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静寂の城〜魔王は世界征服をしたい〜  作者: 赤井六舷
魔族領王都、マグノリア

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157.オーガ、帰還する

聖王国ルミナリアを出て二週間。

ガエン達は、ようやく王都マグノリアを見下ろせる丘まで辿り着いていた。

丘の上で、ガエンが足を止める。


「…………。」


誰も何も言わなかった。

眼下に広がる、懐かしい街並み。

約十ヶ月ぶりに見るマグノリア。

大通りも、城壁も、街の外に広がる畑も変わっていない。

見慣れた故郷の景色。


「……帰ってきたんやなぁ。」


ビルムが、しみじみと呟いた。


「本当に久しぶりですね。」


ラーシャも穏やかな笑みを浮かべる。

マイトも街を見渡しながら頷いた。


「うん。やっぱりマグノリアを見ると安心するね。」


ガエンも笑みを浮かべた。


「……ああ。」


長い旅だった。

ルミナリアでの騒動。

エルダーツとの戦い。

人間と魔族が手を取り合うための新たな約束。

いろんなことがあった。

それらを乗り越えて、ようやく帰ってきた。

ガエンはゆっくりと街を見渡す。

そして。


「…………ん?」


ガエンの視線が、ある一点で止まった。


「どうした?」


ダグラスが尋ねる。


「……いや。」


ガエンは目を細める。


「……あれ。」


街の中心。

そこにあるはずのもの。

静寂の城は確かにそこに建っている。

だが。


「…………。」


ガエンは無言になった。


「……なんや、あれ。」


ビルムも目を凝らす。


「…………静寂の城?」


マイトが首を傾げる。


「たぶん……。」


ラーシャも困惑した表情を浮かべる。


「……ですよね?」


「いやいやいや。」


ビルムが思わず前に出る。


「ちょっと待ってや。」


丘の上から見える静寂の城は、ガエン達の記憶にあるものとは明らかに違っていた。

城そのものが大きくなっている。

塔が増えている。

外壁も以前より遥かに高い。

さらに城の周囲には、巨大な建造物がいくつも増築されている。

そして城の横には。


「……なんか、ものすごく広い場所があるな。」


ダグラスが呟く。


「広場……?」


ミリアが目を凝らす。


「いや、あれ……観客席じゃない?」


マイトが言った。


「…………。」


一同が黙る。

ガエンは額に手を当てた。


「……運動会会場。」


「うん。」


マイトが頷く。


「俺達がドワーフ達に頼んだやつだね。」


「城の改修も頼んでたな。」


ダグラスが続ける。


「そうや。」


ビルムも頷く。


「運動会の会場と、静寂の城の改修。ドワーフの皆にお願いしたんやったな。」


「そうだな。」


ガエンも頷いた。

そこまでは、全員が知っている。

だからこそ。


「……でも。」


ビルムが城を見上げる。


「…………こんな話やったっけ?」


「俺達が頼んだ内容と違うとは言ってない。」


ダグラスが冷静に答える。


「ただ……」


ダグラスは少し間を置く。


「想像していた規模とは違う。」


「せやろ!?」


ビルムが勢いよく振り返った。


「絶対そうや!」


ナラが楽しそうに飛び回る。


「すごーい! おっきいお城!」


「ナラは嬉しそう。」


ミリアが苦笑する。


「だって大きいほうが楽しいじゃん!」


「そういう問題じゃないと思う……。」


そんなやり取りを聞きながら、ガエンはもう一度、静寂の城を見つめた。

その瞬間だった。

脳裏に、二人の顔が浮かんだ。

一人は。


「…………。」


魔王バラム。

いつものように豪快な笑みを浮かべている。

そして、もう一人。

ドワーフ達の長ドワルゴ。

こちらも、何故か妙に楽しそうな笑顔を浮かべている。


「…………。」


ガエンの額に、じわりと汗が浮かぶ。


「ガエンさん?」


ラーシャが心配そうに声を掛ける。


「……いや。」


ガエンはゆっくり首を振った。


「なんでもねぇ。」


そう言いながらも、脳裏から二人の笑顔が消えない。

バラム。

ドワルゴ。

二人が並んで笑っている。

まるで、


『帰ってきたら驚くであろう』


