゼルなら喜びそうだった。



次に案内されたのは裁判所。

巨大だった。

ガエンが呆れる。


「裁判所がデカすぎるだろ。」


「司法国家ですので。」


正論だった。

中では実際に裁判が行われていた。

静で厳粛だった。

マイトも流石に黙る。

裁判官達が書類を確認し、証人が証言し、弁護人が主張する。

全てが規律正しい。

ナラが感心する。


「徹底してるね。」


「法律は国の骨格です。」


リターシャはそう言った。

少しだけ、本当に少しだけ誇らしそうだった。



その後。

一行は城の地下へ向かっていた。

マイトが首を傾げる。


「今度はどこだ?」


「牢獄です。」


全員が納得した。


牢獄は驚くほど清潔だった。

鉄格子。石壁。警備兵。全て整っている。

そして奥の牢。そこにゼルはいた。

床に座り。本を読んでいた。いつも通り、まるで自宅。

看守が頭を抱えている。

ゼルが顔を上げた。


「おや。」


平然としている。


「見学ですか。」


「違う。」


ガエンが即答した。


「様子を見に来た。」


「なるほど。」


ゼルは本を閉じる。


「快適ですよ。」


看守が叫んだ。


「快適じゃありません!」


全員が看守を見る。

看守は涙目だった。


「こいつ入ってからずっと法律書を読んでいるんです!」


「暇だったので。」


「しかも誤字を百二十七箇所指摘してきました!」


「仕事を手伝っただけですが。」


「手伝うな!」


看守の胃が限界だった。

リターシャが少し興味深そうに聞く。


「百二十七箇所ですか。」


「百三十一箇所です。」


ゼルが訂正した。


「追加で四箇所見つけました。」


文官長が青ざめた。


「後で報告書を。」


「提出済みです。」


「早い。」


誰よりも早かった。

マイトが牢の前にしゃがみ込む。


「元気そうだね。」


「牢獄ですから。」


「答えになってない気がする。」


ゼルは少し考える。

そして言った。


「本があるので。」


全員が納得した。

こいつ本さえあれば生きていける。

ガエンが腕を組む。


「暴れてないだろうな。」


「失礼ですね。」


ゼルが言う。


「勇者がいるのに暴れる馬鹿はいません。」


「自分で言うな。」


「事実です。」


ゼルは平然としていた。

全員が納得した。


その時だった。

リターシャがふと口を開く。


「そういえば。」


ゼルを見る。


「以前、我が国の中央図書館に来ていましたね。」


ゼルが珍しく少しだけ目を細めた。


「ああ。」


看守が驚く。


「知り合いだったんですか?」


「顔だけは。」


リターシャが答える。


「十年ほど前です。」


ゼルが本を閉じる。


「研究資料を探していました。」


「覚えています。」


リターシャは頷いた。


「当時から変人でした。」


「光栄です。」


「褒めていません。」


即答だった。

マイトが興味津々で聞く。


「何やってたの?」


「古代魔術文明の文献調査です。」


「へぇ。」


「三ヶ月ほど滞在しました。」


ナラが驚く。


「三ヶ月?」


「図書館に。」


「宿じゃなくて?」


「図書館に。」


全員が納得した。

ゼルならやる。

リターシャが続ける。


「閉館時間になっても帰らないので司書達が困っていました。」


「まだ読んでいる途中でした。」


「夜中に勝手に論文を書いて置いていきました。」


「参考になったでしょう。」


「参考になりました。」


認めた。

認めるんだ。


「現在も保管されています。」


「そうですか。」


ゼルは少しだけ嬉しそうだった。本当に少しだけ。

ガエンが呆れる。


「牢屋で昔話するな。」


「では研究の話を。」


「するな。」


即座に止めた。



しばらくして。

一行は牢獄を後にした。

出口へ向かう途中リターシャが振り返る。


「では次です。」


ガエンが嫌な予感を覚える。


