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静寂の城〜魔王は世界征服をしたい〜  作者: 赤井六舷
人間領聖王国、ルミナリア

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155/171

155.契約、決まる

その温かな空気を、いつものように一人だけ別の方向へ飛ばす声が響いた。


「ねぇねぇ!」


ナラがひらひらと宙を飛びながら、首を傾げる。


「そういえば運動会のスポンサー、どうするの?」


「……。」


その場の空気が一瞬止まる。

ガエンは額に手を当てた。


「あ。」


ダグラスも腕を組んだまま、小さくため息をつく。


「すっかり忘れていたな。」


ビルムが苦笑する。


「昨日はいろんなことありすぎたからなぁ……。」


マイトも困ったように笑う。


「確かに、ここは大変な状況だしね。」


ガエンは崩れた大聖堂を見上げる。

修復には莫大な費用がかかるだろう。

街の復興もある。

今、この国に運動会への協賛を頼むのは酷かもしれない。


「さすがに、この状態じゃ厳しいか……。」


ダグラスも静かに頷く。


「復興が最優先だ。」


ミリアも小さく頷いた。


「無理は言えない。」


リシアも少し申し訳なさそうに俯く。


「せっかく歌えるようになったのに……。」


その時だった。


「……そのお話。」


カーツが静かに口を開く。


「もう一度、詳しく聞かせていただけませんか。」


ガエン達は一斉にカーツを見る。


「スポンサーの話です。」


カーツは真剣な眼差しで続ける。


「先日は私自身の愚かさゆえに、皆さんの話を最後まで聞こうともしませんでした。」


深く息を吸い、静かに頭を下げる。


「ですから今度は、先入観を捨て、一から聞かせていただきたいのです。」


ガエンは少し驚いた表情を浮かべる。


「……いいのか?」


「はい。」


カーツは迷いなく頷く。


「この国を変えると決めた以上、人間だけではなく魔族の国で行われる催しについても、正しく知る責任があります。」


その言葉に、リシアも嬉しそうに笑った。


「私も聞きたいです!」


マイトはにっこりと笑う。


「それじゃあ、もう一回説明会だね。」


ビルムが豪快に笑う。


「今度は途中で追い返されへんしな!」


「それは……。」


カーツは苦笑しながら頭を掻いた。


「思い返すほど、お恥ずかしい限りです。」


その様子に周囲から小さな笑いが起こる。

ガエンも口元を緩めると、ゆっくりと話し始めた。


「俺達が開こうとしているのは、人間も魔族も関係なく楽しめる大運動会だ。勝ち負けだけじゃない。互いを知り、笑い合い、友になれる場所を作りたい。そのために各国から協力を募っている。」


