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静寂の城〜魔王は世界征服をしたい〜  作者: 赤井六舷
魔族領王都、マグノリア

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158.城、大きくなりすぎる

城門を抜けると、十ヶ月ぶりのマグノリアの街並みが広がっていた。

通りを行き交う魔族達。

商店から聞こえてくる店員の声。

道端で談笑する住民達。

見慣れた光景のはずなのに、十ヶ月という時間を挟んだせいか、どこか新鮮に感じられる。


「……懐かしいな。」


ガエンが周囲を見回しながら呟く。


「うん。」


マイトも笑顔で頷いた。


「出発した時と、あまり変わってないね。」


「ほんとですね。」


ラーシャも穏やかな表情で街を眺める。


「なんか帰ってきたって感じするなぁ。」


ビルムが大きく息を吐く。


「やっぱりマグノリアはええな。」


ナラが嬉しそうに飛びながら指を差す。


「帰ったらお菓子買ってもらおうっと!」


「誰が買うって言った?」


ガエンが振り返る。


「ガエン!」


「即答すんな。」


「えへへ。」


ナラが笑う。

ミリアもそんなナラを見て微笑んでいた。


「相変わらずね。」


「まあ、それがナラだからな。」


ダグラスも小さく笑う。

そんな他愛のない会話を交わしながら、一行は街の中心へ向かって歩いていく。

そして。

しばらく歩いたところで、ガエン達の前方に静寂の城が見えてきた。


「…………。」


全員の足が、わずかに遅くなる。

遠目からでも、その異様な存在感ははっきりと分かった。

高くそびえる外壁。

巨大な塔。

城を囲むように築かれた防壁。

かつての静寂の城を知っている者達からすれば、それはもはや別物だった。


「……近くで見ると、さらに凄いね。」


マイトが呆然と呟く。


「せやな。」


ビルムも首を上げる。


「これ、城っちゅうより要塞やろ。」


「……。」


ガエンは何も言わない。

ただ、じっと城を見上げている。

一歩。また一歩。

城に近づくほど、その巨大さがはっきりしてくる。

そして、とうとう城門が視界いっぱいに入った。


「…………。」


ガエンが両手で頭を抱えた。


「……やっぱりこうなったか。」


「ガエン?」


ラーシャが心配そうに声を掛ける。


「俺が知ってる静寂の城、こんなんじゃなかったんだけど。」


「うん。」


マイトが苦笑する。


「俺の知ってる静寂の城も、こんなんじゃない。」


「俺の知ってる城もや。」


ビルムが腕を組む。


「なんであんな立派な要塞になっとんねん。」


ダグラスは城を見上げながら淡々と呟く。


「改修という言葉の意味を、ドワーフは少し間違えているのではないか?」


「俺もそう思う。」


ガエンが即答する。

ナラだけは目を輝かせていた。


「すごーい!」


「ナラ、お前は喜ぶな。」


「だって大きいよ!」


「そういう問題じゃない。」


ミリアが苦笑する。


「でも、立派になった。」


「立派すぎるんだよ。」


ガエンは頭を抱えたまま歩き出す。


「……バラムめ。」


「また魔王様を疑ってるの?」


マイトが笑う。


「疑うも何も、絶対楽しんでるだろ。」


ガエンの脳裏に、豪快に笑うバラムの姿が浮かぶ。

その隣には、同じように楽しそうな顔をしているドワーフの長、ドワルゴ。


「……あの二人、絶対俺が帰ってきた時の顔を想像してたな。」


「たぶんな。」


ダグラスが頷く。


「間違いないと思うで。」


ビルムも笑う。


「まあ、ここまでやったんやったら、二人とも相当自信あるんやろ。」


「その自信が怖いんだよ。」


そんな会話をしながら歩いていると、ついに巨大な城門の前まで辿り着いた。

門の両脇には、見慣れた二人の門番が立っている。

最初はいつも通り、正面を見ながら立っていた二人だった。

しかし一人がガエン達に気付く。


「……ん?」


目を細める。

隣の門番も視線を向ける。


「どうした?」


「……あれ。」


「ん?」


二人でじっと見つめる。

そして。


「……え?」


「…………まさか。」


次の瞬間。


「ガエンさん!?」


「おおおおっ!!」


二人の門番が一気に顔を輝かせた。


「ガエンさんだ!」


「帰ってきた!」


その声に、ガエン達も足を止める。


「お、久しぶり。」


ガエンが手を上げる。

すると門番達が嬉しそうに駆け寄ってくる。


「お久しぶりです、ガエンさん!」


「十ヶ月ぶりくらいですか!?」


「それくらいだな。」


「いやぁ、長かったですね!」


「みんな帰ってくるの待ってましたよ!」