「まだあるのか。」


「街を案内します。」


「まだやるのか。」


「もちろんです。」


目が輝いていた。

なぜか楽しそうだった。



そして三十分後。

城の正門前。

ガエン達は固まっていた。

理由は単純だった。

目の前にいる人物が誰だか分からなかったからだ。


「・・・・・・。」


全員沈黙。

そこにいたのは。

白いシャツ。黒いベスト。動きやすそうなズボン。

長い髪を後ろで軽く束ねた女性。国王の威厳など欠片もない、休日のお姉さんだった。

マイトが指差す。


「誰?」


女性が首を傾げる。


「私だけど。」


「だから誰?」


「リターシャだってば。」


全員が固まった。

ガエンが二度見した。

ナラも二度見した。

ラーシャは三度見した。

騎士団長は遠い目をした。慣れているらしい。

リターシャが不思議そうに首を傾げる。


「どうしたの?」


「いや。」


ガエンが言う。


「誰だお前。」


「だからリターシャだってば。」


「国王はどこ行った。」


「ここにいるけど。」


マイトが爆笑した。


「全然違うじゃん!」


「城の外だからね。」


リターシャは平然としていた。


「公務じゃないし。」


「だからって変わりすぎだろ。」


「むしろあれが公務用。」


さらに衝撃だった。

リターシャは肩を竦める。


「ずっとあの話し方だと疲れるし。」


「え。」


「疲れるよ?」


国王が言った。

全員が沈黙した。

国王が疲れると言った。

しかも当たり前のように。


「え?疲れるよ?」


リターシャは不思議そうだった。


「一日中あの喋り方してたら喉が死ぬ。」


「国王が言う台詞かそれ。」


ガエンが呆れる。


「国王も人間だからね。」


「司法国家の威厳は。」


「城の中に置いてきた。」


さらっと言った。

マイトが腹を抱えて笑う。


「面白いなあんた!」


「ありがとう。」


「褒めてない。」


「知ってる。」


返しまで軽かった。

騎士団長が遠い目をしている。


「あれが本来の陛下です。」


「止めないのか。」


ガエンが聞く。


「昔は止めました。」


「今は。」


「諦めました。」


全員が納得した。


こうして始まったサイヴァーン市街観光。

城下町は驚くほど整備されていた。

道は綺麗。

建物も統一感がある。

露店も多いが騒がしくない。

ナラが周囲を見回す。


「犯罪が少ないのかな。」


「少ないよ。」


リターシャが答える。


「犯罪者はどうなるんだ?」


マイトが聞く。


「捕まる。」


「知ってる。」


「裁かれる。」


「知ってる。」


「有罪になる。」


「知ってる。」


「牢屋に入る。」


「だから知ってるって。」


リターシャは少し考えた。


「あと私が怒る。」


「最後が一番怖い。」


ガエンが即答した。


しばらく歩く。

すると大きな広場に出た。

噴水があり、人々が談笑している。

そして広場の中央に巨大な銅像が立っていた。

マイトが固まる。


「・・・・・・。」


嫌な予感がした。

ガエン達も見た。

見てしまった。

銅像の勇者マイト。

しかも以前見た物より大きい。

二十メートル近い。


「増えてる!!」


マイトが叫んだ。

リターシャが頷く。


「増築した。」


「増築って言うな!」


「人気だったから。」


「やめろ!」


台座には文字。


『世界平和に貢献した偉大なる勇者』


その下に。


『スポンサー募集中』


「なんでだよ!」


全員が吹き出した。

リターシャは真顔だった。


「広告スペース。」


「勇者像で商売するな!」


「維持費がかかる。」


「知らん!」


国民達が楽しそうに写真を撮っている。

マイトは頭を抱えた。


さらに歩く。

今度は商業区だった。

武器屋。服屋。雑貨屋。本屋。

そしてゲームショップ。

マイトの動きが止まった。


「・・・・・・。」


