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静寂の城〜魔王は世界征服をしたい〜  作者: 赤井六舷
人間領聖王国、ルミナリア

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151/171

151.魔力、収まる

ガエンの叫びが、大広間に響き渡る。


「ラーシャぁぁぁぁっ!!」


しかし。

ラーシャの耳には、その声すら届いていなかった。

黒い光球はなおも圧縮される。


ギギギギギギギ……


空間が悲鳴を上げる。

床は陥没し、柱は軋み、天井から無数の瓦礫が落ち始める。

エルダーツは震えながら後ずさった。


「やめろ……やめろ……。」


さっきまで人々を嘲笑っていた男はもういない。

そこにいたのは、ただ死を前に怯える一人の男だった。


「私は……私は神に選ばれた存在なんだ……。」


震える声。


「こんな終わり方など……!」


その時だった。


「はいはい、そこまで。」


場違いなほど気の抜けた声が、大広間に響いた。


「ラーシャ。」


聞き慣れた声だった。

ガエンが振り返る。


「……マイト!」


いつもと変わらない笑顔。

いつもと変わらない能天気な表情。

肩に剣を担ぎ、まるで散歩の途中に立ち寄ったかのような足取りで勇者マイトが歩いてくる。

ダグラスが目を見開いた。


「お前……どうやってここへ。」


「いやぁ、牢屋って意外と鍵が甘くてさ。」


頭をかきながら笑う。


「ビルム達が『今すぐ行け』って壁ぶち抜いてくれた。」


そんな呑気な説明をしながら、マイトは一直線にラーシャの隣まで歩いていく。

ガエン達の顔色が変わる。


「近付くな!!」


「危ない!」


だがマイトは立ち止まらない。

黒い魔力が身体を叩く。

普通の人間なら近付くだけで押し潰されるほどの圧力。

それでもマイトは平然と歩く。


「いやぁ……怒ったねぇ。」


苦笑しながらラーシャの横に立つ。

ラーシャは反応しない。

瞳には何も映っていなかった。

マイトはそんなラーシャを見て、小さくため息をついた。


「まったく。」


ぽん。


ラーシャの頭に、優しく手を乗せる。


「もう十分だよ。」


その一言。

それだけだった。

次の瞬間。


ゴォォォォォォォッ!!


暴れ狂っていた黒い魔力が、一斉にマイトへ向かって流れ始めた。


「なっ……!?」


ガエンが息を呑む。

渦を巻いていた漆黒の魔力が、まるで暴れる子供が親を見つけたかのように勢いを失っていく。

右手に集まっていた黒い光球が揺らいだ。


バチッ……


バチバチッ……


荒れ狂っていた黒い稲妻が次々と消えていく。


「大丈夫。」


マイトは穏やかな声で言う。


「もう誰も死なせない。」


その言葉と同時に、ラーシャの右手を包んでいた禍々しい魔力へ、自身の魔力をゆっくりと重ねた。

眩い黄金色の魔力。

黒と金。

正反対の二つの魔力がぶつかる。

しかし、激しく衝突することはなかった。

黄金の魔力は黒い魔力を押さえ付けるのではなく、優しく包み込む。

まるで荒れ狂う海を静める月明かりのように。


ゴゴゴゴゴ……


轟音が少しずつ小さくなる。

空間の亀裂が閉じ始める。

崩れかけていた大聖堂も、それ以上の崩壊を止めた。

ガエンは信じられないものを見るように呟く。


「抑えている……。」


ダグラスも静かに目を見開く。


「ラーシャの魔力を……真正面から……。」


エルダーツは呆然とその光景を見つめていた。


「あ……あり得ない……。」


ラーシャを止められる存在など、この世にいないと思っていた。

だが目の前では世界を滅ぼしかねない黒い魔力が、勇者マイトの穏やかな黄金の魔力に導かれるように静まっていく。

マイトは優しく微笑み、涙を流し続けるラーシャに静かに語りかけた。


「ラーシャ。君は優しい子だ。だから、その力は怒りのためじゃなく、大切な人を守るために使おう。」


その声はいつも通りだった。

緊張感もない。

気負いもない。

けれど、その何気ない言葉だけが、深い闇に沈みかけていたラーシャの心へ、静かに届き始めていた。

ラーシャの震えていた肩が、小さく止まる。

閉ざされていた瞳が、ゆっくりと焦点を取り戻していく。


「……勇者……様……?」


掠れた声だった。

マイトはいつもの調子で、にかっと笑う。


「お、やっと帰ってきた。」


その笑顔を見た瞬間。

ラーシャの右手から溢れていた最後の黒い魔力が、ふっと霧のように消えていった。


シン――。


静寂。

つい先ほどまで世界が壊れかけていたとは思えないほど、大広間は静まり返る。

誰もが息を止め、その光景を見守っていた。

その時だった。


「おーーーい! マイトーーー!!」


大広間の入口から、聞き覚えのある大声が響く。


ドゴォンッ!!


