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静寂の城〜魔王は世界征服をしたい〜  作者: 赤井六舷
人間領聖王国、ルミナリア

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152/171

152.オーガ、知る

カーツはガエン達の前まで歩くと、深く頭を下げた。


「ガエン殿、ダグラス殿、ラーシャ殿……そして皆様。本当に申し訳ありませんでした。」


その頭は、床につくほど深かった。


「私は偏見に囚われ、多くの人を傷つけました。皆様を罪人として扱い、この国の民にも誤った教えを説いてきた……。」


ガエンは静かに首を振る。


「謝る相手は俺達だけじゃない。」


「……はい。」


カーツは顔を上げ、真っ直ぐ頷いた。


「私はこの国の民へ真実を伝えます。魔族への憎しみを煽ってきたのは私達だったと……そして皆様が、この国を救ってくださった英雄だということを。」


ダグラスが静かに言う。


「簡単な道ではないぞ。」


「分かっています。」


カーツの瞳には迷いがなかった。


「それでも逃げません。今度こそ、自分の信じるべき正義を貫きます。」


ガエンはようやく小さく笑う。


「なら行ってこい。」


「はい。」


カーツはもう一度深く頭を下げると、瓦礫を踏み越え、大聖堂の外へ駆け出していった。

街中に残る魔族への誤解を解くために。

自らが広めてしまった憎しみを、自らの言葉で終わらせるために。

その背中を、誰も止めなかった。

そして。

大広間に残されたマイトは、ゆっくりとエルダーツへ向き直る。

血に濡れた祭壇。

崩れた柱。

その中心で、白い法衣の男だけが荒い息を繰り返していた。

マイトは首を傾げる。


「いやぁ、驚いた。」


のんびりとした声だった。


「エルダーツさん、ヴァンパイアだったのかぁ。」


その一言に、エルダーツの顔が歪む。


「黙れ……。」


マイトは相変わらず気の抜けた笑みを浮かべたまま、エルダーツの正面まで歩いていく。


「いやぁ、教会の偉い人がまさか吸血鬼なんてね。ひい婆ちゃんが聞いたらびっくりするだろうなぁ。」


「黙れと言っているッ!」


エルダーツの理性が完全に切れた。


「勇者ぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


両手を突き出す。


「《ブラッドランス》!!」


無数の血の槍が空中に現れ、一斉にマイトへ降り注ぐ。


轟音。


血の槍は一直線に勇者を飲み込んだ。

だが。


ガガガガガガガンッ!!


