156.オーガ、帰路につく
カーツは穏やかな笑みを浮かべたまま、右手を差し出した。
「それでは、これで契約成立です。」
ガエンも迷いなくその手を握る。
「ああ、よろしく頼む。」
力強い握手が交わされる。
その瞬間、周囲の司祭達から自然と拍手が起こった。
「おめでとうございます!」
「これからよろしくお願いいたします!」
聖騎士達も笑顔で頷き、崩れた大聖堂には久しぶりに明るい空気が満ちていく。
「これで聖王国ルミナリアも正式なスポンサーや!」
ビルムが嬉しそうに笑う。
ナラもくるくると空中を回りながら歓声を上げた。
「やったー! スポンサー六か国目!」
マイトも笑顔で拍手する。
「きっと運動会がもっと楽しくなるね。」
ダグラスは腕を組みながら静かに頷いた。
「これだけ多くの国が賛同した。成功させねばならんな。」
「当然だ。」
ガエンは力強く答えた。
その時だった。
「ビルムさん。」
リシアが少し緊張した様子でビルムの前へ歩み寄る。
「ん?」
「実は……聖歌隊のみんなに、昨日のことを全部話したんです。」
ビルムは優しく微笑む。
「そうなんか。」
リシアは何度も頷く。
「最初は驚いていました。でも……魔族の皆さんが命懸けで私達を守ってくださったことを知って、みんな考えを改めてくれました。」
その瞳は希望に満ちていた。
「だから今度、皆さんをご紹介させてください。」
「もちろんや!」
ビルムは満面の笑みで答える。
「歌が好きな者同士や。きっと仲良うなれる。」
リシアは嬉しそうに微笑み、小さく頭を下げた。
「ありがとうございます。」
そして、少し照れくさそうに続ける。
「それと……聖歌隊のみんなも、運動会へ参加したいと言ってくれています。」
「ほんまか!」
ガエンが目を丸くする。
「はい!」
リシアは笑顔で答えた。
「みんなで歌って、応援して、人間も魔族も一緒に楽しみたいんです。」
ナラは両手を上げて歓声を上げる。
「わぁー! 歌う人がいっぱい増える!」
マイトも優しく微笑んだ。
「きっと素敵な運動会になるね。」
「せやな。」
ビルムは腕を組んで大きく頷く。
「リシアちゃんと聖歌隊、これは最高の舞台になるで!」
その光景を想像した司祭達も自然と笑顔になった。
「それは楽しみですね。」
「ぜひ聴いてみたいものです。」
和やかな笑い声が広がる。
その時、
「……あれ?」
ナラが入口へ顔を向ける。
「ラーシャ!」
皆も振り返る。
そこには、まだ少し眠そうに目をこすりながら歩いてくるラーシャの姿があった。
「ラーシャ!」
マイトが笑顔で手を振る。
「もう起きて大丈夫なの?」
ラーシャは小さく頷く。
「はい……もう平気です。」
ビルムは安心したように胸を撫で下ろした。
「無茶しよって。みんな心配したんやで。」
ラーシャは申し訳なさそうに頭を下げる。
「ごめんなさい……。」
するとガエンが笑いながら声を掛けた。
「ちょうど良かった。」
「?」
「今、ルミナリアとスポンサー契約が決まった。」
ラーシャは一瞬きょとんと目を丸くした。
「……本当ですか?」
カーツが微笑みながら頷く。
「はい。私達も大運動会を応援させていただきます。」
司祭達も笑顔で頭を下げた。
ラーシャはゆっくりと周囲を見渡す。
昨日まで魔族を恐れていた人々が、今は皆笑顔でガエン達と話している。
その光景を見つめたラーシャの表情が、ふわりと柔らかくなった。
「……よかった。」
胸の前で両手をぎゅっと握りしめる。
「本当によかったです……。」
その声には、心からの安堵と喜びが込められていた。
昨日まで憎しみと絶望に包まれていたこの場所には、今、人と魔族が共に笑い合う穏やかな時間が流れていた。そこには確かに、新しい未来への希望が芽吹き始めていた。
しばらく穏やかな空気が流れる。
崩れた大聖堂では、聖騎士達が瓦礫を運び始め、司祭達も祈りを捧げた後、それぞれ復旧作業へと戻っていく。
その様子を眺めながら、ガエンはカーツへ声を掛けた。
「なぁ、復興……手伝おうか?」
カーツは一瞬だけ手を止める。
そして穏やかに微笑み、ゆっくりと首を横に振った。
「お気持ちだけで十分です。」
ガエンは黙って続きを待つ。
