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静寂の城〜魔王は世界征服をしたい〜  作者: 赤井六舷


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20.死霊使い、投獄される

司法国家サイヴァーンの門の前にはいつも長蛇のが出来ている。

一人一人厳重な入国審査があり、経歴から犯罪歴まで調べ尽くされるからだ。

門の前には延々と続く列が出来ていた。

巨大な白い壁。

壁の上では衛兵達が巡回している。

門の両脇には「法は全てに平等である」と刻まれた石碑。

そして進まない。

全然進まない。

ガエンが腕を組んだ。


「遅いな。」


「だってここサイヴァーンだよ。」


ナラが肩をすくめる。


「犯罪歴どころか昔の喧嘩まで調べるって噂だし。」


「そんなことまで分かるのか?」


「知らない。」


知らないのか。

ガエンはため息を吐いた。


その時。

少し前の列から怒鳴り声が聞こえた。


「申請書類が足りません!」


「ええっ!?」


「再提出してください!」


列の男が絶望していた。

全員が少し青ざめる。

ナラが確認する。


「書類持った?」


「持った。」


ガエン。


「依頼書。」


ラーシャ。


「身分証もあります。」


その時だった。

列が少し進む。

ようやくガエン達の番が近付いてきた。

受付には黒い制服を着た審査官が座っている。

眼鏡を掛けた神経質そうな男だった。


「次。」


無機質な声。

ガエンが前に出て書類を渡す。

審査官は手慣れた動きで目を通し始めた。


「ガエン・ヴァルク。」


「俺だ。」


「犯罪歴なし。喧嘩歴多数。」


「なんで知ってる。」


「記録があります。」


ガエンが嫌そうな顔をした。

ナラが吹き出す。


「ほんとに出てきた。」


「笑うな。」


審査官は続ける。


「器物損壊。」


「事故だ。」


「酒場で椅子を投げた記録があります。」


「先に殴られた。」


「理由は記録しません。」


冷酷だった。

ガエンが少し落ち込む。

次にラーシャ。


「ラーシャ・エルミナ。」


「はい。」


「犯罪歴なし。」


「良かったです。」


「ただし。」


ラーシャが固まる。


「過去に魔法学院で実験施設を半壊。」


「事故です!」


「事故でも半壊です。」


「うぅ・・・。」


ラーシャも沈んだ。

次はナラの番。


「ナラ・リーゼ。」


「はいはーい。」


「無断侵入三件。」


「待って。」


「窓から侵入。」


「違う違う違う。」


「恋愛相談。」


「それは友達のため!」


「記録されています。」


ナラが頭を抱えた。


「なんで残ってるの!?」


「法は全てを記録します。」


石碑みたいなことを言った。

そして審査官の手が最後の書類へ伸びる。


「マイト・アークライト。」


「はーい。」


いつもの調子だった。

審査官が名前を見て止まる。

もう一度見る。

眼鏡を外す、拭く、かけ直す。

もう一度見る。

沈黙。

周囲の審査官も何事かと視線を向けた。


「・・・。」


「?」


マイトが首を傾げる。

審査官が書類を見る。

マイトを見る。

書類を見る。

マイトを見る。

三回繰り返した。

そして。


「ま、待ってください。」


声が震えていた。

隣の審査官を呼ぶ。


「おい。」


「なんだ。」


「これ。」


書類を渡し隣の審査官も見て固まる。


「・・・。」


「・・・。」


さらにもう一人呼ぶ。

三人で書類を見る。

全員固まる。

列の空気がおかしくなった。


