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静寂の城〜魔王は世界征服をしたい〜  作者: 赤井六舷
魔族領王都、マグノリア

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159.迷子、笑い声を聞く

ギィィィィ……。


重い音を響かせながら、王の間の扉がゆっくりと開いていく。


「…………。」


ガエン達は中を覗き込んだ。


「……広っ。」


ビルムが思わず呟く。

以前の王の間も十分な広さがあった。

だが、今はその比ではない。


左右には巨大な柱が並び、天井は遥か頭上。

床には以前はなかった巨大な絨毯が敷かれ、壁には魔族領の紋章や装飾品が飾られている。

そして、その一番奥。

巨大な玉座に。


「……バラム。」


ガエンが呟いた。

魔王バラムが座っていた。

だが、こちらには気付いていない。

玉座に深々と腰掛け、何やら一冊の本を両手に持ちながら、真剣な表情で読み込んでいる。


「…………。」


ページをめくる。


「……ここでは声量を上げ、観客の意識を引き込む……。」


またページをめくる。


「……しかし、過度な抑揚は聞き手を疲弊させる……。」


さらにページをめくる。


「なるほど……。」


「…………。」


ガエン達は顔を見合わせた。


「何してんだ、あいつ。」


ダグラスが淡々と答える。


「実況の勉強だろう。」


「いや、それは分かるけど……。」


ガエンが苦笑する。

運動会で魔王バラムと勇者マイトが実況をすることは、全員が知っている。

もちろん、ガエン達も知っている。

だからこそ。


「……あんな真剣にやってるとは思わなかったな。」


マイトが苦笑する。


「俺も知らなかった。」


「お前もかよ。」


「実況することは知ってたけど、バラムが勉強してることまでは知らなかったよ。」


「なるほどな。」


ガエンが頷く。

その間にもバラムは本を読み続けている。


「……実況者は競技の状況を正確に把握しつつ、観客が理解しやすい言葉を選択する必要がある……。」


ページをめくる。


「……そして何より重要なのは、実況者自身が楽しむこと……。」


「…………。」


ガエンの口元が少し緩む。


「楽しむこと、ねぇ。」


バラムは本に集中したままだ。

ガエン達が少しずつ近づいていく。

一歩、また一歩。

それでも気付かない。


「…………。」


ついには玉座のすぐ近くまで来た。

バラムはページをめくる。


「……実況とは、単なる状況説明ではない。そこに物語を……。」


「バラム。」


「…………。」


反応なし。


「バラム。」


「…………。」


まだ反応なし。

ガエンが眉をひそめる。


「おい、バラム。」


「ぬおっ!?」


バラムが勢いよく立ち上がった。

手にしていた本が宙を舞う。


「何者だ!?」


「俺だよ!」


バサッ!


