161.会場、最終調整をする
ドワルゴに案内されながら、ガエン達は観客席へと続く通路を歩いていた。
会場を一周するように造られた観客席は何段にも分かれており、その上部には屋根付きの来賓席まで用意されている。
「ここが客席じゃ。」
ドワルゴが得意げに手を広げる。
「魔族、人族、それぞれが座れるように区画を分けてある。じゃが、仕切りは低くしてあるぞ。」
「どうして?」
マイトが尋ねる。
「隣同士で話せるようにするためじゃ。」
ドワルゴがニヤリと笑った。
「せっかく一緒に競技を見るんじゃ。種族ごとに固まっておっては面白くないじゃろ?」
「なるほど。」
マイトが頷く。
ガエンも客席を見回した。
通路は広く、階段には滑り止めまで施されている。
観客が一斉に移動しても混雑しないよう、複数の出入口も設けられていた。
「……凄いな。」
「じゃろ?」
「いや、これは本当に凄い。」
ガエンが素直に感心すると、ドワルゴはさらに胸を張った。
「じゃが、まだ完成ではない。」
「まだ?」
「最終調整中じゃ。」
その言葉を聞いた直後。
「そこじゃ! もう少し右に寄せろ!」
大きな声が響いた。
「はい!」
「石材をあと二つ持ってこい!」
「了解!」
「そこの手すりは固定を確認したか!」
「今やっております!」
客席の一角では、大勢のドワーフ達が忙しそうに動き回っていた。
石材を運ぶ者。
手すりを叩いて強度を確かめる者。
魔法陣の刻まれた床を確認する者。
その中心で、ひときわ大きな身体をしたドワーフが腕を組み、次々と指示を飛ばしている。
「そこは三分の一寸だけ下げろ! 観客の視界を遮る!」
「はい!」
「通路の角は丸めておけ! 子供が走った時に危ない!」
「分かりました!」
「来賓席の椅子は全部確認したか!」
「あと四脚です!」
「なら急げ! 明日になってガタついておったらワシが直すぞ!」
ガエンがその姿を見て目を細める。
「……あれは。」
「もしかして?」
ダグラスが尋ねる。
「ああ。」
ガエンが頷いた。
「石工頭のバルグラムだ。」
「ガエンとダグラスがスポンサー集めの旅に出る前に会っておったじゃろ。」
「そうそう。」
バルグラムもこちらに気づいた。
「ん?」
作業の手を止め、こちらを見る。
そして。
「おお!」
顔が一気に明るくなった。
「ガエンじゃねぇか!」
「久しぶりだな、バルグラム。」
「ダグラスも!」
「元気そうだな。」
ダグラスが軽く手を上げる。
バルグラムは豪快に笑いながら二人のもとへ歩いてきた。
「帰ってきたとは聞いていたが、本当に帰ってきやがったな!」
「ああ。ようやくな。」
「長旅だったんだろ?」
「色々あったよ。」
ガエンが苦笑する。
「まあ、その話は後でゆっくり聞こうじゃねぇか。」
バルグラムがガエンの肩を叩く。
「今はこっちを見てくれ。」
「会場の最終調整か?」
「そうだ!」
バルグラムは胸を張る。
「もうすぐ本番だ。最後の最後まで手は抜けねぇ。」
その言葉に、ガエンは改めて客席を見回した。
「凄いな。本当にここまで仕上げたんだな。」
「当たり前だ。」
バルグラムがニヤリと笑う。
「ドワーフが造るからには、壊れない、揺れない、崩れない。それが基本だ。」
ガエンの眉がピクリと動く。
「……壊れない?」
「ああ。」
「本当に?」
「おう。」
ガエンは少しだけ間を置いた。
「ミノが突っ込んでも?」
「もちろんだ!」
バルグラムは自信満々に答えた。
「ありゃあドワルゴから散々言われたからな!」
「ミノ対策まで共有されてるのかよ……。」
ガエンが頭を抱えかけた、その時だった。
遠くから風を切る音が聞こえた。
ヒュオオオオオッ!