半壊していた扉が豪快に吹き飛び、一人の男が姿を現した。

立派な角。

逞しい肉体。

ドラゴニュートのビルムだった。


「だからなんで先に行ってまうねん!」


頭を掻きながら豪快に笑う。

その後ろから、細長い尾を揺らしながらラミアのミリアが顔を覗かせる。


「やっぱり世界は丸い。だから魔力も丸く収まる。」


「……何言うてんねん。」


ビルムが即座にツッコむ。


「知らないけど、たぶん星が眠たい。」


「もっと分からんわ!」


さらにその横から、小さな羽をぱたぱたと羽ばたかせながらピクシーのナラが元気いっぱいに飛び込んできた。


「わぁー!ラーシャちゃんいたーっ!マイトー!おやつあるー!?」


「ないよ。」


「えぇぇぇぇーっ!?」


「帰ったら食べよう。」


「やったぁぁーーーっ!!」


場違いなほど賑やかな三人の登場に、重苦しかった空気が一気に崩れる。

ガエンは思わず額を押さえた。


「……何なんだ、この連中は。」


ダグラスも小さく肩をすくめる。


「いつも通りだ。」


その”いつも通り”が、この場には何より必要だった。

ラーシャは三人の騒がしいやり取りをぼんやり見つめる。

そして、小さく笑った。

本当に、小さく。

ほんの少しだけ。

その笑みを浮かべた瞬間だった。


ふらっ。


ラーシャの身体から力が抜ける。


「……あ。」


意識が限界を迎えた。

倒れ込もうとしたその身体を、マイトが素早く抱き止める。


「おっと。」


まるで壊れ物を扱うように、優しく。

ラーシャは抵抗する力もなく、安心しきった表情で意識を手放した。

静かな寝息が聞こえる。

マイトは安堵したように微笑み、そのまま近くの崩れていない場所へゆっくりとしゃがみ込む。


「よく頑張ったね。」


そう呟きながら、自分のマントを外し、冷たい石床に触れないようラーシャの下へ敷く。

そして頭をそっと支え、苦しくないよう静かに横たえた。

ラーシャの表情からは、先ほどまでの怒りも悲しみも消えていた。

そこにあるのは、ただ深い眠りだけ。

ガエンは胸を撫で下ろし、大きく息を吐く。


「……助かった。」


ダグラスも静かに目を閉じる。


「世界も、ラーシャもな。」


その一方で。

床に尻もちをついたままのエルダーツだけは、目の前の光景を信じられずに震えていた。

世界を滅ぼしかねない力。

それを止めたのは、圧倒的な力でも、恐怖でもない。

仲間を信じる心と、変わらぬ優しさだった。

その事実だけが、エルダーツの価値観を根底から打ち砕いていた。

大広間には、瓦礫が散乱していた。

先ほどまで世界を飲み込もうとしていた黒い魔力は跡形もなく消え、静寂だけが残っている。

その静けさの中。

ミリアの視線が、ゆっくりとガエンへ向いた。


「……。」


血で全身を赤く染めたオーガ。

肩は裂け、腕には無数の傷。

立っていることすら不思議なほどの満身創痍だった。

ミリアは珍しく無言になる。

いつもなら意味の分からない言葉を口にする彼女が、眉間に深い皺を寄せた。


「血は……悲しい色。」


ぽつりと呟く。

そして視線を横へ移す。

腰を抜かし、震え続けるエルダーツ。

その姿を見た瞬間、ミリアの金色の瞳が細くなった。


「……。」


ラミアの尾が、ゆっくりと床を叩く。


パシン。


普段は飄々としている彼女からは想像もできないほど冷たい空気が流れた。


「人は花を育てる。」


静かな声。


「でも、あなたは心を枯らした。」


エルダーツがびくりと肩を震わせる。


「……命で遊ぶ人、嫌い。」


その一言には、確かな怒りが込められていた。

ビルムも腕を組み、いつもの笑顔を消す。


「……ラーシャを、あない泣かせるような真似しよって。」


ナラもラーシャの寝顔を見て、頬を膨らませる。


「ラーシャを泣かせる人、ボクきらーい!」


三人の言葉に、エルダーツは何も返せない。

ただ震えながら後退るだけだった。

その時。

マイトが、いつもの調子でエルダーツの前まで歩いていく。


「さて。」


にこり、と笑う。


「少し話そうか。」


エルダーツは震える指でマイトを指差した。


「き……貴様……!」


声が裏返る。


「あの手枷は……!」


牢で勇者に嵌められていた黒い手枷。

魔力を封じる古代の封印具。


「あれは魔力を完全に封じるはずだ! なぜ……なぜ魔法が使える!」


マイトは一瞬きょとんとした。


「ああ、それ?」


そして肩をすくめる。


「勇者だからね。」


「……は?」


「まあ、細かいことは気にしない気にしない。」


にかっと笑う。


「それより今は、もっと大事なことがあるから。」


そう言い残すと、エルダーツにはそれ以上目もくれず、踵を返した。


「ま、待て……!」


エルダーツの叫びも無視して、マイトは一直線にカーツの元へ歩いていく。

床に膝をついたままのカーツ。

虚ろな瞳で何もない空間を見つめていた。

自分が信じてきたもの。

守ろうとしてきた正義。

そのすべてが崩れ去った今、立ち上がる気力すら残っていなかった。

マイトはそんなカーツの前にしゃがみ込み、目線を合わせる。


「カーツさん。」


優しい声だった。

カーツはゆっくりと顔を上げる。


「……勇者様。」


その声には、もう以前のような頑なさはない。

残っているのは、後悔だけだった。


「私は……取り返しのつかないことをしました。」


震える唇から、か細い声が漏れる。


「多くの人を傷つけ……ラーシャさんにも……ガエン殿達にも……。」


拳を強く握り締める。


「私は、聖職者失格です。」


マイトは少しだけ困ったように笑った。


「そうかな。」


「え……?」


「確かに間違えた。でも、それに気付けたんだ。」


マイトは静かに続ける。


「間違いを認められる人は、まだ前に進める。」


カーツは目を見開いた。


「大事なのは、これから何をするかだよ。」


その言葉に、カーツの瞳から一筋の涙が零れ落ちた。

カーツはマイトの言葉に頷いて立ち上がる。

その顔は決意をした男の顔になっていた。

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