門番達は嬉しそうにガエン達を見回す。


「ダグラスさんも!」


「ラーシャさんも!」


「マイトさんも!」


「ミリアさんにナラさん!」


「ビルムさんも!」


「おう!」


ビルムが胸を張る。


「みんな元気そうで何よりや!」


「ビルムさんも相変わらず元気そうですね!」


「だから何で俺だけそこなん!?」


門番達が大笑いする。


「いやいや、褒めてるんですよ!」


「褒められてる気がせん!」


その様子を見て、ガエンも思わず笑う。

十ヶ月。

長い旅だった。

いろんな場所へ行った。

いろんな人と出会った。

いろんな出来事があった。

それでも、こうして帰ってくれば変わらない笑顔で迎えてくれる者達がいる。


「……ただいま。」


ガエンが改めてそう言う。

門番達は満面の笑みを浮かべた。


「お帰りなさい、ガエンさん!」


「みんな、お帰りなさい!」


「待ってましたよ!」


「城のみんな、絶対喜びます!」


「そうか。」


ガエンは静寂の城を見上げる。

巨大な外壁。

立派な塔。

見るからに要塞と化した城。

そして、その中には十ヶ月ぶりに会う仲間達がいる。


「……まあ。」


ガエンが小さく笑う。


「帰ってきたんだな。」


門番が大きく頷く。


「はい!」


そして、門番達が勢いよく城門を開き始める。


ギギギギギ……。


巨大な門がゆっくりと開いていく。

その向こうに、静寂の城の中庭が姿を現す。


「さあ、どうぞ!」


「お待ちしてました!」


ガエン達は顔を見合わせる。


「行こうか。」


マイトが笑う。


「はい。」


ラーシャが頷く。


「せやな。」


ビルムも歩き出す。

ナラは嬉しそうに門の中へ飛び込んでいく。


「ただいまー!」


「ナラ、勝手に先に行かない。」


ミリアが慌てて追いかける。

ダグラスも続いて歩き出す。

そして最後に、ガエンが門をくぐる。

十ヶ月ぶりの静寂の城。

いや今では、すっかり要塞と化した静寂の城。

ガエンはもう一度だけその巨大な城を見上げた。


「…………。」


そして、ぼそりと呟く。


「……俺、ほんとにここに住んでたんだよな?」


門番達の笑い声が、城門の前に響き渡った。

城門を抜けると、広い中庭が広がっていた。

以前ならば、魔族達が行き交う程度の普通の中庭だったはずだ。

しかし今は違う。

石畳は綺麗に敷き直され、左右には新しく造られた建物。

訓練場らしき場所まであり、そこでは数人の兵士達が訓練をしている。


「……。」


ガエン達は無言で歩く。


「なあ。」


ビルムが周囲を見回す。


「俺らが出発する前、こんな場所あったか?」


「ない。」


ガエンが即答する。


「だよな。」


ダグラスも周囲を見渡す。


「こちら側にあった建物も増えている。」


「……城の中まで変わってるんやろな。」


ビルムが嫌な予感を覚えたように呟く。


「たぶんな。」


ガエンも遠い目をする。


「……見たくないな。」


「でも王の間には行かないとですね。」


ラーシャが苦笑する。


「ああ。」


ガエンはため息を吐いた。


「とりあえず、誰かに案内してもらおう。」


ちょうどその時だった。


「……あれ?」


前方から、訓練を終えた兵士が一人、こちらへ歩いてくる。

ガエン達は顔を見合わせる。

兵士もこちらに気付く。


「……え?」


足が止まった。


「…………。」


兵士は目を丸くする。


「……ガエンさん?」


「おう。」


ガエンが軽く手を上げる。


「久しぶり。」


「うわっ!」


兵士の顔が一気に明るくなる。


「本当に帰ってきたんですか!?」


「せや。」


ビルムが横から言う。

兵士は嬉しそうに一行を見回した。


「みなさんも一緒ですか!」


「うん。」


マイトが笑う。


「無事帰ってきたよ。」


「いやぁ……よかった!」


兵士は嬉しそうに頷いた。


「城のみんな、帰ってくるのを楽しみにしてましたよ。」


「そうか。」


ガエンの表情が少し緩む。


「それで、王の間に行きたいんだが。」


「あ、はい!」


兵士はすぐに頷く。


「案内します!」


「助かる。」


「こっちです!」


兵士が歩き出す。

ガエン達もその後をついていく。

城内へ入る。


「…………。」


全員の足が止まった。


「……何やこれ。」


ビルムが呆然と呟く。

廊下が広い。

天井も高い。

壁には立派な装飾が施され、以前にはなかった照明まで設置されている。

さらに廊下の途中には、明らかに新しく作られた扉がいくつも並んでいる。


「……こんな廊下だったっけ?」


マイトが首を傾げる。


「違う。」


ガエンが即答する。


「絶対違う。」


「でも綺麗になってます。」