本が床に落ちる。


「…………。」


一同の視線が本へ集まる。

ガエンがしゃがみ込み、本を拾い上げる。


「何読んでんだ?」


「…………。」


バラムが僅かに視線を逸らす。


「それは……。」


「?」


ガエンが表紙を見る。

そして固まった。


『初心者のための実況入門』


「…………。」


マイトが横から覗き込む。


「…………。」


ラーシャも覗き込む。


「…………。」


ビルムも覗き込む。


「…………。」


全員が沈黙する。

ガエンがゆっくり顔を上げる。


「……バラム。」


「何だ。」


「これ、こっそり読んでたのか?」


バラムは腕を組み、堂々と答えた。


「そうだ。」


「認めるの早いな。」


「隠す必要もない。」


「いや、みんなに言えばいいだろ。」


「これは俺自身の問題だ。」


バラムは本を受け取る。

そして表紙を見ながら、威厳たっぷりに続ける。


「勇者と魔王が共に実況を務める以上、半端なものを見せるわけにはいかぬ。」


「…………。」


「各国から多くの者が集まるのだ。競技に挑む者たちも、それを見守る者たちも、皆この日を楽しみにしている。」


バラムは本を片手に持つ。


「ならば、我々もそれに応えるべきであろう。」


「…………。」


マイトが少し嬉しそうに笑った。


「バラム。」


「何だ、マイト。」


「俺もちゃんと練習するよ。」


「当然だ。」


「厳しいな。」


「実況とは戦いだ。」


「そこまで?」


ビルムが横から笑う。


「相変わらず大げさやなぁ。」


バラムがビルムを見る。


「大げさではない。」


「はいはい。」


「運動会は平和の象徴だ。」


バラムは威厳たっぷりに言い切る。


「その舞台を盛り上げる役目を担う以上、我々にも覚悟が必要なのだ。」


「…………。」


ビルムが少しだけ真面目な顔になる。


「……まあ、それはそうやな。」


「うむ。」


バラムは満足そうに頷く。

ガエンはそんな二人を見ながら、苦笑する。


「しかし……。」


「何だ、ガエン。」


「お前が『初心者のための実況入門』を読んでる姿は、どうしても面白いな。」


「…………。」


バラムが本を見下ろす。

そして静かに言った。


「笑うがいい。」


「え?」


「我は己の未熟さを理解している。」


バラムは本を閉じる。


「故に学ぶのだ。」


「…………。」


「魔王であろうと、知らぬことはある。」


バラムは堂々と胸を張る。


「ならば知ればいい。それだけのことだ。」


「…………。」


ガエンは一瞬黙った。

そして。


「……まあ、そういうところは格好いいんだよな、お前。」


「当然だ。」


「そこは否定しろよ。」


「否定する理由がない。」


「ほんまにブレへんなぁ。」


ビルムが笑う。

その横でナラが本を覗き込む。


「バラム。」


「何だ、ナラ。」


「実況って難しい?」


「難しい。」


「バラムでも?」


「我だからこそ、だ。」


「なんで?」


バラムは少し考える。


「……魔王らしく実況しなければならぬ。」


「魔王らしい実況って何?」


「…………。」


バラムが黙る。


「…………。」


ガエン達も黙る。


「……それは、これから考える。」


「考えてなかったんかい!」


ビルムのツッコミが王の間に響く。


「ふっ。」


バラムは小さく笑った。


「まだ勉強中なのだ。」


そう言って、再び本を開く。


「……では、続きを読むとしよう。」


「今から?」


マイトが笑う。


「ああ。」


バラムは玉座へ戻る。


「運動会まで、まだ時間はある。」


そしてページをめくる。


「最高の実況をするためにな。」


ガエンはその姿を眺めながら、ふっと笑った。

城は変わった。

王の間も変わった。

けれど、こういうところだけは何も変わっていない。


「……帰ってきたんだな。」


ガエンが小さく呟く。

その言葉を聞いたバラムが、本から顔を上げる。


「そうだ。」


そして、いつもの無駄に威厳のある声で言った。


「ガエン、よく戻った。」


ガエンは少し笑う。


「ああ。ただいま。」


「うむ。」


バラムは満足そうに頷くと、再び本へと視線を落とした。


「では、スポンサー集めの成果について報告を……」


「後にしよう。」


「……え?」


ガエンが目を瞬かせる。

バラムは本のページをめくりながら、淡々と続けた。


「今、非常に重要な箇所を読んでいる。」


「いや、俺達の報告も結構重要だと思うんだけど。」


「分かっている。」


「分かってて後回しにするのか?」


「うむ。」


「…………。」


ガエンが苦笑する。

相変わらず、この魔王は自分のペースを崩さない。

バラムは本を片手に持ったまま、王の間の奥を指差した。


「それよりも先に、城を見てくるといい。」


「城を?」


「うむ。」


バラムはページをめくる。


「そして運動会の会場も確認しておけ。」


「会場って、もう完成してるのか?」


「完成している。」


「いつの間に……。」


「ドワルゴ達が頑張ったからな。」


その名前を聞いて、ガエン達の顔に自然と苦笑が浮かんだ。


「まあ……それはそうだな。」


「城も大きく変わっている。お前達が出発した時とは別物だ。」


「それはさっき見て分かった。」


「ならば見てくるがいい。」


バラムは本を閉じることすらせずに言う。


「迷わぬようにな。」


「いや、何で俺達が迷う前提なんだよ。」


バラムは少しだけ顔を上げる。


「この城は広くなった。そして複雑になった。故に、迷う可能性は十分にある。」


「お前が言うと妙に不安になるんだけど。」


「気のせいだ。」


「絶対気のせいじゃない。」


マイトが笑いながらガエンの肩を叩く。


「まあ、行ってみようよ。」


「そうだな。」


ガエンは諦めたように息を吐いた。


「じゃあ、先に城と会場を見てくるわ。」


「うむ。」


「報告はその後な。」


「心得た。」


「……本当に聞く気あるんだろうな?」


「当然だ。」


バラムは威厳たっぷりに頷いた。