目が輝く。子供だった。


「おい。」


ガエンが声を掛ける。

返事がない。

マイトはショーウィンドウに張り付いていた。


「新作出てる。」


「聞け。」


「限定版だ。」


「聞け。」


「予約特典付きだ。」


「聞け。」


完全に駄目だった。

リターシャが横から覗く。


「あ、それ面白いよ。」


マイトが振り返る。


「やったの!?」


「徹夜した。」


「国王が!?」


「休日だったし。」


「自由だなこの国王!」


二人はそのままゲーム談義を始めた。

ガエン達は遠い目をした。

ナラがぽつりと呟く。


「意外と気が合うんだね。」


「どっちも変人だからな。」


ガエンが言った。

すると。


「いやいや。」


リターシャが即座に否定した。


「私は変人じゃない。」


「徹夜でゲームやる国王が何言ってる。」


マイトが真顔で突っ込む。


「休日だから。」


「免罪符みたいに使うな。」


「だって休日だし。」


「強いなその理論。」


リターシャは腕を組んだ。


「ちなみに何やってるの?」


「色々。」


マイトも食いつく。


「RPGは?」


「好き。」


「アクションは?」


「好き。」


「シミュレーションは?」


「好き。」


「何でもやるじゃん。」


「何でもやるよ。」


リターシャは即答だった。

そして。


「特にバハムートクエストシリーズが好き。」


マイトが反応した。


「おおっ!」


一瞬で距離が縮まった。


「Ⅱやった?」


「裏ダンジョンまで。」


「マジで!?」


「黒竜皇も倒した。」


「マジかよ!」


完全に意気投合していた。

ガエン達は置いていかれていた。

ナラが呟く。


「楽しそうだね。」


「楽しそうだな。」


ラーシャも頷く。

その時だった、リターシャが何気なく言う。


「Ⅲも面白かったよね。」


マイトの動きが止まった。

ぴたりと。

空気が変わる。

ガエンが嫌な予感を覚えた。

リターシャは気付いていない。


「私、あれ三周した。」


「・・・・・・。」


「勇者ルートも魔王ルートも隠しルートも。」


「・・・・・・。」


「レベル九十九まで上げたし。」


「・・・・・・。」


マイトが黙っていた。

リターシャが首を傾げる。


「どうしたの?」


マイトが遠くを見る。とても遠くを。

魂がどこかへ旅立ったような目だった。


「俺。」


「うん。」


「レベル六十二だったんだ。」


リターシャの表情が少し変わった。

何かを察した。


「まさか。」


「バハムートクエストⅢ。」


「うん。」


「レベル六十二。」


「うん。」


「天空神殿クリア直前。」


「うん。」


「伝説装備全部回収済み。」


「うん。」


「百時間以上。」


「うん。」


リターシャが静かに目を閉じた。

嫌な予感しかしない。

マイトが語り始める。


「俺がな。」


「うん。」


「魔王のおつかいでドラゴンの谷に行ってた時だ。」


ガエン達も聞いたことがある話だった。

あの悲劇。マイトの黒歴史。


「その頃、静寂の城は改装工事してた。」


「うん。」


「俺は知らなかった。」


「うん。」


「帰ってきた。」


「うん。」


「ゲームしようと思った。」


「うん。」


「電源入れた。」


「うん。」


マイトが空を見上げた。


「データが消えてた。」


沈黙。リターシャが顔を覆った。


「ああ……。」


理解した。

これは重傷だった。

マイトは淡々と続ける。


「工事中に停電。」


「うん……。」


「セーブデータ破損。」


「うん……。」


「全部消えた。」


「うん……。」


「全部。」


「うん……。」


「全部だ。」


「分かったから。」


リターシャが肩を叩いた。

優しかった。とても優しかった。


「辛かったね。」


「泣いた。」


「うん。」


「本気で泣いた。」


「うん。」


