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静寂の城〜魔王は世界征服をしたい〜  作者: 赤井六舷
人間領聖王国、ルミナリア

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153/171

153.長い夜、終わる

エルダーツは、しばらく黙っていた。

やがて。


「……終わる?」


小さく呟く。

その声には、もう先ほどまでの余裕も、聖職者としての威厳もなかった。


「この私が……終わるだと……?」


エルダーツはゆっくりと顔を上げる。

そして。


「……ふざけるな。」


ボソリと呟いた。

次の瞬間。


ドクンッ


大聖堂全体が震えた。


「……っ!?」


ラーシャを守っていたダグラスが、すぐに反応する。


「この魔力……まさか……」


エルダーツの身体から、今までとは比べ物にならないほど禍々しい魔力が溢れ始める。

黒い魔力が床を這い、壁を染めていく。


「捕まるくらいなら……」


エルダーツは笑った。

それはもう、人の笑みではなかった。


「この国ごと消してやる。」


「……なっ!?」


ガエンの表情が変わる。


「テメェ……!」


エルダーツは両手を広げた。


「私は間違っていない!!」


叫び声が大聖堂に響く。


「人間も魔族も、結局は争う!!ならば私がそのきっかけを作ってやればいい!!」


魔力がさらに膨れ上がる。


「憎しみがあれば、人は動く!!恐怖があれば、世界は変わる!!」


「くだらねぇ……」


ガエンが歯を食いしばる。


「最後まで……テメェは自分のことしか考えてねぇのか……!」


しかし。

エルダーツはもう聞いていなかった。


「さあ……全て終わらせましょう。」


魔力が一点に集まる。


「この国も……この歴史も……このくだらない未来も……!!」


「させない!!」


ミリアが叫んだ。

いつものふざけた雰囲気は消えていた。

両手を広げ、巨大な魔法陣を展開する。


「ナラ!」


「分かってる!」


ナラが小さな翼を大きく広げ、光の粒子を撒きながら飛び回る。


「ミリアの魔法、強くする!」


「頼んだ!」


魔法陣がさらに巨大化する。

だが。

エルダーツの魔力は止まらない。


「無駄だ……」


エルダーツは笑う。


「私の全てを使った魔力だ。」


その瞬間。

ダグラスがラーシャの前に立つ。

大鎌を横に構える。


「……この距離では防ぎきれんかもしれんな。」


隣にビルムも立つ。


「せやけどな。」


ドラゴニュートの拳を握る。


「こいつを守らん理由にはならへん。」


気を失っているラーシャを背に、二人は一歩も退かなかった。

ガエンも拳を握る。


「……エルダーツ。」


その時。


「ガエン!!」


マイトの声が響いた。

ガエンが振り返る。

そこには、いつもの穏やかな笑顔の勇者がいた。


「後は任せて。」


「……マイト?」


「人を守るのが勇者の仕事だからね。」


次の瞬間。


消えた。


誰も目で追えなかった。

エルダーツですら。


「……え?」


気づいた時には。

マイトはエルダーツの目の前にいた。


「なっ……!?」


「ごめんね。」


マイトは優しく言う。


「でも、これは止めるよ。」


そして。

エルダーツの身体を掴む。


「な……離せ!!」


「無理。」


マイトはそのまま跳ぶ。


轟音。


大聖堂の天井を突き破り、二人の姿が空へ消えていく。


「マイト!!」


ガエンが叫ぶ。


空高く雲の上。

エルダーツは必死にもがく。


「離せぇぇぇ!!」


「もう終わりだよ。」


マイトは静かに言った。


「あんたが撒いた憎しみも。あんたが壊した人生も。全部、これから生きる人達が乗り越えていく。」


エルダーツの顔が歪む。


「黙れぇぇぇ!!」


そして。

集めた魔力が限界を迎える。


「ならば貴様も消えろ!!」


ドォォォォン!!