「ん?」
マイトが顔を上げる。
「何の音?」
風圧が次第に強くなっていく。
ガエンの表情が固まった。
「……まさか。」
ダグラスも空を見上げる。
「嫌な予感がするな。」
「またか?」
ビルムが頭を抱える。
「この城、帰ってきてから何回騒ぎが起きるんや……。」
ミリアが音の方を見る。
「……。」
そして空の彼方から、一つの影が猛烈な速度で近づいてきた。
「おおおおおおおおおおっ!」
叫び声が聞こえる。
「ルードだ。」
ダグラスが即座に言った。
「よりによって……。」
ガエンが額を押さえる。
ホークマンのルード。
高速飛行を得意とする男だ。
ただし、速度を出せば出すほど止まるのが苦手になる。
そしてその結果、壁や地面、柱などのありとあらゆるものに突き刺さる。
「ルード!」
ガエンが叫ぶ。
「止まれ!」
「無理だぁぁぁぁぁ!」
遠くからルードの声が返ってきた。
「速すぎて止まれねぇぇぇぇぇ!」
「何で飛ぶ前に考えないんだ!」
「飛んだ後に気づいたんだよぉぉぉ!」
ルードは一直線にこちらへ向かってくる。
しかも、その進行方向には。
「客席……。」
ラーシャが呟く。
「このままだと、客席に突っ込みます!」
「バルグラム!」
ガエンが叫ぶ。
「分かってる!」
バルグラムが振り返る。
「全員、動くな!」
「え?」
ガエンが目を見開く。
バルグラムが足元を指差した。
「そこから動くな!」
「いや、でもルードが!」
「大丈夫だ!」
バルグラムが叫ぶ。
その瞬間。
カッ!
客席の床に刻まれていた魔法陣が、一斉に光り始めた。
「これは……?」
ラーシャが目を見開く。
魔法陣から淡い光が広がり、客席全体を包み込んでいく。
「衝撃緩和用の魔法陣だ。」
バルグラムがニヤリと笑った。
「万が一、観客席に何かが飛び込んできても、速度を殺して安全に止めるようになってる。」
「万が一って……。」
ガエンがルードを見る。
「今まさに飛び込んで来てるけど。」
「だから試験できる。」
「試験って言うな!」
ルードが迫る。
「うおおおおおおおおおっ!」
そして客席まであと数メートル。
「ぶつかる!」
マイトが叫ぶ。
だがルードの身体が魔法陣の光に触れた瞬間。
フワッ。
「……え?」
猛烈な勢いで飛んできたはずのルードの身体が、まるで巨大な羽毛に包まれたかのように、ゆっくりと減速していく。
フワフワ。
フワフワ。
そして。
ポスッ。
ルードは客席の手前に、尻からゆっくりと着地した。
「…………。」
静寂。
「…………。」
ガエン達も固まっている。
ルード自身も何が起きたのか分からないらしく、目を丸くしている。
「……俺、生きてる?」
「生きてる。」
ダグラスが即答した。
「壁も?」
「無傷。」
「床も?」
「無傷だ。」
「俺も?」
「無傷。」
「すげぇぇぇぇぇ!」
ルードが飛び上がる。……そして、そのまま再び飛びそうになったところを、ガエンが襟首を掴んだ。
「待て。」
「はい。」
「今日はもう飛ぶな。」
「はい。」
ルードが素直に頷く。
バルグラムは満足そうに魔法陣を見下ろした。
「よし。」
「よし、じゃないだろ。」
ガエンが呆れた顔で言う。
「今のが本番だったら、観客席にいる全員が心臓止まってるぞ。」
「だが、誰も怪我してねぇ。」
「そういう問題じゃない。」
バルグラムは豪快に笑った。
「ガハハハ! これで実証もできた!」
「実証しなくていい!」
ガエンが叫ぶ。
その横で、ドワルゴが満足そうに頷いている。
「どうじゃ?」
「何が?」
「この会場は頑丈じゃろう?」
「……まあ。」
ガエンは魔法陣を見下ろした。
「そこは認める。」
そして、少し離れた場所でルードが尻をさすりながら呟く。
「……これ、すげぇな。」
バルグラムが振り返る。
「気に入ったか?」
「ああ! これなら俺でも安心して飛べる!」
「いや。」
ガエンが即座に割って入る。
「安心して飛ぶな。」
「なんでだよ!」
「お前の場合、安心すると速度を上げるだろ。」
「……。」
「図星か。」
「……ちょっとだけ。」
ビルムが腹を抱えて笑い出す。
「アホや! 自分から突っ込んでいく気満々やんけ!」
「うるせぇ!」
会場に笑い声が広がる。
ガエンも思わず笑った。
長い旅を終えて帰ってきたばかりなのに、相変わらずこの城は騒がしい。
だが、それでいいのだろう。
ここには、誰かを傷つけるためではなく、笑うために集まっている。
そして、そのための場所はドワーフ達の手によって、確かに完成へ近づいていた。