ざわ。


ざわざわ。


後ろの冒険者達が騒ぎ始める。


「どうした?」


「何かあったのか?」


「犯罪者か?」


「いや違う。」


衛兵の一人が目を見開いた。


「まさか・・・。」


別の衛兵も気付く。


「おい。」


「嘘だろ。」


「本人か?」


ざわざわざわざわ。


騒ぎが広がる。

マイトはまだ分かっていない。


「なんかあった?」


ナラが顔を覆う。


「気付いてない感じだね。」


ガエンもため息を吐いた。


「気付いてないな。」


ラーシャは苦笑した。


「いつものことですね。」


審査官が恐る恐る尋ねる。


「確認します。」


「うん。」


「西方の魔物大災害鎮圧。」


「した。」


「北方竜災の鎮圧。」


「した。」


「大迷宮崩壊事件の生還者。」


「そんなのあったね。」


「英雄認定。」


「もらった。」


審査官達が一斉に青ざめた。

周囲が静まり返る。

そして次の瞬間。


「ゆ、勇者マイトだあああああ!!」


誰かが叫んだ。

門前が爆発したような騒ぎになった。


「本物!?」

「本物だ!」

「なんで列に並んでるんだ!?」

「貴賓口使えよ!!」

「勇者様だぞ!?」


衛兵達が大慌てで整列する。

審査官達は立ち上がった。

一人は敬礼していた。

マイトだけが困惑していた。


「え?」


ガエンが肩を叩く。


「お前、自分の知名度を理解しろ。」


「有名なの?」


「今さらかよ。」


マイトは本気で分かっていなかった。


「そんなに?」


「そんなにだ。」


ガエンが即答する。


「お前、自分の銅像が何本建ってると思ってる。」


「銅像?」


「知らないのかよ。」


ガエンが呆れる。

審査官が震える手で書類を持ち上げた。


「し、失礼ですが。」


「うん?」


「本日はどのような目的でサイヴァーンへ?」


職務だけは忘れなかった。

さすが司法国家である。

マイトは普通に答えた。


「スポンサー探し。」


「・・・はい?」


審査官が固まる。


「運動会の。」


「運動会。」


「うん。」


「運動会。」


「うん。」


会話が進まない。

審査官は恐る恐る尋ねた。


「どちらの運動会でしょうか。」


マイトはにこやかに答えた。


「魔王の。」


沈黙、風が吹いた。

誰も喋らない。

ガエンが顔を覆った。

ナラも顔を覆った。

ラーシャも顔を覆った。


「また始まったね。」


ナラが呟く。

審査官が聞き返す。


「・・・魔王?」


「うん。」


「どちらの?」


「バラム。」


その瞬間だった。


ざわあああああああ!!


今まで以上の騒ぎが起きた。


「バラム!?」

「魔王バラム!?」

「静寂の城の!?」

「魔族領の王都マグノリアの!?」

「なんで勇者が魔王の城にいるんだ!?」


門前が完全にパニックになった。

衛兵長らしき男が飛んでくる。


「どういうことだ!?」


審査官が半泣きで説明する。


「勇者マイトです!」


「なに!?」


「しかも魔王バラムの城に住んでます!」


「なにぃ!?」


「運動会のスポンサー探しに来たそうです!」


「意味が分からん!!」


衛兵長が叫んだ。

全員同意だった。

意味が分からなかった。

審査官が震えながら尋ねる。


「確認します。」


「うん。」


「現在の住居は。」


「静寂の城。」


ざわっ。


「魔王バラム本人と面識が。」


「もちろんあるよ。」


ざわざわっ。


「友好的な関係で。一緒にご飯食べる。」


ざわざわざわっ。


「城に出入り自由で。自分の部屋もあるよ。」


ざわざわざわざわっ!!