「しばらく立ち直れなかった。」


「うん。」


ガエンが横で頷く。

事実だった。


「俺のレベル六十二が。」


「うん。」


「俺の数十時間が。」


「うん。」


「俺の伝説装備が。」


「うん。」


「大事だったんだぞ。」


「そうだね。」


少しだけ目が潤んでいた。

経験者だった。

リターシャも理解していた。

セーブデータ消失の恐怖を。


「ちなみに。」


リターシャが恐る恐る聞く。


「バックアップは?」


「なかった。」


「予備セーブは?」


「一個だった。」


リターシャが天を仰いだ。


「フルコンボだね。」


「フルコンボだどん。」


二人は深く頷き合った。

ゲーム好きにしか分からない悲しみだった。

その時。後ろから騎士団長がぽつりと言った。


「ちなみに陛下。」


「ん?」


「陛下も昔、バハムートクエストⅢのデータが消えた時に三日ほど執務を拒否しました。」


全員が固まった。

リターシャも固まった。


「・・・・・・。」


「・・・・・・。」


「騎士団長。」


「はい。」


「それは言わなくて良かった。」


「事実です。」


マイトが爆笑した。


「お前もじゃねえか!!」


「違う!」


「同類じゃねえか!」


「違う!」


「何レベルだった!」


「八十七!」


「俺より酷い!!」


広場中に笑い声が響いた。

その後、リターシャがふと時計を見た。


「もう夕方か。」


空は茜色に染まり始めていた。

街を行き交う人々も帰路につき始めている。

リターシャは立ち上がった。


「よし。」


「ん?」


「夕飯にしよう。」


マイトが首を傾げる。


「城じゃなくて?」


「たまには外で食べたい。」


「国王が?」


「国王だって外食する。」


即答だった。

騎士団長が慣れた様子で頷く。


「陛下の行きつけですね。」


「うん。」


ガエンが眉をひそめた。


「行きつけなんてあるのか。」


「ある。」


「国王なのに?」


「国王だから。」


意味が分からなかった。


そして十分後。

一行は城下町の一角へやって来た。

石造りの二階建て。

派手さは無い。

だが賑やかな笑い声が聞こえる。

看板には。


『赤狼亭』


と書かれていた。

扉を開ける。


カラン。


店内は一気に静かになった。

客達が振り返る。

そして。


「あ。」

「陛下だ。」

「また来た。」

「今日は早いな。」

「いつもの席空いてるぞ。」


反応が軽かった。

ガエン達が固まる。

マイトが呟く。


「慣れてる。」


「慣れてるな。」


リターシャは当然のように手を振った。


「こんばんは。」


「こんばんは陛下。」


「いつもの。」


「了解。」


本当に行きつけだった。

店主が笑う。


「今日は友達連れか?」


「うん。」


「珍しいな。」


「ゲーム仲間。」


マイトが吹いた。


「ゲーム仲間扱い!?」


「違うの?」


「違わねえけど!」


店内が笑いに包まれる。

案内された席は大きな円卓だった。

全員が座る。

しばらくすると料理が運ばれてくる。

焼いた肉。ソーセージ。煮込み料理。サラダ。パン。

そして酒。

見るからに美味そうだった。


マイトの目が輝く。


「うまそう。」


「ここの肉は美味しい。」


リターシャが断言する。


「裁判終わりによく来る。」


「裁判終わりに酒飲むのか。」


「飲む。」


「国王が?」


「もちろん飲む。」


即答だった。

ナラが苦笑した。


「なんかイメージ違うね。」


「よく言われる。」


リターシャはジョッキを持ち上げた。


「それでは。」


全員、酒やジュースを持つ。


「スポンサー交渉成立に。運動会成功に。そして。」


リターシャがマイトを見る。


「消えたセーブデータ達に。」


マイトが噴き出した。


「やめろ!」


「献杯。」


「献杯するな!」


しかし全員がジョッキを掲げた。


