164.オーガ、報告をする 後編
ガエンが報告書をめくる。
バラムが興味深そうに身を乗り出した。
「ほう。魔族領からも複数の国や都市が名乗りを上げたのか?」
「ああ。まず最初は氷雪都市クリアフォル。」
「クリアフォルか。」
バラムが頷く。
「極寒の地でありながら、近年は文化や娯楽にも力を入れている都市だな。」
「その通り。」
ガエンは資料を確認しながら続ける。
「クリアフォルとはスポンサー契約を結んだ。スポンサー特典は競技と競技の間に、お笑いライブや音楽ライブなんかのエンターテインメントを行うこと。」
「……お笑い?」
バラムが首を傾げる。
「お笑い。」
「運動会の途中で?」
「運動会だけじゃない。休憩時間や競技の合間に、観客を楽しませるイベントを入れるんだ。」
マイトが横から補足する。
「クリアフォルは、競技を見るだけじゃなくて、一日中楽しめる祭りみたいなイベントにしたいんだって。」
「なるほど。」
バラムが腕を組む。
「競技だけではなく、音楽や笑いも楽しめるというわけか。」
「そういうこと。」
ガエンが頷いた。
「だから、運動会の合間に芸人や音楽家を呼んでライブをやる。場合によっては、魔族と人間の合同ライブなんかも面白いかもしれない。」
「それはよいな。」
バラムが満足そうに頷く。
「観客が種族の違いを忘れて共に笑い、共に歌う。それこそ交流ではないか。」
「俺もそう思う。」
ガエンは次のページをめくった。
「次。軍事国家バルファード。」
「バルファードか。」
バラムの表情が少しだけ引き締まる。
「こちらもスポンサー契約を結んだ。」
「スポンサー特典は?」
「兵士達の特訓。」
「……随分と物騒だな。」
バラムが眉をひそめる。
「まあ、軍事国家だからな。」
ガエンが苦笑する。
「ただし、もう実際に特訓はやってきた。」
「ほう?」
「俺とダグラスとマイトとラーシャで、バルファードの兵士達を相手に訓練してきた。」
ダグラスも頷く。
「かなり鍛えられたぞ。あそこの兵士達、根性だけは凄まじい。」
「最初はどうなることかと思ったけどね。」
マイトが苦笑する。
「でも、いい訓練になったと思うよ。」
ガエンも頷いた。
「ああ。向こうも俺達から学ぶものがあったみたいだし、こっちもバルファードの軍事訓練から学ぶことがあった。」
「つまり、スポンサー特典そのものが交流になっているわけか。」
バラムが感心したように言う。
「そういうことだ。」
ガエンは報告書を閉じることなく、さらに次のページへ進む。
「そして次。」
「まだあるのか。」
バラムが少し驚いたように目を見開く。
「ああ。海洋都市国家アトラマリス。」
「アトラマリス……海の国か。」
「そう。」
ガエンは資料を確認する。
「アトラマリスは国王がいないからな。豪商やギルドとスポンサー契約を結んだ。」
「豪商やギルドと?」
「ああ。」
ダグラスが腕を組む。
「アトラマリスは商人の力が強いからな。商人やギルドがそれぞれスポンサーになる形になった。」
「なるほど。」
バラムが頷く。
「それで、特典は?」
ガエンが一瞬だけ黙った。
そして、少しだけ苦笑する。
「……剣聖スレイドの特別観覧席と、世界の酒を用意すること。」
「……。」
王の間に沈黙が落ちた。
バラムがゆっくりとガエンを見る。
「……剣聖スレイドの特別観覧席?」
「ああ。」
「そして?」
「世界の酒。」
「……。」
バラムは腕を組んだまま、しばらく黙っていた。
やがて、ぽつりと言う。
「なんで剣聖スレイド?」
バラムが首を傾げる。
ガエンは苦笑した。
「そこにはちょっと事情があってな。」
「事情?」
「ああ。」
ガエンは報告書を一度閉じ、順を追って説明する。
「実は最初、俺達だけでアトラマリスの商人達にスポンサーの話を持ちかけたんだ。」
「ほう。」
「ところが、ら」
ガエンはため息を吐いた。
「門前払いされた。」
「……門前払い?」
「そう。」
マイトが苦笑する。
「話すら聞いてもらえなかったんだ。」
「理由は?」
「似たような話はよくあるからな。。」
ダグラスが腕を組む。
「商人からすれば当然だ。利益になるか分からんものに金を出す理由がない。」
「その通り。」
ガエンは頷いた。
「そこで俺達は、別の伝手を探した。」
「それが剣聖スレイドか。」
「そういうことだ。」
マイトが口を開く。
「師匠は今、アトラマリスのスラム街にある孤児院を支援してるんだ。」
バラムが目を細める。
「孤児院を?」
「ああ。」
マイトは頷く。
「師匠は昔から子供達の面倒を見るのが好きでね。自分で金を出して孤児院を支援してるんだけど、それだけじゃ足りないらしくて。」
「だから豪商の用心棒をしている。」
ガエンが続ける。