後ろの列から悲鳴が上がった。


「勇者が魔王城に部屋持ってるぞ!!」

「情報量が多すぎる!!」

「誰か説明しろ!!」

「無理だ!!」


衛兵達まで混乱していた。

審査官の一人がふらつく。


「勇者と魔王が・・・。」


「仲良し・・・?」


「世界どうなってるんだ・・・。」


そして追い打ちだった。

審査官が震える声で聞く。


「その運動会とは・・・。」


マイトが笑顔になる。


「みんなで仲良く走ったり玉入れしたりするやつ。」


「・・・。」


「魔王がやりたいって。」


「・・・。」


「だからスポンサー集めてる。」


「・・・。」


「優勝商品はまだ考え中。」


沈黙。

長い沈黙。

そして列の後方から誰かが叫んだ。


「魔王バラム何してんだあああああ!!」


大爆笑が起きた。

門前の空気が完全に崩壊する。


「世界征服しろよ!」

「運動会開催してる場合か!」

「スポンサー募集ってなんだ!」

「勇者を営業担当にするな!」


腹を抱えて笑う者まで出始めた。

マイトは首を傾げる。


「変?」


ガエンが答える。


「最初から全部変だ。」


「そうかな。」


「そうだ。」


即答だった。

その時。

審査官の一人が青ざめた顔で別の書類を発見する。


「ま、待て。」


全員が見る。

審査官の顔色がさらに悪くなる。


「同行者に・・・。」


書類をめくる。

審査官の指が震えていた。


「同行者に・・・追加で要注意人物の記載があります。」


門前の笑い声が少しずつ止まる。

衛兵長が嫌な予感しかしない顔になった。


「誰だ。」


審査官は書類を凝視した。


「ゼル=グラード。」


空気が変わった。


ざわ。


先ほどまで運動会で笑っていた群衆が一斉に静かになる。

ガエンが小さくため息を吐いた。


「来たか。」


ナラも肩をすくめる。


「そりゃそうなるよね。」


ラーシャも真面目な顔になる。

審査官がゆっくり顔を上げた。


「死霊使いゼル=グラード。」


周囲の衛兵達が武器に手をかける。


「死霊王事件。」

「東部墓地暴走事件。」

「禁呪研究。」

「複数国家から監視対象指定。」


読み上げられるたびに空気が重くなった。

後ろの列から悲鳴が上がる。


「死霊使いゼルだと!?」

「本物か!?」

「なんでそんな奴がいるんだ!?」

「勇者の次は死霊使いかよ!」

「今日はなんなんだこの門は!」


混乱が再燃した。

衛兵長が鋭い目でガエン達を見る。


「ゼルはどこだ。」


ガエンが親指で後ろを指した。

全員が振り返る。

そこには馬車の影でゼルが静かに本を読んでいた。

周囲の騒ぎなど存在しないかのようにページをめくる。

ぱらり。

それだけだった。


「・・・。」

「・・・。」

「・・・。」


異様だった。

衛兵長が思わず呟く。


「本当にいる・・・。」


審査官が慌てて書類を確認する。


「目的は!?」


マイトが元気よく答えた。


「移送。」


「移送。」


「うん。」


「移送。」


「うん。」


審査官は頭を抱えた。

今日は同じ会話ばかりだった。


「つまり。」


震える声で確認する。


「勇者マイトが。」


「うん。」


「死霊使いゼルを。」


「うん。」


「司法国家サイヴァーンへ。」


「うん。」


「連行してきたと。」


「そうだよ。」


そして。


「え?」


審査官が間抜けな声を出した。


「え?」


衛兵長も言った。


「え?」


後ろの冒険者達も言った。

マイトは首を傾げる。


「だからゼルの移送。」


まるで荷物を届けに来たかのような口調だった。

衛兵長が額を押さえる。


「待て待て待て。」


「?」


「死霊使いゼルだぞ?」


「うん。」


「危険人物だぞ?」


「うん。」


「なんでそんなに普通なんだ。」


マイトは少し考えた。

そして。


「いい人だから?」


ゼル本人以外の全員が固まった。


「違うだろ!!」


門前に総ツッコミが響いた。

ゼルが本から顔を上げる。

紫色の瞳がこちらを見る。


「誰がいい人です?」


「ゼル。」


「意味が分かりません。」


「ほら否定しなかった。」


「否定するのも面倒です。」


ゼルは再び本へ視線を戻した。


ぱらり。


ページがめくられる。

衛兵長が頭を抱える。


「なんなんだこいつら・・・。」


審査官は必死に書類を整理する。


「ええと・・・つまり本日の入国目的は。」


マイトが指を折りながら数えた。


「ゼルの移送。」


一本目。