「献杯。」

「献杯。」

「献杯。」

「おい!」


大笑いの中。


カチン。


ジョッキが鳴る。

そして食事が始まった。

肉は驚くほど美味かった。

ガエンが黙々と食べる。

ラーシャも珍しく夢中だった。

ナラは煮込み料理を気に入ったらしい。

マイトはソーセージを追加注文していた。

そして酒が進み会話も進む。

リターシャが少し頬を赤くしながら言った。


「そういえば。」


「ん?」


リターシャはジョッキを机に置いた。


「君達、改めて見ると変な集まりだね。」


全員が手を止めた。

嫌な予感がした。


「変か?」


ガエンが聞く。

リターシャは指を一本立てた。


「まずガエン。」


「おう。」


「見た目は完全に山賊の親玉。」


「おい。」


「でも中身は苦労人。」


「おい。」


「しかも保護者。」


「おい。」


「オーガなのに。」


「オーガ関係ないだろ!」


店内から笑いが漏れた。

リターシャは真顔だった。


「私の中のオーガ像が崩壊した。」


「知らん。」


「もっとこう。」


リターシャが腕を組む。


「『ガハハ!力こそ全て!』みたいな。」


「誰だそれ。」


「君じゃなかった。」


「当たり前だ。」


ナラが肩の上で笑う。


「確かにガエンってお父さんっぽいよねー。」


「やめろ。」


「お母さんかも。」


「やめろ。」


ラーシャまで小さく頷いた。


「確かに……。」


「お前までか。」


ガエンが遠い目になった。

リターシャは次にラーシャを見た。


「そしてラーシャ。」


「ひゃい!?」


突然話を振られて変な声が出た。


「君。」


「は、はい。」


「自己評価低すぎない?」


ラーシャが固まる。


「そ、そんな事ないです……。」


「ある。すごくある。びっくりするくらいある。」


即答。

ラーシャが小さくなった。


「ご、ごめんなさい……。」


「ほら。」


リターシャが指差した。


「今の。」


「え?」


「何で謝ったの。」


「え?」


「何も悪い事してないよね。」


「え?こ、怖い....」


「えぇ……。」


店内の客まで頷いていた。

騎士団長も頷いていた。

ガエンも頷いていた。

マイトも頷いていた。

ナラも頷いていた。

全員だった。

ラーシャが泣きそうになる。


「みんなして……。」


リターシャは少し笑った。


「もっと自信持ちなよ。」


「む、無理です……。」


「そこそこ可愛いし。」


ラーシャが固まった。


「へ?」


「優しいし。真面目だし。少なくとも私よりまとも。」


「それは確かにそう。」


騎士団長が即答した。


「騎士団長?」


「事実です。」


リターシャは無視した。

ラーシャは顔を真っ赤にしていた。

処理が追いついていない。

そしてリターシャの視線がナラへ向く。


「ナラ。」


「なーに?」


「自由すぎる。」


「えへへ。」


褒められたと思ったらしい。


「褒めてない。」


「えー。」


「ピクシーってみんな自由なの?」


「たぶん。」


「たぶんで生きてるの?」


「うん。」


リターシャが頭を抱えた。


「凄いな。」


「よく言われる。」


「昨日何してた?」


「忘れた。」


「昨日だよ?」


「忘れた。」


「先週は?」


「忘れた。」


「人生楽しそう。」


「楽しいよー。」


ナラは満面の笑みだった。

リターシャは敗北した顔になった。

そして最後にマイトを見る。


「で。」


「おう。」


「勇者。」


「おう。」


「君が一番変。」


マイトが吹いた。


「なんでだよ!」


「だって勇者だよ?」


「そうだが。」


「勇者なのに魔王の城に住んでる。」


「まあ。」


「勇者なのに魔王のおつかいしてる。」


「まあ。」


「勇者なのにスポンサー営業してる。」


「まあ。」


「勇者なのにセーブデータ消失で泣いてる。」


