166.会場、準備が進む
翌日、運動会会場の一角に設けられた実況室へ、バラムとマイトがやって来ていた。
「おお……!」
部屋に入った瞬間、マイトが目を輝かせる。
「すげぇ!」
実況室は、マイトが以前注文していた通り、完全防音仕様になっていた。
外の歓声や競技の音がほとんど聞こえてこない。
さらに空調も完備されており、長時間ここにいても快適に過ごせるようになっている。
正面には大きな窓があり、会場全体を一望できる。
どの競技がどこで行われているのか、一目で確認できる造りだ。
そして中央には、実況用の魔道マイク。
「これが実況用の魔道マイクだ。」
バラムが誇らしげに指差す。
「拡声石を組み込んである。これなら会場の隅々まで声を届けられる。」
「本格的だな……!」
マイトがマイクを眺めながら感心する。
「これなら実況中に声が聞こえないなんてこともなさそうだ。」
「当然だ。」
バラムは腕を組む。
「せっかく世界中から観客が集まるのだ。実況が聞こえなければ意味がない。」
「バラム、めちゃくちゃ気合入ってるじゃん。」
「当然だ!」
バラムはさらに室内を指差した。
「そして、これだ!」
「ん?」
マイトが振り返る。
そこには大きなモニターと、複数のゲーム魔道具が設置されていた。
「おおおおっ!」
マイトの顔が一気に輝く。
「ゲーム!」
「注文通り競技の合間に遊べるように用意した。」
バラムが満足そうに頷く。
「実況の合間に暇を持て余すのもつまらんからな。」
「本当にいいの?」
「休憩時間くらい構わんだろう。」
マイトはゲーム魔道具を手に取る。
「これ、何人で遊べる?」
「四人までだ。」
「じゃあガエンやダグラスも呼ぼうぜ!」
「……実況室で遊ぶことが目的になっていないか?」
バラムが呆れた顔をする。
「いやいや、ちゃんと実況もするって!」
「本当だろうな?」
「たぶん。」
「そこは断言しろ。」
バラムがため息をつく。
それでも、どこか嬉しそうだった。
そしてバラムは、正面の窓の前まで歩いていく。
「見ろ、マイト。」
「うん。」
窓の向こうには、整備の進んだ運動会会場が広がっている。
観客席。
競技場。
選手の待機場所。
そして各国から訪れる者達を受け入れるための設備。
すべてが一望できる。
「ここからなら、会場全体を見渡せる。」
バラムは窓の外を眺めながら言った。
「競技中に何か起きても、すぐに確認できるだろう。」
「すごいな……。」
マイトも窓の外を見る。
「本当に全部見える。」
「実況席としては完璧だろう。」
「うん!」
マイトが笑う。
「これならちゃんと実況できそうだ!」
「うむ。」
バラムが不敵に笑った。
「実際にこの部屋を見ると実感が湧いてきた。」
マイトは魔道マイクを見つめる。
「俺とバラムがここで実況するんだよな。」
「うむ。」
「……なんか楽しそうだな。」
その言葉に、バラムは満足そうに笑った。
「そうだろう?」
そして魔道マイクを手に取る。
「では、試してみるか。」
「今?」
「ああ。」
バラムはマイクに向かって姿勢を正す。
「皆の者、よく聞け!」
声が拡声石を通して会場へ響き渡る。
「うおっ!?」
マイトが驚いて耳を押さえる。
「声デカッ!」
「ふっ。」
バラムは得意げに笑う。
「これが魔王の声だ。」
「いや、拡声石の力だから!」
「細かいことを言うな。」
「いや、そこ大事だろ!」
実況室に、二人の笑い声が響いた。
運動会本番は、まだ先。
しかし二人にとって、この実況室もまた、すでに戦いの舞台の一つになりつつあった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
一方その頃、運動会会場の一角に設けられた救護室では、ダークエルフのラーシャとピクシーのナラが、室内の最終確認を行っていた。
部屋の中には、薬草をはじめとした各種の治療道具が棚に整然と並べられている。
傷口を洗うための薬液。
擦り傷や打撲に使う薬草。
疲労回復用の回復薬。
包帯やガーゼ。
さらには簡単な骨折にも対応できるよう、添え木まで用意されていた。
ラーシャは棚を一つずつ確認していく。
「……必要なものは、ほとんど揃っていますね。」
薬草の入った箱を手に取り、内容を確認する。
「こちらの薬草も状態が良いですし、回復薬も十分な数が用意されています。」
「すごいよね!」
ナラが胸を張る。
「ドワーフさんたちが棚も作ってくれたんだよ!」
「ええ。とても助かります。」
ラーシャは微笑みながら頷いた。
「運動会ですから、多少の擦り傷や打撲は起こるでしょう。ですが、これだけ準備が整っていれば、万が一の事態にも落ち着いて対応できそうです。」
「ラーシャ、治療できる?」
「もちろんです。」
ラーシャは穏やかに答える。
「私は薬草の扱いには慣れておりますし、簡単な治療でしたら問題ありません。」
「じゃあボクも手伝う!」
「ありがとうございます、ナラさん。」
二人は救護室の中央に置かれた治療台へ目を向ける。
「ただし……」