「運動会スポンサー探し。」


二本目。


「あと観光。」


三本目。


審査官が机に突っ伏した。


「情報量が多い・・・。」


衛兵長も遠い目をする。


「もう帰りたい・・・。」


誰かが本音を漏らした。

その時だった。

書類を整理していた審査官の手が止まる。


「・・・待て。」


嫌な予感しかしない声だった。

全員が見る。

審査官はゼルの欄を何度も見返している。


「おかしい。」


「何がだ。」


ガエンが聞く。

審査官の額に汗が浮かんでいた。


「危険人物移送の場合。」


「うん。」


マイトが答える。


「通常は拘束具の装着が義務です。」


沈黙。

審査官がゆっくり顔を上げる。


「手枷は。」


「ないよ。」


「足枷は。」


「ないよ。」


「封魔具は。」


「ないよ。」


「監禁用魔道具は。」


「ないよ。」


審査官の顔色が真っ青になった。


「ないのか!?」


絶叫だった。

衛兵達も一斉にざわつく。


「おいおいおい!!」

「拘束してないのか!?」

「正気か!?」

「死霊使いゼルだぞ!?」


武器に手をかける者まで出始めた。

審査官は机を叩く。


「なぜ拘束していない!!」


マイトが不思議そうな顔をする。


「必要ないから。」


「必要あるだろ!!」


即答だった。

門前が再び騒然となる。

審査官が半ば悲鳴のような声を上げる。


「もし逃走したらどうするんですか!」


ぱらり。


ページをめくる音。

全員が振り返る。

ゼルだった。

そして本を閉じてゆっくり立ち上がる。

そして心底くだらないものを見る目で審査官を見た。


「一つ聞きますが。」


「な、なんだ。」


「勇者がいるのに悪事を働く馬鹿がどこにいるんです?」


沈黙。

ゼルは続ける。


「逃げる。」


「・・・。」


「暴れる。」


「・・・。」


「犯罪を犯す。」


「・・・。」


「その結果、あの勇者が飛んできます。」


マイトがにこにこ手を振った。


「やあ。」


後ろの列から声が上がる。


「嫌すぎる。」

「確かに。」

「それは嫌だ。」

「すごく嫌だ。」


妙な説得力があった。

ゼルは鼻で笑う。


「普通の知能があれば分かる話です。」


審査官の眉がぴくりと動く。

ゼルはさらに追撃した。


「そんな事も理解できないのですか。」


「む。」


「司法国家の審査官の知能とはその程度なのですね。」


「なっ。」


「少々期待し過ぎていました。」


周囲から「うわぁ・・・」という声が漏れた。

衛兵長が顔を覆う。


「始まった・・・。」


ナラが頷く。


「始まりましたね。」


ラーシャもため息を吐く。


「ゼル先生の煽り講座だな。」


ガエンが腕を組む。


「相変わらず性格が悪い。」


ゼルは平然としていた。

審査官は顔を真っ赤にする。


「わ、私は職務として確認しているだけです!」


「そうですか。」


「当然だろう!」


「つまり職務として愚問を投げている訳ですね。」


「ぐっ。」


「大変ですね。」


「ぐぬぬ・・・。」


完全に遊ばれていた。

後ろの冒険者達から笑い声が漏れる。


「やべえ。」

「審査官が負けてる。」

「死霊使い強い。」

「口が。」

「口が強すぎる。」


ゼルは肩をすくめた。


「安心してください。」


「・・・。」


「私はあなた達に興味がありません。」


「全然安心できません!」


「それに。」


紫色の瞳が細められる。


「本当に危険なのは私ではありません。」


全員の視線が動く。

ゼルが指差した先はマイトだった。


「え?」


マイトが自分を指差す。


「俺?」


「そうです。」


「なんで?」


「あなたは善意で行動します。」


「うん。」


「だから危険です。」


「意味が分からない。」


「それでいいのです。」


ゼルは即答した。

衛兵長が頭を抱える。


「死霊使いが勇者を危険人物扱いしてる・・・。」


審査官も遠い目になった。


「もう何が正しいのか分からない・・・。」


そして後ろの列から誰かが呟く。


「この中で一番常識人なのあのオーガじゃないか?」


ガエンは即座に否定した。


「やめろ。」


「なんでだ。」


「その役職は責任が重い。」


門前に再び笑いが広がった。

笑いと混乱に包まれながらも、なんとか入国審査は終了した。


巨大な門がゆっくりと開く。


「通ってよし。」


審査官が疲れ切った顔で言う。


「やった。」


マイトが元気よく両手を上げた。