空が白く染まった。

巨大な爆発。

地上から見上げていたガエン達は、息を呑む。

ミリアの魔法障壁が揺れる。

ナラが目を見開く。


「マイト……!」


しばらく。

何も聞こえなかった。


そして光が消える。


静寂。


すると大聖堂の屋上に、一つの影が落ちる。


「……」


全員が見上げる。

そこには服が少し焦げただけのマイトが、ゆっくり降りてきた。


「ただいま。」


いつもの笑顔。

ガエンは呆然とした後、大きく息を吐く。


「……お前……」


「うん?」


「心配させんな。」


マイトは少し困ったように笑った。


「ごめんごめん。」


その横で。

誰もいない空を見上げる。

エルダーツの姿は、もうどこにもなかった。

彼が残したのは憎しみでも恐怖でもない。

ただ終わりの静寂だった。


ガエンはしばらく空を見上げていた。

そこにはもう、エルダーツの姿はなかった。

残っているのは、崩れた大聖堂と、焼け焦げた空気。

そして静寂。


「……終わったのか。」


ダグラスが小さく呟く。

大鎌を下ろした死神の表情には、いつもの冷静さではなく、わずかな疲労が浮かんでいた。


「……ああ。」


ガエンは拳を握り締める。


「終わった。」


だが、その声には喜びよりも複雑な感情が混じっていた。

エルダーツがしたこと。

奪った命。

壊した信頼。

生み出した憎しみ。

それらが、この一瞬で消えるわけではない。


「……」


ガエンは周囲を見る。

かつては神聖な光に包まれていた大聖堂。

今は柱が折れ、壁は崩れ、床には無数の亀裂が走っている。


「……こんなになるまで。」


ガエンは静かに呟いた。


「一人の狂った考えで……ここまで壊れるのかよ。」


その時。


「……ん。」


小さな声がした。


「ラーシャ?」


ガエンが振り返る。

瓦礫の上で横になっていたラーシャが、ゆっくりと目を開けていた。


「……ガエンさん……?」


まだ意識がはっきりしないのか、ラーシャはぼんやりと周囲を見る。


「ここ……は……?」


「終わったんだ。」


ガエンが近づく。


「もう大丈夫だ。」


その言葉を聞いた瞬間。

ラーシャの目に涙が浮かぶ。


「……終わった……?」


「ああ。」


「……みんな……無事……?」


ラーシャが最初に心配したのは、自分ではなかった。

ガエンは少し笑う。


「ああ。全員いる。」


その瞬間。


「ラーシャぁぁぁ!!」


大きな声と共にビルムが駆け寄ってくる。


「ほんまに心配したんやで!?」


「ビルムさん……」


「急に倒れるし、魔力暴走しかけるし……寿命縮んだわ!」


そう言いながらも、その顔は泣きそうだった。


「……ごめんなさい。」


ラーシャが小さく謝る。

すると。


「ラーシャ!」


ナラが飛んできて、ラーシャの顔の前をぐるぐる回る。


「目覚めた!よかった!」


「ナラさん……」


「もう無茶したらダメ!」


「……はい。」


ラーシャは小さく頷いた。

そこへ。


「……まったく。」


ミリアがゆっくり近づく。

いつもの変なテンションはなく、優しい表情だった。


「心配かける子ね。」


そう言って。

ラーシャの頭を優しく撫でる。


「……」


ラーシャは一瞬驚いた顔をする。

だが、すぐに目を細めた。


「……嬉しい。」


「え?」


「こういうの……好きです。」


ミリアは少し目を丸くした後、微笑む。


「そう。」


そしてもう一度、優しく頭を撫でた。

ラーシャは安心したように、小さく笑った。

その光景を見ていたガエンは、静かに息を吐く。

戦いの中で失いかけたもの。

それは命だけではない。

仲間の笑顔だった。

だが全てを守った。


「……帰ろうぜ。」


ガエンが言う。


「まだやることは残ってる。」


ダグラスが頷く。


「そうだな。」


マイトも笑う。


「壊れた場所も、壊れた関係も、これから直していかないとね。」


そして、しばらく後。

ガエン達は崩れた大聖堂の外へ出た。

外には、多くの聖騎士達と市民が集まっていた。

誰も声を出せずにいる。


恐怖。

困惑。

そして戸惑い。


そんな中、一人の男が前へ出る。

白い法衣は汚れ、顔には疲労が浮かんでいた。

カーツだった。


「……ガエン殿。」


ガエンは足を止める。

カーツはしばらく黙っていた。

やがて深く頭を下げる。


「……すまなかった。」


周囲がざわめく。


「私は……間違っていた。」


カーツの声は震えていた。


「過去の戦争だけを見て、今を生きる者達を見ていなかった。」


拳を握る。


「魔族だから悪い。人間だから正しい。そんな単純なものではなかった。」


ガエンは黙って聞いている。


「エルダーツ様……いや、あの男に利用されていた。」


カーツは顔を上げる。