金属同士がぶつかるような音だけが響く。

血の槍は一本残らず砕け散り、赤い粒子となって消えていく。

その中心にいたマイトは。


「おっと。」


服についた埃を軽く払っていた。


「危ない危ない。」


かすり傷一つない。

エルダーツの瞳が大きく見開かれる。


「な……なぜだ……!」


再び魔法陣を展開する。


「《ブラッドバースト》!」


真紅の爆発がマイトを包み込む。

爆炎が大広間を揺らし、衝撃で瓦礫が吹き飛ぶ。

煙が晴れる。

だがそこには。


「うーん。」


顎に手を当て、何か考え込むマイトの姿があった。


「やっぱりヴァンパイアの魔法って派手だね。」


「ば……馬鹿な……。」


エルダーツの声は震えていた。


「あれほどの魔法を……無傷……だと……?」


マイトは困ったように笑う。


「効かないんだよね。」


「あり得ない!」


エルダーツは半狂乱になって叫ぶ。


「私の魔法は竜すら屠る! 人間など跡形もなく消し飛ぶはずだ!」


マイトは頭をぽりぽりと掻いた。


「うーん。」


そして、いつもの調子で答える。


「でも俺、勇者だから。」


その一言だけだった。

あまりにもあっけらかんとしたその返事に、エルダーツは言葉を失う。

ガエンは思わず苦笑する。


「……説明になってねぇ。」


ビルムも額に手を当てる。


「勇者いうんは、みんなあない適当なんかい……。」


ナラはけらけらと笑い、ミリアは不思議そうに首を傾げた。


「勇者は勇者。」


それだけ言うと、小さく頷く。

マイトは一歩、また一歩とエルダーツへ近づく。


「さて。」


その笑顔だけは、最後まで変わらなかった。


「そろそろ終わりにしようか、エルダーツさん。」


マイトが一歩踏み出す。

その瞬間だった。

エルダーツは突然、狂ったように笑い始めた。


「くくく……はは……あはははははははッ!!」


肩を震わせ、口元から血を流しながらも笑い続ける。


「終わり? 終わりですって?」


その目は完全に正気を失っていた。


「なら最後に、面白い話をして差し上げましょう。」


ゆっくりと、その視線がガエンへ向く。


「オーガよ。」


ガエンは無言で見返した。


「貴様は、自分の親が何者だったか知っていますか?」


ダグラスが静かに鎌を握り直した。

エルダーツは嬉しそうに口角を吊り上げる。


「貴様の父と母は……私と同じ、先代魔王直属の幹部でした。」


その場の空気が凍りつく。


「先代魔王が姿をくらましたあの日、あの愚かな二人は言ったのです。」


エルダーツは当時を思い出すように目を閉じる。


「『争いの時代は終わった。これからは静かに暮らしたい』と。魔族と人間が争わぬ未来など夢物語だというのに。」


嘲笑が漏れる。


「だから私は探しました。」


ゆっくりと笑みを深くする。


「世界中を。何年もかけて。そして、見つけました。」


エルダーツの声には、一片の罪悪感もなかった。


「そして二人とも殺しました。」


ビルムは歯を食いしばり、ナラから笑顔が消えた。

ミリアの金色の瞳が冷たく細まる。

エルダーツは楽しそうに続ける。


「ですがねぇ……母親は最後まで赤子を抱いて抵抗したのですよ。必死でした。自分は傷だらけになっても、その子だけは守ろうとしていました。」


その様子を思い返し、まるで芝居でも語るように笑う。


「逃げる母親を追い詰め、私は止めを刺しました。ですが……その腕の中にいたはずの赤子だけが、消えていた。どこへ逃がしたのか。誰が連れ去ったのか。結局、見つけることはできませんでした。」