「やっと入れる!」


「あなたのせいで三倍は時間がかかりました。」


ゼルが言う。


「なんで!?」


「自覚がないのが恐ろしいですね。」


衛兵長が遠くを見た。


「もう行ってくれ・・・。」


心からの願いだった。

こうして一行は司法国家サイヴァーンへと足を踏み入れた。


サイヴァーンの街並みは壮観だった。

白い石畳、整然と並ぶ建物。

街の至る所に衛兵の詰所があり、犯罪抑止のための魔道具まで設置されている。

いかにも司法国家らしい光景だった。


「綺麗な街だね。」


ナラが感心する。


「治安の良さは大陸でも有数です。」


ゼルが答えた。


「犯罪者には地獄ですが。」


「お前が言うと説得力があるな。」


ガエンが呟く。


しばらく歩く。

すると中央広場へと出た。

噴水。花壇。広い石造りの広場。

そしてその中央には巨大な銅像が建っていた。

全員の足が止まる。


「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」


そこに立っていたのは。

剣を掲げる勇者マイトの銅像だった。

しかも無駄に大きい。

十メートルはある。

台座には大きく文字が刻まれていた。


『平和の象徴 勇者マイト』


沈黙。

ナラが銅像を見る。

マイトを見る。

また銅像を見る。


「似てる。」


「本人だからな。」


ガエンが言った。

ラーシャも見上げる。


「思ったより大きいですね。」


「大きすぎます。」


ゼルが即答した。

当の本人は唖然としていた。


「いやいやいや。」


全員を見る。


「なんであるの!?」


「知らん。」


ガエンが答えた。


「俺に聞くな。」


マイトは銅像を指差した。


「しかもポーズが変だ!」


銅像はやたら格好つけていた。

風も吹いていないのにマントがなびいている。

目線は遥か彼方。

剣は天高く掲げられている。


「こんなポーズした事ないよ!?」


「だろうな。」


ナラも頷く。


「マイトはもっとこう。」


ナラが再現する。


「腹が減ったー。」


だらん。


「飯まだー。」


だらん。


「面白そうだから行こう。」


だらん。


「そんな感じだよね。」


「なんかひどくない!?」


「事実じゃん。」


全員が頷いた。

マイトがショックを受ける。


「えぇ・・・。」


その時だった。

近くを歩いていた子供達が銅像を見上げる。


「勇者様だー!」


「かっこいい!」


「いつか会ってみたいな!」


マイトは複雑な顔になった。


「ごめんね。」


「?」


「本人もっと残念なんだ。」


「何言ってるんですか。」


ラーシャが呆れた。

ゼルは銅像を見上げながら呟く。


「撤去した方がいいですね。」


「なんで。」


「風評被害です。」


「どっちに対して!?」


さらに街を歩く。

市場通りへ入ると一気に賑やかになった。

商人達の呼び声。行き交う人々。露店の並ぶ通り。

マイトはきょろきょろしながら歩いていた。


「おおー。」


完全に観光客だった。

すると、ある店の前で足が止まる。


「・・・。」


「どうした。」


ガエンが聞く。

マイトは返事をしない。

ただ一点を見つめていた。

全員が視線を向ける。

そこには雑貨屋があった。

普通の雑貨屋。

鍋。皿。箒。魔道具。文房具。

色々並んでいる。

しかし店先の棚にだけ妙な物が置いてあった。

木箱に入った魔導結晶。

そして横の看板。


『最新魔導娯楽機入荷!!』


『大人気ソフト多数!!』


マイトの目が輝いた。

キラキラしていた。

本当にキラキラしていた。


「ゲームだ。」


ぽつり。


「ゲームだ!!」


次の瞬間。

一直線に店へ突撃した。


「おおおおおお!!」


「待て。」


ガエンが首根っこを掴む。


「離して!」


「駄目だ。」


「新作だよ!?」


「スポンサー探しが先だ。」


「一分だけ!」


「駄目だ。」


「三十秒!」


「駄目だ。」


「見るだけ!」


「絶対嘘だ。」


即答だった。

マイトは悲鳴を上げる。


「うわあああああ!!」


店先には魅力的な宣伝文句が並んでいた。


『超高難易度アクション!』


『百時間遊べる大作RPG!』


『通信対戦対応!』


マイトの瞳が潤む。


「俺を呼んでる・・・。」


「呼んでない。」


ガエンが切り捨てる。


「でもほら!」


「呼んでない。」


「絶対面白い!」


「知らん。」


「買いたい!」


「駄目だ。」