ラーシャが少しだけ真剣な表情になる。
「怪我をした方が出た場合は、無理に動かそうとはしないでくださいね。」
「わかった!」
「それから、回復薬も勝手に飲ませてはいけません。症状を確認してから使いましょう。」
「はーい!」
元気よく返事をするナラ。
ラーシャはそんなナラを見て、くすりと笑った。
「ふふ。これなら心配ありませんね。」
「うん!」
「それなら私は、薬草と回復薬の最終確認をしておきましょう。」
ラーシャは棚の前に戻り、もう一度道具を確認していく。
運動会は競技だけで成り立つものではない。
選手が安全に競技へ挑み、観客も安心して楽しめるようにする。
そのための準備もまた、大切な仕事だった。
ラーシャは整然と並んだ医療道具を眺めながら、小さく頷く。
「……これなら、皆様にも安心して楽しんでいただけそうですね。」
ナラも笑顔で頷いた。
「うん!」
救護室にもまた、本番へ向けた準備が着々と整っていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
さらにその頃、運動会会場の一角に設けられたステージでは、別の二人が本番に向けて準備を進めていた。
ステージの上に立っているのは、ドラゴニュートのビルム。
そして、その隣にはラミアのミリアがいた。
ステージは運動会の競技とは少し離れた場所に設置されている。
競技の合間には、ここでお笑いライブや音楽ライブなどが行われる予定になっている。
ビルムはそんなステージの上を、端から端まで歩き回っていた。
「おお……ええやん!」
ステージの中央まで歩いていく。
「広いやんけ!」
今度は端まで移動する。
「こっちから見ると客席がこんな感じか……」
振り返って客席を眺める。
そして再び中央へ戻る。
「ええなぁ……!」
その顔には、隠しきれないほどのワクワクが浮かんでいた。
ミリアはそんなビルムを眺めながら、首を傾げる。
「ビルム、さっきから同じところを行ったり来たりして何をしてるの?」
「何って、ステージの確認や!」
「確認……?」
「せや!」
ビルムは胸を張る。
「ここでワイらが客を笑わせるんやろ?」
「そうね。」
「せやったら、ステージの広さとか客席との距離とか、ちゃんと確認しとかんとな!」
ビルムはそう言うと、ステージの前方まで歩いていく。
「ここに立って……」
客席を指差す。
「こうやって喋ったら、向こうまでちゃんと届くんやろか?」
「魔道マイクがあるから、大丈夫。」
「それでもや!」
ビルムはニヤリと笑う。
「実際に立ってみたら分かることもあるんや!」
「なるほど。」
ミリアは素直に頷く。
するとビルムは、突然ステージの中央で両手を広げた。
「ここでワイが登場して。」
「うん。」
「ドーン!」
「……何が?」
「勢いや!」
「勢い。」
「せや!」
ビルムは満面の笑みを浮かべる。
「こういうのは勢いが大事なんや!」
ミリアは少し考え込む。
「じゃあ、私も勢いをつける?」
「ミリアは……」
ビルムがミリアを見る。
「そのままでええと思うで。」
「なんで?」
「何言い出すか分からんからや。」
「褒められた?」
「褒めてへん。」
即答だった。
ミリアは不思議そうに首を傾げる。
「でも、ビルムもよく意味の分からないことを言う。」
「ワイは意味分かっとるわ!」
「そうなの?」
「もちろんや!」
ビルムは胸を張る。
「ワイの言葉には、深い意味が。」
「深い意味?」
「……あるような、ないような。」
「ない。」
「そこは察してくれや!」
ビルムが頭を抱える。
その様子を見ていたミリアが、くすりと笑った。
「ふふ……本番が楽しみ。」
「ああ。」
ビルムも客席を見渡す。
まだ観客のいない広い会場。
しかし、本番になればここには世界各地から集まった人々が座ることになる。
競技の合間に歓声が上がり、ステージへ視線が集まり、笑い声や音楽が響き渡る。
そう考えるだけで、ビルムの胸は高鳴った。
「……なんや、ワクワクしてきたわ。」
「ビルム、ずっとワクワクしてる。」
「そらそうや!」
ビルムは笑う。
「こんなデカい運動会で、ワイらがステージに立つんやで?」
「ええ。」
「絶対おもろいやん!」
ビルムは再びステージの中央へ歩いていく。
そして客席に向かって大きく手を広げた。
「待っとれよ、世界中の観客!」
誰もいない客席へ向かって叫ぶ。
「ワイらが最高に楽しませたるからなぁ!」
「……誰もいない。」
「今はな!」
ビルムは振り返って笑った。
「本番になったら、ここが人でいっぱいになるんや!」
その言葉に、ミリアも客席を見つめる。
「……本当に、楽しみ。」
「ああ!」
二人の視線の先には、まだ誰もいない観客席。
だが、そこに人々の笑顔が集まる日を想像するだけで、二人の胸は自然と高鳴っていた。
運動会の舞台裏では、実況室、救護室、そしてステージ。
それぞれの場所で、本番に向けた準備が着々と進んでいた。
そして、この世界で初めて開催される大運動会は、少しずつその姿を完成させていくのだった。