「そこは関係ねえだろ!」


店内が爆笑した。

リターシャはさらに続ける。


「私の知ってる勇者は。」


「うん。」


「もっとこう。」


「うん。」


「伝説の剣を持って。」


「うん。」


「世界を救って。」


「うん。」


「英雄として語り継がれる。」


「うん。」


「ゲームデータで号泣しない。」


「そこ強調するな!」


また笑いが起きた。

しかしリターシャは少しだけ真面目な顔になった。

ジョッキを手に取る。


「でも。」


全員が見る。


「そういう変な連中だから。一緒にいて面白い。」


静かだった。

ガエンが苦笑する。


「それ褒めてるのか?」


「褒めてる。」


「本当か?」


「たぶん。」


今度はリターシャが言った。

ナラが爆笑する。


「たぶんだって!」


「ナラに影響された。」


「やったー!」


誰も喜ぶところではなかった。

しかし不思議と嫌な空気ではない。

笑いながら酒を飲み。

美味い飯を食べ。

どうでもいい話で盛り上がる。

そんな時間がしばらく続いた。


そして気付けば皿は空になり。

ジョッキもほとんど空になっていた。

店主が近付いてくる。


「そろそろ閉めるぞ。」


「うん。」


リターシャが頷く。


「長居したね。」


「今日は珍しくずっと笑ってたな。」


「そう?」


「そうだ。」


店主は笑った。


「また来い。」


「来る。」


即答だった。


会計を済ませ。

一行は酒場を出る。

夜のサイヴァーンは静かだった。

石畳の道。

整然と並ぶ街灯。

遠くを巡回する騎士達。

司法国家らしい落ち着いた夜だった。

ナラがふわふわ飛びながら言う。


「さてー。宿だー。」


「今日は疲れたな。」


ガエンが肩を回す。


「ゼルを引き渡して、スポンサー交渉して。裁判所見て。」


マイトが指を折る。

ガエンが続ける。


「ゲームの話して。」


ナラが笑う。


「セーブデータの墓参りして。」


「してねえ。」


マイトが即座に否定した。

そんなやり取りをしながら歩き出そうとした瞬間。


「違うよ。」


リターシャが言った。

全員が振り返る。


「ん?」


「宿はそっちじゃない。」


「え?」


ガエンが首を傾げた。


「いや、俺達が取った宿なら――」


「キャンセルした。」


「は?」


全員が止まった。

リターシャは平然としている。


「キャンセルした。」


「二回言うな。」


「大事な事だから。」


「大事じゃねえ!」


マイトが叫んだ。


「なんで勝手に!?」


「来賓だから。」


「来賓?」


「うん、来賓。」


リターシャは当然のように言う。


「スポンサーになった国の重要人物。」


「誰が。」


「君達が。」


「いやいやいや。」


ガエンが慌てる。


「そんな扱い受けるほどじゃ――」


「受ける。」


即答だった。


「受けるの。」


押し切られた。

リターシャはそのまま歩き出す。


「来て。」


「待て。」


「嫌。」


「国王が嫌って言うな。」


「言った。」


「知ってる。」


ガエンが頭を抱えた。

騎士団長が横でため息をつく。


「諦めてください。」


「騎士団長。」


「陛下は一度決めると変わりません。」


「止めろよ。」


「無理です。」


「お前騎士団長だろ。」


「長年戦いました。」


「結果は。」


「全敗です。」


ガエンは空を見上げた。

終わっていた。

そして結局。一行はリターシャについて行くことになった。

しばらく歩く。夜の王城は昼とは違う威圧感があった。

巨大な門。

白い石壁。

静かな中庭。

衛兵達が敬礼する。


「陛下。お帰りなさいませ。」


「ただいま。」


返事が軽い。

本当に国王なのか少し怪しくなってきた。

城の中へ入る。


そして階段を上り、廊下を進みさらに奥へ。

やがてリターシャが大きな扉を開いた。


「ここ。」