「一つの豪商に雇われて、その報酬を孤児院への出資に回してるんだ。」
「……なるほど。」
バラムは納得したように頷く。
「剣聖ともあろう者が、用心棒とはまた随分と庶民的だな。」
「本人は気にしてないけどね。」
マイトが苦笑する。
「むしろ『剣を振るだけで子供達が飯を食えるなら安いもんだ』とか言ってたよ。」
マイトが少し誇らしげに笑う。
ガエンも頷いた。
「それでスレイドに事情を話した。」
「運動会のことを?」
「ああ。世界中の人間と魔族が集まること。各国がスポンサーになっていること。そして、単なる競技大会じゃなく、交流の場にしたいことをな。」
「それで?」
「スレイドが動いた。」
ガエンは肩をすくめる。
「自分が用心棒をしている豪商に話を持ちかけてくれたんだ。」
「一人にか?」
「最初はな。」
ガエンは苦笑する。
「そしてスレイドはその豪商にみんなを集めろと言った。」
マイトが続ける。
「気がついたらアトラマリスの豪商とギルド長が集まっていた。」
ガエンが締めくくる。
「……剣聖スレイド、恐るべし。」
バラムが感心したように呟く。
「剣で人を斬るだけが剣聖の仕事ではないということか。」
「むしろ今回は、剣を抜かずに商人達を動かしたからな。」
ダグラスが笑う。
「一番怖いのはそこかもしれん。」
ガエンは報告書をめくる。
「そうして、豪商達とスポンサー契約を結ぶことができた。」
「なるほど。」
バラムが頷く。
「それで、スポンサー特典がスレイドの特別観覧席と世界の酒というわけか。」
「いや。」
ガエンが首を横に振る。
「そこがちょっと違う。」
「違う?」
「スポンサー特典の話をしている時に、スレイドが言ったんだ。」
ガエンはスレイドの言葉を思い出す。
「『じゃあ俺の特別観覧席と、世界中の酒を用意しろ』って。」
王の間が静まり返る。
バラムが瞬きをする。
「……スレイドが?」
「ああ。」
「自分で要求したのか?」
「自分で。」
「世界の酒を?」
「世界の酒を。」
マイトが申し訳なさそうに頷く。
「師匠、酒好きだから……『俺が話をまとめたんだから、それくらい頼んでもいいだろ』って。」
「……。」
バラムが黙る。
そして、ゆっくりと口元を緩めた。
「ふっ……。」
「何だよ。」
「いや。」
バラムは肩を震わせながら笑う。
「実にスレイドらしいと思ってな。」
「笑い事じゃないぞ。」
「いやいや。世界中の酒を集めて特別観覧席で飲む剣聖か。」
バラムは楽しそうに笑った。
「なんとも豪快ではないか。」
「本人は『俺は酒を飲みながら運動会を見るだけだ』って言ってたけどな。」
「それだけ聞けばただの酔っ払いだな。」
「バラム。」
ガエンがジト目を向ける。
「……すまん。」
バラムは咳払いをする。
「ともあれ、契約は成立したのだな?」
「ああ。」
ガエンは頷いた。
「スレイドが豪商達を集めてくれたおかげでな。」
「それなら文句はない。」
バラムは満足そうに頷いた。
「特別観覧席についても準備してやれ。」
「分かった。」
「そして世界の酒も。」
「……それ、本当に必要か?」
ガエンが眉をひそめる。
バラムは堂々と答えた。
「スポンサー特典なのだろう?」
「いや、スレイドが勝手に要求しただけなんだが。」
「契約を取るために必要だったのなら、それも立派な外交費だ。」
「屁理屈だろ。」
「必要経費だ。」
「絶対違う。」
ガエンが即座に突っ込む。
マイトが苦笑しながら口を挟んだ。
「まあ、師匠が酒を飲みながら運動会を見てくれるなら、俺としても嬉しいけど。」
「お前まで何を言ってるんだ、マイト。」
「だって師匠、絶対楽しむよ。」
「……まあ、それはそうだろうな。」
ガエンはため息を吐く。
そして報告書を再び開いた。
「とにかく、アトラマリスのスポンサー契約はこれで成立。」
「よし。」
バラムが頷く。
「これで魔族領、人間領ともに、かなりの数のスポンサーが集まったな。」
「ああ。」
ガエンは資料を見下ろす。
「運動会そのものは、もうスポンサー集めの段階を越えた。」
そして、少しだけ笑う。
「後は集まったスポンサーと世界中の人達に、ちゃんと楽しんでもらうだけだ。」
バラムは満足そうに頷いた。
「うむ。では、次だ。」
ガエンが顔を上げる。
「何だ?」
「運動会の開催は二ヶ月後とする。」
「二ヶ月後か。」
「うむ。そして、運動会参加者の受け入れは開催一週間前から開始する。」
バラムは玉座から立ち上がり、堂々と言い放った。
「それまでに会場、宿泊場所、食事、警備……全てを整えておけ。」
「わかった。」
ガエンが頷く。
「いよいよ本番に向けて動き出すってことだな。」
「うむ。」
バラムはニヤリと笑った。
「世界中の者達を迎えるのだ。最高の運動会にしてやろうではないか。」