「だが、それを言い訳にはしない。私が信じ、広めた言葉で傷ついた者達がいる。」


そして。


「……本当に申し訳ない。」


再び頭を下げた。

しばらく沈黙が続く。

すると。


「……カーツさん。」


ガエンが口を開く。

カーツが顔を上げる。


「間違えたなら。」


ガエンは静かに言った。


「これから正せばいい。」


「……」


「過去は変えられねぇ。」


拳を見る。


「でも、未来まで同じにする必要はねぇだろ。荒れた畑も時間をかければまた実りを取り戻す。」


カーツの目が揺れる。

そして小さく頷いた。


「……ああ。」


崩れた大聖堂の前。

新しい時代は。

壊れた場所から、少しずつ始まろうとしていた。


その時。


「……お父さん。」


聞き慣れた声がした。

カーツの表情が固まる。

ゆっくり振り返ると、そこには一人の女性が立っていた。


「リシア……」


聖騎士達の間を抜けて歩いてきたのは、カーツの娘。

リシアだった。

彼女は崩れた大聖堂を見回し、そして父を見る。

カーツは何かを言おうとして、言葉に詰まった。


「……リシア。」


「……」


「私は……」


震える声。


「お前にも謝らなければならない。」


リシアは黙って父を見る。


「私はお前の父親でありながら……間違った考えに囚われていた。」


カーツは拳を握る。


「魔族を恐れ、憎むことが正しいと思い込んでいた。その考えで……お前にも多くのものを押し付けた。」


「……」


「すまなかった。」


カーツは深く頭を下げる。

かつて聖騎士達の前で堂々と魔族を否定していた男が。

今は一人の父親として、娘に頭を下げていた。

しばらく沈黙が続く。


「……お父さん。」


リシアは静かに近づく。

カーツが顔を上げるとリシアは微笑んでいた。


「人は……やり直せるよ。」


「……」


「間違えない人なんていないと思う。」


リシアは崩れた大聖堂を見る。


「大事なのは、間違えた後にどうするかじゃないかな。」


そして父を見る。


「お父さんは、ちゃんと自分の間違いを認めた。」


「……リシア。」


「だったら、これから変えていけばいいよ。」


その言葉に。

カーツの目から、静かに涙が落ちた。


「……私は……」


声が震える。


「本当に……良い娘を持った。」


リシアは少し困ったように笑う。


「もう、そういうところだよ。お父さん。」


その光景を少し離れた場所から見ていたガエンは、何も言わずに空を見上げた。

憎しみから始まった戦い。

誰かを傷つけ、誰かを失わせるはずだった争い。

それでも最後に残ったのは、謝罪と許しだった。


「……」


ガエンは大きく息を吐く。

体中の傷が今さら痛みを訴えてくる。

体力を使い果たした身体。

限界まで戦った拳。

張り詰めていた精神。

全部が一気に押し寄せてきた。


「……ガエン。」


ダグラスが気づく。


「大丈夫か?」


「ああ。」


ガエンは手を振る。


「ただ……」


少しだけ笑う。


「疲れた。」


マイトが笑う。


「そりゃそうだよ。あれだけ無茶したんだから。」


「ガエン、寝た方がええで。」


ビルムも頷く。

ナラがガエンの周りを飛ぶ。


「寝る?寝るの?じゃあ寝かせる!」


「いや、お前がどうやって寝かせるんだよ……」


ガエンは苦笑する。

そして。


「俺、宿戻るわ。」


「え?」


「もう今日は頭使いたくねぇ。」


崩れた大聖堂を見る。


「後のことは……明日考える。」


ダグラスは小さく笑った。


「珍しいな。お前が先送りするとは。」


「明日やるべきことを今日無理してやる必要はねぇだろ。」


ガエンは歩き出す。


「……明日やればいい。」


仲間達はその背中を見る。

いつも先頭に立って。

誰よりも無茶をして。

誰かのために戦い続けたオーガ。

今だけは、ただの疲れた男だった。


「ガエンさん。」


ラーシャが声をかける。


「今日は……ありがとうございました。」


ガエンは振り返る。


「礼はいい。」


そして少し笑う。


「全員無事なら、それで十分だ。」


そう言ってガエンは仲間達と共に、静かになった街の中を歩いていく。

壊れたものは、すぐには戻らない。

失ったものも、消えた命も戻らない。

それでも人は前へ進める。


その夜、宿に戻ったガエンは、部屋に入るなりベッドへ倒れ込んだ。


「……疲れた。」


誰に言うでもなく呟く。

そして。


「……本当に……長い一日だったな。」


窓の外を見る。

静かな街、もう争いの気配はない。

ガエンは目を閉じる。


「……明日は……」


そこまで言って意識が落ちる。

久しぶりに何も考えず眠れる夜だった。

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