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静寂の城〜魔王は世界征服をしたい〜  作者: 赤井六舷
魔族領王都、マグノリア

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163.オーガ、報告をする 前編

ガエン達三人は、長い廊下を進んでいた。

城の中は以前と変わらない。

いや、以前よりも整然としているようにも見える。


「……それにしても。」


マイトが前方を見ながら呟いた。


「王の間って、こっちで合ってるんだよね?」


「たぶん。」


ガエンが答える。


「たぶんって……。」


ダグラスが眉をひそめる。


「お前も分かっていないのか。」


「……。」


ガエンは黙った。

ダグラスがため息をつく。


「バラムに会いに行く途中で迷子になるなよ。」


「大丈夫だ。」


ガエンが自信ありげに言った。


「この先に見覚えがある。」


「本当に?」


マイトが尋ねる。


「ああ。」


ガエンが廊下の先を指差す。


「ほら、あそこだ。」


三人の前には、大きな両開きの扉があった。

その扉には巨大なバラムの顔が描かれていた。

腕を組み、威厳たっぷりにこちらを睨みつけている。


「……。」


三人が無言になる。


「相変わらずだな。」


ダグラスが呟く。


「何が?」


マイトが尋ねる。


「本人の顔を扉に描くところだ。」


「魔王だからね。」


「魔王だからって自分の顔を扉に描く必要はないと思うが。」


ガエンは苦笑しながら扉の前に立った。


「まあ、いい。入るぞ。」


ギィィィ……。


重い扉が開く。

三人が王の間へ足を踏み入れた。

広々とした王の間。高い天井。左右に並ぶ柱。

そして、その最奥にある巨大な玉座。

そこに魔王バラムが座っていた。


「……。」


三人は立ち止まった。

バラムは目を閉じている。

微動だにしない。


「……寝てるね。」


マイトが小声で言った。


「寝てる。」


ダグラスも即答する。

ガエンは額に手を当てた。


「……あいつ。」


玉座に座ったまま、バラムは完全に眠り込んでいた。

しかも、よく見ると口元が僅かに動いている。


「……む。」


バラムが小さく呟いた。


「我が魔王軍の力をもってすれば……」


三人が顔を見合わせる。


「……世界の……」


バラムは眉間に皺を寄せる。


「……プリンを……」


「ん?」


ガエンが眉をひそめる。


「全て我のものに……」


「何の夢見てんだよ。」


ガエンが呆れた声を漏らした。

だが、バラムは起きない。


「……特大サイズを……」


「そこまでだ。」


ガエンが玉座へ歩いていく。


「バラム。」


反応なし。


「おい、バラム。」


反応なし。


「魔王。」


反応なし。


「……プリン。」


バラムの眉がピクッと動いた。


「……。」


ガエンが無言になる。


「反応したな。」


マイトが呟いた。


「完全に食べ物で反応してる。」


ダグラスも呆れている。

ガエンは玉座の前まで歩くと、腕を組んだ。


「おい、バラム。」


「……我は寝てなど……」


「寝言言ってるだろ!」


ガエンのツッコミが王の間に響き渡った。


「……む。」


バラムの身体がビクッと跳ねた。

ゆっくりと目を開く。


「……。」


バラムは数秒、ぼんやりとガエン達を見つめた。

そして何事もなかったかのように背筋を伸ばした。


「……よく戻ったな。」


「いやいやいや。」


ガエンがすぐさま突っ込む。


「今寝てただろ!」


「何を言っておる。」


バラムは威厳たっぷりに顎を上げる。


「我は別に寝てなどおらぬ。」


「寝てた!」


「寝ていない。」


「寝言言ってたぞ!」


「言っておらぬ。」


「言ってた!」


「言っておらぬ。」


「『我が魔王軍の力をもってすれば世界のプリンを全て我のものに』って言ってたぞ!」


「……。」


バラムが固まった。

マイトが口元を押さえる。

ダグラスも視線を逸らしている。

ガエンだけがバラムをじっと見つめていた。


「……聞いたのか?」


バラムが低い声で尋ねる。


「聞いた。」


「……三人とも?」


「うん。」


マイトが頷く。


「はっきりと。」


「……。」


バラムはしばらく沈黙した。

そして、何事もなかったかのように玉座の肘掛けへ手を置く。


「……あれは夢ではない。」


「じゃあ何なんだよ。」


「予知夢だ。」


「絶対違うだろ!」


ガエンのツッコミが再び王の間に響き渡る。

バラムは咳払いを一つした。


「ともかく。」


無理やり話を戻すように、威厳のある声を出す。


「よくぞ戻った、ガエン。ダグラス。マイト。」


「話を逸らしたな。」


「逸らしておらぬ。」


「絶対逸らした。」


「……。」


バラムはガエンを無言で見つめる。

ガエンも無言で見つめ返す。

しばしの沈黙。

やがてバラムが折れた。


「……少しだけ目を閉じていただけだ。」


「それを居眠りって言うんだよ。」


「王たる者にも休息は必要なのだ。」


「まあ、それはそうだけど。」


ガエンはため息をついた。


「でも玉座で寝るなよ。」


「寝ておらぬと言っておるだろう。」


「まだ言うか。」


マイトが小さく笑った。


「相変わらずだね、バラム。」


「何を言う。余は常に威厳に満ち溢れている。」


「寝言でプリンを独占しようとしてたけどね。」


「マイト。」


「ん。」


「それ以上は言うな。」


「はーい。」


珍しく少しだけ気まずそうなバラムを見て、ガエンは苦笑した。

だが、すぐに表情を引き締める。