カーツは一言一句を聞き逃すまいと真剣に耳を傾けていた。

昨日までなら決して聞こうとしなかった話を、今は誰よりも真っ直ぐな目で受け止めていた。

ガエンはゆっくりと周囲を見渡しながら言葉を続けた。


「そして運動会だけで終わらせるつもりはない。」


カーツが顔を上げる。


「運動会以外にも、いろんな催しを用意してる。」


「催し……ですか?」


「ああ。」


ガエンは指を折りながら説明していく。


「各国の伝統芸能を披露する舞台。武術や魔法の演武。子ども達が遊べる広場。商人が集まる市。職人達が技術を披露する展示会。芸人や音楽家たちの演奏。」


ビルムが胸を張る。


「俺は芸人や音楽家を集めとるんや!」


ミリアも静かに頷く。


「私も。」


ナラは元気よく手を挙げた。


「芸人のドッキリとかもやりたい!」


「それは内容次第だな。」


ダグラスが即座に返すと、周囲から笑いが漏れる。

ガエンも少し笑ってから続けた。


「それだけじゃない。」


その表情は真剣だった。


「各国の文化や食べ物に触れられる場所も作る。」


「食……。」


リシアの目が輝く。


「魔族の料理も、人間の料理も、みんなが自由に食べ比べられる。文化を知れば、相手への見方も変わる。」


ガエンはゆっくりと言った。


「知らないから怖い。知らないから憎む。」


その言葉に、カーツは静かに目を閉じる。

まさに、それが昨日までの自分だった。

ガエンは続ける。


「だから知ってもらうんだ。魔族にも家族がいて、笑って、泣いて、働いて生きてる。人間だって同じだ。その当たり前を知る機会を作りたい。」


誰も口を挟まない。

静かな朝の空気の中、ガエンの言葉だけが響いていた。

そしてガエンは話題を変える。


「もちろん、スポンサーになってくれた国には特典もある。」


カーツが身を乗り出した。


「特典……ですか。」


「ああ。」


ガエンは頷く。


「会場には各国の名前を掲示する。来場者全員に配る案内にも国名を載せる。各国の出店や催しには優先的に場所を用意するし、自国の文化を大勢に知ってもらえる。」


ダグラスが補足する。


「商人達にとっても新たな取引先を見つける機会になる。」


ビルムも笑う。


「料理が気に入られたら、その国まで食べに来る奴もおるやろな。」


「観光にも繋がるということですね。」


カーツは感心したように呟く。


「そういうことだ。」


ガエンは頷いた。


「スポンサーっていうのは、金を出して終わりじゃねぇ。一緒に催しを作る仲間だ。」


その一言に、カーツはしばらく黙って考え込んだ。

崩れた大聖堂。瓦礫を運ぶ聖騎士達。街を立て直そうと汗を流す人々。そして目の前には、人間も魔族も分け隔てなく未来を語る者達。

やがてカーツはゆっくりと頭を下げた。


「……素晴らしい催しだと思います。」


ガエン達が静かに耳を傾ける。


「ですが、最高司祭が亡くなった今、この国の方針を私一人で決めることはできません。」


カーツは真っ直ぐガエンを見る。


「ですから、残った司祭達だけで前向きに話し合いたいと思います。」


その言葉が終わるか終わらないかという時だった。


「その必要はありません。」


落ち着いた声が響く。

振り返ると、瓦礫の向こうから数人の司祭達が歩いてきていた。

昨日まで大聖堂に仕えていた司祭達である。

一人の年配の司祭が穏やかに笑った。


「お話は聞かせていただきました。」


別の司祭も頷く。


「私達も、この国を変えなければならないと思っています。」


若い司祭がガエンへ向き直る。


「人間と魔族が手を取り合う未来。」

「昨日までは夢物語だと思っていました。」

「ですが、皆さんは命を懸けて、それが嘘ではないと証明してくださいました。」


カーツは驚いた表情で仲間達を見る。


「皆さん……。」


年配の司祭は優しく笑う。


「カーツ司祭。もう一人で背負わなくてよいのです。これからは、私達全員で歩みましょう。」


司祭達は揃ってガエン達へ向き直る。

そして深く頭を下げた。


「聖王国ルミナリアは……」

「皆様が開催される大運動会のスポンサーとなることを、ここにお約束いたします。」


一瞬の静寂の後。


「やったー!」


ナラが空高く飛び上がった。


「これでルミナリアも仲間だね!」


マイトが満面の笑みを浮かべる。

ビルムは豪快に笑いながら親指を立てた。