マイトは絶望した。

ラーシャが苦笑する。


「子供ですね。」


ナラも笑う。


「銅像の英雄がゲーム屋の前で駄々こねてる。」


「平和の象徴。」


ゼルが言う。


「そして現実。」


全員がマイトを見た。

地面にしゃがみ込みそうな勢いでゲームソフトを見つめている勇者。

広場の銅像との落差が酷かった。

その時だった。


「失礼。」


不意に低く落ち着いた声が響いた。

マイト以外が振り返る。

人混みが自然と左右に分かれていた。

そこを歩いて来る一団がいる。

黒を基調とした礼服。

胸には金糸で刺繍された天秤の紋章。

司法国家サイヴァーンの紋章だった。

先頭の男は四十代ほど。

白髪交じりの髪を後ろで束ねている。

鋭い目、隙のない立ち姿。

周囲の市民がざわついた。


「おい。」

「王宮の人間だ。」

「しかもあれ・・・。」

「王室直属の使者じゃないか。」


ガエンが目を細める。


「来たか。」


男は一行の前で立ち止まった。

そして丁寧に一礼する。


「勇者マイト殿。」


マイトはゲームソフトを見ながら答えた。


「今忙しい。」


「聞けよ。」


ガエンが思わず言った。


「国王陛下より招待を承っております。」


マイトが顔を上げる。


「え?」


男は淡々と続けた。


「皆様を王城へお連れするよう命じられております。」


ナラが首を傾げた。


「えっと。もうバレてたの?」


「当然です。」


即答だった。


「勇者殿が入国された時点で王宮へ報告が上がります。」


マイトが遠い目になった。


「有名人って大変だなあ。」


「今さらですか。」


ラーシャが呆れる。

使者はさらに視線を移した。


「そして。」


その視線がゼルで止まる。

一瞬、空気が張り詰めた。

周囲の護衛達の手が無意識に剣へ伸びる。

ゼルは平然としていた。


「死霊使いゼル。」


使者が言う。


「あなたの入国記録も確認しております。」


「そうですか。」


「王宮は非常に驚いております。」


「でしょうね。」


ゼルは他人事のようだった。

使者は数秒沈黙した後、小さく息を吐いた。


「正直に申し上げます。」


「はい。」


「報告書を読んだ時、冗談だと思いました。」


ガエン達が頷いた。

全員同意だった。


「勇者が死霊使いを護送している。」


使者が言う。


「しかも本人達が普通に街を歩いている。」


「うん。」


マイトも頷いた。


「俺も変だと思う。」


「当事者が言うな。」


ガエンが突っ込む。

使者は頭を押さえた。


「さらに。」


嫌な予感がした。


「運動会のスポンサー獲得のため来訪。」


全員が固まる。


「あー・・・。」


マイトが目を逸らした。

使者は無表情だった。


「報告書を書いた審査官に医師を呼ぼうか真剣に悩みました。」


「気持ちは分かる。」


ガエンが頷いた。


「ですが。」


使者は姿勢を正す。


「国王陛下は皆様に興味を持たれています。」


「興味?」


ナラが聞き返す。


「はい。」


使者は真顔で言った。


「特に。」


嫌な予感しかしなかった。


「魔王主催の運動会について。」


全員沈黙。

だが使者は続ける。


「陛下は詳細を知りたがっております。」


「なんで?」


マイトが素で聞いた。


「『玉入れはあるのか』と。」


「なんで?」


「『騎馬戦は開催されるのか』とも。」


「なんで?」


「『我が国も参加可能か』とも。」


「だからなんで!?」


マイトが叫んだ。

使者は初めて少しだけ困った顔をした。


「私にも分かりません。」


全員同意だった。

ガエンが静かに呟く。


「感染したな。」


「何が?」


ナラが聞く。


「バラムの馬鹿が。」


全員が空を見上げた。

まだスポンサー探しすら始まっていない。

なのに何故か国王が運動会に興味津々だった。


使者に案内され、一行はサイヴァーンの中心へ向かう。

巨大な白亜の城。

司法国家サイヴァーンの象徴。

高い塔と無数の尖塔が空へ伸びている。

美しさよりも威圧感が先に来る城だった。


マイトが見上げる。


「なんか裁判しそうな城だな。」


「裁判する城だからな。」


ガエンが答えた。


「確かに。」


「納得するな。」


そんな会話をしながら門をくぐる。

城内へ入ると空気が変わった。

静かだ。

兵士も文官も全員が無駄口を叩かない。

規律が徹底されている。

ゼルが周囲を見回す。


「なるほど。」


「何だ。」


ガエンが聞く。


「犯罪者が嫌がる国だというのは理解できます。」