「我は魔王である。」


「うん。」


「部下の報告を聞かぬほど暇ではない。」


「今、本読んでるけどな。」


「…………。」


バラムが一瞬だけ黙る。


「今は忙しいのだ。」


「はいはい。」


ガエンは苦笑しながら踵を返した。


「じゃあ、行くぞ。」


「おー!」


ナラが元気よく手を上げる。

一行は王の間を後にした。


ギィィィ……。


重い扉が閉まる。


「さて……。」


ガエンが廊下を歩きながら周囲を見回す。


「どっちだ?」


「知らん。」


ダグラスが即答する。


「俺も知らない。」


マイトも続く。


「私も分からないです。」


ラーシャまで首を傾げる。


「…………。」


ガエンが足を止めた。


「お前ら……。」


ビルムが笑う。


「いやいや、さすがに城の中くらい分かるやろ。」


「じゃあビルム、どっちだ?」


「…………。」


ビルムが左右を見る。


「こっちや。」


「根拠は?」


「何となく。」


「お前も分かってないじゃねぇか。」


「まあまあ。」


マイトが笑う。


「とりあえず歩いてみよう。」


「その結果が迷子なんだよ。」


そう言いながらも、ガエン達は歩き始めた。

最初のうちは、誰も気にしていなかった。

廊下を曲がる。階段を下りる。また廊下を曲がる。

さらに階段を上る。

そして。


「…………。」


ガエンが立ち止まった。


「なあ。」


「何?」


マイトが振り返る。


「ここ、さっき通らなかったか?」


「……通った気がする。」


ラーシャも周囲を見回す。


「確かに見覚えがありますね。」


ダグラスが壁を見る。


「同じ柱がある。」


「そりゃ城なんだから同じ柱くらいあるだろ。」


「いや。」


ダグラスが指を差す。


「傷まで同じだ。」


「…………。」


ガエンがその柱を見る。

確かに、柱の下の方に小さな傷がある。


「…………。」


全員が顔を見合わせる。


「……戻ってる?」


「戻ってるな。」


「迷子やん。」


ビルムが呟いた。


「まだ迷子とは限らないだろ。」


ガエンが言い返す。


「目的地が分からないだけだ。」


「それを迷子って言うんや。」


「…………。」


ガエンは黙った。

その後も一行は進み続けた。

右へ。

左へ。

階段を上がり。

また下り。

途中で見つけた扉を開けてみれば倉庫だった。

別の扉を開ければ厨房だった。

さらに別の扉を開ければ、なぜか大量の椅子が並んでいた。


「…………。」


ガエンがそっと扉を閉める。


「何なんだ、この城。」


「大きくなりすぎだね。」


マイトも苦笑する。


「前はこんなじゃなかったよね。」


「俺達がいない十ヶ月で何があったんだ……。」


ガエンが頭を抱えた、その時だった。


「……ん?」


ナラがぴくっと耳を動かした。


「どうした?」


「声がするよ。」


「声?」


一同が耳を澄ます。

最初は何も聞こえなかった。

だが。


「ガハハハハハハッ!」


「…………。」


ガエンの表情が変わった。


「……今の。」


「聞き覚えあるな。」


ダグラスも頷く。

再び。


「ガハハハハハッ! そうじゃ! そこはもっとこうじゃ!」


「…………。」


ガエンが笑う。


「間違いない。」


「誰?」


ナラが聞く。

ガエンは声のする方へ歩き出した。


「ドワーフだ。」


「ドワーフ?」


「しかも……。」


角を曲がる。

さらに廊下を進む。

声がだんだん近くなる。

そして、開け放たれた大きな扉の向こうから。


「ガハハハハハハッ!」


豪快な笑い声が響いた。

ガエンが扉の向こうを覗き込む。

そこには、巨大な作業場が広がっていた。

大量の工具。積み上げられた鉄材。壁際に並べられた武具。

そして中央には大きなハンマーを肩に担いだ、一人のドワーフ。


「…………。」


ガエン達が固まる。

ドワーフもこちらに気付いた。


「…………?」


ゆっくりと顔を上げる。

そして。


「おお?」


その顔に、驚きの表情が浮かんだ。


「お前さんら……。」


ガエンが笑う。


「久しぶりだな。」


ドワーフの目が大きく見開かれる。


「ガエン!」


「よう。」


「ガハハハハハハッ!」


ドワーフは大声で笑いながら、ハンマーを放り投げた。


「帰ってきおったか!」


「危ねぇな!」


ガエンが飛んでくるハンマーを避ける。

ドワーフは豪快に笑いながら近づいてくる。


「久しぶりじゃのう!」


「ドワルゴ。」


ガエンがその名を呼ぶ。

そこにいたのはドワーフの里をまとめる長であり、魔族領屈指の鍛冶師。

そして今回、静寂の城と運動会会場の改修を任された張本人。

ドワーフの長にして鍛冶師長ドワルゴだった。


「いやぁ、まさかこんなところで会うとはのう!」


「こっちの台詞だよ。」


ガエンが周囲を見回す。


「城の中を見て回ってたんだけどな。」


「ほう?」


ドワルゴがニヤリと笑う。


「それで?」


ガエンが苦笑する。


「……迷子になった。」


一瞬の沈黙。

そして。


「ガハハハハハハハハッ!」


ドワルゴの豪快な笑い声が、作業場いっぱいに響き渡った。


「やっぱりそうなったか!」


「やっぱりって何だよ!」


「この城を作ったワシらでさえ、最初は迷ったからのう!」


「お前らでもかよ!」


ガエンは頭を抱えた。


「……とんでもない城になったな。」


「そうじゃろう?」


ドワルゴは胸を張る。


「これがワシらドワーフの仕事じゃ!」


「…………。」


ガエン達は顔を見合わせる。

そして、全員が同じことを思った。

まず、道を教えてもらった方がいい。


「ドワルゴ。」


「何じゃ?」


「悪いんだけど……。」


ガエンが苦笑する。


「城を案内してくれないか?」


「…………。」


ドワルゴが固まる。

そして。


「ガハハハハハハハッ!」


「笑うな!」


再び作業場に、ドワルゴの豪快な笑い声が響き渡った。

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