「よっしゃ! これでまた一つ、平和への一歩や!」


ダグラスも静かに口元を緩める。


「良い契約になりそうだ。」


ガエンは司祭達を見つめ、力強く頷いた。


「ありがとう。」


その短い一言に、心からの感謝が込められていた。

崩れた大聖堂には、まだ復興の槌音が響いている。

だがその音は、失われた過去を嘆く音ではない。

人間と魔族が共に築く、新しい未来の始まりを告げる音だった。

ガエンは周囲を見回した。

瓦礫を運ぶ聖騎士達。

崩れた礼拝堂。

復興に励む人々の姿。

少しだけ表情を曇らせる。


「……本当にいいのか?」


カーツが首を傾げる。


「何がでしょう。」


「復興には相当な金がかかる。」


ガエンは真剣な眼差しで言った。


「街も、大聖堂も建て直さなきゃならねぇ。そんな時にスポンサーなんて引き受けて、大丈夫なのか?」


司祭達も静かに顔を見合わせる。

しばらくの沈黙の後、カーツは穏やかに微笑んだ。


「大丈夫です。」


その目には迷いがなかった。


「これは復興とは別の意味を持つものです。」


ゆっくりと空を見上げる。


「人と魔族が共に歩む未来を支えること。」


胸に手を当て、静かに続ける。


「きっと、これもまたステラ様のお導きなのでしょう。」


その言葉に、周囲の司祭達も静かに頷いた。


「ええ。」

「私達も同じ考えです。」

「今だからこそ、未来へ種を蒔かなければなりません。」


ガエンはその表情を見つめ、小さく笑う。


「……そうか。」


ダグラスも腕を組んだまま頷いた。


「もう迷いはないようだな。」


「はい。」


カーツは力強く答えた。


「昨日までの私なら、この話を聞くことすらありませんでした。」


リシアも嬉しそうに微笑む。


「きっとステラ様も喜んでくださいます。」


ガエンは腕を組み、ふと思い出したように口を開く。


「そういや、スポンサー特典はどうする?」


「特典……ですか?」


「ああ。」


ガエンは笑いながら続けた。


「他の国にも何か一つずつ希望を聞いてる。ルミナリアは何がいい?」


司祭達は顔を見合わせた。


「どうしましょうか。」

「文化交流の優先権でしょうか。」

「いや、それよりも……。」


小さな輪になり、しばらく相談を始める。

ガエン達は静かに待った。

やがてカーツが代表して前へ出る。


「決まりました。」


「何だ?」


カーツは穏やかな笑みを浮かべながら言った。


「私達は……」


一度だけ周囲の司祭達を見る。

全員が静かに頷いた。


「魔王バラム様との対話の機会をいただきたいのです。」


「…………。」


その場が一瞬静まり返る。

ガエンの表情がぴくりと引きつった。


(バラムと……対話?)


脳裏に、いつもどこか掴みどころのない魔王の姿が浮かぶ。

執務中に急に昼寝を始めたり。

思いつきで無茶なことを言い出したかと思えば、誰よりも真剣に国民を思っていたり。

さらには突然、「運動会やろう!」と言い出して国中を巻き込んだ張本人でもある。


(頼むから……余計なこと言わないでくれよ……)


思わず心の中で天を仰ぐ。

ダグラスはそんなガエンを横目で見て、小さく口元を緩めた。


「苦労しそうだな。」


「笑い事じゃねぇ……。」


ガエンは小声で返す。

ナラはきょとんと首を傾げる。


「バラムなら喜ぶんじゃない?」


ビルムは豪快に笑った。


「せやな! むしろ話し相手が増えたって大喜びしそうや!」


マイトも苦笑しながら肩をすくめる。


「確かに、バラムらしい反応が目に浮かぶね。」


ガエンは深く息を吐くと、改めてカーツ達へ向き直った。


「……分かった。」


少しだけ苦笑を浮かべる。


「その願い、引き受ける。」


カーツ達の表情が明るくなる。


「ありがとうございます。」

「私達は争うためではなく、理解するためにお会いしたいのです。」

「互いを知ることが、きっと未来へ繋がると信じています。」


その真っ直ぐな言葉に、ガエンも静かに頷いた。


「ああ。ちゃんと会わせる。」


そう約束すると、ガエンは心の中でもう一度だけ祈る。


(……バラム、本当に頼むから、今回は大人しくしてくれよ。)


しかし、その願いが叶うかどうかは誰にも分からなかった。

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