エルダーツは舌なめずりする。


「その赤子こそ。」


細い指がガエンを指した。


「貴様です。」


静寂。

誰も声を出せなかった。

ガエンはただ黙って立っている。

エルダーツは狂気に満ちた笑みを浮かべる。


「どうです?自分の両親を殺した相手を目の前にした気分は!憎いでしょう!怒り狂うでしょう!さあ、復讐してみせなさい!それこそ魔族でしょう!」


狂ったように笑い続けるエルダーツ。

だがガエンは静かに鼻で息を吐いただけだった。


「……だからどうした?」


その一言に、エルダーツの笑いが止まる。


「何……?」


ガエンは一歩前へ出る。

その表情に怒りはなかった。


「俺は親の顔も知らねぇ。育ててくれたのは、人間の父さんと母さんだ。」


静かな声だった。


「俺が今ここにいるのは、あの二人が愛情を持って育ててくれたからだ。」


ガエンはエルダーツを真っ直ぐ見据える。


「生みの親が誰だったかは大事だ。でもな。」


拳を静かに握る。


「俺を人として育ててくれた人達の方が、俺にとっては何倍も大切なんだ。」


その瞳には、一切の揺らぎがなかった。


「お前が俺の親を殺した?許せることじゃねぇ。だが、それで俺がお前の思い通りに怒り狂うと思ったなら……」


ガエンは小さく笑った。


「見当違いもいいところだ。」


ガエンはゆっくりと拳を握り締めた。

その拳には、怒りだけではなかった。

悲しみ。

悔しさ。

そして、これまで支えてくれた人達への感謝。

全ての感情が込められていた。


「俺が許せねぇのは……」


ガエンは低い声で呟く。


「親を殺したことじゃねぇ。」


エルダーツは少し意外そうに目を細める。


「……何?」


ガエンは歩き出した。

一歩、また一歩。

傷だらけの身体を引きずりながら、ゆっくりと。


「テメェが人の命を奪ったことでもねぇ。」


拳を握る音が、大広間に響く。


「もちろん、それも許せねぇ。だがな……」


ガエンの目が鋭くなる。


「一番許せねぇのは……」


エルダーツの笑みが少しずつ消えていく。


「テメェが……」


ガエンは目の前まで迫る。


「自分のくだらねぇ楽しみのために、人の人生や命を弄んだことだ。」


「……」


「魔族と人間の争い?」


ガエンは吐き捨てるように言う。


「そんなもんじゃねぇ。」


拳を引く。


「テメェはただ、自分が面白いと思ったから人を壊しただけだ。」


エルダーツの瞳が揺れる。


「くだらねぇ理由で……」


ガエンの拳に力がこもる。


「俺の父さんと母さんの人生を奪った。」


一瞬。

大広間の空気が止まった。


「俺を拾ってくれた人達の人生も。俺の仲間達の未来も。カーツの人生も。この国の人達の心も。」


ガエンは拳を振り抜く。


「全部、テメェの遊び道具にしやがった!!」


ドォォォォンッ!!


拳がエルダーツの顔面を捉えた。


「ぐっ……!?」


エルダーツの身体が宙に浮く。

まるで砲弾のように吹き飛び、大広間の壁へ一直線に叩き込まれる。


ズガァァァァン!!


壁が大きくひび割れる。

瓦礫が崩れ落ちる中、エルダーツの身体がゆっくりと床へ滑り落ちた。


「……が……っ」


白かった法衣は赤く染まり、口元から血が流れる。

エルダーツは震える手で顔を押さえた。


「……私が……」


声が震える。


「私が……こんな……」


今まで自分を絶対的な存在だと思っていた男の顔に、初めて恐怖が浮かぶ。

ガエンは拳を下ろす。


「……何だ?」


静かな声。


「お前、今初めて殴られた奴みたいな顔してるぞ。」


エルダーツは壁にもたれながら睨みつける。


「貴様……」


血を吐きながら笑おうとする。


「この私を……ただの拳で……」


だが。

その笑みは続かなかった。

ガエンの後ろには、ダグラスが立っている。

大鎌を構えた死神。

そしてマイトは。

いつものように、のんびりした顔で立っていた。


「エルダーツさん。」


マイトが言う。


「あんた、勘違いしてるよ。」


「……何を……」


「ガエンは復讐するために戦ってるんじゃない。」


マイトは笑う。


「大切なものを守るために戦ってるんだ。」


ガエンは黙ったままエルダーツを見る。


「俺はな。」


拳を見つめる。


「親の仇だから殴ったんじゃねぇ。」


「……」


「人の大切なものを踏みにじって、それを笑っていたお前が許せなかっただけだ。」


エルダーツの顔から、完全に余裕が消える。


「……理解できない。」


小さく呟く。


「なぜだ……なぜ憎しみに染まらない……。」


ガエンは少しだけ目を細めた。


「簡単だ。俺には……」


後ろを見る。

そこには仲間達がいた。


「俺を支えてくれる奴らがいるからな。」


その言葉に、マイトは小さく笑う。

ダグラスは静かに目を閉じる。

ビルムは腕を組み、ミリアはいつもの不思議そうな顔で頷いた。

ナラは元気よく手を上げる。


「ガエンはガエンだから!」


その一言に、ガエンは少しだけ笑った。

そして。

ゆっくりとエルダーツへ向き直る。


「終わりだ、エルダーツ。お前が作った憎しみの時代は……ここで終わらせる。」

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