「褒めてるのか?」


「事実を述べただけです。」


全く信用できなかった。

やがて一行は地下へ案内される。


重い鉄扉。魔法陣。結界。監視用の水晶。

普通の牢獄ではない。

ナラが引いた。


「うわ。」


ラーシャも頷く。


「凄い。」


使者が説明する。


「ここは王城内特別監獄です。」


「特別?」


ガエンが聞く。


「国家転覆級の犯罪者や危険人物を収容します。」


全員の視線がゼルへ向く。

ゼルは少しだけ感心していた。


「良い設備ですね。」


「褒められても嬉しくありません。」


使者が真顔で返す。

牢の前へ到着する。

厚さ数十センチはありそうな扉だった。

使者が振り返る。


「ゼル。」


「はい。」


「ここから先は正式な身柄拘束となります。」


ゼルは頷いた。

抵抗する様子はない。

むしろ本を閉じると素直に立ち上がる。


「構いません。」


「・・・。」


兵士達が警戒している。

ゼルは少し首を傾げた。


「何ですか?」


「いや。」


兵士の一人が言う。


「抵抗しないのか。」


「何故です?」


「え?」


「勇者がいますよ。」


ゼルは当然のように答えた。


「逃げられる訳がないでしょう。」


全員がマイトを見る。

マイトは親指を立てた。


「信頼されてる。」


「違う。」


ガエンが即答した。


ゼルが入ると牢の扉が閉まる。

重い音が地下へ響いた。


ガシャン。


結界が発動する。

青い光が走る。

これでようやくサイヴァーン側も少し安心したらしかった。

使者が深々と頭を下げる。


「護送に感謝します。」


「仕事だからな。」


ガエンが答える。


「それでは陛下がお待ちです。」


一行は再び地上へ戻った。

そして巨大な扉の前で足を止める。

玉座の間。

使者がゆっくり扉を開いた。

重厚な音が響く。

その先には赤い絨毯が真っ直ぐ伸びていた。

左右には文官と騎士が数十人はいる。

全員が静まり返っている。

そして最奥。

高い玉座に一人の女性が座っていた。

長い栗色の髪、透き通るような白い肌、鋭い蒼い瞳。

豪華な王衣を纏いながらも装飾に頼らない圧倒的な存在感。


真顔。、一切の隙がない。


そこに座るだけで法そのものが人の姿を取ったようだった。


サイヴァーン国王、そして最高裁判長。

リターシャ・カイゼルン。


誰も口を開かない。

自然と空気が張り詰める。

だがマイトだけは違った。


「おお。」


全員が嫌な予感を覚える。


「女王様だ。」


ガエンが頭を抱えた。

ナラが顔を覆った。

ラーシャは天井を見た。

使者は遠い目になった。

リターシャは無表情のまま言う。


「勇者マイト。」


「はーい。」


「噂通りですね。」


「よく言われる。」


「褒めていません。」


「だよねー。」


マイトは頷いた。

玉座の間に小さな笑いが漏れる。

だがリターシャの表情は変わらない。

彼女はゆっくりと視線を動かした。


ガエン。

ラーシャ。

ナラ。


そして最後に地下に収監されたゼルの報告書へ目を落とす。


「死霊使いゼルの収監は完了したそうですね。」


「はい。」


使者が答える。


「結界も正常です。」


「よろしい。」


短い一言。

それだけで全員が姿勢を正した。

絶対的な威厳だった。

リターシャは書類を閉じる。


そして静かに言った。


「では本題に入りましょう。」


嫌な予感がした。

ガエン達全員が察した。

リターシャは真顔のまま尋ねる。


「魔王主催運動会について詳しく説明してください。」


やっぱりそれだった。


「まず。」


リターシャは真剣だった。

国政会議より真剣だった。


「開催日はいつですか。」


「え。」


マイトが固まる。


「競技種目は。」


「え。」


「玉入れはありますか。」


「なんでそんな玉入れ好きなの?」


「重要です。」


即答だった。

誰も意味が分からなかった。

リターシャはさらに続ける。


「騎馬戦。」


「あると思う。」


「参加人数制限は。」


「知らない。」


「優勝賞品は。」


「知らない。」


「お弁当は出ますか。」


「知らない!」


マイトが叫んだ。

玉座の間に沈黙が落ちる。

リターシャは少しだけ眉をひそめた。


「スポンサー獲得のため来たのに。」


「まだ詳細知らないんだよ!」


ガエンが深いため息を吐いた。


「だから説明に来たんだ。」


玉座の間の全員が静かになる。

リターシャは背筋を伸ばしたまま言う。