扉の向こうを見て。

全員が固まった。

広かった。とにかく広かった。

高級そうな絨毯、大きな暖炉、ふかふかそうなソファ。豪華な寝室がいくつも並んでいる。

ナラが目を丸くする。


「でっか。」


ラーシャも呆然とした。


「すごい……。」


ガエンが部屋を見回す。


「王族が泊まるやつじゃねえか?」


「王族も泊まるよ。」


リターシャが頷く。


「外国の王とか。」


「俺達一般人だぞ。」


「勇者。」


マイトを指差す。


「魔王軍幹部。」


ガエンを指差す。


「ダークエルフ。」


ラーシャを指差す。


「ピクシー。」


ナラを指差す。


「十分一般人じゃない。」


誰も反論できなかった。

確かにそうだった。

リターシャは満足そうに頷く。


「よし。」


「よしじゃねえ。」


「今日はここで泊まってよ。」


「いや悪いだろ。」


「悪くない。」


「遠慮する。」


「却下。」


「却下するな。」


リターシャは少しだけ笑った。

酒のせいか。

いつもより表情が柔らかい。


「せっかく友達が来たんだから。」


その一言で全員が少し黙った。

リターシャ自身も言った後に気付いたらしい。

一瞬だけ目を逸らす。


「……まあ。」


咳払い。


「来賓だから。」


誤魔化したが全然誤魔化せていなかった。

ナラがにやにやする。


「友達だってー。」


「うるさい。」


「騎士団長。」


「はい。」


「捕まえて。」


「承知しました。」


「裏切った!」


ナラが確保された。

大騒ぎになる。

その様子を見ながらガエンは苦笑した。

最初に会った時は冷徹で近寄り難い国王だと思った。

だが実際は少し不器用で真面目でゲーム好きで。

案外寂しがり屋なのかもしれない。

そんな事を思った時リターシャがこちらを見る。


「何?」


「いや。」


ガエンは笑った。


「いい城だな。」


リターシャは少しだけ目を丸くし。

そしてほんの少しだけ嬉しそうに笑った。


「そうでしょ。」


その笑顔は昼間に玉座で見せていた威厳ある国王の顔ではなく、ただのゲーム好きな友人の顔だった。

その後ナラは無事に解放された。

ただし騎士団長に脇へ抱えられたまましばらく運ばれていた。


「離してー。」


「反省してください。」


「してるー。」


「絶対してませんね。」


「してない。」


「正直。」


誰も止めなかった。

しばらく談笑し。

ゲームの話をし。

運動会の話をし。

気付けばかなり遅い時間になっていた。

リターシャが立ち上がる。


「じゃあ私は戻るね。」


「仕事か?」


ガエンが聞く。


「少しだけ。」


「国王って大変だな。」


「うん。」


リターシャは素直に頷いた。


「でも嫌いじゃない。」


少しだけ誇らしそうだった。


「じゃあおやすみ。」


「おう。」

「おやすみー。」

「おやすみなさい。」

「また明日。」


リターシャは軽く手を振る。

そして部屋を出る直前。


「朝ご飯は七時半ね。」


「早いな。」


「寝坊したら起こす。」


最後まで変わらなかった。

扉が閉まる。

マイトがソファに沈んだ。


「なんだろうなあ。」


「何がだ。」


「最初会った時はもっと怖い人だと思ってた。」


ラーシャも頷く。


「私もです……。」


ナラは笑う。


「ゲームの話してる時ただのオタクだったもんね。」


「聞こえてたら捕まるぞ。」


「もう寝る。」


即答だった。

そして全員それぞれ部屋へ向かう。

長い一日だった。

スポンサー交渉。

裁判所見学。

ゼルの引き渡し。

ゲーム談義。

酒場。

そして国王との妙な友情。


色々ありすぎた。

ガエンはベッドへ倒れ込む。

ふかふかだった。


「すげえな。」


思わず呟く。

そして数分後には眠っていた。


翌朝。

ガエンが目を覚ました時には既に朝日が差し込んでいた。


「ん……。」


ふかふかのベッドから起き上がる。