ラーシャが周囲を見回す。


「綺麗なのは認める。」


ガエンは頷く。


「でも、俺達が住んでた城じゃない。」


「わかる。」


ミリアも苦笑する。

兵士はそんなガエン達を振り返る。


「改修されてから、かなり変わりましたからね。」


「かなりどころじゃないと思うが。」


ガエンが呟く。


「ドワーフの皆さん、かなり張り切ってましたよ。」


「……。」


ガエンの足が止まる。


「ドワルゴ……。」


脳裏に、豪快に笑うドワーフの長の姿が浮かぶ。

そしてその隣には。


「バラム……。」


「どうした?」


ダグラスが聞く。


「いや。」


ガエンは遠い目をした。


「なんとなく、あの二人が全部仕組んだ気がしてきた。」


「今さらか?」


ダグラスが淡々と言う。


「今さらだな。」


ガエンは諦めたように歩き出す。

やがて兵士が、大きな両開きの扉の前で立ち止まった。


「こちらです。」


「ここが?」


ガエンが顔を上げる。

兵士が頷く。


「はい。王の間です。」


「……。」


ガエン達は扉を見つめる。

以前の王の間の扉は、質素なものだった。

魔王の間としては少々地味なくらいだった。

だが。今、目の前にある扉は違った。

巨大な両開きの扉。

その中央には金色の装飾。

そして何より。


「…………。」


ガエンの口が半開きになる。

扉の中央。

そこには魔王バラムの顔が、ものすごく大きく描かれていた。

しかも妙に威厳のある表情で腕を組み堂々と。

まるで「ここが王の間だ」と言わんばかりに。


「…………。」


「…………。」


「…………。」


ガエン。ダグラス。ラーシャ。マイト。ミリア。ビルム。

全員が固まる。

ナラだけが目を輝かせた。


「バラムだ!」


「…………。」


誰も返事をしない。

ナラが首を傾げる。


「みんな、どうしたの?」


ガエンはゆっくりと扉に近づく。

じっとバラムの顔を見る。

一歩、また一歩。

そして扉の前まで来ると――。


「…………。」


ガエンは両手で頭を抱えた。


「何してんだ、あいつ。」


マイトが口元を引きつらせる。


「……すごいね。」


「何がすごいんや。」


ビルムが呆然とする。


「魔王の顔を扉に描く必要ある?」


「ないと思います。」


ラーシャが真顔で答える。


「そうね。」


ミリアも頷く。

ダグラスはしばらく扉を見つめた後、静かに呟いた。


「……自己主張が強いな。」


「そこ!?」


ビルムが突っ込む。


「もっと他に言うことあるやろ!」


「いや、事実だ。」


「確かに事実やけど!」


兵士は困ったように笑っている。


「あの……。」


ガエンが振り返る。


「これ、いつから?」


「改修が終わった頃には、もうありました。」


「誰が描いた?」


兵士が少し考える。


「ドワーフの方々が作ったと聞いてます。」


「…………。」


ガエンは目を閉じる。


「やっぱりか。」


「でも、魔王様ご本人もかなり気に入ってるみたいですよ。」


「だろうな。」


ガエンが即答する。


「むしろ本人が一番喜んでそうだな。」


「たぶんな。」


ダグラスも頷く。

その時ナラが扉を見上げながら言った。


「ねえガエン。」


「ん?」


「これ、バラムの顔ってことは……。」


ナラが首を傾げる。


「扉を開けたら、バラムの顔が開くの?」


「…………。」


一同が再び沈黙する。

ガエンがゆっくりナラを見る。


「……やめろ。」


「?」


「それ以上想像するな。」


「なんで?」


「俺まで想像しちまった。」


ビルムが腹を抱える。


「ははははは!」


「笑うな!」


「いや、もうアカンやろこれ!」


マイトまで肩を震わせ始める。

ラーシャも口元を押さえている。

ダグラスだけは相変わらず真顔だった。


「……開けてみれば分かる。」


「お前は冷静すぎるんだよ!」


ガエンが叫ぶ。

兵士もとうとう吹き出した。


「す、すみません……!」


「いや、いい。」


ガエンは大きく息を吐く。

そして改めて、巨大なバラムの顔を見上げる。


「……ただいま、バラム。」


当然、扉は何も答えない。


「……。」


ガエンは少しだけ笑う。

十ヶ月ぶりの静寂の城。

知らないほど変わってしまった場所。

それでも、このふざけた扉を見ていると妙に懐かしい気持ちになってくる。


「……帰ってきたんだな。」


ガエンがそう呟く。

そして巨大なバラムの顔が描かれた扉に、ゆっくりと手を掛けた。


「……よし、開けるぞ。」


ギィィィィ……。


王の間の扉が、ゆっくりと開いていくのだった。

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