「聞きましょう。」


その瞬間。

文官達が一斉に羽ペンを構えた。

ガエンが少し引いた。


「何で記録取る気満々なんだ。」


「国家運営に必要な情報です。」


リターシャが真顔で答える。


「運動会だよね?」


ナラが確認した。


「はい。」


即答だった。

全然即答する内容ではなかった。

ガエンは諦めた。


「開催はおよそ一年後だ。」


羽ペンが走る。


カリカリカリカリ。


異様な速度だった。


「場所は魔族領王都マグノリア。」


さらに記録。


「現在、会場はドワーフ達が建設を始めている。」


カリカリカリカリ。


「だが資金が足りない。」


リターシャの目が少しだけ鋭くなる。


「なるほど。」


「だからスポンサー獲得が最優先だ。」


「合理的ですね。」


「競技内容はまだ決まってない。」


羽ペンが止まった。

全員が顔を上げる。


「決まってない?」


リターシャが聞く。


「決まってない。」


「何も?」


「何も。」


「玉入れも?」


「決まってない。」


玉座の間がざわついた。

文官の一人が思わず口を開く。


「競技がない運動会とは。」


隣の文官が肘で黙らせた。

すぐ静かになる。

規律が凄かった。

リターシャは少し考える。


「つまり今なら要望が通る可能性があると。」


「多分な。」


「なるほど。」


彼女は頷いた。

そして横を見る。


「文官長。」


「は。」


「希望競技案を提出してください。」


「承知しました。」


「待て。」


ガエンが止めた。


「何でそんな乗り気なんだ。」


リターシャは真顔だった。


「国際交流です。」


絶対違う。

誰も信じなかった。

ガエンは続ける。


「ちなみに人間領王都フィルドリアはスポンサーになった。」


その瞬間。

玉座の間の空気が変わった。

文官達の目が少しだけ見開かれる。

騎士達も反応した。

リターシャも僅かに目を細める。


「フィルドリアが。」


「そうだ。」


「正式に?」


「正式にな。」


沈黙して数秒後。

リターシャが聞く。


「金額は。」


「公表は出来ない。」


「契約内容は。」


「それも公表出来ない。」


「スポンサー特典は。」


「卵焼き屋台や国名の表記等。」


リターシャは静かに考え込む。

そして結論を出した。


「参加しない理由がありませんね。」


全員が思った。

早い。判断が早すぎる。

騎士団長が一歩前に出る。


「陛下。」


「何でしょう。」


「本気ですか。」


「もちろんです。」


真顔だった。

一切冗談に見えない。


「フィルドリアが参加し、魔族領が主催し、ドワーフが建設を担当する。」


リターシャは指を組む。


「これほど大規模な国際行事は珍しい。」


確かにその通りだった。


「加えて。」


リターシャが続ける。


「平和的交流。」


「はい。」


「経済効果。」


「はい。」


「外交強化。」


「はい。」


「玉入れ。」


「最後いらない。」


ガエンが即答した。

リターシャは無表情のまま続ける。


「我が国もスポンサーになります。」


玉座の間が静まり返った。

マイトが目を丸くする。


「おお。」


ナラも驚いた。


「即決?」


ラーシャも頷く。


「早いです。」


ガエンも少し驚いていた。

リターシャは淡々と言う。


「ただし条件があります。」


「何だ。」


「競技案提出権。」


「何それ。」


「スポンサーとして当然です。」


全然当然じゃなかった。

リターシャは横を見る。


「文官長。」


「は。」


「司法国家サイヴァーン代表案を。」


文官長は待ってましたと言わんばかりに分厚い書類を取り出した。


ドサッ。


全員が固まる。


「何だそれ。」


マイトが聞く。

文官長は答えた。


「以前から考案していた競技案です。」


「以前から?」


「運動会開催を知る前からです。」


意味が分からなかった。

書類の表紙には大きく書かれていた。


『第一回サイヴァーン国内運動会企画書 全四百八十七ページ』


ガエンが頭を抱えた。

ラーシャも頭を抱えた。

ナラは笑う。

マイトは目を輝かせる。


「面白そう!」


リターシャは静かに頷いた。


「採用を希望します。」


ガエンは遠い目になった。


バラム、お前が言い始めた運動会。どうやら想像以上の怪物になり始めているぞ。

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