静かだ。

城の来賓室だけあって快適すぎる。

着替えを済ませて食堂へ向かうと、既に全員集まっていた。

ナラ以外は。


「ナラは?」


ガエンが聞く。

ラーシャが遠い目をした。


「寝坊です。」


「ああ。」


納得した。

その瞬間、食堂の扉が開く。

全員が反射的に振り返った。

そして固まった。

入ってきたのはリターシャだった。

昨日まで見慣れたラフな服装ではない。

純白の王衣、栗色の髪は整えられ背筋は真っ直ぐ。

周囲には近衛騎士までいる。

完全に国王だった。

そしてリターシャは玉座の間で会った時と同じ無表情で言った。


「おはようございます。」


全員が顔を見合わせる。


あれ。

なんか違う。


リターシャはそのまま席へ座る。


「昨夜はよく眠れましたか。」


「お、おう。」


ガエンが答える。

リターシャは静かに頷く。


「それは何よりです。」


妙な沈黙が流れる。

マイトがそっと手を挙げた。


「リターシャ?」


「何でしょう。」


「どうした?」


「何がでしょう。」


全員がさらに困惑した。

ラーシャが小声で言う。


「戻ってますね……。」


「戻ってるな……。」


完全に戻っている。

昨日までの。


『そうでしょ。』

『じゃあ私は戻るね。』

『ゲームやろう。』


の人がいない。

代わりにいるのは。

『司法国家サイヴァーン国王兼最高裁判長』であるリターシャ・カイゼルンだ。

ガエンが恐る恐る聞く。


「いや、お前昨日までの喋り方は。」


「昨日まで?」


リターシャが首を傾げる。


「私はいつも通りですが。」


全員。


「「「嘘だろ。」」」


即答だった。

リターシャが少しだけ眉をひそめる。


「失礼ですね。」


「いや失礼とかじゃなくて。」


マイトが突っ込む。


「昨日ゲームの話してた時と別人なんだが。」


「そうでしょうか。」


「そうだよ!」


「そうですね!」


珍しくラーシャまで乗った。

リターシャはしばらく考える。

そして。


「……ああ。」


何かに気付いた。


「たぶんオフモードですね。」


「オフモード。」


「はい。」


あっさり認めた。


「友人と話す時と公務中は切り替えていますので。」


「切り替わりすぎだろ。」


「そうですか?」


「そうだよ。」


リターシャ本人は全く自覚がなかった。

そこへ食堂の外から騒ぎ声が聞こえた。


「待ってー!」


全員が察した。


「あ。」


「ナラだ。」


扉が勢いよく開く。

ナラが飛び込んできた。

その直後、騎士団長が入ってくる。


「確保しました。」


「確保されたー!」


「朝食会開始十分前に城内を飛び回っていました。」


「だって起きたら七時二十九分だったんだもん!」


「一分前ですね。」


「だから急いだ!」


「反省してください。」


「してる!」


「してませんね。」


「してない!」


「正直。」


昨日と全く同じ流れだった。

ガエン達が吹き出す。

リターシャも口元を押さえる。

しかし次の瞬間には真顔に戻った。


「では朝食にしましょう。」


「今笑ったよな。」


ガエンが言う。


「笑っていません。」


「笑った。」


「笑いました。」


ラーシャまで言った。

リターシャは静かに紅茶を飲む。

そして。


「証拠はありますか。」


全員。


「うわぁ。」


国王だった。完全に国王だった。

だがその時ナラがにやにやしながら言った。


「昨日は『そうでしょ』って笑ってたのに。」


ぴたり。


リターシャの動きが止まる。

騎士団長が天井を見た。

近衛騎士達も視線を逸らした。


数秒後。リターシャは静かに言う。


「……朝食が冷めます。」


話題を変えた。

全員が爆笑した。

そして食堂には、朝から賑やかな笑い声が響き渡った。

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