『うむ、きっと喜んでくれるはずじゃ』


そんな会話をしているような。


「…………。」


ガエンは嫌な予感を覚えた。

ものすごく嫌な予感だった。


「……なぁ。」


ビルムが声を掛ける。


「なんだ?」


「今、なんか思い出した?」


「…………。」


ガエンはしばらく黙った後、ぽつりと言った。


「……バラムとドワルゴが、笑ってる顔が浮かんだ。」


「…………。」


「…………。」


「…………。」


全員が黙った。

ナラだけが首を傾げる。


「それっていいことじゃない?」


「いや。」


ガエンは即答した。


「なんでか分からねぇけど、すげぇ嫌な予感がする。」


ビルムが腕を組む。


「……ワイも。」


ダグラスも城を見つめた。


「同感だ。」


マイトは苦笑する。


「でも、僕達が頼んだものではあるんだよね?」


「それはそうなんだけどよ……。」


ガエンは頭を掻いた。


「俺達が十ヶ月前に頼んだのは、城の改修と運動会会場の建設だ。」


「うん。」


「なのに、目の前にあるのがこれだ。」


ガエンは巨大な城を指差す。


「……どう考えても、何か余計なことしてるだろ。」


「ドワーフやからなぁ。」


ビルムが遠い目をする。


「職人魂に火ぃついたんちゃう?」


「それならまだいい。」


ガエンはため息を吐いた。


「問題は、バラムまで一緒に笑ってることだ。」


「…………。」


また全員が黙る。

風が丘の上を吹き抜ける。

遠くに見える静寂の城。

その姿は、十ヶ月前に出発した時とはまるで別物だった。


「……まあ。」


マイトが明るく言った。


「行ってみれば分かるよ。」


「せやな。」


ビルムも頷く。


「ここで考えててもしゃあない。」


ガエンはしばらく城を見つめていたが、やがて小さく笑った。


「……だな。」


荷物を背負い直す。


「せっかく帰ってきたんだ。」


そして仲間達を見る。


「まずは、ただいまって言おうぜ。」


「はい。」


ラーシャが微笑む。


「うん。」


ミリアも頷く。


「行くか。」


ダグラスが歩き出す。


「おー!」


ナラが元気よく飛び上がる。

一行を乗せた馬車は丘を下り、王都マグノリアへ向かって進んでいく。

ただ、ガエンは最後にもう一度だけ、静寂の城を振り返った。


「…………バラム。」


その顔に浮かぶ、あの笑顔。


「……ドワルゴ。」


そして、あの笑顔。


「……絶対、なんかやっただろ。」


ガエンの呟きは、誰にも聞かれることなく風に流れていった。

しばらくして。

ガエン達を乗せた馬車は、王都マグノリアの城門前までやって来た。


「到着しました。」


御者の声と共に、馬車がゆっくりと止まる。

ガエンが窓から外を見る。

そこには、十ヶ月前に出発した時と変わらない、見慣れた城門があった。


「……着いたな。」


「本当に久しぶりですね。」


ラーシャが窓の外を眺めながら微笑む。


「十ヶ月ぶりかぁ。」


ビルムが感慨深そうに呟いた。


「長かったな。」


ダグラスも城門を見上げる。


「早く降りようよ!」


ナラが待ちきれない様子で立ち上がる。


「ナラ、まだ馬車が止まっただけ。」


ミリアが苦笑する。


「はーい。」


ガエンが先に馬車から降りる。

続いてダグラス、ラーシャ、マイト、ミリア、ナラ、ビルムも降りていく。

全員が地面に足を着いた、その時だった。

城門の両脇に立っていた門番達が、こちらに気付く。


「…………ん?」


一人の門番が目を細める。


「おい。」


隣の門番の肩を叩く。


「あれ……。」


もう一人も目を凝らす。

そして。


「……ガエンさんじゃないか!?」


「え?」


ガエンが顔を上げる。

門番達の表情が、一気に明るくなった。


「おおっ! 本当にガエンさんだ!」

「ダグラスさんもいるぞ!」

「ラーシャさんも!」

「マイトさんまで!」

「ビルムさん、相変わらずデカいな!」


「なんでワイだけ最初にそこなん!?」


ビルムが即座に突っ込む。

門番達が笑う。


「いやいや、元気そうで何よりって意味だよ。」


「絶対ちゃうやろ!」


そのやり取りに、ガエンも思わず笑った。


「久しぶりだな。」


「お久しぶりです、ガエンさん!」


「いやぁ、本当に帰ってきたんですね!」