「皆さんには、まだ大運動会という大切な役目があるのでしょう?」
カーツは崩れた大聖堂へ視線を向ける。
「ルミナリアのことは、ルミナリアで何とかします。」
その言葉には決意が込められていた。
「もちろん簡単ではありません。ですが……これは私達が自分達の手で立ち上がるための試練でもあります。」
司祭達も力強く頷く。
「私達も頑張ります。」
「皆で力を合わせれば、必ず元のルミナリアを取り戻せます。」
聖騎士達も瓦礫を担ぎながら笑った。
「今度こそ、この国を正しい場所に戻してみせます。」
ガエンはしばらく彼らを見つめる。
昨日まで憎しみに囚われていた人々とは思えないほど、その表情には希望があった。
やがてガエンは口元を緩めた。
「……わかった。」
短い言葉だった。
だが、それは彼らの覚悟を信じるという返事でもあった。
「困ったら遠慮なく言え。スポンサーなんだからな。」
その一言に、カーツは思わず笑みをこぼす。
「ええ。その時は遠慮なく頼らせていただきます。」
「約束や。」
ビルムが親指を立てる。
「復興祝いの歌くらいなら、いつでも歌いに来るで!」
「その時は聖歌隊と一緒に歌いましょう。」
リシアも嬉しそうに笑った。
温かな笑い声が再び広がる。
ガエンは仲間達の方へ振り返った。
「さて。」
全員がガエンを見る。
「明日、静寂の城に帰るか。」
「おっ、やっと帰れるんやな。」
ビルムが肩を回しながら笑う。
「久しぶりに城の飯が食べたいわ。」
「ボクはラーシャの手料理も食べたい!」
ナラが元気よく両手を上げる。
ラーシャは少し照れながら微笑んだ。
「じゃあ……腕によりをかけます。」
マイトはにこにこと笑う。
「みんなにも、お土産話がいっぱいあるね。」
ダグラスは腕を組んだまま静かに頷いた。
「スポンサーも六か国となった。城へ戻れば、いよいよ本格的に運動会の準備だ。」
「ああ。」
ガエンは大きく頷く。
「まだやることは山ほどある。」
そう言って、もう一度だけルミナリアの空を見上げた。
昨日は黒い魔力に覆われていた空。
今はどこまでも青く澄み渡り、暖かな陽光が崩れた大聖堂を照らしている。
その光景を胸に刻みながら、ガエン達は静寂の城への帰路につく準備を始めるのだった。
翌朝、澄み渡る青空の下ガエン達は宿を後にし、聖王国ルミナリアの正門へと向かっていた。
街には復興作業へ向かう人々の姿がある。
崩れた建物を片付ける者、資材を運ぶ者、炊き出しの準備をする者。
誰もが忙しく動いていたが、その表情に昨日までの暗さはなかった。
「ガエン殿!」
門の前に着くと、カーツを先頭に司祭達と聖騎士達、そして大勢の街の人々が待っていた。
「見送りに来てくれたのか。」
ガエンが少し照れくさそうに頭を掻く。
カーツは静かに頷いた。
「皆さんには、この国の未来を救っていただきました。せめて、お見送りだけでもさせてください。」
街の人々も次々と頭を下げる。
「ありがとうございました!」
「本当に助かりました!」
「運動会、必ず応援します!」
子ども達は元気よく手を振っていた。
「また来てねー!」
ナラも大きく手を振り返す。
「もちろん! 今度は遊びに来るからねー!」
その隣でビルムが笑う。
「今度来る時は、もっと楽しもうな!」
リシアが嬉しそうに一歩前へ出た。
「私達も聖歌隊みんなで運動会へ向かいます。その日を楽しみにしています。」
ラーシャは優しく微笑む。
「皆さんの歌を聴く日が待ち遠しいです。」
「はい!」
リシアは満面の笑みで頷いた。
その時、年配の女性が恐る恐るガエンの前へ歩いてきた。
「魔族の方に……こんなことを言う資格はないのかもしれません。」
女性は深く頭を下げる。
「今まで本当に申し訳ありませんでした。」
その言葉をきっかけに、周囲の人々も次々と頭を下げていく。
「すみませんでした!」
「私達は何も知らずに……。」
「魔族を怖い存在だと決めつけていました。」
ガエンは少し困ったように笑うと、軽く手を振った。
「もういい。」
皆が顔を上げる。
「これから知ってくれりゃ、それで十分だ。」
その一言に、人々の目には涙が浮かんだ。
「ありがとうございます……!」