「さて。」


ガエンが一歩前へ出る。


「俺達も遊びに戻ってきたわけじゃない。」


「うむ。」


バラムも姿勢を正した。


「スポンサー集めの報告があるのだろう?」


「ああ。」


ガエンは頷いた。


「それと、もう一つ確認したい。」


「申してみよ。」


「大運動会だ。」


ガエンが真っ直ぐバラムを見る。


「会場はほぼ完成している。準備も最終段階だ。」


「うむ。」


「なのに俺達は、開催日をまだ聞いていない。」


バラムは玉座に深く腰掛けた。

そして、ほんの少しだけ口角を上げた。


「……そうであったな。」


「まさか。」


ガエンが嫌な予感を覚える。


「まだ決めてないとか言わないよな?」


バラムはゆっくりと目を閉じた。

そして。


「よくぞ聞いた。」


妙に威厳のある声で言った。


「大運動会の開催日は。」


三人が息を呑む。

バラムが重々しく口を開く。


「……。」


「……。」


「……。」


そして。


「その話はスポンサー集めの報告を聞いてからにしよう。」


「先に言えよ!!」


ガエンの絶叫が、王の間いっぱいに響き渡った。

そしてガエンは深いため息をついた。


「……分かった。じゃあ、スポンサー集めの報告から始める。」


「うむ。」


バラムが玉座に座り直す。


「では、聞かせてもらおう。」


ガエンは懐から報告書を取り出した。


「まずは、人間領の王都フィルドリア。」


「ほう。」


「フィルドリアが、大運動会のスポンサーとして契約してくれた。」


バラムが頷く。


「それは大きいな。して、スポンサー特典は?」


「卵焼きの屋台の出店。それと。」


ガエンが一枚目の資料をめくる。


「フィルドリアの朝食文化を、世界に普及させること。」


「……朝食文化?」


バラムが首を傾げる。


「フィルドリアでは、朝食を大事にする文化があるんだ。特に卵料理やパン、スープなんかを組み合わせた朝食が定番らしい。」


「なるほど。」


マイトが頷く。


「朝からちゃんと食べるってことだね。」


「そういうことだ。」


ガエンは続ける。


「大運動会の会場に朝食屋台を出して、そこでフィルドリア式の朝食を提供する。その後、各国の料理人にもレシピを広めていく予定だ。」


「ふむ。」


バラムが顎に手を当てる。


「食文化の交流か。実に平和的ではないか。」


「だろ?」


「そして卵焼きもある。」


バラムの目が僅かに輝いた。

ガエンが嫌な予感を覚える。


「……卵焼きがどうした?」


「いや。」


バラムは平静を装う。


「何でもない。」


「……プリンの次は卵焼きか。」


「何の話だ。」


「寝言の話。」


「もう忘れよ。」


「無理だ。」


マイトが笑いを堪えている。


「まあまあ。次いこうよ。」


「そうだな。」


ガエンは咳払いをした。


「次。司法国家サイヴァーン。」


バラムの表情が少し引き締まる。


「サイヴァーンも契約したのか。」


「ああ。」


「スポンサー特典は?」


「囚人の運動会参加。」


「……。」


バラムが黙った。


「サイヴァーン側からの提案だ。」


ガエンが説明する。


「囚人たちにも社会との接点を持たせたいらしい。もちろん、参加する種目や警備体制については厳重に管理する。」


「なるほど。」


バラムが頷く。


「ただ閉じ込めておくのではなく、運動会という場で他者と競い、交流する機会を与えるわけか。」


「そういうことだ。」


マイトが感心したように言う。


「運動会が、国同士だけじゃなくて、立場の違う人たちを繋ぐイベントになってきたね。」


「ああ。」


ガエンも頷く。


「スポンサー集めを始めた時は、ここまで話が広がるとは思ってなかった。」


「ふむ。」


バラムは満足そうに頷いた。


「よいではないか。」


「そして最後。」


ガエンが報告書をめくる。


「聖王国ルミナリア。」


その名を聞いた瞬間、三人の表情が少しだけ変わった。

バラムも静かにガエンを見る。


「……ルミナリアも契約したのか。」


「ああ。」


ガエンは頷いた。


「聖王国ルミナリアも、大運動会のスポンサーとして契約した。」


「して、特典は?」


ガエンは一度、息を吐いた。

そして、はっきりと告げる。


「バラムとの対話。」


「……何?」


バラムの眉が僅かに動いた。


「スポンサー特典は、魔王バラムとの対話だ。」


「我と?」


「そう。」


「……。」


バラムが腕を組む。


「一体、何を話すというのだ。」


「それは知らない。」


ガエンが答える。


「ただ、ルミナリア側はバラムと直接話す機会を望んでいる。」


「……なるほど。」


バラムはしばらく考え込んだ。


「聖王国の者と、魔王である我が直接言葉を交わす……か。」


「そういうことだ。」


「それもまた、運動会の目的の一つというわけだな。」


「うん。」


マイトが頷く。


「人間と魔族が普通に話せる場所を作る。それが今回の運動会だから。」


バラムは目を細めた。


「……よかろう。」


ガエンが顔を上げる。


「いいのか?」


「当然だ。」


バラムは玉座から立ち上がった。


「我は魔王だ。魔族を統べる者として、人間と対話することから逃げるつもりはない。」


その声には、先ほどまでの居眠り騒動とは違う、魔王らしい威厳があった。

ガエンも静かに頷く。


「分かった。じゃあ、ルミナリアにはそう伝える。」


「うむ。」


バラムが腕を組む。


「それで、スポンサーは以上か?」


「いや、次は魔族領だ。」

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