「十ヶ月くらいですか?」


「それくらいだな。」


「長かったですねぇ。」


門番がしみじみと言う。


「城の連中も、そろそろ帰ってくるんじゃないかって話してたんですよ。」


「そうだったのか。」


「そりゃそうですよ。」


別の門番が笑う。


「魔王軍の幹部が何人も揃って旅に出たんですから。」


「まあ、いろいろあったからな。」


ガエンが苦笑する。


「でも、みんな元気そうでよかった。」


ラーシャが穏やかに微笑む。


「門番さん達もお元気そうですね。」


「おかげさまで!」


「ラーシャさんも変わってないですねぇ。」


「そうですか?」


「ええ。」


門番が頷く。


「相変わらず綺麗で――」

「余計なこと言うな。」


隣の門番が肘で小突く。


「痛っ!」


ラーシャがくすりと笑う。


「ふふっ。」


その隣では、マイトが門番達に声を掛けていた。


「みんな元気そうでよかったよ。」


「マイトさんもお疲れ様でした!」

「ルミナリアの方は大変だったって聞いてますよ。」


「まあ……ちょっとね。」


マイトが苦笑する。


「でも、無事に帰ってこられたから。」


「それが一番です。」


門番が笑顔で頷く。

すると、別の門番がふとガエン達の後ろを見る。


「……あ。」


「どうした?」


ガエンが振り返る。

門番は遠くに見える静寂の城を指差した。


「ガエンさん。」


「ん?」


「城、見ました?」


「…………。」


ガエンの表情が固まった。


「……見た。」


「どうでした?」


「…………。」


ガエンは少し考える。


「……デカかった。」


「ですよねぇ!」


門番達が一斉に笑う。


「やっぱり驚きました?」


「そりゃ驚くだろ!」


ビルムが横から口を挟む。


「ワイら丘の上から見た時、全員で固まったんやで!」


「ははは!」


門番が笑う。


「いやぁ、帰ってきた時の反応が楽しみだって、魔王様が言ってましたから。」


「…………。」


ガエンの眉がピクリと動く。


「……バラムが?」


「はい。」


「…………。」


ガエンは無言になる。

そして、脳裏に浮かぶ。

豪快に笑うバラム。

その隣で楽しそうに笑うドワルゴ。


「…………やっぱりあいつらか。」


ビルムが腕を組む。


「せやろなぁ。」


ダグラスも城を見ながら頷く。


「予想通りだ。」


「でも、想像したら二人とも楽しそうだったよ。」


マイトが苦笑する。


「それが問題なんだよ。」


ガエンが即答する。

門番達がまた笑う。


「まあまあ。」

「きっと悪いことじゃないですよ。」


「……だといいんだけどな。」


ガエンはため息を吐く。

すると門番が笑顔で城門を開き始めた。


「ほら、せっかく帰ってきたんですから。」


ギギギギ……。


大きな門がゆっくりと開いていく。

その向こうには、懐かしいマグノリアの街並みが広がっている。


「お帰りなさい、ガエンさん。」


門番が笑う。


「みんなも、お帰りなさい!」


ガエンは一瞬、黙って街を見つめた。

十ヶ月ぶりの故郷。

懐かしい景色。

聞き慣れた声。

そして、変わらない仲間達。

ガエンはゆっくりと笑った。


「……ただいま。」


その声に、門番達も笑顔になる。


「お帰りなさい!」

「待ってましたよ!」

「城のみんなも喜びますよ!」


「……そうだな。」


ガエンは仲間達を見る。


「帰ってきたな。」


「うん。」


マイトが頷く。


「帰ってきたね。」


ナラが嬉しそうに飛び上がる。


「ただいまー!」


「ナラは声がデカい。」


ミリアが笑う。


「いいじゃん!」


ビルムも笑いながら門をくぐる。


「ほな、帰ろか。」


ダグラスがその後に続く。


「そうだな。」


ラーシャも微笑みながら歩き出す。


「はい。」


最後にガエンが城門をくぐる。

その瞬間、背後から門番の声が飛んできた。


「ガエンさん!」


「ん?」


振り返る。


「城、絶対気に入りますからね!」


「…………。」


ガエンはしばらく門番を見つめる。


「……その言い方、余計に怖いんだけど。」


門番達の笑い声が、城門に響いた。

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