マイトはいつものように柔らかく笑う。
「きっとこれからは、人間も魔族も少しずつ仲良くなれるよ。」
「ええ。」
カーツも静かに頷いた。
「私達が、その架け橋になります。」
ダグラスは荷物を肩に担ぐ。
「では、そろそろ行くぞ。」
「ああ。」
ガエンは仲間達を見回し、大きく頷いた。
「静寂の城へ帰る。」
その言葉に全員が歩き始める。
門を抜ける直前、ガエンは一度だけ振り返った。
そこには大勢の人々が笑顔で手を振っていた。
カーツ、リシア、司祭達、聖騎士達、そして街の人々。
先日まで敵意と恐怖で満ちていた国とは思えないほど、温かな光景だった。
ガエンは右手を高く掲げる。
「運動会で会おう!」
その声に、人々も一斉に応える。
「はい!」
「楽しみにしています!」
「頑張ってください!」
「魔王様にもよろしくお伝えください!」
大きな歓声と拍手が街中に響き渡る。
ガエン達はその声を背中に受けながら、街道を歩き始めた。
目指す先は、魔族領王都マグノリア。
魔王バラムが待つ、静寂の城。
スポンサー集めの旅を終えた彼らを待っているのは、大運動会開催へ向けた最後の準備だった。
人間と魔族が共に笑い、競い、語り合う前代未聞の祭典まで、あと少し。
希望を乗せた一行は、初夏の心地よい風に背中を押されながら、懐かしき我が城への帰路を進んでいくのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「で、何で歩きなん?」
「いや、つい何となく勢いで。」
ビルムの突っ込みにガエンが頭を掻きながら答える。
ビルムは盛大にため息をついた。
「勢いで国を出る人、初めて見たで……。」
ダグラスも呆れたように肩をすくめる。
「普通は門を出る前に馬車を手配するものだ。」
「いやぁ、あの流れで『ちょっと待って、馬車呼んできます』とは言いづらくてさ。」
ガエンが苦笑すると、マイトがのんびり笑った。
「まあ、次の町で馬車を探せばいいんじゃない?」
「そうだな。」
ガエンもあっさり頷く。
「急ぐ旅でもねぇし、たまには歩くのも悪くねぇ。」
その瞬間。
「わーい! お散歩楽しい!」
ナラが街道の上をくるくると飛び回る。
「お花がいっぱい! あっ、ちょうちょ! あっちには小鳥!」
楽しそうにはしゃぐナラを見て、ミリアが言った。
「ナラは飛んでるじゃない。」
「細かいことは気にしなーい!」
「全然散歩じゃない。」
「気分は散歩!」
いつものやり取りに、一同から自然と笑い声がこぼれた。
ラーシャも穏やかな表情で空を見上げる。
「……こうして皆さんと歩いていると、不思議と心が落ち着きます。」
ビルムは大きく伸びをした。
「事件続きやったしなぁ。たまにはこんな帰り道も悪ないわ。」
ダグラスも静かに頷く。
「平和だからこそ味わえる時間だ。」
ガエンは青く澄んだ空を見上げ、ゆっくりと息を吸った。
戦いは終わった。
新たな仲間と、新たな約束を胸に。
そして、人間と魔族を繋ぐ大運動会という、かつて誰も想像しなかった未来へ向かって。
「よし。」
ガエンは仲間達を見回し、にやりと笑う。
「帰るぞ、静寂の城へ。」
「おー!」
元気よく手を挙げるナラ。
「そうだな。」
苦笑するダグラス。
「しゃあないな。」
笑いながら歩き出すビルム。
「行こうか。」
穏やかに微笑むマイト。
仲間達の笑い声を乗せた風が、どこまでも続く街道を吹き抜けていく。
その先で彼らを待つのは、魔王バラムの待つ静寂の城。
そして、世界中を巻き込む、史上初の大運動会。
まだ誰も知らない、新たな物語が始まろうとしていた。
聖王国ルミナリア編、完結です!
ヴァンパイアを退治し、無事にスポンサー契約をゲットして、ガエンたちは『静寂の城』へと帰還します。
そして次章からは、いよいよ最終章『大運動会編』が開幕します!
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
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いったいどんな運動会になるのか、どうぞご期待ください!




